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 トレーナーは、そろそろいい歳である。  一体全体、何をひっ捕まえて『いい歳』などと表現したのかと言えば、まあ、『彼女いない歴』である。  彼はモテない。それはもう、物凄くモテない。  非モテ要素を一つ一つ丹念に挙げることもできるが、何だか悲しくなってしまうので、ここでは控えておく。  重要なことは、彼が「これほどまでに」と思うほど女っ気がなく、おそらくこのままだと、今後もないであろうということである。    そんな彼が、この度大決心をした。  いわゆる、『マッチングアプリ』への登録である。  血迷ったか。  馬鹿を見る前に去れ。  どうした急に。    そんな声が聞こえてきそうであるが、兎にも角にも、彼はこの男女がねんごろになるためのアプリをインストールした。  何故かと言えば、親がうるさいのである。  孫の顔を早く見せろとか、仰るのである。  良い相手がいないなら、こちらで見合いの場でも拵えようかと、要らぬ気まで利かせてくるのである。    まあ、面倒である。    親心が分からぬ齢でもないが、かといって、そんな会ったこともない人と縁談するというのは、億劫である。  というか、単純に嫌だ。  こちとら、彼女いない歴イコール年齢である。  燦然と輝く暗澹たる恋愛歴である。  そんなものをぶら下げるに至ったこちらの対女性スキルを鑑みれば、縁談など組んだところで結婚前に三下り半を叩きつけられるのが関の山である。  子心が分からぬ親なのである。  で、マッチングアプリをインストールしたのである。  年々白髪の増えていく父母の手を借りずとも、こちらはこちらで色々とやっております。  そう、アピールするためである。  ただ、正直なところ、それはポーズだった。  別に、これで女性とねんごろになるつもりはなかった。  何故なら、暇がないのである。  彼は、ウマ娘のトレーナーだ。  女っ気がないとは言ったものの、それは恋人がいないということで、異性の教え子はいるのである。  しかも、二人。  もっとも、惚れた腫れたの関係になるような子達ではない。  なぜなら彼女たちには未来があり、実力があり、しかも溢れんばかりの美貌があった。  天地が二転三転したところで、一度も、そういう類の縁が生じるとは思えない。  というか、生じなくてもいい。  自分たちの関係性は、これがベストだ。  彼は、彼女たちのために心を割き体力を割き時間を割き、その走りを支えてきた。  これからも支えていく。  近くで、二人の栄光を見届ける。  それが、全てだ。    だからまあ、マッチングアプリなどインストールしても、それでどうこうしようというような暇はないのである。  ないのであるが。 「……トレーナーさん? このアプリは、何です?」 「マッチングアプリ……ということで、よろしいですか~?」  トレーナーは、縮こまっていた。  椅子の上に座った状態で、タラリと、汗を滲ませていた。  原因は、現在相対している二人にあった。    メジロアルダンと、スーパークリーク。  彼は今、愛バ二人と向き合っていた。  それも。  大気がひしゃげそうなほどの、重圧を纏った愛バである。  発端は、写真だ。  トレーナーの、子供の頃の写真である。  普段二人とする、何気ない会話の延長で、見せてくれと頼まれたのだ。  頼んだのはクリーク。同調したのがアルダンである。  で、今日その写真を母に送ってもらった。  トレーニング終わりに、見せた。  二人は、満足げだった。  そこまでは良かった。  だが、その写真をスワイプし、ホーム画面に戻った時――。  あのマッチングアプリが、目に留まってしまったのだ。 「……ふふ。トレーナーさんったら、まだまだ結婚する気はないなんて、言っておられたのに」  アルダンが、笑う。  実に美しい笑顔だ。  空の青さを透かしたガラスの如き、水色と白の淡いの髪色が、光を反射して煌めいている。  その煌めきが、清廉な空気を伴って、彼女を演出しているようだ。  だが、目が怖い。  アメジストの瞳が、これでもかと暗い。   「担当バに、嘘をついておられたんですか~? だとしたら、悪い子ですね~。……本当に、悪い子」  クリークが、笑う。  実に穏やかな笑顔だ。  