奇妙な隣人 7 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-09-28 16:16:50
Imported:
2023-04
Content
7決断と行動
昼過ぎに目覚めた俺は、疑問ばかりが膨らんでいくのに耐えかね岩崎本人に事実を確かめようと決意した。
ただの隣人だからプライベートは知らなくてもいい、とか言っている場合じゃ無い。
四六時中岩崎の「謎」ばかり考えてしまっていて、何をやっても身が入らないしバイトでもどデカイヘマをやらかしそうなのだ。
岩崎がどこまで話してくれるのかは分からないが、ともかく俺は自分の気持ちを一度スッキリさせたいのだ。
そのためなら俺が、本当は男しか好きになれない「ゲイ」であると明かしたって構わないとさえ思っている。
オナニーしたまま寝落ちしたのでシャワーを浴び、カピカピになった股間を洗う。
浴室の鏡を見れば案の定、目の下には黒いクマが出来ていた。
チン毛に絡んだザーメンはしっかりごわついていて中々取れてくれない。
「ええい! これも全部岩崎のせいだ! ちゃんと納得できるまで話してもらうからな!」
込み上がる怒りを壁の向こうに居るであろう岩崎にぶつける。
まぁ、岩崎本人は俺の怒りなど知りはしないのだが。それはそれでなんだかムカつく。
長いシャワーを終え、身なりを整えてから深呼吸を一つ。隣室をノックする。
が、反応は無い。
昨日みたく鍵が掛かっていないんじゃないか? と、ドアノブを回してみた。
ところが今度はちゃんと施錠されていてノブは回らずドアも開かなかった。
「まぁ、時間的に考えりゃ大学に行ったんだろうな」
俺も急いで大学に向かい、岩崎が居るであろう学科棟の講義室に入った。
「おお? 藤原じゃん! こんなとこに来るなんて珍しいな!」
呼び止めたのは平瀬だった。
「なんだ、平瀬か。岩崎を探してんだよ。こっちに来てなかったか?」
「おいおい。なんだ、とは随分な反応だな。つか、岩崎? 今日も見てないな。それで、頼んでた伝言はどうだった?」
「悪ぃ。昨日も会えていないんで伝わってねーんだわ」
「うぇぇ、そうなのかぁ。弱ったなぁ。あのノートが返って来ないとマズいんだけどなぁ」
苦い顔の平瀬を残し講義室を出た俺は、学内のカフェテリアや食堂、図書館と順に岩崎の行きそうな場所を見て回ったものの、どこにも居なかった。
「――となると、残るは……」
バイト先である「三条巴屋」からほど近い場所。
俺を無視した岩崎? を見かけた先にあった『Ignition』に居るんじゃないか? と何故か俺は閃いた。
◇
明るい時間帯に来てみれば何の変哲もない普通の街中の通り。
古い町屋形式の建物の中に紛れるように存在する小さな看板。
『Ignition』
自動で開く格子戸を抜け中に入る。
薄暗い土間は外よりもすこしひんやりとした空気が漂っている。
奥へ向かう金属製のドアは固く閉じられ、部外者以外は立ち入り不可能。
「さて、と。ここからどうすればいい?」
インターホンなどは見当たらない。大声を出せば応答があるのだろうか?
