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その夜、俺はりうちゃんと交わった。

お互いに休む暇も与えず。




連続の2回戦だった。




彼女は上下を反転させながら、体をくねらせ、時折、甲高い声を上げた。

その反応に呼応するように、俺も負けじと、しかし優しい手つきで彼女の弱点を攻め続けた。


そうして、熱を帯びた俺たちふたりは、静かな夜に二度、交わった。







...オセロの話だ。




実家から持ってきていたオセロが、部屋の隅で眠っていたのだ。


「私、結構強いよ」


りうちゃんがそう言うので、つい本気を出したら2連続で圧勝してしまった。今、彼女の頬は風船のようにふくらみ、機嫌を損ねてしまっている。

さて、どうやってご機嫌をとったものか。


「ねえ、りうちゃん」

「ぶー」


ああ、分かりやすいほど拗ねている。


でも、りうちゃんは拗ねても可愛いから、このままでも美味しいかもしれない。などと邪なことを考える。

しかし、ここは大人の対応で、彼女の機嫌を直さねば。


「あ、そうだりうちゃん。甘いものでもご馳走してあげよっか」

「オレオですかそうですか。黒と黒に挟まれた白いクリームが美味しいですね」


重症だ。


甘いもの攻撃も、オセロのツボにハマってしまって効果を発揮しない。


「違う違う、どこかカフェとかに行って、ケーキでも食べない?」

「...ケーキ」

「そうそう!例えば俺がチーズケーキで、りうちゃんがショートケーキを頼んで、二人で分け合ったりしてさ」

「私がチーズケーキなら、行く」


もう。

こういうところ、本当に子供っぽいんだから。そこが可愛いんだけど。




※※※




俺が誘ったカフェは、以前りうちゃんから誘われたところで、駅近くに新規オープンしたお店だ。

店舗はこじんまりとしているものの、お洒落な造りで、店内も清潔で雰囲気が良い。


コーヒーがとても美味しかったので、お土産に豆まで購入してしまったほど。

自宅の在庫が少なくなって来たので、今日も帰りには別の種類のコーヒー豆を買って帰ろうか。


「うーん!天気が良いと気持ち良いね!」

「そうだね〜、ほんと、春晴れって感じでいいね」


りう嬢のご機嫌はすっかり元通り。やっぱりケーキは強い。


「チーズケーキも良いけど、うーん、何にしよっかな〜。この前ショーウィンドウには色んなケーキがたくさん置いてあったよね」

「数えきれないくらいあったね。フルーツタルトとかモンブランもあったと思う」

「モンブランは秋にとっておくとして...チョコレートケーキも捨てがたい。あ、でもフルーツタルトかぁ」

「何度も来れば良いよ。毎回違うのを食べても面白いし、春限定商品なんかもあるかも」

「だよね!あー、楽しみ♪」


彼女だけでなく、実は俺も楽しみだった。


前回食べたホットサンドもウィンナーが香ばしく、パンもさくっともちもちですごく美味しかったのだ。りうちゃんに一口だけ分けてもらったケーキもすごく。

なので、今回は俺もスイーツを堪能しようか、コーヒーの種類は何にしようか、今から楽しみで仕方がない。


それはそうと。

彼女の格好は、休日だというのにセーラー服。

この後、学校に顔を出す用事があるらしく、また夜には俺の家に来てご飯を作ってくれ

るとのことだった。今からケーキに舌鼓するなら、夕飯は少し遅めでも良いだろう。


今夜は冷えるとのことなので、お鍋も良いかもしれない。帰りにスーパーでお肉と野菜を買って帰ろう。ポン酢と胡麻ダレは冷蔵庫にあっただろうか。




「お店のホームページでメニューを先に見ておけば良いんじゃん!えっと...」

「りうちゃん、歩きスマホは危ないから。段差につまづいて転んじゃ...」

「あっ!」


言わんこっちゃない!


りうちゃんは店舗前の段差でバランスを崩し、手に持ったスマホを放してしまった。

宙を舞うスマホは放物線を描き、俺の方へ飛んでくる。


手を伸ばせば届く。

瞬時に察した俺は、反射的に腕を伸ばしていた。そして、


ナイスキャッチ!


