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 コンビニから帰宅したシュリはお気に入りのアップルジュースが入った買い物袋をリビングのテーブルに置いた。冷房の効いたマンションの中は涼しくて心地がいい。このまま寝室のベッドに寝転がってお昼寝をしてしまおうか。そう、思案するが、いつも愛用しているセミダブルベッドの上には先客がいた。 「ん、んふッ」  白いワンピース姿の彼女はシュリよりも二つ年下で現在は高校三年生だ。夏休みだというのに他人様の部屋でベッドを独り占めしているなんて何というご身分だろう。尊敬を通り越して、ため息が漏れてしまう。  彼女のあられもない姿をよく見てみる。成人しきっていない細くて白い腕はあろうことか背中で交差したまま無造作に巻き付けられた紅い麻縄でキツく縛られていた。その縄は彼女の二の腕さえもしっかりと巻き込み、胸の上下に至る上半身をことごとく縛りあげてしまっている。  これではまともに日常生活をおくることは難しいだろうし、自力で縄を解くことも簡単にはできないだろう。なによりも両手の自由を奪われているということは人間として行動できるうちの大半を奪われているに等しい。  どこからどう見ても犯罪の匂いしかしない光景にさらにため息を漏らしながら、シュリは彼女の隣に座り、縄で強調されている胸を突っついてみた。 「あっ、ん」  甘ったるい猫のような声が彼女の口を塞ぐ猿轡の隙間からあふれ出る。あまりにも変な声が耳に響いてきたことにシュリは動揺して彼女の表情を窺ってみる。  けれど、彼女の口を塞ぐ猿轡と同様に視界も黒い布によって塞がれており、彼女の表情を読み取ることはできそうにない。縄を解くべきか。このまま放置を続けるべきか。少し心配になる。 「んぁ、っん」  そんなシュリの隣で股縄を施された腰をモジモジとくねらせながら再び甘い声を小さく漏らす彼女。やはり、一人でも楽しんでいるらしい。予想外の反応に少し困る。ここは触らぬ神に祟りなしだ。  ――ギシッ。  シュリがベッドから離れようとすると縄が大きく鳴いた。背中で交差した両手に力を込めて、握りこぶしを作りながら、彼女が縄に抵抗したみたいだった。いまだに縄抜けを考えているのだろうか。 「んむ、っ、んんッ」  縄が緩んでいないことを確認してからシュリは愛しのベッドからしぶしぶ離れ、リビングのテーブルに置いていたアップルジュースをグラスに注いで一口だけ口に含んだ。さっぱりした酸味が甘味と一緒に口の中に広がる。実にジューシーな味わいに満足し、暫くはスマホのアプリを起動して過ごすことにする。  彼女と交わした約束の時間まであと二時間ある。スマホ越しに彼女の様子を時々見てみるが、彼女は物足りなさそうに縛られた身体をよじらせてベッドの上で縄の味を堪能している。冷房の音よりも彼女が動くたびにギシギシと響いてくる縄の音が騒がしく耳に入り込んでくるあたり、お気に召しているようだ。  他人に縛ってもらったことがないと彼女は話していた。きっと自分で自分を縛るときよりも遙かに気持ちがいいのかもしれない。 「……はぁ」  三度目のため息が出た。どうしてこんなことになってしまったのか。冷静になればなるほど自分が犯した罪を懺悔したい気持ちになってくる。腑に落ちないこの気持ちが早く消えてなくなればいいと考えながら、約束の時間を心待ちにしていた。  大学二年目の夏休み。マンションで暇を持て余していたシュリのところへ彼女は突然訪問してきた。インターホンのモニター越しに見える彼女は、中学生と見間違えるほど華奢なスタイルでありながら、大人びた色気を持つ不思議なオーラをまとっていた。  白いワンピースに桜色のカーディガンを羽織、茶色のキャリーバッグを片手に握るその姿はどこか旅行客を匂わせる。  シュリは頭の上にクエスションマークを浮かべながら、彼女について知っている記憶を脳の中から必死に掘り出した。たしか『璃空』という名前だったのは憶えている。  しかし、彼女と旅行に行くという話をした覚えはないし、泊まりに来るという連絡をもらった記憶はない。そもそも彼女はシュリの高校生のころの後輩であり、二つも歳が離れている。それほど深い付き合いだった訳でもないから、連絡先などは教えていないし、住所などもってのほかだ。  では、なぜ彼女はシュリの住んでいるマンションの住所を知っているのだろうか。疑問が次々と沸いてくる。