「こんにちわー!! すーみーまーせーーーーん!」
何分待ってもドアは動かず土間の空気はこもったままだ。
試しにドンドンと強くたたいてみたが結果は同じ。
万事休すか、と諦めかけていた時だった。
「うん? 誰だい?」
後ろの格子戸がスーッと開いて土間に一人の人物が入って来た。手にはスーパーで買ったとおぼしき食材の入ったビニール袋を下げている。
「あっ! えっと、勝手に入ってすみません! ここに岩崎って奴が来ていないかと思って」
「…………で? 君は?」
「あ、あの、俺は岩崎と同じ大学に通う藤原って言います」
「つまり君は、岩崎の友達なのかい?」
無精ひげを生やした初老の男は少し微笑んで俺に質問を重ねた。
「いえ、友達、って言うか、同じアパートの隣人と言うか……」
「なんだか微妙な表現だな。まぁ、いい。こんな所で立ち話もなんだから中へ入りなさい」
「いいんですか?」
「本当は良くないけど、せっかく訪ねて来てくれたのだからね。それに、岩崎に会うために来たんだろう?」
俺の胸がドキリと高鳴った。
ビンゴだ! やはりここは岩崎に関係のある施設なのだ。
「私はここの者で二ノ宮と言う。まぁ、私以外に居ないんだがね」
二ノ宮と名乗った男はカードをかざしてドアのロックを解錠すると分厚いドアを開けた。
中に入ると何も無い倉庫みたいな構造で窓すら見当たらない。
こんな所に閉じ込められたら相当ヤバイじゃないか? と不安が過った瞬間、四方から噴き出た白い霧状のモノに包まれた。
「うわっ!?」
「驚かせて申し訳ないけどここでカラダの表面や衣服に付着している雑菌やウイルスを落としてから奥へ進んで欲しい。このミストは人体に害はないので安心してくれ」
狼狽える俺を落ち着かせるかのように初老の男はのんびりと口に出した。
ミストの噴霧が止むと壁の一角が開いた。
その先に進むと――「こ、これは?」
理科で使う基本的な実験器具の他に、様々なハイテク機械が並んでいた。
一角には簡易なベッドがあり、そのベッドを照らすため天井には無影灯があった。まるで病院の手術室みたいだ。
かと思うと大きな冷蔵庫サイズの巨大コンピューターが4機も設置されている。
そんな巨大コンピューターと何本ものケーブルで繋がっている筒状のポッドには、――「岩崎!?」
頭にヘッドギアを被り素っ裸のままマネキンのように立って目を瞑る岩崎がポッドの中に居た。
呼びかけてもまったく無反応で、ピクリとも動かない。
「岩崎はただいまメンテナンス中だ。あと一時間ほど待ってもらいたい。無理に覚醒させると意識障害が起きるかもしれないんでね」
二ノ宮は小さな冷蔵庫にビニール袋ごと食材を放り込むと、傍らに掛けてあった白衣を見にまとった。
「どうして岩崎があんな目に? てか、なんなんですか? ここは!」
「ここは『Ignition』(イグニッション)。社会に変革と発展をもたらす起爆装置たらんと掲げられ、未知の生物『IWASAKI』を研究するため設立された……。今となっては皮肉以外の何物でもないが」
「は? 岩崎?」
二ノ宮は首を左右に振った。
「まぁ、発音が同じだから混同するのも当然だろうが、岩崎と『IWASAKI』は違うんだ。
個体名と学名、と言うヤツだね」
「個体名? 学名?」
「まぁ、その椅子に座りなさい。順に話していこう」
「その前に確かめていいですか?」
「何だい?」
「ここって、あの、悪の秘密組織、みたいなトコロなんですか?」
二ノ宮は噴き出すように笑った。
「ぶはははっ! 悪の秘密組織? そりゃいいねぇ! 傑作な表現だ! ははははっ! ああ~、せっかくだけど悪でも秘密でも無いんだ。
むしろ公表したいんだけど世間がそれを許さない、って感じだね」
「許さない?」
「そう。私としては成果を広く認知してもらいたいんだが、政府や社会が拒否したんだ。だからこんな片隅で
細々と続けていく羽目になった」
改めて勧められた椅子に座ると、ドリンクを渡された。
「そこのスーパーで買った奴だ。毒なんか入って無いから安心しなさい」
二ノ宮はぐびりとドリンクを煽り咽喉を潤した。
俺も恐る恐るドリンクを飲んだ。が、ごく普通のお茶だった。
「悪に手を染められるだけの資金やパワーがあればまだしも、今ではもう私一人きりだしね。
昔取った特許のお陰で何とか最小限の設備を維持しているけれど、それもあと何年続けられるか……。
こう言った具合でなんとも世知辛い状況なのさ」
「はぁ、そう、なんですか……」
冷静かつ自虐的な吐露にはどう反応すればいいのか。とても困る。
悪の秘密組織では無いと言うものの、どこまで信用していいのかも分からないし。
「さて、要点だけをかいつまんでもそれなりに長くなるから少し覚悟してくれ。長い、と言っても『岩崎』が目覚めるまでには終われるだろうがね」
ポッドの中で立ったまま眠る岩崎を一瞥してから俺はもう一度ドリンクを飲み、二ノ宮の言葉を待った。