AI術師が知っておきたい著作権の話▼「イラスト無断転載事件」で考える (Pixiv Fanbox)
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こんにちは、スタジオ真榊です。今回はStable diffusionの技術関連のお話ではなく、AIイラストの著作権とその侵害について、ツイッター上で起きた無断転載トラブルを振り返りながら考察したいと思います。
AI生成物の権利については、昨年11月に公式ブログの「【NovelAI】「生成イラストの権利は誰のもの?」徹底検証」でも紹介したところですが、その後ローカル環境での生成を多くのユーザーが楽しむようになり、さらにLoRAやControlnetといった全く新しい技術も浸透してきました。AIイラストを取り巻く状況はどんどん変化していますので、改めて2023年2月現在の状況を概観できればと思います。
(※本稿はAI術師界隈の司法関係者の方に監修していただきました)
AIイラスト無断転載事件
さて、2023年2月21日にツイッター上でこんなできごとがありました。あるツイッターユーザーが、複数の有名AI術師の過去の作品を次々に無断転載し、リプライでそのことを指摘されると「たまたまAIの出力がかぶったようだ」と主張したのです。このユーザーは「AIイラストは著作権フリー」「AI絵師様が生成したお絵かきガチャイラストそのまま全部もらって金儲け出来るんじゃねーかな 法的にもオールクリア」と投稿した別ユーザーに同調するようなやりとりをしており、自身も「しいて言うなら加筆していると危ない」などと投稿。無断転載をする際は、転載元のAI術師に「これは無加筆?」と尋ねてまわっていたことが確認されました。
このユーザーは「生成者が加筆していない純粋なAI生成物であれば著作権が生じないので、無断転載しても問題ない」と考えていたことがうかがえます。本当にそうなのでしょうか。
・著作物とはなにか
もう一度、著作物とは何かを振り返ってみましょう。著作権法2条1項1号によると、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています。
①思想or感情を含み、
②創作性があり、
③それを表現したものであり、
④文芸や学術などの範囲に属するもの
・・・であれば、権利保護の対象となると考えられるわけです。つまり、AIが主体的に生成した「AI創作物」には著作物性がありませんが、人間の「創作的寄与」があり、AIをあくまでツールとして使った場合は、その生成者の著作物と認められることになります(内閣府知的財産戦略推進事務局「新たな情報財検討委員会」資料より。詳しく後述します)。そうした著作権を帯びたAIイラストを無断使用すれば、手書きイラストと同様に、不法行為が成立することになるでしょう。
この人物はこうした指摘や本来の投稿者からの抗議を受け、謝罪。無断転載の投稿を削除した上で、
「AI絵師に復讐したかった」
「この垢はサブ垢で、本垢ではイラストレーターとして活動している。AI絵師に明らかに構図や色の被っているイラストを出力されているにも関わらず無理筋のある反論や理不尽な理屈で誤魔化されることや、『絵師はAI絵師の素材を作る奴○になれ!!』みたいなことを言われることが増え、やり返してやろうと思った」
と釈明しました。
このアカウントの過去の投稿を振り返ると、手書きの漫画を複数アップしていることや、AI術師を自称して手書きの絵師を揶揄するようなツイートが確認できる一方で、AI生成の知識に関する投稿や、自ら生成したとみられるAIイラストは見当たりませんでした。そもそも、本物のAI術師が他人のイラストを無断転載するなら、これまで例があったようにi2iなどの偽装工作を行わない理由がありません。無断転載で利益を得ようというよりは、はじめからAI術師の評判を下げるための振る舞いであったことがうかがえます。
このユーザーの評価や説明の真偽についてはさておくとして、このケースは「AI生成物の著作権」についてあらためて考えさせられる一件でした。確かにAIイラストの著作物性についてはまだ判例は蓄積しておらず、何をもって生成者の「創作的寄与」が認められるかは判例法理上は確立していません。そのことを持って、このユーザーのように「AIイラストに著作権は生じない」と誤解する人が増えれば大変な問題となってしまいます。
何が「創作的寄与」なのか?
