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4:初戦 「ところで、さっきから気になっていたんだけど……その隣に座っているお子様は貴女の娘さんかしら?」  最初の2枚のカードがディーラー側……麗華側それぞれに配られ、それらが捲られる前に綾香が先程から視界に入っていたおさげ頭の小さな子を指差して質問を飛ばした。 「このカジノは18歳未満の子供は、家族同伴であっても入場できない決まりになっているハズよ? 私の事をいかさま呼ばわりする前にすでに貴女の方がルール違反してるじゃないの……」  麗華の隣の椅子にチョコンと座って、持っていた携帯ゲーム機に夢中なその少女……確かに見た目は小学生くらいに見える。  おさげの黒髪に前髪をパッツンと切り揃えた髪型。目が大きく可愛らしい顔立ち。そして着ている服も真っ白な子供サイズのワンピースドレスにピンクのリボンが胸元にあしらわれており可愛らしさを際立たせている。どの部位を見ても小学生くらいの子供にしか見えないその少女は、自分が麗華の“娘”じゃないかと疑われた瞬間ピクンと身体を反応させ、プレイしていたゲーム機から僅かに目を上げ……キッ! と無言で綾香を鋭く睨み上げた。 「あらあら……私、こう見えてまだ成人したばかりですし結婚とかそういうものもまだしておりませんのよ?」  派手なドレスに派手な出で立ち……お嬢様の様な落ち着いた口調を見るに子供の一人や二人は居てもおかしくないと綾香は想像していたが、その実……彼女はまだ成人したばかりだというから驚きを禁じ得ない。イメージとのギャップにいつも冷静である筈の綾香も思わず目の前の彼女に向かって「えぇっ!?」という驚きの声を上げてしまった。 「そして、この子もこう見えて同い年ですの♥ 服の趣味がアレですから……よく下に見られちゃいますけど、彼女はこう見えて立派な成人淑女ですのよ?」  思わず上げてしまった声を咳払いで胡麻化そうとした綾香だったが、麗華のその言葉に再び「え、えぇッ!?」っと驚きの声を上げてしまい体裁を取り繕うのに失敗してしまう。麗華のみならずその隣に座っている幼女にしか見えない彼女でさえ成人していると聞かされ、普段冷静に立ち振る舞っている彼女も驚かない訳にはいかなかった。 「うそっ! こんな幼顔の子が……ハタチなの??」  お客様に対してその言葉はどうだろう……という配慮は頭の隅にも浮かばなかった綾香は、思った言葉をそのまま口に出してしまう。  そんな自分を年齢よりも下に見た綾香に対して、粘つくようなジト目で睨み上げる幼顔の女性。綾香の放った言葉が気に入らない様子で不機嫌そうに脅すような言葉を口から放つ。 「幼く見えて悪かったわね。あんた……後で覚えておきなさいよ? 私の事馬鹿にした罪……しっかり償わせてやっるんだから」  ギラギラと細い針を突き刺す様な刺々しい視線と言葉で綾香に宣戦布告をしたその女性。自分の名前は名乗らず、年齢通りに見なかった事への恨みの感情だけを言葉にして最後に「フン!」と不機嫌そうな息を聞こえるように吐き出した。 「アハ♥ この子は鈴音ちゃん……。水城 鈴音(みずき すずね)ちゃんっていうのよ♪ 覚えておいてあげて下さいまし♥」  名前を自分で名乗らなかった幼顔の女性に代わり教える役を買って出た麗華であるが、その紹介でも気に障った事があったらしく鈴音と呼ばれた女性はジト目のターゲットを麗華の方へ変え静かな口調で抗議の言葉を紡ぎ出した。 「お嬢……。私の名前に“ちゃん”を付けるのはやめて下さいって言った筈ですよね? タダでさえ年相応に見られないんだから……人前での“ちゃん”付けは禁止だって言ったでしょう?」  その睨み顔を見て冷や汗を垂らしながらギクリと表情を硬くする麗華だったが、すぐに彼女の機嫌を取り持とうと「ハイハイ……ゴメンゴメン……」となだめる様に彼女の肩に手を置き苦笑いを浮かべる。 「フン。どう見たってお子様にしか見えないから間違ってしまうじゃないのよ。