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80.噴火後のバウアー王国


 サッサル火山の噴火の被害は甚大でした。

 貴族院議員のなんと三分の一が亡くなっており、議会はその機能を停止する寸前でした。

 ですが、議長が存命だったことやお父様が辣腕を振るったことなどにより、かろうじて機能を保っていました。


 欠員をその血族が埋めたことである程度機能を回復した議会がまず話し合ったのは、亡くなったロセイユ陛下の世継ぎを誰にするか、ということでした。

 当然、第一王位継承者であるロッド様が次の王に選ばれると思われていましたが、肝心のロッド様が噴火の直前から行方不明となっているのです。

 王室の話では、ロッド様はサッサル山の麓の村に赴き、自ら住人を説得して避難を呼びかけに行ったのだとか。

 レイが件の村について話したときは諦め口調だったロッド様ですが、実際には気に掛けて下さっていたようです。


(ですが、よりによってこのタイミングで――!)


 憶測ですが、ロッド様は噴火に巻き込まれたのでしょう。

 安否は定かではありませんが、噴火から五日たった今になっても何の音沙汰もないということは、無事でいらっしゃるとは考えにくいものがあります。

 議会は紛糾しましたが、事態は急を要するということで、セイン様を即位させようという流れになりました。

 王国という政治形態において、王が空位のままこの危機を乗り越えるのはほぼ不可能だったからです。


 しかし――。


「本当に……お父様は何を考えていらっしゃいますの……」


 新聞を読みながら、わたくしは思わず舌打ちしたくなりました。

 わたくしは今、王立学院の自分の部屋にいます。

 レイが何事かと振り向くのが分かりました。


 お父様の不正のことを、わたくしは追及すべきだと主張しましたが、それはレイに反対されました。

 今はお父様の政治力が必要な時期だから、と。

 不正を行っていたとはいえ、お父様の政治家としての力は本物です。

 今、お父様を政治の場から退けるのは得策ではないというのがレイの主張でした。


 ですが、そのお父様はとんでもないことをしようとしています。


「なんて書いてあるんですか?」


 わたくしの苛立ちが爆発寸前である事を察したのか、レイがそんな風に聞いてきました。


「セイン様の即位はお流れだそうですわよ」


 わたくしは吐き捨てるようにそう言うと、新聞の束をバサッとレイに放って渡しました。

 記事によれば、セイン様即位の話はなくなり、代わりにお父様を始めとするロッド様派の貴族が政権運営を行うということでした。

 そんな馬鹿なことがありますか。


「王国の主権者は飽くまで王ですわ。貴族院がすべきことは、一刻も早く次の王を選出することですのに」


 新聞の論調もほぼわたくしのそれと同じです。

 中には貴族によるクーデターと書いている新聞までありました。


 もちろん、全ての貴族が今の流れに賛同しているわけではないようです。

 ただ、貴族院議員のうち噴火の被害を受けて亡くなった者は、セイン様派とユー様派に多かったのがあまりにも痛すぎました。

 ユー様の失脚によりユー様派の多くがロッド様派に鞍替えしており、またセイン様派は元々最小勢力だったといことも大きいでしょう。

 そして何より肝心のロッド様が行方不明。

 最大勢力が制御を失っている状態というのが今のバウアー貴族の現状でした。


「今は国が一丸となって国難に立ち向かわなければならない時。民は不安に戸惑っていますわ」


 噴火による火山灰や火山弾の影響で、王都周辺の農作物は軒並みダメになってしまいました。

 心ない商人たちにより、品不足を見越した買い占めが行われ、王都周辺では物価の高騰が続いています。

 お父様たち臨時政府――自称ですが――も配給を行っていますが、それもいつまで持つでしょう。


 わたくしとて手をこまねいているつもりはありません。

 お父様たちが道を誤るのであれば、それを正すのが娘の役目。

 とはいえ、ただわたくしが反対を表明したところで、お父様が聞く耳を持つとは考えにくいです。


 お父様たち貴族を動かせるとしたら――。


「レイ、先触れを出しなさい。セイン様にお目に掛かります」


 わたくしはセイン様に働きかけようとしました。

 お父様たちの動きのせいで即位を見送られていますが、本来であればセイン様が次の国王です。

 王室が毅然とした態度を取れば、あるいはお父様たちも考えを変えるかも知れないと考えたのです。


 しかし――。


「……難しいのではないでしょうか」

「どうしてですの!」


 レイに難色を示され、わたくしは思わず声を荒げてしまいました。

 自制心が必要と思ってはいても、噴火からこちらあちこちを走り回っていたせいで、抑えが効かなくなっています。


「クレア様はセイン様を封じ込めているドル様のご息女です。セイン様派からすれば怨敵に等しいお立場ですから」

「……ぐ」


 レイの指摘はもっともなものでした。

 王室をないがしろにしている者の娘の言うことなど、王室が耳を貸すはずがありませんでした。

 こんな簡単なことですら、今の私は指摘されるまで気がつけなかったのです。


「クレア様、あまり思い詰めない方がいいですよ。噴火からこちら、クレア様は頑張りすぎです」


 レイはそう慰めてくれますが、わたくしにはそうは思えませんでした。

 

「わたくしはすべきことをしたまでですわ。なのに、お父様はすべきことをしていらっしゃらない」


 今のお父様の行動は理解不能です。

 常日頃からバウアー貴族ならばかくあるべしと仰っていたあのお父様とは思えません。

 新聞の中には、お父様がこの機会に王権を簒奪するのは、とまで書いているものまであります。

 理想と思い描いていたお父様をそんな風に書かれて、わたくしは居たたまれない思いでした。


 本当に、どうしてしまいましたのよ、お父様……。


「クレア様はできる限りのことをなさっています。今は少し休まれるべきです。ここ数日、ほとんど寝ていらっしゃらないじゃないですか」


 言われて頬を撫でてみると、心なしか肌がかさついているように感じました。

 レイが丁寧に手入れをしてくれていますが、このところお風呂にもろくに入れていません。

 睡眠不足も深刻です。

 今日明日どうということではありませんが、こんなことを長く続けられるはずはありませんでした。


「私はまだ平気ですわよ。平気ですけれど――」


 そう言うと、わたくしは椅子から立ち上がってレイに近寄ると、


「……でも、ちょっとだけ、疲れましたわ。少しだけこうしていさせて下さる?」

「く、クレア様!?」


 わたくしはそっと彼女にもたれかかりました。


「レイがいてくれてよかった。わたくし一人ではとっくに潰れていましたわ」

「クレア様、大丈夫ですか? いえ、大丈夫じゃありませんね。私に甘えるクレア様なんて大丈夫なわけが――」

「デレてるんですのよ。こういう使い方でいいんでしょう?」

「ええと、間違いではないのですが……」


 突然のわたくしの行動に、レイは動揺しているようです。


「わたくしだって、誰かに甘えたくなるときくらいありますわよ。以前はレーネによくこうして貰っていましたわ」

「……ああ、そうですか」


 そのレーネも今はここにいません。

 レイがいなかったらと思うとぞっとします。


「貴族であることはわたくしの誇りの一つですけれど、時々……本当に時々ですけれど、こういう義務感から自由になってみたいと夢想することがありますわ」

「いいことじゃないですか。貴族なんてやめちゃいましょうよ」

「そういうわけにはいきませんわ。わたくしがこれまで贅沢を許されてきたのは、こういう有事の際に働くことを義務づけられてきたからですもの」

「お堅いですねぇ、クレア様は」


 レイが苦笑しました。


「じゃあ、戯言としてでいいので教えて下さい。貴族でなくなったとしたら、何かしたいことはありますか?」


 レイはふいにそんなことを笑いながら聞いてきました。

 貴族でなくなったら……?


「……そうですわね……」


 その想像はわたくしにとって難しいものでした。

 わたくしにとって貴族であるということは息をするように当然のことで、そうでない自分を想像するなんてことは今までしたことが……。

 いえ、そういえば誰かにそんなことを言われたことがあったような気もします。


「料理とかお裁縫でも習ってみたいですわね」


 散々考えた上、わたくしに思いついたことはそんなつまらないことでした。


「意外な回答ですね。そんな平民みたいなことを?」

「あなたには随分と世話になりましたもの。貴族でなくなったのなら、それくらいしか返せるものがありませんわ」


 わたくしの答えに、レイは目を白黒させました。


「なんですの、その顔。あ、わたくしもう何日もお風呂に入っていませんわね。匂うかしら?」

「いえ、全然。むしろいい匂いがします」


 何を言い出すんですのよこの人は。


「嘘おっしゃい。いい機会ですからお風呂にしましょう」

「はい」


 わたくしはレイを伴って風呂に向かいましたが、噴火の影響で湯温が安定しないらしく、寮の温泉は使用禁止になっていました。


「あー、もう!」

「どうどう。クレア様、どうどう」


 結局、自室でいつものようにレイに身体を拭いて貰うだけにとどめます。

 温かいタオルの感覚にほっと一息をつきながら、これからのことを考えます。


(何とかしなければ……何とか……)


 それでも気ばかりがせいて、具体的な解決策は何一つ思いつかないのでした。



81.追憶


 ※ドル=フランソワ視点のお話です。


「では、復興税の導入は全会一致ということでよろしいかな?」

「異議なし」


 私の確認に対し、列席した一同が賛意を示す。


「では、本日の会議はここまでとする。諸君、また明日」


 解散を告げると、「臨時政府」という名ばかりの餌に食いついた連中が退席していく。

 私はそれを無感情な瞳で見つめていた。


「いやー、ドル様、流石ですな」

「本当に。復興には金がかかる。我々貴族ももちろん身を切る覚悟ですが、やはり痛みは平民たちにも分かち合って貰わなくては」


 聞き飽きた追従と、聞くに堪えない戯れ言にも、私は満足そうに微笑みを返した。

 上辺を取り繕うことにはもう慣れた。


「アルドワン伯爵もルロン子爵もありがとう。貴殿らが賛意を示してくれたことに感謝する」


 心にもない感謝の言葉を口にすることにもためらいはない。


「もちろんですとも。私は前々から思っていたのです。ドル様ほど国の未来を考えていらっしゃる貴族は他にないと」

「いや、全くですな」


 などと言う伯爵と子爵だが、元々はアシャール侯爵の一派だった。

 侯爵が失脚すると尻尾を振ってすり寄ってきたので、喜んで迎えてやった。

 彼らは義も理もない、唾棄すべき政治屋だ。

 私と一緒に滅びるに相応しい。


「ありがとう。それじゃあ、私もここで失礼するよ。ああ、そうだ。献金ありがとう。有意義に使わせて貰うよ」


 去り際に礼を言うことも忘れない。

 献金などと言ったが、あれは紛れもない裏金だ。


「ええ、どうぞどうぞ」

「ごきげんよう、フランソワ公爵」


 媚びへつらう二人をおいて、私は議場を辞去した。

 本来、聖域にも等しいこの場所を、こんな形で使わなければならないことに、ほんの少しの罪悪感を覚えながら。


 ◆◇◆◇◆


 屋敷の自室に戻ると、私は椅子に深く身体を預けた。

 疲れが溜まっている。

 いくらこの身ともども不正貴族を一掃するとはいえ、民にまで犠牲を出すわけにはいかない。

 サッサル火山噴火の事後処理には全力で当たる必要があった。

 元々、レイの助言に従い噴火には備えていたが、被害は想定を大きく超えていた。


「復興増税だと? 経世済民を知らぬ愚物どもが」


 この状況で増税など行えば、民から反発を食らうことは必至だ。

 奴らは民を言うことを聞かせるだけの奴隷か何かと勘違いしているが、民が本気で怒りを露わにした時、己の愚かさを思い知るだろう。


「……娘に軽蔑の目で見られるのは、少々辛いがね」


 噴火の前、陛下からの不正貴族摘発の任を受け、私を糾弾した時の娘の顔が忘れられない。

 信じていた理想に裏切られた――娘の顔には失望がありありと浮かんでいた。

 十把一絡げの貴族どもにどう思われようと構わないが、目に入れても痛くないほど可愛い愛娘にあんな目を向けられるのは、耐え難い苦痛だった。


「だが、もう少し……。もう少しだよ、ミリア」


 私は机の上にある写真立てに向かって、積もり積もった思いを込めてそう呼びかけた。


 元々、私とて必ずしも褒められた貴族ではなかった。

 私が変わったのは、ミリアと出会ってからだ。

 ミリアは高潔な女性だった。

 侯爵家の令嬢として生まれ育ちながら、不正を嫌い悪を憎む高潔な人物だった。


『フランソワ公爵、ちょっとよろしくて?』


 ある夜会で声を掛けてきた彼女は、公爵という私の肩書きにも物怖じせず、今の貴族界を公然と批判して見せた。

 漫然と貴族という身分をこなすだけだった私には、それが大層眩しく思えたことを覚えている。

 それから、彼女とは会う度に議論を重ねた。

 他人からすれば色気のない話だと思われるかも知れない。

 だが、私にはそれがたまらなく楽しかった。


 しばらくして、私は彼女にプロポーズした。

 彼女の反応はこうだった。


『わたくしと理想を分かち合って下さる?』


 彼女にとって理想という言葉の意味するところは途方もなく重い。

 理想を分かち合う――それはすなわち、腐敗しきった貴族の世界と戦う覚悟を問われているのと同義だった。

 私も若かった。

 その困難さを真の意味で悟る前に、私は彼女にイエスと答えていた。


 夫婦生活は順風満帆だった。

 私は政治の世界で、ミリアは社交界でそれぞれ自らの理想を掲げて戦った。

 子宝にも恵まれた。

 ミリアによく似たその赤子に、私たちはクレアと名付けた。


 クレアはミリアに本当によく似ている。

 外見ももちろんだが、その内面すらも。

 私が甘やかしすぎてしまったせいでだいぶワガママを言う娘になったが、芯の部分は変わっていない。

 貴族である自覚を誰より強く持ち、己に厳しい苛烈な娘だ。


 ミリアにも激しい一面があった。

 魑魅魍魎が跋扈する貴族の世界にあって、彼女はあまりにも潔癖すぎた。

 ミリアはアシャール侯爵を公然と批判した。

 当時からアシャール侯爵には良くない噂がついて回っていたが、その家格と権勢を恐れて誰も表だって彼を批判することはなかった。

 しかし、ミリアは違った。

 彼女はアシャール侯爵の後ろ暗い部分をついては、正義と公正を説いた。


 そして、あの事件が起きた。


 馬車の事故として処理されたが、私には分かっていた。

 あれはアシャール家の起こした謀殺だ。

 不思議なことに事故当時の記憶は定かではないが、事故後、仕事に戻った私に侯爵が言った一言が忘れられない。


『生き残ってしまったか。運が悪かったな』


 その場でヤツを殺さなかったのは、我が人生最大の過ちであり、最高の選択だった。

 権力を使って謀殺仕返すことも出来たが、私はそれもしなかった。


 なぜか。


 私にはもう以前のような、傲岸不遜な貴族としての振る舞いは許されなかったからだ。

 ここで私が元に戻ってしまっては全てが無に帰する。


 そう、ミリアの死すらも。


 私には怒りにまかせてヤツを殺すことすら許されないのだ。

 それを悟ったとき、私は初めてミリアの言う理想というものの恐ろしさ、そして容赦なさを知った。


 私の復讐にも似た計画が始まった。

 アシャール家、ひいてはこの腐りきった貴族社会を一掃する――その為だけに生きてきた。


 後ろ指を指されるようなことも随分やって来た。

 気がつけば、あのアシャール侯爵に勝るとも劣らない大悪党になっていた。

 悪を行いつつ、悪に染まらない――その難しさに何度懊悩したことか。


 それでも、私はここまで来た。

 あと一歩……あと一歩だ。


「ようやくここまで来た。お前と再会する日も、そう遠くないだろう」


 口にしてから、いや、違うな、と私は思い直した。

 ミリアのような高潔な人物がいる場所に、罪にまみれた私が行けるはずもない。

 私が死んだら、行き着く先は地獄だろう。


「そうか……。お前とはもう二度と会えないのだな、ミリア」


 それは少し……いや、とても悲しい。


 だが、もう後戻りは出来ない。

 ここまで来てしまった以上、もうやり通すしかないのだ。


「せめて……せめてクレアだけは助かって欲しいが……」


 娘のことはレイに任せてある。

 レイは大丈夫だと請け負ってくれたが、私には心配が拭えなかった。

 クレアはミリアに似ている。

 似すぎている。

 そんな彼女が、生き恥をさらすことを良しとするだろうか。


「賭けるしかないな、彼女に」


 レイ=テイラー。

 不思議な娘だった。

 彼女は別の世界から来たという。

 荒唐無稽な話だと最初は思ったが、実際に彼女は結果を残して来た。


 娘も明らかに変わった。

 レイの存在は娘にとって掛け替えのないものになりつつある。

 そんなレイなら、あるいは娘の生き方さえも変えてしまうかも知れない。


「いや……これは私の願望だな」


 理想に殉じるよりも、娘に生き延びて欲しい――それが私の本音だ。

 大切な者が理想に散る姿を二度も見たくはないのだ。


「ミリア……どうかクレアを守っておくれ」


 写真の彼女は微笑んでいる。

 イエスともノーとも言ってくれない。

 当たり前のことだ。


 だが、私にはそれが罪深い私に課された罰であるように感じられた。



82.難しい舵取り


 臨時政府の増税政策発表から数日と経たず、王都では平民たちのデモが起こりました。

 学院寮の窓を開けると、王都を貫く朝の目抜き通りでは、怒りを露わにした平民たちがプラカードを掲げて行進しているのが見えました。


「無理もありませんわ……」


 火山の噴火によって王都やその周辺の農作物は大打撃を受けました。

 更にそこに商人たちの買い占めが重なり、物価は二次曲線を描いて上がっています。

 元々、生活苦にあえいでいた平民たちが、不満を爆発させるのは仕方のないことだとわたくしは思いました。


「配給もどこまで効果があるか……」


 わたくしはレイの提案でユー様にも助力を請い、困窮した平民たちに配給・炊き出しを行っています。

 皆、感謝の言葉を述べてくれますが、元々こうなったのはお父様たち臨時政府の悪政が原因です。

 わたくしのしていることを自作自演と評価する者も少なくはありません。


「やれることを精一杯やりましょうよ。それでダメだったら諦めもつくじゃないですか」

「あなたは楽観的ですわね、レイ」


 窓を閉めて椅子に座ると、レイがお茶を出してくれながら、そんな気休めにも似たことを言いました。

 わたくしは彼女ほど将来の見通しについて楽観視することは出来ません。


「クレア様が悲観的すぎるんですよ。支える私はこれくらいでちょうどいいんです」

「……そうかもしれませんわね」


 元々、わたくしには悲観論者的な所があると思います。

 それは完璧主義的な価値観を持ちながら、それに及ぶべくもない我が身を嘆くことを繰り返した結果、身に染みついてしまったものです。

 