さきほど説明したとおり、著作物たるAIイラスト(人間の創作物)と、著作物ではないAIイラスト(AIの創作物)を分けるのは「人間の創作的寄与」があったかなかったか、でした。では、具体的には何をしたら創作的寄与と言えるのでしょうか。
この点について、AI法務を専門としているSTORIA法律事務所の柿沼太一弁護士がこのように解説されています。
【ここから引用】「創作的寄与」、乱暴に言い切ると「人間がAIの利用に際して具体的かつ詳細な指示をしたか」によって著作物性は判断されることになると思われます。これ、逆に言うと、人間が簡単な指示しかしていなければ、生成された画像がいかに独創的で素晴らしいものだったとしても、著作権は発生しない、ということです。(中略)まず短い呪文を入力したら一発で素晴らしい画像が出てきた、というパターンでは「創作的寄与」がなく、著作権が発生しない可能性が高いです。(中略)詳細かつ長い呪文を唱えて画像を生成した場合には「創作的寄与」があり、当該画像について著作権が発生する可能性が高くなると思われます。【引用終わり】
(STORIA法律事務所ブログ「Midjourney、Stable Diffusion、mimicなどの画像自動生成AIと著作権」より)
これをAI術師になじみ深い表現に言い換えれば、
①「1girl,masterpiece」でどんなに素晴らしいイラストができたとしても、その画像は生成者の「創作的寄与」がなく、著作物とは言えないよ
②使用する学習モデル、プロンプト、Step、Scale、ノイズ除去、アップスケーラー、Controlnet、LoRAなどの設定を吟味したり、何度も生成を重ねて多数のイラストの中から意図に沿ったものをピックアップしたりと、術師の思想または感情を創作的に表現するための行為が十分になされていれば、「創作的寄与」が存在するとして著作物性が認められる可能性が十分あるよ
ーということでしょう。
特に注意したいのが、「人間の創作的寄与があれば著作物と認められる」(著作権法2条1項1号)ことと、「創作的寄与が何をさすかはまだ判例蓄積がなされていない」ということは対立しないという点です。AIイラストの中には創作的寄与が認められる著作物とそうでないものが広くグラデーションしており、そのグラデーションのどこに線が引かれるかは、これから判例が蓄積される中で明らかになっていくわけです。
「新たな情報財検討委員会」の検討
では、判例蓄積がないからと言って、「現時点でAIイラストに著作物性があるとは言えない」と言い切ってしまってよいのでしょうか。
AIと著作物性については、内閣府知的財産戦略推進事務局の設置した「新たな情報財検討委員会」というところで検討が行われているのですが、その平成29年報告書において、
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・利用者に創作的寄与等が認められれば「AIを道具として利用した創作」と整理でき、当該AI生成物には著作物性が認められる
・利用者が(創作的寄与が認められないような)簡単な指示を入力した結果出力された生成物はAI が自律的に生成した「AI創作物」であると整理でき、現行の著作権法上は著作物と認められない
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と、上記の柿沼弁護士の説明そのままの見解が示されています。「AI生成物にも著作権が認められうる」ということは、実は国のレベルで既定路線なのですね。ただ、具体的にどのような創作的寄与があれば著作物性が肯定されるかについては、
【引用ここから】例えば、利用者が学習済みモデルに画像を選択して入力する行為や、大量に生み出されたAI生成物から複数の生成物を選択して公表するような場合、選択する行為が創作的寄与と言えるのかが問題となる。選択を含めた何らかの関与があれば創作性が認められるとの指摘があった一方で、単にパラメータの設定を行うだけであれば創作的寄与とは言えないのではないかとの指摘もあり、AIの技術の変化は非常に激しく、具体的な事例が多くない状況で、どこまでの関与が創作的寄与として認められるかという点について、現時点で、具体的な方向性を決めることは難しいと考えられる。したがって、まずは、AI生成物に関する具体的な事例の継続的な把握を進めることが適当である。【引用ここまで】
と、複数の画像を生成してその中からチョイスしただけで「創作的寄与」と言ってよいかはいまだ確定した見解は出されていません。ただこの点、もっとさかのぼる著作権審議会第9小委員会の平成5年報告書では、AI生成物に著作権が認められるケースについて、下記のように記されています。
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「どのような行為を創作的寄与と認めるに足る行為と評価するかについては、個々の事例に応じて判断せざるを得ないが、例として、機械翻訳における後編集や、作曲における多数の結果からの選択・修正等により最終的に自らの創造的個性に最も適合するものを作成していく一連の過程などに、創作的寄与があると考えられる」
(出典) 著作権審議会第9小委員会(コンピューター創作物関係)報告書、平成5年11月 文化庁
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非常に興味深い記述ですね。(※ちなみに、この記述は直近の報告書でも引用されており、現在も踏襲されている考え方です)
これら有識者の検討経緯を踏まえれば、AIイラストの創作的寄与の有無をはかる上においても、i2i・レタッチによる修正や成果物からのチョイスを繰り返しながら、自らの創造的個性に最も適合するものを作成していく過程を重視して、個別に裁定される・・・というのは少なくとも間違いがなさそうです。
▽「単純な指示でも著作権を認めるべき」という提案
ここでちょっと脱線。この点、久我貴洋弁理士による「AI 創作物の著作権法上の保護」という記事の中で、面白い指摘がなされています。
短い論考なので詳しくはリンク先を読んでほしいのですが、ざっくり言うと「AIイラストの著作物性が争われるたびに、術師が生成の経緯を事細かく証明しないといけないなんてバカバカしくない?」「プロンプトが単純だろうがなんだろうが、複数のAIイラストの中からこれがいいと選んで公表するだけで、創作的寄与と認めてあげていいんじゃないの?」という内容なんですね。
これはあくまでこの弁理士さんの提言ですが、あながち突飛なものでもなく、先程の「新たな情報財検討委員会」の平成29年報告書においても、現行の知財制度上は権利の対象とならないはずのAI創作物(人間の創作的寄与がなく、AIが主体的に生成したもの)について、「あらゆるAI創作物を知財保護の対象とすることは保護過剰になる可能性がある一方で、フリーライド抑制等の観点から一定のAI創作物について保護が必要となる可能性がある」と記されています。
このように、AIが主体的に創作したもの(例:1girlでランダム生成)ですらも一部は著作権保護が必要ではないかという見解が示されているわけですから、人間の「創作的寄与」の範囲が司法の場で非常に限定的に判断され、ほとんどのAIイラストが著作物性を否定されるというような事態は考えがたいのではないかな、と個人的には考えています。既に多くのAIイラストがビジネス利用されており、これらすべてがパブリックドメイン、つまり勝手に使用しても何ら問題がないことになれば、混乱を呼ぶことが必至だからです。
ラインはどこに?
