小説 私立馬野女子学園ポニー競技部物語 序&1 (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-07-19 09:14:48
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2021-10
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序.ポニー競技部
馬野女子学園。
とある県の山あいの町に存在する、私立の女子校である。
少子化にともない若年層の人口減少が進み、女子校の多くが共学化していく昨今、馬野女子学園も岐路に立たされていた。
いや、都会ではなく地方の、しかも県庁所在地でもない町の馬野女子にとって、問題はより深刻だ。
過疎化による人口減少とも相まって、馬野女子学園は共学化によって生徒数を増やすか、廃校の憂き目に遭うか、深刻な選択を迫られることになった。
しかし学園の理事長は、廃校と共学化、どちらの案にも否を突きつけた。
曰く、女子校として百有余年の歴史がある学園を、今さら共学化することは認められない。同時に、その伝統を絶やすわけにはいかない。あくまで女子校として、馬野女子学園は存続しなければならない。
そのための方策として、理事長は彼女自身最近知ったばかりのひとつの女子スポーツ競技に望みを託すことを決めた。
その競技とは――。
「ぽ、ポニー競技部……ですか?」
理事長にその競技の名を聞かされ、学園の校長は困惑した表情を見せた。
それはその名が、地元国立大学の教育学部を卒業して30年、教育現場ひとすじに生きてきた彼女にとって、初めて聞く言葉だったからである。
「理事長、それは……馬術競技の一種なのでしょうか?」
「いえ、違います。あえて説明するなら、陸上競技と馬術競技を混ぜた感じ……でしょうか」
困惑する校長に自信なさげに答え、理事長がテーブルの上に一冊の本を置いた。
「アメリカで発行されている、女子ポニー競技の専門書のようです。もっとも、私は英語を正確に訳せるわけではないのですが……」
そのせいだろう。理事長には、その本に印刷された『fetish』だの、成人指定を表す『XXX』だのという文字の意味はわからないようだ。
そして学園長よりは多くの英単語を知っているとはいえ、教育者として真面目一途に生きてきた校長は、アダルトシーンでのスラングまでは知らない。
書籍がポルノではなくフェティッシュ系のもので、表紙の写真の女性の光沢のある衣装が、一見水着かスポーツウェアに見えることとも相まって、彼女も同じ勘違いをした。
「つまり理事長は、この女子スポーツに力を入れ、学園を振興しようと?」
「そうです。多くの強豪校がしのぎを削る、すでに国内に浸透したスポーツで、学園の名を上げるのは至難の業。しかし国内ではまだ無名のポニー競技なら、わが学園はすぐさま国内トップレベルになれます」
「で、ですが……」
無名の競技でトップレベルになっても、学園の振興につながらないのではないか。
しかし頭に浮かんだ疑問を、校長は口にすることができなかった。
学園の方針について、最終的な決定権を持つのは理事長だから。同時に、ほかの有効な案を校長自身持っていなかったから。
「とはいえ、わが学園にはもう、資金的な余裕はありません。できるかぎり予算を抑える方向で、どうすればポニー競技部を創設できるか、検討してください」
言い返せなかった校長にそう告げ、理事長は校長室をあとにした。
「Oh!? Ponygirl clubデスかー!?」
理事長からポニー競技部の創設準備を進めるよう命じられ、途方に暮れた校長に相談された学園の英語講師アイリーン・バーンズは驚きの声をあげた。
それは理事長や校長と違い、アイリーンはポニー競技――というより、ポニープレイのなんたるかを知っているからである。
それはただ、校長がテーブルの上に置いた書籍に印刷された英語を正しく読めるからというだけの理由ではない。
アイリーンは母国にいた頃、フェティッシュモデルの経験があった。その経験のなかで、ポニープレイの撮影も体験していた。
