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11:クラリス=シルヴァニア  見えない……  何も……見えない……。  目の前が真っ暗だ……。  これは……多分……アイマスクか何かを……装着させられているせいだ……。  目を開けようとしたり、瞬きをしようとしたりすれば……まつ毛が布生地に掠る感触を覚えるから……多分間違いない。  私は……博士と同じような格好をさせられているのだろうか?  うん……多分そうだろう。  腕が万歳の格好から一切降ろせない……脚も肩幅に開かされたまま……閉じる事も曲げる事も出来ないよう施されている……  手のひらも握り込めない……指の関節に食い込んでいるワイヤーらしきものが……私の手を開かせたまま何かに磔にしている……。  足の指もそうだ……  指を曲げたり……足首を捻ったりさせて貰えない……  まるで石で固められたかのように足はビクとも動かない……  上半身も下半身も……肘も膝も腰さえもビクとも動かない……。自分の身体じゃないみたいだ……    動かせない……何処もかしこも……首さえも……  怖い……暗くて……見えなくて……怖い……  こんなに完全な拘束を……今までされた事など無かったから……怖い……  これでは何をされても……何の抵抗もさせて貰えない……  苦しくて身を捩りたくなっても……首を振って気を紛らわす事も……嫌がる様に足を振る事も……何もさせて貰えない……  私は……完全なる無防備にされたのだ……。 「……ハハヒャ……ハヒヒ、クヒヒヒヒ、ウヘヘヘヘヘヘヘ、ヤメデェェ!! ゲホゲホ、ユルジデェヘヘヘ……エェゲヘヘヘヘヘヘヘヘ……」  遠くの方で……博士のモノらしい笑い声が……かすかに聞こえる。  良かった……博士はまだ……生きていてくれたんだ……  でも……その声は……最初に聞いていた声よりもか細くなっていて……機械の駆動音の方が声よりも大きくなっている……つまりは……もう限界をとうに越えて笑わされているのだという事が分かる。  きっと……まともに息も吸わせてもらっていない事だろう……  その苦しさが声の調子で嫌と言うほど伝わってくる……。 ――ウィィィィィン……ガチャン!! ゴゴゴゴ……  そんな事を考えていたら……私の方の機械もどうやら運転を始めたようで、右からも左からも、上からも下からも機械達が駆動する音が鳴り響き始める。  いよいよ……私も博士の様に処刑される瞬間が近づいているという事だ……  何も見えないのが……余計に恐怖を煽る。  今、目の前で……どんな機械がどんな風に構えているのか……見て備えることが出来ないのは想像以上に恐ろしく……それだけでも体中が敏感になっていくのが分かってしまう。  くすぐり……。私は最初……その行為を舐めてかかっていた。  体中を愛撫して回る責めに……何をそんなに恐れる必要があろうか……と、この施設に入った当初は思ったものだ……  でも、実際に発電を行われ機械によって笑い漬けにされた時……私は初めて理解した。  このくすぐりという行為は……人間を極限まで苦しめつつ尊厳までも奪い去っていく……恐ろしい行為なのだと……  泣きたくても、怒りたくても、怖がっていても、死ぬほどしんどいと感じていても、酸欠で苦しい思いをしていても……機械によるくすぐりは私達無防備な人間の弱点を付いて無理やり笑わせて来る。  私が何処をどのように弄られれば笑ってしまうのかを……発電の度にデータ収集されている為、機械達は熟知している。私さえも知り得なかった“弱点”を機械達は知り尽くしているのだ……  機械達は……私に対して、笑わせる以外の刺激は送り込んでこないだろう。  私を笑わせる為だったらどんな手も尽くしてくるだろう……  それは博士の処刑シーンを見ていて十分に理解している。  理解していた……筈だったのだけど…… ――プシュッッ! シュゥゥゥーーーーッ!! 「んくっ!? っ! んんんッ!?」  突然私の口元で何かが噴射する音が鳴り響き、それと同時に私の顔に勢いよく何かしらの気体が当てられ始める。  私はその気体が、博士にあてられた物と同じ……あの特殊なガスであるとすぐに悟る。 『このガスを吸ってはいけないッ!!』と思い、瞬間的に口を閉じようとするが……思わず息を溜め込もうと鼻から酸素を吸う動作を行ってしまったが為に、結局そのガスは先に鼻から私の肺へと取り込まれる事となってしまった。  