大きな河の底に横たわる、柔らかな土のように優しい色合いの鹿毛が、ふわりふわりとくねりながら、下に流れている。  その流れが、温和な空気を伴って、彼女を演出しているようだ。  だが、目が怖い。  サファイアの瞳が、これでもかと昏い。 「誰かの温もりが欲しいのですか?」 「ふふふ。そういうことでしたら、私たちがいくらでも傍にいますよ~」  アルダンとクリークが、その笑みを浮かべたままで、立ち上がった。  こちらに、身体を向ける。  一歩のトレーナーは、座ったままだ。。  当然、視線は低い。  視野も低い。  ちょうど、二人の胸の辺りと、同じ高さ。  胸。  こんな状況なのに、トレーナーは、ごくりと唾を飲んでしまった。  自身に近づいてくる、胸。  その、大きさに。  繰り返しになるが、トレーナーは非モテである。  トレーナーの非モテ要素の一つとして、性癖がある。  性癖というか、もはや、宿業だ。  というのも、かなりのおっぱい星人なのだ。  駄目だ駄目だとは思っていながらも、大きな胸を見ると、ついそちらを見てしまう。  で、女性はそういう視線に敏感である。  だから、嫌われる。  アルダンとクリーク相手に、信頼関係を築けているのは、彼の日頃の献身あってのものとはいえ、奇跡に近かった。  というのも、彼の視線がことあるごとに、彼女たちの胸部へと吸われてしまうからだ。  では、それはなぜか。 「トレーナーさん、どうしましたか?」 「うふふ。……何か言いたいことがあれば、お聞きしますよ~?」  そう言って微笑む、二人の愛バ。  彼女たちの胸が、とんでもないレベルで、実っていたから。  ウマ娘の肉体は、人間のそれとは違う。  筋肉量に対する出力、骨密度、しなやかさ、何もかもが違う。  発育も、また然り。  彼女たちは、人間の女性と比べて、かなりスタイルがよくなる傾向にある。  胸なんか、特にそうだ。  高等部でありながら、80センチ後半を超えるバストサイズを持った少女というのも、多く在籍している。  アルダンやクリークもまた、そうであった。  共に駆け抜けた三年の時点で、すでに、かなりのボリュームを誇っていた。    そして、現在はそこからさらに、一年が経っている。  もっと、大きかった。    トレーナーは、愛バ達の胸を見てしまう。  何度見ても、物凄い膨らみだった。  シルエットからして、凄い。  今、二人は電灯を背にしており、その身体が影法師と化していた。  その胸の辺りが、左右に、大きく張り出していた。  いわゆる、横乳だ。  たっぷりとした胸の量感が、トレセン学園指定の制服を、パッツパツに押し広げて、そのボリュームが左右に膨らんでいるのだ。  まあ、物凄くデカい。  例えるなら、空気の詰まった大きなビーチボール。それを二つ、巨大なブラジャーで包むようにして、胸部に括りつけている。  そんな、体積。  制服にグググッと押し込まれ、それでもなお、圧巻の質量。  片方だけで、当然のように、頭より大きい。  巨乳。  否。  爆乳。  後ろから見れば裏乳が零れ、横から見れば腹回りの倍はありそうな奥行きが突き出ている。  しかも、ウマ娘特有の強靭なクーパー靭帯によって、垂れ知らずのパンパン乳肉。  そんな、明らかにメートル越えの胸が、制服に包み込まれ、物凄いサイズの乳テントを作っている。  アルダンとクリークが、こちらへ一歩、詰める。  それだけで、ブルルンッ!!♡ と大きく弾む。  胸の揺れ動きが、空気の波を引き起こし、トレーナーの頬を叩いた。  そんな気がするほどに、ダイナミックな弾み方。  ダイナミックな質量。  見てしまう。  見とれてしまう。  倫理的に考えて、教え子の胸を凝視するなんて、呆れた行為だ。  でも、見てしまう。  それが、性癖というものだ。  それが、宿業というものだ。  ふわりと、鼻を甘い匂いが擽る。  ウマ娘の、制汗剤の香り。  それにともなって、どことなく、重力にも似た圧を感じる。  二人から、滲み出ているのだ。  愛バの目は、未だに暗い。  香りと重圧を滲ませながら、二人の愛バがまた一歩、詰める。  その、彼女たちの体重の五分の一はありそうな爆乳が、目と鼻の先まで来て。  揺れて。  トレーナーは。  身も心も、呑み込まれそうになって。   「あら。逃げられてしまいましたね」 「うふふ。トレーナーさんは、恥ずかしがり屋さんですから~」  アルダンとクリークが、笑っている。  クスクスと、唇で弧を描くように。  