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・好奇心を確かめるのが怖い

 季節の変わり目だからでしょうか,本当に最近元気がなくて,今よりもう少し元気があった頃って「昔けっこう好きだったもの」を見返したりして,「ああここら辺は意外と出来が悪いなあ」とか「テキトーな所があるなあ」とか思いつつも「やっぱなんだかんだ好きなのは好きだな」とか思うことをやったりしてたんですけど(もちろん改めて見返してもよくできてるな~とか思うことはある)。

 最近「なんだかんだ好きだったな」に至れなかった時のことを考えると恐ろしすぎて「期待してるもの」「好きなもの/好きだったもの」に対してめちゃくちゃ気遅れが起こってます。


 「これやろうかな」とゲーム棚の手前に置いてる作品とか,近いうちに見ようと思ってお気に入りに入れてる映画とか,Steamで遊びたくて買って並べてるゲームとか,起動すればきっと面白かったり,楽しんだりできるのに,そのどれもに手が届かなくなってしまっている。直前で手がビタッと止まっちゃうようになってしまった。

 どんどん作品は積まれる一方で,本当にどうでもいい投げつけられたゲームとか,もう何度も読み返して隅々まで覚えてる本とか,そういう「今でもほとんど内容を覚えてる」とか「心からどうでもいいと思ってる」ようなものばかり崩してます。生産的じゃないな。消費活動に生産性を求めてもしょうがないか。


 好奇心の死はクリエイティビティの死といってもいいんですけど,どうなんでしょうね。何がどうなんでしょうねなんでしょうね。どうしちゃったんでしょうね,のほうが正しいかもしれませんね。

 お薬変えてもらおうかな,でもお薬の問題でもない気がする。なんか……どうしちゃったんでしょうね。疲れてるのかな。疲れてるわけでもないと思うんですが。自分で自分のことがわからない(これは誤謬で,みんな自分のことが一番よくわかっていない)。


 ひとつは自分の感性,価値観と世間のズレに対する恐怖が強く占める部分が生まれつつあることにあるのかもしれません。俺は正しいことをしているんだぞ,と言いながら投獄される人のように。ちょい前は自分の価値観にゆるぎない信頼を置いていたのですが,さいきんは本当にそれでいいんかなと思っちゃったりしてるのかも。不安の種は尽きません。

 物事を難しく考えすぎっていうのは間違いなくあって,世界のほとんどの要素はもっとテキトーで単純なので,そんな身構えなくてもいいんですけど,からだやこころのいろいろな場所が「よくできているであろうもの」とか「面白いであろうもの」とか「自分が好きであろう,あるいは好きであったもの」に対して緊張してしまうようになってしまったのはもはや事実で,この漫然と自分の周りをモヤモヤ覆う霧はどうやったら晴らせるものか,と思い悩んでいます。そしておそらく,その緊張感に対して臆病な選択肢を取り続けているんだろうなという。猫を殺したくないんです,僕は。


 誤解ないようにしてほしいんですが,僕が恐れているのは,好きになれそうなもの,好きだったものが思ったより面白くなかったとか,記憶が美化されすぎてただけだったとかいうことではなく,それに対して心が動かなかったときの方です。

 作品と物語はただそこにあるだけで,僕がそれをどうするのか(僕自身が作品を通してどう変わるのか)というのが話題の中心であって,作品が面白かろうがつまらなかろうが,記憶や期待より上だろうが下だろうが,それ自体には意味はないんですよ,わかってもらえるかな。わかってもらえなかったらすみません。わかってもらえるようにします。

・自分の故障について自覚的でいたい

 ほんでもって上で,自分で自分のことがわからないとは書いたんですが,とは言え自分で壊れている部分については自覚的でいたいじゃないですか。たとえば僕が今治療を受けてるのは脳と膀胱なんですけど,それ以外にも漫然とダメな部分はあるわけで,名前がつかない症状や体調不良であるとか,社会性やら協調性やらの輪のなかにぶちこんだ時に発生するズレであるとかみたいなのも故障に含まれるやつです。

