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3 京土産・三条巴屋  講義が全て終わった俺は今日もバイト先の土産物屋に向かった。 元は漬物だけを扱う店だったらしいが時勢に合わせてつくだ煮やお菓子なども取り扱う土産物店としてにぎわっている。 「藤原くーん! 倉庫から八つ橋5ケースと茶だんご3ケースを持って来て~」 「はーい!」 「藤原~! 込んできたんでレジに入ってくれ~!」 「分かりましたー!」 「藤原さん! こちらの方に商品説明してあげて下さい!」 「了解っすー! ええと メ、メイ ア ヘルプ、ユーゥ?」 夕方は特にお客さんが大勢来るので、目の回るような忙しさだ。 「藤原くん!」「藤原さーん!」「藤原ぁ~!」 「はーい! 今行きまーす! はいはい! はーい!」 ようやく一息つけるのはすっかり日も落ちた19時過ぎ。 日帰りの観光客はあらかた帰っているし、宿泊のお客さんは夕飯を食べに飲食店へと入る。 シフトで午前から入っているスタッフはこの辺で先に仕事を終え、後は午後から入った俺のような者たちで閉店まで店を回すのだ。 「じゃぁ、お先でーす! 藤原君もお先に~」 「はい~お疲れ様っした~」 お客の入り具合で閉店時間を延長することもあるけど、基本的には20時30分で店を閉める。 後、一時間。 昨日とは打って変わって来店するお客の数は順調に落ちているから、昨日みたく残業にはならないだろう。 徐々に営業終了に向けて店先の商品を並べ直したり、溜まったゴミをまとめたりしていた。 「あ、藤原くん! そろそろ廃棄物置き場に捨てに行ってくれるかな」 「ウィッス! 分かりましたー」 先輩スタッフに頼まれ大きいゴミ袋を抱えて通りの端にあるゴミ集積所に向かっていた時だった。 「ん? あれは……岩崎? なんでこんなトコに居るんだ」 居てはいけない訳じゃない。観光客以外の一般の市民も使う道路。 並びには土産物屋も多いが他の商店もあるし飲食店もある。 「メシでも食いにきたのか? ……ま、いいか……」 同じ大学に通うアパートの隣人が、どこを歩こうが普段であれば気にも留めない些細なことだ。 けれど、昨日、一昨日と、俺がオカズに使うゲイサイトに動画を投稿しているのを見つけて少々引っかかった。 俺と同じように隠れゲイだとしても、彼女もちのノンケじゃなかったのか?と、疑問を持ったとしてもプライベートな部分に部外者が踏み込んだらダメだよな。 少々ざわついた気持ちをやり過ごし、ゴミを集積所に置いてきた。 店に戻ろうとした時にはもう岩崎の姿はどこにもなく、やっぱりメシだったんだろうな、と自分を納得させた。  しかし、岩崎の目撃がこの日だけだったら、きっとすぐに忘れてしまう程度の事だったのだろう。 翌日も俺は土産物店『三条巴屋』に講義後の夕方からバイトで入った。 そして、閉店前にゴミ出しを頼まれ昨日と同じゴミ集積所へ運ぶ。 「あ、あれ? また岩崎だ……。お気に入りのメシ屋でもあんのかよ?」 さらに翌日、午前の講義で岩崎とは顔を合わせたがあまり会話らしい会話ないまま午後に入り、全ての講義が終わった俺はバイトに向かった。 「またか? これで3日連続じゃん。よほど美味い店でもあんのか?」 ゴミを置いて顔を上げると岩崎がすぐそばを通り抜けて行った。あいつは俺に気付かなかったようだ。 俺は岩崎の向かう先をそれとなく目で追いかけてしまった。 どこにも入ることなく岩崎は50mほど先まで歩いていく。通りに店が並んでいるとは言えコンビニや本屋と言った学生にとって立ち寄りやすい店はむしろ少ない。 そして、岩崎の歩く先にはシャッターの下りた仏具店や和装小物とか着物を扱う店がちらほらある程度だ。 大学からアパートへ戻るルートとしてこの辺りを経由することは100%考えられない。 「て、ことは……、俺の知らないうちに新しいカフェでもオープンしたのか?」 後を追いかける気は無かったのだが目で追うだけでは我慢できず、岩崎の向かった先を確かめようとした。 あいつは俺につけられているとも知らずどんどん進んでゆく。 そして、さらに50mほど進んだあたりで角を曲がった。 俺は小走りで駆けて角に取り付く。そうっと建物の陰から顔を出して向こう側を覗いた。 すると、……岩崎はもうどこにも見えなかった。 「あれ? どこに行ったんだ?」 角を曲がった先は見通しのいい直線道路だ。300mくらい先まで人の姿は確認できる。 岩崎が俺の視界から外れたのは時間にしてほんの3秒から4秒くらいだろう。 そんなわずかな時間で入れそうな位置にある建物は通りの両側とも普通の民家で、もちろんこの民家の中に岩崎の実家などは含まれていない。 いつだったか、学食で昼メシを食べていた時に「横浜より西なんて親戚もいないし高校の修学旅行だって北海道だったから、すんげぇ新鮮だ」と言っていた事がある。 ついでに言うと実家は世界一有名なネズミの国がある街、だとも。 首をかしげながらバイト先の土産物店に戻ると「急いで藤原クン! こんな時間なのに団体さんが来ちゃった!」 と、俺を手招いてレジ横に立たせた。  翌日、土曜日は日曜日よりも客入りの多い日だ。 ずっとピークの状態が20時くらいまで続く。 こんな日は決まって営業時間の延長、すなわち残業の通達が店長から言い渡される。 「藤原君! 悪いけど1時間残って! お願い!」 「了解っす!」 岩崎の事もすっぽりと頭から抜けて9時半まで目まぐるしく動きまわった俺が、掃除と後片付けをして店を出たのは10時になっていた。 「藤原君、今日はもうゴミ出しはいいから。気を付けて帰ってね。それじゃお疲れ様!」 「お疲れっしたー!」 休憩らしい休憩も取れずレジと品出しの往復でさすがにぐったりとしてしまう。 こんな繁忙が週に2日はあるのでキツイと言えばキツイのだが、店のスタッフのみんなは俺に良くしてくれるし、 店長だってブラックと言う訳じゃない。 良いか悪いか、と聞かれたら「良い」バイト先だと俺は思う。 「夕飯、どうしよ……」 アパートへ戻る道すがら面倒臭くなってコンビニに寄ることすら億劫になっていた。 「もう、今日はカップラーメンで済ませるか。まだ残ってたはずだし」 少しの遠回りもしたくない。早く部屋に戻って靴を脱ぎ、一休みしたかった。 今、立ち止まったら一気に疲労が押し寄せてきそう、そんな気分でザクザク突き進んでいたら、角を曲がってきた岩崎と正面から鉢合わせしてしまった。 「あっ……、よ、よぉ! こんな時間に買い物か? 岩崎」 「…………」 「おい? 岩崎?」 「……………………」 岩崎は俺の言葉に反応しないどころか俺の方にちらりとも視線を流さず、黙ってすたすたと通り過ぎてしまうではないか。 あまりの塩対応に俺は二の句も継げないまま、岩崎の背が小さくなるのを見送るだけだった。

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