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閃○カ○ラの焔○蓮隊メンバーが切腹するお話です。

CGは5枚で、SS部分は約80KB程度です。是非とも一見ください。

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~~以下はSSです~~

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作者:あんごー

 恐山(おそれざん)。

 青森県北東部、下北半島に存在するそこは、言わずと知れた名所である。

 日本三大霊場、日本三大霊地の一つに数えられ、時に日本三大霊山にも数えられる。また、自殺の名所としても知られ、毎年修行や観光に訪れる人々に紛れ、この場所で命を絶つ者が後を絶たない。

 古くから信仰の対象であり、名の通り恐れの対象であるこの場所は、こと霊と呼ばれる事柄に関しては日本でも突出した山である。

 そんな山も、今は雪に覆われ、堅く閉ざされている。

 毎年11月から翌年の4月辺りまでは閉山期間であり、菩提寺や周辺施設にも人は居ない。とは言え、山そのものに入れない訳ではなく、何を思ったか雪深い山を登っていく輩もちらほら目にする。

「もう少しだ。お前たち、頑張れ」

 そして今日も、強い風と叩き付けるように飛んでくる雪を正面に受けながら、人が歩くには険しい山道を進む影が5つある。

「もうすぐ山門が見えてくる。そうしたら今夜は中で休むぞ」

「そうしましょう。さすがに私もヘトヘトですわ」

「かれこれもう3日も歩き詰めやったからなぁ。飯もろくに食えてへんし……うち死にそうやわ」

「もうやだー。早く休もうよぉ……」

「あらあら。そんな我が儘言って……。何だったら、あなただけここで休憩しても良いのよ。まぁ、こんな何もない所で休んじゃったら、そのまま寝ちゃって凍死する事になっちゃうだろうけど」

「それは嫌ッ!!」

 雪の中を進む5つ、いや、5人の影はそんな軽口を言い合いながらも、悪路であり不良の視界の中をまるで普通の道を進んでいるかのようなスピードで登っていく。

 しばらく進んでいくと、雪景色の中に山門が見えてきた。

 白い壁に黒い屋根瓦、当然の事ながら門は閉ざされ、普通であればけして境内に立ち入る事など叶わない。

 自身の目の前に立ちはだかる門へと辿り着いた5人。軒下には十分なスペースがあるとは言え、風をしのぐ場所などはなく、このような状況下で休息を取るなど自殺行為でしかない。

「門から入って少し行った所に宿坊があるらしい。今夜はそこに泊まらせてもらおう」

 5人のまとめ役であろう声がそう言ったのに合わせて、残りの4人は同意を口にする。それはまるで、門が閉ざされているなど意味はない、と言っているようだ。確かに梯子か何かを持って来ていればそれも可能なのだが、5人はそもそも荷物らしい荷物を持ってすらいない。

「それじゃあ、行くぞ」

だが、この5人からすれば、こんな壁など何の意味もない。

「ふっ」

 と、軽く力を込めて息を吐く。それと同時に、一人が跳ぶ。いや、それは最早飛ぶ、と言った方が良いのではないかと思う跳躍だった。

 特別な物も使わず、助走も付ける事無く、影は壁を跳び越えて境内へと入ってしまう。

「それっ」

「よっ」

「よいしょっ」

「えーいっ」

 そして残りの4人もそれを追うように、軽々と跳び越えて行ってしまった。

 もしもこの場に第三者が居れば、思わず目を疑ってしまう光景だっただろう。もちろんそんな者はここには居ない。

 だから、5人は誰憚る事無く、悠々とした足取りで宿坊へと向かった。

 当然、ここも戸締りがされているわけだが、

「ここは、ちゃちゃちゃーっと。はーい。みんな、開いたわよ」

 あっという間に開錠し、5人は中へと入っていった。

「ふー。これでやっと落ち着いて休む事ができますね」

 そう言って、入る前に軒下で落とし切れなかった雪を払うのは、悪忍養成機関『秘立蛇女子学園』に所属していた抜け忍、詠(よみ)だ。特徴的な金色の長い髪は風と雪のせいで乱れ、普段おっとりとした印象を受ける柔和な顔には疲労の色が濃い。

「やったー。久々の布団だー」

 と、その隣で歓喜の声を上げて中に入っていくのは同じく抜け忍の未来(みらい)。片目に眼帯を付けた黒髪の少女で、この中では最年少であり、背丈も一番小さい。こちらはフードを被っていた為に髪に被害はないものの、体中雪に塗れ、今にもその場にへたり込んでしまいそうだ。

「ちょっと未来。せめて雪は落としなさい。人が居ないとは言っても、不法侵入なんだから少しでも形跡を残さないようにしないと」

 そう言って慌てて未来を後ろから掴むのは最年長である春花(はるか)。トレードマークである頭の上の大きなリボンは湿気を帯び、巻き毛になった特徴的な髪もやや雪が残っている。こちらも平静を装ってはいるが、休息を取れる事に安堵しているのが分かる。

「えー、でも春花様ぁ……」

「我が儘言わないの。疲れてるのは皆一緒なんだから」

 そう言って、春花は未来を引きずって行く。

「焔さん、私、中を見てきますね」

 そんな二人に目もくれず、詠はこのグループ『焔紅蓮隊』のリーダーである焔(ほむら)に声を掛ける。

 健康的な焼けた肌にポニーテールにしてなお地面に届くほどの長い髪、勝ち気な性格を前面に押し出したややきつめの顔立ち。元々の体力差か、それともリーダーとしての矜持か。5人の中で唯一疲れが顔に出ていない。

「何も無いとは思うが、気を付けろよ」

「えぇ、分かってますよ」

 そう言って、詠は中へと入って行く。

「詠さんは中の偵察に行ったんか?」

 と、焔に声を掛けるのは日影(ひかげ)だ。緑の癖毛と血のように赤い目、抑揚のない関西弁が特徴的な少女だ。最早ネタの域ではあるが本人曰く感情がないらしく、その代わりなのだろうか、目の下の隈が凄い。

「あぁ。疲れてるところ悪いとは思ったんだが、万が一にも誰か居た場合を考えると、な」

 苦笑い気味に言う。

 そんな焔の言葉を聞き、日影は考える素振りを見せる。

「……良かったんやろうか」

 ポツリ、と。

 元々覇気のある声を出すタイプではない日影だが、いつもより小さめの、思わず呟いた声だ。

「日影、何か心配でもあるのか?」

 やや思わせぶりにも感じられる態度だが、焔はさして気にしていない様子で問う。

 焔の問いに、日影は「あぁ」と呟きながら視線を焔に向ける。

「いや、ここしばらくまともに飯食えてへんし、休息も取れてへんから、わしもそれなりに腹減ってるし。もしも調理場に何かあったら詠さん我慢できるんやろうか、て」

「いや流石にそれは…………ないとは言えないな」

 一度は否定しようとした焔だが、それはできなかった。

 詠は一見すると大人しい淑女のようだが、事食に関しては人一倍強い欲を持っている。それは貧困街で生まれ育った生い立ち故に仕方のない部分ではあるのだが、時にそれが原因で暴走する事もある。

 特に、今回のような状況ならいつもの病気が発症しても何ら不思議ではない。

 焔や日影でなくとも嫌な予感はするだろう。

「……日影、すまないが見てきてくれるか?」

「ええよ」

 何とも言えない気持ちになりつつ、焔は日影に頼る。自分でも行っても良いのだが、何だかんだで焔も食の誘惑には弱い。詠に言い包められて自分も備品に手を出した、なんて結果は回避しなければならないのだ。

 そんな焔の思いを知ってか知らずか、日影はいつもと変わらぬ無表情で了承した。

「確か、ここには客が食事する広間があるらしい。私たちもすぐに行くから、そこに向かってくれ」

「りょーかいや。ほな、待ってるで」

 手をヒラヒラと振って日影は中へ入って行く。

 日影の後姿を見送って、焔はため息を吐く。らしくない行為だが、やはり焔自身も疲労が溜まっている。きっと詠もそんな焔を気遣って中の様子を見に行ったのだろう。

(少し情けないではあるが、ここは厚意に甘えさせてもらおうか)

 そう考えて、焔は体を伸ばす。そこら中から凝り独特の痛みを感じ、ゴキゴキと乙女らしからぬ音が聞こえてくる。それにはさすがに苦笑いを禁じ得なかった。

「焔ちゃーん、ちょっと手伝ってくれるー?」

 後ろから声がする。

 何かと思って振り返れば、疲労か単なる駄々か。未来がぐでんとした様子で春花にもたれ掛かっている。春花は春花で迷惑そうな、仕方がないと言いたげな顔で焔を見ている。

「分かった、今行く」

 これに浮かべるべきは困惑か笑いか。

 何とも曖昧な顔をして、焔は二人に歩み寄る。

   *   *   *

 恐山境内にある宿坊。正式名称を『恐山温泉宿坊吉祥閣(きっしょうかく)』と言う。

 建物は大きく、自然が生み出した荒涼たる景色を誇る恐山の中では目を引く綺麗なものだ。外観に負けず、中も綺麗で清掃が行き届いた清潔感のある場所で、宿泊料金を加味しても十分過ぎる施設だ。朝食の前にはお勤めを行い、その後朝食は泊まった全員が集まれば禅宗において食前に唱える偈文「五観(ごかん)の偈(げ)」を唱和していただく。ここはあくまでも旅館の類ではなく、神仏に祈願する為の施設である。

 そんな施設内にある大食堂。

 そこに集まった焔紅蓮隊の面々は机と椅子のない隅で輪になって座っている。

 窓のない空間で電気も付けず、室内は暗い。それでも互いに目視できているのは、持ち込んだ蝋燭のお陰だ。

「明日はいよいよ儀式を実行する。皆、準備はできてるか?」

 焔が真剣な面持ちで言う。

 5人の間に漂う空気は重い。

 それはけして室内の暗さだけが原因ではない。

 焔紅蓮隊は今、ある使命の為にこの場所に訪れている。それは、忍たち影の世界だけでなく、表の世界の存亡に関わる使命だ。

   *   *   *

 事の起こりは数ヵ月前に遡る。

 突如、空に現れた不穏な影。あっと言う間に空を覆ったそれに対して誰もが危機感を抱いたものの、次の瞬間には消えており、単なる不可思議な現象として認識されていた。

 しかし、その日を境に各地で妖魔の動きが活発化した。最初こそ普段よりも少し多い程度の頻度だったそれは、日を追うごとに回数を増し、1ヵ月も経たない内にニュースに取り上げられるレベルにまで拡大した。忍たちの活躍もあり被害は波打ち際で食い留められていたものの、完璧な隠蔽をする事が困難になっていた。

 一体何が起きたのか。その原因を見出す事ができず、ただ日々だけが過ぎていく。そんな中、再び空に影が現れた。そして今度は空に扉のようなものがくっきりと浮かんだのだ。それだけでも混乱が生じるのは当然ながら、調査の結果、妖魔たちはあの扉の中から出現していると驚きの事実が判明した。

 日本政府は早速、自衛隊を出動させ、空に浮かぶ扉の破壊を実行。しかし、行使しうる現代兵器では扉に傷一つ付けられず、また、忍の力を使ってもそれは叶わなかった。

 科学では全く説明できない超常現象。その対応は当然のように忍世界に一任された。とは言え、最高戦力を駆使してもどうしようもできなかった扉に対する手段などすぐに講じれるわけもなく、その方法を調べて検証するのに多くの人材と時間を要した。

 そんな苦労を経て、忍たちは遂に扉への対抗手段として確実な方法を見つけ出す事に成功した。

 それは古い書物に記されたもので、その中には扉の正体も書かれていた。

 空に浮かぶ扉。それはこの世界と異世界を繋ぐ門であり、確かに妖魔たちはそこからこちらの世界へと渡っている。

 異世界とは、他の言い方をするならば別の時間軸に存在するこちらと似た世界。こちらと同じ歴史、文化、事象を辿りながらも何かが違う「可能性の世界」に近いものだと。更に、扉は常に開こうとしており、仮に完全に開いてしまった場合、かつてない災厄に見舞われる。

 一度目は、それに対抗する術を持たず、どんどんと溢れ出る妖魔に都が蹂躙された。ただ、奇跡と言うべきか、1人の天才によって封じる術が判明し、扉を閉めて消し去る事ができた。

 二度目は対処が分かっていた。しかし、数十年前から続く戦禍で日本全国が混乱していた事もあって対処が遅れ、甚大な被害をもたらした。

 そして、三度目となる今回。

   *   *   *

 焔たちはその扉を封印する為にここに居る。

 ここに来るまでに、焔たちは多くの難題を果たしてきた。

 その一つが選定だ。

 扉の封印には強い力が要る。それもずば抜けて強い力だ。その力を行使し、操るにはそれ相応の実力者が必要になる。

 そこで行われたのが、全忍学生によるサバイバルだ。

 善忍悪忍、そして抜け忍問わず、5人1組のチームが闘い、勝ち残ったチームが今回の使命を果たす。

 今の世の中には多くの忍学生が居る。その中から1組が抜け出るには少々時間が掛かると思われるかもしれないが、実際にはそうではなかった。何故ならば、封印の為に行われる儀式では、5人全員が切腹して果てなければならないからだ。