 ――何をやっても、どうせ上手く行かないのでは。


 そんな考えがいつも心の奥底に貼り付いているように思えます。


 でも、レイは違います。

 彼女は物事をありのままに受け止めているようにわたくしには見えました。

 良くも悪くも、常に自然体です。

 彼女は必要以上に物事を過大評価しない代わりに、過小評価もしません。

 そんな彼女だからこそ、こんなわたくしのことを肯定的に評価してくれるのでしょう。


「クレア様。なーんか思考が負の方向にぐるぐるしてませんか? 眉間に皺が寄ってますよ?」

「……相変わらず目敏いですわね」

「クレア様のことですから。お茶でも飲んで一息入れて下さいな」

「そうね、頂きますわ」


 カップを手に取ると、ふんわりと甘い香りが鼻腔を擽りました。


「いい香りですわね」

「カモミールティーです。気分を落ち着ける作用があるとか」


 平民が大変な時に、そんな高価な物を――などと叱責することはありません。

 彼女がこうなることを見据えて学院の花壇の一部を借り受け、様々な農作物を栽培していることを知っていたからです。

 恐らくこのカモミールも、彼女が手ずから栽培したものでしょう。


「今の気分にピッタリですわ。ありがとう、レイ」

「……本当に元気ないんですね、クレア様」

「え?」


 素直な気持ちを言葉にしたのに、なぜかレイは心配げな表情です。


「普段のクレア様なら、レイにしてはまあまあですわね、くらい言うと思います。それがこんなにしおらしくなっちゃって……」

「あのねえ。わたくしだって純粋な好意には感謝くらいしますわよ。わたくしがいつもあれこれ言うのは、あなたが余計なことを言ったりしたりするからですわ」

「そうですか? なら今からでもしましょうか、余計なこと。あんなこととかこんなこととか」

「しませんわよ」

「なにを想像したんですか、クレア様のえっち」

「ぶふっ!? ……あなたねえ!」


 とんでもないことを言い出したレイの言葉に、思わず乗りかけて、


「……そうやって、わたくしを元気づけてくれようとしているんですのね」

「やっぱりクレア様らしくないですよ。そこはもっとチョロインらしく乗ってくれないと」

「チョロインが何だか分かりませんけれど、レイに悪意がないことは分かりますわ」

「やーりーがーいーがーなーいー」


 不満そうに地団駄を踏むレイを見ていたら、何だか少し肩の力が抜けた気がしました。


「さて、今日も臨時政府と革命政府の折衝だったかしら」

「はい。午前にドル様たち臨時政府首脳と会談、午後からはアーラたちとの会談が入っています」


 わたくしは今、微妙な立ち位置にいました。

 貴族でありながら民衆の支持が厚いということで、臨時政府と革命政府の間を取り持って、双方の落とし所を探っています。

 これもレイに言われて始めたことですが、双方の主張が全くと言っていいほど噛み合いません。


 臨時政府は革命政府をただの暴徒の集団としか見ていません。

 彼らの言うことに耳を貸す気はないようで、一刻も早い解散を求めています。

 一方で革命政府も臨時政府を打倒すべき敵としか認識していません。

 彼らは早急に権力の座を明け渡すよう、臨時政府に求めています。

 これでは落とし所などないも同然です。


 わたくしが光明を見いだしている唯一の道は、ランスという国の政治学者の説です。

 ランスではかつて革命が起き、貴族はほとんど殺されてしまったといいます。

 かつての母国を嘆いたその政治学者は、当時の貴族が参政権を平民にも与えていれば、あるいは貴族は生きながらえたかも知れない、と記しているのです。

 これはありうる、とわたくしは思いました。


 平民に参政権を与えれば、ひとまず革命政府も一つの成果を収めたことになり、自分たちの行動が無意味でなかったと実感出来ます。

 また、臨時政府側も一歩譲渡する形にはなりますが、引き続き貴族という身分を保つことは出来るのです。

 これなら痛み分けでしょう。

 わたくしは落とし所はここにしかないと思いました。


 でも、今の所はそれすら無理そうです。


 臨時政府は平民に参政権を与えることなどとんでもないと考えていますし、革命政府も政治体制を覆すまで戦うと息巻いています。

 実際に両者に被害が出てからでなければ――つまり、お互い血を流さなければ分からないのでしょうか。


「あなたはどう思って、レイ?」


 また思考の迷路に迷い込みそうになったわたくしは、ふとレイに意見を求めてみました。


「うーん、そうですね。実際に両方とも痛い目見ないと分からないかも知れませんね」

「そんな……」

「今はどっちも頭に血が上っています。被害が出たらもっとそうなると思いますが、いずれは気がつきますよ。あ、このままじゃダメだって」

「それでは遅いですわ!」


 わたくしは思わず椅子から立ち上がって叫びました。


「もしも双方が武力衝突に至ってしまったら、最も被害を受けるのは力なき者たち――すなわち女性と子どもですわ」


 中には魔法で身を守れる者もいるかもしれませんが、それはまだごく少数でしょう。

 魔法石なしでは強い魔法は使えませんし、一番安い魔法杖でも平民には高い買い物です。


「なんとか……なんとかそうなる前に事を収めないと」

「なら、私たちが頑張るしかありませんね」


 そう言うと、レイは後ろからわたくしの両肩に手を置き、そっと椅子に座らせました。


「私だって誰かが血を流すのは見たくありません。最善を尽くしましょう」

「支えてくれるのかしら」

「もちろんですよ。クレア様のしたいことが、私のしたいことです」


 そう言ってにっこり笑うレイの表情に、わたくしは少しドギマギしました。


 でも、後から考えてみれば、この時のレイは少しおかしかったのです。

 彼女は笑って誤魔化しましたが、彼女が言っているのは要はこういうことです。


 ――好きにしたらいいじゃないですか。


 それはいつも一歩先を読んで先手先手で手を打っていく彼女からは考えられない態度でした。

 この時、レイは既に別のことを考えていたのです。


 愚かにもわたくしはそんなことには全く気がつかず、彼女のことを全く疑うことなく信頼していたのでした。



83.王国歴二〇一五年十一月十日


 臨時政府と革命政府の間を行き来すること数週間。

 どちらも立場を譲ろうとしない双方を根気強く説得して回りました。

 レイも万全のサポートをしてくれました。

 今までのような日常の世話だけでなく、両政府への説得材料の相談や具体的な作戦立案など、その献身は本当にありがたいものでした。


 しかし、ついにその日はやって来てしまいました。


 王国歴二〇一五年十一月十日。

 デモはついに武装蜂起へと変わってしまいました。

 臨時政府軍の半数が革命政府軍につき、武力衝突が起きました。

 戦いの趨勢は革命軍に有利と新聞各紙が報じています。


「……間に合いませんでしたわ」


 学院の窓から群衆と政府軍の衝突を見ながら、わたくしは無力感に苛まれていました。

 我が身のふがいなさに歯を食いしばりますが、もう起きてしまったことは変えようがありません。


「クレア様は最善を尽くしました。こうなってしまったのは、もう仕方のないことです」

「でも、わたくしがもっと頑張っていたら……」

「クレア様は十分に頑張りましたよ」

「……」


 レイは慰めてくれますが、わたくしは後悔の念で一杯でした。

 もっと早くから動いていたら、もっといい落とし所を見つけることが出来ていたら。

 庇護すべき平民たちの誰かが、今こうしている間にも傷ついているかも知れないと思うと、胸が張り裂けそうになりました。


 ですが、悲劇のヒロインぶることなど許されません。

 わたくしは貴族。

 時代がこうなることを選んだのなら、わたくしに残された選択肢はもう一つしかありません。


「こうなった以上、もはやわたくしに出来ることはありません。旧時代を担った貴族として、潔い最期を迎えますわ」


 平民たちは貴族を否定する選択をしました。

 ならば貴族はそれに答えるのがさだめ。

 フランソワ家は貴族の筆頭です。

 ならばせめて、貴族・平民の双方に犠牲が少ない内に、貴族の代表としてその最後を宣言するべきでしょう。


 平民たちの怒りは凄まじいものがあります。

 恐らくランスの場合と同じく、わたくしたちは亡き者とされるでしょう。

 死ぬことが怖くないと言えば嘘になります。

 ですがわたくしは、平民たちを傷つけてまでその地位にすがろうとは思えませんでした。


 平民たちの選択を、わたくしは受け入れる覚悟がありました。

 しかし――。


「いいえ、クレア様。クレア様には旧時代を糾弾する側に立って頂きます」

「……え?」


 唐突なレイの言葉に、わたくしは耳を疑いました。

 旧時代を糾弾……?

 わたくしの疑問を看破している様子で、レイは居住まいを正しました。


「レイ、あなたは何を言っているんですの?」

「クレア様は新時代の側に立ち、旧時代の終わりを見届けるのです」

「な、何を馬鹿なことを……。わたくしはフランソワ家の息女。旧時代の象徴ですわよ?」


 レイはよく分からないことを言いました。

 冗談にしても笑えません。

 ですが、その表情は真剣そのもので、ふざけているようには思えませんでした。


「クレア様。旧時代の象徴はクレア様ではありません。ドル様です」

「同じ事でしょう?」

「いいえ、違います。クレア様には、ドル様たち旧支配層――つまり貴族たちを断罪するお立場に立って頂きます」

「なっ……、何を言っていますの!」


 レイが言わんとするところを悟って、わたくしは思わず語気を荒げました。

 彼女はこう言っているのです。


 すなわち――貴族を見限れ、と。


「旧時代を担った者たちを裏切って、わたくし一人おめおめと生き残れといいますの!? まっぴらごめんですわ、そんなこと!」


 むざむざ命を無駄にするつもりはありませんが、わたくしには貴族の誇りがあります。

 ただ生き残ったとして、その余生に何の意味があるでしょう。

 わたくしはレイにそのことを説こうとしました。


 しかし、彼女が次に口にしたことは、わたくしには思いもよらぬことでした。


「これは、ドル様のご意向でもあるんです」

「……え? ちょ、ちょっとお待ちなさい。……え? お父様の?」


 どうしてここでお父様の名前が出てくるんですの?

 お父様は私利私欲にまみれた腐敗貴族となってしまったのでは?


「だって……、お父様は……。ど、どういうことですの、レイ!」

「この革命の流れを作ったのは、他ならぬドル様なんですよ」


 レイの言葉にわたくしはますます困惑しました。

 平民たちが武装蜂起するよう、お父様が操った……?


「あなたが何を言っているのか、全然分かりませんわ!」

「順を追って話します。長くなりますから、座って下さい」


 取り乱しそうになるわたくしに対して、レイは飽くまで冷静でした。

 彼女はわたくしを椅子に座らせると、ゆっくりと「種明かし」を始めたのです。


「クレア様もご存じの通り、王国の政治には腐敗の兆しがありました。貴族たちはそのほとんどが私利私欲に走り、権力闘争に明け暮れていました」

「……ええ。でも、それとこれと何の関係が――」

「その中にあって、この国の行く末を真に案ずる数少ない貴族がいました――それがドル様です」

「お父様が? でも、お父様は王室をないがしろにして、この国の政治を我が物にしようと……」


 そのことはここ数日、両政府の間を駆け巡ったわたくしが一番良く知っています。

 お父様の態度はこの国の行く末どころか、明日をも見えていないようなものでした。


「ドル様はご自分を犠牲にして悪徳貴族の中心となったのです。全ては今日この日、平民たちの手によって終わらされるために」

「……なんたることですの」


 お父様の貴族にあるまじき振る舞いは、全て虚飾だったとレイは言います。


 レイは続けました。


「かつてはドル様ご自身も、貴族の現状に疑問を抱いてはいらっしゃいませんでした。それが変わったのは、クレア様のお母様であるミリア様が亡くなった時のことです」

「お母様が亡くなった時……?」


 わたくしにとって拭いがたい深い傷が刻まれたあの日、お父様も何かを思ったというのでしょうか。


「ミリア様の事故は、別の有力貴族によって仕組まれたことでした。謀殺だったのです」

「そんな……!」

「ドル様はその日からお変わりになりました。こんなままでいいはずがない、とお考えになるようになったのです」


 わたくしはようやく分かりました。

 敬愛するお父様は、何も変わっていなかった。

 お父様こそ、真の愛国者だったのです。


「ドル様は悪徳貴族を演じる一方で、革命勢力を支援することさえしていました。覚えていらっしゃいますか? 私がクレア様のメイドになった日のこと」

「……ええ。確かあの時、あなたが何事かを口にして、その瞬間からお父様の様子が変わりましたわね」

「あの時、私はこう言いました。『アーヴァイン=マニュエル、三月三日、五十万ゴールド』 あれは、ドル様が密かに行っていた、レジスタンスたちへの金銭支援の内訳だったんです」


 レイによると、それはお父様だけが知るはずの、レジスタンスの金庫番であるアーラの弟アーヴァインへの融資の概要だったそうです。

 彼女はお父様の計画を知っていることをほのめかし、それを盾にお父様を説得したのだとか。


「人払いされた後、私はドル様にこう言いました。ドル様のお|志《こころざ》しは立派ですが、クレア様を巻き添えになさるのですか、と」

「どうしてそんな……」

「ドル様はこの国の未来のために、ご自分はおろかクレア様をも犠牲にするおつもりでした。クレア様のことは心から愛していらっしゃいますが、未来のためには致し方ない、そう諦めておいでだったのです」


 その選択は、貴族ならば当然のことでした。

 お父様がわたくしを犠牲にするつもりだったと聞いても、わたくしは何らお父様を恨みません。

 むしろ、それがあるべき姿だとすら思います。


「私はドル様に別の選択肢を提示しました。貴族たちが打倒されても、クレア様が生き延びる道を。ドル様は娘が生き延びる道があるのなら、と私の案を採用して下さいました」


 レイはお父様に別のシナリオを提示しました。

 わたくしが旧時代の貴族と袂を分かち、断罪する側に回るというシナリオを。


「私がこれまで行ってきた色々な活動は、すべてそのためです。クレア様の名声を高め、貴族から距離を取らせ、新時代に生きて頂けるように」

「なら……なら、あなたは! 初めからこうなることが分かっていて!」


 これまでずっと側で支えてくれていたのは、全て嘘だったということなのでしょうか。

 わたくしはもう、レイなしの人生など考えられないほどに、あなたを信じ切っていたのに!