そして、そもそもアイリーンが来日した目的は、日本の緊縛文化を学ぶこと。フェティッシュプレイに対する忌避感が、彼女にはもともとない。
そのうえ古い日本の家庭、特に農村においては、生活に縄が深く関わっていることを知り、緊縛も日常にあるものと勘違いした。
(キンバクの文化が浸透したニッポン人には、きっとポニープレイもキンキー《変態》プレイと映らないのでしょう)
さらに校長が普通にフェティッシュマガジンを見せたことで、アイリーンはそう思い込んだ。
「アイリーン先生は、ポニー競技をご存知なのですか?」
「ご存知どころか、ワタシ、ポニープレイの経験ありマース!」
思い込んで、あっけらかんと答えた。
「で、では……学園がポニー競技部を創設したら、コーチと顧問、そしてスポーツ特待生のための寮の先生に就任していただけますか?」
「リョウ……のセンセイデスかー?」
「ああ、寮というのは寄宿舎……ドミトリー、でしたか。寮のセンセイというのは……ドミトリーのミストレスという意味です」
そのとき校長は、寮の主人、マスターの女性形として『ミストレス』という言葉を使った。
その言葉をアイリーンは、ポニーガールクラブを創設するという文脈のなかで、SMの女王さまというニュアンスで受け取った。
「では、ワタシがミストレスとして、ポニーガールをトレーニングするデスねー?」
そして日本語の『調教』の意味で『トレーニング』と言い、校長に尋ねた。
「そうです。アイリーン先生に、ポニーガールをトレーニングしていただきたいのです」
その『トレーニング』を『鍛える』あるいはスポーツの『練習』と勘違いしてとらえ、校長が答える。
答えて、彼女が一番気にしていることを口にする。
「あの……申しわけないですが……学園は資金不足で、講師としての報酬以外は支払えないのですが……」
「平気デース! ワタシ、ポニープレイ大好きなので、ニホンでも普及するなら無償でボランティアしまーす!」
そしてお互いに勘違いに勘違いを重ねたまま、アイリーンは校長の依頼を受け入れた。
かくして馬野女子学園に、ポニー競技部――実態はポニーガールクラブが創設された。
「ぽ、ポニー競技部ぅーっ!?」
入学式の3日前、訪れた寮の食堂で待っていた外国人女講師からその名前を聞かされ、牧羽翔《まきば かける》は、素っ頓狂な声をあげた。
翔は、県庁所在地出身の新入生である。
中学時代は陸上部に所属し、主に短距離種目で頭角を現した。県外の陸上強豪校からの勧誘はなかったものの、県内の私立女子校からスポーツ推薦枠での入学を持ちかけられた。
それが、私立馬野女子学園だ。
「それなのに、陸上部がないなんて……」
衝撃の事実に愕然とする翔に、女教師はほがらかに英語訛りの日本語で答えた。
「そうデース。今年度から運動系部活は解散し、ポニー競技部に統合されましたー。そのことは、スポーツ推薦枠の入学案内に明記してあったはず。見落としていましたか?」
そうだ、見落としていた。というより、見ていなかった。
「ていうか、馬野女子学園は、もともとあまりスポーツは盛んではなかったデース。陸上部はもちろん、運動系部活は名前があるだけで、実際はほとんど活動してなかったデスよー」
それも知らなかった。
勉強しなくてもスポーツの実績だけで入学できるという事実で心が舞い上がり、細かいことは気にしていなかった。
「そうですかー。でも、今となってはどうしようもないですねー。諦めて、ポニーガールやりましょう」
そう言って外国人女講師が陽気に笑う。
「ワタシ、ポニー競技部のコーチ兼コモンのアイリーン・バーンズデース。寮のミストレスでもありマース! よろしくネ」
あたりまえのことだが、ときどき混じる英語の発音が本格的だ。『顧問』まで『common』の発音になってるのはご愛嬌。マスターの女性形『ミストレス』と言ったのは、寮の女主人、寮母的な意味あいなのか。
「あ……は、はい」
勢いに押されてつい答えると、女教師が翔をギュッとハグし、それから右手を取ってぶんぶんと上下に振った。
「よろしく、カケルさん。ワタシのことは気軽にアイリーンと呼んでネ」
