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彼は、画家になりたかった。幼い子供ならではの大きな夢だと言ってしまえばおしまいだが、彼の情熱はそれに注がれていた。

鉛筆と消しゴムで庭に生えている木のデッサンをしてみたり、コピックと呼ばれる絵具で色を付けてみたり。

学校にも、スケッチブックを持っていき、休み時間に絵をかいていた。



「なんだよモネ、この黄色と茶色いの」

「ひ、ひまわりだけど……」



茂音(もね)という名前から、そのままそれがあだ名のようになっている少年。その彼の絵は、平均以下もいいところの、ただの線の塊のようにも見える。



「お前の中のヒマワリはこんなもんなのか……?全然見えねえ」



クラスメイトからの直球のコメントに、すこしムッとする茂音。

「ふん、タカにはボクの絵は分からないんだよ……!」





隆哉(たかや)という、彼の絵に突っ込みを入れたクラスメイトも、特に仲が悪いというわけでもない。むしろ、普段一緒に登下校する間柄で、距離は近い。

「お前、いっつも『ボクの絵は分からない』って言うよな……ピカソ……だったけ?……にでもなったつもりかよ」

「いんしょうは……って言うんだよ……」

実際、茂音には、『印象派』という言葉は分からない。実際、ピカソは印象派ではない。隆哉はため息をついた。

「まあいいか、俺には分かんねぇ世界だ」



「あら、タカったらそんなことも分かんないのね」と割り込んできたのは瑠衣(るい)。少し勝気だが、成績は良く、工芸ではいつも先生に褒められる。背も女子にしては高めだ。



「少なくとも私は、感じるわよ、可能性」茂音の絵を少しでも褒めてくれるのも彼女だけだ。「ま、いい先生にでもつけばの話だけど、ね」



「これのどこが……?」隆哉は、茂音の落書きをじーっと見つめる。

「うるさいな、もういいでしょ」茂音は、スケッチブックを閉じてしまった。





茂音は、近所に住む女子大生のことが好きだった。背が低い茂音とは対照的に、彼女はかなりの長身だ。茂音が彼女のことが気になる理由は、顔立ちも綺麗で、美人ということもある。しかしそれ以上に、彼女のやさしさに惹かれていた。



「いくら好きだからって毎日ブロック塀の穴から覗いてんじゃねえよ……」

「う、うん」



その日も、茂音は彼女のことが気になって、塀の外から彼女を眺めていた。彼女はいつも、キャンバスに向かって、絵を描いていた。その絵と、彼女の姿を毎日目に焼き付け、茂音自身も絵にはげんでいたのだ。



「あのお姉さんの目の前でこけた時にハンカチくれたっていうだけで、よくそこまで惚れられるよな」

「そ、それだけじゃないけど……」

「あっ!そういえば俺、猫に餌やんないといけないんだった!先に帰るぞ!」

「あ、うん、またね」



隆哉が駆け出していく足音を聴きながら、ブロック塀の中をのぞき続ける茂音。



「ボクも絵がうまくなって、お姉さんみたいにきれいな絵を描けたらいいのに……」



そんな考えにふけっていた彼は、トラックが猛スピードで近づいてくるのに気が付かなかった。それは中型のタンク車で、道幅に対して大きすぎる車だった。



「そろそろ行こう」



茂音はトラックが通り過ぎる直前になって立ち上がり、歩き出そうと塀から離れた。


キキーッ!!


突然動いた子供に、トラックは思わずハンドルを切って……


ガシャーン!!



