奇妙な隣人 4 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-09-09 11:31:06
Imported:
2023-04
Content
4 呼び起こされる謎
岩崎の素っ気ない態度に少なからず傷ついた俺は、岩崎のオナニー動画なんか見る気も起きずアパートの部屋に戻ると早々にベッドへ潜り込んだ。
「マジかよ? 岩崎の奴、普通あそこまで無視するか?」
ムカついたまま目を閉じる。
すれ違った時の岩崎の顔。
まるで俺なんか眼中に存在していないみたいな表情……。
う~んダメだ。目を閉じると岩崎の冷やかな顔が浮かんでしまう。
もう一度目を開いた。
その目を寝転がっているベッドとは反対の壁に向けた。あの壁の向こうはアイツの、岩崎の部屋だ。
「…………」
ムカついてた気持ちが次第に気分が冷めてくる。
岩崎も俺と同じゲイなのかも知れない。同じ立ち位置に属する仲間なのかもしれない。
そんな気がして急に親近感を抱いていたこの数日の自分が滑稽に思えた。
あの動画だって仕事として、バイトとして撮っただけなのかも知れないじゃないか。
ゲイサイトに沢山存在するノンケのオナニー動画って可能性もあるのに、舞い上がっていたのが恥ずかしい。
隣人だからってだけでプライベートな領域に踏み込むのは良くない。
親友でも彼氏でもないのに何様のつもりだったんだ俺は。
岩崎の秘密を握って一段高い場所から見下ろしていた気になってたんじゃないか?
怒りは冷め、やがて自己嫌悪に変わり、自分がいかに浅ましく醜い奴なのかと落ち込んだ。
「あ~、もう~、俺ってバカだ……。アナニー好きのノンケだっているのに。……ほんと、救い難いバカだよな、俺は……」
翌朝、
いつもより遅くに目覚めた俺は、起きるのが億劫でだらだらとベッドの上で寝転がっていた。
今日はバイトも入っていない丸一日フリーなのだが、気分が欝々としているものだからこのまま特には何もしないで食っちゃ寝でいいや、と。
そう決め込んだ途端、ドアのベルがなった。
誰だ? こんな日に限って。ああ、もう、面倒臭ぇ~!
「ピンポーン♪」
再びベルが鳴った。
こうなったら居留守を決め込んでやる、と頭から毛布を被った。
「おーい! シュンちゃ~ん? 俺だけどー? ……まだ寝てるのかな?」
あの声は岩崎? アイツってば昨夜は素無視しやがったクセに何なんだよ!
「ピンポーン♪ ピンポーン♪」
ああもう! 何度も鳴らすんじゃねぇよ!
仕方がない。顔を合わせるのは嫌だったが、うるさいから仕方がない。
「…………何? なんか用?」
「ああ、居た居た。その感じだとやっぱり寝てたんだ。おはようシュンちゃん」
「おはようじゃねぇよ。――で?」
「なんか随分と顔が曇ってるけど、今度こそ風邪引いたんじゃないの?」
お前のせいだろうが、と言いかけて言葉を飲み込む。岩崎のせいじゃなく自分のバカさ加減に凹んでいただけだから岩崎のせいにしたって無意味だ。
だが、昨夜の事、岩崎は何にも感じちゃいないんだろうか?
まるで記憶すらしていないようなあっけらかんとした笑顔を俺に向けているが。
「風邪じゃないって。単なる寝不足」
「またぁ? またオナニーに夢中に? そんな長時間シコってたら本当に体調がおかしくなってしまうよ?」
「いいじゃねぇか俺のカラダくらいどうなったところで。で、用件はなんだよ? 何もないんだったらもう帰ってくれ」
岩崎はポケットから2枚の紙切れを引っ張りだした・
「じゃじゃーん! 見てよシュンちゃん! 宣伝が始まった時に見に行きたいって言ってた映画のチケット!
手に入ったんだ~ 一緒に行かない?」
岩崎が持っているのは『アルティメットファイターズ』の先行上映会の入場券だった。
「えっ!? マジで? どうやって手に入れたんだ?」
「あ、えーと、それは、つまり、……知り合い、そう知り合いに頼んでゲットしたんだ。そ、そう、それだけ。
で、このチケットが有効なのって今日だけなんだ。だからさ、シュンちゃん、これから予定が入って無いんだったら見に行かない?」
岩崎の歯切れの悪さに一瞬だけ「?」と疑問符が浮かんだが、ずっと気になってた映画の先行上映を見られるとあればそこは一々気になどしていられない。
「当たり前だっつうの! 行くに決まってるじゃん! しかし、マジで凄いな!」
「いや~、俺も試しに頼んでみたら以外にあっさり譲ってくれてさ、ほんとにラッキーだったよ~」
ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せる岩崎。昨夜の無表情な顔とはまるで別人のようだ。
もしかして、本当に別人で、俺の見間違い、他人の空似だったのか?
