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1同人活動大学生  「うわ、高っけぇ! 紙プリンターの何倍の価格だぁ? とても手が出ねぇじゃん!」 3Dプリンターの価格サイトを眺めていた智也は深いため息を吐いた。 ◇  事の起こりは夏の同人誌即売会がつつがなく終わり、数日経った頃だった。 『次の即売会にはフィギュアを頒布しようと考えてます!』 SNSにて智也はこう宣言したのだった。 オリジナルで描くキャラがネット上で高評価を得た。同人誌即売会において描いた新刊が一時間で完売。 シールや缶バッジ、アクリルキーホルダーも在庫がすぐに底を尽く。  「いやぁ、アクキーもいいですけど立体造形的なモノが欲しいですね~」  「愛でる対象が3Dになっているととっても嬉しいんですが!」 そんなリクエストの呟きを度々見るに及んで智也は決意した。 「よっしゃ! 俺もフィギュアを作ってみる!」 しかし、すぐに大きな壁にぶつかった。 フィギュア作りに必要な工具、手間暇、そして何より一体作るためだけでも膨大な作業時間がかかる事。 また、造形スキルを習得していないと思い通りのキャラに仕上げられない、と言う最も基本であり最重要な部分。 「うう……、フィギュア作りにかまけてると絵が描けねぇし、それに、工具をあれこれ揃えても次もまた使うか分かんねぇし。 かと言って外部に依頼したら1体で3万、10体で30万……。そんな高額な値段がスタートじゃぁさすがに誰も手がねぇ」 手間暇を考えれば妥当な価格だったが、元手となる軍資金は多くないため投入するのは躊躇われた。  そうして、思い付いたままSNS上で『作ります!』と宣言したものの、漫画やイラストとは異なる様々な困難を目の当たりにしてあえなく挫折……、かと思いきや、 智也はここで立体を作り出すプリンター、つまり「3Dプリンター」の存在を知った。 データと材料を放り込んでしまえば後はおまかせ。着色までしてくれる優れものもあるらしい。 一縷の望みをかけ再び気を取り直して価格サイトを開き、3Dプリンターの値段を眺めていたのだが―― ◇  「だめだこりゃ。親のすねを齧りつつ趣味の範囲内で同人活動をやっている身としては論外の値段だ。 フィギュアを作ります! と言ったものの変に期待値を上げられないうちに、やっぱ難しいので製作は止めておきますって撤回した方が良いな」 智也はすぐに手を打った。 『フィギュアの製作は諸々の(主にフトコロ)事情により断念せざるを得ない感じです。変に期待させて申し訳ありません』 SNSにオリキャラのフィギュア化は難しい、と投稿した。  「なるほどー。最初の段階でそんなにお金がかかるのなら致し方ないですよねー」  「本業の薄い本がおろそかになっちゃ本末転倒ですしね」 リプを見ると惜しまれながらも智也のフォロワーたちはおおむね理解を示してくれた。 ホッと胸を撫で下ろした反面、「やっぱめっちゃカッコ悪いな」と忸怩たる思いが智也の中を去来する。 そんな折、くすぶる胸の内を再び焚き付けるようなメッセージが届いた。  「良かったら3Dプリンター、お譲りしましょうか? 間違ってゲットしてしまって処分に困ってたんです」 智也は目を見開いた。 「えっ? マジっすか? ありがたいですけど、でもでも、そんな高額な品物を頂いちゃっていいんでしょうか?」  「前に抽選、か何かに応募していたらしくって、タダで手に入れたモノなんです。なのでお気になさらず!」 しかし、そんなやり取りをしても本当に貰えるかどうかは分からない。 話が上手過ぎるし眉唾物だな、と智也は用心しつつSNS上では感謝の意を伝えていた。 ◇  中学の頃から絵を描き始めた『大塚 智也』は、大学に進学するとすぐに同人誌即売会にサークル参加をした。 食費や家賃などは親の仕送りでしのげるものの同人活動はバイトで得たお金が軍資金だ。 作画作業との兼ね合いでバイトに割ける時間には限りがある。 そして、作った同人誌が完売したとしても次の印刷代などにほとんど消えてしまう。 毎日着る衣服や即売会用の「それなりに」気を張った服なども自分の財布から出さねばならない。 「もう少しバイトを増やしたい所だが、まだまだ講義のコマ数も多いし課題もそれなりだしなぁ」 そんな不満を抱える智也が大学に到着すると、誰もが最初にチェックする掲示板に向かった。 