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日は暮れ、辺りには街灯が灯っていた。

夜になると、東北の寒さが一層身に沁みる。


「悪かったね、みっともないとこ見せちゃって」


金髪のロングヘアを手櫛ですきながら取り繕おうとする彼女ーーー優夏さんには、年相応の若さが見て取れた。


18歳でこの街を出てから3年、つまり21歳。


色々と苦労をしてきたせいか、随分大人びた印象を受けたが、ちゃんと若い部分も垣間見えてホッとした。

気分も少しは落ち着いたようだ。


「いえ、そんなことないです」

「ふたりの邪魔しちゃったみたいだし」


りうちゃんと俺は顔を見合わせ、


「邪魔なんかじゃないですよ。色々と話してくれて、ありがとうございます」


と、りうちゃんが言い、


「ありがとうって、あんたのタメになるような話は1ミリも無かったと思うけど。ま、可愛いからいっか」


そう返されて、りうちゃんはむず痒そうな顔をする。

正解だ優夏さん。りうちゃんは世界で一番可愛いのだ。


「それにしても、あんたが事故でお父さんを亡くしているとは思わなかったよ。最初、つらくあたってごめん。あたし、最低だった」

「い、いえいえ!気にしないでください。それに、もう20年も昔の話ですから、俺は清算が済んでいます」


最近でも生前の父さんを思い出すことはある。それは悲しい記憶ではなく、むしろ楽しい思い出がほとんどだった。


優夏さんは、金髪に上下とも真っ黒の革ジャンに革パンツという格好だが、やはりバイク乗りのようだ。

今夜は、どこかのビジネスホテルに空き部屋を探して泊まり、明朝、バイクで東京まで帰るという。


閑散期とはいえ、この時間から宿探しをするのは大変だろう。


「あの、俺たちと同じホテルに空室があるか聞いてみましょうか?もしあれば、そこに泊まっていけばよろしいかと...」

「いや、いいよ。2人に世話になりっぱなしじゃ申し訳ないし。それに、夜な夜な隣の部屋からあんたらのエッチな声が聞こえてきてもゆっくり眠れないし?」

「ちょっ!?何言ってるんですか!」


俺は沸騰寸前のやかんのように、急激に熱くなるのを感じた。

隣でりうちゃんは俯き、同じように顔を紅潮させる。


「ははっ!冗談だって。でも、その様子じゃ、色々と大丈夫だろうね」


色々について詳しく聞きたいが、またからかわれても困るので黙っていることにする。


「あんたたちのおかげで、あたし、前に進めそうだよ」


優夏さんは浜辺の方を見る。


「ここんところに、“凪”が生まれたからさ」


トントン、と、彼女は親指で自分の胸のあたりを突いた。


「それは良かったです。優夏さん、あ、そのーーー」

「ん?」


同じ東京住まいならどこかで会えるかもしれない。連絡先を聞いておこうかと一瞬思ったが、やめた。


「あ、いえ...道中、お気をつけて」

「ありがと。じゃね」


なんだか今は、会える奇跡を信じたい。そんな気分だった。

その時は食事にでも誘って、三人でまた話をしよう。今度は突然胸ぐらを掴まれたりしないだろうし。


優夏さんはバイクーーーお世辞にも綺麗とは言い難い古ぼけたハーレー・ダビッドソンに跨り、キックでエンジンを掛ける。ヘルメットを被ると、親指を立ててグッドラックの合図をし、疾風のように走り去っていった。


俺とりうちゃんは、その後ろ姿を、テールランプの灯りが見えなくなるまでじっと見送った。




※※※




部屋に帰ると、強めの暖房が体を解してくれる。

暖房が効き過ぎなくらい効いていたのは、サンセットを見て浜辺から帰ってくるお客さんを考えてのことかもしれない。


2人はソファに腰掛け、どちらともなく、優夏さんの話をする。


「かっこいい人だったね」

「そうだね、すごく美人でもあったし」

「うんうん。つらいとは思うけど、少しずつ元気になってくれると良いな」

「優夏さんなら大丈夫だよ。俺なんかよりずっと強いハートを持っていそうだし」


別れ際の優夏さんは、清らかな瞳で毅然と前を向いていた。小さじ一杯の儚さとカップに溢れる勇気を携えて。その姿はとても美しかった。


「惚れちゃう?」

「いやいや、俺はりうちゃん一筋だから」

「はいはい」


はいはいって。本当のことなのに!くそっ!

恋も押し寄せるだけではダメなのか!

寄せて引いて、海のように接しなければ。...引くの無理そうだけど。


「ねえねえ」

「うん?」

「私思ったんだけどね」

「うん」

「今日、お風呂一緒に入ろっか」




寄せてきたーっ!?




「え、一緒にって、い、い、一緒にそこのお風呂に?」

「そこ意外お風呂無いでしょ」

「じゃなくて!」


え、一体どういうことだろう。さすがにお風呂まで一緒に入ったことは今までに無い。


「優夏さんの話を聞いて、色々思うところがあったの、私も。だから、ね?」

「わ、分かった。ご、ごご、ご一緒させていただきます」




※※※




「もーいーよー」

「は、はい!」


振り向いて良い許可を得たので、勇気を出してりうちゃんを振り返る。













そこには、タオル一枚を手に持った、あられもない裸のりうちゃんがいた。


「先にシャワー浴びてるね」

「ひゃぃ!!」


はい、も言えないほど緊張する俺氏。

ザーっというシャワーの音を聞きながら、シャツを脱ぎ、パンツも脱ぐ。

お決まりの“突起物”に引っかかって、パンツの方がなかなか脱げない。


(や、やばい!これは見られたらまずいやつ!)