 忍は死を恐れない。

 それを恐れる時点で忍失格である。

 だが、彼ら彼女らはまだ学生である。

 だから今回の選定には辞退する事も許された。

 そんな中で残ったのが、国立半蔵学園、秘立蛇女子学院、死塾月閃女学館の選抜メンバーと焔紅蓮隊。その他にも数校の選抜メンバーが参加した。

 闘いは熾烈を極め、最後まで残ったのは前述した3校と1組。そして、勝者となったのは焔紅蓮隊だった。

「お前たちには本当にすまない事をしたと思ってる」

 暗い雰囲気に当てられて、焔はそんな事を口にする。

 顔いっぱいに浮かぶ後悔の念。それは自分と共に死ななければならない4人の仲間に対する思いだ。

 だが、ここに居る誰も、そんな言葉など聞きたくはない。

「焔さん、それはもう言わない約束ではありませんか」

 詠が優しい声音で嗜める。

 焔の後悔。それはここに至るまで何度も聞かされた。それだけ、焔が責任を感じている証拠ではあるのだが、彼女たちからすれば、余計な事だ。

「そうよ。これは皆で決めた事だし、その原因だってたまたま焔ちゃんだったってだけで、私たち皆にその機会があった。あなた一人が抱え込むものじゃないわ」

 私たちは仲間じゃない、と春花が続ける。

 その優しい言葉に、焔の胸は苦しくなる。

 確かに春花の言っている事は正しい。正しいのだが、

「けど、お前たちは本当に良かったのか?」

 焔は納得し切れず、言葉を紡ぐ。

「半蔵の……飛鳥(あすか)たちとの勝負がこんな形で決着して、本当に後悔はないのか?」

 その言葉を口にして、焔は自分自身の胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 国立半蔵学園とその選抜メンバー。

 彼女たちとの出会いは、焔たちにとって忘れ難いものだ。

 最初に出会った強敵。最初にできた友。最初に仲間の大切さを教えてくれた存在。

 初めこそ、ただ生温い環境でぬくぬくと育った善忍だと、歯牙にもかけなかったが、その後何度もぶつかり合い、分かり合った。

 自他共に認め、けして負けたくない、絶対に勝ちたいと思っていた好敵手。目指す道が交わる事はないけれど、いざという時には互いに背中を任せる事の出来る大切な友人。

そんな、常に意識して止まない相手を焔たちは今回の選別で見事倒した。それは最初の頃を彷彿とさせる圧倒的な勝利だった。

 だが、本来自身を満たしてくれるはずの勝利は、何の感慨も、達成感も湧かない、味気無さどころか喪失感を覚えるものだった。

 自分たちは、こんな虚しさを感じる為に彼女たちと闘ってきたのか?であるならば、今までの闘いは一体何だったのか。

 あるいは、彼女たちとの関係は、決着など着かないまま延々に続いていく事を心の底では願っていたのかもしれない。

 あぁ、そうだ。

 こんな余りにも突然で、不本意な形でこの関係性が終わってしまうのが、心底嫌なのだ。

 もっと心の底から彼女たちとの闘いを楽しみたかった。

 勝って良い。自分の強さを証明でき、相手よりも優位である事が証明できるのだから。

 負けたって良い。辛酸を嘗めて噛み締めた屈辱は、明日の強さへと繋がり昇華される。

 そうやって、互いが互いを強く、その先へと導いていく。

 そんな関係が、永遠ではなくとも、少なくともどちらかの寿命が尽きるまで続いていくのだと、信じて疑わなかった。

 それが、世界を救う為とは言え、何の前触れもなく終わりを迎える。

 余りにも理不尽で、余りにも不本意だ。

 焔の言葉に、他の4人が押し黙る。

 それはそうだろう。誰一人としてこんな結末など望んではいない。

 それでも。

「確かに、わしも葛城との決着があんなもんやなんて、何か釈然とせーへん」

 おもむろに、日影が口を開く。

 その表情は相変わらず無表情だが、何か悲痛なものを感じるのは、付き合いの長い焔たちだからだろうか。

「釈然とせんし、納得もできへんけど。それでも、今回の事やれるんがわしらしか居らへんのなら、わしらがやり遂げな何の為にこんな思いまでしてここに居るんか分からんようになる。それこそ、葛城(かつらぎ)に悪いわ」

 淡々と、いつものように語る日影。その言葉に触発されたのか、未来が両手を前につく。

「そ、そうだよ。あたしだって柳生(やぎゅう)との勝負があんなんじゃ納得できない。けど、それは焔だって同じでしょ?」

「そうですよ、焔さん。わたくしたちは皆、今回の事に思いを抱いています。けれど、それは最初から分かっていた事じゃありませんか」

「ええ。私としても可愛い雲雀(ひばり)ともう遊べないのは残念だけど、その代わりにあの子の命を救えるんだもの。我慢するわ」

 口々にそう言って、励ます仲間たち。

 4人対して、焔は「すまない」と言おうとして、口籠る。そんな事を言ってしまったら、また4人に窘められてしまう。

 焔は一度顔を伏せ、零れそうになった言葉を飲み込む。

 もうこの話をするのは最後だ。これまで何度も話をし、焔は謝ってきた。そして、皆はその度に焔を許してきた。

 涙が零れ落ちる。

 こんな不甲斐ない自分に付いて来てくれる4人への感謝と今言えなかった詫びの籠った一滴。

 もうこれ以上、大切な仲間に不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。

 そう決意して、焔は顔を上げる。

 4人が焔を見ている。

 焔はその顔一つ一つを見て、

「皆、ありがとう」

 深く、頭を下げる。

 そんな焔の姿に、4人は顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

「もう、焔ちゃんったら、大袈裟よ」

「頭を上げてください。わたくしたちは一蓮托生。そんな時も、どこまでも一緒ですわ」

「そうやで。気にせんでええ」

「あたしたち仲間でしょ」

 肩を叩き、揺さぶられ。

 仲間から掛けられる言葉に、焔は小さく「ありがとう」ともう一度呟いた。

   *   *   *

「んむっ……ちゅっ……」

「あ、んっ…………んんっ」

 朝。

 昨日までの天気が嘘のように、快晴の空が広がっている。

「れろ……はむ……」

 とは言え、境内は雪に埋もれており、一歩先に進むだけでも一苦労だ。これが子供ならば、絶好の雪合戦日和となるだろうが、生憎とここにそんな事を言う子供は一人も居ない。

「んあっ……ひ……いぃ……」

 空は青く、辺り一面は白い。

 普段硫黄の臭いが立ち込め、人々が思い浮かべる地獄の景色を彷彿とさせる景色の広がる恐山がまた違った様相をしている。

「あっ……あぁ、く、るっ…………んんんんんっ」

 そんな境内に今、音と声が聞こえている。

 それは湿り気を帯びた音であり、色を含んだ声音だ。

 この場に余人が居て、その者が耳をそばだてれば、その音が境内に建てられた一つから聞こえてくるのが分かるだろう。

「い、ひゃぁ……は、春花様ぁ……んっ……」

「んふふ……可愛いわ、未来。こんなに硬くして……はむ」

「はぁっ……だ、め……そこは、んんっ、んんんッ……」

 一際大きな声を上げ、声が一つ途切れる。

 見れば、水の張った湯船の傍で焔たちが裸でそれぞれ絡み合っている。

「あっ……あぁっ……」

 股を開いて床に倒れながら漏れ出すような声で果てた余韻に浸る未来。

「ふふ……んちゅ、ちゅぱ……ん、未来ったら、またいーっぱい出して」

 そんな未来の出した愛液を嘗めしゃぶり、加虐的な笑みを浮かべて見下ろす春花。

「あぁっ……ええわ……もっと、もっとしてぇな……っ」

 未来と同じように股を開いた格好で仰向けに寝転び声を上げる日影。

「んむ、あむ…………な、詠、待て、そこはぁあっ」

 日影の陰部を愛撫しながら太股に甘噛みし、突然の刺激に悶える焔。

「あら?焔さんってここが弱いんですの?んふ、んっ」

 焔の尻に指を差し込んで悶えさせ、自身も自慰に耽る詠。

 それぞれが相手を変え、手管を変え、淫行に耽っている。

 何故、彼女たちがそんな行為に及んでいるのか。

 もちろん、これは彼女たちが果たすべき使命。そしてこれから行う儀式に必要不可欠な事だからだ。

 今回の儀式には幾つかの手順がある。

 まず、封印には強い霊力が必要となる。この点は、霊力の磁場が強い場所で行う必要がある。故に焔たちは信仰の対象として清らかな富士ではなく、正と負のエネルギーが色濃く渦巻く恐山を選んだ。

 次に、儀式には霊力を一気に解き放つ力も要る。これは5人が山にあるエネルギーをその体に取り込み、最も気を集中させるのに適した丹田に集中させ、切腹する事で一気に解放する。

 そして、これが最もネックとなる部分なのだが、この儀式には5人の命と、最期の瞬間まで続く強い感情が必要となる。5人の命、という部分に関しては切腹をする時点で誰しもが察する部分なのだが、死の瞬間まで続く感情に関しては、この件に関わった誰も知らない話だ。

 いや、正攻法では誰も知る事のできなかったはずの記述だ。

 実際、その記述に焔たちが触れたのは単なる偶然だった。

 蛇女子学園最大の出資者であり、人の身でありながら妖魔の力を欲した凶人、道元(どうげん)。

 当時の選抜メンバーであり、彼に深く関わりを持ったが故に、彼が集めた書物に目を通す機会があった。その中には妖魔の力を得る為に必要な研究資料も含まれていた。もちろん、焔の目に触れる時点で彼からすれば何ら意味のない伝承と仮定の羅列でしかない。そんな中に、たまたま今回の件に酷似した記述を発見し、一連の騒動の中でそれを思い出した。

 この事を把握しているのは焔たちしかいない。

 である以上、焔紅蓮隊以外に適任は存在しない。最初から人柱になるべき人選は決まっていたのだ。

「あっ、よ、みぃっ……やめ、ひんっ……あんっあっ」

 尻の中で指が動く度、焔が可愛らしい声を上げて悶える。最初こそ四つ這いで耐えていたが、今では力が入らず、顔を床につけて尻を突き出す体勢になっている。

「うふふ……ほむ、らさん。可愛らしいですぅっ、わ」

 普段けして見せる事のない焔の痴態。

 勝ち気な性格とは真逆の反応に、詠の顔は上気し、自慰が自然と激しくなる。

「あら~?詠ちゃんったら、おいたは良くないわ、よっ」

「はうッ」

 突然、春花に後ろから襲われ、詠が甲高い声を上げる。見れば、詠の尻に春花の指が2本差し込まれている。

「は、うぅっ……ほぅっ、ひっ……」

 どうやらカンチョーの要領でかなり勢いよく突っ込まれたらしい。詠が目を白黒させて餌を求める池の鯉のように口をパクパクさせている。

「よっ」

「ひぃッ」

 春花の指に力が籠る。それだけで、詠は情けない声を上げ、力なく床に突っ伏してしまう。

「あひっ……いぃっ……」

 倒れた衝撃で両手を投げ出し、足をがに股にして倒れる詠。絶頂を迎えたらしいその顔は情けないアヘ顔を晒している。そして、陰部からは潮の代わりに尿が漏れ出して辺りに独特の臭いを撒き散らす。

「あら、もうダメになっちゃったの?そんなので人を虐めようだなんて、詠ちゃんもまだまだね」

 二人目の犠牲者となった詠を見下ろし、春花は笑みを零す。

「うふふ、さーてと……あぶッ」

 次の獲物を探すケダモノ。春花がそんな目で焔や日影の方を向こうとした次の瞬間、何かに視界を塞がれる。

「ふふ、甘いぞ春花。次に果てるのはお前だ」

 そう言って得意げな笑みを浮かべるのは先ほどまで悶えていた焔だ。詠の手淫から逃れた焔は一足先に持ち直し、自分に魔の手を伸ばすだろう春花に先制を仕掛けたのだ。

 春花の視界を塞ぐように叩き付けられ、そのまま足でホールドし押さえ付けられた尻。春花は突然の衝撃に耐えられず、その勢いのまま後ろに倒れ込む。

「あぶッ」

 床に後頭部を叩き付けられ、春花が口籠った悲鳴を上げる。

「さて、どこから攻めてやろうか、な」

 そう言いながら、焔は真下にある春花の胸を揉みしだく。吸いつくような肌と力を込めれば込めるだけ反発する弾力。最初は弄ぶように弄っていたが、徐々に熱が入り、優しく、それでいて嫌らしく攻めていく。

「あむ、ぶふっ、ぶひぃっ」

「んっ……あ……」

 胸を揉み、乳首を掴む。その度に、春花が声を発し、焔の陰部を刺激する。いくらか抵抗して愛撫しているようだが、効果は余りない。視界も、半ば呼吸も塞がれた春花ではその程度が限界だろう。

「日影、春花をイかせたいんだ。手伝ってくれ」

 焔が声を掛ける。

 一人放置された日影は春花の手を掴み、自分の陰部に擦り付けている。

「あぁ?ええよ」

 日影に珍しい、情欲に支配された顔。頬を赤く染め、目もどこか虚ろに見える。

 日影は焔の声に一瞬呆けたような顔をして、どこか淫靡な笑みを見せる。

 そして、春花の手を掴んだまま焔に近付き、

「あむ」

「あひんッ」

 焔の乳首に吸い付く。

「あ、ちがッ……わた、し……じゃなくてっ」

 チュパチュパと音を立てて吸い付かれ、焔は先ほど同様に声を上げる。ドッと押し寄せる甘い衝動に、言葉を上手く出せない。

「あむ……心配いらへん、んちゅ、れろ……ちゃんと春花さんにもやってるから」

 そう言いながら、日影は攻める手、ではなく口を緩めない。

「あぃっ、いっ…あんっ……」

 日影の口は焔の胸を攻め、

「うぶっ、ぶぃっ、ぶふーっ」

 右手は春花の陰部を攻め、

「んうっ、ちゅ……あむ、はむっ」

 左手は自身の陰部を弄る。実に器用な事である。

 焔たちは今、性欲で高まった強い感情を自覚している。

 それは儀式にとって必要不可欠なものであり、同時に、彼女たち自身が発露したものでもある。

 一体、焔たちが何に対してそこまでの感情を抱いているのか。

 それは切腹だ。

 切腹というものは、日本においてどちらかと言えば恥という認識が強い。それは、物語の中で主に何かしらの罪を犯した者がその責任を取って切腹する事が多いからである。事実、切腹を行う事例としてそういった側面が強調されている。そういう言い方をしてしまうと、ならばそれが嘘なのかと言われてしまうが、それは間違いではない。

