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ポニー学園物語 8.サト号の誘惑 「うッ……!」  柱に両手をついた姿勢で、背後に立つ藤島調教師にコルセットの編み上げ紐をきつく締めあげられ、私は苦悶した。 「うん、もうフルクローズするわね……一気に締めるわよ」 「は、はひ……ぅうッ!」  そしてまた、ギュッとひと締め。  フルクローズとは、コルセットの編み上げが完全に閉じ切ること。ポニー用コルセットはフルクローズ18インチだから、これで私のウエストは約45センチまで締めあげられたことになる。 「フルクローズしたわ。筋肉質な子は締めるのが大変なのに、ここまでよく頑張ったわね」  編みあげ紐をキュッと固結びし、余った部分をハサミで断ち切って、藤島調教師が私の肩に手を置いた。  あれから――永久歩行刑を執行されてから、私は数日おきに少しずつコルセットを締め込まれてきた。そして今、ついにフルクローズした。  もちろんそのあいだ、ポニー調教も進んでいる。  もはや踵のない超ハイヒールのポニーブーツで基本歩法を守って歩くことが、ふつうになった。ウォークにもトロットにも、さらに速いキャンターやギャロップの速度にも瞬時に到達し、維持できるようになった。  そして私が馴れたのは、歩法走法だけではない。  食事のとき以外、ハミを噛まされていることもあたりまえになった。厳重拘束にも身体が馴染み、まる1日アームバインダーで拘束されたまま過ごすこともある。お股の毛はツルツルに剃られているのがふつうで、少しでも伸びてくると気持ち悪い。朝の処置のときの一瞬プラグを抜かれるだけで、お尻が寂しく感じる。  もうすっかり、私はポニー装備に馴れ、身も心もポニーになった――かのように思っていた。 「ぅえ(えっ)……」  午前中の調教を終えて馬房に戻り、洗面台横の金属製リングに手綱を繋がれて、私はそれに気づいた。  私の手綱を結びつけたリングの上には、制服姿の私の顔写真、0039という番号とポニー名のミワ号、人だった頃の元名と略歴を印刷したプレート。  その隣のリングの上、朝まではなにもなかった場所に、新たなプレートが取り付けられていた。 「今日来る予定の、新しい子よ」  そう言われて、この馬房が本来ふたり部屋、いや2頭馬房だったことを思い出し、もう一度プレートを見る。  0040番、サト号。元名は印藤聡美(いんどう さとみ)。そして美少女を絵に描いたような、可憐な顔写真。  私と同じように、女教連に騙されて連れて来られるのだろうか。それとも別ルートなのだろうか。  その頃になると、私は学園に連れて来られるポニー候補生のなかにも、いろんな境遇の子がいることを知っていた。  女教連以外の組織に連れて来られた子。奴隷として売られていたところを買われた子。そして――。 「新しい子、サト号は、もともとポニーとして個人所有されていた子なの」  そう言うと昼食入りのバスケットを干し草の上に置き、藤島調教師がフェイスハーネスのハミの金具だけを外してくれた。 「あうぅ……」  口中深くまで侵入していたハミを抜き取られるとき、ゴポリと涎がこぼれる。 「んっ、ぁう……」  離れていくハミから口に糸を引いた涎を吸い取ろうとして、うまくいかなかった。  そういえば、この試みに成功した試しがない。 「うふふ……私も成功した子は見たことないわよ」  私がそのことを告げると目を細めてほほ笑み、藤島調教師はこぼれた涎を拭き取ってくれた。  それから昼食のサンドイッチを食べさせてもらい、ミルクを飲ませてもらう。  藤島調教師は、優しい。調教のときは厳しいが、ふだんはかつて人にしてもらったことがないほど、親切に接してくれる。  はじめそれは、調教師と馬の関係そのものと思っていた。私と藤島調教師の関係が特別なものじゃなく、他の調教師も担当するポニーに同じように接していると考えていた。  しかし、今は違う。  たしかに他の調教師も、かいがいしくポニーの世話をしている。  