小説 ポニー学園物語 11.永遠のポニー(最終話) (Pixiv Fanbox)
Published:
2018-06-20 08:53:52
Edited:
2022-02-01 02:07:54
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ポニー学園物語
11.永遠のポニー
(どうして……?)
こんなことになってしまったのだろうか。
コンクリート壁に頑丈なアンカーで固定された鋼鉄製のリングに手綱をつながれて、私は考える。
手綱で壁につながれた私は、もう人ではない。
生物学、でいいのか、そのあたりはよくわからない。ともあれ学問上の分類では『ヒト』になるのだろうが、今の私は『人』として扱われていない。
足に履かされているのは、蹄をかたどった、踵のない超ハイヒールブーツ。
人の足を馬の足に変えるこのブーツを履かされてすぐ、まともに歩くこともできなかった。
それが今は、美しい姿勢を保ったまま、正しい走法で走ることさえできる。
腕を背中で拘束する、三角形の革袋のような形の拘束具は、アームバインダー。
腕をまとめて1本の棒の変えてしまうこの拘束具を嵌められると、上半身の不自由さに愕然とした。しばらくのあいだは、肩の痛みに辟易した。
それが今は、腕は存在感を失い、生まれたときから背中にくっついた棒だったように思えるほど、私の肉体に馴染んでいる。
顔と頭をベルトで締めあげる革の装具は、フェイスハーネス。
それには私から言葉を奪うハミと、側方視界を制限する遮眼帯(ブリンカー)、手綱をつなぐ金具が取り付けられている。
ハミを噛まされてすぐ、口の不自由さがつらく、隙間から漏れる涎が恥ずかしかった。遮眼帯を付けられてしばらく、視界が制限されることにとまどった。手綱をつながれ、引かれることが恥ずかしく、屈辱的だった。
それらにも今は、すっかり馴らされてしまった。
お尻のすぐ上から乳房の下側までを覆う装具は、コルセット。
ウエストを蜂の胴のように締めあげるこの装具を着けられてすぐ、通常より5センチ締められるだけで、苦しくて仕方なかった。それが今は、コルセット背面の編み上げはフルクローズし、私のウエストは18インチ(約45センチ)まで絞られている。
そのコルセットに取り付けられた股間ベルトで、お尻の穴にねじ込まれた、頭のポーニテールに似せた尻尾付きアナルプラグを固定されている。
その残酷で淫らな処置にも馴らされた私は、もはやプラグに肛門を穿たれていないと、生きていけないかもしれない。
そして、コルセットを着けられているのは、胴だけではない。
首にもネックコルセットを着けられ、呼吸や血流を阻害する寸前まで締め込まれ、縦にも横にも動きを極端に制限されている。
そして胴と首のコルセットには、私を馬車につなぐための頑丈な金属リングが設えられている。
そう、今の私は、ポニーだ。
厳重に拘束され、馬車を引かされて使役される馬だ。
(どうして、こんなことに……?)
その答えはわかっている。悪いのは、私だ。
一時の気の迷い。私の弱さと無知が招いた、逢魔が刻(とき)。そのせいで私は女教連という組織に騙され、馬飼野女子学園という名のポニーガール養成所に連れてこられた。
そして私は一生、ポニーガールの身分から抜け出すことはできない。
両肩にポニーガールの身分を示す消せない刻印を施され、乳首に接続部を接着された巨大なピアスを嵌められた私は、二度と人の身分に戻れない。
(どうして、こんなことに……?)
