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17:ボイラー区画 「この区画は……あまり警備のロボはうろついていないようですね……」  入り組んだ通気口の抜け道を記憶を頼りに進んでいくと、目的のボイラー区画へは苦も無く辿り着く事が出来た。  どの道が何処に繋がっているかを全て記憶している訳ではなかった為、出口には一種の賭けの様な感覚で辿り着く形となったのだが……持ち前の運の良さが発揮されたのか私達が選んだ道は丁度ボイラー室に繋がる出口を引き当てる事が出来た。 「元々、この階には人間が立ち寄れないようになってるから……警備を厚くする必要性がないんでしょうね。少しは居たんでろうけど……私が起こした騒ぎが功を奏して下の階の応援に出向いた可能性もありますね……」   周りからは人間の身体の5倍以上の高さはあるであろう巨大なボイラーがいくつも並んでいる。  それらのボイラーは全てが稼働している訳ではないが、所々の機械は運転している様子を示すようにゴウンゴウンと低い重低音を響かせ縦や横にその巨体を揺らしている様子が見て取れる。 「成程ッ! 下の騒ぎはこの為にワザと起こしたんですね? 流石です……ミシャさん!」  鉄板を張り合わせて敷いたであろう床の冷たい感触を味わいながらも慎重に歩を進めていく私とルカさん。彼女は室外用のスリッパを履いているが、私は裸足である為床の冷たさがダイレクトに神経に伝わり、歩くたびにゾクリゾクリと背筋に寒気を伝えさせてしまう。 「い、いや……アレはワザとでは……無かったんですけど……ね……ハハハ……」 「え? ワザとじゃなかったんですか? じゃあ……なんであんなに派手な逃げ方をしてしまったんです?」 「えっ? いや……そ、それは……その……」  ロボットになぜ見つかってしまったのか……? それを無垢な興味から聞き返してきたルカさんに、私はその理由を語る事が恥ずかしくてできない。  まさか、隠れている最中に“水が足裏に掛けられて笑ってしまった”などという情けない理由を知られる訳にはいかない。だから私は彼女に「秘密♥」とだけ返し苦笑いを向けて胡麻化すこととした。 「気になりますね~~。ミシャさんってば可愛らしいお顔立ちをしていらっしゃいますから……何かロボットを引き付けるフェロモンとかを出しているんじゃありませんかぁ~?」 「か、可愛いなんてそんな! 私は虫じゃないんですからそんな誘惑するようなフェロモンなんて出してません! それにロボットにそんなモノを探知する能力もありません!」 「アハ♥ 照れてるミシャさんの顔も可愛らしいです♥」 「うぐぅ! からかわないで下さいっ! こんな時にぃ!」 「アハハ……でも、マリア姉様も……ミシャさんに負けないくらい……可愛いんですよ……」 「えっ?」 「いつもは……研究に没頭して中々相手をしてくれませんでしたけど……仕事が休みの時は子猫の様に私に甘えて……じゃれついてきたりするんですよ?」 「んえっ!? あ、あの博士が!? 甘えて……? えぇ!?」 「フフ♥ そう見えないでょう? 姉様は……いつも気を張ってツンツンしてるイメージですもんね?」 「……い、いや……私と話す時はツンツンまではしていませんでしたけど……確かに真面目で固いイメージはありました……」 「ああ見えて……姉様は寂しがり屋さんなんです♥ だから私がいつも甘やかして差し上げていたんですよぉ♥」 「あ、甘やかすって……ど、ど、どんな……風に?」 「アハ♥ 気になりますぅ? 気になりますよね……そりゃ。でも秘密です♥ アレは姉様と私だけの秘密の甘やかし合いですので……♥」 「あ、甘やかし……合い?」  血の繋がった家族ではないけれど“かけがえのないヒト”だと私に語ったマリア博士。  その意味するところが今ので何となく分かったような気がする。 「……………………」 「…………………………」  その言葉を境に私達の間に僅かな沈黙が訪れる。  周りのボイラーだけがゴウンゴウンと轟音を鳴り響かせている……  ルカさんは喋りにくそうに顔を俯かせながらも、言葉を選ぶように私の先程の決断に感情のこもった言葉を掛けてくれた。 「私……内心、嬉しかったんです。