 ただ、昔の日本社会において切腹という行為は、武士や侍と呼ばれた者たちにとっての誉れであった事もまた事実だ。

 罪を背負い。

 責任を負い。

 忠義を以って。

 信念を貫き。

 それらの為に耐え難い痛みに耐え、見事腹を掻っ捌いてみせる。今とは生死の観念が違った当時において、切腹はその人が見せる最後の華だった。

 だが、それはあくまで武士階級に許される誉れだ。

 商人や農民はおろか、同じ命を賭して任務に挑む忍でさえ、そういった死は蔑ろにされてきた。むしろ、忍の者が切腹などしようものなら「忍如きが」と罵り交じりで酒の席の笑い話にされていたのだ。

 類い稀な能力を持ちながら武家社会において最底辺に存在した忍。時代が変わり、価値観が変化した中で、いつしか切腹は忍にとって憧れの対象になっていた。もちろん、全員がそう捉えているわけではない。命を失うよりも、例え生き恥を晒して泥水を啜ろうとも命を繋いで任務を全うする。それこそが忍の本懐である、と思う者が大半だ。

 だが、人知れず生き、世界を救うような偉業を数多く成し遂げようと称賛される事のない忍の道。そんなただ影に埋没していくだけの自身の生に、大きく美しい華を咲かす事ができるのならば。そう思う者が居るのもまた事実なのだ。

 特に、そういった思想は任務の大半が汚れ仕事であり、称賛どころか恨まれ罵りの対象である悪忍の学生が抱く傾向にある。

 彼女たちは悪と断じられるように、およそ人から好かれるような性格や思考をしていない。暴力的であり、非情であり、人の道からも忍の道からも逸れた者たちだ。

 と言いつつも、実際には大半の生徒が人並み常識と道徳を持ち合わせ、誰かを慈しむ心を持ち合わせている。けして悪の道を進むような生い立ちや環境に居た者たちばかりではない。そうせざるを得ない過去がある。

 だからこそ、余計に名誉や称賛といったものに強い憧れを抱いてしまう。

 それは焔たちとて例外ではない。

 自分たちを認めてくれる他人ななど居ない。そう言った意味では、飛鳥たちと強い繋がりを持つ焔たちは例外と言っていいのだが、それでも、悪忍や抜け忍が見ず知らずの人々から称賛される事などあり得ない。

 一度は諦めていたもの。それを手にする機会がある。

 そうなれば少なからず人が持ち合わせている承認欲求が、自身の生い立ちなどで膨れ上がるのは仕方のない事だろう。

 とは言え、かつて蛇女において「死は恐れるものではない。痛みを恐れるべきではない」と刷り込まれた焔たちでさえ、それらには微かに恐怖を抱かざるを得ない。

 死はそこで終わりだ。

 この世には輪廻転生や死者が向かう場所という概念がある。だが、それを確実に証明して見せた者はただの一人としていない。

 ましてや、激しい苦痛を伴うものであれば、普通の人間ならば耐えられるはずもなく、焔たちには少なからず未練となるものがある。

 それらを思い、恐怖に苛まれるのも、仕方がない事だろう。

 だから、焔は春花に頼んで特製の媚薬を用意した。

 極度のサドであり、マッドサイエンティストの一面を持ち合わせる春花が作った特製の媚薬。その効果は苦痛の緩和、ではなく苦痛を甘美なものだと誤認させるもの、所謂媚薬の類だ。それも、ほんの少しの接触で体が震えるほど強力な。

 本来ならばほんの少し性欲が高まる程度のものでもいいのだが、焔たちは悪忍時代に薬への耐性を獲得している。ちょっとやそっとの効果では意味がない。それに、その程度のものではとてもではないが、死への恐怖など打ち消す事ができないのだ。

 だからこそ、春花の薬である。

「ぶひぃッ」

 その薬を作った春花が、今焔の下で声を上げる。

 押し寄せる快楽から逃げるように、しかし、より強い刺激を求めるように腰を上げる。

「春花さん、もうイくんか?」

 春花の反応をその手に感じ、日影は問いかけながら刺激を強くする。

「うぶッ、ぶッ、ぶぃッ……ぶふぅうッ」

 そうして、春花は盛大に潮をぶちまけて体を痙攣させた後、バタリと動かなくなる。おそらく、焔の股の下には何とも情けない顔が転がっているだろう。

「あっんッ、んんッ」

 春花が果ててなお、焔に対する日影の攻めは止まらない。

 焔の興奮具合を嫌でも主張する乳首。綺麗な桃色の突起は更なる刺激を求めて限界までそそり立っている。

 そんな焔の性感帯を日影は嘗め、しゃぶり、噛み、吸い。絶え間なく刺激を与えていく。

「んっ、いッ……ひぅッ、あッあッあぁッ」

 日影から与えられる的確な攻めに、焔は可愛らしい声を上げる。何とか耐えようと指を噛むが余り意味をなしていない。

 この感覚に身を委ねたい。

 心の中で、そんな声が聞こえる。

 委ねれば、これまで自分で慰めた時とは比べ物にならない快楽を感じられる。そんな事を思う。

 だが。

「いぅッ」

 痺れるような感覚に、日影が声を上げた。

 原因は、自身の秘部、俗に言う陰核、クリトリスと呼ばれる部位を焔が爪と爪で抓んだからだ。

 今の彼女たちは刺激が強いほどに快楽を感じる。そんな状態で抓まれればどうなるか。

「んいッひっ、いぃッひっひゅぅッ」

 日影が息を吐くように、自身の快楽を口にする。

 目を大きく見開き、閉じようと必死になる口からは唾が溢れ出る。

 イっているのにまたイく。

 徐々にではなく一気に、断続的に感じる絶頂が日影の脳をショートさせる。

 陰部からは壊れた噴水のようにして潮と尿が吹き出し床を濡らす。

「へ、ひっ……」

 普段の日影ならばけして出す事のない情けない声と緩み切った顔。

「ぼぶっ」

 最後は気を失い、崩れ落ちるように春花の胸に顔を埋めてしまった。

「はぁ、はぁ……勝っ……た……」

 息も絶え絶えにそう呟く焔。その顔は何かをやり遂げた顔だ。

 こんな事でも勝負と捉え、勝ちに拘るところはらしいと言える。恐らく、他の忍学生が見れば呆れた顔をするだろうが。

「ぃんっ……く、あッ……」

 意識的に抑え込んだ快楽が焔の全身を駆け巡る。

 無理やり押さえ込んでいた反動は長く痺れるようなオーガズムを焔に与える。

「あ、んッ……あはぁっ…………んん……」

 筋肉は弛緩し、自分の粗相を止める事もできない。むしろ、排泄の開放感が堪らなく思えてしまう。

「あふっ……んあぁっ……」

 絶頂を迎えた瞬間の険しい表情から一転して見せる蕩けた顔。

 自然と、焔は前に手を付き、腰を浮かせて四つん這いになる。漏れ出す尿は大きな音を立てながら、春花の顔を濡らす。

「ほあ……あ、んっ……」

 そんな事などお構いなしに、焔は続く快楽を享受する。それはまるで浅ましい獣の姿だ。

 やがて滴り落ちる水の線は徐々に細くなり、太股を伝い、水滴になる。

「ん」

 全てを出し切った事で、焔は満足そうな声を漏らす。

「あひぃッ」

 だが次に感じたのは全身を駆け巡る強い刺激だ。パンッと小気味良い音を立てて、焔の尻が叩かれる。

「うふふ……」

 先ほど、確実に気絶していたはずの春花が笑みを浮かべている。どうやら顔に尿を掛けられた事が気付けになったらしい。

「ふぃッ……は、るかっ……おま、へぁッ」

 驚愕を口にしようとした瞬間、春花が秘部に指を差し込む。突き刺すと表現した方が良いくらいに勢いよく入れられた事で、焔が感じる刺激も強くなる。

「はおッ、お、おぉッ」

 不意に与えられた快楽に、焔は口から舌を出す情けない顔を晒す。意地と言うべきか、四つん這いの状態は維持しているが、足が内股気味に震えている。

「えいやっ」

「ほぎゅぃッ」

 やや間抜けにも思える掛け声。それが聞こえたとほぼ同時に、焔は奇声を発する。

「焔ってば、ほぎゅぃッだって。そんなにお尻が気持ちいの?」

 笑い声交じりにそう言うのは未来だ。見れば、焔の尻に指を二本突き刺している。

「あら、未来も起きたの?なら、一緒に焔ちゃんを一杯気持ち良くしてあげましょ?」

「はーい」

 そんな会話をしながら、未来は中途なく指を動かして刺激を与えていく。

「ほひッ……あぃッ、いひゅッ…………」

 焔が言葉を発する余裕すら失うほどの快楽。目からはポロポロと涙が流れ、鼻水と唾液が顔を汚して糸を引く。落ちないように、そしてより快楽を求めて腰が小刻みに上下する。

「さっきは、んっ……とっても気持ち良かったわ、焔ちゃん。おしっこも一杯かけて貰っちゃったし、お返しにあなたも気持ち良くしてあ・げ・る」

 春花はそう言うと、焔の腰を両手で掴み、引き下げる。焔も咄嗟に抵抗しようとするが上手く力を入れる事ができず意味はない。春花はそのまま口に秘部を当て、陰核に噛みつく。

「んぎぃいいいいいいいいいッ」

 脳を焼き切れてしまうのではないかと思うほどの快楽。さすがの焔もこれに耐える事などできず、すぐに倒れ込む。

「いッ、ひッ……ひゅぃッ……」

 息なのか声なのか、判断に困る音を出しながら、焔は動かなくなる。

「んっ……もう、早過ぎよ。楽しみはまだこれからなのに」

 焔が出す潮を顔に受けながら、春花はそんな不満を口にする。

「春花様ぁ……」

 未来が春花を呼ぶ。その声色は色香に染まった甘え声だ。見れば先ほどまで平静であったにも関わらず、顔は真っ赤で瞳にも情欲の光が宿っている。

「あ、あらあら……」

 さすがの春花もこれには顔を引きつらせる。何せ、春花は今日影と焔の2人に圧し潰されている状態だ。とてもではないがまともに未来の相手ができるはずがない。

「待ちなさい、未来。今2人を退かすか――――」

 やや慌てた様子で未来に言うが、未来はそんな春花などお構いなしに顔を跨ぐ。

 春花を見下ろすようにして、未来が笑う。見るからに正常な思考ができていない。

「大丈夫だよ、春花様。あたしだって、1人でできるもん」

 何を、などと間抜けな事は言わない。

 そんな余裕もない。

 ドロッとした液体を滴らせながら、未来は腰を下ろしてくる。

「ま、未来、待ちな、ぶッ」

 腰を春花の顔に落とし、両手で頭を掴んで押さえつける。

「ぶふッ、ぶぅッ」

「あっ、春花様の、息、気持ち良い…………鼻ッ、が……クリに当たるよ、んっ、あぁッ……いいっ…………いいぃッ……」

 何かを必死に訴えかける春花。そんな春花の行動が未来の秘部を刺激する。

 こうなってしまえば、歯止めが利く訳もない。未来の腰が自然に前後し、更なる刺激を自身に与えていく。

 程なくして、一際大きな声が聞こえて音が止む。

 だが。

 獣のような声。

 繰り返される淫行。

 それらが本当の意味で終わったのは、まだしばらく先だった。

   *   *   *

 人間と兎は、この地上で万年発情期である。そんな話がある。

 しかし、いくら万年とは言え、兎も人間も二十四時間三百六十五日もの間、延々と悶々しているわけではない。

 雌雄にしろ男女にしろ、見境なく番(つがい)を襲いはしないし、兎の雄が交尾する際に見せるバイブような腰遣いをやり続けるだけの体力などありはしない。

 そう。どれだけ頑張ろうが、いずれは体力が無くなるか、性欲が満たされるかでそれは終わるのだ。

「く、ひっ」

「ひッ……ふぅっ」

 そして、今唯一の例外となるのは、焔たち5人だけだ。

「あく……いぃッ」

 今の彼女たちに肉欲の底などないに等しい。

 歩く度に服が擦れ、甘い痺れを感じさせる。

 ひやりと頬を撫でる風が火照る体には心地良く、その温度差がまるで人に撫でられたかのような錯覚を起こさせる。

「うふ……ひ、ぅッ……」

 それらは本当に小さな刺激でしかない。だが、どれだけ取るに足らない小さな刺激でも、それを断続的に与えられれば無視もできない。ただでさえ、薬の影響を受けた上にあれだけ行為に及んでいたのだ。

 その軽い刺激一つで今にその場にしゃがみ込み、自慰に耽ってしまいたくなる。

「いぅッ、ひっ……い、くッ……」

 高まり続ける感覚に耐え切れず、焔が絶頂する。内股になった足に愛液が伝い、両手を抱えながら小刻みに痙攣する。

「はぁ……」

 全身を駆け巡る甘い痺れに、焔は熱っぽい吐息を出す。

(春花の奴っ……い、くら何でも……強過ぎる、だろ)

 そんな恨み言を思って眉間に皺を寄せるが、上気した頬と涙を浮かべるその顔では怒りよりも色香を感じてしまう。

 春花に薬の手配を頼んだのは焔だ。

 理由はもちろん、仲間が苦しまず逝けるようにと思ったから。

 そう思って強い薬を、と思ったのだが完全に失敗だった。いや、むしろ春花の性格を考えればこうなる事は予測して然るべきであり、こうなってしまう事を見越して薬の使用は後にすべきだった。どちらにせよ、焔の失態だ。