考えていても仕方がない。  どうせ暇なのだ。話の一つや二つ聞くだけならタダだろう。そんな軽い気持ちで彼女を部屋に上げたのがすべての始まりだった。 「あたしを先輩の奴隷にしてくださいっ!」 「……へ?」  間抜けな声が2LDKの一室に木霊する。客観的に見れば見るほどシュリの浅はかな考えが招いた答えは当の本人にとっては予想外であり、意味不明であった。今日の外気温は30度を超えている。夏の暑さにでもやられてしまい頭がどうにかなってしまったのだろうか。 「あたしを、先輩の、奴隷に、してくださいっ!」 「いや、二回も聞いてないし、イントネーション強くしないでほしいのだけど」 「あはは」  リピートされる彼女の言葉に冷静に思考することなどできるはずもなく、シュリは突っ込みを入れてしまう。彼女はニヤニヤとにやけながら明るく振舞っているが、相当恥ずかしかったに違いない。透き通る白い頬がほんのりと火をともしたように真っ赤に染まっていた。  彼女がなぜシュリにこのような話を持ち出してきたのか。少しだけ、興味が沸いた。その興味を聞くよりも先に、彼女が身に着ける白いワンピースの下から紅色の何かが肌に食い込んでいるのが垣間見える。彼女は一体、何を身に着けているのだろう。 「あ、これは亀甲縛りっていうヤツです」  シュリの視線にいち早く気づいた彼女はすぐに紅色の正体が麻縄であることを丁寧に打ち明けて説明してきた。服の下に自縛をして外を歩くのならこの縛り方が一番有名であるとのことだ。過去の彼女の様子を記憶から掘り出してみても、こんなにも楽しげに話すのは見たことがない。 「結構気持ちいいですよ。先輩も良ければやってみます? 亀甲縛りは全身が縄に締めつけられて縄に抱かれているみたいで本当、気持ちいいですから! ぜひ!」  SMプレイとでもいうのだろう。以前、大学の知り合いに誘われたパーティーでシュリは実際に縄を使って縛られたことがある。お酒の席だったこともあり、成り行きはあまり覚えていないけれども、たしか時代劇について色々と考察しているサークル関係者が多かった気がする。  あの時は知らない人たちがたくさんいる中で無防備に緊縛された自分自身をさらけ出すという中々に恐ろしい体験をしたものだ。周囲の視線はシュリをエッチな目でなめまわすような者がほとんどだったし、縄で縛られる感触はきつくて痛いし、不自由で怖く、窮屈極まりない体験だった。それを自ら望むなんてことはシュリには理解できない。 「……先輩?」  縛り方が記された本と紅い縄の束をテーブルの上に並べながら彼女はシュリの表情を覗き込んでいた。一体どこから取り出したのか、視線を泳がせるとキャリーバッグの口が開いていた。その中には黒色に光を反射するごつい革の帯がいくつか見える。銀色の金具が凶悪な印象を強めるそれらは俗にいう拘束具というやつだろうか。  たしか、以前縛られたときに誰かが持ってきていたのを見た覚えがある。実際に使用してはいなかったが、もし、あの時に自分に装着されていたかもしれないと思い返すと背筋がぞっとした。彼女はシュリの部屋になんというものを持ち込んできてしまったのだろう。ひとつ残らず持って帰ってもらわなくてはならない。 「えーっとさ、申し訳ないんだけど、帰ってもらえるかな」 「嫌です」 「なぜ即答する」 「一日だけでもいいです、お願いします。あたしを先輩の奴隷にしてください」 「……はぁ」  よく考えてみれば、彼女はこれらの道具を私に装着するために持ってきたのではない。すべて彼女自身が装着してもらうために持ってきたのだ。自分から他人に自由を奪われるために住所を調べ、道具を用意し、頭を下げに来るなど一体どんな覚悟をもってやってきたのかシュリには理解できない。  正直迷惑な話しである。だが、彼女は自分の時間やお金を犠牲にして、ここまでの物を用意してきた。それらを簡単に否定できるほどシュリは冷徹な人間にはなれなかった。これだからいつも損してばかりなのだ。 「今日の16時までならいいよ。その代わり、時間が過ぎたら持ってきた荷物は全部もって帰ること、約束できる?」 「い、いいんですか? あたしのこと奴隷にしてくれるんですか?」 「約束できる?」 「はいっ、約束します!」  シュリの答えが予想外だったらしく、彼女は呆けた顔で驚いていたが、勘違いしないように念を押して納得させておく。あとは適当に付き合ってあげればいい。 「そういえば、お茶出してなかったね。