「は、はあ……それじゃアイリーン先生で……」
いかにも外国人っぽい挨拶にとまどいながら、気になっていたことを訊ねてみる。
「ところで、ポニー競技って、何をするんです?」
「オウ……そこからですか?」
その質問に両手を広げてみせ、それから理事長から校長、そしてアイリーンへとわたった一冊の書籍を取り出した。
「これが、ポニーガールデース!」
言われて見せられた書籍の表紙には、光沢のあるぴっちり衣装を着て馬車っぽい車を引く女性の写真。
手に嵌めたグローブには、馬の蹄鉄のような装飾。足のブーツも、馬の足のような形に成形されている。光沢衣装の上に締め込まれたハーネスの金具を馬車につながれ、顔や頭も複雑に組み合わせたベルトで締められて――。
「こ、これを……私が?」
「そうデース!」
「理事長や校長先生も、これを認めて?」
翔がそう訊ねたのは、英語の意味はわからなくとも、女の子の感性でそこに一種異様なフェティシズムの匂いを感じだからだ。
「ハイ、もちろんデース! そして、ただ認めているだけではありませーん。理事長も校長も、ポニーガールクラブ……ポニー競技部に学園の命運を賭けているのデース!」
それでもそう言われて納得してしまったのは、若さゆえに社会経験がないからだ。
ひとつの学園を運営する人と、その人とともに学園を束ねる教育者が、学園の方針として変なことを講師と生徒にやらせるわけがない。
社会経験のなさゆえ勝手にそう考えてしまった翔は、さらに陸上の短距離選手だ。
一部にフェチ的マニアがいる陸上競技のぴっちりユニは、タイムを追求した結果生まれたもの。
そこはかとなく妖しさを感じたポニーガールの衣装も、競技のための性能を追求してこういうものになったのだろうと思い込み、翔は納得した。
「カケルさんのユニや装備は、もうできていマース。ポニープレイ、試してみますか?」
「はい。ぜひ」
だからアイリーンの提案にも、自分が着るユニフォームも競技のためのものだと、ポニープレイは女子スポーツのひとつなのだと信じたまま、翔はしっかりうなずいた。
1.はじめてのポニーブーツ
「ポニープレイ用のユニはちょっと特殊で、着るためには事前の訓練が必要デース。だから、今は基本的な装備だけ着けて歩いてみましょう。動きやすい服装に着替えてくださーい」
そう言われ、指定された部屋に荷物を運び込む。
広さは6畳ほどか。寮の個室というわけではないだろう。打ちっ放しのコンクリート壁に囲まれた部屋には収納や家具の類はいっさいなく、窓もない。代わりに壁に設えられているのは、なにかをつなぐための複数の金属製リング。
おそらく、ここは物置き部屋か更衣室か。寮の居室はきっと別にあるのだろう。
そう考えながらひとまず荷を解き、なにを着ようか一瞬迷う。
「陸上の練習用のTシャツとショートパンツ……」
とはいえ、それらはいずれも使い込まれている。
「学校の体操着なら……」
新品だし、問題はないだろう。
そう考えて愛用のスポーツブラとショーツはそのまま、真新しい体操着に着替えて食堂に戻る。
するとそこには、馬の蹄を模した光沢素材のグローブとブーツが置かれていた。
「なんか……すごい光沢ですね」
「ハーイ、素材保護を兼ねて光沢剤を塗り込めたラバーなのデース。やはりポニープレイのアイテムは、フェティッシュじゃないといけませーん」
「ふ……フェティ……?」
「ハイ、フェティッシュ。日本語に訳すと、うーん……嗜好性が強いとか、そんな感じデスねー」
ともあれそれは競技の規則で決められたことなのだろう。
自ら競技の世界に身を置き、競技規則に従うことに慣れた翔は、そう考えてアイリーンの言葉を受け入れた。
「それでは、まずポニーブーツを履いてみましょう。馴れないと、歩くのも大変かもデース」
そう言って、アイリーンが勧めた椅子に腰を下ろし、上履きの靴を脱ぐ。
「靴下も脱いでくだサーイ」
「え、でも……」
「ポニーブーツは、いえすべての装備は、カケルさん専用デース。だから汚すことは気にしないで」
言われてためらいがちに靴下も脱ぎ、丸めて上履き靴の中に押し込むと、アイリーンがブーツを手にしゃがみ込んだ。
「まずは、右足からデース」