でも、違うのだ。私に接するときの藤島調教師とは、なにかが違うのだ。  それがな何かはわからないけれど、私と藤島調教師の関係は、他のポニーと調教師の関係とは――。  そんなことを漠然と考えていると、馬房の扉が開いた。 「新しい子が来たようね」  藤島調教師に言われて入り口を見ると、調教師に手綱を握られて、1頭のポニーがいた。 「今日から同房になるサト号だ。よろしく頼む」  そう告げられ、了解の意味で一礼すると、その調教師がポニー――サト号の手綱を引いた。 「ここがおまえの馬房だ、入れ!」  しかしその命令に、サト号は従おうとしなかった。 「あぅうッ!」  とはいえ、けっして連れ込まれまいとするかのように、脚に力を込めて踏ん張るサト号の足元はポニーブーツ。  踵のない不安定な超ハイヒールブーツを履かされていては、手綱の操作に抗えるものではない。 「ぅあぁあッ!?」  たたらを踏むように数歩進み、馬房に連れ込まれたサト号の全身を見て、私は息を飲んだ。  私と同じポニー装備を着けられたサト号の肌には、露出した部分を覆いつくすように赤い鞭痕が刻まれていた。 「ずいぶん手こずっているようね」 「ええ。これだけ鞭を使って、言うことを聞かないポニーは初めて。われながら情けないわ」 「そんなことないわ。サト号は並みの調教では素直にならず、手を焼いたオーナーが学園に預けたといういわくつきのポニー。誰が担当しても手を焼くでしょう」  藤島調教師と言い合いながら、調教師はサト号の手綱を私の隣の金属製リングに固く結びつけた。  そして彼女のフェイスハーネスのハミだけを外すと。 「同房のミワ号を見習って、少しは素直になることだ」  調教師は吐き捨てるようにサト号に告げると、藤島調教師と連れ立って馬房を出て行った。  いつもはかけない扉の鍵を、厳重に施錠して。 「くっ、うう……」  ガチャリと扉が施錠されると、サト号が苦しげにうめいた。  身体じゅうに刻まれた鞭痕が痛むのだろうか。腕を1本の棒のように拘束するアームバインダーがきついのだろうか。首とお腹を締めあげるコルセットが苦しいのだろうか。お尻にねじ込まれた尻尾付きプラグがくるおしいのか。きわめて不安定なポニーブーツがしんどいのか。それとも、ポニーに堕とされた身の上が悲しいのか。 (いえ、おそらく、その全部……)  少し前のわが身のに置き換えそう考えて。 「つらいね」  ひとこと声をかけると、サト号が私をチラリと見た。 「あなたは、あまりつらくなさそうね」  そして絞り出すように答えると、再び視線を伏せて低くうめいた。 「最初は私もつらかったわ……でも、もう馴れた」 「あたしは……こんなことに馴らされたくない」 「でも……」 『反抗すれば罰せられる。従順に従い、調教師の期待以上の成果を示せば褒美を与えられる』  私は藤島調教師に叩き込まれた、ここのルールをサト号に告げた。 「そうかもしれない。あの調教師も、そんなことを言ってた……だけど、あたしはポニーになんかされたくない」  その気持ちもわかる。私自身、最初はそう思った。  しかし、ここは船以外に交通手段がない離れ小島。どれほど反抗しようと、ポニーの境遇から逃れる術(すべ)はない。 「だから、素直に従ったほうがいいわ……おとなしくしていれば、馴れないうちは拘束を解いてもらえるときもある。ブーツも、もう少し歩きやすい練習用のものに変えてもらえる。鞭打たれることもなくなるし、調教師(せんせい)も心を許してくれて、優しく接してくれるようになる」 「ほんとう……に?」  そこで閉ざされていたサト号の心が、少し開かれた――ように思えた。 「ほんとうよ。今、扉の鍵をかけて出ていったけど、私ひとりのときは鍵をかけなかったくらいよ」 「そう……」  頑なに運命を拒んでいた態度が、少し変わった――ように感じた。  そのときの私はサト号の変化が、彼女にとっても、私にとっても、いいことなのだと思い、心のなかで胸を撫でおろしていた。  それからサト号も従順になった。