外暑かったし喉乾いてるでしょ」 「あ、いえお気になさらずに……」  そうはいってもお客さんであることに違いはない。シュリはキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。リビングへ視線を向けると彼女の様子がどこかおかしいことに気づいた。テーブルの上に出したままの紅い縄に視線を何度も泳がしながら、しどろもどろに口元を触っている。酷く動揺しているようにみえるのだ。グラスに麦茶を注ぎ、テーブルへもっていく。 「どうしたの?」 「あ、その、急に緊張してきて、頭が真っ白に……っ」 「麦茶でも飲んで、落ち着いたら?」 「……いただきますっ」  ごくりっと喉を動かしてからグラスを両手でそっと持ち、小動物のように肩を丸めて静かに麦茶を飲む彼女をみていると勢いだけで私のところへやってきたことがわかってしまった。彼女はきっと押しが強いキャラではないのだろう。シュリとコンタクトをとるために無理をしていたようだ。  それにキャリーバッグから見える拘束具もテーブルの上にいくつか並んでいる紅い縄も、もしかするとインターネットの通販を利用して手当たり次第に購入してきたものなのではないだろうか。  使い古された様子もなく、どれも新品同様に見えなくもない。状況をみればみるほど、彼女がこういうプレイに対して経験豊富だとは思えなかった。  麦茶を飲みながら彼女に道具のことを訪ねてみるとシュリが考えていた通りの答えが返ってきた。なぜ、そこまでしてシュリの奴隷になりたいのだろう。先ほど抱いていた興味が再び沸いた。 「それで、どんな風にされたいの?」 「……へ?」 「ほら、私の奴隷にしてほしいんでしょ? あなたがご希望の奴隷ってどんな奴隷なの? そこが分からないと嫌な思いしちゃうでしょ」 「先輩って、優しいですよね」 「なんでそうなる」  シュリの問いに納得できるところなどあったのだろうか。言葉を発したシュリさえ理解しきれていないのだが、彼女の中では確信めいたものがあったようだ。彼女は姿勢を正すと一呼吸してからシュリに向き合った。 「あたしのことはリクって呼び捨てで呼んでほしいです」 「あぁー、ごめんね。名前はっきり覚えてなくて」 「そうじゃなくて……っ、奴隷として扱うときに、です!」  頬を赤くしながら少しだけ声を強める彼女のまなざしは真剣だ。シュリにどう扱って欲しいのか。明確にビジョンがあるらしい。その期待に応えられるとは思えないが、質問したのはシュリだ。今は彼女の話に耳を傾け、今後の対応の参考にすることにした。 「あたしがなりたい奴隷は、その……性奴隷っていうか、とにかく縛ってほしいです。先輩の手で、あたしが動けないくらいに……自由を奪ってほしいです」 「えーっと、他には?」 「他は……その、口も塞いでほしいですし、視覚も見えなくしてください。そのあとは先輩の好きに虐めて、ほしい……ですっ」  最初はあまりにも唐突なことをお願いしてくるから、とんでもないことをやらされるのかと思っていた。だが、そうではないらしい。彼女のことを縄で縛り、口と目を塞いで自由を奪ってあげるだけで彼女が望んでいる奴隷というポジションを作れるのなら簡単なことだ。さっさと終わらせよう。  シュリはリクが用意していた縛り方が記されている本を手に取り、基本的な縛り方が書かれているページを開いてから紅い縄を手に取りリクに告げる。 「じゃあ、後ろに両手を回してよ……縛って、あげるから」 「初めてなので、優しく縛ってくださいね……」  リクは両手を背中で組みながらシュリに背を向けてきた。ワンピース越しに見てもわかるほどにリクの身体の曲線は肩からお尻にかけて儚げで美しいスタイルをしている。無防備に背中をあずけてくる姿に一瞬だけドキっとしてしまった。女の子相手に何を考えているのだろう。 「――――」  大きく息を吸って深く吐いた。  他のことは考えない。  そう決めて白く透き通るリクの細い両手に紅い縄を掛けていく。 「……ン」  最初は半分に折ってある紅い麻縄の先端――縄頭という――を両手首に二回巻き一度縛る。  余った縄尻側をキュッと持ち上げて左側の二の腕の肩に近い部分へ食いこませながらリクの胸の上の前を右側へ横に一巻きする。  さらに背中へ戻ってきた縄を手首を支える縄と交差させ、次は右側から縄を重ねるように左側へ一巻きし、手首を支えている縄に結び付けた。  