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「よっし、掃除終わり……」


 栄太はぐい、と腕で額の汗をぬぐった。小奇麗になった部室を見渡して、栄太は一人満足げにうなずく。土足厳禁でも練習で土まみれ砂まみれになる部員が使う部室はあっという間に汚くなってしまう。だからこうして栄太は毎日のように部室を掃除している。


 栄太はラグビー部のマネージャーをしていた。子供のころからラグビーが大好きで、小学生のころは地元のチームに入って実際に選手だったこともある。だが元々身体が弱く、身長も165cmと伸び悩んでしまい、選手としてやっていくのは早々に諦めてしまった。だがそれでもラグビーにはかかわっていたくて、マネージャーという道を選んだのだ。実際ラグビー部員は180㎝越えの堂々たる体躯の巨漢ばかりで、栄太はやはり間違ってなかったと思っている。そろそろ練習場に戻ろうと窓を閉めていた時、反対側にある、同じく換気のために開けていた部室のドアの向こうから足音が聞こえてきた。


(……? まだ皆練習中のはず……)


 誰だろう、と思いながら近寄ろうと、栄太が部室の真ん中あたりまで移動したとき、ちょうどドア枠の向こうにその足音の主が姿を現した。その姿を見た瞬間、栄太は反射的に身構えてしまう。


「っ……」


 姿を現したといっても、ドア枠の向こうに顔は見えなかった。ただそれでもその人物を特定することは簡単だった。180cmの高さのあるドア枠に頭をぶつけるどころか、首から上が見えなくなるほどの身長を持つ男など、栄太の知る限り一人しか存在しない。そしてその肉体もだ。なぜボクサーパンツ一枚の姿かはわからないが、上から下まで、ボディビルダーが裸足で逃げ出すような筋肉をぼっこぼっこと搭載した褐色の身体は、一度見たら忘れられない。その男はぐぐっと大きく体を屈めると、身体を斜めにしてドアからねじ込むようにして部室へと入ってくる。彼のガタイに部室のドアの横幅は狭すぎるのだ。屈んだ時にその色鮮やかな青い髪と端整な顔が見えて、栄太の心臓が大きく跳ねた。


(び、ビート先輩だ……)


 半分外国の血を引くビートは、栄太の一年先輩だった。何よりも目立つのがその体躯である。巨漢ぞろいのラグビー部の中でもさらに頭一つ二つ抜きんでる身長はなんと215cm、体重は140kgを超える。栄太より50cmも背が高く、体重に至っては栄太二人以上。部員の誰もが持ち上げられない重量のバーベルで鍛え抜かれた身体は脂肪はほとんどなく、その大きさ故ユニフォームは全て特注という始末だ。名実ともに部のエース、それどころか既に海外プロの打診すらあるという、まさに傑物のような男だ。


「び、ビート先輩……どうされました……?」


 栄太はこのビートのことが少し苦手だった。もちろん、自分なんて簡単に押し潰してしまえるデカいガタイが怖いというのもあったが、何より栄太に対する態度だ。

 例えば栄太が練習用のタックルバックをよたよた抱えて運んでいると、それを横から片手で取り上げ、トロいんだよとでも言わんばかりの目つきで見下ろしさっさと自分で持って行ってしまう。ボールを出す人員が足りないというので、一応経験者として立候補しようとしたら「冗談だよな?」という一言で空気が凍った。ともかく、栄太が気に食わないのか非常に冷たいのだ。感情をあまり表に出すタイプではないものの、他の部員に対しては普通に接している。あくまで、栄太だけ。そんなわけで栄太はマネージャーの仕事はちゃんとするものの、できるだけビートとは関わらないようにしてきた。だからこうやって部室の掃除も部員の練習時間中にやっているのに、なぜかまだ練習しているはずのビートが部室にやってきている。ビートは34センチにもなる裸足を部室の床に踏み下ろし、じろりと栄太を見下ろす。


「……用事があって、先に上がったんだ」


 低く、愛想など一切ない冷たい声。栄太は「そ、そうですか……」と言葉を濁す。そしてビートがボクサー一枚の姿なのも納得がいった。あらかじめシャワールームで土を流してきたのだろう。よく見れば拭き切れていない雫が身体に残っており、髪からもぽたぽた垂れている。