ときおり反抗的な目で彼女の調教師を睨むことはあるが、しだいにその頻度も減っていった。  鞭打たれることも少なくなり、ポニーブーツも練習用のものに変えてもらった。就寝やや休憩のときにはアームバインダーの拘束を解かれ、簡易な拘束に変えられるようになった。  その間、私はハミもアームバインダーもそのままということも多かったが、それは仕方ないこと。サト号と違い、私の身体はすっかりポニー装備に馴染んでいる。  そのため会話を交わすことはあまりなかったが、私とサト号は次第に心を許し合うようになっていった。  サト号は私のことを『ミワ号』と呼ばず『端澤さん』、あるいは『ミワさん』と呼ぶが、それはまだポニーの自覚ができてないからだろう。  ともあれ、親近感を持って呼ばれることに、悪い気はしない。  ほぼ1日じゅう厳重に拘束されたままの私の世話を、馬房にいるあいだは藤島調教師に変わってサト号がしてくれることもある。  同じようにサト号の調教師も、彼女に心を許したのだろう。  いつしか夕食のあと、彼女の調教師はサト号の両手に拘束ミトンを嵌めただけで、扉に鍵をかけずに立ち去るようになった。  そして、その日の深夜――。 「起きて……」  アームバインダーで拘束されたまま、干し草の上に横たわって眠る私の肩を、誰かが揺すった。 「ねえ、ミワさん、起きて」  サト号の声だと気付いて目を開けると、天井と壁の隙間から差し込む月明かりで黒いシルエットになったサト号の顔が、私を覗き込んでいた。 「あぅ……ぉうぃあお(どうしたの)?」  思わず応えて声は言葉にならず、ハミを噛まされたままだと思い出したところで、サト号が恐るべき言葉を口にした。 「逃げましょう」 「ぅえ(えっ)……?」 「一緒に、逃げましょう」  不可能だ。  瞬間的にそう思った。  ポニーの歩法走法をほぼ完全に身につけた私は、ポニー装具を装着したままギャロップで走れる  サト号の歩法走法は完璧ではないが、そのぶん拘束は軽い。練習用ポニーブーツなら、私と同じペースで走れる。  今はもう、馬房のドアに鍵はかけられていない。最初の日、身体を洗われて全裸で馬房まで連れて来られるあいだ誰にも出逢わなかった経験上、施設内の夜間警備は手薄だ。  だから施設を抜け出し、港までは、比較的容易にたどり着けるだろう。  しかし、そこからが問題だ。  港の警備体制までは、確認できていない。もしそこを抑えられていては、逃走は不可能。いや、仮に厳重に警備されていないとしても、船を動かせなければアウトだ。  それに、私は――。 「ミワさんがなにを心配しているか、わかるわ……」  そこまで考えたところで、サト号が口を開いた。 「あたし、連れてこられたのが夜だったから、知ってるの……夜の港の警備は、手薄よ。それに、船のエンジンキーは付けっ放し。動かしかたはしっかり観察したから、そのとおりにやればいい。もちろん巧みな操縦はできないと思うけど、船は1隻しかないから、追ってはこられない。それに……」  そこで、サト号はためらうようにいったん言葉を切り、しばし考えて再び話し始めた。 「それに……ミワさんは藤島調教師と仲がいいようだけど、ずっと彼女と一緒にいられるわけじゃないのよ」 「ぅえ(えっ)……」 「ポニーガールって、そういうものなの」  そう言われて、ハッとした。 『馬飼野女子学園の実態は、ポニーガール養成所。おまえはポニーガールにされるため、ここに連れてこられたの』  ここに連れてこられた日の、藤島調教師の言葉。  ポニーガール養成所で調教され、ポニーガールとして完成されたのち、私はどうなるのか。 『サト号は、もともとポニーとして個人所有されていた子なの』  つまり、そういうことだ。  調教修了後、私は名も知らぬ誰かに売られ、その人に所有される身になる。その人がポニープレイを愉しむ場所は馬飼野島であっても、藤島調教師と一緒にいることはできなくなる。 「だから、一緒に逃げましょう」  そのことに気づき、私の心は揺れた。 「もうすぐ、新月の夜が来る。そのときがチャンス。