まつきり海へ行く#前 (Pixiv Fanbox)
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はじめに。
これは無料公開版の限定SSです。
そして続きはまだ書けていません。
お試し版として、こういうの投稿するよーって感じのやつなので急ごしらえで投稿してます。
続きは出来次第投稿します。
◆
「そうだ、海へ行こう」
あるてま本社ビルにて、2期生の夏コミ感想動画を撮り終えた後のこと。
三々五々と解散する後輩たちを見送りながら、来宮きりんは唐突に言った。
隣で、とぼとぼ去っていく黒猫燦に手を振っていた世良祭は胡乱な目で来宮きりんを見た。
「海?」
「そう、海。せっかくの夏なんだからやっぱり海に行かないとね!」
よく分からない理屈だった。世良祭は首を傾げた。
そも世良祭は完全にインドアな人間だ。
大学で同じ講義を受けている人間からカラオケ、キャンプ、BBQと色々誘われるがその全てを断り、家でピアノを弾いたり音楽を聴くのが趣味な大学生だ。
だから仲良しの来宮きりんが海へ行こう、と言ってもその感性が理解できなかった。
「海は、あつい」
「えー、夏だよ? 海だよ? ほら、海の家でかき氷食べるのとか美味しいよ?」
「かき氷……」
ごくり、と喉が鳴った。
何を隠そう、世良祭は食べることと歌うことが何より好きだった。
昔、夏の終わりに家族とお祭りに行けば表情は変わらずとも内心ウキウキして出店巡りに精を出していた人間だ。
そんな世良祭だからこそ、海の家のかき氷という言葉はとても魅力的に聴こえた。
わざわざそんな言葉をチョイスした辺り、来宮きりんも世良祭の扱い方を心得ている、と言ったところか。
「ヘイ彼女、海行かないかーい?」
「……よきにはからえ」
そんなわけで海へ行くことになった。
◆
「ところで水着ある?」
「ない」
「じゃあ今から買いにいこー」
それぞれマネージャー、スタッフに挨拶を済ませて外へ出る。
冷房の効いたエントランスホールから外へ出るとムワッとした熱気が一気に襲い掛かってきた。
「暑い……」
「湿度かな、凄いよね。もしかしたら夕立来るかな?」
「帰ろう」
「えー、今日買って明日行くんだよ!?」
「……聞いてない」
「今言った!」
やけに自信満々の表情に世良祭は一つ溜息を吐いて、諦めた表情で歩き始めた。
しっかり者の来宮きりんが、意外とノリが良くて行き当たりばったり思考なのは決して短くはないあるてま生活で重々理解してきた。
だから無駄な問答を繰り返すより、諦めて従うのが一番だと理解している。
「凛音ちゃん? 水着売ってる場所分かってる?」
「……知らない」
「やっぱりねー、だってそっち駅と真逆だよ」
「なん、だと……」
ここで世良祭──結月凛音の為にフォローしておくと彼女は決して方向音痴ではない。
ただ土地勘が無いのに無計画に突き進んでしまうだけだ。
都会の喧騒から逸れないように、しっかりと手を引かれながら駅の方向へ歩いて行く。
来宮きりん──七星七海の足取りに迷いはない。
「ついたー」
「おー」
駅前のファッションビル、その水着売り場でお互いの水着を選ぶことになった。
と言っても既に時期は8月の半ば。
そろそろ水着シーズンも終了するとのことで、幾つかの水着がセール価格になっていた。
「七海は黄色?」
「んー、黄色って派手じゃない? そんな凛音ちゃんは紺色とかどうかな?」
「暑そう……」
「いやいや紺色は暑くないって。ほら、スクール水着だって紺だよ? 定番色!」
「むぅ、一理ある」
結月凛音、今どきの大学生にしては珍しく、プライベートで水着を持っていない系女子である。
生まれてこの方、水着なんてのは学校の授業でしか着たことがない。
だから普通の女子大学生なら知っている常識すら、結月凛音は持ち合わせていない。
「んー、フリルとかパレオの方が落ち着いてるから良いと思うんだけど、凛音ちゃんはスタイル良いからシンプルにビキニも捨てがたいなぁ」
「あまり派手なのは、苦手」