 ただそういうコワレってやっぱ自分自身で認知し続けるのも限界があるよなと思っていて,他人から指摘されることで初めて発覚するところもある一方,主体と客体のズレがあったときどっちを採用するか(どっちを信頼するか)みたいなのもあるよな~とか。あるじゃないですか。あるんですよ,そこも理解して欲しい(?)何言ってるかわかんなくなってきたかも


 で,コワレ方の範囲にも自覚と客体のズレがあるのかなと。僕いまマジで心が死んでて,いろいろなことへの興味や楽しみが猛烈に失われてて,さいきんでいうと A HAT IN TIME がようやく完走して,最初から最後まで面白かったな~ってギリギリ繋がったんですが,でももっと順番的に崩したいゲームは山積みなのに全然処理出来ないようになってしまっているので,実は思っている以上に心の死に具合が強いのではないかと思ったりするんですよね。

 ただそれを定量化する方法がないから「ま,こんなもんだろう」と受け止めてしまってる可能性もある。単なる怠けなのか,それとも何か問題を抱えているのか,それがわからないし,わかった所でだから何? というのもあり。やるぞ! って強い気持ちを持てばいいだけなんですけど,その強い気持ちがない。最初の一歩だけでいいはずなんですけどね。その一歩が重くて持ち上がらん。やってくれ! 俺!


 誰かからの強い働きかけがあればやるのかな。強制されて消費するエンタメが面白くないのはその通りなんですが,ぼくの場合はそうじゃなくて,何だろうな,起動して目の前に置いといてくれればそのうち勝手に遊ぶかもみたいな感じに近いというか。50話くらいある女児アニメとか大体友人の家で見たケースが多くて,それも「ぼーっとしてたら友人がアニメを再生し始めたので何となく横目で見てたら面白かった」とかそんな感じなんですよね。これさっきと同じ話してない? 大丈夫? 大丈夫じゃないかも……

 昨日とか(昨日ではない)言ってるんですけど,あのしかるねこみたいな感じの存在の,ああいう感じの美少女化したやつ,ああいうのがスッと出てきて作業をしなさーい! とか言って欲しい……いや,言われると萎えるからただ無言で俺が何してるか見守ってて欲しいな,あと俺が積んでるゲームを起動してくれるとか,俺の背中をポンと一歩分だけ押してくれる人が欲しい。

 こういうやつやって欲しい,お金払うんで,嘘,払うお金ない。タダでやって欲しい。ぜいたくな悩みでしょうか,いやでしょうかとか確認するまでもなくぜいたくだよ,バカか? バカです……ていうかもう毎日同じ話を繰り返してるのが故障だよ,レコードの針が飛ぶやつ,早く修理業者さんに依頼しなきゃ

・ふーちゃん卒業マジ?

twitter post: 1384085027978240013

 このこと全然知らなくて,昨日(4月27日)急に知ったことでいきなり最終日が目の前に沸いて出たので頭がおかしくなってしまった。しョックの受けすぎでオエッとか言うことマジであるんだ,オエッさようなら……

youtube post: 8_qAYejpBVk

 でも そうやって そうやって そうやって

 しゅんとしちゃう日はね 何度も言うの ありがとうって


 このPVなんかカラオケの安いMVみたいだな……ふーちゃんすごい熱心に追ってたわけではなくて,この子ちょっといいなと思ってるぐらいの距離感で,配信とかもたまに横目でちら見するくらいの好き加減でときどき見てはかわいいな~今日も元気にしてるな~って思ってたるぐらいのファンだったので,あんまああだこうだ言えるような火力がないんですけど。

 でも「たまに見てた」のと「今後一切見られなくなる」の間にある隔たりって無限じゃないですか。

 無限になってしまうことが恐ろしいんですよ僕は,そりゃもう終わるときがきたら終わることは終わるんでしょうけど,終わりを迎えたと同時に不確定な無限が有限になり,その一方で無限の無が生まれるようになるわけで,みんなこういうのってどうやって受け入れてるの? 受け入れられないよおれは,死んだ人とかも全然受け入れられない

・GWだ~! モンハンのアプデだ~! ポップンもアプデだ~!

twitter post: 1386869974593990660

 ポップンクエスト全部終わってるぼくはGWブーストの恩恵が一切ないんですけどどうすればいいんでしょうか……てか近日中ってGWに間に合うの? とかそういうのも思うんですけどどうすればいいんでしょうか……っていうかまだアーケードコントローラ届いてないのに大型アップデートしてる場合か!? って感じでポップンの大型アップデートの報にはなんと……心が動きませんでした! 「あ,そうですか!」って感じ!


