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 変態女学院、幼稚園から大学院まで、エスカレーター式で進学可能な名門女子校である。  いや、だったというのが正確かもしれない。  蛹が蝶に変態《メタモルフォーゼ》するように、通うあいだに子どもから大人の女性になるようにとの願いを込めて名づけられた学院も、時代の変化に合わせて変態してきた。  かつては幼稚園から大学まで、ほぼ同じ顔ぶれで過ごしていたが、20年ほど前から中途入学を広く受け入れるようになった。  もともと大学院は、ほかの大学出身者のほうが多かった。大学も、全国各地から入学してくる者が少なくなかった。  そして大学院・大学の前の段階でも他校出身者が増え、中途入学生が在校生の半数ほどを占めるようになった頃、学院史上最大の変態《メタモルフォーゼ》が起こった。  創立以来、学院には校則がない。伝統的に学院生自身がルールを作り、自らで学院生活を管理してきた。  その学院生活の要が、風紀委員会。  長らく風紀委員会は、学院生が守るべきルールを独自の基準で制定するとともに、ルールを逸脱した学院生を取り締まる役割をも担ってきた。  その権限の大きさゆえ、いつしか風紀委員会は絶大な権力を持ち、独善的かつ厳しすぎるルールを学院生に強いるようになっていた。  それに異を唱えたのが、岬蓮香《みさき れんか》。空手の全国大会で上位に入賞した経験を持つ、中途入学の新入生だった。  とはいえ、蓮香に武道の達人らしい武骨な印象はない。  筋肉質に引き締まりつつ、女性らしさも失っていないボディライン。ショートヘアの凛々しい相貌。空手の実績で推薦入学も可能だったにもかかわらず、学力試験を経て入学した彼女は、すぐ学院生たちの注目の的となった。  そんな蓮香が、閉ざされた世界だった学院に新しい風を吹かせた。  中途入学生のみならず、幼稚園以来の生え抜き学院生の一部も彼女に同調。専横が目立つ風紀委員会に代わる民主的な組織として学院生自治会を立ち上げ、1年をかけて浸透させてきた。  そしてこの春、全校集会で自治会は正式に発足。それまで学院に君臨してきた風紀委員会は、自治会が学院生合意のもと制定したルールを執行するだけの組織へと改められた。  以来、3ヶ月。夏休みを迎える頃には、新制度は完全に定着したかに見えたが――。 「風紀委員会室まで来て。風紀委員長が、お話があるとおっしゃっておられるの」  夏休みに入ったばかりのある日、岬蓮香は自治会副会長・首藤理佐《すどう りさ》から連絡を受けた。  理佐の学年は、蓮香と同じ2年生。幼稚園から学院に通う生え抜きでありながら、風紀委員会の独裁に異を唱え始めたときから行動を共にしてきた、いわば盟友である。  そんな理佐が風紀委員長・大田黒房美《おおたぐろ ふさみ》に対して尊敬語を使うのは、彼女も生え抜きの3年生で、ずっと先輩として接してきたからだろう。 (それはともかく……)  房美の話とは何なのだろうか。  学院を束ね君臨してきた風紀委員長らしく、颯爽としつつもどこか冷たさを感じさせる彼女の容姿を思い出しながら考える。  ともあれ、理佐が待っている。  彼女が呼び出すということは、蓮香に聞かせる価値があり、かつ電話やメッセージでは済む話ではないと判断したに違いない。  そう考えて風紀委員会室を訪れた蓮香が見たのは、後手に手錠を嵌められ、猿ぐつわを噛まされ、下着姿に剥かれた理佐だった。 「のこのこと来たわね、岬蓮香さん?」  後ろ手錠の理佐を取り押さえる、大柄な柔道部所属の風紀委員を従え、房美が蓮香を見すえる。 「風紀委員長……これは、いったい?」  空手の心得がある蓮香が身構えると、柔道部員が理佐の首に太い腕を絡めた。 「う……ッ」  猿ぐつわを噛みしめ、理佐が苦しげにうめく。 「抵抗すればこの子がどうなるか……聡明な自治会長さんならわかるわね?」  口の端を吊り上げ、房美が嗤う。 「くッ……」  唇を噛み、蓮香が悔しげにうめく。  ここにいる風紀委員は、房美も含めて5人。ひとりは柔道の有段者だが、蓮香なら全員を打ち倒すことはたやすいだろう。  ただし、理佐を人質に取られていなければ。 「抵抗しなければ、理佐は解放してくれるんでしょうね?」 「もちろんよ。貴女がおとなしく囚われれば、この子はすぐに解放すると約束するわ。でも、あくまで手向かうというなら……」  薄く嗤ったまま房美が目配せすると、柔道部員が理佐の首に回した手にさらに力を込めた。 