術師の行為のどこに「創作的寄与の有無」のラインが引かれるのか。ここまで見てきた中で考えられるのは、下記の4パターンです。
①プロンプトが単純だろうが、術師が生成物の中から好みのものを選んで公表しているだけで足りる(久我弁理士提案)
②プロンプトなどの指示が単純なら認められないが、長い呪文を組んだり設定を吟味したり、成果物の中から良いものをピックアップしたりしていれば認められる可能性が高い(柿沼弁護士解説)
③プロンプトなどの指示が単純なら認められない。明確な基準はないが、多数の結果からの選択や修正などにより、最終的に自らの創造的個性に最も適合するものを作成していく一連の過程によって個別に創作的寄与の有無を評価することになる(新たな情報財検討委員会)
④これらよりもっと強度の創作的関与が求められる
少なくとも④については、これまでこうした主張は有識者から出ておらず、そもそもそのように厳格化する理由がないと言えそうです。AIイラストの商用利用は既に始まっており、これらに高いハードルを設ければ、今回のツイッターユーザーのようにフリーライドを試みる輩が次々に出てくる一方で、社会的に得られるメリットがほとんどないからです。
少なくとも言えるのは
「1.AI術師が創作的寄与をきちんとしていれば、AIイラストにも著作権が発生する、というのが国内有識者の主流的見解である」
「2.必要な創作的寄与のレベルについては今後確定していくことになるが、実務上そのハードルを高めることはフリーライド防止やAIを利用するプロ・アマの権利保護の観点から得策ではないと考えられている」
…ということでしょう。さらに付言すれば、例えそのAIイラストが二次創作(版権キャラクターを描いたもの)であっても、キャラクター造形以外の創作部分には「二次的著作物」として術師の著作権が認められると考えられますので、「著作権侵害のイラストだから無断転載してよい」と判断することもまた危険な行為だと言えます。この点、二次創作の著作権については質問されることが多いので、キャラ再現LoRAや画風再現LoRAについて触れる記事も後日公開したいなと考えています。
AIイラストを守る方法は
今回の無断転載事件を受けて、自分のAIイラストにも署名やウォーターマークを付けたほうがいいのではないかと考える術師さんもいます。いまどきAIを使えば署名をきれいに消すことは可能ではありますが、いざ自分が本来の著作権者だという偽物が現われたときに、こうした署名をしておくことは一定の効果があると思われます。
「消しにくくて目立つ署名」だけでなく、イラストに馴染むような形で気付かないサイズの署名を入れておくことも、自己防衛の一策であるかもしれません。いざ無断転載されたときに、「ここに隠し署名がある」と言えば一発でパクリを看破できるからです。ただ、無断転載者が本当にAI術師だった場合は、i2iパクリやcontrlnetパクリをされるケースがほとんどでしょうから、そうした場合は署名が消えて意味がなくなってしまいますね。画像を上書きして署名を施す作業の中で、pngに含まれていたプロンプトなどのメタデータは消えるので、そういう意味での悪用防止にはなるかもしれません。
もう一つの対策として、公表するイラストの解像度やサイズを小さくする、ということも考えられます。ただ、いまどきは美麗にアップスケールすることも簡単にできるので、大きいサイズを所有しているからといって、自分が本来の生成者だと100%証明したことにはなりません。なかなか悩み深い問題です。
一番大切なことは、PCのストレージを圧迫してきたからといって、過去に生成した画像を絶対に消さないこと。前後によく似たイラストがプロンプトなどの情報とともに豊富に残っていることこそが、自分がそのイラストを試行錯誤しながら生成したことを示す最高の証拠になるからです。
終わりに
現在はAIイラストがSNS上で無数に投稿される中、「最初の著作権侵害事案」が事件化するのを司法も当事者も報道も待ち構えている状態です。DMCA申告や発信者情報開示、それに伴う訴訟といったリスクは非常に高く、また報道価値もあることから、気軽な侵害行為が自らの社会的信用を失墜させることにも繋がりかねません。
AI術師側にも「他人の作品のi2iパクリ」や実在人物の名誉を毀損するような画像生成といった犯罪行為・モラル違反が絶対に許されないのと同様、AI術師の投稿したイラストにも一定の権利が認められるということを改めて確認したいと思います。
そんなわけで、本日は非常に固い「AIと著作権」のお話でした。ではでは。