 焔たちは今、儀式の場へと向かっている。

 とは言え、そう遠く離れた場所ではない。

 焔たちが向かうのは、俗に地獄と呼ばれる場所だ。

 もちろん、実際の地獄があるわけではない。そこに広がる光景が、昔話などで語られる地獄の絵図と瓜二つだからそう呼ばれているだけだ。

 先ほどまで居た恐山に4つある湯小屋の一つ『薬師の湯』から本尊を祀る地蔵堂の前を斜めに突っ切り、『冷抜の湯』を過ぎた先にその場所はある。

 全体的に白と灰に覆われた地面。山のように積み上げられた石と、先に死んだ子供があの世で遊べるようにと親たちが石の間に刺して供えた風車。子供の行為を妨害しようとする鬼たちを転ばせる為に穂先を結ばれたコメススキ。衆生、つまり命あるものを導く為にある無数の仏の像。硫黄で黄色く変色した河原。

 この世とあの世の境、そして数えて136もの地獄の景色がそこにある。

 そんな中で焔たちが何処に向かっているのか。そう問われれば、別に決まってはいない、と答える。

 儀式は決まった手順がある。だが、決まった場所があるわけではない。

 ただ焔たちは儀式を行ってどんな影響が周りに起きるのか分からないからなるべく開けた場所に向かおうとしているだけだ。

「ほ、むら、さんっ……わたくし、もう……げ、んか、いぃ、で、ぅッ……」

 そんな切羽詰まった声を出し、詠は股間を押さえながら痙攣すると、その場にしゃがみ込む。どうやら絶頂を迎えたようだ。

「ふ、いッ……んふっ、あ、ふぅッ……」

 そしてそのまま自慰を始めてしまう。

 それなりに進んではいるが、できる事ならもう少し奥に行っておきたい。無理やりにでも立たせて歩かせるべきだ。

「……あ」

 そう思いながら、焔の手は自然と自分の股に向かう。

 見れば、他の3人も羨ましそうな顔で詠の痴態を凝視している。

「くっ」

 心の底から湧き上がる情欲を、焔は何とか捻じ伏せる。

 これ以上、儀式を遅らせるわけにはいかない。それに、儀式の為にせっかく身を清めたというのに、ここでまた快楽を貪り合っていたら汚れて二度手間になってしまう。

「詠、すまない」

 そう断りを入れて、焔は詠の脇に両手を通すとそのまま持ち上げる。

「あふっ……脇、そんな乱暴にっ……」

 元々性感帯だったのか、持ち上げる際に詠が声を上げるが、一先ず無視する。

「お前たち、んっ……もう少しだけ我慢してくれ…………そこの開けた場所に行ったら、儀式を始める、からっ」

 溺れそうな快楽を感じているのは詠だけではない。焔自身つい先ほど絶頂したお陰で多少はマシだが、詠の頭が胸に当たって、気を張らなければこの場にしゃがみ込んでしまいそうだ。

 これ以上の移動は無理だと判断し、焔は3人に告げる。

 3人もそれは十分に理解しているのだろう。声を押し殺しながら静かに頷いた。幸い、目的地は近い。

 疲れとはまた違う少々荒い息を上げながら、5人はそこから少し進んだ先、慈覚大師堂の前に何とか辿り着く。

 無間地獄と呼ばれる、形の歪な石と岩が転がっているその場所にはお堂が建っており、やや手狭ではあるものの開けた場所がある。

 そして、その場に本来あるはずのない物がある。

 お堂の前にあったのは陣幕と呼ばれる布を用いた仕切りだ。

 四方を真っ新な白い布で覆ったそここそが、焔たちが儀式を行う場所であり、最期を迎える場所でもある。

 今から行われるのは世界を救う為の大切な儀式である。

 にも拘わらず、陣幕の中には何もない。祭壇など儀式で用いるものは疎か、屏風や椅子、砂利や小石のある地面には畳すら敷かれていない。

 だが、これは焔たち自身が望んだ事だ。

 この場を整える際に希望を尋ねられ、何も置かないで欲しいと言っていた。焔たちの知る儀式の記述の中に特別に何か必要だとは書いていなかったのも理由の1つだが、この簡素さこそ、自分たちの死に最も相応しいと思ったからだ。

(あぁ、ここなら……)

 目の前に用意された理想的な環境に、焔は安堵する。

 だが、気を抜いてはいられない。まずは詠をどうにかしなければ。

「春花、頼む」

「えぇ……本当は私の疼きを、止めたいんだけどっ」

 ようやく落ち着ける場所に着いて早々、焔は春花を呼び、用件を察した春花が抱き抱えられたままの詠に近付く。

「詠ちゃん、悪いけど速攻で終わらせるわよ~」

 そう言って、春花は愛液で濡れそぼった秘部を弄り、クリトリスを見付けると問答無用で爪で挟む。

「ひぅぃいいいいいいいいいッ」

 当然、そんな強い刺激に今の詠が我慢できるはずもなく、一瞬で絶頂を迎えて奇声を発する。

「あひっ……い…………ひゅぃッ……」

 何とか意識を失うまではいかなかったが、瞳孔は半分瞼に入り、舌を垂らした品のない顔をしている。とてもではないが今すぐ儀式に映れる状態ではない。

「んっ……どうするんだ、春花。詠がこんな状態じゃ」

「心配いらないわ、焔ちゃん。ちゃんと準備はしてるから」

 そう言って、春花はまるで手品のように一粒の丸薬を取り出す。成型されていない、見るからに何かと練って作ったものだと分かる。

「これを……ちょっとお仕置きも兼ね、て……ん、んふっ」

 春花は丸薬を持ったまま手を股に近付けると、そのまま自慰を始め、すぐに潮を吹く。手に持っていた丸薬もろとも、春花の手が愛液だらけになる。

「あふ…………これでよし」

 達した事で少しばかり満足したらしく、満面の笑みで丸薬を見る春花。

「お、おい、春花。お前何を……」

「見れば分かるわ。暴れるかもしれないから、強く持っててね」

 困惑する焔に一度笑顔を向け、そんな指示を出す。焔は釈然としないながらも、詠を抱える腕に力を入れる。

 焔の腕に力が入った事を確認した春花は詠を見て顎を持ち上げる。そして、半開きになった口に丸薬を放り込み、両手で頭と顎を押さえ付ける。

 次の瞬間、意識を失いかけていた詠の瞳が戻り、大きく目を見開く。

「んゔぅううううううッ!!」

 そんな口籠った声を出しながら、詠は口に手を当てて暴れ出す。両足をバタつかせ、首を振り、目尻には大粒の涙が溢れている。

「くっ、のッ……春花、お前詠、に、何を飲ませたっ!!」

 暴れる詠を押さえつつ、接触して生まれる快楽を押し殺しながら、焔が怒鳴る。

「大した物じゃないわ、よっ。ちょっと体液を塗すと苦みが倍増する苦いお薬。毒じゃないから安心して」

 平然とそんな事を口にする。

「んゔッ、んんんッ、うぅうゔゔッ」

 そんな二人のやり取りの間でも、詠はそれこそ毒を盛られたように暴れる。春花の言葉が正しいなら相当に苦いらしい。

「そ、ろそろ良いかしらっ」

 暴れる詠の頭を押さえていた春花がやや苦しそうに言うと、両手を放して素早く飛び退く。

「おぇええッ、ペっペっ」

 頭が自由になり、詠は口の中の苦みを吐き出すように唾を吐く。とは言え、ほとんど解けてしまったらしく、出てくるのは薄っすら濁った唾だけだ。

「何ですの。口の中がすごく苦いのですけれどッ」

 苦みで顔を顰めながら詠は言う。

 当人は半ば意識を失いかけていたところに強烈な苦みを感じたのだから当然の反応だが、効果は言うまでもない。

「詠、正気に戻ったか?」

「焔さん?え、あ……」

 自分のすぐ傍で聞こえた焔の声に、詠は我に返り、先ほどまで肉欲に溺れていた事を思い出して赤面する。

「……あ、あの、その……申し訳ありません……」

 最後は今にも消え入りそうな声で謝罪した。

「あ、あぁ……詠、我慢し切れなかったのは仕方がない。私だって、途中でイってしまったしな」

 そんな詠に、焔は慰めの言葉を掛ける。

 焔は詠が自分の足で立った事を確認すると、脇を抱えていた腕を解いて距離を取る。

「もう、大丈夫だろ?」

「えぇ、ご迷惑をお掛けしました」

 まだ欲が納まったわけではない。それでも、何とか落ち着いている。詠はそれを証明するように笑って見せた。

 その顔に焔は安堵の表情を浮かべ、すぐに表情を引き締める。

「皆、位置についてくれ。儀式を始めよう」

 焔が言う。

 そんな焔に対し、春花は違和感を覚える。

(……焔ちゃん、もしかして焦ってる?)

 焔の見た目は普段と変わらない。いや、性衝動に駆られている状態ではなるので普段通りと言うのは語弊がある。それでも、一度絶頂を迎えているせいもあって、この中では比較的まともな雰囲気だ。

 何となく視線をずらすと、詠と目が合う。詠は気遣わしげに視線を焔に向け、小さく頷く。どうやら同じ事を考えているらしい。

 日影や未来は……情欲に染まり切った顔ではあるが、2人も違和感を感じているらしい。

 今回の儀式に時間的な制約はない。

 異界の扉は常に開こうとしている。そうは言っても、今すぐに全開になるものではない。極端な事を言ってしまえば、明日でも明後日でもいいわけだ。

 それなのに、焔は儀式を早くしようと焦っている。

 理由は何か。

(そう言えば、ここに来る前に手紙みたいな物を出してたわね……)

 恐山に来る何日か前。焔は伝令などに使っている鷹に何かを括りつけて放っていた。その正体が何なのか、結局聞き出す事は無かったが、今思えばそれ以降やや強行スケジュールになった気がする。

(焔ちゃんが私たちを騙す、なんて事は死んでもあり得ない。という事は……)

 春花の思考が答えに行き着く。それはちょっと考えれば、この5人ならば誰だって分かる事だ。

(もう、仕方ないわね)

 小さく溜め息を吐きつつ、春花は笑みを浮かべていた。

 焔はこのメンバーのリーダーだ。心の支え、一種の大黒柱。焔が先陣を切って真っ直ぐ進み、4人がそれに付いていく。もちろん、ただ付いていくだけではない。後ろから焔を支え、時には焔の代わりに前に出て焔の進む道を開ける。そういう共存が、焔紅蓮隊の強みでもある。

 焔が皆を叱咤激励して引っ張っていくように、春花は一番後ろで誰一人欠けないように見守る役だ。普段はそんな素振りを見せないが、自身が一番この共存関係に依存している自覚がある。

「皆、ちょっと良いかしら」

 そう言って、春花は全員を手招きする。

「何だ、春花」

「ふふふ、良いから。渡したい物があるの」

 怪訝そうな顔で問う焔に、春花は笑って言う。

 それは答えらしい答えにはなっていないものの、焔は仕方がないと肩を竦めて近付いて来る。そんな焔に釣られ、他の3人も近付く。

「それで、渡したい物って言うのは何なんだ?」

 4人が春花の前に並ぶ。

 春花は目の前に居る4人の顔を一瞥し、

「それはね……」

 静かに、強い力で4人を抱き締める。

「なっ」

「ふぎゃっ」

「まぁ」

「おお」

 春花の突然の行動に、焔と詠は驚きの声を上げ、日影は驚きと言うにはリアクションの薄い声を出し、背丈がやや足りない未来は圧迫された声を出す。

「皆、ありがとうね」

 ポツリ、と春花が言う。

「私、皆と出会えて幸せよ。上手くいかなくて大変だった事も、辛かった事も一杯あるけど、それ以上に毎日が楽しかった。多分、皆に出会わなければ私はきっと蛇女の中でずっと独りぼっちだったわ。私が今ここに居るのも、こんな気持ちになれたのも皆のお陰。感謝してもし切れないわ」

 そう言ってギュッと腕に力を込める。

 肌同士の接触、衣服が擦れる素肌。今の状態では性欲を高める刺激を受けているにも関わらず、4人の顔は別の熱を帯びていた。

「私だって、お前たちには、感謝してるんだぞ」

 やや口籠って焔が抱き締めるように腕を伸ばす。

「選抜メンバーのリーダーとしてやっていけたのも、抜け忍になってからも迷わず進んでいけたのも、全部お前たちが支えてくれたからだ。私一人じゃ、どこかで躓いてとっくに死んでた」

 やや涙ぐみながら語られた焔の言葉。自然と熱いものがこみ上げてくる。

「わたくしだってッ」

 次に言葉を発したのは詠だ。感極まってしまい、自分でも予想外に大きな声が出てしまった。

 鼻を啜り、ばつが悪そうな顔をする。

「……わたくしだってそうです。ご飯が侘しかったり、何食か食べられなかった事も沢山ありましたけど、それでも。皆さんと一緒に居られない事を思えば、何て事もありませんわ」