ミシャさんが……姉様達を助けたいって……言ってくれて……」 「…………え?」 「姉様からは……首輪を外してもらった後に言われたことがあって……」 「言われた事?」 「はい……。外に出られたら私の事は忘れなさいって……」 「……ッっ!?」 「廃棄処分にかけられれば……命の保証は出来なくなる。きっとココで話すのが私達の最後になるでしょう……って……。だから私の事を忘れて……ちゃんとした想い人を他につくりなさいって……」 「………………」 「私は、その言葉に返事を返せませんでした。だって……私の想い人は……生涯……マリア姉様ただ一人だけなのですから……」 「ルカさん……」 「親に捨てられ……兄弟からも見放され……路頭に迷っていた私を救い出してくれたのは……紛れもなく姉様だった! 人間不信に陥りそうになっていた私を救ってくれたのは姉様だけだった! だから……私は……姉様を見捨てるなんて……考えたくなかった……」 「(そういえば……ルカさんの苗字はウィッドマンを名乗っていた。という事は……ルカさんは……博士に拾われて養子かなにかになった……?)」 「姉様からは、ミシャさんに“任務の事だけに集中してもらえるようサポートを”と指示されました……。最初は想いを殺してでもそうしないといけないって言い聞かせたんですけど……ミシャさんは私の言葉を聞いても考えを曲げなかった……」 「……………………」 「博士が必要だって……嘘までついて“助ける”と……そう言ってくれた。それが本当は……嬉しかった……」 「……バレてましたか……私の嘘……」 「えぇ♥ そりゃあ、クラリスさんよりも私の方が姉様と過ごしていた時間は長かったんです。姉様がどんな性格なのかは聞かなくても分かりますし……用心深い彼女がバックアップを用意せず捕まる等あり得ませんから♥」 「凄い信頼関係ですね……なんか……羨ましいです……」 「首輪の実験に最初に関わったのも実は私なんです♥ その時は……拾ってもらったお礼も兼ねて私から実験に参加したいって猛アピールしたんですよ♪」 「へ、へぇ……首輪の実験体第一号だったんですか……」 「実験が進むうちに私の姉様に対する感情も段々バレるようになって……首輪が完成する頃には寸分違わない感情の読み取りに成功してしまっていたんです♥」 「あぁ……あの首輪は感情を読み取りますからね……。成程……それで、ルカさんの気持ちを博士も知っていった……って感じですか……」 「あの時はロマンティックだったなぁ~~♪ 博士が私の首輪を外すふりして抱き締めてくれたんです♥ そして、おもむろに自分の首にも首輪をつけて……自分の想いも機械に読み取らせたんですよ♥ 私と同じ気持ちである事を証明するように……」 「へ、へぇ~~~~(顔に似合わず中々、特殊な想いの伝え方をしてたんですね……博士は……)」  ルカさんから語られる堅物だと思っていた博士の知られざる同性ロマンスに……私は若干胃もたれする感覚を味わいながらも、幸せそうに語る彼女を羨ましく思った。  家出同然に飛び出した私も……人の愛というものに触れずに育ってきた経緯がある。  誰も信じられず……誰も頼りに出来ない孤独……それを味わいながらも、私は独り学費を稼ぎつつ大学へと進学した。  建築関係に興味があった私はそれらが学べる学科に進学し、自分の力だけで大学を卒業し立派な企業に就職する事も出来た。  その時の世界情勢はまるで限界まで空気を入れられた風船のように張り詰め緊張しきっていた。  人間の仕事は人間よりも信頼できる機械に任されるようになり、その機械達の管理も人間ではなくより高性能な機械が行う様になっていった。  機械が機械を支配している現実に危機感を抱くもの……  機械を依存的に軍事利用してきた国家……  化石燃料の枯渇……  それに伴う大国同士の睨み合い……  きっかけさえあればいつ破裂してもおかしくない風船の様な世界が……この10年間続いていた。  そんな中でも、私達の会社はこの発電所の仕事を請け負えた。  恐らく……人間達が請け負った仕事の中ではアレが最後の仕事となっただろう。なにせ、発電所が完成した次の日には……ロボット達の反乱が起きてしまったのだから……  私は無我夢中で逃げた。  