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・プロローグを読んだ

 前回の記事で,「プロローグはそのうち読みます」的なことを言ってたんですが,果たして読むことに成功しました。

SF研究会 2021/11/17

・SFの人ではない  わりと近々の身内に「SF寄りの人」と「そうでない人」みたいな分類はあるんですが,でもべつに物語を消費するときに「SFかそうでないか」って前段に立つことってあんまりなくないですか,っていうことがありつつ,ぼくはそもそも「ゲームでしか物語の消費体験をしない人」みたいな所があるんですけど...

 プロローグは私小説の形態を用いて語られている物語であり,私小説なんですが私が散逸しているというわけのわからん状態でずっと描かれてるので,エピローグとはまた違ったふうに狐につままれたような気持ちになります。

 エピローグがゴリゴリのSFだったのでプロローグもバキバキにSFなのかなと思って身構えていたのですがそういったことは全然なく,確かに私小説だったのですが「私」が発生するまでの小説を私小説と言うのだろうかみたいな謎もあり,私小説の定義について一度話し合う必要があるかもしれないと思いました。


 で,まあ,どっちも十全に面白く,結果的にエスエフ的な影響を大いに受けてしまい,エイプリルが突然エスエフになってしまったとしてもそれはもうぼくが外部の影響を受けやすい軟体生物みたいな生き方をしている以上しょうがないことなので,仮に急に取ってつけたようなエスエフがエイプリルに沸いてしまっても,「うわ~」ってしょうがないと思って諦めてください。人は自由にエスエフをやる権利があるし,同様にエスエフを突き付けられて「うわ~」と思う権利もある・・・

・すみっコぐらし2を見た

 2・・・2って言ってるわけじゃないけど2ですね これは良かったですね 1の辞典ではオタクにすみ泣きみたいな感じの消費のされ方したので嫌な空気が漂っていましたが,お子様がめちゃくちゃいてちゃんと浄化されていると思いました


 話的には前作の絵本よりもかなりこっちのほうが好きで,というのもすみっコのくらしが丁寧に描かれてるんですよね。揺れたり震えたりした線で丁寧丁寧丁寧に描くと……新宝島


 絵本の話はもうすみっコの暮らしありきでずっと異世界の冒険が描かれてたんですけど,でもすみっコを全然概念としてぼくは知らんかったのでお話としてちゃんと受け入れる土台ができてなかったっていうのがずっとあって。なのでこっちでは何回も何回もすみっコたちのライフスタイルをなぞりながら物語をゆっくり展開してくれるの良かったな~と思います。

 なんでもそうなんですが,フィクションにおいてぼくが一番大事にしているのって実存で,その世界が確かに存在しているという事実みたいなものが肌感で感じられたらすごいよくて,そういう描写が押しつけがましくなく,消費者の消費速度と同程度に語られて,添え物として破綻していないみたいなのをめちゃくちゃ重要視しちゃうんですよね。なんでかっていうと,そういうあまりにもありふれた「生活」だとか「暮らし」だとかいうものって,めちゃくちゃ深く意識しないと書くことが出来ないからなんですよね,これたぶんあらゆるクリエイターが現実に直面していると思うし,べつにジブリとかの話をしたいわけじゃないんですが,そういうフィクションにおいてもどこか地に足のついた「現実感」ってとにかく強烈に作用するよな~っていう。

 でまあ,少なくともぼくはそれが書けないという憧れもありますし,ちょうど先に読んだ「プロローグ」で情景をテキストに自動書記するカメラがあってもいいんじゃないかみたいな話が書かれてたんですがそれに近く,あるものは写真に収めたり写実的にうつすことが出来るのに,あるものを正確に書き記すことはできず,同様にないものを写真にしたり描いたりできるのに,ないものを正確に書き記せないじゃないですかみたいなのがあって,これわかりますかね。べつに詭弁なのでわからなくても大丈夫なのですが・・・


 という観点から,すみっコぐらし第二弾はめちゃくちゃ僕好みで,絵本がつまんなかったとか,こっちが良くできているとかそういう話ではなく改めて好みの話であることを強調はするんですが,未見で見るにしても今作から入って良かったら前作を見るとかでも全然いいですし,そもそもそんなガッついて見るようなものではない,見たくなった時に見ればいいんです,特別なことは何も起こらず,しかし誰よりも何よりも特別な魔法の夜がそこにあるだけなので。