「うぅ……」  それで理佐が眉間に皺を寄せて苦悶したところで、蓮香は観念して構えを解いた。 「まずは、全部脱いでもらいましょうか」  風紀委員のひとりが用意した椅子に脚を組んで座り、房美が冷ややかに告げた。 「わかっているとは思うけれど……」  従わなければ、理佐が痛めつけられる。  忸怩たる思いで房美を睨みつけながら、制服のセーラー服に手をかける。  胸元のエンジ色のスカーフを取り、三角の胸当て布のホックも外し、近年主流となっている前開きのファスナーを下ろす。 「庶民らしく、貧乏くさい下着ですこと」  普段使いのスポーツブラを揶揄する風紀委員の声を無視して、スカートのホックを外し、ファスナーを下ろしてひと息に脱ぐ。 「躊躇なく脱いで……恥じらいがないのかしらね」  違う。同じ女性とはいえ、人前で服を脱ぐのは恥ずかしい。体育の時間の着替えならともかく、こんな状況ならなおさらだ。  それでも羞恥心を押し殺し、蓮香が迷いなく下着姿になったのは、ためらうことでかえってみじめになると考えたから。加えて、同じように下着姿に剥かれた理佐の心情も慮って。  しかし、そんな蓮香の思いに頓着することなく、房枝はさらに残酷な言葉を投げつけた。 「どうして手を止めるの? 全部脱ぐように命じたでしょう?」  そして、理佐を捉える柔道部員に目配せした。 「ぅう……」  直後、首を絞められた理佐が苦悶した。  そうなると、もう反抗できない。 「くッ……」  唇を噛み、一気にブラとショーツも脱ぎ去って、一糸まとわぬ姿で房美の前に立つ。 「言われたとおり、下着も脱いだわ。約束どおり、理佐を解放して頂戴」  そこで、房美が冷酷に嗤って壁の一箇所を指差した。  蓮香が指の先を見ると、そこには人の背たけほどの金属製の棚――いや、違う。それは一見すると棚のようだが、本や物を置く板の部分が、途中に輪っかが設えられた棒になっている。 「重大な罪を犯した学院生に懲罰を与えるために開発した、風紀委員会特製拘束架よ」  房美がその名を告げると、風紀委員のひとりが拘束架に歩み寄った。  そして棚左側面の蓋を鍵で開けて中のボタンを押すと、通常の棚なら棚板にあたる輪っかつき金属棒が、向かって右側を支点に前後に分かれて開いた。 「言ったでしょう? 貴女がおとなしく囚われれば、この子はすぐに解放するって」  つまり、蓮香を拘束架に捕らえてから、理佐を解放するということだ。 (それは、ダメ)  拘束架は頑丈そうな金属製。あれに囚われてしまえば、蓮香といえども完全に動きを封じられてしまう。 (それに、房美が約束を守る保証はないわ)  蓮香の本能が最大限の警告を発するが、理佐を人質に取られていては、従わないという選択肢はなかった。 「くッ……」  何度めかになるうめき声をあげ、風紀委員に誘《いざな》われるまま拘束架の前に立つ。 「拘束棒の窪みに身体を押しつけなさい」  言われて逆らうことができず従うと、腰を前に突き出し、身体を反らせる姿勢を強いられた。  それから、金属製の拘束棒が閉じられていく。  まずは、人体の急所たる首。  カチリ。  金属どうしが噛み合う音とともに棒が閉じられると、蓮香の首が固定された。  これでもう、拘束架から逃れられない。加えて、首の前が顎より前に大きく突き出し、テーブル状になっているせいで、自分の身体が見えなくなった。  その見えない部分で、ふたりがかりで拘束されていく。  下から足首、脛、太もも。脚を肩幅より少し広い程度に開いた状態で。  上から乳房の下側、おへその少し上。胸を反らせるように、身体より後ろに引かされた腕ごと。  そして、手首と下腹部を捕らえる最後の拘束棒。  そこには女の子にとって、とびきり残酷でみじめなしかけが施されていた。  カチリ。  拘束棒が閉じられた。 「ひッ!?」  直後、女の子の場所に硬くて冷たいものが触れ、短く悲鳴をあげる。  カチカチカチ……。  金属音とともに、硬いものがお股の割れめに食い込んでくる。 「こ、これは……?」 「拘束棒に、お股に食い込ませる縦棒を取りつけたのよ」  とまどいの声をあげた蓮香に、房美が告げた。 「貴女自身には見えないでしょうが、TフロントTバックの金属製ショーツのショーツを穿かせたみたいな見た目を想像してみたらいいわ」  そのTフロントTバックの縦棒が、媚肉とお尻の割れめに食い込まされているのだ。 「く、ぅう……」  ここにきて、初めて蓮香が苦悶する。 「もう、いいでしょう」  そこで房美が声をかけると、股間の食い込みが止まった。  だがそれは、ただ止まったというだけ。