 一方モンスターハンター

youtube post: lJ-R_uBEs-A

 このあとすぐにアップデート内容をお楽しみいただけます! みたいな奴で来るかと思ったら本当に近い感じで来たのでビビりましたね。とりあえずHR30まで上げました。一見暇人に見えるかもしれないんですが1クエで2とか3とか,多頭討伐クエだと5とか上がったりするんで実は一瞬で上がります。

 ここらへんHR解放後もすぐに追いつける感じがしていいですねって思うけど,じゃあHR7までが何だったんだよって思いません? HRと別概念でハンタークラスみたいなレベル制度導入してもいいと思うんですけど,HR解放後いきなりインフレするの結構よくわからんというか,ブラウザのアップデートみたいじゃないですか?


 とりあえず追加要素でけっこうゲームの感触が変わったっぽいし,次のアプデも意外と5月末とかでモチャモチャダラダラ時間つぶしに使えそうな感じで悪くないですね。5月もモンハンで乗り切るか……(乗り切るとは?)しょうみな話,プレー頻度は落ちてるんで声かけてもらったら一緒に遊びますんで気軽にどうぞとか,まじで行き詰ってて何もやる気も起きないしやることもねぇみたいな時に起動するぐらいにはなってるのでそんなに実生活に影響は出てないです,たぶん……

・映画大好きポンポさんのオムニバス読んだ~

https://comic.pixiv.net/works/6411

 買って3日くらい積んでたんですけど,ようやく紐解けた。いつもなら届いた瞬間一気に読んでるんですけど,漫画一冊読むのにもこれくらい苦心するようになってるってことです。う~ん,人生のチューニングがうまくいかない!


 本題の前に話がちょっと逸れるんですが,ぼく「天才」って言葉,言うのも言われるのも嫌いで(言われた経験がある自慢みたいになるなこれ),まあ話の流れとかで「はぁ~君天才やね~」ぐらいのノリでは使うんですけど,人を能力値を指す言葉としての「天才」って恐れ多くないですかっていうのをずっと思ってるんですよ。

 言葉遊び,屁理屈みたいになるんですが,秀才は努力のたまものだと思っていますし,努力できること自体も才能かもしれません。それに他人との比較/あるいは何らかのテストで発生する,定量化が可能な才覚が秀才だと思ってます。なので秀才とか,めっちゃステータス高い人とか,そういう言い方はよくやるんですよ。でも天才って言葉通りのギフテッドであり,何をもってして天才とするのか,ただのイカレ野郎,コケオドシ野郎との区別はどこなのか,定量化不可能な才能を「天才」と認めるには何が必要なのか――つまり,他人を安易に天才と呼ぶことは,「そいつが天才だと俺が認める」という傲慢さの裏返しではないのか――という定義がぼくのなかにあります。


 で,映画大好きポンポさんのシリーズって,天才と秀才を描くことに関してこれ以上ないほど,あるいはグウの音も出ないほどに人を描くことに洗練された技術を持っているなと思っていて。

 どうあがいても面白いし,彼女らの創作論は地に足が着いており紛れもなく本物を本物のまま正面から描こうとしている。そこがマジで凄いなとずっと思ってます。だからポンポさんに出てくる「天才」は定義できない何者かであり,その才の源泉がどこにあるかわからないまま,「私たちは出来るから出来る」という強烈な,そしてあまりにも幼稚なトートロジーにより天才であることに説得力を持たせているんですよね。