しかし、その眼には深い暗がりが湛えられていた。  光すら通さない分厚いガラスのような、闇すら出られない深い河底のような。 「クリークさんは、どう思いますか? 先ほどのアプリについて」  アルダンが、呟く。  微笑みに乗せて。  そろりと。 「う~ん。トレーナーさんのことですし、きっと何があっても、私たちを蔑ろにすることはないと思いますけど。……でも」  クリークは。  じわり。  じわりと。  大気の繊維に滲みそうな、粘い、湿った眼光を。 「……あの人が、私たち以外の女性に甘えたり、もたれかかったりするのを考えると……ふふふ。……お腹の下の辺りが、ジクジクと濁って、不快ですねぇ」 「ふふふ。流石クリークさん。やはり三年以上一緒にいたチームメイトというのは、似るものなのですね」 「ということは、アルダンさんも?」 「ええ。……トレーナーさんも、同じ気持ちだと思っていたのですが」  アルダンは、なおも笑っている。  クリークもまた、然り。  ただ、空気だけが。  彼のいない、トレーナー質の空気だけが、張りつめて、淀む。 「……アルダンさん。私、思うんですよ」 「何を?」  クリークは。  目を、薄く細めて。  ドロリと。  深く青い光を、漏らして。 「お母さんの仕事は、赤ちゃんを甘やかすことだけじゃないって」 「と、いうと?」 「……守るんです。優しく胸に抱いて、悪いものが近寄ってこないように」  アルダンは。  そこで。  より、楽しげに。  笑みを、深めて。 「ですが、トレーナーさんは赤ちゃんではありませんよ? お仕事もしてるし、アパートも借りている。私たちがいない間に、気味の悪い虫がつくことも、あるのでは?」 「ええ。ですから」  クリークは、笑った。  笑って、言った。 「理解させてあげるんです。だれに甘えているのが、一番心地いいのか。誰にもたれかかるのが、一番落ち着くのか」  アルダンは、ホォ……と息を吐いた。  ウットリとした、呼気。  彼女は、唇をその白く美しい指で覆って。  ニマァ……と、笑った。  流石に、逃げたのはまずかっただろうか。  トレーナーは、そんなことを思っている。  昨日、アルダンとクリークに迫られた時のことを、思い出しながら。  本来なら、弁明するべきだったと思う。  ただ、本当のことを言えば良かったはずなのだ。  両親へのポーズのため、マッチングアプリをダウンロードした。  別に今すぐ結婚だか何だかをするつもりはない。  そんなことをしている暇はない。  二人の競技者人生を見届けるまで、身を粉にしてサポートする。  今までが、そうであったように。  そう伝えれば、万事上手く収まるはずだった。  でも、逃げてしまった。  何だか、様子がおかしかったのだ。  粘いプレッシャーだった。  しかし、どこか蠱惑的な重圧だった。  あのまま迫られていたら、吸い込まれていたのではないか。  深い深い洞を覗き込んだ時のような、希死願望にも似た引力が、あの瞬間の愛バからは滲んでいた。  こちらの社会的生命を呑み込んで、なおもニッコリと微笑みそうな、底知れぬ深淵。  トレーナーは、非モテだ。  女性に対する免疫がない。  だからこそ、いくら教え子とはいえ、あんな迫り方をされたら、のぼせてしまいそうになる。  でも、実際にのぼせたら終わる。  大人として、トレーナーとして、社会人として終わる。  だから、逃げたのである。  適当に「腹が痛い」とか何とか言って、逃げおおせたのだ。  その日のトレーニングは、既に終えていたから、後は各々勝手に帰って良しと、伝えながら。  で、今日である。  朝だ。  空にオレンジと青の混ざるぐらい、早朝。  昨日のことが気になって、眠りが浅くなったのか、普段よりやけに早起きしたのだ。  だから、まだ誰も来ていないような時間帯に、トレーナー室に向かって。  扉の鍵が、開いているのを知った。 「トレーナーさん」  中に入るや否や、声がした。  既に、先客がいた。    水色の、クリスタルの如き葦毛。 「昨日は、大丈夫でしたか? お腹が痛いと、言っておられましたが」  メジロアルダンが、笑っていた。  穏やかに。  部屋を見回せば、クリークの姿はない。  彼女一人のようだ。 「今日は少し、早く起きてしまったんです」  アルダンが、また、笑う。  昨日の重圧は、ない。  あの、どこか蠱惑的な深淵は、彼女からは感じられない。  