とはいえ吸い込んだのはほんの少しの量……  甘く酸っぱい匂いが鼻孔を経由して私の肺へと到達し、そこから血流に乗って身体全身にその成分が運ばれる事となったのだが……  私は、そのガスがそういう工程を経て全身に広がる感覚をガスの通った箇所の痺れによって知覚することが出来た。  吸い込んだ鼻孔の奥から……匂いを感知した神経……喉奥と合流した咽喉の内壁から食道の管……そして肺胞の細胞や成分を運ぶ赤血球一つ一つに至るまで……  その吸い込んだガス自身が体内でもガスを撒き散らしているかのような……そんな錯覚を覚える程身体中に痺れが広がって行く様子が知覚できてしまった。 「んっ……ふっ!? んふふっっ!?」  やがて手の先や足指の末端神経にまで広がったガスの成分は、ピリピリと僅かな電気刺激をその神経に発し始め、その電気刺激が今度は身体の端々からジワジワと身体の中心に向けて戻っていくような感覚に襲われ始める。  決して痛いとか……痺れすぎるという刺激ではなく……どちらかというと、細胞レベルに小さく作ったローターを震わせて、それを直接神経に当てているかのような……  まるで内部からマッサージ機でも当てられ身体を震わされているかのような……そんな感覚を体中の至る所から同時多発的に感じる事となった。  その刺激は……決して強すぎる事はなく……むしろ弱すぎてもどかしいくらいに感じる刺激だ。  ジワジワとムズ痒くさせられていくような……  羽根の柔らかい先端でほんの僅かになぞられているような……そういう刺激が、身体の末端から胸の奥に至るまでを包み込んだ。  痒くて……ムズムズして……気色悪くて……思わず身を捩りたくなってしまうその刺激に……私は脳内が混乱し、その刺激に対して“思ってはいけない感覚”を持つようになってしまう。  くすぐったい……?  くすぐったい……くすぐったいっ!! この痺れ……くすぐったい!!  っと、その様に思ってしまったが最後、私の脳はその痺れに対して全て『くすぐったい』と知覚するようになってしまった。  そう知覚してしまった私は……もうこの痺れはくすぐったい刺激なのだと思い込む事しか出来なくなる。  そして、その様に思い始めてしまうと……脳はさらに混乱をきたし、私の身体に次の命令を下すようになってしまう。  そう……“笑え”と。 「プッッ! ぷふっっ! ぷくくくく……んふっ! んふぅぅぅ~~~~っ!!」  まだ機械によるくすぐりは始められていない。肌も全く触れていないという状態の筈なのに……私はガスの刺激だけで笑いを込み上げ始めてしまう。  息を止め呼吸を我慢していた事も災いし、息苦しさから口を開きそうになってしまうが……しかし、少量のガスを吸っただけでも私の脳は混乱してしまうのに、口を開けてそのガスを大量に吸い込んだらどんな事になってしまうか……  それが恐ろしいと感じた私は、息苦しさを感じつつも必死に笑う事も呼吸をする事も我慢し続けた……が、勿論それが長く続けられるほど私の肺は鍛えられている訳ではない為すぐに限界は訪れてしまう。  せめて……笑いの衝動に屈服せず口を開きたいと思っていたけれど……  私の口は呼吸の苦しさよりも先に耐え切れなくなった笑いによってこじ開けられ…… 「ぷひゃはっ!!? ぶはっっっ!!! っっはははははははははははははははははは、や、や、やだぁはははははははははははははははは、このガスにゃにぃヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!? このガスやばいっっひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、かはははははははははははははははは!!」  私はまだくすぐられていないにもかかわらず……無様にも大口を開き笑いを吐き出す結果となってしまった。  笑いと共に吐き出された酸素と入れ替わる様に大量のガスが口内に取り込まれる。  取り込まれたガスは肺を経由し再び全身へと痺れをばら撒巻き始める。 ――ジワジワジワジワジワジワ……ジクジクジクジク……ムズムズ、ウズウズ……ムズムズ……  ガスを吸い込んだと同時に身体全体に火照るような熱が広がり、私に焦熱感を与え込んでいく。かと思えばすぐにその熱は何かに吸収されるかのように小さくなっていき……熱が引くと同時に今度は背筋をゾクゾクさせる程の寒気を身体の至る所から発し始めた。  その寒気は……明らかに私の神経を敏感にさせていっているのが分かる。寒気を帯びた部位はたちまちの内に際立つように神経過敏になり目が見えていないにもかかわらずその場の僅かな風の流れや僅かな空気の揺らぎさえも感知できるようになってしまう。  