シェルターに入るお金すら持っていなかった私は……とにかく身を隠せる場所を探して下水道の中にまで逃げ延びた……  そこで私は彼女に拾われたのだ。  アイアンフィストのリーダーである……ジェシカさんに……  彼女達は機械国家になりつつある世界を憂い、国家から機械の無い世界を作り上げようと考えていたテロリストだった。  武力で機械を破壊し……国まで乗っ取るつもりでいた彼女達だったが……  機械を嫌い地下に潜伏していた事が功を奏し、機械達の“人間狩り”から上手く身を隠せていた。  最初こそ国家転覆を狙い、国を乗っ取ろうと画策していた彼女達だったが……もはや世界は機械達が支配する世界へと変貌してしまい、それどころの話ではなくなってしまった。  機械に捕まれば……男はその場で処刑され……若い女は発電所で燃料として扱われる……そんな世界が出来上がってしまったが故……アイアンフィストのメンバーもジェシカさんも考え方を変えざるをえなくなった。  国から機械を排除するだけではなくて、出来れば世界から機械達を排除しよう……と、そのように考え方が改められた。  人間達が消されていった世界では電力の供給がままならなくなる為、機械の排除は時間が経てば容易になる……と考えていた彼女達だったが……  知っての通り……機械達は人間を使って発電をするという暴挙に出てしまった。しかも……シェルター内に作られたこの絶対防御を有する発電所を拠点にしてしまったが故……ジェシカさん達も手が出せない時間が続いた。  日に日に兵士を失っていくアイアンフィスト……  食料も弾薬も底が見え始め……いよいよ耐え忍ぶ戦いにも限界が訪れる事となるか……と考えられたけど……  そこにあの博士が保護されたという朗報が入った。  思考読み取りの首輪を開発したマリア博士が……脱出カプセルにて海へと逃げ延びていた事が報告され、彼女の保護が成される事となった。  彼女が加わった事によって……首輪への対抗手段が生まれ、発電所の中から攻略が出来るのではないか? という意見が飛び交った。  そして私は……その意見の場で……自分があの発電所に詳しいことを告白した。  話はトントン拍子に進んだ。  作戦は私が持っていた発電所の青地図と共に組まれていった。  そして……この作戦が生まれた。  私と博士は……お互いの罪悪感を埋めるために自ら志願し……この施設へと潜入を試みた。  と、自分に言い聞かせて潜入に賛同したけれど……実際は少し違う思惑も自分にはあった。  本当は……自ら犠牲になる私を見て……少しでも皆に慰められたり褒められたりしたいって……思っていた。  親にも兄弟にも褒められた事なんてなかった私だったから……そういう想いに飢えていた。  勇気がある女だ……とか、行動力のある女性だ! とか……そういう言葉を少しでいいからかけて貰いたかった。  作戦をやり遂げられれば賞賛してくれるだろうし……失敗したとしても……憐れんでくれるだろう……立派に立ち向かおうとしたけど……失敗してしまったんだ……可愛そうに……と悲しんでくれるかもしれない。それだけでもいい……私を想ってくれるなら……それだけでも。  そう思って……志願したのだ。  悲しい女だとは自分でも思うけど……それが事実だ。  愛を知らないで育った私だからこそ……自分が愛されたいと強く思って憧れを抱いてしまうのだ。  だから……クラリスさんや博士を助けたいと思ったのも、その様な動機が根底に僅かにある。  彼女達を救う事が出来れば……彼女達からも感謝されるだろう……と、そんなズルい考え方が根底にあったからこそ“助けたい”と思ったのだ。  決して善の心から来る素直な気持ちなどではない。これを聞かれれば偽善もいいところだと罵られる事だろう。だけど……それでも助けたいと思ったのは事実だ。  見返りを求めようと……偽善であろうと……助けたいと思った気持ちには嘘はない。  だから……助けたい! 二人を……どうにか…… 「見えた。あれが発電をコントロールするコンピューターだと思います……」  そんなこんなを思い出し自分の自己中さ加減に嫌気をもよおしたり情けなさを感じていたりしながらも、私とルカさんはボイラーの並んだ区画を抜け巨大なモニターと複数のコンピュータが立ち並んだ広めの部屋へと辿り着く。  