「はい。革命が起きることも、その結果ドル様を始めとする貴族たちが滅びることも、それがどうあっても避けられないことも知っていました」

「そんな……私は……あなたを信じて……!」

「申し訳ありません、クレア様。ご処分はいかようにも」


 そう言って目を閉じたレイがあまりにも超然としていて、わたくしは怒りの沸点を越えたのを自覚しました。

 無意識のうちに手を振り上げ、その頬を激情のままに叩こうとして――。


 でも、そうすることは出来ませんでした。


「お父様もあなたも……勝手過ぎますわよ……」


 レイもお父様も、わたくしに嘘をついていました。

 その嘘はわたくしにとって到底許せるものではありません。

 でも、その嘘はどうしてつかれたのか、それに思い当たらないほどわたくしは愚かではないのです。


 ――全ては、わたくしのため。


 貴族の世が終わっても、わたくしが命を繋ぐが出来ように。

 それは父親としての愛情であり、伴侶としての愛情に他ならないものでした。

 溢れる思いが頬を伝います。


「クレア様にはこれから革命政府に合流して頂きます。アーラに話は通してあります」

「……」


 レイはわたくしがすべき次の段取りを口にしました。

 ずっと前からこうなることを予期し、そのために沢山の準備をしてきたのでしょう。


「間もなく、王室が革命政府に錦の御旗を与えるはずです。そうなれば、逆賊となるのは貴族たち。クレア様には彼らの断罪をして頂きます」

「……」


 でもね、レイ。

 あなたはとても大切なことを忘れていてよ?


 その事実が、わたくしにはとても悲しいのでした。


「クレア様?」


 レイの言葉を背に、わたくしは窓に近づきました。

 外では変わらず、平民や両政府の軍が争う音が聞こえてきます。


「ねえ、レイ。わたくしが平民になったら、どんな暮らしをすると思いまして?」


 あり得ない仮定です。

 でも、最後にレイに聞いておこうと思いました。


「そうですね……。最初は戸惑うことが多いと思いますよ。バカンスの時の私の家みたいに」

「そうでしょうね」


 レイの方には振り向かず、わたくしは一つ頷きました。

 彼女の生家に行った思い出は、まだそれほど日が経っていないはずなのに、もうずっと昔のことのようにおぼろげです。


「でも、すぐに慣れますよ。私が常につきっきりでお世話しますし」

「そう……。あなたも一緒に暮らすのですわね」

「もちろんですよ。クレア様のためなら張り切って働きもします」

「そうですわね。そういうことも必要になるのでしょうね」


 レイが語る生活は、きっと悪いものではないはずです。

 彼女が支えてくれるなら、どんな生活でもきっと楽しいはずでした。


「犬も飼いましょう」

「猫が良いですわ」


 レイとわたくし、二人だけの慎ましやかな生活。


「庭とか欲しいですか?」

「花壇も欲しいですわね」


 貴族のそれとは違う、質素だけれど平穏な人生。


「子供は何人作りましょうか」

「作れませんでしょ」

「じゃあ、養子とか」

「可愛い女の子が二人欲しいですわ」


 レイの軽口にそう答えてから、わたくしは一度言葉を切ってから、こう言いました。


「あなたはきっと、私を不幸にはしないのでしょうね」


 ええ、でもそれはわたくしには手の届かないものです。


「――すわ」

「え?」


 決意の言葉は震えてかすれていました。

 聞き取れなかったのか、レイが聞き返してきます。


「クレア様?」

「お断りしますわ、と言いましたの」


 わたくしは振り返るとレイの目を見つめ、今度こそきっぱりとそう言いました。

 レイがぎょっとした顔をするのが、何だかおかしく思えました。


「何を仰ってるんですか、クレア様。もう他に選択肢はないのです」

「いいえ、ありますわ。貴族の一員として、旧時代と滅びるという選択肢が」


 レイ、あなたやお父様の意図は分かりました。

 でもね、わたくしはそういう風には生きてこなかったのです。


「そんな……。無意味です! だって、そんなことをしても誰も喜ばない!」

「ええ、そうでしょうね」

「ドル様も……そして私も、クレア様に生きて頂くためにずっと――」

「ええ、その思いやりには感謝していますわ」


 心を言葉に変えていくほどに、気持ちが落ち着いていくのが分かりました。

 そう……わたくしはこんなに……。


「待って……待って下さい。ドル様や私が黙って事を進めたことを怒っていらっしゃるのですか? それについては謝ります。でも、素直に話したらクレア様は――」

「そんなことは受け入れられない、と拒否したでしょうね」


 こんなに、あなたのことが好きだったのですわね。


「お父様もレイも、真にわたくしのことを案じて下さったのでしょうね。それは分かります。怒ってなどいませんわ」

「だったら、どうして!」

「だって――」


 レイ、ごめんなさい。


「わたくしは、貴族ですもの」


 彼女が絶句するのが分かりました。


「貴族とは、有事の際に責務を果たすために贅沢を許された存在ですわ。今までわたくしがワガママの数々を許されていたのは、まさにこの日、この時に責務を果たすため」

「だから、そんなのもういいんですって!」

「いいえ。わたくしの最後の責務――それは、旧時代の貴族として平民たちの選択を受け入れることですわ」


 レイ。

 ただの憧れじゃない、わたくしの最初で最後の恋。


「クレア様……考え直しましょうよ……一緒に新時代を生きていきましょう……?」

「ごめんなさい、レイ。こればかりはいくらあなたの願いでも叶えてあげられませんわ」

「後生です……私と約束したじゃないですか……最後まで諦めないって」


 あなたと過ごした日々は、本当に掛け替えのない宝物でしたわ。


「そういえばそんなこともありましたわね。なんだか懐かしいですわ」


 でも――。


「イヤ……イヤです……。クレア様……行っちゃやだ……!」

「ごめんなさい、レイ」


 らしくなく、子どものように駄々をこねるレイの頬にそっと手を添えると、私は――。


 彼女の柔らかい唇を奪っていました。


「約束を違えたお詫びに、ファーストキスくらいは差し上げますわ」


 これでもう、思い残すことはありません。


「さようなら、レイ。どうか息災で」


 呆然と立ち尽くすレイをそのままにして、わたくしは部屋を出ました。


 レイ。

 レイ。

 愛しい人。


 でも、わたくしはあなたほど恋に殉じることは出来ません。

 あなたの生き方はわたくしには出来ないのです。

 許してくれとはいいません。


 でも、どうか――。


「新しい時代を、あなたは生きて」



84.王立学院防衛戦


 ※ピピ=バルリエ視点のお話です。


「裏門が破られそうです!」

「怯むな! ここで食い留める!」


 クグレット家の兵士がよこした悲鳴のような報告を、ロレッタが一喝した。

 ここは王立学院の裏門である。

 ロレッタと私は学院を守るためにここに陣取っていた。


 平民たちのデモは、とうとう武装蜂起へと発展した。

 包丁や鉈など武器になるものを手にした平民たちは、貴族街へと押し入るとあちこちで略奪行為に及んでいる。

 その牙は当然、王立学院にも及んだ。


 正門前には数千を超す数の平民がたむろし、貴族の園へと侵入を果たそうとしている。

 今はロレッタのお父様――クグレット伯爵が自ら臨時政府軍を率いて対応に当たっているはずだった。

 ロレッタは伯爵から裏門の守りを任されている。

 私は彼女の補佐だ。


「ピピ、無理して付いてこなくてもよかったんだよ?」


 緊張した面持ちで、それでも私に笑いかけてくれるロレッタは優しいが、今欲しいのはそんな言葉ではなかった。


「無理してるのはロレッタの方でしょ? 素直に言ってよ。私の側にいてって」

「う……」


 ロレッタが頬を染めて言葉に詰まった。

 音楽会をきっかけに、私はロレッタに猛アプローチをかけている。

 彼女の心にはまだクレア様への思いが残っているが、感触は悪くない。

 いつか必ず、彼女の心を奪ってみせる。


 そのためにも、こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。


「ほら、ロレッタ。ぼけっとしない。兵士たちが指示を待ってるよ」

「あ、うん。第三班、前へ!」


 ロレッタの号令と供に、クグレット家の兵士が動く。

 格好いいなあと思うが、今はそんな場合じゃないので気を引き締めることにする。


「貴族を殺せー!」

「平民に自由をー!」


 怒号のような平民たちの声を聞きながら、私は考えていた。

 貴族の世の中は終わるのだろうか、と。

 以前、ユー様が予言めいたことを言っていたが、その時はまさかと思った。

 貴族が平民によって打ち倒される日が来るなんて思いもよらなかった。

 でも、今まさにそれは現実のものになろうとしている。


(貴族の地位を失うのはいい。どうせバルリエ家はもうないのだし)


 バルリエ家はアシャール侯爵との一件で貴族の位を剥奪された。

 処刑されなかったのは、クレマンを捉える際の功績を認められたからだ。

 お父様とお母様は元領地の有力者の元に身を寄せている。

 お父様は貴族ではあったものの領民からの支持は厚かったので、生活を立て直す面倒を見てくれるという商人がいたのだ。

 新しい生活が軌道に乗るまで、私はクグレット家でお世話になっている。


 だから、貴族という身分がなくなることは、私にとってはもう別にどうでもいいことなのだ。

 でも、ロレッタは貴族を守る軍の頭領の娘だ。

 彼女がこの革命とやらで命を散らすのは絶対に避けたい。


(最悪、ロレッタだけ気絶させて、この場を離脱すればいいかしら……?)


 いや、それは現実的じゃない。

 戦況は拮抗している。

 今、ロレッタという司令塔を失えばこの裏門は突破され、この場所から離脱することも難しくなるだろう。


(あ~~~もう! どうすればいいの!)


 私は内心地団駄を踏んでいた。


「暴徒の数、依然増大! ダメです! 押し切られます!」

「くっ……!」


 ロレッタの顔に焦りが浮かんでいる。

 無理もない、と思う。


「ロレッタ様、攻撃魔法の使用許可を!」

「このままでは突破されるのは時間の問題です!」

「……ならん!」


 そう。

 ロレッタは配下の兵士たちに攻撃魔法を禁じているのだ。

 攻撃魔法を使うことが出来れば、まだしもこちらにも勝ち目はある。

 しかし、彼女はそれを許可しなかった。


「平民は庇護の対象であって、攻撃の対象ではない! 何とか強化魔法と治癒魔法で持ちこたえろ!」


 全ては平民を傷つけないため。

 ロレッタはいつの間にか、クレア様と同じようなことを考えるようになっている。

 あるいは、あの夏の経験が、彼女をそうさせているのかもしれない。


「ダメです! 裏門、破られます!」


 その報告と同時に、裏門が突破された。

 平民たちが雪崩を打って押しかけてくる。


 兵士たちが平民に飲み込まれていき、その刃はもう私たちの目前だった。

 もうダメなんだろうか。


「ロレッタ様、攻撃魔法の許可を!」

「ならん! 貴族なら最後まで貴族であることを貫き通せ!」


 そう叫んだロレッタの顔は、死を覚悟していたと思う。


 その時――。


「よく吠えました」


 怜悧な声が響き、辺りに霧のようなものが立ちこめた。

 その霧は指向性があるようで、平民たちを包み込むように動いた。

 すると、平民たちが一人、また一人と倒れて行く。


「!?」

「心配ないですよ。眠らせているだけです」

「クリストフ様!」


 声の主はクリストフ様だった。

 彼は魔法杖を手にして魔法の霧を操ると、平民たちを次々と眠りの底へ誘っていく。


「助かりました、クリストフ様!」

「敬称はもう結構ですよ、ロレッタ様。今の私は子爵に過ぎません」


 アシャール家は当主のクレマンのみが処刑された。

 本来であれば一族郎党皆殺しにされてしまうところだったのだが、良くも悪くもアシャール家は影響力が大きすぎたのだ。

 レイは「銀行が潰れないのと同じですね」などと言っていたが、その真意は私には分からない。

 とにかく、アシャール家は当主交代と家格降格という処分に決まった。

 クリストフ様は今、アシャール子爵である。


「それに……まだ来ますよ」

「!」


 クリストフ様が魔法杖を向けた先には、今ままでの平民とは少し雰囲気の違う者たちが姿を現していた。


「冒険者……!」


 冒険者ギルドに所属し大小様々な依頼をこなす人々のことを、私たちはそう呼ぶ。

 彼らの多くは戦闘の心得があり、事実、クリストフ様の霧でも眠りに落ちていない。

 何らかの抵抗を行っているものと思われた。


「行くぞ、野郎ども!」

「おお!」


 リーダーと思われる者の号令とともに、十数人の冒険者が飛び込んで来た。

 人数こそ少ないものの、その動きは先ほどまでの平民たちとは段違いに連携が取れている。

 物量で圧殺されることはないが、ある意味で平民たちよりも厄介な相手だ。


「お下がりを、クリストフ様!」

「ここは私たちにお任せを!」


 そう言って冒険者たちの前に立ち塞がったのは、私たちとさほど違わない年齢の少年少女たちだった。


「キミたちこそ下がりなさい。ここは貴族の戦場です」

「いいえ!」

「クリストフ様に受けた恩を、ここで返させて頂きます!」


 後になって知ったのだが、この時クリストフを守ろうと立ち塞がったのは、彼がクレマンの人身売買から救い出した孤児たちらしい。

 彼ら彼女らはそのまま平民として生きていくことも出来たが、クレマンの人柄に惚れて彼に付き従うようになったのだとか。


「ちっ……ガキかよ……」


 男たちの先頭、使い込まれたショートソードを持った男が、そう毒づきながら足を止めた。

 私はその男に見覚えがあった。


「ユークレッドの時の……」

「また会ったな、バルリエのお嬢ちゃん」

「やるなら相手になるけど?」

「いやぁ……、俺も仕事なら大概のことは引き受けるんだけどよ。でも――」


 男は懐から何か重たそうな袋を取り出すと、それをリーダーと思われる男に放り投げた。


「おい、なんだこれは?」

「報酬の三倍はあるだろ。違約金だよ」


 そう言って、冒険者の男はけっとつまらなさそうに笑った。


「貴様、一度受けた仕事を投げ出す気か!?」

「ガキを殺すのが仕事なんざ聞いてないわボケ! 冒険者だって仕事くらい選ぶわ!」


 男に続いて、冒険者たちはやめだやめだ、と足を止めた。


「そいつらは貴族なんだぞ!」

「知っとるわ。でもな、この嬢ちゃんは貴族は貴族でも、見どころのある貴族だ。死んだ仲間の為に泣いてくれたんだぜ?」

「貴族の奸計だ!」

「奸計でゲロ吐くお貴族様がいるかよ。なあ?」


 男に問われ、ロレッタは決まり悪そうに視線を逸らした。


「引いてくれるのですか?」

「ひとまず停戦だ。こっちだって血は流したくない」


 クリストフの問いかけに、男性冒険者はそう言いながら剣を収めた。


「だが……正直、この革命は『なる』と思うぜ?」

「……そうでしょうね」


 この場はどうにかなったものの、既に戦いの趨勢は決した、と冒険者は言う。


 程なく、学院は革命政府に全面降伏する宣言を出した。

 私たち貴族の子弟はひとまず革命政府の監視の下、学院に拘留されることになった。


「……これからどうなるんだろうね」

「なんとでもなるわよ。生きてさえいれば」


 不安そうに呟くロレッタの手をぎゅっと握り返しながら、私は何としても生き延びてやると固く心に誓うのだった。



85.覚悟


「クレア様はこちらでお待ち頂きます」

「そう……ありがとう」


 革命政府の兵士に連れられてやって来たのは、旧貴族院議会第二庁舎でした。

 歴史のある古い建物で、王国の国宝にも指定されている建築物でもあります。

 中を案内されてとある部屋に入ると、見覚えのある人影がありました。


「クレア……」

「お父様!」


 お父様はソファから立ち上がると、わたくしに駆け寄って来てハグをして下さいました。


「心配したんですのよ!」

「すまないね」


 胸にすがりついて泣きたくもありましたが、今はそれどころではありません。


「それでは、ここでお二人でお待ちください。何かあれば呼び鈴を」


 兵士はそれだけ言って去って行きました。


 元々貴族院議会の庁舎だっただけあって、室内の建具は悪くないものでした。

 ですが、破棄された建物だけあって、所々埃が溜まっており、椅子などの急遽運び込んだと思われる家具は安物に見えました。

 建具の豪華さと家具の安っぽさがチグハグなせいで、落ち着かない印象になっています。


「お前がここにいるということは、レイは上手く行かなかったのかね?」


 お父様は内容を絶妙に誤魔化して聞いてきました。

 その意味するところは、お前は真相をどこまで知ったのか、ということでしょう。


「レイは最後までお父様との計画を遂行しようとしました。わたくしがここにいるのは、わたくしの矜恃ですわ」

「……馬鹿者が」


 わたくしの答えで全てを悟ったのか、お父様は一瞬苦しそうに顔を歪めて、もう一度きつくハグをして下さいました。


「お前の選択を貴族としての私は誇りに思う」

「ありがとうございますわ」

「だが、父親としては叱らねばならん。お前はもっと自由に生きてよかった」


 わたくしを抱きしめながら言ったお父様の言葉は、苦渋にまみれていました。


「これがわたくしの生き方ですわ、お父様」

「お前には辛い生き方を強いてしまった」

「いいえ、お父様。わたくしは貴族としての自分に納得しています。これでよかったのです」


 こうなったことを、わたくしは後悔していません。

 幸せだけの人生ではありませんでしたが、それでもわたくしは幸福でした。

 裕福な貴族の家に生まれ、敬愛すべきお父様がおり、友人に恵まれ、そして――。


(あなたにも、出会えましたわ)


