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黒木節夫 作、『奇譚クラブ』S36.11号掲載した切腹小説をイラスト化します。

小説の本文は、今は消滅したサイト「切腹資料館」から拝借します。


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1


八月上旬の灼く様な日ざしを、厚い緑が掩って、ヒンヤリと冷気を感じる山道を、白いセーラーの制服姿の女学生が、ボストンバッグ一つ、運動靴ばきの軽装で登っていた。


ここは、東北の、名の知られたT温泉から更に十粁ほど山へ入ったN温泉の近くの山の中である。


女学生は、緑川優子と云って、東京の私立C高校の三年生であった。級では勿論、学校中での評判の美少女で、高校生とは云っても優子の身体つきは、もうすっかり成人した女性のそれであった。五尺四寸のスラリとした長身が、一分の隙もなく均整がとれて、リリしく引きしまった色白の、輝くばかりのその美貌は、行き交う人を一瞬、息をつめて立ち止らせ、そしてふり返らせるのに充分であった。



道は、次第に嶮しくなった。優子は喘ぎながら登った。


この山道は、有名なU山の裏登山道へ通じている小径である。しかし、優子がU山まで登るつもりなのでないことは、その服装を見れば明らかであった。


道はやがて二つに分れた。右へ行くとU山への道に通じ、左へ曲ればそのままA山の頂上へ出る。A山は、U山の手前にある。標高1000米程度の、地元の人達の他には余り知られていない山である。


優子は其処に立ち止って、傍の、土から露出している木の根に腰を下した。


ハンカチで、額ににじんだ汗をふきとり、ボストンバッグを開いて、中から五万分の一の地図を取り出すと、たんねんに或る箇所を調べていたが、やがて、元通りに地図をボストンバッグの中にしまって、底の方から、錦の袋に入った何ゃら細長い物を取り出した。


優子が袋から取り出したのを見ると、意外なことに其れは一振の立派な短刀であった。


左手にサヤを持ち直して、優子は静かに刀身を抜き放った。一点の曇りもなく底光りのする刃が、木の間を洩れる日光をキラリと反射した。冷たく澄みきったその刃をじっと見つめる緑川優子の美しい黒い瞳か、長いマツ毛の下で、何故か憂わしげであった。


「お母様の形見の……短刀だワ……」


かすかに優子がつぶやいた。かなり長い間、刃の神秘的な光に魅せられた様に、凝然と見入っていた優子は、やがて夢かりでも覚めた人の様に、そそくさと短刀をサヤにおさめ、袋に入れて、ボストンバッグの底にしまい込むと、スカートのちりを払って立ち上った。そして、ためらわずに左への道を登って行った。


2


緑川優子は、東京で、G省に勤める官吏の父と、美しくて病身の母との間の一人娘として育った。兄妹があったのだが、何れも優子がまだ幼い中に病死してしまった。だから優子は、それこそ玉の様に大事にされて大きくなった。優子は、この様な環境の下で育った少女にあり勝ちな、素直な優しい性質と、抵抗力の弱い性質とを併せ備えて成長した。


そんな優子に、中学校へ進む頃から一つの悩みが出来た。それは、どんな親友にも打ち明けられない秘密であった。


それと云うのは、もう長い間病気で寝ている母親の所へ、定期的に近くの医者が来て診察して行くのであるが、或る時、医者が、優子の母親の下腹部に、太い注射をしたのである。勿論、優子の父親も立ち合っていた。


その様子を、優子はとなりの部屋から、ふすまの隙間越しに息をつめて盗み見していたのである。父から、向うへ行っていなさいと言われて、かえって好奇心が刺激されたのであった。


優子は、どんなにお母様は痛いだろうと思いなから息を呑む様にして見つめていた。医者の鋭い注射針の先が、


--プスリ--


と、無造作に、柔かい下腹部の真中に刺し込まれた瞬問、思わずハッと体を固くしたが、母は、かすかに


「ああ……」


と力なく呻いて、ほんの僅か身体を動かしただけであった。両手に汗を握りながら見ていた優子は、ホッと一安心すると同時に、


「痛くないのかしら?お母様……」


少し不思議な気持がした。


それ以来、いつの間にか優子は、人にかくれて、自分の腹部に刺激を加えて楽しむことを覚えて行っだのである。それは、母親の注射かり受けたショックがヒントとなり動機となって、単純な少女の好奇心から始まった行為であったが、回を重ねる毎に次第に大胆になり、やがて、優子の思春期に達した肉体が理性の反省を容易に受けつけない様になって行った。


