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 今日もいろいろ書くぞ~っと思ったんですが,いろいろ身辺事情が逼迫しているので,忘れたくない話だけ先に書いておきます。

twitter post: 1245074987565715456

 ちょっとツイッターに書いた話で,これはプロギアの嵐のことなのですが,本当にずっと大好きなゲームで,その割にあんまうまくないのがまぁ・・・って感じではあるものの,とにかくこのゲームは完全なゲームだと思っています。


 自分の中で思っている完全性はいろいろなのですが,主に以下の点を完全の要件としています。

・システムに過不足がないこと

・ゲームとプレイヤーが対等であること

・手癖で作られていると思われる個所がない(少ない,感じられない)こと

・熱中するほどに上達を実感し,様々な遊び方を受け付けてくれること

・何より,面白いこと


 なので例えば,「使っても使わなくてもいいような,どうでもいいシステムがある」とか「明らかに楽しませるために接待してきている(あるいは逆に,明らかに殺そうとしている/退屈させようとしている)」とか「どういう意図で入れたのかよくわからない(あるいは調整が甘い),手なりで入れられてるような区間,面,敵などがある」とか「底が浅くすぐに極限に到達してしまう」とか「決められた遊び方をいかに完全にトレースするかを競うゲームになっている」とか,そして,「自分にとってつまんない」とかによって,自分にとっての完全なゲームではなくなってしまいます。

 ある意味においては,永遠に未知であるゲームを完全と定義しているのかもしれません。だからこそその芸術性を完璧に理解できない自分自身に腹立たしくもあるのですが。



・プロギアの嵐(2001年,CAPCOM(CAVE),アーケード,STG)

 今も根強い人気を誇る,CAVE制作の弾幕STGです。高校くらいん時に近所の駄菓子屋で見かけて最初は「なんやねんこのようわからんゲームは」と思ってたんですけど,遊んでみたら一発で惚れ込んだんだったかなあ。そのうち撤去されちゃったけど……。

 敵の弾を宝石に変えて消す「ジュエリング」というシステムによって,ともすれば受動的になりがちな弾幕STGというジャンルにおいて,非常に攻撃的なゲーム展開を確立することに成功しています(「妖精大戦争」の冷凍システムが,ちょっと似ています)。画面上を埋め尽くす弾が一度に消えることで生まれる緩急も見事で,完成度の高い戦略性と,強固なプレイフィールを誇っています。

 弾幕もアクの強い挙動をする弾幕が少なくない一方で,「弾避けテク」みたいなものはほとんど要求されない(といっても,あくまで昨今の東方クローンに連なる価値観のようなゲームに比べればですが)ゲームの性質も合わさり,覚えゲーと気合の融合具合もちょうどよい塩梅に感じます。


 ほかにもキャラクターが男女ペアとなっていて,プレイ内容に応じて好感度が上下してエンディングが分岐するといった要素などもすごくいい(好感度ごとに絵がいっぱいあってめちゃくちゃかわいいし)。

https://w.atwiki.jp/progear/pages/52.html


 本作が最終的に他のSTG作品と一線を画し,比肩させない要素たらしめているのは二周目の仕上がりだと思っています。敵が撃ち返しを行いはじめ,敵配置やボスの攻撃パターン,形態数なども変わった上,道中で死んだら進行に関係なくグラIIIの9面のようにステージの最初まで戻されるようになるというあまりにも強気の設計。ですがこの強気さは「出来るように作ったんだから,やってみろ」という明確な思想として受け取ることができます。

 多くの弾幕STGは「出来るのかどうかよくわからない」瞬間をかなり多くの段階で含んでいて,どう挑戦したらいいのかすらわからない場合も多い。しかし本作では少なくとも「道中は3ボムで確実に抜けられるように作られている」ということが逆説的に明らかです。これは燃えないはずがない。もちろん2周をALLしようともなると相応に大変なのですが(現実にまったく手も足も出ていないし),けど区切りとして道中を抜けられるというのは「追い風が吹けば道中は1ミス以内に絶対に抑えられる」という裏付けにもなります。じっさいはそんな甘くないんですけどね。


