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10:アイネの決意 「っで? 見ちまってたわけだ……その……私の痴態を……」  夜が明け昼が過ぎようとしていた頃、ベッドの上に並べてある装備品を1つ1つ整備が行き届いているかを確認しつつその身に装備し直していくレファに、体をモジモジさせながらアイネが昨晩の件で気になっていたことを質問しに訪れていた。 「あの……すみません……イケナイとは思っていたのですが……あまりにもその……お声が大きかったもので……」  アイネの言葉にレファは無言で顔を赤く染める。そして俯きながらも小さく言葉を彼女に返した。 「み、見てたんだったらもう分かっただろ? アレが私にかけられた呪いってやつさ……私は毎晩アレと戦ってるんだ……」  恥ずかしそうに小声で語るレファに、アイネも気恥かしさが増したようで、彼女の顔を見ないようにと顔を横に向けながら次の言葉を選び口に出す。 「あの……。どんな……感じなんですか? その……自分でしちゃう……アレは……」  慎重に言葉を選びオブラートに包んだ言葉を伝えたつもりだが、肝心の主語が抽象的過ぎたためレファに勘違いの余地を与えてしまう。 「ば、馬鹿! 子供にそんなこと教えられるかっ! あ、ああいうのは……大人になってから自然とするもんなんだよ! 誰でも……」   すっかり自慰のことを質問されたと思ってドギマギしてしまうレファだが、アイネの疑問はその事ではなかった。 「ち、ち、違いますぅ! そ、そうじゃなくて……その……アレです。くすぐりの……方……」  装備する手を止めてまで顔を真っ赤にさせて取り繕っていたレファはその言葉を聞いて間の抜けた「あ、あぁ……」という感嘆の言葉を上げる。 「そ、それに! 私はこう見えて貴女よりも大人のレディなのです! だからそういう知識も無いわけでは……ないというか……」  レファの早とちりに顔を真っ赤にさせながら自分だって大人なんだと伝えるアイネ……少女の姿をしていても彼女はエルフ族の娘……確かに自分よりも人生経験は豊富なのかもしれない、とレファは羞恥の熱の下がる納得を頭に過ぎらせた。 「あの呪いは……人の体を完全に乗っ取っちまうんだ……」  止めていた手を再び動かし、弾丸が帯状に連なった弾薬帯を肩から斜めに掛けながらボソリと自分の呪いのことを話し始める。 「呪いは必ず毎夜、体を乗っ取ってラフェリアの食事を吐き出させるために自慰をさせる……」  自慰という言葉にビクリと体を震わせたアイネは、昨夜のレファの痴態を思い起こし更に顔を林檎のように赤く染めた。 「そして、あいつの頭のおかしい趣向なんだろうが……自慰をさせながら自分の手で自分をくすぐらせるのがお決まりなんだ……」  自分で自分をくすぐらせる……。アイネはその行動も見ていたため容易に想像ができる。しかし想像はできるが理解ができない。自分を自分でくすぐるというのが刺激的には笑ってしまうほどのことなのか……頭では感覚が理解できない。 「あんたはアレだろ? 自分でくすぐってなんで笑っていたのかって部分が気になっていたんだろ?」  まさに今自分が思っていたことを口に出されアイネは無言で頭を縦に何度も振ってみせる。  それを見たレファはクルリと彼女の方を向き直し、ピンク色に染まっている頬を見せ視線を横に逃がしながら恥ずかしそうにボソリと呟いた。 「手を動かしたいと思っても手は言う事を聞いて動いてなんてくれない……。だけど刺激に対する感覚だけは残されてあるから……」  そう言いつつアイネの脇腹に片手を添えるレファ。アイネはその添えられた手に対して抵抗も見せず油断した目でそれを追っていた。 「こんな風に他人からくすぐられているのと……同じ感覚になっちまうわけで……」  添えられた手は言葉の終わりに軽くコチョコチョとアイネの脇腹をくすぐり、彼女に“くすぐったい”という感覚を味あわせてあげた。 「きゃうっっふ!!? な、な、何するんですかぁぁ!!」  脇腹に加えられた突然のくすぐりにビクッと体を震わせすぐにしゃがみ込んで自分の手で脇腹を庇ったアイネは、目尻に涙を浮かべてキッとレファを強く睨みつける。 「見るなって言ったのに……見ちゃった罰だよ……それくらい……良いだろ?」  まるで子猫が威嚇するかのように体を庇いながら睨みつけるアイネに、レファは恥ずかしそうにこれが覗き見た罰だと告げる。それを聞いてアイネは興奮気味に睨んでいた目を一転して恥ずかしがるような目に変え小さく「…ごめんなさぃ」と零した。 「まぁ……声を出しちまった私も行けなかったんだ……だから……今ので、おあいこ…な?」  双方言葉をなくし気まずい空気が部屋に流れるが、その気まずさを破るように先ほどの話の続きをレファが口からこぼし始める。 「他人からくすぐられれば……くすぐったいだろ? 体を乗っ取られてくすぐるのも……それと同じさ。自分では手や足を動かせないからいつ何処をどんな風にくすぐろうとしているのか……全く予測なんて出来やしない。だから自分の手であっても自分の手じゃない……他人からくすぐられている感覚と同じだ」  アイネをくすぐった手を戻し再び装備品の手入れを再開させるレファ。アイネもそれを見てホッと息をつき、ゆっくりと立ち上がる。 