編み上げ紐を緩められ、広げられた履き口に足を差し込む。
ひんやり冷たいラバーの感触。革や布の靴のように滑りはよくないが、編み上げが緩められているので、なんとか履ける。
「足を奥まで差し込むと、中はハイヒールブーツのような形になってまーす」
ハイヒールの靴を履いた経験はない翔だが、つま先が突き当たりに当たるまで足を差し込むと、アイリーンの言わんとすることはわかった。
ちょうど高いところのものを取ろうと背伸びをするときのようにブーツの中で足の形が決められている。
今はまだ編み上げを緩められたままだが、これを締めあげられると、もっとがっちり固められてしまうだろう。
まだブーツを履いていない左脚の太ももの裏はぴったり椅子についているのに、ブーツを履いた左脚の太ももは完全に座面から離れている。
「それでは、編み上げを締めていくですよー」
その言葉が終わらないうちに、足の甲がギュッと締めつけられた。
「きついデスかー?」
そんなことはない。走るときのシューズと同じくらいだ。
そう答えると、アイリーンは甲から上も締めあげ始めた。
ときおり指で紐を引っ張りながら、足首。関節の動きを制限するかのように、きつく締めこみながら、脛の途中まで。
ソックスでいうならロークルー程度の高さまでのブーツの編み上げを締め終えて、キュッと蝶々結び。
「ほんとうは固結びして、余った紐は断ち切るほうがスッキリしてキレイなのデスがー、練習なのでいちいち切るのはもったいないデスから」
そう言いながら、左脚用ブーツの履き口もくつろげ、同じようにブーツを履かせた。
「立ってみてくださーい」
そして、アイリーンが翔の手を取った。
「ポニーブーツはふつうのハイヒールブーツより底は広いデスが、ヒール……踵の部分がありませーん。なので、立ちかたにはコツが……」
言葉の途中で脚に力を入れてみると、思いのほかスッと立ち上がることができた。
「Oh……amazing」
アイリーンが感嘆の声をあげるあいだも、ふらついたりしなかった。
「カケルさん、すごいデース! さすがアスリートデスねー!」
そうなのだろうか。たしかに体幹がしっかりしていると言われたことはあるが、翔にはよくわからない。
とはいえ、褒められて嬉しくなる程度には、翔の思考は単純。
「少し、歩いてみましょうか」
手を取られたままそう言われ、恐る恐る踏み出してみる。
1歩。
カッ。
ブーツの底に取り付けられた蹄鉄がフロアタイルの床を叩く音とともに、意外とふつうに足を運べた。
調子に乗ってもう1歩。
カッ。
またふつうに踏み出せた。
カッ。カッ。カッ……。
そのまま食堂のテーブルの周りを1周したところで、アイリーンが声をかけた。
「歩くこと自体は問題ないようデスねー。では、このまま少し歩法のトレーニングしましょう」
「歩法のトレーニング……ですか?」
「そうデース。ポニーガールの歩きかたは、動きが美しく見えるよう、そのルールが決められていマス。陸上競技だと、そうデスね……競歩に歩きかたのルールがあるようなものでしょーか。歩法のトレーニングとは、それを身につけるためのものデース!」
「あ、なるほど、わかりました」
翔がすぐさま納得したのは、ポニーの歩法が競歩のルールのようなものだという点。
翔はポニー競技が実在する女子スポーツだと思い込んでいる。スポーツ競技に臨むアスリートが、その競技のルールに異を唱えることはありえない。
同時に、それはトレーニング、すなわち練習で身につけるもの。
とはいえ、アイリーンは調教の意味でトレーニングという言葉を使っていた。彼女の言葉は、翔にポニーガールの歩法をトレーニング、すなわち調教で身につけさせるという宣言だった。
翔がその宣言を受け入れたと判断し、アイリーンが口を開く。
「まずは上半身。背中に棒が通ったように背すじを伸ばし、顎は少し上げる……」
そのとおりにすると、アイリーンが翔の腕を取った。
「肘を90度に曲げ、肘から下は水平に。ポニーグローブを着ければ関係ないデスが、今は拳を軽く握って前方に突き出してくださーい」
さらに言われたとおりにすると、アイリーンが満足げにうなずいた。