咄嗟に周囲を見渡し、近くにあったタオルを下半身に巻く。

さほど意味はなく、突起は突起でしかないが、生で見られるよりはマシだろう。


「お、おじゃましみゃす...」

「ふぅ〜!気持ち良い!いいお湯だから、キミも早く体洗って入りなよ!」

「う、うん」


すぐさま後ろを向く。この突起は一目で“それ”と分かってしまう。隠さねば。

後ろを向いて体を洗っていると、りうちゃんが声を上げた。


「あっ!」

「な、なに!?」


振り返らずに反応する。


「背中洗ってあげるー!」

「え、ええ!?マジで」

「うん」


ザバッ、とお湯からりうちゃんが上がる音がして、背中の近くに気配を感じた。

りうちゃんがボディソープをワンプッシュし、


「それじゃあ、失礼しまーす」

「...ひょぉわ!?」

「な、なに?」

「り、りうちゃん、タオルじゃなくて?」


背中に感じたのは、りうちゃんの手の感触だった。

ボディソープでヌルッとした滑らかな指が、自分の背中を上から下へ、撫でていく。


「え、だって、体はタオルでごしごしすると肌が荒れちゃうよ?」

「そ、そうなの?」

「知らないのー!?ダメだよゴシゴシしちゃ。たくさん泡立てて、優しくこうやって...」

「んああああっ!」


りうちゃんの手が触手のように背中を這い回る。


首の付け根を両手で挟むように撫でられ、肩甲骨から背骨、横腹から腰へ...

ぬるぬる、さわさわ、と、くすぐったく心地よい感触が駆け巡る。

中指と薬指だろうか、2本の指が腰骨の辺りを撫で始め、もう、いてもたってもいられない。


もともと下半身は突起状態だったが、もはや逆立ち状態だ。

横腹から腰の周りをマッサージするように優しくぬるぬると触られ続け、色々と限界を感じる。

まずい、このままでは非常にまずい。

この状態が続けば、その、発射しかねない。


「り、りうちゃん、ありがとう...」

「もう良いの?」

「う、うん。ちゃんと洗ってもらって、すごく気持ち良かったよ」


色々な意味でね。


「はい、じゃあシャワーで流しちゃうね」


ザーッとシャワーでボディソープを流してくれる。

今自分は、横から見るとカタカナの「ト」みたいになっているんだろうな、などと考える。


「じゃ、じゃあ俺、湯船に浸かってから出るから。りうちゃん先に上がっててね」

「うん、そうするね。お風呂こーたい!」


ようやく湯船側を振り返り、りうちゃんが浴室から出ていくところで、...見てしまった。


いや、見ようとした訳じゃない。

でも、タオルを体に巻いているものだと思い込んでいたら、りうちゃんはタオルを手に持っているだけだったのだ。だから、


(ち、ち、乳首が...!!)


彼女の淡いピンク色の小ぶりな乳首と、その周りの控え目な乳輪が一瞬、視界に入ってしまった。見てしまったことを気づかれないように、なんとか平静を装いながら浴室のドアを閉めて独りになる。


(もう、限界だ...)


湯船に浸かり、俺はぶくぶく...と沈んでいった。




※※※




ふぅ。良い湯だった。


りうちゃんが出ていった後、限界を感じた俺は、シャワーを全開に出しながら、滾る男欲を鎮めるべく『男の子の儀式』を行った。

今は、世の仏陀も感心するほどの、マインドフルネスな賢者状態である。全ての煩悩は排水口へと消え去った。


「気持ち良いお風呂だったねー!」

「うん、温泉じゃなくても体が芯から温まるね」


心も、下半身も、ね。


ふたりは、部屋を出てすぐの角にある自販機でサイダーを買って、部屋に戻る。


プシュッ。乾杯。


お風呂上がりの一杯を飲みながら、話もそこそこに、歯磨きをしてベッドに横になった。




※※※




長旅の疲れもあってか、りうちゃんの寝息はすぐに聞こえてきた。


「今日はたくさん遊んでもらう」と言っていたが、りうちゃんが先に寝入ってしまった。

今日のことで色々と聞きたいことがあったのだが、帰りの新幹線でも良いだろう。鶏めし駅弁に舌鼓しながら、じっくりと聞かせてもらおう。


一方、夕暮れ時の優夏さんの涙を思い出し、俺はなかなか寝付けなかった。


りうちゃんを起こさないように、そっと部屋を抜け出し、ホテルを出る。

車のいない静かな県道を横断し、夜の浜辺に座った。今日、三人であの夕日を見ていた時と同じように。


夜空には、降るような星々が煌めいていた。

月明かりに照らされて、キラキラとさざなみは静かに寄せて、そして引く。


遠く、水平線の彼方を見た。


ハーレー・ダビッドソンのエンジン音を思い出し、自分の胸の辺りをトントン、と親指で突いてみた。

凪が、俺の髪を静かに撫でていく。






fin.

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