「何時のを見に行く? 今からだったら13時か、15時かな?」
時計を見れば11時30分。どちらも余裕で間に合う。
「じゃぁ13時の回にしようぜ。30分でしたくするから少し待っててくれ」
「分かった! じゃぁ、また後で!」
ドアを閉じて俺はホウッと深く息を吐いた。
……なんだアイツ。
岩崎の奴、いつもと変わりないじゃん。昨夜すれ違ったのは良く似た別人だったんだろうか?
まぁ、そう言うことだってあるよな。この世の中には自分に似た人物が3人は居るとか言うし。
なんだ。似ているけど岩崎じゃないなら俺を無視しても当たり前じゃん。
そう思うと昨日から今朝までうじうじ考えていたのはまるで無駄じゃないか。
あ……無駄、ではないか。
ゲイサイトに動画を投稿しててもノンケの場合はある、って言う部分に改めて気づいたのだから全部が無駄じゃないよな。
まぁ、そんな事でうじうじ考え込むのはもう止めておこう。
岩崎との関係が今まで通りに、せめておかしくならないように努めるのが吉ってなもんだろう。
顔を洗って髪をセットし、服を選んでいるうちに俺はそんな風に割り切っていた。
アパートを出てバスを待つ間に上映会場の場所を確認する。
チケットを見ると先行上映を行っている会場は、バイト先の土産物屋を通り過ぎて大通りを一本隔てた場所にある映画館だった。
「ああ、四条のマーブルシネマなら俺のバイト先に近いな。歩いて5分くらいの距離だ」
「へぇ~、シュンちゃんのバイト先ってあの辺りだったんだ。確かお土産屋さんだっけ? 一度どんなお店か見に行ってみたいかも」
「そうだ。昨日のバイトの中にさ、お前そっくりの奴と出会ったぞ? 声かけたのにまるで反応しないから一瞬無視されたのかと思ったけど。
やっぱあれ、別人だったんだな。マジでお前に瓜二つだったぜ」
会話の流れに乗ってつい言ってしまった。ひと晩俺を悩ませたのだからこれくらい良いよな?
「え? 俺に良く似た人……、がシュンちゃんのバイト先の辺りに居たの?」
「ああ。至近距離で顔を見たけど双子みたいに似てたな。てか、今更だけど岩崎、あれってお前じゃないんだよな?」
「………………」
何だこの無言は……、もしかして、そっくりさんじゃなくって岩崎本人なのか?
「おい? 岩崎? 何黙ってんだよ。昨日の夜に会ったのはやっぱり……、お前なのか?」
「……あ、いや、『ソレ』って俺じゃない、俺じゃないんだ。だって昨日は俺、ずっと部屋に居て課題をこなしていたんだから……」
何だか歯切れの悪い言い方だな。返って気になるじゃないか。
「ふぅん。なら、やっぱりお前じゃないんだ」
「……違う。俺じゃない。そいつは、……俺、じゃない……」
遠いところを見てブツブツ呟きだした岩崎に、俺は違和感を通り越して寒気を覚えた。
「俺は、そう……俺、なんだ。他の人間、じゃない……そう、今もそうだ……俺は『ここ』に、いる……」
岩崎の顔から表情が消え、どこにも焦点が合っていないような目をしている。まるで人形か、死んだ魚のような目だ。
「おい! おいって! 岩崎! なぁ? どうしたんだよ? なんか変だぞ?」
「――えっ? あ……、ううん、何でもないから。大丈夫。別に……俺は、変じゃないよ、まだ……」
まだ、ってどう言う意味なんだ? と思わず聞き返したくなった時に待っていたバスが俺たちの前に停まった。
プシュ! と音がしてバスのドアが開くと岩崎は「珍しく時間通りにバス来たね! 毎日こうだったらいいのに」
と屈託のない笑顔を俺に向ける。
その笑顔にどう応えて良いのか一瞬迷った俺は、釈然としない思いを抱いたまま岩崎の後に続いてバスに乗った。