 レイ。

 私の愛。

 彼女を一人にしてしまうことだけが、唯一の心残りです。


「おーおー、貴族様ってのは随分と潔いもんだねぇ?」


 ノックもなく開け放たれたドアから、空気を読まない明るい声が響きました。


「リリィ枢機卿……」

「オルタと読んでくれや。今の俺はリリィとは違うんでね」


 そう言うと、リリィ枢機卿――改めオルタは、リリィ枢機卿ならば決してしないような皮肉めいた顔で笑いました。

 オルタは以前、黒仮面として暗躍していたナー帝国の刺客です。

 その正体はサーラスの魔法によって作り上げられた、リリィ枢機卿の別人格なのでした。


「オルタ、そんな説明は不要でしょう。彼らはどうせ死ぬ運命にあるのですから」

「サーラス……貴様……!」

「ドル、残念ですよ。あなたのような優れた政治家がこの世界から失われるとは」

「心にもないことを」


 お父様が毒づくと、サーラスは涼しげに笑って、


「いえいえ、本心ですとも。もっとも、目の上のたんこぶがいなくなってせいせいするというのも、紛れもない本音ですがね」

「サーラス。お前は自らの野心のために、国民を売ろうとしているのだぞ。分かっているのか?」


 せせら笑うサーラスに対し、お父様は飽くまで政治家として真摯な態度を崩しませんでした。

 サーラスの暴挙を、今からでも止めたいと考えているのでしょう。

 レイは革命に至る道筋をつけたのはお父様だと言っていましたが、ナー帝国がそれに乗じることについては計算外のことだったようです。


「国民などどうでもよろしい。私は私のために政治をします。バウアー王室もナー帝国も、手のひらで踊らせて見せましょう」

「……クズが。ここに至るまで貴様の尻尾を掴めなかったことが、このドル=フランソワ最大の過ちだったわ」

「ふふふ、何とでも言えばいいでしょう。どうせあなたにはもう何も出来ません。それとも、そこの娘と一緒に、私たちに挑んでみますか?」


 サーラスの赤い目が嬲るようにこちらを見ました。


「この――!」

「乗るな、クレア。安い挑発だ。サーラス一人なら何とでもなるが、そこの実験体は手強い」

「くくく、お褒めにあずかり恐悦至極だぜぃ」


 お父様の言葉に、役者のような礼をして見せるオルタ。


「それで、サーラス。我々をどうする。ナー帝国に引き渡すのか?」

「いいえ、あなた方の首にそこまでの価値はありません。あなた方には旧政治の象徴として、処刑台に立って頂きます」


 処刑台――その単語を耳にして、わたくしはようやく実感として理解しました。

 わたくしは、殺されるのだ、と。


「おや? どうしました、クレア? まさか今さら死ぬのが怖くなったとでも?」


 サーラスに嘲笑されるのは耐え難いものがありましたが、実際、その通りでした。

 わたくしは今になって死ぬことが恐ろしいと感じました。

 処刑というからには安らかな死に方ではないでしょう。

 良くて斬首、悪ければ火あぶりといったところのはずです。

 その苦痛はどれほどのものかと想像すると、身体の震えを抑えることが出来ませんでした。


「強がっていても所詮は小娘。死ぬのは怖いと見える。……そうですね、ならチャンスを与えましょうか」

「チャンス……ですって?」

「ええ」


 サーラスはにんまりと笑うと続けました。


「オルタ同様、あなたも私の操り人形になりなさい。そうすれば生かしておいて上げましょう」

「なっ……!? 馬鹿なことを言うんじゃありませんわよ!」


 あまりにもあまりな選択肢の提示に、わたくしは激昂しました。

 サーラスのような人間のために働くなど、どれほどの好条件を提示されてもごめんです。


 でも――。


 自らの命がその天秤の片側に置かれているとき、その誘惑はほんの少し甘く響いたのも確かでした。

 その事実が、わたくしの貴族としてのプライドをいたく傷つけました。


「ふふふ、そうですか。イヤですか。なら仕方ありません。潔く貴族のプライドと供に処刑台の露と消えるがいいでしょう」


 サーラスは心底可笑しそうに笑いました。


「……趣味わりぃなあ、親父も」


 ぼそりと呟いたオルタの一言で、わたくしはなんとなく分かってしまいました。

 サーラスは最初からわたくしたちの命を助けるつもりなど微塵もないのです。

 ただ、仇敵とその娘をいたぶって、その苦しむ顔を楽しんでいるだけなのです。


「どうやらお前と話すのは無駄なようだ。出て行くがいい」

「おや、そんな態度を取って良いのですか? クレアがどんな目に遭うかは私の胸三寸なのですよ?」

「クレアは私の娘だ。どのような目に遭おうと、既に覚悟は出来ている」

「その割に死ぬのが怖いようですが?」

「死ぬのが怖くない人間などおらぬ。だが貴族はその死に意味を見いだすものだ」


 お父様の言葉に、わたくしはハッとしました。


 確かに死ぬのは恐ろしいです。

 でも、わたくしの死が、無意味なものではないとしたら?

 わたくしが死ぬことで、平民たちは新時代の幕開けを感じ取ることでしょう。

 バウアーでは新しい政治が行われ、平民たちは恐らく今よりもいい待遇を得るはずです。


 そして、その平民の中にはレイもいるのです。


 わたくしが死ぬことで、レイの未来が開けるのだとしたら。

 レイは有能な女性です。

 新時代になれば引く手あまたでしょう。

 彼女はきっと、時代の寵児となります。


 そう考えたとき、わたくしの身体の震えは徐々に収まって行きました。


「おやおや、やせ我慢はみっともないですよ、レディ?」

「何とでもお言いなさい。いつかあなたのことを誅する者があらわれますわ」


 それはひょっとしたらレイなのかもしれない、とわたくしは思いました。

 彼女ならサーラスの暴挙をとめ、リリィ枢機卿をも救い出してくれるのでは。

 そんなことを考えていたら、わたくしの乱れた気持ちはすっかり凪いでいきました。


「……ふん、つまらないですね。まあ、いいでしょう。行きますよ、オルタ」

「それじゃあな、ご両人。あんまり早まったことは考えるなよ?」


 サーラスはオルタを連れて部屋を出て行きました。


「クレア、本当にいいのか? お前一人ならここを脱出することだって――」

「いいのです、お父様。わたくし、覚悟を決めましたわ」


 わたくしはもういい、と思いました。

 長く生きたとは言えませんが、精一杯、貴族らしく生きました。

 それに――。


(ようやくお母様に、あの日のお詫びを言いに行けますわ)


 うら若い年齢で死んだことを、お母様は怒るかも知れません。

 でも、貴族として理想に殉じたことを、お母様はきっと褒めて下さるに違いありませんでした。


「……そうか。すまない」


 お父様ともう一度ハグをしました。


 その後は何事もない数日が過ぎました。

 時折、サーラスがちょっかいをかけてくるものの、お父様もわたくしももうそれほど動じることはありませんでした。

 わたくしは来たるべき死を受け入れるため、心を安らかに保とうと努めました。


 しかし――。


「来たぞ! レイ=テイラーだ!」


 それは、わたくしの覚悟をぐらつかせるのに十分過ぎる出来事でした。



86.分かたれた道


「レイ……?」


 姿を見たわけでもなく、ただその名前を耳にしただけで、わたくしの心はざわつきました。

 諦めたはず。

 もう決めたはずです。

 彼女が生きる新しい未来のために、わたくしは散るのだと。

 わたくしが進む残り僅かな日々と、彼女に開かれた大きな未来とは、もう重なることはないのだと。


 それなのに――!


(レイが……レイが来てくれた!)


 連日、食事もあまり喉を通らず、睡眠もあまり取れていなかったこともあるでしょう。

 毎夜、レイと過ごした幸せな日々の夢を見ていたこともあるでしょう。

 心身共に限界だったわたくしは、思わず抑え付けていた本音が漏れ出てしまいました。


 わたくしはドアを打ち壊して部屋を出て行こうとしました。

 ――でも、その寸前。

 わたくしを見て優しく、しかし寂しそうに微笑むお父様の顔を見て、湧き立つ気持ちは一気に冷えてしまいました。


(わたくしが行ってしまったら、お父様は一人になってしまいますわ)


 もちろんそれは、お父様が望んでいることではあるでしょう。

 ですが、わたくしにはお父様を一人で死なせることはどうしても出来ませんでした。


「お父様も、一緒に――」

「それは出来ない」


 わたくしの言葉をお父様は予期していたように遮りました。


「なぜですの!?」

「時代が変わったことを、民は実感せねばならん。その為には象徴が必要だ。旧時代が終わったと明確に分かる象徴が」


 それが自分だ、とお父様は言うのです。


「愛されているな、クレア」


 窓際に立つお父様が、外を見ながらそう言いました。

 その口調は何とも形容しがたいもので、呆れているような、それでいて羨望するような複雑なものでした。

 わたくしも窓に近づくと、そこから見えた光景はわたくしの想像通りのものでした。


「レイ……」


 レイはたった一人。

 供も連れずにただ一人だけで、全身を魔道具の鎧で固めたサーラスの私兵を何人も相手にしていました。

 その顔には鬼気迫るものがあり、操る魔法の威力も普段よりタガが外れているように見えました。


「クレア、今からでも遅くはないのだよ?」

「……」


 窓の外から視線を動かさず、お父様は声だけで問うて来てました。

 質問の意図は分かっていましたが、わたくしはまともに答えることが出来ませんでした。

 お父様は一つ嘆息すると、こう続けました。


「私には出来なかったが、恋に生きる人生があってもいいはずだ。旧時代を背負って消えるのは、私一人でも十分だ」


 視線を感じてそちらを見ると、お父様が見たこともないような表情をしていました。


「お父様……?」

「思い返してみれば、私はお前に父親らしいことをほとんどしてやれなんだな」

「そんなこと……!」

「いや、そうだとも。ミリアを失ってから、私にとって貴族政治の終焉は何にも勝る目的だった」


 そう語るお父様の真意が、わたくしには計りかねました。

 お父様は今さら一体、何を言っているのでしょう。

 今さら遅いと言いたいのではありません。

 わたくしはお父様を恨んだことなど一度もないのです。


「私はそのために色々なものを犠牲にしてきた。主義、理想、金、プライド――その中にはたった一人の愛娘であるお前も含まれている」

「やめて下さいまし、お父様。わたくしは理解しております。お父様からの愛を疑ったことなどただ一度もありません。」


 わたくしはそれほどに甘やかされて育ちました。

 自分がワガママな貴族令嬢であることは自覚しています。

 それが許されてしまうほどに、お父様はわたくしを溺愛して下さいました。


「私はね、クレア。お前を貴族の娘としては扱ってきたが、果たして自分の娘として愛してこられたか、自信がないのだよ」

「そんな……!」

「血を分けた娘を自らの計画のために、平気で犠牲にしようとしている。赤の他人であるレイですら、それを咎めたというのに」


 それは初めて耳にする、お父様の弱音だった。

 わたくしを充分に愛したのだろうか、みずからの計画の大義はそれほどのものだっただろうか。

 恐らくそれは今日、ここに至るまで、ずっと誰にも言えなかったであろう、お父様が一人抱え混み続けてきた苦悩そのものに違いありませんでした。


「……お父様。少し窓から下がっていて下さいまし」

「……クレア?」

「お早く」

「あ、ああ……」


 お父様は戸惑うような様子を見せましたが、すぐにわたくしの言う通りにしてくれました。


「……」


 ――レイ、来てくれてありがとう。

 ――死ぬ前にもう一度、あなたの顔を見られて良かった。


 魔法杖すら取り上げられなかったのは、こうなることすらサーラスの計算だったからなのでしょうか。

 などと思いながら、わたくしは魔法杖を高く掲げました。


「クレア、何を!?」

「光よ……マジックレイ!」


 フランソワ家の紋章から迸った四条の光は窓ガラスを突き破り、眼下の庭の地面に焼け焦げた後を残しました。

 その向こうで、レイが呆然としています。

 視線がこちらを向きました。

 気がついたのでしょう。

 わたくしの存在に。


 そして、わたくしの意志に。


「クレア……」

「これがわたくしの選択ですわ、お父様」


 膝から崩れ落ちたレイの側に、マナリアお姉様が表れました。

 お姉様がレイを抱えて逃げていくのを見送りながら、わたくしはお父様に言いました。


「偉大なるバウアー財務大臣、ドル=バウアーの愛を一身に受けた娘、クレア=フランソワは、王国歴二〇一五年十一月にその命を終える――それでいいのです」


 お姉様たちの姿が完全に見えなくなってから、わたくしはお父様の方へ振り向きました。


「お父様は貴族としても政治家としてもバウアー史上最高の方です」

「クレア……」

「そして、ドル=フランソワは父親としてもこの上なく愛情深い、わたくしにとって最高のお父様ですわ」

「……クレア」


 お父様はわたくしのことをきつく抱きしめました。


「貴族として死ぬことを、わたくしは誇りに思います。そしてその誇りはお父様と、今は亡きお母様がわたくしに受け継いで下さった、掛け替えのない宝です」

「分かった……もういい。よく分かった」


 わたくしの言いたかったことは、全て伝わりきったと思います。

 お父様への愛、貴族としての覚悟、その他の全てを込めて、わたくしはお父様を抱きしめ返しました。


「お前は本当にミリアの子だよ」

「もちろんですわ。全てが終わったら、一緒にお母様にお詫びをしに行きましょう」


 わたくしがそう口にした瞬間、本当に一瞬のことでしたが、お父様は苦しそうに顔を歪めたような気がしました。

 おや、とわたくしが訝しく思った次の瞬間には、お父様はいつもの威厳溢れる顔に戻っていました。

 何かの見間違えだったでしょうか。


「そうだな……ミリアに詫びねばな」

「はい。でも、お優しいお母様のことですもの、きっと許して下さいますわ」

「……ああ、きっとそうだとも」


 階下では騒ぎが大きくなっていました。

 レイの襲撃はあわや成功する寸前で、サーラスの私兵はおろかオルタさえもが倒されていたからだ、とわたくしは後になって知ります。

 サーラスは慌てたようで、お父様とわたくしの処刑日を早める、とわざわざ宣言しに来るほどでした。


 もう、憂いはありません。


 あれだけのことをすれば、流石のレイも諦めるでしょう。

 わたくしの覚悟は伝わったはず。

 お姉様が来てくれたことも分かりました。

 お姉様ならばわたくしを失ったレイを、きっと立ち直らせてくれるに違いありません。


 これで心置きなく幕を引けます。


 これが大きな勘違いであることを、わたくしは後に思い知らされます。

 ですが、この時のわたくしにはそんなことは知るよしもないのでした。



87.舞台裏1~マナリア=スース~


 ※マナリア=スース視点のお話です。


 バウアーへの留学から帰国したボクを待っていたのは、うんざりするようなお家騒動だった。

 やれ次の王はだれだだの、どの派閥につけば甘い汁を吸えるかだの、民のことを置き去りにした貴族連中の頭の中は、自分たちのことで一杯のようだった。


 ボクはあまり真面目とは言えない人間だが、それでも王族だ。

 政治にはあまり関心を寄せて来なかったが、民を慈しむ最低限の愛情はある。

 そんなボクに言わせれば、帰国したばかりの頃のスースは、はっきり言って見るに堪えなかった。


 ――このままでは、国が滅びる。


 危機感を覚えたボクは、仕方なく王位継承レースに再び名乗りを上げた。

 進んで戻りたい道ではなかったものの、このままでは民が不幸になる。

 こんなボクにでも出来ることがあるのなら、それを全うしたいと思う程度には、ボクも王族だったわけだ。


『……でも、ボクに一体何が出来るだろう』


 一度は追放された身であるボクは、最初のうちほとんど支持を得られなかった。

 女遊びのスキャンダルはまだ国民の記憶に新しいところで、これは厳しいだろうかと思う場面が続いた。

 それでもボクは腐らず実直に、民のためを思う政策を唱え続けた。


『マナリア=スース様ですか。私はこういう者です』


 潮目が変わったのは、スースで一番大きな新聞社の取材を受けた時だった。

 それまでその新聞社が取り上げてきたのは、当時王位継承争いの上位にいた王子たちばかりだった。

 だが、ある若い記者がぜひに、と取材を申し込んできたのだ。


 記者の名前はベッティーナ=エルミーニ。

 新聞記者としてはまだ珍しい、若い女性の記者だった。

 黒縁眼鏡を掛け、ぼさぼさの髪の毛をした彼女がやって来たときは少々不安も覚えたが、そんな余裕はものの数分でかき消えた。


『単刀直入に聞きます。あなたは女性の敵ですか?』


 ベッティーナは相手が王族であろうと容赦はしなかった。

 その茫洋として外見から想像もつかない鋭い舌鋒に、ボクは彼女への評価を大幅に変更する羽目になった。

 提灯記事を書く新聞記者も少なくない中、彼女は本物のジャーナリストだった。

 自らの目とペンでもって、真実をえぐり出そうとする気概を感じた。


 質問は多岐に及んだ。

 女性スキャンダルのことはもちろん、ボクがどのような政治を行おうと考えているのか、人柄はどうか、スースの未来をどのように思い描いているかなど、取材は実に五時間半にも及んだ。