その答えもわかっている。やはり悪いのは、私だ。
隣で私と同じタトゥーを彫られ、乳首ピアスを着けられた同房のポニー、サト号に誘われるまま脱走を企て、あえなく捕らわれ、タトゥーと乳首ピアスの処置を受けた。
とはいえ藤島調教師が与えてくれたその残酷な処置は、私の心の支えでもある。
そこまで考えたところで、馬房の扉が開かれ、サト号の調教師の声。
「サト号、今日も永久歩行刑だ」
金属製リングに結びつけられた手綱を解かれ、サト号が連れ出されると、私はひとりになった。
今日、ポニー調教を修了した私は、新しいオーナーに引き渡される。
馬飼野女子学園からポニー・ミワ号を買った人が、私を引き取りに来る。藤島調教師と離れ離れになり、誰とも知らない人の所有物になる。
でも藤島調教師からもらったタトゥーと乳首ピアスがあるかぎり、私は永遠に藤島調教師のポニーでいられる。
肩のタトゥーを見、乳首のピアスを感じるたび、藤島調教師の――。
そこで再び扉が開き、藤島調教師の声が現われた。新しいオーナーに引き渡すため、私を連れにきたのだ。
「ミワ号……」
彼女が私を呼んでくれるのも、これが最後。
「ぅえんえい(先生)……」
応えて身体ごと振り向くと、敬愛する気高き調教師の顔は、涙でぼやけていた。
いやだ。いやだ。最後に見る藤島調教師の顔が、涙でぼやけたものだなんて。
でも、涙を止めることはできない。
「どうしたの? なぜ泣いているの?」
それは、悲しいからだ。タトゥーと乳首ピアスで心は繋がっていると思えても、実際に顔を見、声をかけてもらうことはできなくなるからだ。
「どうして泣くの? 今日からミワ号は、正式に私のポニーなのに」
そうだ、今日から私は藤島調教師の――。
「ぅえ(えっ)……?」
キョトンとして藤島調教師を見る。一瞬の沈黙。しばし視線を絡ませ合って、藤島調教師が苦笑した。
「私、言わなかったっけ?」
たしかに言った。
『ミワ号、おまえは永遠に私のポニー。そのことを知らしめるため、ポニーの刻印をミワ号の身に刻む』
でも、それは比喩的な意味だと思っていた。
まさかほんとうに、藤島調教師のポニーになるという意味とは思っていなかった。
「そもそも、ポニーにタトゥーを彫ったり、乳首ピアスを着けたりは、オーナーが判断することよ?」
「ぅえ、ぅえお(で、でも)……」
サト号も、タトゥーを彫られていた。乳首ピアスを着けられていた。
「実はね……」
そこで、藤島調教師は真相を打ち明けてくれた。
サト号がもともと貴龍園長の奴隷であること。私に試練を与えるため、サト号を利用して罠に嵌めたこと。その結果、私はまんまと罠に落ちたこと。
その話を聞かされても、私に藤島調教師を恨んだりする気持ちは生まれなかった。それどころか、感謝の気持ちでいっぱいになった。
なぜならその結果、藤島調教師は脱走を企て捕らわれた私の反応を見て、かねてより抱いていた考えを実行に移すと決めてくれたのだから。
「おかげでコツコツ貯めた貯金はゼロ、それでも足りず、しばらくはタダ働きしなきゃならなくなったけどね」
そこまでして、私を買い取ってくれたのだから。
「ぅえっ、ぅえっ……ぅえんえい(先生)ぃ……」
さっきとは違う種類の涙を流し、さっきより激しく泣きじゃくる私を、敬愛する――いや愛しい愛しい私だけの調教師(せんせい)は、そっとやさしく抱きしめてくれた。
24時間着けっぱなしのハミと遮眼帯(ブリンカー)付きのフェイスハーネス、お腹のコルセットはそのままに、踵がない超ハイヒールのポニーブーツを履き、私は制服のセーラー服を着た。
ちなみに、制服の上衣はここに連れてこられたときそのままだが、スカートはコルセットを着けた状態に合わせて仕立て直されている。
その姿で、自らの手綱を持ってポニー候補生だった頃の2頭馬房の半分ほどの広さの馬房を出、併設された学園職員住宅のドアを開け、声をかける。
「ふぇんえい(先生)、ほふぁおぅほふぁいはふ(おはようございます)」
「おはよう、ミワ号」
すると藤島調教師が、乗馬服ふうの調教師の制服で私を出迎えた。
いや、正確には、調教師の制服とは少し違う。それに藤島調教師は、もう調教師ではない。
あれから――。
全財産をはたいたうえに学園に給料の前借りまでして私を買った藤島調教師は、自ら希望して調教師から学園広報部に異動した。
理由は、私以外のポニーを調教したくないから。そして自分以外の者に、私が引く馬車の御者をやらせたくないから。
藤島調教師――いや、今は私が勝手に『調教師(せんせい)』と呼んでいるだけで、学園広報部職員・藤島沙希(ふじしま さき)は、訪問者を自らが所有するポニー、つまり私が引く馬車に乗せ、学園内を案内する役目に就いている。
まぁ平たく言うと、観光馬車の馬が私、御者が藤島調教師というわけだ。
さすがに観光馬車のポニーが乳房と局部を露出したままというわけにいかないので、観光ポニーは御者が指定する衣装を身に着けている。
その衣装として藤島調教師が指定したのが、私が連れてこられたときに着ていた制服のセーラー服というわけだ。
とはいえ、私が制服姿で馬車を引くのもあと少し。
『ミワ号の制服姿はかわいいけど、夏になったら冬服のままというわけにもいかないわね。夏の制服を新調しようかしら』
『だったら、セパレートの陸上ユニとかもいいですよ。ほら、ブルマに穴開けたら、プラグの尻尾を外に出せるし』
調教師だった頃より砕けた口調でそう言った藤島調教師に私が答えたせいで、今特注陸上ユニが作られているのだ。
また寒くなったときの衣装をどうするかは決まっていないが、特注陸上ユニができあがってきたら、私はいったん制服を脱ぐことになる。
そのときが、私の卒業式になるだろう。
それはポニー調教を修了した記念に、またここに来る前、まだ人だった頃の私との決別にもなるだろう。
そして私は、永遠にポニーとして生きていくのだ。
最愛の調教師(せんせい)と共に。
(了)