その巨大なモニターの左半分には、今現在も廃棄処分を受けているであろうクラリスさんとマリア博士の様子を真上から捉えた映像がリアルタイムで映し出されていた。 「う、うわぁ~~姉様ったらこんな数の機械達に嬲られて……くすぐったそぅ~~! ヒャ~~!」  全身裸体に剥かれた二人は、機械式の台に乗せられ手足のみならず身体の至る所にベルトや枷が嵌められ身動きをとれないよう拘束されている。  そして、身動きが一切取れないであろう彼女達の身体には全身を埋め付くすかのようにくすぐりアームが虫のように這い回っていて、見ているだけでも寒気がするような光景がそこには広がっていた。 「クラリスさんの方は時間もさほど経っていないだろうから、まだ……耐えれている感じですが……博士の方はもう限界ですね。顔に血が通っていないんじゃないかってくらい真っ青になって息がし辛そう……」  博士の処刑が始まったのは今朝(もう昨日の朝になったかな?)の朝発電の後からだった。一度も止められずに稼働していると考えれば……もうかれこれ12時間以上も笑わされっぱなしという事になる。  クラリスさんの笑い方を見ても、機械のくすぐりが一切容赦がないというのは目に見えて理解出来る……そんな責めを休みなく12時間も続けられれば……私も生きていられるかどうか怪しい……  現に今博士は顔は笑っているのに出て来る声は咳き込みばかりで、笑い声というものを発する事も出来なくなっている。  これ以上は危険だ……。早く何らかの休みを入れてあげないと…… ――カタカタカタ……  私は目の前に備え付けられたキーボードをタイプして廃棄処分区画の電源を落としてあげようと配電のメニュー項目を画面に映し出し項目を確認していく。  すると、そこには現在の二人の処分経過時間と処分の終了予測時間なるものがアプリのダウンロードバーの様な形で表示されていて、クラリスさんのバーは7割ほどの進行度で数字も70%……博士の方は95%という数字と共に今にもバーが右の完了地点まで行き着いてしまいそうな位置まで伸びているのが確認できた。  恐らくこのバーは……責めを受けている二人の体力やら生命維持機能を鑑みてどれくらいで限界が訪れるかを計算した結果を可視化したバーなのだろう。  このバーが右に振り切って……100%になったら……それイコール処分完了であり、彼女達の生命もそこで終わりを迎える。そういうのも計算し尽くしてこの廃棄処分は行われていたのだ…… 「……ッ!? こ、これは……?」  死のアプリをダウンロードするかのようなその不謹慎なバーの隣には博士たちのバイタルサインとは別に用意された、波形型のグラフが存在する事に私は気が付いた。  その波形グラフは彼女達の笑い声の大きさに比例して激しく波打ったり逆に緩やかに波形を鎮めたりを繰り返している。  そして、この波形のグラフの隣には%で表示された縦の棒グラフが存在していた。その棒グラフは二人とも450%という数値を維持したまま固定されている……  これらが何を意味するものなのか……発電所のシステムを理解している私にはすぐに見当がついた。 「これは……声力反射用のブースター(増幅装置)の……倍率数値……? この数値があるって事は……やはり機械達はブースターを組み込むことで発声発電を可能にしていたのか……」  人間の声を電気に変えるという発想は千年以上前の世界から存在していた。しかし、発想自体はあっても、現実的にそれをエネルギーに変える手段が乏しく……現実的ではないとみなされ、実際にそれが活躍する場面は訪れなかった。  まぁ、そもそも声を出させて発電するという事が倫理観やら道徳的な観点から見ても良くは思われない為、その発明は机上の空論として見送られ続けていた。  しかし、ロボット達に人間の倫理観やら道徳観など持ち合わせてはいない。奴らは、人間達を“利用するにはどうしたらいいか?”という観点からこの発声発電の仕組みを掘り起こして、それを実現させてしまったのだろう。  そして……発声発電の唯一の弱点だった“得られるエネルギーの弱さ”にも“ブースターを作る”という解決策を見出したようだ。  ブースター(増幅器)は……その名の通り、発せられたエネルギーを何倍にも増幅して送り出す事の出来る装置だ。  