 こんな時まで食に傾倒したセリフに、思わず吹き出してしまう。何とも詠らしい言葉だ。

「わしも、まぁ、悪くなかった。色々大変やったけど、不思議とな。胸の奥んとこがポカポカしてたわ」

 いつもと変わらない淡々とした物言いだが、赤みがかった頬は気のせいではないだろう。その証拠に、日影の腕に籠っている力は強い。

「あ、あたしだってそうだよ!!」

 最後に慌てて未来が言う。他にも何か言おうとするが、どうにも上手い言葉が出てこない。結果的に「あぁ」とか「えぇっと」とかそういった事しか言えていない。

 そんな未来の慌てふためく様子に、日影を除いて全員が笑い声を上げる。

「な、何よ。笑わなくったっていいじゃないッ!!」

 未来が抗議するが、そこに含まれているのは怒りではなく羞恥だ。慰めるように4人が未来の頭を叩く。それに対しても奇声を発して抗議の意を示すが意味はない。

「あはははっ…………もう、皆ったら」

「元はと言えば、春花が言い出した事だろ?」

 涙を拭いながら春花が呟き、苦笑いを浮かべながら焔が指摘する。他の3人も声には出さなかったが、焔の言葉に頷いて同意する。

「それで、わたくしたちに渡したい物とは、何なのです?まさか、こうする為の方便、というわけではないのでしょ?」

「ええ、もちろん」

 詠の指摘に、春花は頷いて服から錠剤を取り出す。そして名残惜しそうに4人から離れ、全員に見えるように掌にそれを乗せて前に出す。

「皆には今からこれを飲んで欲しいのよ」

 4人がそれぞれ錠剤を注視する。見た目には市販されている物と何ら変わらない。春花が出した以上、ただの薬であるわけはないが、見ただけでは一体何の薬かまではまるで分からない代物だ。

「春花様、これ何なの?」

 そう言って首を傾げる未来。

 春花はそれにはすぐに答えず、一度全員を見る。

「これは、催眠導入剤、みたいな物よ」

 そう言って始まった春花の説明は要約すればこうだ。

 これは苦痛を和らげる事を主に開発した薬で、先に飲んでいる媚薬と合わせる事で初めて効果を発揮する。媚薬に比べれば持続性は高くないものの、即効性があり、切腹を始める頃には十分な効果が出る。これを服用する事で、体感する刺激や苦しみを抑えられ、更には陶酔感を覚える。確実に切腹を完遂でき、眠るように逝く事ができる。

「けっこう媚薬を強めに作っちゃったから。それが原因で失敗するわけにはいかないでしょ?そういうもしもが無いように保険で調合しておいたの。最初の一刺しさえできれば、後は何も心配いらないわ」

 時間がなく実験する事はできなかったが、効果は問題ないはず、らしい。

 刺激などの緩和はともかく、陶酔感となればそれは最早催眠導入剤ではなく麻薬ではないだろうか。各々そういう感想を抱いたのだが、口にはしない。実行する際に躊躇する懸念材料が少しでも減るのならそれに越した事はない。

 4人は春花から薬を受け取り、全員揃って一気に飲み込む。

「よし」

 喉を通り、胃に落ちていく感覚。それを確認し、焔は頷く。

「必要な事は全てやった。後は、私たちの使命を果たすだけだ」

 焔の言葉に頷き合う。

 5人が動き、それぞれ一定の距離を取って向き合うように立つ。

 所定の位置に付いた事を確認すると、心を落ち着かせるように息を吸い、

「「「「「忍、転身っ」」」」」

 それぞれが自身の巻物を取り出し、叫ぶ。

 その瞬間、5人は眩い光に包まれ、次の瞬間には忍装束に身を包んだ姿でその場に立っている。普段の忍転身と違う点があるとすれば、未来と春花が本来の武器ではなく短刀を持っている点だ。

 儀式を行うにあたって、身体的な負荷が掛かる。薬で多少誤魔化すとはいえ、慣れない事をするには生身では心許ない。それ故の転身だ。

 だが、それだけでは終わらない。

 5人はもう一段階、強化を図る。

「「「「「命駆(いのちがけ)!!」」」」」

 瞬間、5人の装束が弾け飛ぶ。

 それはさながら、内から溢れ出た膨大な力に耐え切れず、装束が破れ散ったようだった。

 事実、命駆は忍が己の防御を捨て、攻撃に特化する姿。言わば、普段抑えている力はもちろん、装束の形で防御に回している力さえも身体能力の強化と攻撃の爆発力につぎ込んだ状態だ。今回は攻撃力に回す分すら身体の強化に使っている。

 今、焔たちは全裸に近い恰好をしている。

 全裸、ではなく全裸に近い、という理由はそれぞれが下半身の装束、より正確に言えば靴下の類を履いたままだからだ。

 焔は黒いソックス、日影は何の変哲もない普通の白いソックス、未来は少し厚手の真っ白のタイツ、詠と春花はややピッチリとした白いオーバーニーソックスだ。

 何故、下着ではなく靴下なのか、という点は余り深く追及しない。何せ命駆で残る衣装は端的に言えばランダムだ。全裸の時があれば、下着だけあるいは今みたいに靴下だけという時もある。本人の意思でもどうにもできない事を考えるだけ無駄だろう。現に、やり慣れている焔たちは気にしていない。

「……儀式を始めるぞ」

 4人の顔を見渡し、焔は言う。

「はい」

「おう」

「おーけー」

「ええ」

 それに対する答えは短く、しかし力強いものだった。

   *   *   *

 5人はその場に座る。

 正座に近い座り方だが、股は開き、足首から先も立てた状態なので地面に接しているのは膝と爪先だけだ。

 その状態で、5人は目を瞑り、両手を胸の前で合わせる。

 焔が浅く息を吸う。

「我は常世に御座す守護霊たる祖に希(こいねが)う者なり」

 はっきりとした、そして感情の無い声で焔が祝詞を唱える。

「我は常世に御座す守護霊たる祖に希う者なり」

 少し遅れて今度は4人が同時に祝詞を復唱する。文言そのものは事前に覚えていたらしく誰一人として言い間違いや詰まる事は無かったのだが、復唱する速度や始まりが不揃いでやや聞き苦しいものだった。

 4人の声が途切れ、沈黙が訪れる。

 それを待っていた焔が一拍置いて声を出す。

「現世に彷徨いし万物の御霊、荒ぶる力を我が身に賜え」

「現世を汚し、常世を侵せし不浄の災禍を祓う力を賜え」

 二節目で誰となしに調子を合わせ、三節目ではほぼ全ての言葉が綺麗に揃う。

「ここにあるは純潔の導、乙女の盃、現世の珠」

 四節目を唱える頃には4人の声が完全に一つの音となって辺りに響く。

 そして、回りの環境に変化が訪れる。

 それまでそよ風すら無かった一帯に風が吹き始める。だが、明らかに普通の風ではない。何故なら、その風は薄っすらと色を帯び、そして音を発していない。そればかりか、まるで5人の体を中心にするように弱い風が旋風となる。とてもではないが自然のものとは思えない。

「それら三種の我が身の至宝を納め奉る」

 自身のすぐ近くでそんな不可思議な現象が起こっているにも関わらず、5人がそれに気付く事はない。

 祝詞は続く。

 そして、5人の体が淡い光を帯びていく。

「遠く、遠く、遥か高みにおわす英霊たちよ」

「我が祈り、願いをどうか聞き届け給え」

「我はただ、己が無力に嘆き、偉大なる霊に希う者なり」

 一言一言唱える度に、焔たちの光は輝きを増し、旋風も大きくなっていく。

 最後の一節を唱え終え、5人は頭を垂れる。

「恐(かしこ)み恐みも白(お)す」

 祝詞の締めを口にして、ゆっくりと状態を起こし、目を開ける。

「これは……」

 そこで、焔たちは自分の周りで起きている事態に気付いて驚愕する。

 当然だろう。それぞれ蛍が発する程度の光を帯び、5人を囲むように幻想的な色をした大きな竜巻が渦巻いている。

 これだけ劇的な変化があったにも関わらず、それに全く気付く事ができなかった。それは祝詞を唱える事に集中していただけでは説明ができない。

 ただ、自分たちの中にどんどんと力が溜まっていくのを感じる。

 不思議な感覚だ。

 自分のものではない何かが体を巡り、下腹部に集まっていく。だが、嫌悪感や忌避感などは感じない。むしろ、

「んふ」

「あ」

 体の中の流れを感じる度に甘い痺れを感じてしまう。

 一度自覚してしまえばもうどうしようもない。

 一人、また一人と声を出す。

 ただ、今感じているのは比較的弱い刺激だ。先ほどのように断続的なものであっても高ぶるほどではない。

 確かに性欲を刺激されているはずなのに、全く高ぶる事はない。いっそ生殺しだと感じられれば諦めて自慰行為に耽ってしまえるのだが。

「ふぅっ……ふぅっ……」

 荒い息遣いが聞こえる。

 全員の視線が自然とそちらに向かえば、緊張した面持ちで未来が短刀を凝視している。

 小屋からここまでで未来と日影は一度も絶頂を迎えていない。そのせいもあって、未来の我慢が限界に達しているのだろう。

 刺激が欲しくて堪らない。しかし、今一番の刺激を得るには腹を切らなければならない。ここに来て死への恐怖が未来の決心を揺るがしている。

「未来」

「は、春花様?」

 そんな未来に、春花は近付いて優しい笑みを浮かべる。

 突然自分の傍に寄って来た春花の行動に、未来は困惑する。

 今は儀式の最中だ。それも自分たちにとって未知のもの。どんな些細な行動が儀式を破綻させるか分からない。今、自分たちを包む風が、春花が近付いて来た事で霧散、あるいは暴走してしまうかも知れない。

 そんな不安が未来の頭に過ぎる。

「は、春花様。今、儀式の途中だよ。勝手に動いちゃ……」

「そうね。でも、あなたがこんなに辛そうな顔をしているのに、それを放っておけるわけないじゃない」

 慌てふためく未来の頭を春花はそっと撫でてやる。

 感じる強い刺激に思わず「ふぁっ」と情けない声を上げてしまう。

春花は目を細めて笑いかける。

「大丈夫よ、未来。怖いのは最初だけ。何も考えず刃を刺しなさい。そうすれば、そんな苦しみからはすぐ解放されるわ」

 未来の頭に手を乗せ、笑いかける春花と、そんな春花を見上げる未来。こんな場でなければ優しい母親と子供の自然に笑みを浮かべてしまいそうな構図だ。

「さっき渡した薬はその為に作ったものだもの。それとも、私の作った物が信用できない?」

 怒っているわけではない。あくまで優しく、諭すような声音で語り掛ける。

 普段よりも優しいその声に、未来は慌てて首を振る。

「そんな事ない。あたしは春花様の事も、皆の事も信じてるよ」

「ふふ、良い子ね未来」

 笑いながら、春花はまた未来を撫で、ゆくりとその場に座る。

 そして、未来が短刀を持つ手に自分の手を添えると、刃を誘導して自分の腹部まで持っていく。逆に自分の短刀は未来へ向ける。

「どうしてもって言うなら、私が刺してあげる。その代わり、あなたが私を刺すの。それなら、頑張れる?」

 春花の提案に、未来は驚いた表情を見せ、

「あ、え……ん……うん、分かった」

 何度か考える素振りを見せたものの、頷いて見せる。

 ほんの少しまだ目が揺らいではいるが、決心を固めた未来に春花は満足そうな笑みを浮かべて頷く。

「準備は良い?」

 未来の手を放し、自分の短刀を両手で握り、春花は言う。

「う、うん。大丈夫だよ、春花様」

 そうは言いつつ、緊張した面持ちで未来は言う。だが、先ほどまでの恐怖心を感じさせるものではない。

 二人は互いに相手の右側に刃を向けて構える。

「それじゃあ、いくわよ。……3……2……1……」

 ゴクリっと、誰かが息を呑む。

 そんな音がはっきりと聞こえ、

「「ううぐッ」」

 二人の声が同時に上がる。

 構えられた短刀は見事に春花と未来の腹に突き立てられ、真新しい傷口からは赤い血が沸き上がって来る。

「かはッ、ひぐッ」

「んふっ……い、きぃッ」

 刃が貫いた鋭い痛みは、間違いなく二人の脳に届いている。しかし、二人の脳はそれを痛みだとは判断できず、まるで性感帯を刺激されたような甘い快楽だけが脳を焼く。

「ひッ……ひゃるか、しゃまぁ……」

 未来が春花を呼ぶ。

 そこにあるのは苦痛ではない。

 余りに強過ぎる甘美な快楽への驚きだ。

「み、らいっ」

「あみゅっ」

 そんな未来の唇に、春花は躊躇なく唇を合わせる。そして、舌を伸ばして中へと侵入していく。

「あむ……ちゅぱ……れろ、えろ……」

「ちゅ……あふ……」

 啄むように唇を重ね、舌を搦め合う二人。互いの口を行き来し合う唾液に少しずつ血の味が混ざって来る。だが、そんな事を気も留めず、二人の口は離れない。

「あむ……あ……ちゅ……や……う……」

 そんな最中、未来の口から口付け以外の音を発し始める。

「あむ、れろ……ずちゅ……ちゅるるるっ」

 それに気付いた春花は口を窄(すぼ)めて未来の唾液を吸い、口を離す。離れる口には透明な橋がかかり、離れていく途中でプツリと切れる。

「っ……未来、そろそろ、ね……んっ」

 吸い出した唾液を飲み下し、春花は未来を見る。

「いひッ、はっ……あぁあッ……」

 未来の様子がおかしい。

 快楽によるものだろうが、目の焦点が合っておらず、どこか虚ろになっている。

 そんな未来に対して、春花は笑いかける。

「未来、大丈夫?」

 春花に声をかけられ、未来は虚ろな目のまま春花を見る。春花を見た未来は一度驚き、すぐに笑みを浮かべる。それはいつも仲間に見せる子供のような笑みではない。情欲に塗れた淫靡な笑みだ。