「まぁ……ひとつ違うのは、操られていても指は肌を触っている感覚が分かるから、自分の肌を触っているっていう自覚は持てる。だから自分で自分をくすぐっているっていう感覚を持ちながらも予測できない動きに翻弄されて笑っちまうんだ……ほんと、最初は頭がおかしくなるかと思ったよ……自分で自分をくすぐって笑っちまってるんだから……」  立ち上がったアイネは彼女の話に何度か頷きを見せ、部屋へ入ってきた時と同じような覚悟を宿した目に切り替える。 そして、レファの話が終わるのを見計らって…… 「私も……ご一緒させていただいても……良いですか?」 と、自分の決断を彼女に告白した。 「えっ!? べ、別についてくるのは構わねぇけど……良いのか? 村の事とか……勝手に離れて……」 「村の方たちはとても良い方達ばかりです……。彼らは今すぐにでもエリシアお姉さまを助けるためにと無茶をしようとしています……」 「あぁ……でも、爺さんや女、子供ばっかりだろ? この村は……」 「えぇ……それでも……彼らは助けに行くと言っているのです! お姉様を……」 「今まで平和に暮らしていた村人が何の装備もなしにあいつに挑むのは……無謀というか……無駄死にになるぞ……」 「だから……それだけは止めさせたい……」 「私だけでは……不安か? 追い払うのも無理だと思っているのか?」 「いいえ! 私も何か……したいのです! お姉様達が苦しんでおられる時に何もできないのが悔しくて……」 「多分……お前さんの姉さん達は自分の痴態をお前さんには見られたくないって思ってるかもしれないぜ?」 「それでも! 私だって助けに行きたい! 何もしないで待つよりは……どんな責め苦を受けてどんな恥辱に晒されているのかをしっかり見て……共感したいんです。その上で……あわよくば仇を討ちたい……。半年前に……無残にも殺されていった村の人たちの為に……」 「そっか……。あんたはずっと……その事を気に病んでいたんだな? 自分が何も出来なかったって……」 「何も出来なかったんじゃなくて……何もしなかったんです。怖かったから……」 「今は怖くないのか?」   「怖いです……正直……」 「なるほど……それを自覚しているんだったら……じゃあ、一緒に来てみるかい?」 「えっ?」 「私だって怖いんだ……呪いをかけた本人と対峙するなんて……考えただけで身震いがするくらいさ……。でも村の人たちはきっと違う……。彼らは死を怖いと思ってもいない節がある……そうだろ?」 「は、はい……多分……」 「死を恐れずに無謀に突っ込んでいく人間は……間違いなく無駄死にする。特にあいつの狡猾さを目の当たりにすれば嫌でも思い知らされるさ……」 「………………」 「だから、死を恐れながらも立ち向かいたいって気持ちは大事なのさ……。少なくとも冷静さを欠いて無茶をして死にに行くような馬鹿な真似はしないだろ?」 「はい……」 「私だって戦闘なんていつもビビリながらやってる。時には逃げて隙をついてズルい攻撃をしたりもする……」 「…………」 「そうやって付けられたあだ名が『淫魔の狩り人』って称号さ……。特に優れているわけでも淫魔に対して強いわけでもない……。淫魔を狩り続けたから付いたってだけの称号なんだ……」 「でも! 今まで淫魔を退治してきてくれたのでしょう? だったら普通のハンターなんかより淫魔との戦い方を熟知されているはず……」 「人に毛が生えた程度だ……あまり、それを頼りにしないでくれよ?」 「は、はい……」 「それで良いんだったらついてきなよ……回復くらいは使えるんだろ?」 「はい! 回復だけなら……扱うことができます。あとは弓の訓練も……一応積んでます!」 「十分だ……。だったらすぐに支度をしな……。こっちの準備が終わったら早速出発するよ!」 「は、はいっっ!!」  本当は姉の言いつけ通りに村の民達を見守ることこそが彼女の勤めではある。無茶をしそうならそれを窘め、不安に呑まれた者たちがいれば慈愛の笑顔を見せて安心を与えるべき役割を担うはずだった。  しかし彼女の意思はそれに反してしまった。  村を守ることよりも姉を助けたいと願う心よりも……本当はもっと自己欲の強い願いを彼女は持っていた。  足でまといの末っ子という立場が我慢できない……。守られるばかりの自分に価値を見出したくない……。そんな年相応の我侭な思いが彼女を動かした。  姉を救いたいと思う気持ちは勿論ある。良くしてくれる村の人達の助けになりたいとも思っている。しかしそれよりも……縛られた置物のような自分から抜け出してみたいという欲が勝った。  吉報を任せて待つより、吉報を持ち帰りたい! そういう思いに突き動かされた。  自分のことをもっと認めてもらいたい……。彼女の不満と欲求はその一点で交差していた。  手製の弓と矢筒を背負った彼女の目は爛々と輝いている……。  包まれるように守ってもらっていた村からまだ見ぬ冒険へ旅立てるという期待が彼女の小さな胸を高鳴らせてやまない。  しかし彼女は後に後悔することとなる。  守られていた環境がいかに大事であったのか……  ある意味無菌状態で退屈だったあの状態が……いかに尊いものだったのか……。  絶望の淵で思い起こすものは……その過ぎ去りし暖かさばかり……

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