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今月も小説の更新が滞ってしまい、申し訳ありませんが、今回は前半のみの掲載となります。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------  襲撃の混乱が収まらぬうちに、俺と玲央奈は行動に移っていた  基地からの脱出は、玲央奈による事前の準備と協力してくれた軍曹のお陰でスムーズにことは進んだ。  外部からの侵入に対しての警戒に多くの人員が割かれていたからか、仕入れ業者の運送トラックに紛れての脱出は拍子抜けするほど簡単にクリアできた。  ゲートを潜り抜けて基地の敷地から出ただけだが、肌に浴びる空気が変わったのを実感する。 (あー、無性に漬物とお茶漬けが食べたくなるやつだ……)  まるで海外出張から帰ってきたような呑気な気分になってしまいそうだが、今の俺はゴルフ場の炎上事件の重要参考人なのだ。 (気を引き締めないとな……)  隠れ乗っていたトラックが積み下ろしで止まった隙に俺と玲央奈は荷台から飛び降りると、すぐさま人混みへ紛れ込む。  着ている服はジーンズにパーカーと随分とカジュアルで若づくりな服装だ。玲央奈が用意してくれたから彼女の趣味が強くでていた。  最新モデルのスニーカーや高級ブランドのダイバーウォッチなど、随所にこだわりが見えるのが面白い。いずれも派手さはないが、身に付ける感触からして違う。  地下倶楽部への潜入捜査で高級品に触れたお陰で、そうした品の良さが分かるようになっていた。 (ちょっと前なら、バカ高いだけと馬鹿にしてたんだけどな……)  心に余裕が持てて、その品に相応しいように振る舞おうという気持ちになってくる。  妙に高揚する気分に浸る俺だったが、一点だけ困惑していることがあった。着ている服がすべて玲央奈とお揃いなことだ。  不意打ちのペアルックには、流石の俺も心構えができていなかった。 「よく似合ってますよ、マスター」  ファンだったアイドルに眩いばかりの笑顔でそう告げられれば、無下にはできないだろう。手間暇かけて用意していた彼女の姿を想像して、喉まで出かけていた言葉をグッと呑み込んだ。  一応は人目を避けるための対策もされており、お互いに帽子と眼鏡で変装をしている。だが、玲央奈のグラマラスなボディは、どうしても周囲の目をひいてしまうようだ。特にたわわな胸元へと下種な視線を向けてくる男どもにはイラっとさせられる。 (これは不味いかもな……)  苛立つ心を脇に置いて、冷静に状況を俯瞰すると違ったものが見えてくる。  玲央奈は仮にも国民的アイドルと呼ばれている有名な芸能人だ。その彼女の横にペアルック姿のオッサンがいれば、すでに格好なスキャンダルのネタになっているのだ。 (それなのになぁ…)  困った状況にいると判断したのだが、玲央奈の方は実に堂々としている。  ひと目を避けるように忍どころか、嬉しそうに俺に腕を絡めてきて、呑気にアイスクリームまで舐めてみせているのだ。  身をピッタリと寄せて、嬉しそうに見上げてくる彼女に思わずドキッとさせられる。  照れくさそうにしている俺の反応が微笑ましいのだろう。クスリッと笑った彼女は、俺に屈むように合図を送ってくる。  小柄な彼女に向けて耳を傾けると、背伸びをして耳元へと口を近づけてきた。 「大丈夫、意外に気づかれないから……それに、実はマスターのことを自慢したい気分なんだけどね……ウフッ、昨夜も素敵でしたよ、マスター」  熱い吐息とともに耳元でそう囁かれて、その美声にゾクゾクとさせられる。それと共に、昨夜のベッドで激しく乱れた姿が脳裏に浮かべてしまう。 (ま、不味い……これこそ不味いだろう)  おもわず反応しそうになる下半身に慌てながら、気持ちを落ち着かせる。  そうして、周囲をそれとなく見渡せば、どうやら玲央奈の存在に気づきはじめている者がいそうだった。  玲央奈の方を凝視しては、一緒にいる恋人や仲間に慌てて話している姿はいくつか見える。  一応、玲央奈も体調不良によって長期療養中と事務所から声明がだされているのだ。その彼女が男を連れて出歩いているのは良くないだろう。 「ちょっと走るぞ」  玲央奈の腕を掴み、ビルの隙間へと駆け込む。幸いなことに追いかけてくる酔狂な者はいないようだ。  念のために、不規則に角を曲がって適当な喫茶店を見つけて、そこで身を隠してみる。 「あーッ、面白かった。まるで撮影のときみたい」  オーダーした冷たいアイスコーヒーを美味しそうに口にしながら、玲央奈の笑っていた。  囚われの身である涼子さんのことを案じれば不謹慎なのかもしれないが、その笑顔が俺の心が重責で潰れるのを防いでくれていた。 (どのみち、しばらく動けないしな……)  彼女のいう撮影には心当たりがあった。有名な年配俳優が主演の刑事ドラマで、それにストーカーに迫られる歌手役でゲスト出演したことがあるのだ。  そのことを告げると嬉しそうに笑い、撮影の裏話をいろいろと語ってくれた。  そうして、しばし休憩をした後に移動を開始する。最寄り駅から電車で都心へと移動して、この国最大の歓楽街へと向かうつもりなのだ。  そこには濡羽 八祥さんから貰った名刺の店があるはずだ。そして、隣接する区画には鷹匠 杏子さんの探偵事務所もあるらしい。  後者に関しては警察が張り込んでいる可能性が高く近づくのは賢明ではないだろう。それでも、そちらに関しての情報をなにか得られる可能性も高かった。  夕暮れを待って、仕事帰りのサラリーマンに交じり、俺と玲央奈は繁華街へと向かった。 「相変わらずの賑わいだな」  人の流れに乗って、輝くネオン看板が並ぶ建物の隙間を進んでいく。  社会人生活を続けていた俺には見慣れた景色で、ブラックな職場環境で苦楽をともにしてきた同期たちと朝まで飲みあかした想い出深い場所だ。  泥酔して見上げた街は俺には煌びやかなものに見えていたはずだった。 (なんだろうなぁ……この感覚は……)  その景色が、今は随分と色褪せて見えており、強烈な体験をしてきた今の俺には随分と味気なく感じられたのだ。 「はぁ……」  無意識のうちに溜息までついてしまい、湧き上がる心情に俺自身が驚いてしまう。  例えるなら、それまで一番だと信じていた外国産のステーキを、最高級のA5ランクの和牛肉を味わった後に出されたら、こんな感じだろうか。  こんなものに今まで満足していたのかと落胆した気分にさせられていたのだ。 (いやいや、傲慢すぎるだろ。ちょっと勘違いするなよ。あの夜の体験は偽りの身分によるものだ。そもそも自分の力で勝ち取ったモノではないだろう?)  そう理性が言い聞かせてみるものの、落胆した気持ちは変わらない。人間は贅沢に慣れるものだとは聞いていたが、一夜でこうも価値観を変えられるとは思いもしなかった。  だが、お陰で基地にいる時に感じていた違和感の正体も理解できた。軍から支給された衣服や家具に居心地の悪さを感じていたのだ。  軍用品でアメリカンスタイルな物だからと理由付けしていたのだが、色気もない機能一点張りの量産品に、どうやら辟易していたようだ。  食事に関しても昏睡状態から目覚めたあと、妙に味気なく感じていた。だが、玲央奈が差し入れてくれる食事は、美味しく感じることも多く。それは、高級品を知る玲央奈によるレセクトが効いていたのだろう。 (道理で、玲央奈の用意してくれた衣服を着たときに、妙に気持ちが高揚していたわけだ)  下着なども地味だが、しっかりとした良い素材が使われて肌触りもよいのがわかる。贅沢を知った心身が反応していたのだ。 (これは、まいったな……)  安くても美味しい料理はある。別に急に牛丼とかが食べれなくなるわけではない。  だが、同じ料理となれば食材の質や料理人の力量が影響するのは道理で、そこに対する期待度が変わってくるという話だ。  それでも心情の変化は、これからどんな影響があるのか分からないのが正直なところだ。  良いものが欲しいという物欲が、勤労意欲にポジティブに働くケースもあるだろう。その変化に戸惑うことが続きそうだった。 「兄貴は、どう対応したんだろうな……」  亡くなる前の兄貴は駿河さんとともに長期に渡って紫堂のことを調査していた。例のメモリーに残された映像を入手したりしていたのだから、あの倶楽部の施設や関係者のことも当然のように調べていただろう。  身分の偽って俺のように接触をはかっていたのなら同じような経験もしているはずだ。だが、涼子さんからは、そういった変化を聞かされてはいなかった。 (俺よりも優秀だったからなぁ……駿河さんに会ったら、ちょっと聞いてみるか)  そう考えていると、なにか言いたそうに横を歩く玲央奈が見つめていた。どうやら、兄貴のことを呟いていたのが聴こえてしまったようだ。  考えてみれば、玲央奈には俺の家族のことをあまり話していないことに気づく。涼子さんの夫であり刑事だった兄貴が、不審死したことぐらいだろう。  対して俺の方は記事やニュースで彼女の両親のことまで知っていたのだから、これでは少々不公平だろう。  名刺を片手に目的地である店を探しながら、彼女に軽く兄貴のことも話すことにした。  その中で、幼い頃の俺と涼子さんのこと詳しく聴きたがるのだったが、隠す理由もなかった。  そうして、過去話をしながら探索を続け、ついに的地を見つけることができたのだった。

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