まるで全身の神経が剥き出しにされたかのような……そんな感触を瞬時に味わう。そして、その敏感さが際立った神経が……今度は先程の様にガスの効能によって勝手に痺れ始め、私の全身を振動させているかのような感覚を植え付け始める。  その感覚は……私の知覚や触覚を完全に狂わせる事となり……  それを“くすぐったい”と思い込んでしまった脳は、私の身体に更なる強制的な指示を下して回る事となる。  “笑え! 笑え”“もっと笑え”“くすぐったいから笑い続けろ!”  その様に叫び始めた私の脳の指示に、我慢を砕かれた私に抗う術はなく……そのガスの取り込みだけで私の身体は悦ぶように笑い狂い始めてしまった。 「ヒギャ~~ハハハハハハハハハハハハハハハハハ、だひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、やだぁっははははははははははははははははは、ダメぇっへへへへへへ笑ったらガス吸っちゃうぅふふふふふふふふふふふふ、ガス吸ったらまた笑いがぁぁはははははははははははははははははははは!!」  恐らくモニターで見ているであろうミシャさんや他の女子たちには理解し難い光景であろうが……私は、ガスを吸い続けるだけで笑いが止められなくなってしまっていた。  博士の映像を見せられた時は“少し大袈裟じゃないだろうか?”と思ったりしたものだが……実際にこのガスを吸えば今まで発電の時に吸わされていた笑潤剤とやらが随分甘く感じられる程だ。  あのガスは確かにムズムズするし皮膚も敏感になるのは確かだが……ここまで直接的に人を笑わせる程ではなかった。あくまでくすぐりの補助的なものであったのは間違いなく、このガス程神経を狂わせるような効果はあのガスにはなかった……  体中の至る所がこそばゆくて……何処に意識を向ければいいか判断も出来ない。  それに加えて神経は先程よりも敏感にさせられ、もはや空気が揺らいでなくてもむず痒く感じられるほど神経が鋭敏に感じられるよう施されてしまっている。  こんな状態で実際のくすぐり処刑が始められてしまったら……  すでに笑ってしまっている程に神経を狂わされたこの身体に……本物のくすぐりの刺激が与えられるようになってしまったら……  一体……どれほど笑い狂わされる事になるか想像も出来ない。  視界が塞がれているから……今外ではどんな風に機械が狙いを定めているのか分からない。だから刺激に備える事も出来ない……まぁ、備えられても笑いから逃れられるとは思ってはいないけれど…… ――サワ♥ 「びギひっ!?」 ――サワ、サワッ♥ 「あぎひゃっっ!? にゃはっっ!!?」  そうこう想像の中でいつ来るか分からない刺激に怯えていると、機械は私に何の合図も出さずに身体への刺激を開始した。  最初は手のひら……そこに羽根の先端が複数あたった感触がした。  続いて足の裏! 足の裏の土踏まずに羽根先が当たる感触がして思わず悲鳴を上げさせられてしまう。 ――サワっ♥ コチョ♥ サワ♥ サワッ♥  それを皮切りに私の身体に次々と羽根先が押し当てられて行く感触が続いていく。  足の甲、足首、脛、太腿、内太腿、鼠径部……  尻、腰、脇腹、腹部、胸下、脇の下、胸の丘陵、腋窩、首筋、首裏、肩、肘、二の腕、手首、手のひらに至るまで全ての部位という部位に羽根先が当てられた感触が広がって行った。  もうそれだけでも我慢ならないこそばさを与えられるが、本番はそんなファーストタッチなど霞んでしまう程に強烈な刺激を与えられる事となる。 ――ウィィィン、ガチャン! シュゥゥゥゥ……  鳴り響いていた機械音が一斉に音を止め、私に一瞬の静寂をもたらせる。  その静寂が「処刑の取りやめ」という合図であったならこれ以上にない喜びになりえるだろうけど……  残念なことに処刑のシステムはしばらくその静寂を私に与えた後に、今まで沈黙していたかのように黙っていた壁掛けのスピーカーから私の儚い希望を打ち砕く指示を機械の音声で伝えてきた。 『廃棄処分……第一段階……』 『……開始……』  合成音声で作られたであろう声が、その様に言葉を私に告げると、止まっていた機械は再び轟音を上げ始め、私に死を与えるべく本稼働を開始し始めてしまう。  私はその最初の刺激に……悲鳴にならない悲鳴を上げさせられ……  そして、およそ裏若い乙女が上げてはならないであろう体裁など気にもしないような笑い声を上げさせられる事となる……

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