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 何かが首筋に押し当てられていた。濡れて、生温かくて、弾力がある。それが首筋の太い筋肉に沿って下から上に何度も這い回る。僅かに表面がザラついていた。くすぐったいような、痛痒いような微妙な感覚。だがそれ以上に心地よい痺れが全身を満たしていく。まるで魂まで溶けてしまいそうな快感だった。


「んっ……」


 喉の奥から声が漏れた。


 甘えるように鼻にかかる、媚びるような吐息。それに応えるかのように、今度は耳の裏あたりに湿った柔らかさを感じた。熱い唾液とともに吸いつかれれば、ゾクッとした震えが走った。その拍子に瞼が開く。


 視界いっぱいに広がる、暗闇に包まれた世界。窓の外では未だ雨音が響き渡っていた。


 ずしりと他人の重みを感じた。誰かが自分の身体の上に覆い被さっている。彼の吐息を感じる。少しだけ荒い。興奮している。わたしで興奮しているんだ。彼が自分に情欲を向けている。そんな単純な事実で桜の身体にも火がつく。


「あっ……あぁ、ふぅ……う、ああ」


「桜」


 耳元で彼に囁かれた。こんなことをしてはいけない相手。受け入れてはいけない男の人。姉の夫。衛宮士郎の声がする。


 記憶にあった彼の声より少しだけ低い。自分たちの間に流れた十年という歳月を思わせた。


「桜」


 また彼が呼んだ。


「先輩」


 今度は桜からも呼び返す。


 すると女の首筋に顔を埋め、耳元で囁いていた彼が身体を起こした。身体に伸し掛かっていた重みから解放される。だがその代りに別の熱さが胸に触れた。乳房を掌で包み込むように持ち上げられる。指先が乳首を探り当てると、それを優しく摘まみ上げた。


「あんっ!」


 桜は思わず声を上げた。


「やだっ! 先輩ダメです! そんなとこ触ったら……あっ!」


 胸の先端からピリピリとした甘い痛みが広がる。それが身体全体に伝播していく。彼は桜の反応を見て嬉しげに微笑むとさらに彼女の胸に口づけてきた。


「はぁんっ、先輩そこ吸わないでくださ……ああう!」


 口先だけの拒絶は容易くねじ伏せられた。固く勃起した桜色の蕾は男の唇に挟まれるだけで激しく疼いた。舌先で弄ばれるほどに切なさが増す。乳首を強く噛まれると意識が飛びそうになった。


 聞きたいことはいくつもあった。


 どうして、わたしたちは裸で同じ布団に入ってるんですか?


 どうして、わたしたちはセックスしてるんですか?


 どうして、先輩は姉さんを裏切るんですか?


 だけど彼に触れられると頭の芯がぼんやりとしてきて何も考えられなくなる。


 彼の胸を押し返そうとする腕に力が入らない。十代のころ好きだった相手、青春の残滓、当時は叶えられなかった想い。少女時代の心残りに決着がつけられるかと思うと抵抗する気力が根こそぎ奪われていく。


 だからこそ引き返すなら今しかない。本当に手遅れになる前に。


「せんぱ――ッ、だめ、です……先輩には姉さんが、先輩は姉さんと結婚してるじゃないですか。それにわたし……ふぅっ、婚約者がいる……んッ、です。もうすぐ結婚するんですよ」


 それは士郎も知ってるはずだ。姉の凛やセイバー、留学先のイギリスで知り合ったルヴィアという女性を伴い、久しぶりに帰国した彼の目的は桜の結婚を祝うためだったのだから。


 なのに今夜、士郎は妻の妹である桜を抱こうとしている。これじゃあ浮気以外の何物でもない。


「やめて……ください。お願いします、もう終わりにしましょう。明日になったら全部忘れます。今まで通りにできますから、これ以上わたしに構わないで下さい……」


「その凛が望んでるんだ。俺に桜を抱いてやってくれって」


「え……?」


 言われたことが理解できなかった。


「姉さんがそんなこと――ひぃう!?」


 また乳首に噛みつかれた。鋭い痛みとともに再び電流のようなものが流れる。痛みはすぐに和らいで、あとに残ったのは尾を引く快感だけ。噛まれた乳首を優しく舐められると、どうしようもなく身体が反応してしまう。彼のくれるアメとムチに桜の身体は躾けられる。


「ふあ、あ、せ、んぱい……」


「いい加減に諦めろよ桜。桜だって本当は分かってるんだろう? 自分の身体のことくらい」


「んっ、くぁ、ああぁぁぁっ!」


 両方の突起を同時に摘ままれ、桜は喉の奥から悲鳴を上げた。痛みの中に混じっているのはまぎれもない快感。桜の意思に反して、肉体が快楽を受け入れようとしている。


「認めろ桜。おまえが悦んでることなんて、誰の目にも明らかだ。ここで俺に抱かれたがってるんだろ」


 否定しきれない。


「そんな……わたしは……」


 桜は言葉を濁した。胸の奥がざわめいている。ずっと求めていた男にこうして愛撫されているという事実を心の底では喜んでしまっている。そんな自分が嫌だった。


「あ~もう、焦れったいわね」


 はっきりした返事ができないでいると障子が勢いよく開けられた。スパーンと小気味良い音を背に黒髪の美女が力強い足取りで部屋に入ってくる。ズンズンと効果音が聞こえてきそうな歩幅で布団のすぐ横まで辿り着いた美女は、一転して音もなく優雅に正座した。


