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第4話「実力テスト」


 入学式の翌日、学園でまず行われたのは実力テストでした。

 入学試験でもテストは受けていますが、入学後のこのテストではより内容の細分化された内容が問われます。

 テスト科目は魔法力、剣術、教養、そして……なんと礼法です。

 保守的な教育傾向で知られる学院ですら廃止されたこの科目を、学園が採用しているのには訳がありました。


「世界の第一線で活躍する女性には、礼法は必須科目ですわ」


 それが学園創立者であるクレアお母様の言葉でした。

 学園で教わる礼法は、バウアー国内に限って通じるような、古式ゆかしいそれではないのです。

 国際的に活躍する女性が身につけておくべき諸処のプロトコル――それを教わるのが礼法の講義なのでした。

 もっとも、この時点ではまだ誰も講義を受けていないので、せいぜいがどんぐりの背比べになるでしょうけれど。


 第一科目の魔法力試験直前。

 隣に座っているメイはさすがに落ち着いています。

 メイは世界で彼女とスース王国の女王マナリア様の二人しか確認されていない、希有な四重属性――クアッドキャスターなのです。

 魔法の試験で苦戦するいわれはないでしょう。


 リリィ様はといえば、こちらも少々の緊張だけで、自然体でいるように見えました。

 彼女は水と風の二重属性――デュアルキャスターです。

 適性も高いので、リリィ様も慌てることはないでしょう。


 問題はシモーヌでした。


「……シモーヌ、落ち着きなさいな」

「落ち着いてなんていられないわよ! せっかくクレア様の学校に入学出来たのに、結果が惨憺たるものだったら……!」

「今ダメでも、これから頑張ればいいじゃないですのよ。そのための学園ですわ」

「それはそうだけど!」


 あれこれと言葉をかけてみますが、どうやらシモーヌは極度の緊張しいのようで、テストが始まるまでガチガチの状態でした。


「……他人のことよりも自分のことですわね。結果は分かりきっていても、やはり気が重いですわ」


 シモーヌがどれほど魔法に秀でているか、あるいは劣っているかは分かりませんが、わたくしよりは絶対にマシです。

 なにしろ、わたくしは五段階ある魔法適性のうち一番下――無適性だからです。

 双子の姉妹であるアレアが途方もない魔法の才能に恵まれているのに対し、わたくしは魔法がてんでダメなのです。


「わたくしには剣術がありますから、別にいいのですけれどね」


 程なく、魔法力の試験が始まりました。

 測定器で各々の魔法適性を計測します。

 バウアーでは六歳になると最初の測定が義務づけられていますが、学園にはユリアやシモーヌのように海外からの留学生も多くいます。

 測定結果に一喜一憂する様は、割と見ていて飽きないものでした。


「……そして、わたくしは案の定ですのね」


 計測の結果は変わらずの全属性が無適性でした。

 魔法適性は成長によって微妙に変化することもあるようですが、基本的に属性が増えたりすることはないので、この結果は予想通りです。

 それほど大きな落胆もありません。


「わ、凄い!」

「四属性だって!」

「しかも全部中適性以上なんて……」

「さすが救世の十傑の一人だね」


 計測場の一角が湧きました。

 確かめるまでもなく、メイのことです。


 この世界の魔法には大きく分けて地水火風という四つの属性があります。

 ほとんどの人は一人一つの系統に適性を持ち、それ自体も下から無、低、中、高、超という五段階で評価されます。

 メイはその例外であり、一人で四つの属性に適性を持っているのです。


 周りの子たちがはやし立てている割に、当のメイはいつもの無表情です。

 嬉しくはあるのでしょうけれど、今さら騒ぎ立てるほどのこともない、という感じでしょうか。

 それもそうでしょう。

 彼女本来の適性は、中どころではないのですから。


「……いいわね、才能のある子は」

「あら、シモーヌ。計測は終わったんですの?」

「ええ」

「結果は?」

「……中適性だったわ」

「あら、悪くないじゃありませんのよ」


 計測前の緊張具合からして、よほど自信がないのかと思いましたのに。


「問題は適性の高さじゃないのよ」

「じゃあ、何が?」

「……種類よ」

「種類? 別にどの属性が一番評価が高いとかありませんでしょう?」

「これを見ても?」


 そう言ってシモーヌが渡してきたのは、彼女の計測結果を記した紙でした。


「魔法適性種別……闇?」

「そうよ」


 わたくしは彼女が何を悩んでいたのか、ようやく腑に落ちました。

 先ほど述べたように、人間が扱う魔法は基本的に地水火風の四つのどれかです。

 しかし、過去に闇という属性が使用された記録が残っています。


「……やっぱり、アタシには魔族の血が流れているのね」

「シモーヌ……」


 そう。

 闇属性魔法を使ったとされるのは、三大魔公と呼ばれる高位の魔族、そしてその頂点に君臨していた魔王でした。

 魔に連なる者であること――その事実はシモーヌにとって決して喜ばしいことではない様子でした。