 その五時間半の間、彼女は一切の隙を見せなかった。

 ボクはそれに答えるため、全身全霊をかける必要があった。


 思えば、誰かに自分のことをあれほどまでに語ったことはなかったように感じる。

 ベッティーナの質問の中には、私的な部分に当たるものも少なくなかった。

 それがもし野次馬根性であれば答えるつもりはなかったが、彼女にそのつもりがないことはすぐに分かった。

 彼女はただ純粋に、ボクという人間のことを先入観なく判断しようとしていた。


『独占取材:マナリア=スース――その人物と未来像』


 ベッティーナの記事は大きな反響を呼んだ。

 もしかすると、マナリア=スースという王族は、この時初めて国民の前に姿を現したのかもしれない。


 記事の公開直後は、まだボクへの評価は割れていた。

 だが、注目度は段違いに増し、そこから段々とボクの政策を評価してくれる人が増えていった。

 その後もボクは小まめに自分の情報を発信しながら、逆に市民からも意見を募った。

 早急な対応が急がれる意見はちゃんと政策に反映して行くと、市民感情はどんどんボクの方を向いて来くれた。


 最初からそこまで考えていたわけじゃない。

 ただ、何かのとっかかりになればいいと思ったのだ。

 こんなことは当たり前のことだ。

 なのに思っていた以上に効果があった。

 王族として恥ずべきことに、スースではこの当たり前すら出来ていなかった。


 自分たちを見ようとしない王侯貴族たちに、民たちも嫌気がさしていたのだろう。

 ボクへの支持は着実に広まり、醜聞を繰り返すだけの対抗場たちは、徐々に勢いを失って行った。


 数ヶ月後、前王が次の国王として指名したのは、他の誰でもなくこのボクだった。

 あまりにもあっさりとしていて、正直、拍子抜けはした。

 だが、それは紛れもないこの国の選択だった。

 反対勢力の有権者も、この国を見限り他国に流れていく者が少なくなかったのだ。

 この国は疲れていた。


 国を背負うということは重たかったが、案外、やりがいのあることのような気がしてきた。

 ボクは子どもを産むことはないだろうが、子どもを育てるのと同じくらい、あるいはそれ以上に面白そうだと思った。

 反発を食らうだろうから、そんなことは決して表では言わないけれど。


 そうしてしばらくは国内の政治改革に集中していたボクの元に、やがて思いもよらない知らせが飛び込んでくる。


『申し上げます! バウアー王国で火山が噴火したとのことです!』


 同盟国として、ボクはすぐにバウアーへの救援策をまとめた。

 だが、バウアーの貴族たちが臨時政府なるものを立ち上げた段になって、これはいよいよ危ないと感じた。

 貴族たちは王族さえ無視して民を置き去りにした政治を行おうとしていた。

 しかもそれを率いているのがあのドルだという。


 不可解だった。

 だが、彼の真意を見定める余裕はなかった。

 事態の背後に、ナー帝国の姿が見え隠れしていたからだ。

 ボクは万が一の事態に備え、スースの軍を率いて駆けつけることにした。


 こうして、紆余曲折あってバウアーへと駆けつけたはいいが、臨時政府も革命政府もスースの扱いに困っているようだった。

 革命政府は背後にナーがいるから無理もないとしても、ドル率いる臨時政府もまた、要領を得ない。

 ボクはドルに直接会って話を聞こうとした。


 そして、革命の瞬間に立ち会うことになった。


 ドルは革命政府に捕らわれ、程なくしてクレアもまた投稿したという。

 ボクの中で違和感はますます大きくなった。


『何かがおかしい』


 あのドルが汚名を甘んじて受け入れていることも。

 そんなドルをクレアが放っておくことも。

 そして何より、レイが二人を止めていないことが一番おかしかった。


 私は慎重に情報を集めた。

 そして、ようやくのところでレイがクレアを救いに行くところに追いついた。

 レイはよく戦ったと思う。

 だが、クレアはレイを拒絶した。

 それでやっとボクは悟ったのだ。


 ――全て、台本通りのことなのだ、と。


 さしずめシナリオライターはドルだろう。

 あるいはレイも一役買っていたかも知れない。

 いずれにしても、この流れをドルとクレアは進んで引き受けようとしているのだ。

 そして恐らく、レイはそれに反対し――拒絶された。


『……』


 庁舎の二階にある割れた窓を、レイは呆然と見つめながら膝を着いていた。

 完全に我を失っている。


『こっちだ! オルタ様に加勢しろ!』

『生きて返すな!』


 もたもたしている時間はなさそうだ。

 あのレイですらクレアはこの対応だったのだ。

 ボクが行った所で結果は変わらないだろう。

 ボクはひとまずこの場は引き下がるのが賢明と考えた。


『……』


 抱え上げたレイは驚くほど軽かった。

 こんな小さな体に、一体どれだけのものを抱えて来たのだろうと思う。

 ドルも酷なことをさせる。


『……』


 スースの陣営にある宿まで運んできたが、レイは我を失ったままだった。

 無理もない、と思う。

 彼女は本気でクレアを愛している。

 他でもない、このボクがそう自覚させた。

 あの時はそれが最善と思ったが、ことこうなっては裏目に出てしまったと言う他ない。


 レイが我に返るまで、数日を要した。


『マナリア様……? どうしてここに?』


 レイはかろうじて自分を取り戻したが、その目は絶望に染まっていた。

 彼女にとって、クレアがいかに大きな存在だったのかが分かる。


 ――正直に告白すれば、ボクはほんの少し魔が差していた。


 このままレイの弱り切った心につけ込めば、彼女を自分のものにすることが出来るのではないか、と。

 レイは魅力的な女性だ。

 クレアを巡って恋の天秤を争った時に言った言葉は、嘘じゃない。


 ――でも……これは無理だな。


 クレアを失ったレイは、もうレイではない。

 レイにとってクレアという存在はもう、その人格の一部をなしているほど、掛け替えのないものになっていた。

 仮に今ここでレイの弱さにつけ込んだとしよう。

 その場合、確かにレイをこの手に収めることは出来るかもしれない。

 だが、その時ボクが見ることの出来るレイはきっと、抜け殻になってしまった彼女だ。

 ボクが好きなレイは、クレアのことが好きで好きで堪らないレイなのだ。


 ――やれやれ、世話が焼けるね。


 ボクはレイをもう一度焚きつけることにした。

 それはかろうじて成功し、レイはもう一度クレアを奪い返しに行く意思を取り戻した。

 罪な子だ。

 このボクに二度も噛ませ役をさせるなんて。


 でも、それでいい。


 元々ボクは王族。

 遅かれ早かれ自分の恋は諦める羽目になっていたはずだ。

 だから、これでいい。


 願わくば、愛した人と可愛い妹分が、手を取り合って次の時代を迎えんことを。



88.舞台裏2~レーネ=オルソー~


 ※レーネ=オルソー視点のお話です。


 バウアーから追放されアパラチアに移り住んだお兄様と私を待っていたのは、とても厳しい現実でした。

 オルソー家は没落前の商いの繋がりで、何とかアパラチアでも商売をしていけそうでしたが、お兄様と私は勘当の身です。

 実家を当てにすることは出来ませんでした。


『レーネ、もう少し頑張ってみよう』

『うん……』


 私たちがしてしまったことを考えれば当然の罰だと思いましたが、それでも生きていかなければなりません。

 お兄様と私は何とか頼み込んで、ある宿で泊まり込みの仕事をさせて貰えることになりました。

 店主の男性は気難しい人でしたが、優しい人でもありました。

 身寄りのない私たちを受け入れてくれたあの人のことを、お兄様も私も生涯忘れることはないでしょう。


 宿屋では、お兄様が接客と事務作業、私が料理を担当しました。

 お兄様は元々柔和で人当たりのいい接客向きの性格だったので、すぐに仕事に馴染みました。

 私は私で、日々の仕事に懸命に打ち込みました。


『……紹介状を書いてやる』


 やがて、宿の男性は次の仕事先を紹介してくれました。

 元々、まとまったお金が貯まるまでという契約でしたから、次の仕事のあてまで紹介して貰えたのは幸運極まりないことでした。

 しかも、紹介先はアパラチアでは有名な高級レストランです。

 私はここが勝負だと感じました。


 働き始めのうちしばらくは、大人しく雑務をこなしました。

 まず、店の仕組みや人の動きが分からなければ話になりません。

 ですが、それは最低限のことです。

 私にはある野望がありました。


 そのレストランでは月に一回、皆が独自の料理を提案してレシピを競う品評会がありました。

 私が狙っていたのはそれでした。

 私はレイちゃんから貰ったレシピをここで使うことを決めました。


『なんという味わいだ……!』

『こんな料理は食べたことがない!』


 品評会で私が作ったのは海老とブロッコリーのマヨネーズ炒めでした。


 まだバウアーでもブルーメでしか使われていないマヨネーズを使ったこの料理は、品評会で非常に高い評価を受けました。

 レシピはレストランの正式なメニューに採用され、私も調理の重要な部分を任せて貰えるようになりました。


 そこからは信じられないほど、幸運が続きました。


 海老とブロッコリーのマヨネーズ炒めは瞬く間に人気メニューとなり、レストランには色々な人が足を運ぶようになりました。

 その中に、一人のお金持ちがいたのです。

 エドガーさんというその方は大変な美食家でもあり、いつか自分の理想のレストランを開きたいと考えていたそうです。

 そして私はエドガーさんから、お金を出すから自分の店を持たないかと持ちかけられました。


 あまりにもうますぎる話に、最初は詐欺を疑いました。

 お兄様は事務手続きを学ぶ中でアパラチアの法律も学んでいましたから、エドガーさんについて詳しく調べて貰いました。

 ですが、彼はアパラチアでは有名な美食家らしく、どうもお店を持つ話も私たちだけに持ちかけているわけではないようでした。

 彼の出資を得て独立した有名レストランは少なくなかったのです。

 お兄様と私はエドガーさんの申し出を受けることに決めました。


『レーネ。ここからが本当の始まりだね』

『ええ、お兄様』


 店の名前は「フラーテル」と名付けました。

 バウアーの古い言葉で『兄妹』という意味です。

 『恋人』という意味の言葉をつけることも考えましたが、これはお兄様と私にとっての自戒です。

 犯した罪を忘れず、そして乗り越えていけるように――そんな祈りを込めてつけました。


 レイちゃんのレシピを使ったフラーテルは瞬く間に有名レストランとなりました。

 中でも人気を博したのが、デザートとして供されるクレームブリュレでした。

 このレシピにはレイちゃんやクレア様との思い出がたくさん詰まっています。

 そんな一品がフラーテルの地位を押し上げてくれたことに、私は運命を感じずにはいられませんでした。


 合わせて売り上げに貢献してくれたのは、お兄様が考案した魔道具の調理器具でした。

 これもバウアーにいた頃、レイちゃんと話し合ったアイデアだったそうです。

 これにより少ない人員でも大量生産が可能になり、色々なお店にクレームブリュレを卸したり、個人販売に委託したりと間口を広げていきました。

 同時に調理器具自体もコンセプトや実機を販売しました。

 お兄様も大変な活躍をして下さったのです。


 そうしてフラーテルが軌道に乗ったのがつい先月のこと。

 私とお兄様は今、バウアーにいます。

 サッサル火山の噴火と、それに伴う王国内の不穏な動きについて耳にしたからです。


 追放処分を受けた私たちは、本来であればバウアーに入ることは出来ません。

 ですが、そんな私たちの元に、革命政府を名乗る組織から出資を募る申し出がありました。

 バウアーで何かが起きている。

 いても立ってもいられなくなった私は、出資を承諾するとその契約のためという名目でバウアーを訪れることにしたのです。


『これは……』

『酷い……』


 久しぶりに見た王都は、記憶にある美しい町並みとはかけ離れた状態でした。

 噴火の直接的な被害と思われる建物への被害も甚大でしたが、何より辛かったのは人々の顔に生気がないことでした。

 私は革命政府に要求されていた以上の資金援助を申し出ました。

 放ってはおけないと思ったのです。


 最初、私は自分の貯金から出資を行うつもりでした。

 ですが、お兄様はそれに待ったをかけました。


『僕たちが今生きていられるのは、ロセイユ陛下の温情だ。陛下は亡くなったけれど、僕も一緒に恩返しをさせて欲しい』


 こうして、フラーテルの全体として援助を行うことを決めました。


 このことは結果的に予想外の結果に繋がりました。

 まず、革命政府は大口出資として、私たちを厚遇してくれるようになりました。

 それ自体は何も意外なことではありません。

 想像していなかったのは、彼らが自分たちの活動の内容を、事細かに報告してくれるようになったことでした。

 そうして、その報告の中に私は見つけてしまったのです。


 ――フランソワ公爵とその娘を捕縛。


 それを見た瞬間、私は気を失いそうになりました。

 革命政府は貴族政治を打倒しようとしています。

 このままではクレア様の命が危ないのです。


 出資を取りやめることは簡単でしたが、その頃にはもう革命政府はフラーテルの出資がなくともやっていけるだけの資金を確保しているようでした。

 ならばむしろ、このまま革命政府内にとどまって、その動きを逐一監視する方が得策だと考えました。


 じりじりとした日が続きました。

 クレア様が殺されてしまうかも知れないのに、何も出来ることがなく、ただ事態の推移を見守るだけの日々でした。


 そうして、マナリア様から手紙が届いたのが今朝のことです。


「レイちゃん!」

「久しぶり、レーネ。それとごめんね」


 再会するなり、レイちゃんは私に深く頭を下げました。

 彼女はずっと真意を隠していたこと、クレア様を止められなかったことを謝罪してくれました。


「レイちゃんにどうにもならなかったんなら、誰でも無理だったよ」

「でも……」

「それに、諦めてないんでしょ?」