人間の声を増幅させる機械には電子拡声器(メガフォン)やマイクとスピーカーなんかがある為連想しやすいとは思うけど……この発電用の増幅器はその拡声を何百倍にも高める性能を持っている様子だ。  構造はいたってシンプルだろう……。音を反射しやすい小部屋を作って、音が反射する度に音域と音量が上がるような仕組みにしておくだけで良い。そこにマイクで十分に増幅した笑い声を放ってその声を反射させておけば、まるでボリュームのツマミを回していくかのように音圧は増していき……莫大な音響爆弾がその部屋の中で作られる事になる。後はその部屋の1箇所しかない細い入り口を開いてやるだけで増幅された音はそこから集中的に発電タービンにぶつけられ、タービンを回すことが出来るようになる。  恐らくそういう仕組みがこの発電所では組まれていたのだ。  記憶を取り戻した時……なぜ発声だけで発電が可能なのかが私はずっと気に掛かっていた。  こんな非効率的で非人道的な発電がどうやって成されているのか……それが頭の隅に引っ掛かっていた。  しかしこのグラフを見てようやくその謎が解けた。  この増幅器を利用して発電量を確保していたのだ……  そしてその構造に理解が至った時……とある天啓が私に舞い降りる事となる。 「そうか……そういう構造であれば……もしかしたらアレが出来るのでは!?」  暗闇の中に一筋の光が差し込んだような天啓を私は得る事が出来た。  そして、その天啓を頼りに私は次々に頭の中でこの後の作戦の変更を考え始める。 「……………………」 「…………ミシャさん?」 「…………………………」 「あ、あの……止めてあげないんですか?」  私がそのように頭を巡らせていて手を止めていると、心配そうにルカさんが私に声をかけて来る。  私はその声に首を横に振って「そうじゃない」という意図の返事を返す。  そして頭の中でまとめ上げていた言葉を少しずつ彼女に伝え始める。 「ルカさん。今から言う事を……しっかり覚えておいてもらいたいのですが……良いですか?」 「……え? は、はい?」 「ルカさんにはこれから少し隠れていてもらいます……。丁度このモニター室の端に通気口が有りますので……さっきまでと同様に身を隠していて貰いたいんです」 「……えっ??」 「そして、私が“捕まってから”7時間半後……。この時計で言う所の残り時間2時間30分を指した時にもう一度このフロアへ戻って来てこのキーボードにとある操作をして頂きたいんです!」 「えっ? つ、捕まったらって……どういう事ですか!? ミシャさん……捕まるつもりなんですかっ!?」 「私は今から……この廃棄処理区画の電源を全て落とします……。そうしたら……恐らくすぐに予備電源に切り替わって何事もなかったかのように廃棄処理が再開されるでしょう……」 「予備電源……」 「私は出来る限り二人が休めるよう……何度も電源を落とし続けます。そうすれば……少なくとも呼吸をリセットするくらいの時間は稼げると思うんです」 「何度も落とし続けるって……ココに留まるって事ですか!? そんな事したら……警備ロボがすぐに来て……」 「えぇ。ですから恐らく私も捕まり……博士達と同じように廃棄処分にかけられる事に……」 「そ、そんな! それじゃあ意味がないじゃないですかっっ!! ミシャさんがバリアの電源を落とさないと……計画が……」 「計画は遂行します。でもその計画を遂行するのは私じゃなく……ルカさん、貴女です!」 「わ、私が……電源をっ!? え、で、でも! 私はバリア装置の電源の位置とか操作の仕方とか全然分からないんですよ!?」 「大丈夫です。今から言う手順を覚えてくれていれば全て上手くいくはずです!」 「覚えるって……何を……です?」 「いいですか? やり方は簡単です。操作はキーボードを使わずともタッチパネルで操作できます……」 「い、いや……待ってください! 私が機械を操るんですか? 私はその分野の専門家ではありませんから……自信が……」 「時間がありません! 博士のバイタルは既に臨界の域まで達してます。すぐに休ませないと本当に死んでしまいます」 「そ、そんな……」 「だから落ち着いて……聞いてください! 貴女にしか……託せない事なんです!」 「………………私にしか……託せない?」 