「それが、ポニーガールの待機姿勢デス。その姿勢から、歩きだすときは、太ももが地面と水平になる程度まで膝を上げ、下に下ろす。まずは前に進まずその場の足踏み、ピアッフェで歩行姿勢を固めましょー」
「はい」
答えて右足を上げ、そのまま下に下ろす。
カッ。
蹄鉄が床を打つ音。
「あと少し、高く上げてくださーい」
その言葉を意識しながら、次は左足。
カッ。
「いいデスねー。そのまま、ピアッフェ続けるデース」
「はい」
コーチに指導を受ける選手の態度で右、左、右。
カッ。カッ。カッ。
「カケルさん、いいデスよー。次は前に進んでみましょー。膝の高さを意識しながら、太ももの長さぶんだけ前方に踏みだす感じで。まずは右……ハイ!」
カッ。
「次は左!」
カッ。
「上半身の形も忘れずに!」
カッ。
「正しい膝の高さを意識して!」
カッ。
「このペースが、ウォーク(常足)デース。この上にはトロット(速足)、キャンター(駈歩)とさらに速いペースもありますが、しばらくはウォークで練習デース」
そう言いながら、アイリーンがパン、パン、パン、とリズムよく手を叩く。
その音に合わせながら、翔がリズミカルに足を運ぶ。
「すごいデース、カケルさーん!」
そうして大きなテーブルの周りを2周したところで、アイリーンが翔をハグした。
上履きの靴を履いていたときはアイリーンが頭半分ほど背が高かったが、踵のないハイヒールのポニーブーツを履いた今は同じくらい。
胸に豊満な乳房を押しつけられてドキッとしたところで身体を離し、アイリーンが満面の笑みを浮かべた。
「はじめてポニーブーツを履き、はじめてポニーの歩行をして、これだけできれば上出来デース!」
アイリーンがそう言って褒めたのは、歩法のトレーニング――翔にとっては練習、アイリーンにとっては調教――をうまくこなしたからである。
うまくこなせば褒める。失敗すれば叱責する。いわゆる飴と鞭は、調教の基本だ。
その飴を与えて、アイリーンは次の調教目標を設定した。
「これなら少し練習すれば、オリエンテーションの部活紹介でポニー競技部を披露できるカモなのデース!」
そして翠《みどり》の瞳を細め、唇の端を吊り上げた。
「明日から、本格的なポニーガールトレーニングしましょー。そのためにも……」
そして妖しく嗤い、翔の目をじっと見て告げた。
「もうすぐ夕食デース。ごはんを食べたらお風呂に入り、休憩したらワタシの部屋に来てくださーい……あ、お尻は特に入念に洗ってね」
「お尻を入念に洗えって……どういうこと?」
寮の大きな湯船に浸かり、翔は不満げに口を尖らせた。
「あたしのお尻が臭かったってこと?」
とはいえ、そういうわけではないだろう。
「英語のスラングを、そのまま直訳しちゃった感じ? 覚悟しとけよ、的な?」
もちろん、そんなスラングではない。
しかし、偶然思いつきで口にした言葉は、あながち間違いではなかった。
このあと、覚悟しなければいけない運命が、翔を待ち受けていた。
「うーん……」
そのことを知らず、翔が大きい湯船の中で伸びをする。
「それにしても……」
自分以外に入寮する者はいないのだろうか。
だとすれば、ほかの人たちは陸上部が廃止されることを確認し、馬野女子学園を避けたのだろう。
「まぁ、ふつうは入学する前に確認するよねぇ……」
自分の迂闊さを悔いてふうとため息。
とはいえ、翔は落ち込んでいるわけではない。
翔がこのまま陸上競技を続けても、大学や実業団から誘いが来るほどの選手にはなれなかっただろう。
その程度のことは、自分でもわかっている。
そもそも高校に進む段階で、県外の陸上強豪校からの勧誘はなかったのだから。
「だから、ここで3年間、ポニー競技をするのもひとつの手かもしれない」
持ち前のポジティブさで、翔はそう考える。
「まだ日本では無名なポニー競技が、そのうち普及するかもしれないし」
ポニープレイが女子スポーツ競技だと思い込んだまま。
「アイリーン先生も、優しそうでいい感じだし」
ポニーガールクラブのミストレスはまだ、翔に『飴』しか与えていないのだと気づかずに。
翔は風呂から上がり、新しい下着を着けて体操着を着、アイリーンの個室に向かった。