「……うん」


 静かに頷いたレイちゃんの顔には、決意がみなぎっていました。

 どんな手段を使ってでも、クレア様を取り返す――その決意が。


「なら協力させて? 一緒にクレア様を取り戻そう?」

「ありがとう、レーネ」


 こうしてお兄様と私は、フラーテルとして革命政府に協力しつつ、個人としてはレイちゃんたちのクレア様救出作戦に加担することになった。


「……クレア様……」


 今も敬愛する、我が永遠の主。

 クレア様が何を思って革命に散ろうとしているのかは、容易に理解出来た。


 でも――。


「私は、生きていて欲しいです」


 裏切った私にこんなことを言う資格は、もうないのかも知れない。

 でもそれが、私の偽らざる願いだった。


「僕たちは出来ることをしよう。やれるね、レーネ?」

「うん!」


 私は一人ではない。

 レイちゃんだってマナリア様だって――そしてお兄様だっている。


「待ってて下さいね、クレア様」


 レイちゃんと同じく確かな決意を胸に秘めて、私は「その日」を待つのだった。



89.舞台裏3~ミシャ=ユール~


 ※ミシャ=ユール視点のお話です。


 三王子の中で、革命から一番遠いところにいたのは、間違いなくユー様だったと思う。

 ユー様は収穫祭での一件で王位継承権を放棄していた。

 そのため、国の政治が臨時政府と革命政府に分かれた後も、両者から距離を置く立場を続けていた。


『クレアが動き出したみたいだよ。私も協力しようと思う』


 クレア様――と、恐らくレイも――が独自に配給を行おうと言い出した時、本音では私はユー様を巻き込まないで欲しいと思っていた。

 ずっと望まない性別での生活を余儀なくされていたユー様が、せっかく静かな生活を送ることが出来るようになったのだ。

 もうそっとしておいて欲しいと思うのは、私のわがままではないはずだ。


 でも、そんな私の本音をユー様は見透かしたように笑った。


『ミシャ、そんな顔しないで。王位継承権は破棄したけれど、私はまだ民のために生きることを諦めたわけじゃないんだから』


 これは自分が望んですることだ、とユー様は言った。

 捉えどころのない言動が多い方だけれど、ユー様は間違いなく帝王学を叩き込まれた王族なのだな、と思った。


 配給自体はすぐに軌道に乗った。

 元々、冬の間に炊き出しを行うこともある教会だから、配給の段取りには慣れている。

 問題は資金面だったが、どこから調達しているのか、クレア様とレイが潤沢に送ってくれるのでそこにも不安はなかった。


 だが、それから程なくして、事態は更に悪化した。

 武装放棄だった。


 政府軍の半数が革命政府軍となり、両者で激しい衝突が起こった。

 当然、街の治安は悪化する。

 それまで両政府が行っていた配給も滞りがちになり、困窮した民たちが私たちの配給に殺到した。

 正直、私も事態が落ち着くまで配給を中止することを提案したが、それはユー様が頑として受け付けなかった。


『今、一番苦しいのは両政府のどちらについてもいない、力のない一般の民たちだよ』


 ユー様はそういう人たちのためにこそ、配給を続けるべきだと主張した。

 私も元貴族だから、ノブレスオブリージュの精神は理解している。

 だが、ユー様のそれは私たち貴族が思うそれを遙かに凌駕している。


 ――あるいは、これが王族というものなのかしら。


 革命がこのまま激しくなった場合、その矛先は貴族だけでなく王族に向かう可能性さえある。

 でも、ユー様はそんなことを微塵も気にしていないようだった。

 同じ事はセイン様にも言える。

 彼は革命政府の神輿として担ぎ上げられたが、それに腐ることなく自分に出来る範囲のことを精一杯しているようだった。

 安否が分からなかったが、ロッド様もきっと同じようにしただろう。

 民のために生きようとするユー様たちの姿に、私ももう一度自分を問い直す必要があると思った。


 しばらくして、クレア様たちからの資金援助が途絶えた。

 レイとも連絡が取れなくなった。

 先立つものがなければ、配給は行えない。

 万事休すかと思われた時に、マナリア様とレーネが表れた。


『よく持ちこたえた。ここからはボクも力になるよ』

『ミシャ様、微力ながらお手伝いさせて頂きます』


 マナリア様がスースから運んできてくれた物資と、どこで稼いだのか、レーネが持っていた豊富な資金で、配給は何とか続けることが出来た。

 さらに――。


『おう、ちぃとばかり遅くなっちまったな』


 満身創痍といった出で立ちで、でもいつもの力強く頼もしい笑みを浮かべながら、ロッド様も合流した。

 彼はやはり噴火に巻き込まれていたそうで、何とか一命は取り留めたものの片腕を失っていた。

 絶対安静の身のはずだったが、助けに行った村の献身的な看護、そしてロッド様の王族としての強烈な自負が、彼の体をここまで動かした。


 やがてレイも加わり、後はクレア様さえ戻ってくれば、かつての学院騎士団の再現になろうか、という懐かしい顔ぶれになった。


『両陣営の軍については、オレに任せろ。血が上った頭を冷やさせてやる』

『サーラスの罪を暴くのは私に任せてよ。レイ、ドルの功績と合わせてまとめておいてくれる?』

『分かりました』

『オルタとやらの足止めはボクがしようか。察するに何かの魔法に捕らわれているようだから、スペルブレイカーで解除してしまうよ』


 革命政府が予告した公開処刑の前日、私たちはそれを食い留めるために話し合いをしていた。

 誰もがクレア様とドル様を助けようと必死になっていた。

 皆がそうするのは、私的な感情からだけではない。

 もちろん、ここに集まった誰もが、クレア様とレイに恩義がある。

 でも、クレア様やドル様のような人間は、貴族政治が終わった後、平民の世になっても必要だと考えているのだ。


 ――……直接、手助けは出来ない。だが、見守らせて貰う。


 送り主不明の言づても届いた。

 セイン様も離れた所で戦っている。


 準備は整えた。

 後は明日を待つだけだ。


 ◆◇◆◇◆


「そういえば、子どもの頃はよく一緒にお昼寝したね」

「あなた、中々起きなくて大変だったわよ」


 夜。

 私たちはスースの陣営に泊まらせて貰っていた。

 ベッドが足りないため、私とレイは一緒のベッドに寝ている。


「レイ」

「ん?」

「不安かしら、と思って」


 何だか寝付かれない様子のレイに、私は聞いてみた。

 話すことで解消するものもあると思ったのだ。


「そうだね、やっぱり不安はあるよ」

「そう……」

「でも、一番悩んでるのは、どうしたらクレア様の決心を覆せるかってとこなんだ」

「確かに、かなりの難題に思えるわね」


 クレア様は変わった。

 学院で再会したばかりの頃のクレア様は、鼻持ちならないわがまま貴族だった。

 でも、今のクレア様は古き良き、私がドル様に見た理想の貴族だ。

 そんな彼女が誇りと義務感をもって最期を迎えようとしている。

 これを翻意させるのは、並大抵のことではないだろう。


「ワガママ言ってみろ――なんてマナリア様は言ってたけど……」

「マナリア様がそんなことを?」

「うん。実は私、ちょっと意味が分かってない」


 そう言って、レイは苦笑した。


「そうよね。これまでだってあなたは散々クレア様にわがまま言ってきたものね」

「でしょ? でも、マナリア様に言わせると、そういうことじゃないんだってさ」

「ふむ……」


 どういうことだろう。

 レイは建前で本音を隠すタイプではない。

 もちろん、今回のドル様との計画のように、必要に応じて真意を隠すことはする人間ではある。

 だが、恋人に対して本音が言えないでいるようなタイプとは正反対だ。

 レイは隙あらばクレア様に愛を囁いて来たように思う。


 ああ、でも――。


「レイ。あなた、ちょっと打たれ強すぎると思うわ」

「え?」

「それはきっと、前世も含めてあなたが経験してきたことがそうさせているんだとおもうけれど、私はあなたが取り乱したところをほとんど見たことがない」


 それはきっと、クレア様も同じだと思う。


「恋って、もっとみっともないものじゃないかしら」

「……というと?」

「レイたちがユー様に配給の協力を要請してきたとき、私、そっとしておいて欲しい、いっそユー様が断ったらいいのにって思ったのよ」

「おおう、大胆な告白」

「茶化さないの」


 私が咎めると、レイはばつが悪そうにごめん、と謝って続きを促してきた。


「レイはいつも、すごく余裕そうなのよ」

「え、そんなこと全然ないんだけど」

「ええ、きっとそうなんでしょうね。でも、私たちからはそう見える。クレア様が革命で死のうと思ったことの一端には、あなたは一人でも大丈夫だと思ったこともあるんじゃないかしら」

「……」


 私がそう言うと、レイは黙り込んでしまった。


「レイ?」

「その発想はなかった」

「は?」

「あ、いや。自分が周りからそんな風に思われてたなんて、想像もしてなかったから」


 参ったね、とレイは頬をかいた。


「気を悪くしたのなら謝るわ」

「ううん、凄く参考になった。さすがミシャ。持つべきものは理解ある親友だね」

「調子のいい」

「うひひ」


 おどけた様子のレイの調子に、ああ、この子はもう大丈夫だな、と思った。


「さ、早く寝ましょ。明日は早いのよ」

「うん。おやすみ、ミシャ。ありがとうね」

「おやすみ。どういたしまして」


 ◆◇◆◇◆


 そして公開処刑当日の朝。


「準備はいいかい、レイ?」

「うん。クレア様に今度こそ分からせてみせます。私がいかにダメダメな人間か」

「なんだそりゃ」


 マナリア様の問いに、何故か自信満々で答えたレイの言葉を、ロッド様が笑った。

 他に、ユー様や私はもちろん、レーネやランバートもいる。


「まあ、見てて下さい。とらわれの姫君は、華麗にではなくかっこ悪く救い出してみせますので」

「レイちゃん、わけが分からないよ」


 あえて明るく振る舞って見せるレイは、完全に本調子のようだ。

 この独特の疾走感には覚えがある。

 学院に入学したばかりの頃、クレア様に構って貰うためにいじめられようと言い出した時のレイだ。

 あの時は一体どうしてしまったのかと思ったが、今、私が言うべき言葉は違う。


「あなたらしいわね。行ってらっしゃい」



90.集う者たち


「これより、人民裁判を始める!」


 サーラスがまるで役者のような口調で、高らかに裁判の開廷を宣言しました。

 わたくしはお父様とともに礼服を着せられ、後ろ手に縄に繋がれています。

 ボロを着せられていないのは、恐らく貴族として平民たちの敵意を集めるためでしょう。


「ここにいるドル=フランソワならびにクレア=フランソワは、貴族という身分を振りかざし人民を搾取してきた!」


 サーラスはまるで、自分は何一つ後ろ暗いことがないかのような口調でした。

 平民たちの新しい時代のために散ることはもはや受け入れましたが、その新時代のトップがこんな男であることは、悔やんでも悔やみきれません。


「のみならず、王室をないがしろにし、この国を私利私欲で動かそうとした! これは許しがたい犯罪行為である!」


 サーラスの扇動に平民たちから怒号が上がりました。

 わたくしはそれを薄情とは思いません。

 貴族たちが平民にしてきたことを思えば、これくらいは当たり前だろうと覚悟していたからです。


 裁判は続きます。

 サーラスはお父様とわたくしにかけられた容疑を次々に読み上げ、その全てを有罪と断じました。

 そして最後に、何か反論はあるか、とお父様に問いました。


「何もない。この身は王国に捧げたもの。王国が滅びるとあらば、我が身もまた王国とともに消える定めなのだろう」


 お父様は最後まで道化である事を貫きました。

 歴史書に名を残すとすれば、それは大変な汚名としてでしょう。

 お父様のような愛国者が、稀代の悪党として語り継がれるかも知れないのです。

 そう思うと、やりきれないものがありました。


「罪人は罪を認めた! よって、これより処刑を行う!」


 サーラスの合図で、兵士たちが入ってきた。

 いよいよです。


 長かったような短かったような、そんな人生でした。

 良いことも悪いことも、今は全てが思い出です。

 楽しかった日々だけが、走馬灯のように頭をよぎりました。


「最期に言い残すことはありますか?」


 わたくしに剣を振り下ろさんとする処刑人が、そんなことを聞いてきました。


「いいえ。わたくしの人生に悔いはありません。どうぞ、お跳ねなさい」

「……御免」


 処刑人が剣を振り上げたのが気配だけで分かりました。

 わたくしは目をつぶって、最後に一言だけ、心の中で告げました。


 ――さようなら、レイ。


 その時――。


「その裁判、異議あり!」


 あり得ない声が。

 聞こえるはずのない声が、辺りに響き渡りました。


「!?」


 わたくしははっとして、声の聞こえてきた方向を見ました。

 そこにはかっこ悪く塀を乗り越えてくる、小柄な女性の姿が一つ。

 間違いありません。

 あれはレイです。


「衛兵、つまみ出しなさい」

「待って下さい」


 強引に処刑を続行しようとしたサーラスを、一人の男性が止めました。


「その者は革命政府の有力出資者です。無体は許しませんよ」

「しかしですね、ランバート……」


 わたくしは全く気がつきませんでしたが、その男性は王国を追放されたはずのランバートでした。

 彼の変貌ぶりには驚きました。

 外見こそほとんど変わっていませんが、まるで大樹のような風格を感じました。

 なぜ、と当惑するわたくしの前で、事態はどんどん進んでいきます。


「この裁判には異議があります。人民を不当に搾取し、国難を呼び込んだ真の罪人は別にいるのです!」


 レイが声を張り上げました。

 二度と聞くことはないと思っていたその鈴が鳴るような声に、わたくしは胸が締め付けられるようでした。


「何を馬鹿なことを。フランソワ公爵家以外の誰が、その罪を負うと言うのです?」

「それを今から明らかにします。……レーネ!」

「はい」


 レイの言葉に答えて現われたのは、なんとレーネでした。

 どうして?