「この時計とフォークはお返しします。これを使って通気口の中に隠れて時間を確認していてください!」 「時計とフォークを!? って……ほんとにミシャさんは捕まるつもりなんですかっ!?」 「そうです。電源を落とし続ければ……きっとすぐにでも捕まってしまいます。でも……1回や2回電源を止めただけでは……二人に十分な休息を与えられない! だから……捕まる直前まで何度でも電源を落とします!」 「そ、その役割は私が担えばいいのではないですか? 私なら……その……覚悟は……出来てますし……」 「いいえ! 残念ながらこれは私にしか出来ない仕事です!」 「ミシャさんにしか……出来ない?」 「私はさっきトイレへ向かう際……機械達に顔を見られ“追われる立場”になってしまいました……。顔を認識され警戒の対象にされてしまったんです」 「警戒の対象??」 「でも貴女は違う! 機械達に見つからずあの通気口へ辿り着けましたよね? 私とは違って騒ぎを起こさずに……」 「それは……そうですけど……。でもそれが何ですかッ? 機械にバレなかっただけじゃないですかっ!」 「機械達はまだ私を探している筈です。首輪を外してもらって逃げ出した……私という逃亡者を確実に捕らえようと網を張っている筈なんです」 「首輪なら私だって外して貰ってますよ? 私も同じ立場の筈では……?」 「私は顔を見られ“確実に逃げ出した”と認識されてしまいましたが、ルカさんの場合は単なる“行方不明者”です。機械達の優先度からして、居るか居ないかも謎な行方不明者よりも確実に存在を確認した逃亡者の方を優先して探そうとするのは当然の摂理です!」 「そ、それは……そうかもしれませんが……」 「ここでもし、私の身代わりに貴女が捕まったとしても……機械は私を探す手を緩めないでしょう。行方不明者だった貴女を捕まえられたラッキーだったと考えるだけで……本命の私への捜索は打ち切らない筈です。そうなれば……この電源区画に潜んでいるかもしれないと、警戒を強める可能性が高まります!」 「うぅ……」 「ロボットが複数ウロウロしている区画で……バリアの電源を止めるのは不可能です。そうなれば……もう……計画を遂行する事も困難に成り果てます……」 「そ、そんな……」 「でも、私が捕まれば……」 「……ッ!?」 「逃亡者であると認知されている私が捕まれば……機械達は警戒を解き通常の業務に戻るでしょう……」 「………………」 「ルカさんが機械達に認識さえされなければ……機械達は私を捕まえた事で脅威レベルを下げてくれるはずです。そうなれば……基本的にオートメーション化されているこの区画に警備を送る事はない筈です……」 「でも、もし……そうならなければ?」 「……?」 「例えば……ミシャさんと私が結託してココに居るのでは? と判断されて……私を探し始めたら……どうです?」 「その時は…………」 「確実では……ありませんよね? ミシャさんの……作戦は……」 「………………」 「だったら……やっぱり……電源を落とさずに……姉様達を救わずに……計画を遂行させる……べきでは?」 「いえ……。そうすべきではない……と、思います」 「……え?」 「確かに……100%上手くいく保証はないし、ルカさんも危険に晒される事になるから……やりたくはない方法ですけど……」 「いえ、私の方は別に構わないんですけど……でも……」 「私の目算では5割程度は上手くいくと確信しています!」 「5割……ですか……」 「作戦が5割も上手くいくなら……賭けてみたいと思いませんか?」 「……賭ける? でも……それなら100%に近い方に賭けた方が……」 「どっちにしても……任務をやり遂げられる確率は100%に近づいたりはしません。何らかのリスクはどっちを選んでも発生するんです……」 「そうかもしれませんが……」 「でも確実に分かっている事もあります」 「確実に……分かっている事?」 「それは、この方法を取らないと……博士とクラリスさんは100%死ぬことになるという事です」 「ッっ!?」 「クラリスさんは後数時間は持つかもしれませんが……博士の方はもう限界です。あと数分たりとも放っておくことは出来ません!」 