そして調教修了間近のミワさんにとっては、次の新月が最後のチャンスかもしれない」  サト号の言葉が、心の揺れ幅を大きくした。 「もしミワさんが一緒に来てくれなくても、次の新月の夜、あたしはひとりで逃げる。ミワさんも、よく考えて」  そしてそう言うと、サト号は私の目をじっと見た。  それから、私の苦悩が始まった。  はじめ、逃げられるわけがないと考えていた。しかしサト号の話を聞き、かなり高い確率で脱走成功の可能性があることを知った。  とはいえ、すぐにサト号の話に乗ることもできなかった。  もし脱走に失敗したら、そのときの罰は、かつてないほど厳しいものになるだろう。その罰のことを考えるだけで私の足はすくみ、身体は自然と震えだす。  それほどまでに、私には絶対服従の掟が染みついている。  かといって、脱走を諦めることもできない。  もし脱走せず、このままここに居続けても、そう遠くない将来、誰かに買われ、その人のポニーにされてしまう。  そうなると、もう藤島調教師に会えなくなる。顔を見る程度のことはあっても、親しく声をかけられることもないだろうし、厳しいなかにも優しさに溢れた調教も受けられなくなる。  それほどまでに、私のなかで藤島調教師の存在は、大きいものになっていた。 (だとしたら……)  いっそ脱走して、藤島調教師のいないところに逃げたほうがいいじゃないか。  そう考えながら、私はサト号を見つめ返した。 「ミワさん、いいわね?」 「ぁう……」  月明かりすらない新月の深夜、真っ暗闇のなかでサト号に問われ、しっかりとうなずく。  今夜も私は、アームバインダーで拘束され、フェイスハーネスのハミも噛まされたまま。ネックコルセットも、お腹のコルセットも、踵のない超ハイヒールのポニーブーツもそのまま。  しかしポニーの歩法走法を完璧に身につけた私は、立ち上がってしまえばふつうに動ける。 「立って」  フェイスハーネスのハミを外され、アームバインダーの代わりに拘束ミトンを嵌められ、ポニーブーツは練習用のサト号の手を借りて立ち上がると、うなずき合ってドアのほうに向かう。  今夜も、ドアの鍵はかけられていない。  サト号が拘束ミトンの両手でノブを挟み込んで回すと、ドアはあっけなく開いた。 「行こう」  自分自身の意志を確認するかのように、声をひそめて告げたサト号の言葉にもう一度うなずき、彼女に続いてドアから出る。  すると最初の日の夜と同じく、馬房の前の通路は静まり返っていた。  いつもはそこを基本歩法で歩くが、今はブーツの底の蹄鉄が音を立てないよう、すり足で進む。  いかにふつうに走れるとはいえ、誰かに見つかればアウトだ。  応援を呼ばれ、追われ、囚われ、そして――。  そのときのことを想像して、萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、慎重に歩を進める。  馬房が並ぶ一角を過ぎ、地面に芝が敷き詰められた場所へ。足音を気にする必要がなくなったから、そこからペースアップ。  学園本部の建物、調教師や牧童が暮らす一角を抜けて、港。  その周辺だけは夜でも明かりが点けられているが、サト号が言ったとおり人の気配はなかった。  そのことを確認し、船に向かって一気に駆け――。  そこで、眩いライトに照らされた。 「ううッ!?」 「眩しい!?」  光に刺されて目がくらみ、ふたり同時に悲鳴をあげたところで、けたたましい警報音。 「しまった!? センサーが!?」  そのことに気づいたサト号が声をあげたところで、駆けつけてきた牧童たちに取り囲まれた。 「ミワ号……とんでもないことを、しでかしてくれたわね」  そして牧童たちの囲みから進み出た藤島調教師の冷たい声を聞いたとき、全身から力が抜けた私は、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。

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