最初の中は、衣類をつけたままで、下腹部だけを僅かに露出させて、細い針で、臍下二センチ辺りを、五粍ほど突き刺しては、それで充分満足していた。けれども、中学二、三年生の頃になると、だんだんとその位の刺激にはあきたらなくなり、夜など、独りきりになると、バンティー一つになり、鏡台に自分の姿を映しながら、腹部を臍のあたりまで充分に露出させて、用意した太いキリを、憑かれた様に、


--プスリ!--


と、思いきり突ぎ立ててしまう様な事がしばしばであった。


或る時など、自分の臍へ、キリを柄の近くまで刺し込んでしまい、熱を出して学校を休んだこともあった。


この頃になると、優子は、本当に切腹してみたいと云う考えが頭から離れない様になった。自分の、真白な初々しい肌を眺める度にこの弾力ある柔かい下腹部を、鋭利な刃物でプリプリと切り開いて、酔う様な快感に浸ってみたいと云う執拗な衝動にさいなまれた。そして、下腹部に深々とキリを突き立てては自分が本当に腹を切り開きつつある場面をうっとりと想像しながら、官能の嵐の中に身をゆだねて、しばし、時間の経過を忘れるのであった。


切腹に少しでも関係のある記事を見つければ、むさぼる様に何度でも読み返した。


こう云う事をくり返している中に、優子は自分はいつかきっと、実際に切腹をしてしまうに違いないと思い込む様になっていた。


しかし、現実に、そんなバカな真似の出来るわけはながった。父が居り、病気の母が居るではないか。しかも、二人共、この自分を生き甲斐としているのだ。


とぎすました肉切り庖丁で自分の下腹を思いきって切り割いてみたいと云う強烈な欲望を、優子の理性が辛うじておさえていた。


内気な少女として、又、思春期の若人特有のケッペキな正義感の持主として、優子は、こう云う自分の行為を激しく心に恥じ、罪悪視さえしていた。だが、独りになるといつも誘惑に負けた。これが、優子の他人に言えない悩みなのであった。


3


ところが、優子が高校へ進んで間もなく、長く病んでいた母親がとうとう亡くなった。


父と二人で、涙ながらにささやかな葬式をすませたが、母の死は、優子の心に、空洞の様な、何とも言えぬ空虚な淋しさを植えつけた。


父娘二人のわびしい生活が、一年余り続いた後、すすめる人があって父は再婚した。二度めの母も美人であった。教養もあったし、所謂継母と云う様な言動を優子に対して示すことは全くなかった。むしろ、優子に色々と気をつかうくらいであった。しかし、どう云うわけか、優子は、この新しい若い母に心からなじむことが出来なかった。


父と義母との間は、うまく行っている様であった。家庭の中は、しかし、表面こそ何の変りもなく見えたが、以前にくらべて微妙な空気が漂い、何となく冷たい風が吹き抜けている様な感じであった。それは、第三者にはわからない冷たさであった。けれども、別にこれと云った波瀾もなく日が過ぎて行った。


そんな或る日、優子は、気分がすぐれないので一時間で学校を早退して帰宅した。いつも玄関から入るのだが、何気なく裏口へ回った。誰かの自転車が置いてあった。別に気にもとめずにお勝手口へ入ると、習慣的に、


「只今」


と言いかけて、何となしに異様な気配のようなものを感じて口をつぐんだ。男の靴が上り口にぬぎ捨てられてあった。


ドキリとして、本能的に足音を忍ばせながら優子は廊下を歩いた。そして、ふすまの隙間から、見てはなら雄いものをまざまざと見てしまったのであった。相手の男は、出入りのクリーニング屋の青年であった。背の高い一寸ハンサムな若者で、近所の若い奥さん達から、かなり噂の対象にされている男であった。


優子は頭から血が引いて行く様に感じた。


その時以来、優子は悶々として苦しい日々を送った。父に話せば、善艮な父を苦しめるだけである。おとなしいとは言え、まだ若い優子は、絶対に義母を許すことが出来なかった。義母に対して、素知らぬ風を装って今までと同じ態度で接することは出来なかった。義母に対する激しい憎悪、軽蔑の念が、以前からの不信感と合流して、自然に表にあらわれた。そして、それが事ごとに父をも苦しめ優子自身をも苦しめるのであった。