 あらゆる敵の配置や弾幕の構造は徹底的に練られ,システムの完成度もCAVE制作の弾幕STGどころか古今の弾幕STGの中でもトップクラスだと思っています。ゲームとしての遊びやすさも執念を感じる精度で(画面のコントラスト,UIの配置など目につきやすいところから拾っても)これだけのゲームを20年間で一体何本のゲームが超えられたのかと恐怖してしまいます。

 惜しむらくは移植されてないので遊ぶ手段がなかなかないことくらいですかね。ちょっと遊んで面白いかどうかわかるかっていうとそれもよくわからないし(だってSTGだし)。ちょっと遊んだら面白いかどうかわかるみたいなのは欺瞞だと思っています。



・ポップンミュージック(継続中,KONAMI,アーケード,音楽ゲーム)

 これも足かけ15年だか遊んでるなあ。ひどいことを言うようなのですが,最初はIIDXの代替でした。IIDXを当時遊んでみたかったんですけど,ド田舎に住んでたのでどこにも置いてなかった。でもポップンミュージックは昔はちょっとくらいさびれた田舎にもかなりの割合で置いてあったので,それで始めたんだったと思います。やってるうちにポップンのほうが楽しすぎてポップンしかやらなくなっちゃったんですけどね。どこにでも置いてあるし。昔のIIDXはへたくそが遊んでいいゲームではなかったし(これは比喩表現とかではなく,今と違ってボス曲やイベントの条件緩和がなかったので,ゲームに置いてけぼり食らってた感がずっとあった)。

 9個のレーン,9個のボタン。上から落ちてくるノーツをタイミングよく叩くだけ。この上なく単純明解かつ,これ以上ないほど遊びがいがある設計ですよね。そして9個のボタンのうち,片手で叩けるのは連続した3ボタン,両手なら合計6ボタンまでしか同時押しが出来ない(という前提を踏まえた)設計。この筐体を考えた人はまじで大大大天才だと思います。満点から減算式のスコア計算もシンプルで良い(なんかCOOL判定がデフォルトで増えたりスコア計算式が変わったり右往左往感はあるけど…)。


 ゲームとしての完成度はもうそれくらいしか言う事がないぐらいに洗練されてるのですが,世界の広げ方もよかったな~。「このゲームにお金入れててよかった」「ずっとリアタイで追っててよかった」って思ってるゲームってそんなになくて。ぼくがめちゃくちゃ好きすぎるだけという補正をかけてもなおスタッフが面白いポップンワールドを作ろうという気持ちが伝わってきてほんとに好きなんですよね。


 稼働開始から20年くらいを経てもなお新しい発見がある面白いゲームでもあります。やりこんでる人にとってはとっくに通り過ぎたような場所なのかなとは思いますけど,1000を超える曲があって数千の譜面があったら一生のうちに1回も見ないようなものもあるわけで。そういうものに出会ったりもするでしょうね。そのうち。

 しかしロングノーツはどうなのかなあ,僕はL-an!maが出てきたとき,まだこんな譜面の表現が残っていたのかってかなり驚いたんですよ。だからもっと今のポップンのままいろんな表現を見せてくれるんだと結構ワクワクした。でもだめだったかあ,と思いました。なんだかんだロングノーツ入っても楽しんでるけど,でもなんか違うかなあ,って思う瞬間はなくもない。なんで押せてるのか,逆になんで押せてないのかわからんことがちょくちょくあるので……みんなはラピストリアあんま好きじゃないみたいなんですけど,僕はポップンが今のポップカルチャーとして生き抜く選択をしようとした結果だと思うし,すごく肯定的に受け止めていました。けっきょくもとに戻っちゃったけどね……

 ぼく自身は「旧来の絵柄にこだわる必要はない(=ポップアートであることが前提であって,ポップンの絵柄であることは前提ではない)」という感情で向き合っていたのですが,一方でポップンのポップンらしさを絵柄に求める人の言うこともわからんではなかったんですよね。


 ぼくは,音ゲーが完全であるために必要なことって,レーン数に対して手が足りないことと,縦連打が作れることだと思っています。筐体に対して手が足りなければ新しい譜面の表現を幾らでも作れるし,縦連打があれば密度を幾らでも増すことができる。jubeatは縦連打が作れなかったので不完全のゲームになったと思っていますし,一時期の太鼓の達人がロール一辺倒のゲームになったのは(今もそうなのかは知らんけど……)1レーンしかなかったからだと思っています。

 ほかの例で言うと,IIDXのDPがポップンのように完全性を秘めている気がするのですが,SPが主体のゲームになってしまっていることと,ぼくが全然やっていないことからなーんにもわかりません。

 あ~なんか思い出の話ばっかりになりそうだからやめとこ。ポップンはほとんど辞めずにずっと遊んでる稀有なゲームなので書こうと思ったら思い出の話ばっかりになっちゃうしまたそのうち書きます!