胸は依然として大きいし、そちらに視線が吸われそうになるものの、それだけだ。  普段通りの、清楚な雰囲気である。  彼は、ホッと息をついた。  意外と、逃げたのは正解だったのかもしれない。  そんなことを思いながら、もう平気だと、自らの腹を擦りながら笑う。  アルダンは、「そうですか」と微笑んだ。 「体調にはお気を付けください。ただでさえ、最近疲れていらっしゃるのに」  分かるのか、と、驚く。  顔に、出ていたのだろうか。  つまり、両親からの結婚しろコールに辟易としていた、疲労感が。  いや、まあ。  アルダンは、かなり聡い少女だ。  自身が長らく、その虚弱体質と付き合ってきたためか、他人の不調もすぐに見抜いてしまう。 「……もしよろしければ、少し、お休みなさいますか?」  アルダンが、言う。  それほどまでに、疲れて見えたのだろうか。  だが、実際問題身体がやや重かった。寝不足のせいだ。  時計を見る。  午前5時を少し過ぎた辺りだった。  これならば、十分ほど仮眠を取っても、問題ないだろう。   「休むのでしたら、お膝、お貸ししますよ」  椅子にもたれて目を閉じようとした彼に、アルダンが言った。  彼女は、ソファーの上に腰を下ろしている。  そして、自分の太ももをポンポンと、優しく叩いた。 「いつぞやのバレンタインの時のように……ふふふ」  アルダンからの膝枕の申し出は、今回が初めてではない。  シニアでのバレンタインデーに、机で居眠りしていたところを見られ、そのまま流れで膝を借りることになったのだ。  あの時のチョコの美味さと、膝枕の心地よさは、今でも忘れていない。    ただ、あの時とは若干、状況が違う。  例えば、胸の大きさとか。  それ以外の部分の、実り具合とかも。 「……嫌なのですか?」  アルダンが、こてんと、首を傾げる。  その瞳から、紫水晶の如き光が、ジワリと漏れる。  嫌、という訳ではない。  むしろ、してもらえるならしてもらいたい。  彼女の膝枕は極上だ。疲れなんて、一瞬で吹っ飛ぶだろう。  でも。 「……トレーナーさんは、私との永遠を誓ってくださいましたよね?」  永遠。  その単語に、トレーナーは頷いた。  確かに、自分は彼女の今と未来を支えるつもりだ。  その走りを、栄光を、生き様を、隣で。  愛バとして、友人として、命続く限り永遠に。 「であれば……身をゆだねてください。貴方に遠慮されると、不安になってしまいますから」    アルダンが、ほんの少しばかり眉を下げて、笑う。  何とも、儚い笑みである。  彼女は、その内に秘めた覚悟も情熱も執念も凄まじいものであるが、少なくとも、容姿はかなり儚い。  色素の薄い髪と肌。そして、まるで作り物かと見まがうほどに美しい顔の造形。  そんな顔が、眉を八の字にして微笑むと、どうなるか。  まあ、どんな言うことでも聞いてあげたくなってしまう。  それを時と場合に応じてグッと堪えるのもトレーナーの役目だが、今回の申し出は膝枕だ。  頑として断るというのも、違うような気がする。  結局、根負けした。  頭を、横たえる。  後頭部を、載せるように。  目は、閉じる。  暗闇。  視覚情報が消えたことで、他の五感が研ぎ澄まされる。  とても柔らかくて、温かくて、良い香りがした。  つまり、アルダンの太ももの温度と質感。  そもそも、彼女はその虚弱体質からは想像できないほど、かなりの好バ体の持ち主だ。  ガラスとまで表現された脚は、ムッチリと太い。  トレーナーと契約を結び、今まで鍛えてきた脚だ。  立派である。  最初の三年間の時点で、良質な筋肉と脂肪を蓄えた、中々のトモになっていたが、そこからさらに時間が経過した現在、もっと実っていた。  頭が、沈み込みそうだ。  どこまでも、奥行きがある。  奥行とは、即ち太さ。  幼女の腰ぐらいありそうな太ももが、二本揃って枕代わりになっている。  この上なく、心地いい。 「気持ちいいですか、トレーナーさん」  上から、アルダンの声が降ってくる。  ガラスを通って拡散した光の粒のように、微かで美しいウィスパーボイス。  ただ、若干遠い気もする。  当然だ。  トレーナーは、アルダンの声が遠い理由を理解していた。  障害物があるのだ。    つまり、ズッシリと前にせり出した、大きな胸。  小さな子供ならば、その下で雨宿りすらできそうな、物凄い乳テント。  