・様々な賭け事と遊戯(遊技)の境界線

 さいきん頭の医者に「再就職のためにも日ごろから軽く運動をした方がよい,30分程度の散歩など」と言われ散歩をしているのですが,クソ田舎なので田んぼとパチンコ屋しかありません。もう最悪

 ぼくパチンコは実際めちゃくちゃ好きで,その好きさは過去にマルチプライヤーというゲームを作ったぐらいには反映されている一方,スロットは全然嫌いなのですが,それは技術介入の度合いが高すぎるからという面と,パチスロをやるのにそこまで技術を介入させたくないという気持ちがあるためで,機会がかみ合えばパチンコは今でもめちゃくちゃ打ちますし,現実に最近0.4パチとかいう終わったレートでパチンコを打っています。

みんなで昔のゲームを遊ぼう マルチプライヤー編


 ここでいう0.4パチというのはパチンコ玉1発のレートのことであり,通常のレートが1発4円,カイジの沼は1発4000円,この近所のクソさびれた誰もいねえパチ屋が1発0.4円と言うことで,実に1/10のレートです。0.4パチなら10倍勝とうが10倍負けようが動く金は1/1スケールに満たされるということです。

 ここまでレートが低いとゲーセンにおいてあるパチスロよりも時間当たりのコストが安く,もはやただの席代みたいな所があり,一人で酒は飲まないようにしているのですがド田舎のカスみたいなスナックに入って1セットの代金払う方がなんぼかマシな人生を歩める可能性があるぐらいに絶望的な時間の消費の仕方とも言えます。少なくとも毎日これを繰り返していたら,鼓膜はただちに破壊され網膜もかなりおかしくなり,平衡感覚もすっかり狂って二本の足で大地に立つことも困難になるでしょう。現実に今日帰り道がちょっと坂になって見えました。

 そんでもって,お店の方はガラガラ! 田舎の終わってるパチ屋の景色ってなんか最高ですよね。皆さんは好きですか? ここは1パチのシートですが,まあ1パチのシートでこのガラガラっぷりなので,0.4パチの態度もおしてしるべしということです。

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 さておき「0.4パチじゃなかったら人生において絶対に打たない」みたいな台に座ったところ(暇なので)(パチンコが大好きなので),アホの集合知みたいな演出を引いてしまいめちゃくちゃ恥ずかしかったのですが,前後左右全部台に誰も座っていないので結果的には大丈夫でした。

 パチンコで結果というとすぐ勝ち負けみたいな話につながるのですが,この台は200円分打って800円分勝ちました。これが0.4パチの世界です。マジで何? 子供の小遣いを稼いでいる?


 閑話休題,パチンコ・スロットは幸か不幸か法律で定められるところのギャンブルではなく遊技と言われています。三店方式は一体何者なのかその存在の全容が明らかになることもないでしょう。では公営ギャンブルとは何なのか。競馬,競輪,競艇,オートレース……なんか聞き覚えがあるな。

 競馬と言えば競馬にハマって周囲全員からの失望を一身に浴びてぼく自身「この金の減り方はやばいような気がするけど,よくわからない」と思いとりあえず競馬を辞めたところ周りから「辞めてよかった」と大変に褒められたので,ただやってたことをやらなくなっただけでこんなに褒められるような都合がよいことがあるのかと大層調子に乗ったという経緯があり,結構な金額を失っている割に一切気にしていない様子は周りにビビられぼくの知らないところで酒の肴にされているといった性質をもった話に転換されていたのですが,それはさておき先日競艇に誘われたので競艇に今度は足を運んでみました。

 結局ギャンブルやってんじゃねえかよというのは一理は正しいのですが一理しかなく,百理はないので言い訳させて欲しいのですが,これは一応建前があり,ぼくが競馬をやっていた時競馬といいつつ実際は銀行の口座から競馬サイトにお金をストレスゼロで流し込み,そのまま青天井に賭けるという大変危険な行為を無自覚にやっていたのでこれは本当によくなかった。