夏休に入った或る日であった。優子は、父を板ばさみの悩みから救い、自分自身も又この苦しみから逃れるには、自分がこの家を出るより外に道はにいと決心をした。この考えは、あの事件以来、ずっと頭から離れないでいたのだが、色々と考えては、それが決行出来ないままに今日に至ったのであった。


父と義母とは、丁度留守であった。


決心が決まると、優子は急いで服装をととのえ、手荷物を小型のボストンバッグ一つにまとめた。すると、住みなれた家を去ると云う感慨が、にわかに胸にこみ上げて来て、優子は独りで嗚咽した。--孤独--と云う言葉が実感となって、しみじみと優子の心をしめつけた。亡くなった母がたまらなく懷しく恋しかった。何か、亡くなった母の形見になる様な物はないかと思って、タンスをあけて探してみた。すると、何枚も重った、なつかしい母の匂いのする着物の一番下から、錦の袋に入った。細長い物が出て来た。優子の初めて見るものであった。手にとってみると、ズシリと重い。不審に思って、袋からとり出してみると、それは黒塗りの短刀だった。優子は、ハッとした。こんな物が家にあったのかと思いながら、急いで引きぬいてみると、氷の様に澄みわたった妖しい刃の光が、優子の心をしっかりと捉えた。その瞬間であった。優子の脳裏に、死--切腹--と云う考えが閃いたのは--。


優子は、この短刀を、亡き母の形見だと信じ、今この短刀を探し当てた事も又、亡き母の啓示であると信じた。


この場合、抵抗力の弱い、優しい少女である優子が、母への追憶に浸りながら、感傷的に「死」を考えたことは、ごく自然であったが、同時に又、思いがけず手にした短刀を見て、年来の、切腹に対する憧れの心に火がついたのであることも否定する事は出来ないであろう。


両親宛に簡単な置手紙を残して、優子は家を出た。そして、上野駅から仙台行の汽車に乗ったのである。


4


其処だけは高い木か生えておらず、二十センチほとの背丈の、ススキの葉によく似た柔かい草が一面に繁茂して、二アールほどの小さな草原をつくっており、その周囲を、密生した太い木々が囲んでいた。ここは、A山の七合めのあたりである。


この、森に囲まれた小さな草原を、優子は自分の死に場所として選んだ。ここならば、先ず絶対に人が来る心配はなかった。



優子は、草原の中程の草か上に坐って、傍にボストンバッグを置くと、東京の方角を向いて両手を合せ、


「お父様、優子はこれからお母様のお傍へ旅立ちます。どうぞお幸せにお暮し下さい。先立つ不幸をお許し下さい」


心の中で父への別れを告げた。優子の、星の様な黒い瞳から涙が溢れて、美しい両頬を濡らした。


ボストンバッグの底から短刀を取り出して袋かり出し、スラリと引き抜くと、用意のガーゼをぐるぐると何回も刀身に捲きつけた。刃の、露出している切先八センチほどの部分が、キラリキラリとまぶしく真夏の太陽を反射した。


短刀の用意が出来ると、それを、大切な物の様に、そっと傍のボストンバッグの上にのせて、優子は立ち上った。無造作にスカートを外し、上着を脱ぎ捨てると、一瞬ためらった後、思いきって、更に下着を全部脱いで、バンティー枚になってしまった。


優子は、脱ぎ捨てた衣類を一まとめにすると、用意のガソリンをかけて、残らず焼却してしまった。ボストンバッグも靴も一緒に焼いた。勢いよく立ち上る煙をじっと見つめながら、


「さあ、とれでもう、どんな事があったって死ななけりゃならなくなったんだワ」


自分自身にふくめる様に言いきかせた。


形よくふくらんだみずみずしい乳房、すんなりと美しい腰の曲線、ふっくらと柔かく盛り上った下腹部、しなやかに伸びきった長い四肢。長いマツ毛の下に神秘的なまでに美しい瞳をたたえたりりしい顔立。