これが黄金の左腕というやつか。ドラフト会議なら是非呼んでもらっていい。


「ほら、壊れちゃうところだったでしょ。歩きながらはダメだよ」

「はーい。ごめんなさい。ありがとう」

「まったく。次からはちゃんと気をつけて...」













ナイスキャッチ。ナイスパンツ。


純白のパンツに、その格好ならではのシワが寄っている。プリッと発育したお尻の形が良く分かる。アシンメトリーな布地が、リアリティーをかもしている。


これぞラッキースケベの代名詞。

春爛漫のパンチラである。


「ホントありがとね!画面割れちゃうかと思って焦った...」

「どういたしまして。我ながらナイスキャッチだったよ」

「うん!ほんとだねー!...って、キミ?」

「なあに?」

「...どこ見てんの!///」

「え、どこって、あの、えっと、す、スマホを...」

「ぱんつ」


ミテナイヨー。


完全にバレてしまったか。ちゃんと顔を見ないで、純白のヴェールばかり拝見しながら話をしてしまった。


「そ、そんなことないって!とりあえずほら、ケーキ、ケーキ!」


彼女にスマホを押しやると、カフェ店の扉を開けた。




※※※




相変わらず店内は良い雰囲気だった。

前回と違うのは、客数が多いこと。腕時計を見るとちょうど午後3時前。休日のティータイムにぴったり当たってしまった。席は空いているだろうか。


「いらっしゃいませ。カウンター席に二席空きがございますので、そちらでよろしいでしょうか」

「あ、はい。そこで大丈夫です」


カウンター席なんて特等席じゃないか。マスターがコーヒーを淹れている姿を近くで見られるはず。コーヒー好きの自分としては嬉しい。


「ねえねえ、カウンター席ってなんか特別な感じしない?」


彼女も喜んでいるらしく、キラキラした瞳をさらにキラキラさせている。


「へい、お待ちぃ!みたいな!」

「りうちゃん、それ寿司屋」


へい、お待ちぃ!とお洒落なケーキを提供されても微妙な空気感が漂いそうだ。


ちょっと背の高いスツールに、りうちゃんと隣り合って腰掛ける。

さて、今日は何にしよう。まずはコーヒーから決めよう。


前回はこの店のオリジナル・ブレンドを楽しませてもらった。とても美味しかったのでまた同じでも良いかとも思うが、せっかくだから、違うコーヒーも味わってみたい。


「チョコレートケーキとカフェオレをください!」


は、早い!?りうちゃんの決断力が凄まじい。


「キミは決まった?」

「え、まだもうちょっと...りうちゃん早くない?」

「さっきそこで見て一目惚れしちゃったの」


うっとりと、とろけそうな瞳でショーウィンドウを眺めている。

なるほど、チョコレートケーキは人気なようで、残りわずかになっている。なくなる前に確保せねば、ということか。

えーっと、自分は...


「あ、えっと。エメラルドマウンテンをストレートで。あと、ショートケーキをください」

「かしこまりました。お飲み物をご一緒にお出ししてもよろしいでしょうか」

「はい、一緒にお願いします」


りうちゃんが顔を寄せ、小声で話しかけてきた。


「ストレート?」

「うん。この前はブレンドだったからね」

「どういう意味?」

「色んな種類の豆を混ぜて淹れているのがブレンドコーヒー。ひとつの品種だけを使って淹れたコーヒーをストレートコーヒーっていうだよ」

「へぇ〜」


ちなみに俺が注文したエメラルドマウンテンコーヒーは、ちょっとお高いコーヒーだ。

最近旅行にも行ったので、倹約すべきところではあるのだが、これと言ってお金のかかる趣味も無いし、コーヒーくらい贅沢をしたってバチは当たらないだろう。


マウンテンの名が付くコーヒーとして有名なのはブルーマウンテン。しかし、エメラルドマウンテンも引けを取らない。いわゆる一般の豆とは一線を画すと言っていいほどの高級豆だ。

エメラルドマウンテンコーヒー豆の産地は南米大陸の国、コロンビア。コロンビア自体がコーヒー大国なのだが、そこで採れる豆の上位わずか3%未満の希少で高品質な豆しか、エメラルドマウンテンの名は名乗れない。


つまり、とても貴重でそれゆえに高級なコーヒー豆、というわけだ。


味わいは、深いコクと甘みの中に、中程度の酸味が後味として効いている。そしてなにより、ブルーマウンテンに匹敵する芳醇な香り。

“宝石のようなコーヒー”とさえ言われている。


「すごく美味しいんだよ。今度豆を買ってりうちゃんにも飲ませてあげたいな」

「わー!楽しみ!あと、今日はショートケーキにしたんだね」

「うん、春だから、いちごが食べたくなって」

「こどもみたい」


あなたが言うか、あなたが。


マスターがサイフォン式で淹れてくれたコーヒーとケーキが、ふたりの元へ運ばれてくる。

うん、素晴らしい香りだ。エメラルドマウンテンならではの、明るい水色がまるで宝石のように美しい。

一方、隣のりうちゃんの瞳も、チョコレートケーキを見つめて宝石のように輝いている。まずフォークを取るのではなくカフェオレを飲んだのは、準備運動さながらに舌を湿らすためだろう。


ふたりは同時に、それぞれのケーキを一口、食べる。


うーん!これは美味しい!