紛らわしい……」  麗華の事を「お嬢」と呼んだ辺り彼女も“あちら側”である事は間違いないと察した綾香は、挑発する事は分かっていながらも彼女の感情を逆なでするような憎まれ口を吐き捨てた。 「……あんた、絶対に許さないからね! 今の言葉……最後まで絶対に覚えておきなさい!」  お子様という言葉を聞いた瞬間、額に血管が浮き出るくらい怒りを露わにする鈴音。持っていた携帯ゲーム機がミシミシいう程手に力を込め怒りを露わにしつつ、下から響くような低い声で威圧感のある言葉を放つ。  しかし、綾香はそんなプレッシャーも涼しい顔で躱し「いいから、さっさと捲りなさい」と、配られたカードに手を付けるよう麗華に促した。 「あらあら……怒らせない方がいいですのに……フフフ♥」  麗華は含み笑いを見せながらも促されるままに2枚のカードを一気に捲り、自分に配られた手札の数字を確認する。 「……貴女のカードはスペードのJ(ジャック)とクラブの2……合計は12ね……」  捲られたカードを麗華が確認し終える前に素早く計算し合計が12である事を告げると、綾香は自分の見せ札である1枚を捲ってゲームを淡々と進行していった。 「私のカードはハートの7よ。……どうするの? ヒットするのかしら?」  綾香の1枚目のカードは7。この情報を得て今度は麗華に次カードを引くかどうかの選択を促す。 「そうですわね最初ですし……ちょっと冒険して、ヒット致しますわ♥」  麗華はニコリと笑顔を浮かべ、人差し指を立てて1枚引くことを宣言する。その屈託のない笑顔は、何かを企んでいるというような悪意は感じられず、ただただ勝負を楽しむ一般客……という風に綾香には映った。その笑顔が無性に腹立たしく思えてしまった綾香はおよそゲームの進行役であるディーラーとは思えない言葉を独り言のように呟きながらカードの山札に手を置く。 「何が冒険よ。絵札や10以外のカードはセーフなんだからこの場合はヒットして当然じゃない! 分が悪い訳でも負けが込んでるわけでもなしに……」  少し悩んだ様子の麗華を見てブツブツと文句を零しつつも、山札の上から1枚カードを滑らせて裏向きのカードを渡す綾香。彼女のボヤキに「フフフ」と朗らかな笑いを返すと麗華はそのカードをすぐに開いて札の数字を確認する。 「まぁ! 8ですって! 8を引いてきましたわ! ラッキーですわね♪ もちろんこれでスタンドしますわ♥」  麗華の開いた数字はダイヤの8。よって3枚の合計は12+8で20となった。21を目指すゲームでこれ以上の手は必要ないと判断した彼女はすぐさま綾香の促しを聞く前に自ら“スタンド”の宣言を行う。   「フン! 良かったじゃない……最初から勝てそうな手が入って……」  麗華が無邪気に喜んでいるのを片目に見ながら、自分の手札を開く綾香。現われた数字はクラブの8……綾香の方は最初の7と合わせて合計は15となる。  この数字に「チッ」と軽く舌打ちを行い、次の札を山札から自分の手元び苦い顔をしながらその札を開けた。  客側と違いディーラー側は“17以上の手が出来ない限りヒットをし続けなくてはならない”というルールがある為、まだ合計が15である綾香は嫌でも次のカードを開かなくてはならない。 「……私の3枚目のカードはハートの8で……バーストよ。おめでとう、初戦は貴女の勝ちね……」  捲られたカードを見て吐き捨てる様に結果を伝えた綾香は、自分の対戦相手に勝利の余韻を残さない様にチップを手早く賭け額の倍にして返してあげた。そして、カードを全部回収してその使い終わったカードを隣に控えたバニーに手渡すと、そのバニーから封の切られていない新品のトランプを受け取ってその封を何の躊躇もなく破って中のトランプを取り出した。  「へぇ~噂には聞いておりましたけど……やっぱりここのカジノは、1ゲーム終えるたびに“新しいトランプ”を用意するのですわね?」  先程の男性客の対戦の時も同じように毎回の対戦でトランプの封を切っている様子に対し興味津々な表情を浮かべて麗華が言葉を挟む。  AからKまで順番に並んだ新品のカードをしっかり混ぜ合わせる為に目にも止まらぬ速さでカードを切って見せる綾香は、彼女のその言葉にムッとした表情を浮かべてその理由を伝え返す。 