 それは同時に「天才ではない人たち」の強烈な凡百さによって描かれている側面もあると思います。ジーン君は天才ではないから血反吐まき散らし,身を削りながら天才の軌跡を追い,自分だけの光を見つけ出す。カーナちゃんは天才ではないから求められる答えを100%に近い練度でクローニングすることで,天才にしか見えない模倣をやりこなす。その痛快さ,有無を言わせない説得力,読者をひきつけて離さない迫力はマジのマジだとずっと思っています。


 今作も人を描くことの精度は極めて高く,知恵の回るもの,能力の高いもの,低いもの,そして天才の理論が宇宙として(人間にとって「可能な限り理解可能な理解不可能なもの」として「宇宙」という表現をぼくはよく使います。たぶん出典自体は「同人王」とかからかな)描かれることで物語の説得力が強烈に増していく。キャラクターが生きているなんて表現は陳腐ですが,しかし陳腐でシンプルな表現によって評価することこそが最もの賛辞なのではないかとぼくは思っています。

 そういうわけで,映画大好きポンポさんオムニバスもめちゃくちゃ面白かったです。来月にはポンポさん3が出て,6月には劇場版ポンポさんが見れるわけですね。今は映画館も閉まっちゃってるんで(埼玉は開いてるのかな? 外に出てないのでわからない)本当に見れるかは知りませんけど。

 筆舌に尽くしがたい,って表現あるじゃないですか。あれって褒めるときも貶すときも使えると思うんですよ。だって「自分の持つの言葉では表現不可能である」ってことなので。自分で表現不可能/分類不可能な面白さに出会ったときにそれを分解できるのか? 逆に,自分には理解できないが売れているものの面白さ,ウケている要素を分解できるのか? つまらないものが何によって構成されていて,その何が失敗なのか理解できるのか? とかをずっと考えていると,最終的に行き着く先は「良かった/悪かった」の二元論であることは言うまでもないのですが,ただその奥には無数の言葉が,要素が省略されているというだけなのかもしれません。


 みなさんは,面白いものやつまらないものを語るときに,多くの言葉を使えますか? そしてその言葉を,他人に理解してもらえると思いますか? ぼくはどちらも「NO」なので,会話が成立しないと思った時点で,会話を打ち切る悪癖があります。

 できる限りの努力はしますが,同じ視座で語れないな,と感じた瞬間に全部面倒になってしまうんです。よくねえ人付き合いの仕方してるな~とか思いつつも,まあ,そういう感じになることもありますよね。人生は有限と無限の二面性を持っているから。

・#わたしのこれから

fanbox post: creator/20390859/post/2142792

 これやるとFANBOXが抽選で5000円くれるらしいんで,やっちゃおうかな~!? FANBOXの抽選これまで1個も当たってないけど……やっちゃおうかな~!?


 ちょうどFANBOX始めて1年経ちました,皆さんのおかげですみたいな話は先月も先日もしましたし(別に何回感謝しても僕は構わないので,毎月ありがとうございます,よろしくお願いしますって言う話はするんですけど),今後やりたいこともエイプリル作ります,ぼくの頭が壊れてるのを直すのがんばります,耳から下の毛って全部ムダ毛だと思うので脱毛したいです,とかしかないので困ったな。乳首に生えてくる毛とか存在がめちゃくちゃだるくないですか? 


 あ,でもFANBOXの支援で実現したいことはあります。ぼくのゲームって基本ずっとCD-R+トールケースに自分で詰め詰めしてたんですけど,100年ぶりぐらいにプレスに出すのも悪くないなと。何気にぼくのゲームでプレスなのってさなトラだけで,あとは全部CD-Rなんですよね。エイプリルは500部とか1000部とか作って在庫抱えててもぼく的にはまあええかってぐらい気に入ってきてるので,プレスでドカッと作っちゃうのもアリだな~と。

 それに皆さんもCD-RよりプレスCDの方が物としての「それっぽさ」がないですか? ぼくはかなり所有欲が強いので,物としての「それっぽさ」を凄く重要視しちゃうんですよね。今のところは生活を回すので結構カツカツな所はあるんですが,エイプリルが完成するころにはそれなりにお金の余裕……ができるかな……ちょっとわからないんだよな……なんか……まあ何とかなるでしょう! ということを考えています!