緑川優子の、新鮮な果実の様にみずみずしい裸身が、周囲の濃い緑からクッキリと浮かび上って、さながら森の妖精かと見紛うばかりの美しさであった。



白昼、しかも野外で、この様に大胆に自分の肌をさらすのは勿論初めての経験である。優子は、白日の下にさらされた自分の身体を眺めて、自分自身、わけもなく激しり興奮を感じた。ドキドキする胸の鼓動を鎮める様に両手で両の乳房をしっかりとおさえながら優子は草の上にひろげたビニールの上に坐った。そして、改めて、明かるい真夏の太陽の下に惜しみなくさらけ出された自分の白い下腹部を、つくづく凝視した。


微風が、傍の草をなびかせながら、素膚を快く撫でて行った。


「切腹!……」


感慨こめてつぶやいて、優子は、両手の親指を軽く自分の臍窩に当て、残りの八指に力を入れて、グッ!とおさえると、ゴムまりの様に弾力を秘めて、下腹部全体が大きく凹んだが、指から力をぬけば、忽ちポン!とはね返る様に、元通りのふっくらと張りきった形にもどってしまう。自分の下腹部の弾力を験すかの様に、優子は、二度、三度と同じ動作をくり返した。


--この下腹を、今、私は冷たい鋼鉄の刃物で、思っ存分に切り開こうとしているのだ。どんなにか痛く、又快いことだろう。どんなに沢山の血が流れ、どんなに私は苦しむことだろう。--


うっとりと夢みる様な面持の、優子の美しい顔か、次第に熱くほてって来た。


--そうだ。今日こそは真似事ではなく、実際に、このお腹を切り開いてしまうのだワ--


優子の呼吸が火を吐く様に喘いで来ると、腹部の波動も又、悩ましげに大きくなった。やがて、優子は、きっと気をとり直して、草の上の短刀を拾い上げると、しっかりと右手に握りしめた。


「切腹!……」


もう一度、確かめる様につぶやいてみる。


昂ぶる心を鎮める様に、優子は静かに目を閉じると、左の掌で、激しく波うっている温かい腹部全体を、愛しむ様に何度もゆっくりと撫で回した。


草の上に坐った少女の白い肌が、明かるい太陽の光をくまなく浴びて、匂う様に清純に輝いて見えた。


波うつ左下腹部の一点に、ピタリと切先を近づけると、


--しっかり切るのよ--


自分で自分に言いきかせる。


--しっかり切り終えるのよ--


もう一度。


顔色は極度の緊張に青ぎめ、体全体が激しく震えた。


「本当にこのお腹を切る……切腹!……本当の切腹ー!……。」


うわ言の様に口走りながら、ギラギラと太陽を反射している切先を、思いきって、グッ!と引き寄せると、切り割かれものに抵抗する様に、下腹部は弾力を示して大きくグーッと凹んだ。まだ切先は五粍ほど突き刺さっただけである。


憑かれた様に前方の草を凝視しながら、


「ほ、本当の切腹………本当の切腹………ウーム!」


ありったけの力をふりしぼる様に右手にこめると、


--プスリ!!--


厚い皮下脂肪を一気に刺し通して、刃は腹腔内へ深ぐと没した。ズシン!と焼けつく様な手応えが優子の全身を貫き走った。



「さ、刺した!!」


思わず絶叫して見下すと、既に凹みを消した柔かな下腹部が、ピカピカ光る刃を、七、八糎ほど突き立てたまま大きく波うち、傷ロからは糸の様な鮮血が一筋、タラタラと流れ始めている。気弱くも右手の力がゆるみかけるのを、


「こ、これから切る……切るんだワ!……」


自ら励して、一気に右下腹まで切り回そうと、グッ!と右手に力をこめる。が、刀身は突き刺さった位置から容易に動かない。


「……う、……!……うーッ!!……」


わななく右手に、けなげにも必死に力を加え、身をよじって優子は己が下腹部に挑む。鋼鉄の刃の切れ味と、弾力ある皮下脂肪の抵抗力との均衡がいつ破れるか、均衡が破れた瞬間、この下腹部は、鋼鉄の刃に無慈悲に切り割かれてしまうのだ。右手に必死に力をこめて緊張しきった優子の青ざめた顔には、見る見る冷たい脂汗が浮き上った。