「そうよ。この新しいカードを毎回使うってルールは“不正”が行われない様にするためのセキュリティーのようなもの……。私達はもとより、お客側の不正防止が目的でこれは必ず毎回行う事にしているのよ」 「お客さんの……不正?」 「えぇ……考えればすぐわかるでしょう? 例えばカードに傷や折り目をつけてカードの中身が何であるかを分かり易くしておけば……それだけでゲームを有利に出来てしまう。カードを交換せずに古いカードのままゲームを行い続ければそういうリスクは高まるものよ。そういう不正をして儲けようっていう輩は沢山いるわ……。特に、在りもしない“いかさま”を……さもあるかのように吹いて回る貴女の様な人は要注意だと私は思っているわ!」 「まぁ酷い♥ でもそっかぁ……毎ゲーム新しいトランプを使うんでしたら……そういう不正は出来ませんものね?」 「………………正直……何ゲームかに一回の交換で良い気もするけど……このカジノのルールではそうなっているわ。だから、貴女が私の不正を疑うのならこのシステムのおかげで“お門違い”だと分かるでしょう? だって、不正をしようにも……トランプは毎回新しいんだから、このトランプにあらかじめ細工する……なんて事できないでしょ?」 「フフ……成程。そうかも……しれませんわね? フフフ♥」  トランプは毎ゲームごとに新しいカードを使う。その事がお客とディーラーを不正から守る最善のシステムだ……そう主張する綾香。  その主張に納得したかのような態度をとっている麗華だが、頭の中ではもっと別の事を考えていた。  彼女がいかさまをしている事は間違いない。その“いかさま”をいかにして証明するか……それが難しい! そしてそのいかさまをキチンと彼女が使ってくれないと困る……いかさまをしてくれないと証拠を押さえる事が出来ないのだから……と。  彼女にいかさまを使わせなくてはならない。麗華はそのための段取りをいくつか事前にシミュレートしていてそれを仲間に伝えたりもしていた。  しかし、必ずしも計画通りいくとは限らない。勘の良さそうな彼女がホイホイと簡単に手の内を見せようとはしてこないだろう……誘いの手に乗ってこなければ待っているのは破滅の未来だけだ。だから必ず彼女には“いかさま”を使って貰わなくては困る!  あと6戦……  この与えられた6戦のうちに彼女を追い詰めなくてはならない。  例え多少なりとも強引なやり方であっても……それで追いつめられるのであれば…………。  そんな思いを巡らせている麗華の苦い表情を見て、綾香は鼻をフフンと鳴らして心の中で嘲笑を送る。    『フフフ……何が“いかさま”を見破るよ……バレるわけが無いじゃない。私の最高のテクニックが……』 『コレは言うなれば……種の無い手品のようなものなのよ? やり方が分かっても証明の使用すらないものなんだから……』 『フフ……それに、このテクニック……別に使う必要なんてないじゃない。勝負は6回と区切られている。だから私は後6回、何もせず普通の対戦を繰り広げるだけで良い……』 『コレを使わなければ、貴女にそれを見破れる確率は当然……ゼロよ。普通の勝負をするだけなんだから……当たり前よね?』 『見てらっしゃい……私に“いかさま”のレッテルを貼った罪……その身体で払わせてあげるんだから!』 『ククク……フフフフフフフ…………』  2人の考えが交錯する中、2度目の勝負が静かに幕を開ける。  配られたカードは見ず……お互いの視線はテーブルの上でぶつかり合い、周りを囲う観客と心配そうに見守る夏姫の目には見えないハズの火花がハッキリと脳内変換されて見える程に熱く睨み合っている。  その静寂の中の激しい睨み合いに観客も言葉を失くし、ただただ息を呑んでその行方を見送る事しか出来なかった。  そして……二人の勝負の行方は、想像だにしない結末へと流れ込んでいく事となる……。

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