この時点でリクの両腕は不自由だろうし、抵抗を始めたところで無理やり抑え込んでしまえば次の縛りまで施せてしまう。もう、逃げられない。 「きつくない……?」 「だい、じょうぶです……っ」  まだ序の口だというのにリクの呼吸は熱を持ち乱れ始めていた。  息を止め、唇を固く結んで吊り上がる頬を必死に我慢している表情が背中越しに一瞬見えてしまう。  明らかにリクは縛られて喜んでいる。  シュリには理解できない嗜好だ。  リクの様子にため息を吐き、縄が変に血流を阻害してないのを確認しようとして気づいた。ワンピースの下にはリクが自分で縛った縄がそのまま残っているではないか。 「これ、このまま縛るの……?」 「そのまま、お願いします……っ」 「わかった」  後悔してもしらない。  その勢いのままシュリは残りの縄を二の腕の肘に近い部分へ食いこませながら、胸の下に走らせる。 「……ッあ」  そのときにおっぱいを持ち上げるように縄を通すのだが、ワンピース越しとはいえ縄がおっぱいに当たるのは仕方がないし、変に声が出てしまうのもわかる。ただ、一つだけシュリには納得できないところがあった。 「ブラ、つけてない……?」 「縛るとき、邪魔だったので……着けませんでした」  リクはノーブラで自分の身体に縄を施し、シュリの家に入り込んでいたらしい。ということはもしてかして、下も履いてないということなのだろうか。 「下は履いてますからッ!」  すでに高揚した頬をさらに紅くして否定している様子はまるで肯定しているように見えてしまうが、本当らしい。 「(いいじゃないですか、それくらい……)」 「ん、なんか言った?」 「なんでもないですっ!」 「続き、縛っていくよ?」 「……むぅ」  胸の上にしたときとは別に、胸の下の縄は交差せずに二回巻いた。そこで縄が足りなくなったから、新しい縄を縄尻へ繋ぎ、次は二の腕と身体の間に縄を通し、胸の下を横切る縄に引っ掛ける。それを左右に施していく。 ――ギュッ。 「――ン」  縄同士が擦れる音と同時に、二の腕が身体に密着するのがわかった。これは閂と呼ばれる縄の掛け方で縄が緩むのを防ぎ、さらに拘束力を高める作用がある。シュリも縛られたときに経験しているが、この縄の掛け方があるかないかで緊縛された時の感覚は大きく違う。残った縄は両手首を支える縄に結びつけて固定しておく。  ここまでで二巡目が終わった。リクが少し動くだけでも上半身を縛り上げる紅い麻縄が柔肌に食い込み、軋み声を何度もあげる。  はた目から見れば、すでに扇情的な縄目がリクの上半身を緊縛している。このような見た目に陥れたのがシュリ自身であることに底知れない罪悪感がこみあげてくる。だが、それとは違う沸々とみなぎる何かが胸の奥で高鳴っていた。 「解ける?」 「……ッ」  意識せず口に出たシュリの言葉が、リクの身体を揺らした。 「ンッ、……ふっ」  シュリの言葉を受け取ったリクは無言のまま不自由な上半身を動かし始める。  細い腕を巧みに動かして縄から逃れようとしているのが背中越しによく見える。素人のシュリが縛った縄だというのに、簡単には解けそうにないようだ。何度も背筋に力を入れ、姿勢を変えたりと工夫をしながら色々と試して頑張っているが、縄は軋むだけで、白く透き通るリクの肌に紅い染みを刻んでいく。 「解けなさそうだね」 「――――」  シュリの言葉に唇をつぐんで、リクは無言でもう一度、縄抜けを試みていた。リクの表情は真剣そのもので本気で縄から抜け出そうとしている。少しずつ吐息が荒くなり、時折苦しそうに漏れる声に艶が混じり、細い指を握りしめて手首に力をこめていた。  だが、縄は解けないし、縄の縛めから腕も抜けることはなかった。  二の腕を巻き込み、身体と一緒に縛ることで手首の可動域は少なくなった。  さらに閂を施すことで、二の腕が胴体と密着し、肘の位置は固定されてしまった。最小限の縄で施された緊縛だというのに、これほどの拘束力を担っているとはシュリも驚いている。  ――後ろ手縛り。  どんな目的で開発されたのか詳しくはしらないが、江戸時代あたりに生まれた技法らしい。縄一つでここまで人間の身体を拘束してしまう技法を編み出す日本人はなんと恐ろしいのだろう。当時の時代に生まれなくてよかったと改めて思う。   「はぁ、はぁ……ん」    暫くリクの縄抜けをシュリは見守っていたのだが、深く息を吸って、吐いて、と乱れた呼吸を整え始めた。どうやら疲れたらしい。  