「………………」 「クラリスさんだって……ココから何もせず更に何時間もあの状態を続けられたら……確実に命を落としてしまうでしょう……だから、今! この電源は落としてあげないとダメなんです!」 「…………………………」 「それに……今から話そうとしている計画は……バリアの電源を止めるよりももっと良い結果を招く事に繋がるかもしれません……」 「えっ!? 電源を止めるよりも……良い結果を……招く!?」 「上手くいけば……多分……」 「上手くいけばって……それが成功率5割って言っていたやつという事ですか?」 「そう……。貴女の大事な博士を助けるためにも……任務を達成する為にも……この5割の成功率に賭けるのが……最善だと私は思っています!」 「それで……ミシャさんが捕まってしまう事になるとしてでもですか?」 「えぇ。私が捕まったとしても……。いえ、むしろ……私が捕まらないと……いずれこの区画にも捜索の手が伸びるのは間違いないので……どちらにしろ捕まらなくてはならない運命ってやつです」 「捕まったら……姉様やクラリスさんがされているような……酷い目に合わされるんですよ?」 「うぅ……そ、そうね……」 「あんな事されて……耐えられますか? あんなに無抵抗にされて……身体中をくすぐられまくって……」 「……そ、そりゃあ……嫌だけど……でも、やるしか……」 「なぜです? なぜミシャさんは……そんなに自分を犠牲にしてまで……姉様達を助けようとしてくれるんです?」 「……それは……」  私は……ルカさんのその言葉に一瞬言葉を失った。  なぜ博士達を助けたいと思っているのか……? 正直、私は彼女達のデータを見た瞬間、あの作戦を思いつきそのための道程を考えたに過ぎない。  彼女達を助けたいからそれを提案しようとしている訳ではない。全てが上手くいく方法を見つけたから……それを採用したいと思っただけなのだ。  でも……  その作戦を思いつくに至った原動力は……やっぱり彼女達の苦しみを見たからというのが根底にあったとは思う。  出来れば彼女達を救いたい! その想いがあったからこそ……その発想に辿り着いた部分はある。  正直……彼女達にはまだ……苦しんでもらう事になる。  一時しのぎで休憩を挟めても……その休憩の効果がどれほど彼女達の生命維持に貢献してくれるか見当もつかない……  だから、任務達成は5割程度の可能性があるとは言ったが、彼女達を救える確率はもっと低いと私は考えている。  3割……いや、2割程あれば上等な部類か……  それほど、絶望的な計画である事は目に見えている。  でも、それでも……死ぬことが100%ではない。1割でも2割でも……生存できるルートがあるのならやはりそれに賭けたいと思ったのも事実なのだ。  下手したら……苦しみを長引かせるだけの結果になるかもしれない。  そうであれば……私も罰を受けるという事で大目に見て貰いたい……  どのみち、作戦が上手くいかなければ……私も彼女達と同じ道を辿る事になるのだから……  その時は……あの世で罵って貰おう。私のせいで人類の未来は断たれてしまったのだと責めて貰おう……  それが私にできる……彼女達への唯一の償いなのだから……。  私は、その様に自分に言い聞かせると、ルカさんの顔を見て苦々しい笑みを作りこう返した。 「それは……。任務成功と同じくらい……彼女達を救いたいという気持ちが強いから……ですかね?」と。  自分で言っておきながら何とも頭の悪い身勝手な返しだと呆れてしまうが……その言葉を聞いてルカさんは目を潤ませてつつも笑顔を向けてくれた。  そして……私は、彼女に自分が思いついた作戦を伝えてあげた。  難しい事は特にない。彼女は時間が来るまで隠れて待つ……そして、時間が来たらこの“発電制御区画”のコンピューターを少し弄るだけで良い。  それだけだ。  バリア制御の区画に行く事もボイラーには破壊工作を仕掛ける訳でもない。ただ、タッチパネルを少し操作してもらうだけで良い。それが“あの時間”に行うだけで効果を発揮するのだ……  人類の反撃は……ココから始まる。  私達がその狼煙をあげるのだ!   このディストピアの発電所のど真ん中から……滅んでしまった世界に向けて……

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