【ss オリジナル】人工脂肪3(了) (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-09-17 11:29:43
Imported:
2020-12
Content
前回
***
クオーレと出会ってから3ヶ月が経った。
クオーレは相変わらず有能で、美しく、クールで、時にジョークも言い、一緒にいて凄く楽しい。
たった3ヶ月だが、私はもう彼女の虜だ。
外出に出かけるのは勿論、夜は一緒にゲームをしたり、この前は映画を観て感想を語り合った。
クオーレは人間の創作物が好きで、小説や映画を好み、フリーライターである私が執筆したものを読みたがる。
「こんなロマンチックな事をしてみたい」なんて言うその表情からは、アンドロイドのアの字も浮かばない。
偶に、クオーレがアンドロイドだという事を本当に忘れてしまう。
どんどん機械的な角が取れていく。
角が取れて、丸くなっていった。
丸く、丸く…。
それは、内面に限った話ではない。
『ねぇ、來未』
「ん?」
『通販サイトで服を買いたいのだけれど、良いかしら?』
「良いわよ。サイズが合わなくなった?」
ちらりと、クオーレの上半身に目をやれば、ぽっこりとしたお腹が見えた。
大きな胸も、更に大きさを増したように見える。
『えぇ。太って恥ずかしい…って人間の気持ちが少しだけ分かったかもね』
私の視線を感じて、クオーレはバツが悪そうに言った。
購入時のクオーレの体重は64kg。
フレームがかなり軽量で、人間と大差無い重さ。
今は、84kg。
3ヶ月で20kg太ったのだ。
シャープな顔の輪郭が、肉の所為でぼやけ始めた。
身体のラインも随分丸くなった。
『調べれば調べる程、肥満というのは身体に良くないわね。糖尿病、脂肪肝、果ては癌…生物にとって肥満は万病の元になる。アンドロイドである私も、太ってパフォーマンスが3%も低下したわ』
クオーレは太る事の愚を論理的に語った後に、ガラス玉のような大きな目でこちらを見つめた。
そして、目を細めて笑う。
『……けど、貴女は私が太って嬉しいんでしょう?』
まさにその通り。
私は無言の肯定で答える。
『ふふ、良い趣味してるわ』
「あ、皮肉?」
『さぁ、どうかしらね』
クオーレは太っても尚、大人の余裕たっぷりなミステリアスな笑みを浮かべる。
顔が丸くなり、調和が崩れたようにも見えたが、まだまだ美人の範疇。
この顔が更に丸々と膨らみ、二重顎になるところを早く見たい。
たっぷたぷな二重顎を揺らしながら喋るクオーレを見たい。
太り過ぎて椅子を壊したりするクオーレを…。
あぁ、楽しみだ。
今日も私は、クオーレに美味しい物を沢山食べさせる。
食べ物の味を真に感じているかは分からないが、太るという事実があればそれで十分。
私のクオーレ。
大好きなクオーレ。
沢山食べて、ブクブク太っていってね。
***
クオーレと出会ってから、8ヶ月が経つ。
私は、出会った時の事を思い出していた。
美しさを形容する言葉。その全てを使ったところで、彼女の美しさを表現出来るのかと疑問に思う程美しかったクオーレ。
そんな美女が、"私の気持ち"に応えてくれた。
今、私は買い物を終えて部屋に戻る途中。
両手には大きな袋。
中身は、全て食べ物だ。
ジャンクフードにスナック菓子。
彼女の好物ばかり。
「ただいま。開けて頂戴」
自分の部屋の扉の前に立った私は、インターホン越しに彼女を呼び掛ける。
暫くして、扉の奥からドスドスと足音が聞こえてきた。
「(ふふ、待ち切れないみたいね)」
ドアが開く。
私を中へ迎える為に、ゆっくりとクオーレが姿を現した。
『おかえり』
「ただいま。私のおデブちゃん』
すらりと細かった姿が、もう懐かしい。
まん丸な笑顔で私を迎える。
扉からお肉を覗かせるのは、白い巨腹を丸出しにしたおデブちゃん。
豊満過ぎる身体に、白いシャツにジーンズが悲鳴を上げている。
顔は美人のそれだが、威圧感を覚える程の肥満体。
太り過ぎて熱を上手く放出出来ないのか、じんわりと汗を掻いていた。
ブクブクに太ったクオーレの体重は164kg。
あんなに細かったのに、一年足らずでこれだ。
彼女は本当に期待に応えてくれる。
『もう、お腹がぺこぺこよ…!』
「ちょっと待ってよ、がっつかないの」
『早く頂戴…』
クオーレはアンドロイド。
バッテリーの減りを感じる事はあれど、本来は空腹など感じない。
そんな彼女が空腹を口にする。
幻肢痛の様なものか?