 自分の夫と妹がセックスしてる真っ最中のそばに。


「ち、違うんです、姉さん。これは――」


 乱入者に桜は弁解する。自分の姉、衛宮凛……旧性、遠坂凛に。


「いいのよ桜。お姉ちゃん全部知ってるんだから。だって士郎に桜とセックスしてくれって頼んだのは私なんだから」


「え、うそ……どうしてそんな……あぁっ!」


 突然乳首に強く吸いつかれる。会話に意識を持っていかれ油断していた桜は腰が浮くほどの衝撃を受けた。


「わぁすごい。感度抜群ね。ふふ、可愛い」


「知らない。こんなこと初めてなんです。わたし、こんなに感じたことは……ぁっ」


 桜が困惑している間に士郎の手が半身へ伸びてくる。内股をなぞられて肌が粟立つ。その指先は更に上へ。濡れて膨らんだ大陰唇を優しく刺激される。


「ひゃぅ! そこ、ダメ! んあっ」


「そりゃ本当に好きな男の人に抱かれるのと、本命を諦めるために結婚するだけな相手とのセックスじゃ気持ちの乗り方が違うってもんよ」


 愉しげに笑う凛。その視線の先で士郎に撫でられた桜の秘裂がさらに潤った。


「いや、いやぁぁ」


 指の腹で割れ目を上下に擦られる。桜はかぶりを振りながら切なげに身を捩らせた。


「あぁ、いや、見ないでください。こんなところ、恥ずかしいです」


 口にした言葉とは裏腹に身体はどんどん高ぶっていく。膣口からはダラダラと粘性の高い蜜が垂れ流され、太股の方まで伝っていた。身体を汚す恥液を士郎や凛に見られていると思うだけで、桜は羞恥でどうにかなりそうだ。


 彼が指で触れた部分からジンジンとした快感が生まれて思考を溶かしていく。


「想定よりもクスリの効き方が甘かったみたいね。半端に理性が残ってると話がしづらいわ。一度イカせてあげて」


 凛が指示すると士郎は乳首から口を離し、するすると桜の身体を滑り降りる。太ももに両手が添えられたかと思うと優しく開かれる。


「やっ、先輩……そんなところ、開いてはダメです……」


「悪いな桜」


 びしょ濡れの花弁を開き士郎が顔を近づけてきた。生温かい舌で割れ目の内側をべロリと舐め上げられる。瞬間、強烈な痺れに襲われた。桜は息もできないほどに悶絶する。身体中を駆け巡る強い疼き。耐え切れず両足をバタつかせて逃れようとするが、太股をガッチリと掴まれているため身動き一つ取れない。


 桜が目の奥で飛び散った火花を鎮めている間も、士郎は淫靡に舌を這わせ続ける。粘膜に直接与えられる容赦のない快感。ひたすら声を我慢することしかできなかった。その我慢とて長くは続かない。


 肉豆を吸い上げられ、花蕾を舌で転がされるたび、意識は肉欲の悦びに染め上げられていく。狂ってしまいそうになるほど強い快楽。そのあまりの激しさに桜は泣き叫んで許しを請うことしかできなかった。


 わたしに姉を裏切らせないで、断ち切ったはずの未練をあなた自身の手で掘り返さないでと願う裏で、桜は雌媚びの歌を歌い上げてしまう。


「桜、気持ちいいか?」


「そんなこと……んぁっ! ふあっ……!」


(ダメ、このままだと本当におかしくなる。頭が変になっちゃう)


「素直になっていいんだ。これは凛も公認なんだから」


「私には結婚の約束をした人がぁあぁああぁぁあ♡」


「その人と士郎どっちが好きなのよ」


「今は、彼のほうが、好きだから、結婚……する……っ!」


「嘘おっしゃい。だったらどうして士郎とのセックスのほうが感じるのよ」


「そ、それは……!」


 姉の問いに答えられない。桜自身も戸惑っている。こんなにも身体が反応してしまうことに。


 婚約者とのセックスでイッたことはない。淡白と言うのか、いつも彼は通り一遍の愛撫、濡れたら挿入、代わり映えしない体位と律動で射精するだけ。それでも彼は満足そうだし、桜もセックスだけが結婚ではないからと思っていた。思っていたのだが。


「まだ士郎のこと忘れられてないんでしょう? 婚約者に操を立ててるのがカッコイイと思ってるなら笑わせるんじゃないわ。好きでもない男の子供を義理で産まされて人生台無しになるのがオチよ」


 姉の言葉が十年前に蓋したはずの心を抉ってくる。そもそも、あなたが先輩と結婚したせいじゃないかと桜は言い返せない。そんな向こうっ気があれば十年前に身を引く選択はしなかった。


「ち、違います……わたしは彼のことが……好きなんです! 好きって言ってくれました。わたしを幸せにするって」


「今は桜がその人のこと好きか聞いてるの。誰も相手の話なんかしてないわ」

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