 あんまり先の生活のことを考えると胃の,あのへんのあたりがキュッとなって,お金の計算ってしたくないなって気持ちでいっぱいになっちゃいます,皆さんはどうですか? お金の計算すると胃の,あのへんがキュッてならないですか? 単にちょっと生活に余裕がないだけかもしれないんですけど。

 生活を維持できる程度の保険金収入は入ってきてるんですが,若干お金周りがまだきつくて熱心に消費するぞ~! って感じではないというか。お金の計算ばっかり最近やってて,生命維持の次の段階に行けてないのが悪いのかもしれない。貯金ってマジ大事だね。貯金しましょう,皆さんも……(皆さんは貯金の重要性を知っているケースが多々報告されている)


 てな感じで4月はこんな感じで目立った成果もなく死に体で過ごしてしまいましたが,世間的にも日本全国死に体みたいな感じなのでぼくだけが苦しいんだみたいなことは言いません,言ってないよね? ぼくは苦しんでますし,ぼくの苦しみが全部みなさんに伝わるとは思っていませんが,それは皆さんも同様で,みなさんなりに大変なことがいっぱいある中で,それを表に出さずにぼくを支援してくださっているという認知の仕方をしていますが,それがぼくの認知のゆがみだったらマジでごめんなさい。てかこう書くとお金もらって辛い辛いって言ってるぼくがめちゃくちゃ傲慢な奴みたいで恐ろしくなってきた。すみません,過度な卑屈は他人をモラハラに変化させるのでやめましょうってDVカウンセリングの何かで見ました。


 でも「これから」のために過去を振り返ってみると,小学生くらいにおもちゃみたいなゲーム作成ツールを触ってから,ずっとゲーム&ゲーム制作と共にある人生だったな~と思います。人様に堂々と胸を張って見せられる作品……そうそう,自分が作ったものを「作品」と言って見せることができるようになるまでも長かったんですけど,そういう作品を作れるまでは本当に長かったな。たぶんぼくが自分のゲームを作品だと言って勇気をもって見せられるようになったのってここ10年くらいのことなんで。かなり最近のことだなぁとか思います(10年が最近か? って思われるかもしれないんですが,20を過ぎたら人生が爆速で進み始めます)。

 最初は自己表現ですらない,本当にわけのわからんものをずっと作っては酷評され,こんなもんこんなもんって言われたり自分でも思ってたんですけど,ここ最近は作ったものに愛着がわくことも多いし,自分の好きなものに自信を持つことももうちょっと出来ればなとか思ったり思わなかったりしてますね。

 これ,人生のテーマかもしれない。自分が好きであるものに正直でいましょう,みたいな。ぼくはぼくが好きなものについて誠実にあるつもりですし,それは創作のスタンスにも表れて……るといいな。どうですかね?


 今後の展望としては,5~6月には調子を戻してまたエイプリルの開発に着手したいと思います。毎回思うのですが,エイプリルの作りかけバージョンを出した後は1か月くらい行動不能になってないか? やっぱ締め切りを切ってその通りに動くと体に強めの負荷がかかるのはしょうがないというか。ただそれくらいやらんと何もしないのも事実なんですよね。

 ざっくり絵図としては,次回は6~7月くらいにもう1回だけ作りかけエイプリルを出して,そっから先は完成に向けて一気に仕上げる段階かな,という感じでいろいろ進めてます。リリース時には有償での頒布を考えていますが,支援してくださった方へのリターンとしてお渡しできるような体制も同時に整えますので,今支援してくださってる方から追加でお金を取るようなことはないです。そんな感じでどうですかね。どうですかねって言われても困りますよね。まだ中に詰めるモノが出来てないですからね。

 でも今からパッケージのこととか考えると結構楽しくなってくるので,エイプリル作るぞ~って気持ちだけはホンモノだし,今後どうするんすか? って聞かれたときには「とりあえずエイプリルを完成させてから考える!」とだけ言わせてもらえれば! あと気になるお値段ですが500円か1000円のどっちかです。今の段階ではどっちでもいいなって思ってますが,1000円は500円の2倍だから悩んじゃいますよね。ハハ