 そういう「椅子に座りながら大金を失う体験」としての賭け事,公営ギャンブルはもういいだろうと打ち切ったのですが,しかし何とすごいことにぼくはオッズと払い戻ししか興味がなく,馬が実際に走ったりコケたり跳んだりするさまをほとんど見ていなかったので,ならばとりあえず競艇はどうか,船が走るのをリアルで見てみるのが良いのではないかと誘われ,ぼくもあらゆる経験はすべての知識に勝るという建前を掲げた次第なんです。つまり,ギャンブルはやっています。ご存じの通り,ぼくは無職です。無職でギャンブルに手を出すクズです。生きていて申し訳ない。

 しかし皆さんのFANBOXのお金は誓って家賃や生活費に充当しており,これはぼくが鬱病という名目で集めた保険金や,払った税金が反転して戻ってきたお金,ハロワから今いただいているがんばって就活して偉いで賞の賞与などを使っているのですが,しかし税金以後に関しては皆さんも払っていると思うのでそれがぼくのところに来ているという見方は可能であり,やはり皆さんのお金を使い込んでいる,ということに迂遠な定義ではなるのかもしれません。そこのところは皆さんの感性でよろしくお願いします。

 実際問題競艇の話ですが,競艇はそもそも6艇しか出走せずオッズが大変低いので賭け金も大きくならない,やたら1枠が1位になるので人気が異常に偏るし配当が狙いやすい,そもそも3連単でも120通りしか組み合わせがないので払い戻しの爆発力が低い,競艇場まで行ってわざわざ場外馬券を買うことはしないといった競艇場の性質は大金を失う構造にはなっておらず,適当なレースだと一番人気の舟券でも1000票くらいしか買われていない(≒10万円しか買われてない)みたいな状況下で何千何万と張ることがそもそも不条理な行為で,それをやったらただお金をドブに捨ててるのと何も変わらんだろうという程度の知性をぼくが持っていたことが明らかになったのは幸いでした。

 こんなオッズで燃えるようなギャンブルをしろというのがそもそも無理な話です。単勝複勝100円とかもう見ただけでへなへな腰砕けになってしまいます。単勝100円とは1位を当てたら100円の舟券が100円になって帰ってくるという意味で,複勝100円というのは2位以内に入る船を当てたら100円の舟券が100円になって帰ってくるという意味で,つまるところ無意味にお金を全額失う可能性に100円を賭けるという,全宇宙のしょうもなさを凝縮した結果がそこにはあります。そういう意味では競艇は公営ギャンブルの中では大変遊戯に寄っており,丸1日競艇場に居座って全レースに適当に張ってもせいぜい1~2万くらいしか失わないと思うとかなり優良な遊びでしょう。あと予想師とかいるのが面白い。

 2021年にもなって,わけわかんねえジジイがなんだかフニャフニャした喋りで熱心にこのレースはどう張るべきか,みたいなのをみんな熱心に聞きこみ,何ならジジイに100円握らせて予想を買うわけです。これはちょっとした異常事態かもしれません。ジジイはさまざまに点在しており,聞くところによると今回行った平和島には予想ジジイマップというものもあるらしいのですがそれは後に知ったので見ることが叶いませんでした。

 ちなみに予想はこんな感じのちっこい紙で渡されて,これが1枚100円というわけなのですが,こんな紙切れで予想もクソもあんのか? と思うのですが的中率は意外に高く,とはいえそれは競艇の「1枠の勝率が異様に高い」という性質が影響しています。

 3連単の組み合わせ120通りしかないといっても,そっから1通りを当てるにはだいぶ広く張らんとダメなような気がします。ですが現実には見ての通りほぼ例外的にしか1枠以外が1着になっておらず,そう考えると事実上1位は1枠で固定,残りの2枠の順列を当てるゲームとしたら全部買っても20通りまで絞られるわけです。そこまで減ったなら何なら残りの組み合わせ全部買ってもいい。全部買ったら流石にトリガミになりますが,3連単を当てたという実績は解除できるでしょう。