それが彼女の声を包み、押しつぶしてしまっているのだ。  実のところ、彼が目を閉じているのは、それを見ないためでもあった。  どれほど心頭滅却したところで、目と鼻の先にあんな爆乳があれば、一体どんな気を起こしてしまうか知れたものではない。 「そういえば、トレーナーさん」  どうにかこうにか瞑目しているトレーナーに、アルダンが囁く。 「実は私、トレーナーさんに召し上がっていただきたいものがあるんです。甘い物、なんですけど」  召し上がっていただきたいもの。  頭をよぎったのは、チョコレートだ。  前回の膝枕の時と同じ、甘味。  しかし、今日はバレンタインデーではない。  一体、何が出されるのか。 「飲み物です」  アルダンは、言った。 「疲労回復のドリンクのようなものです。かなり糖度が高いので、頭もスッキリするかと」  なるほど。  理屈は分かる。  だが、この状態では飲めないだろう。  寝ころんでいる状態で液体を飲めば、十中八九むせてしまう。  トレーナーは、膝枕から起き上がろうとした。  もちろん、この状態で起き上がれば、胸に顔を埋めることになる。  それだけは、まずい。  なので、ソファーから降りるため、横に転がろうとして。  その背中に、アルダンの掌が触れた。  顔は、まだ真上を向いている。  一体、どういうつもりだろう。  トレーナーは思った。  思っているうちに、掌は、腕に変わった。  前腕を背中の後ろに差し込むようにして、優しく、抱き起された。 「ふふふ。実は、この体勢でご賞味いただきたくて」  アルダンが、笑う。  トレーナーは、まだ、目を閉じている。  顔の近くに、熱を感じていた。  生温かい、空気。  それは、体温が溶けだしたものだ。  つまり、爆乳に宿っていた、温度が。  匂いがする。  透明度の高い、アルダンの体臭だ。  冬の朝の陽ざしに香りがあれば、それはきっと、こんな香りだろう。  爽やかで、柔らかくて、優しい匂い。  それが、胸からジットリと漂って、鼻腔にしみ込んでくる。 「……目、開けられないんですか?」  愛バの声。  目の前の爆乳を見ると、理性が持ちそうにないと、ぶっちゃける訳にはいかない。  だから、少し眠いのだと、言い訳をした。  眠いのは事実だったし。  アルダンは、ふわりと笑って。 「ふふ、分かりました。では、目は閉じたままでいいです。その代わり、口を開けてください」  もしや、このまま何かを飲ませられるのか。  背中を支えられた状態で。  まあ、寝転んだ状態と比べれば、上体が若干起きている分、誤嚥の確率も低いだろう。  頷く。  アルダンの言葉に、従う。  ゆっくりと、唇を開く。  何か柔らかいものが、中に入ってきた。  ゴム、だろうか。  グニグニとしている。  無味だ。  表面は若干ツルツルしている。 「吸ってください」  アルダンの声に従い、その柔らかいモノを、吸う。  すると、口の中に甘い物が溢れた。  温かい、液体。  どこか、ドロドロとしている。  鼻を、香りが抜ける。  ミルクの匂いだった。  練乳を、飲ませられているのだろうか。  ならば、今自分が咥えているのは、練乳のチューブか。  そんなことを、思って。  目を閉じたまま、尋ねる。  一体、これは何なのか。  アルダンは。  ニヤァ……♡ と、笑って。 「母乳、ですよ♡」  目を開いたのは、仕方がないだろう。  それほどの、衝撃だったのだ。  彼は愛バの言葉に脳味噌を揺さぶられ、驚愕のままに視界を取り戻した。  物凄い大きさの胸が、目の前にドッッッシリと存在していた。  その、視界のほとんどを覆ってしまいそうな、超ド級の爆乳が。  筒状の何かに、ズッッッシリと、のしかかっていた。  その乳肉が覆いかぶさり、底の方を呑み込むように、モッチリと膨らんでいる。  その威容に、まず、声を失った。  一拍遅れて、アルダンの乳テントを押し上げる筒状の何かに、焦点を合わせた。  白い。  だが、それは筒の色ではない。  筒の中にある、液体の色だ。  ガラス瓶。  それの先端に、今、トレーナーが口に含んでいるゴムの部分が、はまっていた。  また、瞠目した。  それは、哺乳瓶だった。  トレーナーは、まだ成人もしていない若い教え子に、授乳されていたのである。 「……うふふ。安心してください。母乳といっても、本物ではありませんから」  目を白黒させている彼に、しかし、アルダンは言った。  