逆側の塀にぶつかり、衝撃で壊れたタンクから茶色の液体がバシャーンッ!!と飛び散った。



「うわぁぁっ!!!??」



その液体は、茂音の体に襲い掛かり、衝撃で彼は気絶してしまった。



---



そして、茂音が目を覚ますと、白い天井が見えた。



「あ、君、目が覚めたんだね!」

脇から声がするので見ると、そこには憧れの女子大生がいた。

「え、なに、天国……??うっ、頭が……」



ほおをつねらなくても、頭が痛かった。周りを見ると、保健室のようにカーテンがかかっている。どうやらどこかの診療所らしい。

「君、家の電話番号分かる?親御さんに電話したいんだけど……あのトラックの中身……汚いものらしくって、持ってたもの全部捨てなくちゃいけなかったのよね」

「えっと……」



着ているのも、大きい白衣に変わっていた。どうやら、服もダメになったらしい。糞尿を回収するバキュームカーの中身をかぶってしまったのだ。

電話番号を伝えると、女子大生は携帯電話で連絡をとってくれた。その過程で、彼女の名字が高井戸ということが分かった。



「でも、ケガがなくてよかったわ……頭は打っちゃったみたいだけどね」



彼女は、電話の後、茂音の頭をなでた。湿布越しではあったが、茂音は事故にあったのも悪くないな、と思ってしまった。



「お医者さんの話だと、汚いものも飲み込んでないみたいだって。少し様子見は必要だけど……」

「そう……」

「あと、あのね?事故の音を聞いて君を助けに行ったとき、カバンの中に絵が見えたの」



「あっ……ボクの絵……」茂音は、カバンの中に入っていたスケッチブックを見られたのだと理解した。



「君、絵に興味があるの?」

「は、はい……」



彼女は、少し考えこんでいるようだ。そして、ポンッと手を打った。



「よかったら、私の家で、少しレッスンしない?」

「え、あ、そんな」

「いいから!私の家の場所は知ってるんでしょ?私がいるときなら、いつでも来ていいよ」

「は、はい」



茂音は彼女の名前を聞こうとしたが、そこで電話連絡を受けた親が飛び込んできた。



「モネ、大丈夫!?」

「あ、うん。ママ。少し頭が痛いだけ……」

「すみません、うちの子がお世話に!!」



その場で少しの名前交換。彼女の名前はやはり名字しか分からない。夜が遅くなっていたこともあって、そのまま、別れることになった。



「お母さまに電話番号を教えているから、電話したいときは聞いてね」

そう言って彼女は立ち去っていった。



---



その夜、茂音は夢を見た。キャンバスに向かって、絵具を塗るという、彼にとっては普通の夢。

だが、その絵の質が、いつもよりくっきりと、しかも憧れの彼女の絵のように美しいものになっている。そのことに喜ぶ茂音だが、同時に違和感を覚えた。自分の目線が異様に高い。床が遠く、天井が近い。そして、視界の下側を大きく遮る肌色の何かが……



ジリリリリ!!!



「うわああっ!!」



絶妙なタイミングで目覚ましに起こされ、飛び起きる茂音。下を見ても、単にボタンで閉めたパジャマがあるだけ。



「やっぱり、あれは夢……当たり前だよね」

いっときの興奮が冷め、ため息をついて、食卓へと降りていく。



「あら、おはよう。珍しいじゃない、目覚ましですぐに起きるなんて」



リビングでは、母親がテレビニュースを見ながら朝食をとっていた。



「んー、まあね」

「モネ、そろそろ床屋行かなきゃね。髪伸びてきたみたい」

「え、そう?」



確かに、前髪がいつもより伸びていて、視界の邪魔になっている。



「あら?気のせいかしら?」

「え?」



もう一回確かめてみると、前髪はさっきより短くなっている。はさみで切ったわけでもないのに、だ。



「そ、そうだね、気のせいだと思う……」



まだ寝ぼけているのかと、自分の頬をつねる。



「いたた」

「なにやってるのよ。私は食べ終わったから仕事の準備してくるけど、食べ終わったら食器、流しに入れておいてね」



母親が席を立つ。茂音はうなずきながら、牛乳パックを取り上げ、自分のコップに入れる。そして、牛乳パックを置こうとした、その瞬間。



ギュチッ!!



「んんっ!!??」

股間から、何かがつぶれる音がして、同時に刺激が走った。そこに手を当てると、小さいながらもついさっきまでそこにあった男の象徴が、消え去っている。


ブクゥッ!!


また刺激が走る。すると、股間には突起が戻っていた。



「ど、どういうこと?」

まだ夢の中……ではないはずだが、茂音の理解に及ばないことが起きていた。茂音の体が変化して、すぐに戻る。しかも、戻ってしまうことで自分の幻覚とも思えてしまう。



「ぎ、牛乳……」当惑しながらも牛乳を飲もうとして、パジャマの胸の部分にぽたぽたと垂らしてしまう。



「あっ、ふかないと」



台ふきを取って、パジャマに押し当てようとしたその時だった。



ブクゥッ!!



パジャマの左胸の部分が、いや、茂音の左胸が数cm盛り上がった。そして、



ブククッ!!



右胸も続くように盛り上がる。



「ま、ママ、ボクの、ボクの胸が!!」

「どうしたの!!」



下着を着た直後だったのか、半裸で飛び出してくる母親。だが、そのころにはまた茂音の胸は平らに戻った。



「あっ、な、なんでもない……」

「な、なんなのよ、いたずらとか、モネらしくないわね」



母親は少し不満げな顔でリビングから出ていく。茂音もドギマギとしながら、朝食をつづけた。



これが、茂音の人生を大きく変える物語の前触れとも知らずに。

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