 このようなインターネット・散乱・記事もあり,競艇の性質は興味深いです。


 これ結論だけ見ると1号艇をひたすら買い続けると回収率100%を割る,という話でまあ損なんですが,その元本の割れ方は競馬ほどダイナミックではないし,何なら原資にほとんど影響を与えない範囲の負け方しかしていません。今回まだ1日しかやってないので全容は謎ですが,競艇場でジジイにまみれて舟券をビリビリに破いたりするという経験は十分にやったのでしばらく良いです。無職で収入減は限られており,ギャンブルに使うお金は現実的にそんなにない,という事情も当然あります。が,それらを鑑みても,繰り返しになるのですが競艇は公営ギャンブルの中でも熱くなりにくく,平穏な遊びだったな~という印象があとには強く残りました。あとついでに競艇場と言えばメシ屋ですが,モツ煮込みがウリの店では常温のハイボール缶をそのままジョッキに注ぐ姿を隠すそぶりすらなく,450円で売りぬいており,そのローコスト徹底っぷりには涙すらにじみました。


 さて,競艇の話なんですが,そもそも論みたいな話をすると競艇は1枠が1位になる確率が高すぎてそれ前提でいろいろな仕組みが動いているような気がするのがなんかイヤだし,あとレース見ててもスタートの段階で9割レースの結果が決まり,後半で差したりまくったりする展開が少なくぶっちゃけほとんど単調でした。観客は多かった割にそんなに盛り上がるレースはほとんどなく「ふーん・・・」「パチパチ・・・(まばらな拍手)」みたいなノリが終始まったりと続いており,何なら予想ジジイの演説の方が盛り上がっていたきらいすらあります。1日居たんですがあまりにも金がかからなさすぎて,交通費とメシ代の方が高いぐらいです。公営ギャンブル業界の低パチと言っていいでしょう。よくないかもしれないんですが。


 というわけで,まあ,日々安穏と暮らしているといったようなテイで締めることが出来る記事を書きあがりました。いかがでしたか?

・エイプリルについて

 kenapoさんとこういう感じの話をしており,その実在性は闇に包まれています。

 ですがとりあえず当面の目標,年内もう1回だけ更新するエイプリルの像が結べたので,それに向けて猪突猛進,とまではいきませんが,やることを切り出して順番に並べて,それらに名前と識別子をつけたら皆さんにご提供することが出来るという段階には来ています。


 10月ぐらいの記事を振り返ると,いろいろ無責任なことを言っています。

これからのエイプリル開発について 2021/10/06

 こういう記事をたまには書かないと,自分がやってることを完全に忘れてしまいそうなので…… ・エイプリルってなんだったっけ?  「ノーマル・RPG」を標榜する,ガール&ガールズなPC用ゲームです。2020年初頭から作り始め,現在1年10か月ほど制作中になります。  主人公「ユウキ」を中心に,ゆかいなお友達のありふれ...

 例えば↓みたいなやつ・・・

 ゲーム部分に着目しようと思い,現実にゲーム部分は結構手を入れたのですが,それよりも先にストーリーを仕上げて,どうゲームが着地するかを決めないと全体が作れないじゃん,という顛末に行きつき,とにかくストーリーを泣きながら書いています。泣きながらというのは嘘で,何にでも泣きながらとか喚きながらとか苦しみながらとかつけることで同情を誘おうという安っぽいテクニックです。当然看過されているものとして使っています。

 

 自分自身のことについてはたいへん無責任かつ無頓着なのは大いに自覚しており,それが原因で今月は全身に怪我を負うなどすこぶる迷惑を被り(完全に自業自得),これはいつかこれが結実して死になるなとかこれまた他人事のようにとらえていますが,それは置いといて自分が作るゲームとなると自分の人生よりも大切で,何しろぼくが死んだところでぼくがいなくなるだけですが,ぼくが死んでもぼくが作ってきたゲームは残るので,命より大切なのは火を見るより明らかでしょう。

 そういう感じで,これがちゃんと作っている証拠! ちゃんと出せるという決意! みたいなのは全くお出しできないままなのは変わらず最悪なんですが,最悪なりにいろいろ思うところややり方,スタンスなんかはあるので,もうちょっとだけお待ちいただければ・・・と思います。


 えー・・・それくらいかな・・・ほかに何か言うことあったかな・・・ないですね それではまた!

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