 とかいう感じで,こういう話ができるのもご支援あってのことですので,この話も毎回毎回やってますが,みなさんのお金は大切に使わせてもらってますし,お金じゃなくても支援してもらってる気持ち自体にも後押しされてる実感があります。

 最近はずーっとグズグズみっともない言い訳ばっかりしてますが,気持ちは「やるぞ!」って感じに向いてるので,体が「じゃあやるか!」って思ってくれればこういうズレも落ち着くんじゃないかなと。

 あと個人的にどうでもいい報告としてはエイプリル開発中に使ってたノートが一冊終わってしまったので次のノートを買わなくちゃですね。

 こういう開発記録みたいなのってほとんどアナログでやってるので,お見せできるなら全部見せたいんですが,こういう風にページ全体にエイプリルの話を書いてるページがそんなになくて,どうでもいいお金の計算とか,日記のメモとか,私信のメモとかを書いてしまってて見せてしまったら困るものが多く,みんなに見せようとしたら検閲が必要になるので,全ページキャプった後黒塗りすることを考えたらそこらへんモニョモニョしています。もにょもにょっ! しかしノート1冊超えは歴代2位ですね。歴代1位は会社に勤めてた頃ノート3冊使って最終的にはプロジェクト解体で終わったやつで,3位は双葉の歌姫でノート1冊です。

・ついでに最近読んだ本のメモでも

・症年症女

 なんかDiscordでおすすめされたから読んだんだったかな? ぼくもともとめだかボックスがだいぶ好きで,そのコンビが作った作品ならハズレることはないだろうと思ったのと,あと3巻で終わりっていうのが良かったですね。それとこういう表現をマンガでやっていくんだなーっていう感触があった。細かい部分は忘れましたが読後感がさっぱりしててよかった気がする。


・あーとかうーしか言えない

 天才が何をもって天才なのか,天才が周辺に与える影響とは何なのかみたいな話で言うと,「響」とかに近い感触もありますが,この作品は主役がぶっ壊れてるのが良いですね。「ポンポさん」は天才が理性を持っているのですが,この作品の天才は理性がぶっ壊れてる側の方として描かれているのでめちゃめちゃバキッと来ます。百合マンガみたいな消費の向きもあるらしいんですがそれは流石に女の子2人出てきたら百合になるみたいな論調と近いのでぼくはノーだと思います。


・はじめて学ぶLGBT

 画像が横むいちゃってるな。そういうお年頃なんでしょうね。直すの面倒くさいからこのままでいいですか?

 最近の興味関心が社会的なマイノリティにかぶいてて,LGBTもその1つなんですが,この本はとりあえず通り一遍の上っ面な「お常識」としてLGBTの距離感をつかむためのマニュアルとしてはこんなもんかなと。

 究極的にはLGBTだろうが無職だろうが精神病だろうが外人だろうが単独世帯の老人だろうが「マイノリティ」という枠ではなく個人個人の話になっていくわけなんで,ぼくはそういう踏み込んだ個々の事例を知りたかったのでちょいパワー不足だったかなと。ただ表層をスッとなぞる分には別にいいかなと思いました。いい本あったら教えてください。


・童貞殺服本 / 童貞を殺す服の描き方

 左は同人誌,右は商業誌です。直接の関連性はないのですが,ぼくも童貞を殺す服のことを知りたかったので買いました。学びがあったかどうかで言うとあったんですが,ぼくの技量で生かすにはまだちょっと先の話になりそうですね。もっとこう,「絵を描くときのペンの持ち方」みたいな本から買った方がいいでしょうね。


・侵略好意

 昔好きって言ったことがあったかな。要は寄生獣なんですが,主人公がおっぱい大きくてコミュ障のちょい頭おかしい女の子で,出てくる人もなんか全員ちょっとずつおかしいのでそこがすごい良かった。すごい良くて楽しみに読んでたのに終わってしまったのですが。