無慈悲にも媚肉に完全に埋まった状態で、縦棒は固定されていた。 「くぅう……」  そのせいで、蓮香の苦悶は止まらない。  とはいえ、そこが痛いわけではなかった。苦しいだけでもなかった。  媚肉を割り裂き食い込む金属棒の圧迫感と不快感。その奥に、蓮香がかつて覚えたことのない、なんとも形容しがたい感触がある。  それは硬いが断面は円形で、凹凸やささくれもなく滑らかに仕上げられた棒が、女の子の一番感じるところに食い込む性の刺激。  幼い頃から空手と勉学に打ち込み、性的なものいっさいを遠ざけてきた蓮香は、その刺激の正体に気づけなかったのだ。  そして、初めての性的刺激に襲われる蓮香への拘束は、これで終わりではなかった。  拘束担当の風紀委員が、半円形に成形された金属板を、首枷部分に取りつける。  蓮香の頭を囲うようなそれの側面に設えられた穴に、六角レンチを差し込んで回す。 「正面の私を見ていてね」  房美がそう告げた直後、耳穴になにかが侵入してきた。 「ひッ!?」 「うふふ……耳の穴に金属棒を差し込んで、頭を固定しているの。もう、動かせないでしょう?」  言われたとおり、頭は縦にも横にも動かせなかった。手も、足も、胴体も、ミリ単位でしか動かなかった。  蓮香の肉体は、完全に拘束架に囚われてしまった。 「も、もう……いいでしょう? り、理佐を……解放して」  身体の自由を完全に奪われた状態で蓮香が訴えると、房美が口の端を吊り上げた。 「いいわ。約束どおり、理佐を離してあげる」  房美がそう言うと、柔道部員が彼女から離れた。続いて別の風紀委員が、理佐の両手を手錠から解放した。 「り、理佐……早く逃げて……」  しかし、自由になった手で猿ぐつわを外した理佐は――。 「うふふ……」  これまで蓮香に見せたことのない、妖しいほほ笑みを浮かべた。  ふだんの理佐は、変態女学院の生え抜きとは思えないほど素朴な、ありていに言えば芋っぽい娘である。短く太めの眉の手入れすらしていない幼い顔立ちは、田舎の中学生と言っても通りそうだ。  それが今は、百戦錬磨の娼婦のように見える。 「り、理佐……?」  蓮香が思わずあげたとまどいの声には答えず、妖艶な表情のまま、理佐が房美にかしずいた。 「えっ……り、理佐……どうして?」 「まだ、わからない?」  茫然と発した蓮香の問いに答えたのは、理佐ではなく房美だった。 「理佐、見せてあげなさい」  その言葉に応え、理佐が立ち上がる。  媚びるようなしぐさで蓮香に近づき、両手を後ろに回してブラのホックを外す。  そして、露わになった白い乳房の頂点・乳首には、金のリングピアスが取りつけられていた。  そのリングピアスにぶら下がるのは、同色同素材のプレート。  そこに刻印されていた文字は、『R SLAVE OF F』  おそらく、Rは理佐の頭文字だ。そして、Fとは房美のこと。SLAVEは言わずもがな。 「わかった? 理佐は私の奴隷なの」 「そ、そんな……まさか……」  しかし、プレートつき奴隷のピアスを見せつけられては、疑いようもない。 「い、いつから……?」 「理佐と貴女が出逢う、ずっと前からよ」 「ど、どうして……?」 「強いて言うなら、私は生まれながらの支配者で、理佐が生来、支配されて悦ぶマゾの性癖を持っていたからかしらね」  話はまったく理解できないが、ともあれそれで奴隷になっていた理佐を、房美は蓮香の元に送り込んだのだ。  1年前、新入生だった蓮香が起こした運動が、やがて大きな波になることを予想して。  いったん負けたふりをして、こうして蓮香を捕らえ、逆転を狙うために。 「で、でも……!」  すでに学院生自治会は、職員会議や理事会で公認されている。風紀委員会は自治会の下部組織だと、公式に定められている。  蓮香個人を捕らえたからといって、今さらそれが覆ることはない。 「ほんとうに、そう思う?」 「えっ……」 「職員会議や理事会より大きな力を持つ組織が学院には存在すること、中途入学の貴女は知らないのかしら?」  知っていた。正確には、噂話として聞いたことがあった。  変態女学院OG会。  公式な文書への記載はいっさいないが、教職員はもちろん理事や理事長ですら、その承認がないと採用されないと言われる陰の組織。 「このたびの計画は、OG会の承認を受けているのよ」 「そ、そんな……で、でも……」  房美が蓮香にしていることは犯罪だ。法治国家において、けっして許されることではない。  しかし、そう告げた蓮香に、房美は余裕綽々で答えた。 