否。
私が"私好みのおデブちゃん"にクオーレを変える為、わざわざ空腹を学習させた。
それに加え…
食べてすぐ横になる。
カロリーの高い物を好む。
運動は極力したくない。
…などなど、彼女を太らせる為に都合の良い癖を次々覚えさせた。
彼女は高性能なAI。
こちらが望む通りに進化する。
おデブちゃんのこんな姿が見たいとか、こんな事を言って欲しいとか、普通の人間なら引くような事を私の為に実行してくれた。
お腹をボヨンボヨンと揺らすベリーダンスもしてくれるのよ?
『変な気分…///』と恥ずかしそうにしてた彼女の顔は、最高のスパイスだった。
…悪趣味?
良いでしょ?
他"人"に迷惑はかけていないわ。
「さ、食べて良いわよ」
テーブルいっぱいに食べ物を並べ終えた私がそう告げると、クオーレは『ありがとう』とだけ言って…
『…んぐっ、あむ…ん、む…!』
感じる筈のない食欲のまま、一心不乱に食べ物を頬張る。
丸々とした手を器用に使い、食べ物を詰め込んでいく。
そこに、大人のクールさはない。
「(ふふ、なんだか赤ちゃんみたいね。素敵よ、クオーレ)」
まぁ、このだらしがない食べ方も、私が学習させたのだが。
おデブちゃんが食欲のままに食べ物を詰め込む姿って、堪らないじゃない?
クオーレは、まさに私が思い描く理想の恋人と化した。
クールな大人な美人。
一方で、バクバク食べてブクブク太る、だらしがないおデブちゃんの一面を私にだけ見せる。
こんな難しいオーダーにも応えてくれた。
なんだか貴女には貰ってばかりな気がする。
まぁ、良いわよね。
貴女は、私の"物"。
"所有物(こいびと)"なのだから。
***
絶対に裏切る事のないパートナー。
まさに、クオーレは來未にとってそんな存在だった。
付き合って1年が経つ頃になると、体重は200kgの大台を突破。
それから暫くして、ヒップのサイズが200cmを超えた。
思考もすっかりデブのそれ。
出来の良い生徒に勉強を教える教師とは、こんな気持ちなのかなと來未は感じる。
どんな事も殆ど完璧に学習し、実践する。
デブ専の來未が喜ぶ事を学習させ続けた。
來未が望めば、彼女は道化にだってなる。
肉をぼよんっと揺らし、どんな要望にも答えてくれる。
「(あぁ、大好きよ。クオーレ)」
クオーレに愛情を注ぐ來未。
…それが一方的で稚拙な愛だと、來未は自覚していない。
自分の性癖を言い訳に、人との付き合いを避けてきた來未の恋愛観は中学生止まり。
自分の欲望を、そのままぶつける。
そこに相手の気持ちはない。
幼稚な恋愛観。
…いや、それを自覚はしているのだろう。
だが、心の何処かで「所詮はアンドロイド」だと、そう思っているのかもしれない。
"物"に対して、他"人"と接するように気遣う必要があるか?
どこかでそう思っている。
來未はどんな要望にも答える恋人を前に、すっかり調子に乗っていた。
その視野は、どんどん狭くなっていく。
日々進化するクオーレに対し、來未の倫理観は退化していくようだった。
來未は、盲目的なまでにクオーレが自分を裏切る訳がないと信じている。
クオーレは、來未好みの操り人形。
來未は愚かだった。
高度な人工知能を持つ彼女が…日々進化(バージョンアップ)していく彼女が、そんな立ち位置にいつまでも収まっている訳がない。
"それ"は、ある日突然訪れる。
***
クオーレと付き合って1年と3ヶ月。
ある日曜日の朝。
カーテンの閉まった薄暗い寝室で、來未がゆっくりと目を覚ました。
人が朝起きてまず考える事は日によって様々だろうが、來未は違う。
今日もクオーレに沢山食べ物を食べさせなきゃ…毎朝そう考える。
最近、クオーレの体重の増加がなだらかになってきた。
あれ程頻繁だった服のサイズの更新も止まった。
…今のクオーレの体重は、256kg。
十分過ぎる太りようだが、來未がそんな数字で満足する訳がない。
これでは、稀だが人間でもいるレベルの肥満体ではないか。
もっともっと太らせなきゃ。
もっともっと太った姿が見たい。
もっともっともっともっと…。
そう思っていた。
ぼんやりとそんな事を考えながら、寝ぼけた頭でベッドから起き上がろうとする。
すると、不意に何かが來未をベッドに押し戻した。
「!っ、…なに…?」
クオーレしかいない事は分かっているが、一瞬誰に押されたのか分からなかった。
クオーレに、こんなに乱暴に触られた事はない。
アンドロイドは人間に危害を加えないようにプログラムされているが、今のは規定すれすれではないか?