「ほ、本当の切腹!……本当に、本当に……お腹を切る!……切るんだワ……」


左手も柄に添え、腰を浮かせて、もう無我夢中で、真一文字に切り開こうと焦る。


「……せ、切腹……切腹!……ウーム!!」


--プス、プス、プス、プスッ!--


遂に力の均衡を破った鋼鉄の刃は、無気味な音をたてて少女の厚い皮下脂肪を、無残にも、臍下の辺りまで一気に切り割いてしまった。


「グェーッ!…き、切れた!!…切れたワ!!」


血走った目で眺めやると、雪白の下腹の左半分が、パクリと大きく切り開かれて無気味に腸をのぞかせ、鮮血が泉の様に流れ出して下腹半分を真赤に染めている。


「き、切った!…ほ、本当にお腹を切った……も、もっと、もっと!……」


更に切り進もうとするが、臍下二センチの辺りで止っている短刀は、容易には動かない。


「も、もっと…切って…せ、切腹……ウーム!!」



「グェーッ!………き、切れた!!………」


刃は、遂に少女の下腹の厚い肉壁を右腹まで、無慈悲に、一文字に上下に切り離してしまった。パックリ開いた大きな傷口からは鮮血が溢れ落ちて見る見る周囲の草を染めて行った。激痛に堪えかねた様に下腹部全体がプルン!と大きくゆれたかと思うと、傷口をおしあける様にして、ゴポゴポと血まみれの大小腸が少女の腹の中から吐き出されて来た。


「う、うーッ!…ま、まだ……十、十文字に…」


狂った様に優子は、右脇腹から短刀を引き抜き、刃の方を下側に向けて切先を凹んだ臍窩に当てがうと、力一ぱい突き立てた。


「ウーム!」


--プスリ!!--


無慈悲に、無感動に、刃は臍から腹腔内へ深々と刺し通された。


「うッ!……」


呻く様に口走って、短刀の柄を持ち直し、両手に上体の重みをのしかける様にして、縦一文字に、臍から真下へ切り下げようとした。


「……た、縦に、縦に……き、切るの!……せ、切腹……切腹!……ウーム!!」


渾身の力をこめて一押しに、


--プス!プスプスプスプスッ!!--


惨!鋼鉄の刃は、堰をきった奔流の様な勢いで、アッと言う間に少女の臍から下腹部までを一気に切り下げて、バックリと左右に切り離してしまった。



「グェーッ!…き、切った!…」


鋼鉄の刃に、思う存分に己が柔かな生体を掻き切らせ、血を吸わせて、苦痛に身悶えている美少女。それは凄惨な光景であった。


「…う、う!い、痛い…痛い…痛い!…し、死にたい!…お、お母様…い、痛い!!…」


自分の下腹の中から溢れ出た血まみれの腸管の上を、七転八倒で呻き、のたうち回る。


しかし、もとより覚悟の独り切腹であるから如何に苦しもうと介錯人の現れよう筈もなく、優子は単純に、ただ腹を充分に切り開きさえすれば間もなく死ねるものと考えていたので、自ら急所に止めを刺して死ぬ事に気がつかず、ただ呻き、苦悶するだけであった。


「…痛い!…い、痛い!…むーッ!!…い、痛い!!……く、苦しい!…腸……腸を…き、切り離せば……し、死ねる…むーッ!…」


のたうちながら呻くと、最後の力をふりしぼって起き上り、


「…あ…あー!」


血まみれの左手を、傷口かり己が腹部の中へ、押し込む様にグイと差し入れ、腸のつけ根をムズと掴んでズルズルと外へ引っ張り出すと--…ハッ!…ハッ!…--


と火の様に喘ぎながら、右手の短刀でプスプスと切り離しては傍の草の上へたたきつけた。我が腹部の内部をまさぐる左手に、も早内臓の感触が感じられなくなり、腹腔内が、完全に血まみれの空洞となってしまった事を朦朧たる意識の中に感じとると、パタリと短刀をとり落して、


「…お、お母様!…ゆ、優子は………お、お腹を切った!………せ、切腹したのヨ……」


力つきた優子は、とぎれとぎれにつぶやきながら、バッタリと其の場にうつ伏せに倒れ両の手に草を掴んで苦悶を続けていたが、やがて、その均整のとれた全身を、二、三度、ピクピクと大きく痙攣させると、そのまま動かなくなった。


こうして、芳紀十八歳の美少女、緑川優子の魂は、長い激しい肉体の苦痛を経た後に安らかに母の許に憩うことを得たのであった。


夏の斜陽が、この草原の惨劇を、無関心に照らし続けていた。


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