 しかし――。


「羨ましいですわ」


 その事実はわたくしにとって、また違う感慨を抱かせるものでした。


「どこがよ!? 魔族の血が流れてるってだけで、アタシがどれだけ苦労してきたか――」

「シモーヌは特別な魔法使いなんですのね」

「!?」


 わたくしの素朴な感想に、シモーヌは驚いたように目を見開きました。


「!?!?!? ……。~~~~~~! ……はあ」


 そうしてしばらく百面相をした後、最後に諦めたような顔をしました。


「どうかしまして?」

「アレアを相手にしてると、なんだか毒気を抜かれるわ。大したヤツよ、アンタは」

「ありがとうございますわ。今後ともよろしくお願いしますわね」

「……アタシといると、きっと嫌な思いするわよ?」

「ルームメイトを無視する方が、わたくしの美学に反しますの」

「……そ」


 シモーヌはまだ複雑そうな顔をしています。


「血のことですけれど、気にすることなんてありませんわ。別にあなたは人間に害をなそうとはしていないのでしょう?」

「……どっちかっていうと、アタシの方が人間からちょっかい出されてるわね」

「そんなこと、このわたくしがさせませんわよ。少なくともわたくしの目の届く範囲では」

「……アンタ、お人好しって言われるでしょ?」

「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」


 わたくしが少しおどけ混じりにそう言うと、シモーヌは苦笑しました。


「あ、アレアちゃん、シモーヌちゃん。どうでしたか?」

「いつもの通り、適性ゼロでしたわ」

「え。アレアって無適性なの?」

「そうでしてよ?」

「なんでそんなに超然としていられるのよ……」

「わたくしは剣の方が得意なんですのよ」

「ふ、普通はそこまで割り木ラマ戦よねえ……」


 わたくしのあっけらかんとした様子に、シモーヌが呆れた顔をし、リリィ様はそれをなだめるような感じでした。

 はて?


 続いては剣術の試験です。

 試験内容はランダムな組み合わせによる乱取りでした。


「け、剣神……」

「よろしくお願いしますわね」


 わたくしの対戦相手は、どうやらわたくしのことをご存じのようでした。

 剣を交える前から、青ざめています。


「戦う前から負ける気ですの?」

「! コイツ……!」


 わたくしの挑発に、相手の子が乗ってきました。

 少しは気を取り直した様子です。

 ええ、そうでなくては。


「構えて……始め!」


 その後も教養、礼法とテストは進み、ほぼ一日かけたテストが終わりました。


 ◆◇◆◇◆


 三日後。


「あれ?」

「え」

「嘘ぉ……」


 学校の掲示板に張り出された結果には、驚きと戸惑いの声が混じっていました。


「クアッドキャスターが一位じゃないの……?」

「剣術も剣神が一位じゃないよ」

「両科目の一位はリリィ様だ。さすが……」


 そう。

 メイもわたくしも、魔法や剣術のテスト結果は上位十位には入っているものの、一位ではなかったのです。


「ちょっと、どういうことよ、アンタたち!」


 それに納得いかないのがシモーヌのようでした。


「アンタたち姉妹は救世の十傑でしょ! それがなんであんな成績なのよ!?」

「リリィ様も救世の十傑ですわよ?」

「……むしろ順当」

「そ、そういえば……。いや、誤魔化されないわよ!? リリィはともかく、アンタらならベストスリーくらいには入れたでしょう!?」


 どうやらシモーヌは、メイやわたくしが手を抜いたと思い込んでいるようでした。


「シモーヌ、わたくしは全力でテストに臨みましたわよ?」

「……メイも」

「バレバレの嘘つくんじゃないわよ! クアッドキャスターと剣神がどうして十位とかそこらになるのよ!」


 出会った時から思っていたことですが、シモーヌは怒りの沸点が割と低いようです。


「ちなみにシモーヌはどうでしたの?」

「う゛……今はいいでしょ、そんなことどうでも!」

「し、シモーヌちゃんは、魔法が十九位、剣術が十五位、教養が二百八十五位、礼法が三十八位ですね」

「リリィ、言わなくていいから!」

「ひう!? ご、ごめんなさい……」


 あら、シモーヌってば結構頑張ったじゃありませんのよ。


「教養だけ際だって低いですわね? まあ、わたくしは最下位でしたけれど」

「……回答欄、一個ずつずれて書いちゃったのよ……。って、最下位?」

「……お気の毒様。アレアもシモーヌも」

「あーもう! アタシのことはいいのよ! それよりア・ン・タ・た・ち!」


 シモーヌは黙っていれば結構な妖艶美少女だと思うのですが、口を開くとなんだか親しみのある感じなんですわよね。


「し、シモーヌちゃん。アレアちゃんたちは別に、手を抜いていたわけじゃありませんよ。ちゃんと理由があるんです」

「理由?」

「そうですよね、アレアちゃん、メイちゃん?」

「ええ、まあ」

「……うん」


 そう、これには理由があるのです。


 話は学園への入学が決まった数ヶ月前に遡ります。

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