「問題ないわ……だって貴女は、理佐と同じように私の奴隷に堕ちるんだもの。悦んで私に従い、訴え出るなんて考えられないようになるのだから」 「な、なにを……そんなわけが……」 「ないと思う? でもね、理佐を貴女の元に送り込んでいたのは、その人となりを1年かけて調べるためでもあるとしたら?」 「えっ……?」 「自分ではそうと気づいていないだけで、貴女には理佐と同じ奴隷の資質があるのよ」 「そ、そんなわけが……」  あるはずがない。  だが、そうと言い返すことはできなかった。  拘束架の側に控えていた風紀委員が、拘束装置の最後のピースを嵌めたのだ。 「……あ、ぐッ!?」  言葉を発するため開いていた口に、なにかが押し込められた。  それが三次元の曲面を描き、蓮香の顔の下半分に合わせて成形された金属板の内側に取りつけられていたゴム製の突起だと気づいたときには、それに口中を占拠されていた。 「ン、ぅグッ……!?」  ゴムの突起が、舌を下顎側に押しつける。  そのつけ根部分に設えられたマウスピースが、歯をガッチリ捕らえる。  その直後、カチリと金属音が聞こえて口枷ピースが頭部の反円板に固定され、蓮香は身体の自由に加えて言葉も奪われた。 「しばらくのあいだ、そうしていなさい」  そう言うと、房美は取り巻きの風紀委員と理佐を従えて部屋を出ていった。  それから、静寂が訪れた。  変態女学院は、全館空調が完備されている。そのうえ、風紀委員会室は防音が施されているのだろう。窓を閉めきっていれば、部活等で登校している学院生たちの声も聞こえない。  それは逆に言うと、蓮香が助けを呼んでも、誰にも声は届かないということだ。  それでもはじめ、誰かが来て救い出してくれることを期待したが、それも儚い願いだとすぐ気づいた。  風紀委員会室は、校舎の最上階を占有している。  加えて風紀委員会は、もともと学院の頂点に君臨する、独裁的組織だった。蓮香たちによる改革が成し遂げられてからも、ルールを執行するいわば警察的組織だ。  そんな風紀委員会室を、呼び出されもせず訪れる学院生はいない。 「んぅ……」  そのことに気づき、喋れない口でうめいた蓮香の真ん前には、大きな姿見の鏡があった。  風紀委員会室にかぎらず、学院の校舎内には、至るところに鏡がある。  それは、常にわが身の姿を確認し、身だしなみを整えるため。  そして、拘束架に囚われた蓮香の正面に、たまたま鏡があっても不思議ではない。  いや、違う。鏡は偶然そこにあるわけではない。  房美と風紀委員がいたときは、彼女たちの陰で見えなかったが、鏡はもともとそこに設えられていた。  もともとあった鏡の正面に、房美は拘束架を設置したのだ。全裸に剥いたうえで捕らえた蓮香に、みじめな姿を見せつけるために。  それは、全身のあらゆる部位をミリ単位でしか動かせない蓮香にとって、きわめて残酷な代物だった。  鏡に映るみじめな自分の姿から、目を背けられないのだ。  正確には目だけを背けることはできる。だが視界の端には、拘束架に囚われた全裸の自身が常に見えている。  もちろん、目を閉じれば見えなくなるが、蓮香はそうすることができなかった。  敵地において、自ら視覚を放棄するのは自殺行為だから。  そう考えたのは、目を背けられない自分に対する、蓮香の理性の言いわけだった。  拘束架に囚われ身じろぎひとつできない彼女は、視覚で危機を察知したからといって、なにもできないのだから。 (どうして、私は……)  みじめきわまりない自分から、目を背けられないのか。  そう考えて、先ほどの房美の言葉を思い出した。 『自分ではそうと気づいていないだけで、貴女には理佐と同じ奴隷の資質があるのよ』  そうなのだろうか。だから、奴隷同然の自分の姿から、目を離せないのか。  ふだんの蓮香なら、そんなことをけっして思わなかっただろう。  にもかかわらず、彼女が不埒な考えに囚われてしまったのは、房美の言葉をきっぱり否定できなかったからである。  たとえ口枷のピースを嵌められ、物理的に喋れなくされたせいではあっても、そのことで房美の言葉が刷り込まれてしまった。  もちろん、生まれながらの支配者を自称する彼女が仕組んだことである。  蓮香が否定しようとするタイミングで、風紀委員に口枷ピースを嵌めさせたのだ。  とはいえ、それは蓮香の知らないこと。  囚われの彼女はそうと気づけないまま、房美の手練手管に身も心も翻弄されようとしていた。

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