スポンジとクリームの絶妙なハーモニー。甘さとクリームの中にも入っている刻みいちごの酸味が、ベストマッチ。さて、ケーキの頂にのっけられた真っ赤ないちごは、いついただこうか。


「美味しいー!ねえ!すっごい美味しいよ、このケーキ!チョコレートが甘すぎないし、でもちゃんと濃厚な味がするの」

「それは良いね!あとでちょっとちょうだい」

「ほんのちょっとね」


はいはい。


「そっちのいちご、美味しそう」

「中にもいちごが入ってるんだよ。すごく美味しい」

「いいないいな!」

「良いでしょ」


じー...


ものすごい視線を感じる。

小動物を狙う猛獣のような、戦慄さえ覚えるような獰猛な視線を。


「あの、有栖川さん?」

「じー」


今度は口に出して言った。

彼女は狙っている。確実に仕留める気だ。


『りう・スコープ』の中心点には、真紅に輝くいちごが寸分違わず収められている。


「じぃーー!」


いや、いくら相手が獰猛なりう嬢であっても、これは譲れない。

男には、守らればならない宝がある。


「ねえねえ」

「なんだい?」

「そのいちご」


来た。

やはり狙いはショートケーキの上にのっているいちごだ。

しかし、それはいただけない。


いちごののっていないショートケーキなんて、水着美女のいないビーチみたいなものだ。

寂しさしか残らない。


「だめ」

「えー。ぶー...」


大袈裟に頬を膨らませて拗ねるりう嬢。

たまに、中学生みたいだなと思う子どもらしさがある子だが、これでは5歳児レベルだ。


「お願い♡(キラキラ)」

「...ふん。その『上目づかい瞳キラキラ光線』は、天然で意表を突くからこそ効果があるのだ。予想のできる状況ではいくら俺でも避けられる」

「チッ」


ちょ、今舌打ちした!闇のりうだ!ダーク有栖川!


「だって美味しそうなんだもん」

「りうちゃんだって美味しそうなチョコレートケーキ食べてるじゃん」

「隣の芝は緑に見えるの」

「青く見える、ね」


くそっ。こういうところ、可愛いんだよな。

いやでもだめだ。このいちごだけは俺の宝だ。


「じゃあ半分で我慢するから」


そもそも俺のいちごだ。我慢するとは。


「しょうがないなあ。じゃあ、りうちゃんのチョコレートケーキもちょうだいね?」

「し、仕方あるまい...」

「交換レートは?」

「一口」

「却下。あーん、してくれるなら話は変わってくるけど」

「ここで?」


改めて店内を見渡す。少なくとも十人以上はお客さんたちがいる。それに、目の前ではマスターがこちらの様子を見過ぎないようにしつつも、俺たちのやりとりを聞いて口元に笑みを浮かべていた。

恥ずかしさが込み上げてくる。


少し声のトーンを落としてりうちゃんに耳打ちする。


「で、でも!良いの?いちご、食べたいんでしょ?」

「むむむ...じゃあ、一口半」

「二口」

「...らじゃー」


交渉成立。


ナイフとフォークで丁寧にいちごを縦に切り分け、りうちゃんのお皿に移す。

りうちゃんも同様に、自分のチョコレートケーキを二口分切り分け、俺の皿にのせてくれた。


「では、改めて」

「いただきまー...うん?」

「どうしたの?」


りうちゃんのスマホのバイブレーションが鳴った。今日は学校に行くと言っていたな。連絡でも来たのだろうか。


「ちょっと電話でるね?」

「うん、お構いなくー」

「いちご食べちゃダメだからね」

「そこまでせこくないわ!」


席を立って、彼女はお店の端にある非常口付近で電話に出る。


ここまで声は聞こえてこないが、あまり良い電話ではなさそうだ。

りうちゃんの表情が曇っている。というか、困惑、と言った方が正解か。

俺の方をチラチラ見ながら、至極困った表情を浮かべている。


学校にもう行かなくてはいけなくなったのだろうか。

せっかくこれからケーキ、というところなのに...と残念がっているのなら、店員さんに言って、残りを家に持ち帰らせてもらおう。そう思って、店内を見渡していると、スマホを手に持ったままりうちゃんが戻ってきた。とても困った顔をしている。


「どうしたの?」

「えっと...今から私に会いたいって」

「え、誰が?」

「みずきくん」


みずき...”くん”??


「男...の人?」

「うん。近くにいるから、今から私の家に来るって」





To be continued...

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