 レイといいランバートといいレーネといい、いるはずのない人が次々と姿を現します。


「ドル=フランソワ様は国賊ではありません。彼こそは真の愛国者です」


 そう言うと、レーネはお父様がこれまで行ってきた政治活動と革命政府への支援の内容を、事細かに語りました。


「例えば、クレア様とレイ=テイラー、そしてリリィ枢機卿が行った不貞貴族の取り締まりですが、この裏にはドル様のバックアップと指示がありました」


 堂々とした語り口は、まるでわたくしの知っているレーネではないかのようでした。

 会えずにいたこの数ヶ月の間に、彼女に何があったのでしょう。


「資金提供に至っては、XXという名前でレジスタンス結成の最初期から始まっています」


 いえ、そんなことはどうでもいいのです。

 問題は、どうしてレーネがここにいるのか、何をしに来たのか、ということです。

 早すぎる、そして唐突過ぎる展開にわたくしはついていけまんせでした。


「ドル様こそは、この国の行く末を真に憂う愛国者です」

「何を馬鹿なことを! だからといって、彼らが臨時政府を騙り、王権をないがしろにしたことに変わりはないではありませんか!」

「キミがそれを言うのかい、サーラス?」


 澄んだアルトが、サーラスの詭弁を綺麗に断ち切りました。


「ユー様、なぜあなたがここに……」

「それはこちらのセリフだ、サーラス。真の罪人よ」


 ユー様の発言に群衆が揺れます。


「罪人? サーラス様が?」

「やっぱりユー様はご乱心なさったんだ」

「でも、そんな風には全然見えないけど――」


 今や群衆はすっかり戸惑っていました。

 そんな中、ユー様の声だけが不思議と間隙を縫って響いていきます。

 わたしの勘違いでなければ、これは恐らくミシャの仕業です。

 彼女もまた、ここに駆けつけてくれたのでしょうか。


「彼――サーラス=リリウムこそが真の国賊。彼はナー帝国と通じ、この国を我が物にせんとしている!」


 ユー様の糾弾が、サーラスを鋭く貫きました。

 群衆にどよめきが走ります。


「何を仰っているのですか、ユー様。やはりあなたはご乱心なさっているようだ。どうか心安らかに修道院で過ごされませ」

「すでに調べはついているんだよ。……レイ」

「はい」


 ユー様の声にレイが答え、懐からカード状のものを取り出しました。


「ここにはサーラスが帝国と交わした密約の全てが記録されています! みなさん! サーラスに騙されてはいけません!」


 音声を最大にして再生された魔道具がミシャの風属性魔法で増幅され、サーラスの罪を公に晒しました。


「……こうなったらしかたありませんね」


 サーラスは懐から笛のようなものを取り出すと、それを強く吹きました。

 喧噪にも負けない鋭い音が響き渡ると、それに呼応するかのように人影の群れが現れます。

 恐らく、サーラスの私兵でしょう。


「制圧しなさい」


 サーラスが命令を下した――その直後のこと。


「そうは問屋がおろさねーっての」


 凄みのある声と共に、兵たちは爆発に遮られました。


「ちっと遅くなっちまったな。だが、ヒーローってのは遅れて登場するもんだろ?」


 男くさくニッと笑ったのは、行方不明だったはずのロッド様でした。

 その右腕は失われていましたが、それでもなお、君臨する者としての風格は変わりありません。


「おい、サーラス。無駄な抵抗はやめろ。お前の私兵軍のほとんどはオレに恭順した。貫禄の違いってやつだな」

「ぐぐ……。死に損ないまでもが邪魔をするのですか……」


 サーラスはロッド様を憎々しげに睨みますが、ロッド様は鼻で笑っています。


「まだです! まだ私は終わりません! リリィ!」

「あー……、結局こうなんのね」


 裁判所の暗がりが形を成したようなその人影は、短剣を腰に差したオルタでした。

 黒っぽい革製と思われる軽鎧を身につけ、さらに黒いマントを羽織っています。


「ドルとクレア、それに王子たちを殺せ! 奴らさえいなければ、後はどうとでもなる!」

「簡単に言ってくれるねー。まあ、やるけどよー」


 うんざりした様子を見せながらも、オルタは短剣を抜き放ちました。

 鈍色の切っ先は毒液に濡れています。

 オルタの実力は侮れません。

 混沌としたこの戦況では、あるいは――などと思っていたところに、颯爽と現れたのは――。


「女の子にこんな真似をさせるなんて……。恥を知れ、サーラス。スペルブレイカー!」


 オルタの前に立ちはだかったのは、もちろんマナリアお姉様でした。


「やめろ、『お前』は出てくるな! この体は俺のものだ!」


 その苦悶の声はまるで、オルタとリリィ枢機卿が体の主導権を奪い合っているかのように聞こえました。


「リリィ様、還ってきて下さい!」

「レイ……さ……「ヤメロォォォ!」」


 オルタはナイフを振りかざしてレイの目の前にまで迫りました。

 危ない、と思わず目をつぶりそうになったわたくしの前で、レイは自ら一歩踏み出し、リリィ枢機卿の体を抱きしめました。

 すると、彼女は一度大きく痙攣してから、糸の切れた人形のように崩れ落ちたのです。


「リリィ、頑張りました……」


 最後にそれだけ言って、リリィ枢機卿はくたりと気を失いました


「リリィ様もあなたを見限りました。これで終わりです、サーラス!」

「ぐ……。おのれ……おのれぇ……!」


 レイが魔法杖をサーラスに突きつけました。


「レイ=テイラー! 私の目を見なさい!」

「!?」


 サーラスは諦めていませんでした。

 レイを暗示にかけ、オルタのように操ろうとしたのです。


「ふはは、お前を第二のリリィに――」

「させるわけないだろ」


 声の主はお姉様でした。

 みれば、レイも自分を取り戻したようです。


「このボクが一度見た魔法の解呪を二度も失敗するわけがないだろう。みくびるな」


 そう言うと、お姉様も魔法杖の切っ先をサーラスに突きつけました。


「今度こそ終わりだ、サーラス=リリウム」

「~~~!」


 今度こそ、サーラスは年貢の納め時でした。

 彼は自分の配下だったはずの、臨時政府の兵士たちに捕縛されました。


「……なんだ? どういうことだ?」

「結局、誰が悪かったの?」

「俺たちは誰を処刑すりゃあいいんだ?」


 群衆に動揺が広がっていきます。

 最初は小さかったそれは、時間を追うごとに大きくなり、やがて雷鳴のようなやかましさになって行きました。


「静まれぇぇぇ!!!」


 そこに、群衆の騒ぎを上回るほどの大音量が響きました。

 辺りが一瞬、静まりかえります。


「なるほど、サーラスは確かに悪党だったようだ。だがね?」


 声の主はアーラ=マニュエル。


「だからって、革命そのものをなしってわけにゃーいかないんだよ」


 革命勢力の旗印となった女性でした。



91.未来


「あたしたちは何もこいつに踊らされたっていうだけで、革命なんて大それた事を起こしたわけじゃない。切実な理由があってのことだ」


 アーラの声は決して美しいものではありませんでしたが、不思議と人を惹きつけるものがありました。

 それはお父様が持つのと同じもの――すなわち、生まれ持ってのカリスマでした。


「貴族たちはあたしらを顧みなかった。実際に、餓死者が出るところだったんだ。どんな事情があるにせよ、そこにいる二人は貴族の代表者だろう? 責任ってものがあるんじゃないのかい?」


 サーラスとは違い、アーラには後ろめたいところがありません。

 彼女の言葉に反論することは難しいように思えました。


 しかも――。


「旧勢力は引っ込んでろー!」

「貴族を殺せー!」

「革命万歳!」


 アーラの言葉に呼応した群衆は、すっかり勢いづいています。

 レイが盛んに声を張り上げていますが、今の彼らにレイの言葉を聞くつもりはなさそうでした。

 そこに、


 ポロン……。


 喧噪の中に、静かに響く音がありました。

 その音は最初、群衆の怒号にかき消されそうなかすかな音でしたが、波が引くように、染み渡るように、群衆の罵声をゆっくりと塗り替えて行きました。

 セイン様の竪琴です。


「民よ。一度でいい。彼女の話を聞いてくれないか?」


 深いバリトンは、すでに王の風格を備えていました。

 群衆――そしてアーラまでもが、押し黙って聞く体勢になります。


「レイ=テイラー、申してみよ」

「はい。ご配慮に感謝致します、セイン陛下」


 セイン陛下に礼をしたあと、レイは再び群衆に呼びかけました。


「親愛なる民の皆さん。あなた方の願いは、なんですか?」


 ゆっくりと。

 言葉を慎重に選び、声色や表情にさえ細心の注意を払っているのが分かります。


「あなた方は貴族を殺したかったのですか? 違うでしょう? 切望したのは自らの生活の平穏……違いますか?」


 わたくしには、群衆が戸惑っているように見えました。

 まだまだ、反感の色の方が強いのは確かです。

 ですが少しずつ、レイの言葉に耳を傾ける人が増えていきます。


「私たち民の平穏のため、これまで誰よりも尽くしてきたドル様やクレア様を、あなた方は殺そうというんですか?」

「我々民衆は――!」

「民衆なんて言葉で片づけないで下さい! ……あなた、お名前は?」


 レイに名を問われて、叫びかけた男性が言葉に詰まりました。


「今石を投げたそちらのあなたは? その横のあなたは?」

「う……」

「私はあなた方自身の考えを聞きたいんです。一人一人名前を持ち、生きているあなた。あなたはドル様やクレア様を、ここで殺してしまいたいって本当に思うんですか?」


 今度は、反論の声はありませんでした。

 巧みな心理誘導です。

 一人一人に名前を問うことで、レイは群集心理からの脱却を狙っているのでした。


「確かに、貴族の中には平民を顧みなかった者たちがいたでしょう。でも、このお二人は断じて違います」


 平民たちが聞く体勢になっていることが、ありありと分かりました。

 なぜなら――。


「ここでお二人を処刑したとして、あなた方は自分たちの子どもにそれを誇れますか? 私たちの革命は正しいものだったと、胸を張って語れますか?」


 その話術を教えたのは、他ならぬわたくしだからです。


「クレア様もクレア様です」

「……え?」


 急に話を振られて、わたくしは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思います。


「この先平和を取り戻して、皆が笑顔で暮らせるようになった時、クレア様まで死んでしまっていたら、自分を犠牲にしてきたドル様の誇りを誰が取り戻すんですか?」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれたこと、レイがわたくしを問い詰めるなんて想像もしていなかったこともあって、わたくしは言葉に詰まってしまいました。


「無実の罪を被って死ぬことが貴族ですか! 犬死にすることが誇りですか!?」

「待って、レイ。わたくしの話を――」

「そんな一時の誇りのために死ぬよりも、一時でもいいから私の為に生きて下さい!!」

「……でも、わたくしは」


 貴族であるなら、ここで民たちのために幕を引くのが定めと思ったのです。

 でも――。


「一度くらい、私のワガママ聞いて下さいよ、ばかぁぁぁー!!!」


 初めて聞くレイの絶叫に、わたくしの心は打ち震えました。


「ば、バカって……、あなた……」

「ばかぁぁぁ! クレア様のばかぁぁぁ! うわぁぁぁぁん!!!」

「れ、レイ……」


 レイが……泣いています。

 あのレイがです。

 いつも小憎らしいくらい余裕綽々で、わたくしのことを翻弄し続けたあのレイが、顔をくしゃくしゃにして泣いています。

 そのともすればみっともないだけの泣き顔に、わたくしはいても立ってもいられなくなるのでした。


 こんな所で何をしているんですの、クレア=フランソワ。

 あなたの愛する人が泣いているのですよ?

 何をぐずぐずしているの。

 あなたの腕は棒きれですか。

 わたくしが今すべきことはなに?

 ――駆け寄って最愛の人の涙を拭って上げることでしょう!!!


「お前らさあ……痴話げんかならよそでやってくれ、よそで」


 アーラの声にはっと我に返りました。

 見れば、アーラが苦虫を噛み潰したような複雑な顔をしています。


「おい、誰かこいつを連れて行け」

「イヤです! 私はクレア様からもう一生離れません! クレア様が死ぬって言うなら、私も死にます!」

「ちょ、ちょっと、レイ――!」

「あー、あー! わーった。わーったから喚くな、泣くな。どうせ処刑はなしだろうよ」

「……え?」

「見てみろ」


 戸惑ったように言ったわたくしに、アーラが群衆の方を指しました。


「確かに……もう、貴族に悩まされることはないんだよな」

「私、クレア様に助けて頂いたわ」

「オレも。仕えていた貴族が悪い奴でさ。食いっぱぐれそうになったところを、クレア様が再就職先を斡旋してくれて――」


 流れが、変わっていました。

 アーラはわたくしを縛っていた縄を切ると、遠い目をしながら続けました。


「民が自分の頭で考え始めた。これからはあたし一人が引っ張っていく時代でもないんだろうね」

「アーラ……」

「あたしは目的を達した。貴族なんていうド腐れ制度がなくなるなら、後はどうだっていいのさ。命までは取らないよ。貴族なんて、どうせほっといたってくたばる奴らが大半だろうからね」


 平民に頭を下げて金を借りる元貴族なんてもんも見られるかもね、とアーラは豪快に笑いました。


「ほら、行きな。新時代の幕開けに、しけた面は似合わないんだよ」

「……ありがとうございますわ」


 そう言うと、わたくしはまだぐずっているレイを連れて、裁判を後にしました。


 ◆◇◆◇◆


「……まったくもう、あなたっていう人は……」


 わたくしは議事堂近くにある公園の芝生で、レイを正座させていました。

 レイは釈然としない顔をしていますが、知ったことではありません。


「たくさんの人に迷惑を掛けて……反省してますの?」

「あ、あのぅ……クレア様? 普通はこの流れですと、クレア様が殊勝な面持ちで私にお礼とか謝罪を述べる場面じゃないかと思うんですが……」

「何を世迷い言を言ってますの!」

「はい、何でもありませんでした!」

「大体、レイはいつもいつも命知らずで――」


 わたくしはレイにお説教を始めました。

 もちろん、ただの照れ隠しです。

 本当は、今すぐ抱きしめて上げたいと思っていました。


 レイに対する感情だけではありません。

 皆がこうしてわたくしのために集まってくれたことが、震えるほど嬉しく思えました。

 貴族としてのプライド、レイの前での強がりがなければ、きっと蹲って泣いてしまっていたと思います。


「……まあ、そう責めてやるな、クレア」

「セイン様! ……いえ、セイン陛下」


 照れ隠しと強がりでまくし立てていたわたくしを止めてくれたのは、セイン陛下でした。


「裁判はもうよろしいんですの?」

「……あんなことがあったからな。中止になった。元々あの裁判は、お前たちを見せしめにするためだけにサーラスが言い出したことだ」


 革命政府的には既に終わった案件だ、とセイン陛下は言います。

 すると、レイが何かを思い出したかのように言いました。


「そう言えばセイン陛下。陛下にお礼を申し上げるのを忘れてました」

「……何のことだ?」

「竪琴です。凄かったですね」

「本当ですわ。みな、聴き入ってしまいましたもの」

「……あんなものは、何でもない。ただの手慰みだ」


 素晴らしい腕前でいらっしゃるのに、相変わらず陛下にとって竪琴は評価に値すべきことではないようです。


「あの竪琴はどなたから教わったんですか?」

「……母だ。まだ存命の頃、病床で」

「そうだったんですね。ああ――」


 レイはぽん、と手を打ってこう言いました。


「セイン陛下は今もなお、お母様に愛されていらっしゃるんですね」


 セイン様が驚いたように目を見張りました。

 どうしたのだろう、とわたくしが思っていると、ふいにセイン様の瞳から涙がひとしずく流れ落ちた。


「へ、陛下!?」

「セ、セイン陛下、どうなさったんですの!?」

「……なんでもない。なんでもないが――」


 ――母はずっと側にいてくれたのだな。


 セイン陛下は独り言のように、しかし、噛みしめるようにそう言いました。

 かつては憧れだった人。

 レイに恋している今となっては、あれが憧れの域を出ない思いだったことは分かります。

 でも、大切に思う気持ちは変わりません。

 そんな相手が、長年か変えてきた傷の一つに包帯を巻くことが出来たの見て、わたくしはほっとする思いでした。


「……」


 少し離れたところから、お父様がこちらを見ていました。

 心残りのような、それでいてホッとしたような顔をして、遠くからわたくしたちを見守ってくれています。

 生き残ってしまったな――そんな言葉が聞こえてきそうです。

 そうですわね。

 でもきっと、これにも何か意味があるのだと思いますわ。


「レイ、クレア、よく頑張ったね。さすがボクが見込んだ二人だ」

「クレア様、お久しぶりです!」

「お姉様! それにレーネまで!」


 二度と会うことはないと思っていた相手との再会に、わたくしは心の底から嬉しさがこみ上げました。

 それはレーネも同じなのか、抱きすくめてくるその目には光るものが滲んでいる。

 釣られて、わたくしもほろっと来てしまいました。


「妬けるか、レイ? なんならいつでもオレの元に嫁に――」

「行きません」

「だよなー」


 そう言ってカラカラと笑うのはロッド様でした。

 朗らかで前向きなその性格に変わらはありません。

 彼はこれからも折れず曲がらず、自分の道を歩いて行くのでしょう。


「レイさん……クレア様……」

「リリィ様」


 リリィ元枢機卿は両脇を兵士に固められてやって来ました。


「一言、お詫びを言いたくて」

「そんな。リリィ様は悪くありませんよ」

「そうですわ。全てはサーラスの差し金じゃありませんの」


 あのオルタという側面はサーラスによって生み出されたもの。

 リリィ枢機卿だって、言わば被害者の一人に違いありません。


「それでも、リリィがしたことは許されることではありません。リリィは民たちの裁きを待ちます」


 彼女の決意は固いと見えました。

 ならば、わたくしたちがすべきことは、半端な慰めなどではないでしょう。


「そうですわね。なら、罪をきちんと償うことですわ」

「クレア様、そんな言い方――」

「そして、償ったら、必ず戻っていらっしゃい。わたくしたちは、いつまでもあなたを待っていますから」

「――!」


 そう言うと、リリィ枢機卿の目から涙がこぼれ落ちました。


「ありがとうございます、クレア様。いつかまた、レイさんを挟んでケンカさせて下さいね」


 そう言い残して、リリィ枢機卿は連行されて行きました。

 司法の判断がどうなるかはまだ分かりませんが、彼女にも幸いがあるといいとわたくしは思いました。


「それにしても、凄いメンツが集まったもんだな」


 ロッド様が集まった面々を見て口笛を吹きます。

 言われてみると、確かにそうそうたる面々です。

 王子様方三人にお姉様、レーネにランバート様、ミシャまで駆けつけてくれていました。


「本当にそうですね。クレア様もレイも、人の縁に恵まれています」

「それは違うよ、ミシャ」


 感慨深げに言ったミシャを優しく諭したのはユー様でした。


「ここに集まった者たちはみな、レイとクレアに救われたものばかりだ。クレアとレイのこれまでが、こうして今、ここに形となって現れているんだよ」


 ユー様の言葉はわたくしの胸のとても深いところに届きました。

 お母様、見ていらして?