その笑みには、先ほど一瞬だけ蟠った、どこか艶めかしいニヤつきはない。  聖母のような、微笑。 「正確には、ウマ娘の母乳を再現したものです。成分も、味も、温度も」  そんなことを言われたって、混乱は続く。  脳味噌が、ポワポワする。  哺乳瓶の中に詰まった、ドロリとした練乳の糖度が、思考回路をふやかしていく。  そんな彼に、アルダンは囁く。 「知ってますか? ウマ娘の母乳は、ヒトのそれと比べて、とても栄養があるんです。当然ですよね。なんたって、元気いっぱいなウマ娘の赤ちゃんを育てるためのミルクですから。濃厚なものでなければ、すぐに栄養失調になってしまうんです」  微笑みを湛えたまま、愛バは「でも」と続けた。 「ウマ娘は、必ずしもウマ娘から生まれる訳ではありません。ヒトから生まれる場合もある。だからこそ、巷ではウマ娘用の粉ミルクが売られているんです。今トレーナーさんが飲んでいるのが、それです」  哺乳瓶から垂れた甘みが、ドロリと、舌の上でほどける。  粉を溶かしたとは思えない、濃厚なミルクの香り。  その一滴一滴に、車すら動かせそうなエネルギーが、満ち満ちている気がした。  当然だ。  一説によれば、ミオスタチン関連筋肉肥大を患った赤子とタメを張るほどに、栄養を必要とするのが、ウマ娘の赤ん坊である。  そんな赤ん坊を満足させるだけの、高栄養ドリンク。  成人男性とはいえ、ヒトの身には過剰である。  半分ほど飲んだところで、腹が一杯になってしまった。 「あら。……ふふ。お腹がくちくなってしまいましたか。では、一度仕舞いましょう」  アルダンは、そう言うと。  トレーナーの、目の前で。  はらりと、胸元をはだけさせた。  彼は、凝視してしまった。  真っ白で、山のように盛り上がった、深い深い乳肉の谷が、出現したから。  一体、どれだけのボリュームが、そこに詰まっているのか。  ギチィ……!♡ という音さえ、聞こえた気がする。  そんな立派な谷間を、アルダンはトレーナーの前で披露した。  これは彼には分からないことだが、この際、彼女は意識的に身体をかがめている。  ちょうど、その腕一本呑み込めそうな谷間が、彼の視界に入るように。  そして、彼女は。  その、谷間に。  ズ……ム……♡  ズムムムムムゥ…………♡♡  ゆっくりと、哺乳瓶を挿入していった。  水筒のように大きかった哺乳瓶が、すっぽりと、入ってしまった。  立派な乳肉量がなければ、できない芸当だった。  呆気に取られているトレーナーに。  アルダンは。  クスリ、と笑って。 「……やはり、お乳は人肌で温めるに限りますから♡」  その時になって、彼はようやく理解した。  先ほどの、ミルクの温度。  じっとりとした温度だった。  あれは。  アルダンの谷間で温められた、ミルクだったのか。 「……赤ちゃんの授乳ペースは大体3~4時間ですけど、トレーナーさんは大人ですからね♡ ……30分後に、もう一度おっぱいの時間にしましょうか♡」  そう呟きながら。  愛バは。  こちらの、唇を。  そこに付着していた、ミルクの残りを、指で掬い。  見せつけるように。 「……ちゅぷ♡ ……ふふふ♡」  その赤い舌で、舐めてから。  ほんの少し唾液で光った指を、トレーナーの腹に、触れさせて。  そのまま。  こちらの、耳元に。  唇を、寄せて。  あの、美しいウィスパーボイスで。 「私の127センチPカップおっぱいで温めた母乳、たっぷり飲んでくださいね♡ トレーナーさん♡」  次の瞬間。  彼の中で、何かが、プツリと切れた。  それは。  理性の糸……ではなく。 「……おや? ……と、トレーナーさん?」  アルダンが、珍しく慌てた声を上げた。  腕の中に抱いているトレーナーが、気を失っていたからだ。  彼は鼻血を出しながら、白目を剥いていた。  先ほどの音は、アルダンの爆乳とウィスパーボイスに絡められた心がオーバーヒートし、そのまま鼻の粘膜の細く小さな血管を、破いたものだった。   「……少し、からかいすぎちゃいましたね」  命に別状がないことを知ったアルダンは、安堵の溜息と共に、囁いた。  そして。 「……これで終わりじゃないですからね、トレーナーさん」  にっこりと、その笑みを深くした。  瞳には、底の見えない濃厚な輝きが、ドロリと蹲っていた。

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