 でも規模的にこのくらいの感じで終わるのも悪くないかなと思います。4巻で終わるよって言ったら勧めやすいし。もっと続く余地はあったかもしれないんですけど。マンガワンのコミックスってちょい足しの扱いが微妙ですよね。あれ何とかならないのかな。


・趣味のラブホテル 同人版

 1巻は電子書籍で買いました(絶版なので)。商業で連載してる趣味のラブホテルがあと3話で終わってしまうのでめちゃくちゃ凹みまクリスティなんですが,趣味のラブホテルロスを埋めるために手を出したんですがめっちゃよかった……商業版趣味のラブホテルって,どっちかというと「遊び場」とか「趣味として」の使い方が多くて,ラブホテルが本来どの目的のために作られたのかっていう部分に関してはちょっと遠い瞬間が多かったと思うんですよ(もちろん,行為をにおわせてるシーンは多いんですけど)。

 でもこっちはかなりはっきりと「やってる」のがわかるのが差別化されてて面白かった。ちんちん触られながら「それどんな感情?」とか言ってるところとか。ただ直接的な性行為の描写はやっぱりなくて,エロスに偏ってる比重がなんか味わいとしてじわじわと本編と別物の良さを醸し出していてこれはこれでイイ・・・・・って思ったという話です。なんであと3回で終わるのかな。悲しいよね。


 そんな感じで4月を駆け抜けていったのですが,みなさんは無事4月を終えられましたか? 明日はおやすみ,明後日は平日ですが有休を使えばもうGWの人もいるかもしれませんね,長期的なおやすみをぼくの操縦に費やしてみるというのはいかがでしょうか?(いかがでしょうかではない)

 やる気の向く方向があいまいなのを直すのが今後の課題って感じですかね。ゲーム遊びたい,絵の勉強したい,本を読みたい,映画見たい,アニメ見たい,ゲームも作りたいという「やらなきゃリスト」が爆裂してる上に,それぞれの親項目に無数の子項目があることでぼくの脳がキャパオーバーしてるのかなと。だとすれば親項目>子項目の順でそれぞれ優先度を作ればタスク処理が可能なのでは?



 あと最後にこれ今更言うことか? って思うんですが,ぼくの日記いつも長すぎませんか? 読んでる皆さん,疲れませんか? ぼくは言いたいことを全部言ってるのでスッキリしてるんですが,実は皆さん「こんなに長文をいきなり押し付けられると頭がおかしくなりますのでほとんど読んでおりませぬぞ」とか思っておられるのだったら来月から1記事1文字とかに減らすよう努力します。いっぱい文字があると嬉しいって人が多ければそのままのスタイル,頭に浮かんだ言葉をDUTY FREE(意味不明)に書き殴る形でやっていこうと思います。

 試行錯誤がない文章は長文になるので,短くしようと思えばいくらでも洗練することが可能というのは事実なんですよね。なので日記にしてももうちょい読む人の体力考えてくれ~! とかってのがあれば,もうちょい丁寧にしていいのかなと。そこらへんどうなんでしょうね? 常に一方通行の出力なのでみんなの気持ちがわからないよ……でも気持ちがわからなくても心ではきっと通じ合えているから,だって同じ人間だもの! 適当に明るい感じで締めましたんで,ではまた!

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Comments

Anonymous

個人的には長文のほうが読み応えあるのでいっぱい文字があると嬉しいです

Anonymous

読みたい人は読むし読みたくない人は切り上げるか流し読むかすると思うので、今のままでいいんじゃないかと思います。 内容そのままに字数だけ圧縮するのも大変だし、その結果記事が出なくなると私は悲しいので……。

モスー

コメントありがとうございます! そしたらこの調子で本出せるぐらい書いていきます

モスー

言われてみれば書かれてる内容に興味がなかったら全部読まないという選択肢もありますね, あんまり冗長になったり同じ話題やら暗い話題やらの繰り返しにならん程度にやっていきます! コメントありがとうございました!

モスー

なげーよ派の方もご投稿お待ちしております