・海腹川背・旬(1997年,現版元はスタジオ最前線,PS・PC等,アクションゲーム)

 ラバーリングアクションの雄,海腹川背シリーズです。その中でも特に「旬」が素晴らしい。他のシリーズに比べ群を抜いて完成度が高いと思っています。

 説明をカッ飛ばすのですが,ゴム紐みたいなのを伸ばして壁に引っ掛けて,ゴムの反動を使ってあっちゃこっちゃ移動してゴールに行くというゲームです。振り子を作って遠くに飛んだり,反動をつけて垂直に上ったり,進行方向の逆に紐を引っ掛けて反動で高速移動したり。プレイヤーの操作がそのまま川背さんの動きにフィードバックされるので,ゲームを理解して操作が手になじまないとマジで何やっていいんだか全くわからんというゲームです。話だけ聞いてて面白そうに感じないなこれ。まあいいや。


 ゴム紐のアクション自体はほぼ初代の時点で完成されていて特に文句のつけようもないのですが,一方で初代はランダム沸きする敵などに翻弄されることが多く,ラバーリングアクションの腕前そのものだけで楽しむことが難しい面もありました。

 その点,「旬」はフィールドの完成度に一点突破しており,ほとんどの敵も「動く壁」ぐらいの存在感しかありません。プレイヤーが上達したら上達した分だけフィールドを縦横無尽に駆け巡ることができ,今まで行けなかった場所,道として認識してなかった場所に行くことが出来るようになる。そうやって開拓した困難なルートの先には,待ってました,よくここまでこれたと言わんばかりにより強大な困難が待ち受けている。出来ることに対してゲーム側がやらせてくれることの幅が多く,そして底もよく見えません。それぞれのエリアは数画面分と,それほど大きくもないのに,プレイヤーの数だけのルートと,ゲーム側からの可能性を見せつけてくれるフィールドの出来の良さに圧倒されます。


 しかしこの路線はあんま納得されてないのか,この後作られた「さよなら」「Fresh」などでは,ゴム紐の反動がめちゃくちゃ大きくなっていたり,ステージの仕掛けそのもので遊ばせたりと,大味でコントロールしづらいゲームになってしまいました。それはそれで面白いかな~とは思うんですけど,挑戦的なフィールドに対して緻密な操作を成功させたとき,体の奥底からあふれる興奮のようなものはなりを潜めてしまったな~と思います。


 いまならSteamで1000円ちょっと,最高ですね。多くの人にとって最高かどうかはわかりませんけど。

https://store.steampowered.com/app/384700/Umihara_Kawase_Shun/?l=japanese



 こうして書いてみると,ぼくの思う完成されたゲームって「習熟が非常に困難であること」も要件にあるように思えますね。それってマニアがゲームを滅ぼすなんてよく言われる奴でしょうか?

 でも僕はああいうの眉唾だと思っています。最後までゲームにお金を入れ続けてくれるのはマニアくらいしかいないんだから,マニアしかゲームを遊ばなくなった時点でマニア向けにゲームが変遷していくことの何が問題なのかわかっていません。遊ばなくなった奴が外野から文句を言う権利もないと思いますし(しょせん口約束,そういう人の言う通りに改善されたところでそういう人が確実に遊ぶようになる保障はないので)。じゃあいま遊んでる人が喜ぶような作りになってなんの問題があるんかいなと。


 そんなかんじで! たまには好きなもののことを書くと楽しいわね~

(Twitter)


Comments

モスー

チョッと好きなゲームの話書くはずがけっきょくあさまで書いちゃった 本末転倒2020

モスー

あっもう1個思い出したけど評価体系に過不足がないことなんかが条件ですね たとえばズルしてスコアが無限に増えるとか,上手にプレイ≠スコア稼ぎプレイみたいな奴とか,プレイ評価とスコアが直結してないものは完全ではないなと思う