「あの、タオル出しますよ、ビート先……」


 栄太がロッカーに近づいて扉を開けようとしたとき、ギィ、という床鳴りと共に後ろから影が差した。振り向いた栄太はそれを見て悲鳴を上げる。


「ひっ!?」







 なんとビートがいつの間にか近くまで来ていて、上から栄太を見下ろしていたのだ。思わず飛びのいたが後ろはロッカーのため、背中をしたたかに打ち付ける格好となってしまった。今栄太の視界は全てがビートの身体で埋まってしまっている。215cm、140kg超えの肉体はもはや壁と変わりない。まず栄太の目の前にばんっと広がっているのはビートの巨大な大胸筋だ。毎日の筋トレでみっちりと鍛えられたそれは、片方だけでも栄太の顔より余裕ででかく、まるで樽のように張り出して腹筋に影を作っている。その腹筋もまるで彫刻刀で削りだしたかのようにいかつくボコボコと膨れ上がっており、その溝は女性の細い指なら簡単に飲み込んでしまえそうなほど深い。その両脇にある腕は軽く伸ばした状態でも上腕二頭筋がぼっこりと膨れ上がるほど筋肉がみっしりとついていて、栄太の細枝のような腕では比べ物にならず、脚よりも確実に太かった。そして部員二人同時にタックルを受けても全く揺るがない下半身は、もう樹木のようだった。ボクサーパンツの裾を限界までミチミチと引き延ばしている太ももは下手をすると栄太の胴体より太い。もしこの脚で蹴られでもしたら、栄太など体中の骨が粉砕されてしまう。


「あ、あああの、び、ビート先輩……?」

「……」


 栄太はもう涙目で震えるしかなかった。自分がビートに嫌われている事は気付いていた。だからできるだけ関わらないようにしていたのだが、わざわざビートの方から近づいてくるということはもう消してしまいたいほどに嫌いなのかもしれない。


(お、おれ、死ぬ……?)


 ビートはその凄まじい身体に違わぬパワーを持っている。ビートのタックルを受けるには、最低三人、できれば四人の部員がいる。そうしないと入部当初、初心者のビートをタックル練でいびってやろうとした先輩のように、3メートル以上吹っ飛んで入院することになる。コンビニで鉢合わせた強盗を片腕一本で宙づりにして捕まえたとか、水路にはまったスクーターを一人で引き上げたとか、ビートのパワーは規格外だ。穴が開いて処分予定だった給水用のやかんを、栄太の目の前で両手でぐちゃぐちゃに潰したこともあった。今思えば、いずれこうするぞ、というメッセージだったのかもしれない。栄太をほぼ真上から見下ろすビート、その彫りの深い端整な顔と髪はまだ濡れていて、雫がぽたりぽたりと栄太の頬に落ちている。


「なあ」

「ひっ」


 どんな惨い制裁を受けるのかで頭がいっぱいだった栄太には、ただ声をかけられるだけでも恐怖だった。膝蹴りでロッカーごと潰されるのか、殴られて顔が陥没するか。はたまた指だけで首を絞められるか。もう涙目で震え完全に怯えまくっている栄太だが、ビートは全くと言っていいほど表情を変えない。


「お前さ」

「っ……はっ、は、はいっ」


 ひときわ大きい水滴が栄太の額に落ちて、栄太の涙と混ざり合う。





「……俺と、付き合わねえ?」

「…………へっ」


 目を見開いて戸惑う栄太。ビートの頬には薄く朱が差して、ボクサーパンツのふくらみがむくりと膨れ上がった。








ビート

(なっ……マジかよ栄太が部室に? 運がいい、最近は栄太と関わるチャンスがなかったからな……あー、やっぱ可愛いな。こんなちっこいのにマネージャーとしてちょこまか走り回って……マジで大好きだ…………いや、まて、これはチャンスなんじゃ? 部室で二人きり、邪魔する奴のいない今なら……よし、言うぞ、言うぞ……!!)






Q.タックルバッグを取り上げて自分で持って行ったのは?

A.重そうだったから代わりに俺が運んであげた。


Q.栄太の練習参加に「冗談だよな?」と言ったのは?

A.あんなちっこいのに練習に参加させられるか! 間違って潰したらどうすんだ!


Q.なんでやかんぐちゃぐちゃにしたの?

A.処分するみたいだったから。小さい方が捨てやすいだろ?







おしまい


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