 レイと一緒になって色々なことをして来ました。

 夢中になってがむしゃらに進んできましたが、わがままなだけだったわたくしにも、こんなに沢山の友人が出来ましてよ。


「ほらほら、レイ。クレアと再会したら言いたいことがあったんじゃなかったっけ?」


 ふと、お姉様がからかうようにレイにそう言うと、ぽん、とわたくしの背中を押しました。

 突然のことに、わたくしは数歩たたらを踏みます。

 気がつけば、目の前には殊勝な顔をしているレイが。


「あー、えーと……、クレア様?」

「な、なんですの」

「いえ……。やっぱり、なんでもないです……」

「煮え切りませんわね……。言いたいことがあったらハッキリおっしゃいな」


 言わないで後悔する日がまた来ないとも限りませんのよ、というわたくしの言葉は、そっくりそのまま自分に向けた言葉でした。

 すんでの所で拾った命です。

 わたくしにも言うべき言葉があるはずなのでした。


「クレア様!」

「だから、なんですの」


 照れ隠しにつっけんどんな口調で問うと、レイは両手でわたくしの肩を抱きました。


「私と結婚してください!」


 レイの言葉の意味が脳に浸透するのに、それはそれは時間が必要でした。

 そして、それを理解した途端、わたくしは顔が真っ赤になるのを抑えられませんでした。

 ひゅーひゅー、と周りが囃し立てます。


「こ、こここ、公衆の面前で何を言っていますの! そういうのは二人っきりの時に厳かにですわね……!?」


 まさかプロポーズされるとは思ってもみず、わたくしはどう反応したらいいのか困ってしまいました。

 本当は単純なことなのです。

 ただはいと頷けばいいだけでした。

 でも、わたくしはこの時になってもまだ、素直になりきれずにいたのです。


「そうですか? それじゃあ、やり直しさせて下さい」

「い、いいですわよ? 特別に許して差し上げますわ」

「いえ、そちらではなく」

「え?」


 当惑するわたくしを引き寄せると、レイは優しくわたくしの唇を奪いました。

 再び脳が停止するわたくし。

 そして静まりかえる周りの人たち。


「ファーストキスがあんな味気ないんじゃ嫌ですし」


 レイはしてやったり、とでも言いたそうな顔で笑いました。


「も……ももも、もう! 貴女は本当に本当に本当に! 本当にレイなんですから、本当にレイは頭がレイなんですから!」

「私の名前がなんか変な形容詞にされてる!?」


 我に返ったわたくしはレイをぽかぽか叩いきました。

 レイは何やら悟ったような顔でされるがままになっています。

 この……レイのくせに!


「……幸せにしないと許しませんわよ?」

「「「……え?」」」


 レイと周りの人たちが重なりました。


「で、ですから、幸せにしないと許しませんわよ!?」

「……」

「な、なんですの。なにか言いなさ……」


 一呼吸置いて、周りから湧き上がる祝福の歓声。

 皆の顔を見ることも出来ずにいると、レイはわたくしの手を取って駆けだしました。


「どこへ行くんですの!?」

「どこへでも! もうどこへでも行けますから……二人なら!」


 未来。

 それはとっくに諦めていた何かでした。

 言わば、まだ何も書き込まれていないキャンバスのようなもの。

 わたくしはこれから、そこにどんな絵を描いてくのでしょう。

 でも、確信していることが一つだけあります。


 そのキャンバスに描かれるわたくしの隣には、必ずレイがいるに違いありません。



エピローグ 平民のくせに生意気な!


「へー、あの時のクレア様、そんなこと考えてたんですか」

「レイこそ、今まで黙っていたなんてずるいですわ」


 革命から数ヶ月が経過しました。

 わたくしはレイと供に郊外に居を構え、慎ましやかですが穏やかな生活を送っています。

 今日はレイもわたくしと同じく日記をつけていると知ったので、お互いのそれを交換して読んでみようということになりました。

 家のテラスにある椅子に座って、のんびりそれを読み進めます。


 レイから見たこの一年とちょっとの記録は、わたくしが見たそれとは随分と違います。

 出会った頃のわたくしはレイのことを完全に邪魔者扱いしていましたが、レイは当時から本気でわたくしのことを愛してくれていたようです。

 当時の自分の振る舞いを思い出すと、羞恥心で穴に埋まりたくなります。

 本当によく愛想を尽かされなかったものです。


「クレア様から見て、一番意外だったことって何ですか?」


 ふいにレイがそんなことを聞いてきました。

 わたくしはすぐには答えず、しばらく考えてから返事をしました。


「やっぱり、お父様との計画のことですわね。ほとんど出会ってすぐのタイミングだったでしょう?」

「あー、それですか。クレア様に内緒で色々悪巧みするのは楽しかったですよ」


 そんなことを言うレイの表情は、完全に悪戯小僧のそれです。

 内緒にされた方は堪ったものじゃありませんでしたが、わたくしの性格を考えると、レイとお父様の選択は正しかったと言わざるを得ません。

 結果、わたくしは憎まれ口の一つも叩けないのでした。


「レイはどうですの? わたくしの日記を読んで一番意外だったのは?」


 レイによれば、彼女には未来の出来事を知る術があったとか。

 その中にはわたくしのことも含まれているらしいので、意外なことなど何もなかったのではないでしょうか。


「意外なことが多すぎて決めきれませんよ」

「そんなに?」

「はい。だってクレア様、出会ってすぐのタイミングでも、そんなに悪役令嬢してなかったじゃないですか」

「そ、そうかしら……?」


 レイに言わせると、もっと悪逆非道な面が見られると期待していたら、思いのほか友だち思いの善良な少女過ぎて、いい意味で期待を裏切られたとのこと。


「ピピ様とロレッタ様って、ただの取り巻きじゃなかったんですね」

「二人は親友ですわ。取り巻きだなんて人聞きの悪い」

「すみません」


 ピピとロレッタに起きたことも、わたくしは日記に書き記していました。

 彼女たちのことをあまりよく思っていなかったらしいレイにとって、その記述は反省の材料になったようでした。

 わたくしとレイの共通の知人なのです。

 誤解を解いて仲良くして貰わなければ困ります。


「アモルの祭式辺りの記述もとても興味深かったです」

「あっ! そこは見てはダメと言ったでしょう!」

「え、フリですよね?」

「なんですのよ、フリって!?」


 結果としてレイとの仲を一歩前進させることになったあの祭式ですが、わたくしにとっては赤面せずには思い出せない黒歴史なのです。


「いやあ……。つくづく思いますけど、私、思ってたよりも愛されてたんですね」

「そうですわよ。鈍感」

「すみません」


 わたくしが毒づくと、レイは少し困ったように笑いました。


「クレア様の貴族としての成長記録として見ても面白かったですよ」

「やめてちょうだい。出会ったばかりの頃のわたくしは本当に幼稚でしたわ。思い出したくもありません」


 まだ平民をただの支配対象としか見ていなかったあの時期。

 物乞いをする子どもたちに嫌悪感さえ抱いていた、未熟な自分。

 ドル=フランソワとミリア=フランソワの娘として、あり得ざる失態でした。


「でも、ちゃんと成長出来たじゃないですか。今や革命の乙女なんて言われてるんですよ?」

「それもやめてちょうだい。ほとんどあなたとお父様が敷いたレールじゃありませんの。わたくしがしたことなんてほとんどありませんわ」


 他人の功績を自分のものとして誇るほど、わたくしは落ちぶれてはいないつもりです。

 貴族がとか平民がとか、そういう問題ではありません。

 これはプライドの問題です。


「それにしても……。少し奇妙な記述があるんですよね」

「え?」

「クレア様にルームメイトなんていましたか?」

「いいえ? わたくしはずっと一人部屋でしたわよ?」


 てっきり、わたくしが公爵家の令嬢だから、特別扱いだったのかと思っていました。


「そうですよね。でも、日記を見ると、クレア様にはルームメイトがいらっしゃったはずなんです。それも幼馴染みと言って差し支えないくらい、長い付き合いの貴族の女性が」

「そんな……」


 そんなことがあるわけありません。

 わたくしと長く付き合ってきた人間は数えるほどしかいないはずです。

 家族とメイド長、レーネを除けば、あとはピピとロレッタくらいです。

 幼馴染みと言えるほどの相手に、心当たりはありません。


「でも、確かに書いてあります。名前は……カトリーヌ=アシャール様です」

「カトリーヌ=アシャール……アシャール子爵家の縁者かしら……」


 やはりわたくしの知らない名前です。

 でも、どうしてでしょう。

 その名前を聞いた途端、胸の鼓動が早くなるのを感じました。


「カトリーヌ? ああ、あの子か」


 記憶の隅にその名前が埋もれていないか悪戦苦闘していたわたくしたちに、ふとかけられる声がありました。


「マナリアお姉様!」

「やあ、クレア。レイも元気そうだね」

「お陰様で」


 革命の際に助力して貰って以来、数ヶ月ぶりの再会です。

 ですが今は、それを喜び合っている余裕がわたくしにはありませんでした。


「お姉様はご存知ですの? このカトリーヌという子のこと」

「うん、知ってるよ。彼女は……そうだね。とっても悲しい運命になった子だ」

「まさか……」

「違うよ、レイ。彼女は生きてる。でも、キミたちに会いに来ることはないだろうね」


 お姉様は何かを知っていて、でも、それを口にするかどうか迷っているようでした。

 


「彼女が君たちの前から記憶ごと姿を消したのは、恐らく彼女の強い意志だ。ボクとしてはそれを尊重してあげたいと思ってる」

「でも――!」

「うん、クレアの言いたいことも分かるよ。幼馴染みであった子のことを、忘れたままになんてしておけないよね」


 立ち上がりかけたわたくしを制して、お姉様は続けます。


「ボクが確認したいことは一つ。カトリーヌちゃんとの記憶には、クレアにとって大きな傷となる出来事が含まれている。ともすればそれは、彼女を恨むようになるかもしれないことだ」

「……」


 お姉様の目は真摯でした。

 本気でわたくしを心配して下さっているのが分かります。

 お姉様は他人であるカトリーヌさんよりも、わたくしのことを優先したいと考えて下さっているのでしょう。


 でも――。


「傷だって、一つの経験ですわ」

「クレア……」

「忘れていい傷なんて、わたくしは一つもないと思いますの。どんなに辛く苦しい記憶だったとしても、それはわたくしの一部ですわ。それを失われたままになどしておけません」


 思い出は、楽しいことばかりじゃないから尊い、とわたくしは思うのです。


「そうか……。ならもう何も言わない。カトリーヌちゃんの記憶を取り戻して上げるね」


 お姉様はスペルブレイカーをわたくしとレイにかけました。

 同時に、わたくしの中に記憶の波が押し寄せました。


「クレア様!」

「だ、大丈夫ですわ。ちょっと目眩がしただけですの」


 椅子から落ちそうになったわたくしを、レイが慌てて抱き留めてくれました。

 それほどまでに、失われていた記憶は膨大でした。


「カトリーヌ……どうして……」

「記憶も取り戻したのなら、分かるだろう? カトリーヌちゃんは自らの罪を許せないんだよ」


 かつて暗殺者としてお母様に近づいたこと、そして自分を救ったためにお母様が犠牲になったことを、カトリーヌはずっと悔やんでいるとお姉様は言いました。

 それは事実ではありますが、事実の一側面でしかありません。


「わたくし、カトリーヌを探しに行きます」

「お供します、クレア様」

「やれやれ、そうなるんじゃないかとは思ってたよ」


 そう言うと、お姉様は一枚の紙を差し出して来ました。


「これは?」

「カトリーヌちゃんの今の住所さ。彼女は今、アパラチアにいる」

「お姉様、大好き!」


 わたくしが思わず抱きつくと、お姉様は笑顔で受け止めてくれました。

 レイが面白くなさそうな顔をしていますが、だってこれは仕方ないでしょう?


「会いに行くなら、早いほうがいい。彼女はあちこちを転々としているようだから」

「そうと決まったら、支度をしますわよ、レイ。メイとアレアを呼んできてちょうだい」

「分かりました。すぐに」


 ◆◇◆◇◆


 そうして、わたくしはレイと一緒にアパラチア行きの馬車に揺られています。

 もうすぐカトリーヌに会えると思うと、心が沸き立つのを抑えられません。


「嬉しそうですね、クレア様」

「それはそうですわよ。カトリーヌはわたくしの妹のような子ですもの」

「……よね?」

「え?」


 よく聞き取れなかったので、わたくしはレイに聞き返しました。

 するとレイは珍しく顔を真っ赤にして、


「カトリーヌ様に、恋愛感情はないんですよね?」


 と言いました。


「レイ」

「はい」

「あなたひょっとして妬いてるんですの?」

「ええ、そうですよ、コンチクショー!」


 レイは突然馬車の壁に頭を打ちつけ始めました。


「やめなさいな、ケガしますわよ!?」

「うう……。己の器の小ささが憎い……。クレア様が可愛すぎるのが悪い……」

「何を訳を分からないことを言っていますの。カトリーヌは妹分。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」


 全く、よく分からない所にひっかかるんですから。

 でも……。


「でも……ふふ。恋人に焼き餅を焼いて貰えるのは、案外、悪くないものですわね?」

「クレア様の悪女」

「何とでも仰い。そうですの、レイはカトリーヌに嫉妬しましたの」

「ふーんだ」


 わたくしがからかうと、レイは完全にへそを曲げてしまいました。


「冗談ですわ。わたくしが恋しているのはあなただけよ、レイ」

「つーん」

「もう……。機嫌直してちょうだい、ほら」


 わたくしはレイの頬を両手で包み込むと、そっと口づけを落としました。


「キスなんかじゃ誤魔化されないんですからね」

「じゃあ、どうしたら機嫌を直してくれるの?」

「……膝枕」

「……おいでなさいな」

「やったー!」


 わたくしが呆れたような顔で膝をぽんぽんと叩くと、レイは喜んで横になってきました。


「こんなことでいいんですの?」

「何を言いますか! 世界広しといえども、クレア様に膝枕をして頂けるのは私だけの特権ですよ!」

「それは……そうですけれど」

「カトリーヌ様にもしちゃダメですからね!」


 そう言って念を押しつつ、すっかり上機嫌になったレイは、何だか子どものようでした。


(ふふ……可愛い人)


 次第にうとうとし始めたその横顔を見ながら、わたくしはふと思うのでした。

 このわたくしの心を奪うなんて。


 平民(レイ)のくせに生意気な!


(平民のくせに生意気な! 了)

Comments

Anonymous

わたおしの好きポイントとして、読んでゆくと人物や状況が多面的に見えてくるところがあるのですけれども、くせになまで読むと、多面性がもっと明確に詳しく味わえて、とても好きです。 例えばドル視点。 親としての側面だけ描く事もできたでしょうけれども、貴族として、ミリアを想う者として、といった面と面が全部関わり合って、1人の人として生きている感覚があります。だからこそ、わかりやすい所だとクレアが「一緒にお母様にお詫びをしに行きましょう」と言った場面や、その後の孫達との関わりなどと繋がって、読んでいる者の心の中で動いています。 また、マナリア視点は意外な面白さがありました。 本人も意図しなかった小さな動きが、いつの間にかとても大切なものを捉えている事、ありますね。 でも「ひょっとすると、バウアーに行く前のマナリアだったらこの流れをつかめなかったかも知れない。レイとクレア達と接してマナリアも変わった結果なのかも」とも考えました。 人によって楽しみ方は違うでしょうけれど私としては、エンタメ的にパッと一瞬消費する以上の味わい方ができるのが嬉しいところです。 そしてもちろん、クレア視点での心情描写。 特に、レイが乗り込んできた場面は、今までクレアの内心があまり想像できていなかったのと、その細やかさ切実さとで、強く心に残っています。 他にも、裁判の終わりの部分や、エピローグの空気感等々、良いところが色々あります。 ありがとうございます。 文字数制限に引っかかったので、誤字かも報告は次のレスに貼ります。

Anonymous

85.覚悟 ・潔く貴族のプライドと供に処刑台の露と消えるがいいでしょう」 →潔く貴族のプライドと共に処刑台の露と消えるがいいでしょう」 (本来の用法ではないとは言え、上の字も使われる事があるので、お伝えすべきか迷いましたけれども、一応) ・そしてその誇りはお父様と、今は亡きお母様がわたくしに受け継いで下さった、掛け替えのない宝です」 →そしてその誇りはお父様と、今は亡きお母様からわたくしが受け継いだ、掛け替えのない宝です」 87.舞台裏1~マナリア=スース~ ・醜聞を繰り返すだけの対抗場たちは →醜聞を繰り返すだけの対抗馬たちは ・程なくしてクレアもまた投稿したという。 →程なくしてクレアもまた投降したという。 89.舞台裏3~ミシャ=ユール~ ・武装放棄だった。 →武装蜂起だった。 90.集う者たち ・不貞貴族の取り締まりですが、この裏にはドル様のバックアップと指示がありました」 →不正貴族の取り締まりですが、この裏にはドル様のバックアップと指示がありました」 ・ついていけまんせでした。 →ついていけませんでした。 91.未来 ・その目には光るものが滲んでいる。 →その目には光るものが滲んでいます。

Anonymous

くせにな最高です!