 普段けして見せる事のない雌の顔に、3人は思わず息を呑む。

「……や、ぎゅぅうッ」

 嬉しさで達しながら、未来は言う。

 もちろん、目の前に居るのが半蔵学園の柳生なはずはない。

「来て、くれたんだ……」

 それでも未来は自分の前に居る春花を柳生と認識し、笑みを深める。

 どうやら、先ほどの薬は本当に麻薬の一種だったようだ。催眠導入剤と言っておきながら平然と幻覚作用のある麻薬を飲ませるとは実に春花らしい。

 ただ、腐っても春花の作った薬だ。未来の様子を見ればその効果がてき面である事は疑いようがない。

 切っ掛けは極度の性的興奮といったところか。

「未来。私が見ていてあげる。さぁ、逝きましょ?」

「う、ん……柳生が一緒なら、あたしっ……ちゃ、んと、できるよ」

 そう言って顔を綻ばせ、未来は短刀を持つ。恐らく今の未来にとって耳に入った言葉は全て柳生の言葉に変換されているのだろう。

「んっ」

 未来が腕に力を込める。春花はそれに合わせ、短刀を横に動かす。

 シュッと微かに音がして、腹の傷が大きくなる。

「かはッ」

 新たなに感じた刺激に、未来が息を吐く。

「やっ、柳生ッ。怖い。怖いよ。お腹裂けてるのに、痛いはずなのに、あたし、気持ちぃいいッ」

 目尻にいっぱいの涙を溜めて、未来が叫ぶ。

 その言葉に偽りはない。

 短刀が進み、肉が裂ける度に、未来は歓喜の声を上げて唾を飛ばす。

「気持ちいいっ、ぎもぢいぃッ……柳生にお腹切られるのがッ気持ちいいッ!!」

 薬の副作用か。未来は狂ったように歓喜を口にする。

「あッ、う、んッ……いぃいッ……もっとッ……」

 より強い刺激を求めるように未来の手に力が籠る。

 刃は臍に達し、真っ二つに切り裂く。

 未来は短刀持つ自分の手に力が入らなくなってきた事を感じる。血を流し過ぎた。快楽とは別に頭がクラクラする。

「く、いぃッ」

(柳生が、見てるんだッ)

 そう思い、自分を奮い立たせる。

「あぁああああああッ」

 抜けそうになった力を入れ直し、残った皮膚を切り裂く。

 一気に傷口が大きくなり、血が吹き出し、その後から溢れ出る。

「ごぼッ……げほげほッ……」

 せり上がって来た血を吐き、噎せ返る。

 息が荒くなり、「はぁはぁ」ではなく「ぜぇぜぇ」とおかしな呼吸に変わっていく。

「あぐっ、あ……」

 上半身がぐらつき、未来はそのまま仰向けに倒れ込む。

「おッ、ごぇッ……や、ぎゅぅ……」

 目の前にはもう空しかない。

 それでも、未来の目には確かに自分を見詰める柳生が映っている。

「あ、ぁ……やぎゅぅ……ッ」

 息も絶え絶えになりながら、未来は両手を掲げ、抱き締める。恐らく、柳生の首に手を回しているのだろう。

そして、ゆっくりと腕を引き寄せる。

「す……き……ぁ……ぉ」

 自分の秘めた思いを口にして、未来の瞳から光が消える。同時に、柳生を引き寄せていたであろう腕が糸の切れたように落ちる。


 もう、動かない。

 耳を澄ませても、息は聞こえない。

 それが、嫌でも未来の死を認識させる。

 自分の使命を見事に全うして果てた未来。

 大切な仲間の最期を看取り、4人の目には自然と涙が浮かぶ。

「未来さん……」

「未来。安らかに、な」

「……ッ……」

 それぞれが未来の死を悼む。

 蛇女時代を含め、これまで長い時間を共に過ごしてきた仲間だ。これが覚悟の上だとしても、辛いものがある。

「だ、いじょう……ぶっ……すぐに会えるわ……ッ」

 春花の声に、3人は我に返ってそちらを向く。

 自分の位置に戻っている春花だが、正座ではなく足を崩した体勢で座り込んでいる。見れば、流れ出した血が地面に到達している。

「春花、お前……」

 大丈夫なのか。

 そう訊こうとしたが、春花はやや辛そうな笑みを浮かべてそれを制す。

「まだ、大丈夫よ。少し血を流し過ぎただけだから……」

 そう言って、春花は短刀を握る。

「私が手、伝ったとは言え……未来だって自分の使命を立派に果たしたんですもの。私が逃げるッ、わけにはいかないわ」

 春花が腕に力を込め、少し刃を喰い込ませる。

「ひぐッ」

 たったそれだけで春花は絶頂を迎え、股下を濡らす。

「か、ひゅッ……思、たより……刺激が……強いわね……ッ」

 そんな軽口を叩きながらも春花は腕を動かそうとするが、上手く力が入らない。結果的に内臓を抉るように動かしてしまう。

「うぎぃッ……ひっ……あッ……」

 春花に開いた穴からグチュグチュと音が聞こえる。

 その音に合わせて痛みとも、喘ぎ声とも取れる声が春花の口から漏れる。基本はドSでもありながら、ドMでもある春花ならば痛みが気持ちいいと言いそうだが、今回は恐らく純粋に喘ぎ声だろう。

 事実、春花の乳首は痛いほどに勃起し、顔は赤みがかっている。下に目を向ければ股下の水の量が先ほどよりも増えているのが分かる。

「あひッ、いぃッ……これッ……良いわ……」

 遂に、春花が歓喜を口にする。開いた口からは唾液が零れ、ポタポタと滴り落ちて自身の胸を濡らしていく。

 性欲が高まったせいか、春花の手が自身の秘部に伸びる。そして、そのまま指を差し込み、

「いひゅぃッ、い、き、ひッ……」

 脳を焼くような強烈な快楽に、春花は目を大きく見開いて絶頂する。

「かひゅッ……い、き……あぁっ……ひ、ばりぃッ」

 断続的に迎える絶頂。その中で、春花は可愛くてかわいくて仕方がない、愛しい友人の名を呼ぶ。

 春花の指は止まらない。淫靡な水音を辺りに響かせ、水溜まりを大きくしながら自慰に没頭する。


「雲雀っ……雲雀ッ……好き、好きよ…………貴方が居てくれる、なッら……私ぃ……」

 春花もまた、雲雀の幻覚を見ているのだろう。何度も雲雀の名を叫んで行為の激しさが増す。

「か、わいい……雲雀……私の、私だけのあなたッ…………見て……私の裸……乳首も、あそこも……あなたの為に……」

 今まで抑えてきたであろう感情を爆発させて、春花が叫ぶ。

「見て……見てッ……」

 そう言って、春花はおもむろに短刀を持つ手に力を込め、

「私の最期を見てッ」

 一気に腹を掻(か)っ捌(さば)く。

「ひぎぃいいいいいッ」

 やはり事を性急に運んだ代償は大きかった。

 余りに強い刺激が春花を襲い、快感が春花の脳を焼く。絶頂を迎えて勢いよく潮を吹き、口元からは唾が飛ぶ。

「は、ひッ……ひぎッ……」

 意識こそ失わなかったものの、春花は言葉にもならない声を出しながら天を仰ぐ。瞳孔も半分以上瞼に入っており、すぐにでも意識を失いそうだ。

 ボタボタと音を立てて、内臓が傷口からせり出してくる。内臓が外気に触れ、刺激を感じる。

 グチャッと音を立てて腸が地面に落ちる。細かな砂利が刺さって刺激を与える。

「あひッ……ひッ、ぐいッ……」

 そのどちらとも今の春花とっては甘美な刺激でしかない。

「ひ、ぁ……ぃぃッ……」

 やがて春花の重心が前に傾き、何の抵抗もなく前に倒れ込む。

「ぁ、ぃ……ぃ…………ぅ……」

 何度か痙攣と潮吹きを繰り返し、春花は静かに動きを止める。

 地面に落ちて横を向いた顔は涙を流し、口からは血を流しているが苦しみに歪んではいない。最期まで恍惚な夢の中にいられた事が窺える笑みだ。

 静寂が訪れる。

 壮絶であり、愛しい者に看取られるという優しい夢の中で果てた2人。

 残された3人は静かにその死を悼む。

「…………次は、私だな」

 2人に黙祷を捧げて焔が呟く。

 顔を伏せ、悲痛な面持ちで地面を見詰めている。

「いいえ。次はわたくしが行きます」

 そんな焔を制したのは詠だ。

 詠の言葉に焔は顔を上げて詠を見る。

 そこにあるのは悲しみに歪んだ顔ではなく、覚悟を決めた美しい顔だった。

「焔さんには、わたくしたちのリーダーとして、最後まで見届けて欲しいのです」

 詠の言葉に焔は思わず顔を歪めてしまう。

 それはつまり、仲間の死に様を一人で見続けろという事だ。

 何と酷な話だろう。

 今目の前でまざまざと見せ付けられた仲間の死を、後2回も見続けなければならないなど、仲間思いの焔には罰にも等しい。

 そんな罰を受けるくらいなら先に死んでしまいたい。それは偽らざる本心だ。

 だが、裏を返せば、焔はそれを詠と日影に強要しようとしている。

 自分には耐えられないからお前らが見届けろ、と。

 果たしてそれは焔紅蓮隊のリーダーとして、いや、学園の頂点である選抜メンバーのリーダーとして相応しい振舞いだろうか。

 飛鳥も、雪泉(ゆみ)も、雅緋(みやび)も。同じ状況で焔のような選択をするだろうか。

 答えは否だ。

 これはあくまで焔の考えであり、実際にそうなるとは限らない。だが、どんな状況になろうとあの3人ならばリーダーとしての使命を全うするはずだ。

 自分のライバルたちが逃げ出さないのに、自分だけが逃げ出すのか。そんな事できるはずがない。

「わたくしの我が儘を、聞き届けてはくれませんか?」

 顔を歪めた焔を詠は真っ直ぐ見る。

 それは咎めるようであり、気遣うようでもあった。

 焔が抱いている恐怖は詠も抱いているだろう。それでもあえて焔には逃げるなと言う。少しでも優しさがあるのなら、この役割を代わるべきだろう。

 だが詠はそうしない。

 それは優しさなどではないからだ。

 確かに、仲間を失う悲しみは耐え難いほど辛い。けれど、誰かが見届けなければならない。この儀式が余人を排して行われる以上、その役回りは5人の内の誰かに回って来る。

 それは、誰もが信頼し、けして逃げない相手に任せる他にない。

 リーダーである焔しか居ないのだ。

 詠は焔を見詰める。

 じっと、焔の答えを待つ。

「…………分かった」

 少し間を置いて、焔は承諾を口にする。

 そんな焔に、詠は悲しそうな笑みを浮かべる。

「ありがとう……ございます」

 焔に向かって頭を下げる。

 謝罪の籠った感謝。

 それの声は震え、詠の心情を如実に表していた。

「詠さん、わしも一緒にええか?」

 それまで黙っていた日影が挙手をする。

 完全に互いに意識し合っていたところに突然の提案をされ、2人は思わず目を丸めて日影を見る。

「一緒に、ですか?」

 恐る恐る、といった具合に詠が言う。

 それに対して、日影は小さく頷く。その顔は何を考えているのか分からない。

「あぁ。さっきの焔さん見てるとな、あんま長引かせん方がええかなって」

 淡々と言う。それでも、日影が焔を案じている事だけは分かった。

「せやから、一緒に済ましてしまおうと思うたんやけど……あかんかなぁ?」

 最後はコテッと首を傾げて問う。

 無表情でやや場違いな動作。そんな日影に、2人は互いを見詰め合い、

「くく……あははははっ」

「うふふ……ふふふふふ」

 と、笑い声を上げる。

 突然笑い出した2人に、日影は不可解そうな顔を浮かべる。

「あははは、ははは……はぁ…………ふぅ」

 やや長い間笑っていた焔が少しずつ平静を取り戻していく。

 最後に目を閉じて深呼吸し、目を開く。

 真っ直ぐ前を見る目に先ほどまでの愁いはない。

「2人とも心配させてすまない。……お前たちの覚悟、しっかりと見届けさせてもらうぞ」

「宜しくお願い致しますわ」

「堪忍な、焔さん」

 リーダーとしての務めを全うしようとする焔に、2人は深々と礼をする。

「では」

 頭を上げ、詠は日影を見る。

 日影もまた詠を見ている。

 2人は頷き合い、姿勢を正してそれぞれの得物を両手で持つ。

 日影はいつも愛用しているナイフ、詠は愛用の大刀ではなく春花たちが持っていた短刀を使用する。

「参ります」

 その声で、一斉に構える。

 そして、躊躇なく刃を腹部に刺し入れる。

「ふぐッ」

「い、ぐッ」

 2つの呻き声が同時に上がる。

 皮膚や肉を食い破り、異物が中に入り込んでくる感触。血管と神経を切り裂く痛み。

そんな不快な感情しか生まない感覚をしかと感じる。

「あ、はぁッ」

「ふっ……んふッ」

 それでも2人が感じるのはどうしようもないほどの快楽だけだ。

「ふぁッ、い……くぅッ」

 突き抜けるような快楽を感じ、詠は喘ぎ声を上げる。既に達してしまったのか、短刀を握っている指がピクピクと小刻みに震え、握りが甘くなっている。

「ふっ、ふぅっ、え、えわッ、あッ」

 対照的に、日影は手に力が入っている。そして、より強い刺激を欲しているようで、少しずつ刃が肉体に埋没し、寸分侵入する度に声を出す。

「かッ……ひっ、い、ぎッ……」

 ナイフの刃が半分ほど差し込まれたところで、日影の動きが止まる。

 数秒前まで一心不乱に腹を刺していたのに、やや呆けた顔で前を見ている。

「あ……あぁっ……」

 日影の口から嗚咽が漏れる。

 普段けして感情らしい感情を見せる事のない日影の目から涙がポロポロと零れ落ちる。

「か、つぃッ……あぎぃいッ」

 途切れ途切れになって拙い言葉になりながら、日影が名を呼ぶ。

「ほんまや……わ、しにも見える……見えるで……葛城(かつらぎ)ぃッ」

 日影の前には誰も居ない。

 しかし、日影の目には確かに葛城が映っている。それが単なる幻覚である事はもう理解している。

 例えそうだとしても、愛しい人の姿を見られる事がどれだけ嬉しいかは今更言うまでもない。

「いか、るがさぁん……」

 そんな日影の声が呼び水になったのか、詠が斑鳩の名を呼ぶ。

 こちらは日影とは違い涙を見せてはいない。だが、情欲に染まり切った淫靡な笑みで短刀を抉るように動かしている。グチュグチュと音を立てる様はまるで自慰行為に耽っているかのようだ。