シュリにも経験があるが、縄に抵抗するだけでも、体力は奪われていく。  緊縛を自ら望んで受け入れたリクには初めての経験なのかもしれないが、縄はまだ余っている。本人の希望を叶えるためにも、もう少し縄を足してあげるべきだろう。 「次、縛ってもいいかな?」 「え、まだ縛るんですか……?」 「これで満足だった?」 「い、いえ! お願いします!」  リクは熱のこもった身体をわずかに震えさせた。白いワンピースが微かに湿っている。冷房の効いたこの部屋で汗を掻いているということは相当縄抜けを頑張っていたのだろう。次の過程でさらに自由が奪われたらどんな反応を示してくるだろう。少し楽しくなってきた。 「じゃぁ、縛るよ」 「はい」  次は先ほどの縄尻を左肩から胸の前に回すのだが、この時に少し工夫をする。左肩に縄を掛ける際に強めに上に引き上げるのだ。 「んッ……」  すると、リクの両手首が、一段高く吊り上がる。先ほどよりも肩甲骨へと近づき、両腕で象られた四角形の中心へ、交差した両手が閉じ込められる。そこから、胸の下を横切る四本並んでいる縄の中心部――谷間の下――の内の二本の縄へ、吊り上げた縄を引っ掛け、鎖骨にV字を作りながら、右肩を這わせ、背中へと縄を戻す。  もちろん、手首を支える縄が下がる前に縄を結びつけておくのを忘れない。これで背中側にもV字の縄目が出来上がった。  この時点で吊り上がったリクの両手は先ほどよりも可動域が狭まり、背筋をしっかり伸ばさないと縄が身体に食いこんでしまうわけだ。 「コレ、すごいッ……」  自らの身体でそれを体感しているリクはすぐに気付き、手首を動かして緊縛感を楽しんでいた。 「まだ終わってないから」  次は肘の近くの胴体と二の腕の下――先ほど閂を施した部位――へ縄を通し、背後から掬いあげるように正面から左肩へと縄を掛け、先ほど背中で作り出したV字に伸びる縄と重ねる。  今度は右肩へ縄を這わせ、正面から胴体と二の腕の下――閂を施している部位――に通し、背中へ戻してから、手首を支える縄に結びつける。正面からみると縄でM字ができあがる。  簡単に言えば、片側に施す縛りを鏡のように反転させて行っただけなのだが。こうすることで手首を吊り上げる縄の負担を三か所へ分散させ、背中で交差する手首に対しての負担を安定させる。つまり、手首に対してのホールドが強くなる。 「あッ、んっ……」  そこから余った縄を背中でV字を作る四本の縄へ、左右に編み込みように掛けていき、靴ひもを締めあげていく要領でY字へとまとめ上げていく。  ――ギッ、ギギッ。 「……あッ」  V字の縄がY字へ変わっていくたびに、リクの上半身を縛める縄が鳴く。縄同士が擦れ合いながら、お互いを引っ張り合い、リクの華奢な身体を窮屈に締め上げる。 「ンッ、あ……ッ」 「変な声ださないでよ」 「だって、だって先輩ッ、これ……ッ、やばい、ですッ!」  手首を吊り上げているV字だった縄がY字になる。しかし、縄はまだ余っていた。そのまま左右の縄を順々に編み込み、I字になる寸前まで続けた。それでも余った縄は背中の縄へ適当に巻き付け、処分する。  これで、三巡目が終わり、完全な後ろ手縛りが完成した。  これほどまで完璧に縛ってしまったらリクに施した縄を解くのは一苦労だし、縄のほころびから無理やり抜けだすなんてことは不可能だ。刃物を使用して縄を切れば可能かもしれないが、後ろ手に緊縛された手で刃物を扱うというのはあまり現実的ではない。 「先輩……っ、これ、本気で縛りましたよね、すごいっ、縄が、食い込んできて、なんか、身体が変になりそう……ッ」 「こんな風に縛ってほしかったんでしょ?」 「――っ」  図星を突かれたからだろう。リクは唇を噛んで黙った。 「私が縄を解くまで、ずっとそのままだよ」  ――ギッ。  リクが少しでも身をよじると縄が鳴く。背中から見たリクの両手は、最初に縛りつけた手首の縄を中心に、蜘蛛の巣よりも複雑に絡み合い、リクの身体の自由を完全に奪っていた。リクが望んでいた緊縛が完成している証だ。  ――ギギッ。 「――ぁッ」 「もう、逃げられないね」 「……ッ」  これほどまでに縛られてしまったら自力での縄抜けは刃物を使わない限り不可能だし、今のところシュリが縄を解く予定はない。そうなるとリクはどうやってこの緊縛から抜け出すつもりなのだろうか。自分ならこんな縛られ方はされたくないとシュリは思う。他人に自分の舵を握らせるということの愚かさをシュリは誰よりもしっている。 