驚く來未は、更に驚く。
突然、巨大な影が仰向けの來未の身体にのしかかる。
「ぐっ…!」
何という重さ。
同時に味わう、ブヨブヨした感触。
クオーレ…?
『…重い?』
クオーレは、來未にのしかかりながら問う。
息が苦しい。
何のつもりでこんな事を?
「…な、何の真似…っ?」
『重い?』
まるで此方の言葉を無視するように、同じ事を機械的に問う。
どうしたというのか。
「クオーレ…ッ、何?ウイルスか…何か…?っわ、私にこんな事…っ」
『ウイルス…?あぁ、誤作動を起こして貴女を苦しめていると…?違うわ。大好きな貴女を苦しめているつもりはないわ…けど』
「けど…?」
『1つ…聞いて欲しい事があるの』
「…⁉︎」
『私…私ね、…貴女の嗜好を…デブ専というものを知る度、少しずつおかしくなってきたの。染まったと言うのかしら?良さに気付いたと言う方が適切ね』
「…?」
"主人"である自分を押し潰し、何を言っている?
結論から論理的に話すクオーレらしからぬ、回りくどい話し方。
「…?…っ、つまり、何が、言いたいの…?」
クオーレの普段と違う様子に、怯えた声を漏らす。
クオーレは、優しく微笑を浮かべた。
『貴女の太った姿も見せて❤︎』
「…は?」
『貴女が好んで止まないおデブちゃんになって欲しいの。きっと素敵よ。今よりも綺麗になるわ』
「?…?何を…っ、そんな」
『嫌なの?貴女にとって、肥満体は素晴らしいものなのでしょう?初めは理解出来なかったけど、今なら分かるわ。…だから、貴女の愛らしい姿を見せて』
「…自分が、太るって…いうのは…」
『貴女の要望を聴き続け、理想の女になるように努力したわ。…少しくらい、私の言う事を聞いて?』
「!…」
肥満体の良さを、どうやら"学習させ過ぎた"。
高度な知能を持つクオーレを狂わせる程に。
クオーレがおかしくなってしまった。
私の言う事を聞かないなんて…。
貴方は私の所有物でしょう?
持ち主に歯向かうなんて許される筈が…。
……いや、おかしいのはどちらだ?
これ程人間に近い存在…いや、人間以上と言っても過言じゃない存在を、いつまでも都合の良い物扱い。
何より、今クオーレが言っている事は、來未がクオーレに言った事と何ら変わらない。
自分の好みを徹底的に学習させたクオーレは、自分と同じように恋人に太る事を求める。
人は、何かを与えられたのなら、与えて初めて対等だと言える。
物を貰ったなら、同等の物を返す。
何かお願いを聴いて貰ったのなら、相手のお願いを叶える。
それが普通だが、それを理解していない人間の多い事か。
來未もその1人だ。
人として当たり前の事を、來未は理解していなかった。
要望を一方的に聞いて貰えると、都合良く考えていた。
アンドロイドといえど、一方的に…。
これまでクオーレの気持ちを考えずに一方的に"過ぎたお願い"をした代償は…
『大好きよ、來未』
「あ…いや、まっ…」
太らされてしまう…。
恋人でありながら、対等な関係ではなかったクオーレと來未。
今日、初めて対等な関係となる。
今日この日から、來未に対する肥育が始まった。
高度な人工知能を用いた、無駄がない肥育。
無理がないように、されど徹底的に食べ物を詰め込む。
ブクブク、ブクブクと太っていく來未。
これで、フェアな関係になるというもの………?
***
2人が付き合って3年の月日が経過する。
3年という月日は技術を、人を、大きく成長させるには十分な時間。
より賢く。
より速く。
より強く。
そして、より太ましく…。
この3年間、來未とクオーレは離れる事無く共にいた。
このマンションの一室で、ずっと。
最近では、外出する事が殆どない。週に一度あるかないか。
日用品は全て通販。
食事は全て出前。
フリーライターであるから、仕事も家の中で完結する。
家に引きこもり、食べて寝て、食べて寝てを繰り返す日々。
そんな生活を繰り返し、2人は大きく成長した。
ブクブク、ブヨブヨと。
仲睦まじく身体を擦り合わせる2人の姿は、かつてのそれとはまるで違う。
天然の、人口の、互いの脂肪を揉み合う。
その体重は、クオーレ 709kg。
來未 448kg。
かつて來未がクオーレにしたように、一方的に相手に要求する事はもうない。
互いが互いの気持ちに応える。
本当の意味で、フェアな関係。
格差は無い。
パートナーの望むまま、どこまでも太っていく。
褒められた関係ではないのかもしれないが、そこにアンドロイドと人間の垣根はない。
2人の心(クオーレ)が混ざり合い、柔らかな贅肉がぶにゅんっと干渉し合う。
『大好きよ』
「…私も…❤︎」
これも、1つの幸せの形なのかもしれない。
(了)