「いつの間、に……いッ、らしたん、ですかぁ?」

 腹を抉り、その刺激に達しながら、幻覚の斑鳩と会話を始める詠。そこに先ほどの決意に満ちた顔などなく、いつもの穏やかさすらない。

 ただただ快楽を貪るだけのいやらしさがあるだけだ。

「あはっ……いけませんわッ……そんな急に」

 そう言いながら、詠は自分の手を胸に持っていく。そのまま胸を鷲掴みにすると揉み始める。

「きゃっ、んふッ……ダメです、そんなに強くっ吸ってわ……あんっ」

 どうやら詠の中の斑鳩が詠の胸を吸っているらしい。掌で胸を愛撫しながら指の隙間で乳首を挟んで刺激している。


「い、いいっ……そのまま……そのまま噛んでくださいぃッ」

 絶頂に近付いているのか、詠の声のトーンが跳ね上がる。

「あ、ぁあ、くる……きます、きちゃいます……くる、くる」

 声出すごとに切羽詰まった声になり、徐々に体がのけ反っていく。

「くる、くるくるくるくるぅううううううッ」

 一際大きな声を上げて詠が達する。勢いよく噴射した潮が地面をほんの少し抉る。

「あ……ひっ……いふぅう……っ」

 品のないアヘ顔を晒しながら詠が震える。秘部から一度潮が吹き出し、その後から勢いのない尿が漏れ出す。

 気温との寒暖差で湯気を上げながら、詠の股下に水溜まりができていく。それは先に地面を濡らしていた血と合わさり、色を変えていく。

「お、ひっ……ひ、きぅッ」

 だらしのない声を上げながら、排泄の解放感と背徳感に詠は酔いしれる。今詠は目の前で斑鳩に自分の粗相を見られて興奮しているのだろう。

 そんな状態でも、短刀を握る手は離さない。快楽で手を痙攣させながらも何とか状態を維持している。

「い、かるが、さんッ……見てくだしゃい…………わたく、し……」

 胸を弄っていた詠の手が短刀を握る。

「わた、くしのぉ……最期…………あなたに恥じない最期をぉッ……どうか、見届けてください……」

 両手に力が籠る。

 詠はそのまま腕を横に動かし、腹の傷を広げていく。

「ぐぇ、ぐぅえッ……」

 詠がやや苦し気な声を上げる。

 それでも詠の腕は止まらない。

 ゆっくりと、確実に腹を裂き、

「うぐぃッ、あぐっ……お、ぇッ…………いぐぅううううッ」

 詠は遂に割腹を果たす。

 その瞬間、詠の体から力が抜けて崩れ落ちる。

「こふっ、けほ、けほ…………あぁ……斑鳩、さん……わたくし、やり、ました、わ……」

 地面に横たわりながら、詠は快楽と使命を果たした達成感に歓喜する。

 切り開かれた腹からは大量の血と腸が溢れ出る。

 血が失われる事で、詠の体温がどんどんと下がっていく。あれだけ赤かった顔も今は血の気を失って真っ青だ。

「…………愛、してます……ずっと……言いたかった…………わたく、し………………ぁ、ぃ……」

 使命を果たし、思いを告げて、詠はそのまま動かなくなる。

 満足そうな表情で瞼を閉じるその顔は、まるで眠っているかのようだ。

「……詠。お前の最期、確かに見届けたぞ」

 短く呼吸をし、ようやく絞り出した声で焔は詠に語り掛ける。その両手は強く握られ、震えていた。

「すぅ……はぁ……」

 覚悟したとは言え、やはり仲間の死は辛い。

 気持ちを切り替える意味も込めて、焔は一度目を閉じ、深呼吸をして日影の方を見る。

「葛城ぃ……んむ、ちゅぱ、あむ……」

 丁度、日影は幻覚の葛城の口を啄んでいるところらしい。日影自身は感触も味も感じているのだろう。口と舌の動きに迷いがない。

「あむ、はむ……あぁッ……ひんっ」

 葛城とキスを交わしながら、日影は可愛らしい声を上げる。

「あかん……そ、こ……弱ぃんッ……あっああッ……」

 性感帯、実際にはナイフの刺激を受けて、日影が絶頂する。快楽を耐えようと背中を丸め、秘部が断続的に勢いよく潮を吹く。

 体が痙攣し、傷口から鮮血が少量吹き出す。

「あかんって、言、うたのにッ……」

 口では非難しているものの、日影の顔は赤く、声音に喜びが含まれている。

 痛いほどにピンと張った乳首が日影の興奮具合を表している。

「気持ちええ……ほんま気持ちええわ……っ」

 うわ言のように繰り返しながら、日影はナイフを更に突き刺す。

「あ」

 と、何か思い付いたように声を出し、日影の動きが止まる。そして、ナイフを半分以上抜き、構え直す。

「葛城……わしの中見て、くれへんか……」

 そう言って、日影は手に力を込める。

「い、く……か、あぁっ」

 手入れの行き届いた刃は僅かに動かすだけですんなりと肉を切る。

「あっ、くっ、いぃ……あぁあああああああッ」

 自身でやっているとは思えないほど早く傷が大きくなり、あっという間に腹がパックリと割れて大量の血が溢れ出る。


 一気に切った反動か、日影の手からナイフが零れ落ちる。

「か、あぁ……はぁはぁ……」

 遅れて潮が吹く。

 日影は脱力し、肩で息をする。

「はぁ、あはっ……」

 笑い声。

 大量に血が出た事で、日影の頭はクラクラとしているだろう。にも関わらず、日影は満ち足りた笑みを浮かべている。

 ゆっくりとした動きで日影の腕が上がる。そして、そのまま躊躇なく腹の中に割って入ると腸を自ら引きずり出す。

「ごほッ……なぁ、葛城ぃ……わしの中、どんな色や?」

 差し出される腸は日影の血で真っ赤に染まり、元の色を判別などできない。そんな事などお構いなしに、日影は胸の高さまで手にある腸を持ち上げる。

「昔、日向(ひなた)、にな……言われたんや……ほんまに悪い、奴はッ……腹の中まで真っ黒になってまうって……」

 日向。かつて日影が盗賊団に居た時に慕っていた人で、彼女の死が、日影が感情失った原因だと自身で言っていた。日影の愛用しているナイフは彼女の形見だ。

「わし、ほんまの……悪人かなぁ?」

 どこか懇願するように、日影は言う。

 焔紅蓮隊のメンバーは元悪忍だ。焔や日影、春花のように事情があったとは言え悪事を働いたが故に入った者。詠や未来のように自ら進んで入った者と人によって理由は様々だが、何かしら後ろ暗いところはある。入学してから任務で悪事に手を汚した生徒も数多い。

 日向の言う悪人の条件は十分に満たしているだろう。

 日影が許しを求めているのか、それとも救いを求めているのかは分からない。

「……ッ」

 日影は一度驚きの表情を見せる。

 そして、その後に見せたのは泣き出しそうな笑顔だ。

 葛城が何を言ったのかは分からない。

 しかし、日影にとって、それは泣きたいくらいに嬉しい言葉だったのだ。

「そうか…………そ、ら……よ……か……」

 緊張から解放されたのか。日影の体がフラフラと揺れ、そのまま仰向けに倒れ込む。

「あぁ……」

 力の抜け切った声が出る。

「もう、思い残す事……ないわ……」

 血の気の引いたその顔は、けれど満ち足りた表情をしている。

「なぁ、かつら、ぎ……」

 目を細め、声にならない声で「愛してる」と囁いて、それを最後に日影は動かなくなった。

 風が吹く。

 いや、元から風は吹いている。

 見れば、焔たちの周りを取り囲む竜巻の他に風が吹いている。それは、横たわる詠たちの体から発生しているものだ。いつの間にか詠たちが纏っていた光が消えている。ただ、焔自身はまだ光を帯びている事を考えれば、恐らく4人の中に取り込まれていた霊力が漏れ出しているのだろう。

「……くっ」

 自ら命を絶った仲間の骸を見て、焔は漏れ出そうとする声を押し殺す。

 仲間たちは皆、立派に使命を果たし、その思いを告げた。

 彼女たちの行為を、誰かは咎めるだろう。

 他にやり方は無かったのか、と。

 もしかすれば、そんな方法があったのかもしれない。だが、予断を許さない現状であるかどうかも分からない術を探す余裕などありはしない。

 最善でなかったとしても、これ以外に取れる手段などないのだ。

 独りになってしまった焔は、涙を流す。

「…………安心しろ。私もすぐに後を追う」

 亡き仲間たちにそう告げて、焔は横に置いていた短刀を手に取る。

 両手で短刀の柄と鞘を持ち、焔は自身の前に出す。

 呼吸を整え、心を静める。

 刀に認められた焔だが、だからこそ、誠実に向き合うべきだと考えている。

 特に、これが最後ならばなおの事だ。

「行くぞ…………紅蓮!!」

 掛け声と共に鯉口を切ったその瞬間、辺りに熱気が立ち込める。

 チリッと音がして、焔の髪留めが燃え尽きる。それに合わせて、長い黒髪が宙に舞い、頭皮から一気に赤色に変わる。

 『紅蓮の焔』。他の忍学生からはそう呼ばれる、最も強い状態だ。

「うぐぃッ」

 自らの体に刃を突き立て、焔は呻き声を上げる。小麦色の肌に鮮血が滴り、線を引く。

実際に燃やしてはいないものの、熱い異物が体の中で動いている。

 それはまるで秘部に一物を差し込まれているような錯覚を覚える。

 焔自身、男性経験はない。

だが、いつも飛鳥を思い、秘部に道具を差し込んで自慰に耽っている。その際に、処女膜を破らないように細心の注意を払っている。

「ふぁッ、あぁッ」

 その時の事を思い出し、焔の子宮が反応する。まだ一刺ししただけにも関わらず、焔は絶頂する。まだ比較的軽い絶頂だ。

「あふ、か、きぃッ」

 その証拠に、焔はゆっくりと手を動かして傷口を広げていく。

「あっ、か……」

 半分切り終わったところで、傷口から内臓がはみ出す。紅蓮隊のリーダーとして十文字に切るつもりだった焔は今更になって自分のミスに気付く。

 本来、十文字に切るには肉を浅く切らなければならない。そうしなければ中身が出て切り難くなるからだ。

 やや気が急いていた焔はそれに気付けなかった。

 ここから軌道修正する事はできない。

「かッ、ひっ、くぅうッ……」

 焔が残りの半分を一気に切り裂く。当然、激しい刺激が脳を突き抜け、焔はまた絶頂する。今度は潮を吹くほどの快楽だ。

「は、は……あ……」

 そこで、焔は気付く。

「あ、すか……」

 自分の目の前に、飛鳥が居る事を。

 飛鳥は笑っている。

 いつもと変わらない笑顔。焔が最初に出会い、愛しくて仕方がない顔だ。

 飛鳥が今の焔を見てそんな顔をするはずはない。

 だから、これは幻覚だ。

 それでも。焔はスッと自分の心が温かくなるのを感じる。

「飛鳥……飛鳥ぁ……」

 愛おしい人が、一番好きな顔で見詰めてくれている。それだけで焔は泣き出したいくらいに嬉しく、あられもない姿を見られる事に興奮を覚える。

 例えこれが偽物だったとしても、飛鳥が見ている前で情けない姿を晒すわけにはいかない。

「あくッ、いぎッ……飛鳥……見ていてくれ……私は、務めを果たして見せるっ」

 刀身から片手を離すと、焔ははみ出した内臓を掴んで無理やり中に押し込む。それだけで尋常ではない快楽が脳を焼く。

 そんな込み上げてくる絶頂を捻じ伏せ、焔は飛鳥に言う。

「あぐッ、いひっ、ふぅうッ」

 そして、刀身を握り直して刃を下腹部に当て、一気に差し込んだ。

「ふぎぃいいッ」

 喘ぎ声とも掛け声とも取れる奇声を発しながら、焔は刃を上に走らせる。距離にすれば横を切った時の半分にも満たないが、快楽はその倍だ。今度は潮だけでなく失禁までしてしまう。