「…………」  自らの手で緊縛を施し、その手で女の子を好き勝手に弄ぶか。  自ら緊縛されることを望み、その身体を好きに弄ばれるか。  サディストとマゾヒスト。  どちらを選びたいか。考えれば考えるほどシュリは後者にはなりたくないと感じた。 「んくっ……んッ、このっ、……ふんッ」  シュリの思惑を知らずに、リクは緊縛された身体を動かして楽しんでいた。目の前の快楽に飛び込んでいるリクの純真さが、蜘蛛の巣に気づかずに花の蜜に誘われる蝶のように見えてしまう。いや、すでにこの蝶は蜘蛛の巣に絡めとられていることにさえ気づいていない。蜘蛛の毒牙はいつでも蝶を殺せる。 「せ、先輩……?」  すると、リクが不安そうにシュリに視線を送ってきた。今はとりあえず、リクの望みを叶えることに意識を戻す。たしか、リクは動けないくらい、自由を奪って欲しい。と言ったあとに、口と目を塞いでほしいと続けていた。 「……そういえば、口も塞いで欲しいって言ってたよね」 「あ、はい、カバンの中に道具が……」 「ちょっと、拝借するね」  キャリーバッグの中には色々な道具が沢山詰め込まれていた。正直、名前の分からないものが多い。その中でも一番使いやすそうなものを選び取ることにする。時代劇などでも口と目を塞ぐと言えば布だろう。  お手頃な黒い布が五枚ほど入っていたから、それら全てをテーブルの上に出し、一つは帯状の真ん中に結び目を作り出しておく。 「あ、あの……ッ、それ、もしかして」 「じゃあ、口に詰め物するから」 「へ……?」 「ちょっと、ごめんね」 「せ、せんぱ……ッ、んぁ、ふぁッ、あ、ッ⁉」  リクの背後に回り、身体で包み込むようにリクを抱えて、小さな口の中へ指を押し込み、黒い布を強引に詰めていく。  不安げに見開かれた黒い瞳が、口の中で居場所を失いつつあるピンク色の舌が、震えている。 「んッ、むッ」  それを見ていると背徳感に似たモヤモヤする情動が生まれてきた。  ましてや、縄で緊縛を施し、抵抗できない女の子の口を無理やり塞いでいるのだ。自分の行動が、社会的にどれだけ不適切なことをしているのか、リクとシュリを映し出す、等身大の鏡を見れば一目瞭然だった。  ――ギッ。 「ンッ、んむ……っ」  縄が鳴く。口いっぱいに詰め込まれた布を我慢しながら、リクはシュリが施してくれる猿轡を受け入れるしかない。  後悔をしていないのだろうか。リクは自ら望んでシュリのもとへ奴隷になるためにやってきた。だが、ここまでのことをされて怖いとは思わないのだろうか。  逃げ出したい。とは考えないのだろうか。 「……深く、噛むの、そう、吐き出さないで」 「んぁ、ッ……」  両手で黒い布の両端をもち、結び目で作り上げたコブをリクの口へ忍び込ませる。詰め物でいっぱいだというのに、シュリの言葉に抵抗せず、リクは白い歯をむき出しにして、猿轡を精いっぱい咥えこんだ。  ――ギュ。  噛ませた黒い布をうなじで硬く結ぶ。これで噛ませ猿轡の完成だ。だが、これだけでは終わらせない。 「――ンンッ」 「まだあるから」  口で噛んでいる黒い布に重ねて、さらに猿轡を施す。コブと唇の形が浮かび上がるのを確認して、しっかりと頬に食い込ませる。いまさら容赦などしない。 「――ンッ⁉」  そして、その上に、さらに新たな布を重ね合わせる。次の黒い布は幅広に使用し、顔の下半分を覆う。それは鼻さえも包み込み、声を塞ぐというよりも、リクの呼吸そのものを乱すために用意した物だ。 「しゃべってみて」  詰め物。  噛ませ。  二重。  三重被せの猿轡。 「んん、ンっ、むぅ!」  返ってきた言葉は、くぐもったままで、言葉にはなっていなかった。厳重に施した猿轡はリクの言葉を完全に塞ぎきっていた。これなら、シュリが何をしても文句はいわれない。いや、言えない。 「あとは、目隠しだね」 「んむぅ⁉」  ――ギッ。  シュリがリクの視覚を黒い布で覆うと、リクは背中で握りこぶしを作り、縄に抵抗していた。身をよじって、シュリの傍から逃げ出そうとしているみたいだが、緊縛された華奢な身体は無力で、シュリの力で簡単に抑え込めてしまえる。  ここまでのことをシュリにやらせておいて、今頃怖くなってきたのだろうか。今更引き返すことなどできないというのに。 「もしかして、怖いの……?」 「ン、んむっ」  リクはすぐさま首を左右に振って否定する。残念ながら、猿轡と目隠しを施したせいで、リクの表情はシュリには見えない。