「うえ? 休講だって?」 掲示板にて「本日休講」の貼り紙を見上げた智也は喜びはしゃぐ学生の傍らで苦い顔をした。 「くっそ、前もって分かってりゃバイトを入れられたのに……」 「よぉ智也~! なんだなんだぁ? えらく不機嫌な顔しやがってさぁ」 「ああ。頼流か。いやだってさ、来て見りゃ休講ってなってんだぜ? せっかくバイトも入れずに早起きして 登校してきたってのに」 「おお、本当だ。1コマ目と2コマ目、どっちも休講とはな。確かにこれなら昼メシを済ませてから来れば良かったぜ」 そう言いながら鼻を擦るのは智也の友人である『的島 頼流(まとじま らいる)』である。 身長が175cmの智也より15cmも背が高く、「偉丈夫」と言う言葉がふさわしいがっちりとした体躯の持ち主だ。 彫りが深く瞳が青を示すのは父が外国人故である。 「どうだ? ヒマなら俺と一緒に弓道場に来ないか?」 弓道部に所属する頼流は急遽空いた時間を部活の方で潰すつもりのようだ。 「ん~、いや、俺はいいよ。ついでに俺まで弓道に誘う腹づもりだろう? 俺、そんな時間はねぇし」 「なんだ。お見通しだったか。チャンスだと思ったんだがな」 「それはお前にとってのハナシだろ? 俺は別に弓道に限らず部活に興味は無いから」 「部にもサークルにも参加しないなんて、学生としての楽しみを大いに損失してる気がするぞ?」 「大学とは関係の無い場所には参加してるから問題無い」 「ああ。あれだろ? 同人誌のええと……」 「同人誌即売会。あんまりこう言うとこで口に出すなよ。こっぱずかしいじゃん」 「? なんでだ? 得意な絵を描いて本にするなんて凄いと思うぜ? 俺の画力なんて幼稚園児以下だ」 その絵の内容ががっつり18禁で局部モザイク必須系のエロい奴だからだよ! と智也は心の中で叫んだ 「お前の方こそ凄いくせに。大学に入ってから弓道を始めた奴がさぁ、わずか半年で並み居る先輩たちよりも 良い成績を叩き出しやがって。 次のインカレにもメイン出場決定だろう?」 「まぁ、元々体力はあったしな。集中が上手くできればなんとかなるもんさ」 「その集中が難しいから競技として成立してんじゃんか。はぁ~、やっぱり甲子園にも出るような球児さんは 格が違いますなぁ~」 「む? 初戦敗退した事への侮辱か? そいつは」 頼流が少し険しい顔を見せた。 「あ、悪い。言い過ぎた。なんだか俺とは違ってカッコイイ人生を歩んでんな、って思えちまってさ」 「別に、かっこよくなんか無いんだがなぁ。中学じゃサッカー、高校で野球、大学に入ったら弓道、 どれもそこそこ達成できちまうが、達成できたと感じた途端冷めてしまってやる気が失せる。 智也みたく長年一つの事に夢中に取り組める奴の方が俺は羨ましいよ」 「そう言うもんかぁ?」 「そう言うもんさ」 「ま、お互い様てってところか」 「そうだな……」 空気を切り替えようとした智也が3Dプリンターの件を話題にした。 「――3Dプリンター?」 「そうそう。データや素材を入れたらあとはおまかせ。自動で人形とか立体のモノが出来上がるマシンだ」 「うっすら聞いた事はあるけど、もう市販されてんだ? イマドキ便利なシロモノがあるんだなぁ」 「だよな。んで、その3Dプリンターをタダで譲ってくれる人がいるのさ」 「タダ? マジで?」 「その人も抽選に応募したらたまたま当選しちゃった、とかで困っているんだと。だから引き取って欲しい、って」 「だとしても普通、少しくらいは要求するんじゃねぇの?」 「俺もそう思う。だから裏があるのかも知れねぇし、実際に現物が届くかどうかも分からないしな」 「……届いたら届いたで送りつけ詐欺もあるらしいし、智也、気を付けろよ?」 「分かっているよ。しっかり用心しとく」 智也が頼流と話している内に掲示板の付近からあらかたの学生が離れて行った。 「ああ、そうだ。借りてたノート、返しておくよ。大いに助かった。ありがとうな」 頼流は智也に一冊のノートを渡す。 「そういや頼流に貸してたんだっけ。お役に立てたようでよかったぜ」 「んじゃ、俺、そろそろ弓道場へ行くわ」 「分かった。じゃぁ、またな」 「おう、また~」

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