「ふッ、ふッ、ふぅッ、はひ……いぐぅ……」

 肩で息をしながら浅い息と余韻から軽い絶頂を繰り返す。新たにできた傷口からはより大量の血と先ほど押し込んだ内臓が零れ出る。

 もう時間がない。

 薄れゆく意識の中で、焔はそう直感していた。実際、焔が流した血は今ので致死量に達そうとしている。

「ふぎッ、き、ひぃッ……」

 休む事などせずに焔は自分の鳩尾に刃を突き立てる。

 そして、また一気に切り裂く。

「――――――――――――ッ」

 今度は声にもできない。

 目は大きく見開き、目一杯開かれた口からはピンと舌が突き出る。体をのけ反らせるような状態で体が硬直し、秘部だけ潮を吹きながらパクパクと動いている。

 傷口から内臓と大量の血が零れ落ちる。

 内臓が空気と地面に触れ、突き抜ける様な刺激が脳に届き、もう一度、焔は潮を吹く。勢いよく噴射したそれがまた内臓を刺激して脳に届く。


「かッ、ひッ……あか、ひぃ」

 音を立てて、短刀が地面に落ちる。

 視界が霞む。

 快楽と出血で焔の目はまともに景色を映す事もできない。

 硬直が解ける。それと同時に、焔の頭がフラッと揺れて下を向く。体は体勢を維持しているものの、崩れ落ちるのは時間の問題だろう。

「あ、す……か……」

 視界が色を失い焔の目には白い世界しか見えない。

 そんな中で、確かに見えるものがある。

 そう、飛鳥だ。

 飛鳥は変わらず笑顔を向け、焔を見ている。

「      」

 飛鳥が何かを言う。

 しかし、何を言ったのかまでは分からない。

「あ、ぁ……」

 だが、焔には確かに聞こえた。

 最早笑う力さえ失った焔には、ほんの少し、口元を緩めるしかできない。

「       」

 声は出ない。

 口すら動かない。

 それでも焔は飛鳥に告げる。

 それに、飛鳥は眩いばかりの笑みを浮かべ……。

   *   *   *

「皆、急いでッ」

 雪深い山の中を駆け抜ける影がある。

 影は5つ。

 そのどれもが、常識ではあり得ない速さで山を駆け、いや、跳び抜けて行く。

「おい、飛鳥。落ち着けって」

 5人の先頭を走る学生服を着た少女、半蔵学園選抜メンバーである飛鳥に、やや離れた位置から同じ選抜メンバーの葛城が声を駆ける。

 目にも止まらぬ速さで走り、木々を跳んで渡る2人だが、その体には包帯が巻かれ、ガーゼが張られている。

 半蔵学園は先日行われたサバイバルの最終戦で焔紅蓮隊と戦い敗れた。ほぼ一方的に打ちのめされ、すぐに動けないほどの傷を負った。それでも今動けるのは忍として鍛え上げられた肉体があるからこそ。本来はまだ病院に居なければならないはずだ。

「そうですよ。飛鳥さん、気持ちは分かりますが、先行し過ぎです」

 葛城の隣に居る斑鳩が飛鳥に自制を促す。葛城と変わらないスピードで移動している斑鳩だが、その目には眼帯が付けられている。

「は、速すぎるよっ。待ってぇ」

「雲雀、まだ治ってないんだ、余り無理するな。飛鳥、少しは周りの事を考えろッ」

 飛鳥を追う2人からやや遅れて追走するのは柳生と雲雀だ。

 柳生は服で見えないものの腹部に包帯が巻かれており、雲雀は左足を怪我しているのかやや庇うような動きだ。

「分かってる、分かってるけどッ」

 飛鳥には珍しく、自身を咎める声に苛立たし気に答える。

 無理もない。

 原因は先日、飛鳥の元に届いた1通の手紙だ。

 それはいつも焔たちが使っていた伝令用の鷹が持ち込んだもので、中身は焔からの手紙だった。内容は何故焔たちが今回の件に固執していたのか、その顛末と詳しい儀式の手順だった。

 飛鳥はあの扉が姿を現してから焔の様子がおかしかった事に気が付いていた。気付いていたはずなのに、それは何故なのか、どうすれば良いのか。具体的な行動を起こせなかった。

 今となってはもう手遅れだが、焔に負けてから今までずっとそれを悔やんでいた。

 だから、今度こそ何か焔を助ける事ができるのではないかと焦っている。

(早く行かなきゃッ。じゃないと焔ちゃんが……ッ)

 その後悔が、飛鳥の心を掻き乱している。

「――――見えたッ!!」

 勢いよく飛び跳ねた飛鳥の目に、恐山の本堂が映る。

「あれ、は……?」

 その後に続く斑鳩が困惑した声を出す。

 見れば、本堂より更に奥で不可思議な現象が起きている。

「竜、巻……か?」

 いつの間にか雲雀をお姫様抱っこしている柳生もまた困惑している。

 当然だ。5人の目には5色の線を描く竜巻のようなものが天高く渦巻いている光景が映っている。幻想的な光景ではあるがとても自然現象だとは思えない。

(まさか、もうッ!!)

 嫌な予感がして、飛鳥はスピードを上げる。

 早く、速くッ。

 一心不乱にその場所を目指す。

 そして、それを見付けた5人は思わず息を呑んだ。

 まるで地獄のような情景。そこに色のある風が吹き、それに守られるように焔たちが居る。

「ほむ、ら……ちゃん」

 驚愕を悲しみに変え、絞り出すように飛鳥が名を呼ぶ。

 地面が染まるほどの赤。そして、腹が裂かれ内臓が出ている状態を見れば、彼女たちがどうなっているのか分かる。

「……ッ」

「日影……馬鹿野郎ッ」

「そんな……」

「…………」

 飛鳥の後ろで、他の4人もそれぞれの反応を示す。

 フラッと飛鳥が前に出る。

「焔、ちゃん……嘘、だよね?焔ちゃんが……こんな……」

 腹を十字に切り裂き、大量の血を流して果てる焔。死してなお、倒れる事なく座った体勢を維持している。

 焔の前まで来た飛鳥。

 崩れ落ちるようにその場にへたり込む。

 下には血溜まりがあり、足どころか下半身全てが血に染まるが、今の飛鳥はそんな事を気にする事ができない。

 焔を見る。

 薄っすら開かれた目は無機質で、まるで人形のように光と景色を反射している。飛鳥が前に来てもそれに気付かず、ただ赤く染まった地面を凝視する。

「ほ、むら、ちゃん」

 名を呼び、肩を揺する。

 けれど焔は反応しない。

 揺らされるがまま、ただ首も揺れるだけだ。

「焔ちゃん……焔ちゃん、焔ちゃん焔ちゃんッ!!」

 飛鳥は腕に力を込めて更に強く揺する。

 当然反応が返ってくる事はない。

 それで、ようやく飛鳥の理性は焔の死を受け入れた。

「焔ちゃん……何で……何でぇ……」

 ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。周りでは同じように斑鳩たちが4人の骸の傍でその死を悼む。

 まさにその時だ。

 5人の骸から風が吹く。

「きゃっ」

 それは焔の前に座り込んでいた飛鳥が、驚きと共に思わず上半身をのけ反らせるほど強い風だった。

「きゃあッ」

「何だよこれっ」

「わぁッ」

「くっ、雲雀ッ」

 驚きつつも、その場で踏ん張る斑鳩と葛城、驚きの余り転んでしまう雲雀、風よりも雲雀が転んだ事に焦る柳生。反応はそれぞれだが、他の4人も詠たちから発せられた風を一身に受ける。

 だが、それだけでは終わらない。

 風は増々強くなり周りを覆っていた竜巻に負けない勢いになる。そして5つの竜巻は合わさり、遂には外の竜巻すら飲み込んでしまう。

 竜巻はうねり、天に上がっていく。

「あれは……」

 竜巻が大きくなるにつれて上がっていった飛鳥たちの視線。その先には異界の扉がある。まだ半分も開いていないが、開かれた先にある暗闇は見れば見るほどそのまま吸い込まれてしまいそうな不気味さを醸し出している。

 そんな空高くにある扉に向かって竜巻は伸びていく。

 ある程度の高さまで到達した瞬間、焔たちの体が光を発する。

「うわっ」

「眩しいっ」

 驚く暇もなく、薄っすらとした光は光度を上げて目も開けていられない明るさになる。

 思わず目を瞑り、顔を背ける。

 焔たちの体から光の粒が溢れ出し、竜巻に巻かれて線を描きながら昇っていく。その数は次第に多くなり、光の奔流となって巻き上がる。

 竜巻はいつしか虹色に染まり、勢いを増して宙に浮かぶ扉にぶつかる。

 押し返すようにその場に留まる扉。ぶつかった光の一部は水が飛沫を上げるように散っていく。

 少しずつ、だが確実に扉は軋み、歪んでいく。

 そして、焔たちが発する光が直視できる程度に薄まった頃、その時が訪れる。

「皆さん、あれを」

 いち早く目を向けたのは斑鳩だ。彼女の声に、飛鳥たちは天を仰ぐ。

 丁度その瞬間、扉が雷鳴のような轟音を響かせて砕け散る。

「やったっ!!」

 思わず歓喜の声が漏れる。

 光の渦は砕けた扉の破片を巻き込みながらなおも天高く舞い上がり、光の粒を振り撒きながら消えていく。焔たちから発せられる光が消え、それに合わせて竜巻も小さく、弱くなって最後には跡形もなく消えて無くなる。

 数える事数秒。

 現実離れした現象を目の当たりにした飛鳥たちは我を忘れて呆然とする。

「は」

 と、声を出して飛鳥は自分の置かれている状況を思い出す。

 視線を前に戻す。

 そこにあるのは変わらず座り込んだままの焔の骸。

 恐る恐る手を近付ける。

 触れた頬はまだ微かに温かかった。それはつまりここに向かっている時に焔はまだ生きていた、という事だ。

「ごめん、ね……」

 本人にはもう届く事のない謝罪を口にする。

 飛鳥は顎に手を当てて、焔の顔を上げる。

「…………綺麗」

 ポツリとそんな事を口にする。

 すぐに飛鳥は我に返り、頭を振る。

(わ、私……今何て?焔ちゃんの事、綺麗って言った?)

 無意識に出た自分の言葉に飛鳥は困惑する。死んだ友達を見て綺麗だ、などとどうかしている。

 そう思い、しかし視線は焔に向かう。

 健康的な小麦色の肌。血の気を失った青白く、まだふっくらとした唇。半分閉じた目は焔の死を理解させるものだが、口元の上がった口も相まって、死の直前までけして苦しんでいたのではない事を物語っている。

 焔はそもそも顔の作りが良い。清純派ではないものの、普通の高校でスポーツをしていれば男女問わずモテていただろう。そういう意味では綺麗と言ってしまうのも無理はない。

 だが、今まで飛鳥が焔に対してそんな感想を抱いた事はない。そういう目で見た事がないのだ。

 息を呑む。

 何故、そう思ったのかは分からない。

 しかし、飛鳥は自分の視線が焔の顔から下に動くのを止められなかった。そんな事を思う事すらできなかった。

 顎を通り、首を通り、鎖骨、そして同世代としては大きく張りのある、ブラの後がくっきり残る胸。そこにある見るからに勃起した乳首。

 その更に下にあるのは鳩尾から下腹部にかけて真っ直ぐに、臍の辺りを真一文字に切り裂かれた腹だ。

 それを見ていると心臓が高鳴った。息が上がり、口に唾が溜まる。

 余りに綺麗な切り口だ。飛鳥の力量であればこの程度の事は容易いだろうが、それを自分の体にやるとなるとどうしても躊躇してしまう。

 切腹は誉れである。だが、同時に恐怖の対象でもある。生半可な覚悟と矜持でできる行為ではない。

 それを焔はやってのけた。

 自分たちにしかできない使命。例えそれが自害しなければ達成できないものだとしても、見事に果たして見せた焔紅蓮隊。

 彼女たちの覚悟に飛鳥は心から感動した。いや、善悪問わず忍として生きる者ならば誰もが同じ思いを抱くだろう。

「んっ」

 身震いするほどの感動を感じる最中、突然感じた甘い刺激に、飛鳥は声を出す。

 見れば、いつの間にか自分の手が秘部に伸び、下着越しに割れ目をなぞっていた。

 死んだ友の体に興奮し、自慰をした。

「ひゃっ」

 それを理解して飛鳥は慌てて手を放す。

 羞恥で顔を真っ赤にし、視線を動かす。

 誰も飛鳥の行動を不審に感じている者はいない。それどころか、他のメンバーも顔を赤らめ、斑鳩などモジモジと内股になっている。

 性欲を覚えたのが自分だけではない。その事実が飛鳥を安堵させる。

 とは言え、このままでいるわけにはいかない。飛鳥は周りに気付かれないよう深呼吸をして息を整える。

「…………ねぇ、皆をこのままにしておけないし、そろそろ移動しない?」

 努めて冷静に、声が上ずったりしないように心掛けながら、飛鳥は提案する。

「……そう、ですね。それが良いと思います」

 やや間を置いて斑鳩が飛鳥に賛成する。一瞬、驚いたように肩を震わせたのは気のせいではないはずだ。

「あ、あぁ……そうだな。アタイたちでちゃんと弔ってやんないと、な」

 葛城は彼女らしくない歯切れの悪い言い方だ。本人は隠しているつもりだろうが、頬が赤くなっている。

「雲雀、行こう。一人で大丈夫か?」

 柳生は一見いつも通りのように見えるが、指をスカートの裾で拭っていた。

「う、うん。大丈夫だよ柳生ちゃん。春花さんはひばりの大切なお友達だもん」

 そう言って立ち上がる雲雀だが、どこか慌てた様子で動きにぎこちなさを感じる。

 飛鳥が立ち上がる。

「あぅっ」

 その際、小さく甘い声を出してしまう。

 半端に行為に及んでしまったせいか、飛鳥は自分の子宮が疼いているのを感じる。

(このままじゃ、ダメだよ……)

 そう思い頭を振って邪念を払う。

 両手を使い、焔の体お姫様抱っこで持ち上げる。

 嫌でも焔の顔と肌が目に入る。

 視線が焔に向き、そうになるのを何とか堪える。

 だが、意識を外そうとすればするだけ焔が気になってしまう。

「あ、ふぅっ……ん……」

 そうしている間にも自身が興奮しているのを自覚する。

「……皆、行こう」

 何とか声を振り絞り、飛鳥は飛び出す。

 その顔は赤く、瞳は情欲に染まっていた。

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おまけ

焔切腹 ノーマル ver.


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Comments

Anonymous

続きを見てみたいなぁ

MMM

次は飛鳥さんたちが切腹しそう…。

Anonymous

介錯無いの女性切腹大好きだ、もっと十文字腹作品がほしい。もっとはらわたと内臓。

Anonymous

これが①と言う事は、②が有ると期待してよろしいのでしょうか?