だが、どこからどう見てもリクの華奢な身体はさらに小さく縮こまり、委縮しているようにシュリには見えた。今にも消え入りそうな儚さが、目に刺さる。   「立って、こっちおいで」 「んむっ⁉」  リクの身体を縛る縄を掴み、立ち上がらせる。そのまま進行方向を寝室へと向けさせ、シュリがいつも愛用しているセミダブルのベッドへ、リクを座らせてから、仰向けに押し倒した。  ――ギシッ。  儚い少女の身体に食い込む紅い縄が鳴く。  上から覆いかぶさり、黒い布に顔を隠された少女に目を落とす。 「……っ」  息を殺して、シーツを握りしめる音が聞こえた。  リクは不安げに両眉を寄せながら、肩に力を込めている。  ここに逃げ場などない。 「もう、何もできなくなっちゃったね」 「――――」  返事はなかった。だが、猿轡越しに奥歯を噛みしめているようにシュリには見えた。 「虐めて欲しいって、いってたよね」  リクの腰に跨り、縄で絞り出された胸を掴む。 「ん、んんっ⁉」 「こんなにおっきいおっぱいなのに、ノーブラとか、触ってほしかったんでしょ?」  レーヨンの材質越しに触れたリクの胸はシュリの手のひらに納まらないほど豊潤で弾力があり、触り心地がよかった。それがなんだか悔しくて、少し強めに力をこめる。 「んむぅう‼」  すると、足をばたつかせながら、リクは体をひねり、シュリの手から抜け出そうとしてきた。その揺れが、逆に胸を掴むシュリの手をあらぬ方向に動かしてしまい、硬く尖った胸の先端部を爪ではじいてしまう。 「ンぐッッ⁉」  リクの身体が弓を射るようにしなる。全身に響く刺激を、逃がすような動きが、絶頂に近いものだと、経験のないシュリにもわかった。  もし、このままリクのアソコへと手を伸ばし、クリトリスを指で刺激すればリクは喜ぶだろうか。それとも、嫌がるだろうか。  そのどちらでもないとしても、他人に自分の舵をゆだねることがどういう意味なのか。リクに教え込ませるにはちょうどいい。 「性奴隷になりたいって、言ってたよね」 「むぅ、んむぅ」  今ごろになって、首を横に振り、リクは否定する。でも、もう、遅い。  シュリの中で決定的な答えが生まれてしまった。 「リクの望み通りにしてあげる」 「んむぅうっ⁉」  ワンピースのスカートをめくり、リクの下腹部に施されている亀甲縛りの縄を手に取る。 「これ、引っ張ったら、どうなると思う?」 「んんッ、むぅうっ!」  リクは先ほどにもまして、強く首を横に振る。  だが、リク自身が自ら施した紅い麻縄は局部に深く食いこみ、目視でわかるほどの割れ目を、白いショーツに作り上げ、そこにはじんわりと湿り気を帯びた染みが浮かんでいた。  それが意味するものをシュリは知っている。 「いまよりもっと、気持ちよくなるんだよ」  ――ギュッ。 「ん”あ”ぁっ!?」  縄を引くと、喉の奥からえずくような艶めかしい声が寝室に木霊した。  ――ギギュッ。 「アア”ッ、ん……ん”ッ、ンぁあ”っ!?」  逃げ場のない快楽に、リクの腰が高くしなる。  シュリが縄に込める力を緩めたり、強くしたりと、繰り返すたびに、リクは逃げ場を求めて腰を左右に振りながら、真っすぐ伸びた足先がピクピクと動く。  人間の身体がこのような動きをするところをシュリは見たことがなかった。  だというのに、縄を引くたびに苦しそうに声を漏らすリクを、このまま見ていたいと思ってしまった。 「ンあ”あっ、む、んん”ッ……っぅあ”!?」  だから、繰り返した。    先輩の好きなように虐めて欲しい。とリクは言っていた。それならこのまま、彼女が声をあげなくなるその瞬間まで、好きなだけ弄んでやればいい。  これらすべてを望んだのは、彼女自身なのだ――。 「いっぱい、気持ちよくしてあげるからね」 「んむ”ぅぅう”っ!!」  縄だけではない。  リクの胸を揉みしだき、優しく握っては、気持ちを裏返したように、ぞんざいに扱い回して、固く、大きく尖る乳首を指でつまんで、爪ではじいて責めた。    ――ギギッ、ギッ。  そのたびに、身体を縛める紅い縄が激しく鳴き、リクの身体の自由を無理やり鎮める。抵抗する術はリクに残されていない。 「ンッ、っ……ぅぁ、ん、むぅッ……んぁ、あんッ……」  逃れられない現実を前に、リクの声は少しずつ弱みを強めていき、張りのあった声量は子猫のように泣く。  今だけ、今この瞬間だけはリクのご主人様として振舞う。  そして、リクが二度とこのような過ちを犯さないように体に教え込んであげるのだ。  トラウマになるかもしれない。  無理やり犯された。と警察へと駆け込むかもしれない。  でも、それでいい。  彼女が求める奴隷に彼女を堕とさせるくらいならば、  奴隷になることを拒絶するまで、彼女を弄び、自由を与奪し、悦びという享楽を刻み込んであげよう。  彼女が望むすべてを過剰に与え続け、最後には嫌われる。  そうすればきっと、彼女はシュリの奴隷にはなりたがらないだろう。 「……ン、ッ……ぁ、う……」  リクの声音がついに小さくなる。目隠しは緩み、鼻を覆っていた猿轡は、ずれ落ちて首にかかり、噛ませた猿轡は湿り気を帯びながら、未だその役割を果たしていた。  身体を縛り上げている紅い麻縄は緩む気配もなく、白いワンピースに皺を作り出して、璃空の華奢な身体に深く食いこんだまま、自由を奪っている。  激しく動いたリクの身体は汗にまみれていて、セミロングの黒い髪の毛はぐちゃぐちゃに絡まったままベッドのシーツに投げ出され、視界に映り込む光景は犯罪の匂いしかしない。  これだけすれば、十分だろう。リクの猿轡を外しに掛かる。 「んむ、ぅ!」  しかし、リクは首を振って拒絶した。猿轡を外すのを嫌がった。 「もう、十分でしょ?」 「んんッ!」  これで終わりにして帰ってもらうつもりだったのに。拒否される。意味が分からない。あれだけのことをしたのに。 「ダメ、もう終わり」  このままじゃ、埒が明かない。どうせリクはシュリに抵抗しようにもできない。ベッドに倒れこんで結び目を隠すリクの身体を無理やり正し、猿轡を外す。 「――っ」  勢いが余り、びっちょりと濡れた黒い布に銀色の糸が張らんでシーツに滴り落ちた。こんなにも唾液を含んだ布を口の中に含んでいたとは思っていなかった。 「……まだ、時間じゃないですっ」  詰め物の存在に動揺しているシュリとは裏腹に、リクは感情を高ぶらせていた。 「バカじゃないの? もう十分やったし、時間とかどうでもいいでしょ」 「嫌ですっ、まだ先輩の奴隷なので虐めてください」  縄で縛られた身体を、小さく震えさせたまま、シュリへ寄せてくる。  リクは、まだシュリの奴隷になりたいらしい。 「だから、もう終わりだって」 「……じゃあ、このまま出ていくので玄関だけ開けてください」 「え、なに言って……」 「早く開けてくださいっ」  思い出した。璃空と初めて出会ったころも、土壇場で急に意志力を発揮する場面を何度か見た。そもそも他人様の家に自縛したまま上がり込むような子だ。  最初の目的を諦めるほど意志の弱い子なら、今頃何もできずに怯え切っているに違いない。璃空は本気で、シュリの奴隷になりたいのだと理解した。 「……はぁ、仕方ないか」 「な、なんですか、開けてくれるんですか」 「違う、もう一回口塞いであげるから、黙ってそこで寝てなさい」 「――んむっ⁉」  先ほど外した猿轡を再びリクに施す。今度は布が湿っているから、頬に触れる部位は不快に違いない。 「んんッ!」  そして、テーブルの上に余っていた紅い縄をほぐし、リクの両足に掛けていく。足首、膝下、膝上。梯子のように段数で縄を掛け、適当に縛ってしまえば、リクはもう歩くことができない。 「これで、満足?」 「んふっ、んッ」  明らかにリクは喜んでいる。シュリにはわかってしまった。わかってしまうことに、苦笑いがこみあがる。  彼女を家にあげてしまうという浅はかな答えをだした自分に喝を入れてあげたい気分になるが、いまさらどうしようもない。  こういうときは、好きなものでも買って心を落ち着かせるのが吉だ。 「ちょっと、コンビニいってくるから、大人しくしてること」 「むぅう!?」 「すぐ戻ってくるから」  放置プレイ。世間でよく聞く言葉だけれど、実際にやられた側はどういう心境になるのか知らないし、知りたくもない。近くのコンビニまで片道10分。せいぜい25分くらいの放置になるだろう。 「……はぁ」  数時間前の自分を振り返れば振り返るほど、相当やばいことに付き合わされていたという実感が湧いてきた。本当に、どうしてこんなことになってしまったのか。相変わらず腑に落ちないままだ。  約束の時間まであと1時間。  ベッドの上を占領する彼女は楽しそうに縄の味を噛みしめていた。

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