小説 王国近衛師団第15儀仗隊 ポニーガール部隊 前編 (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-09-16 09:37:59
Edited:
2021-09-16 09:45:27
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2021-10
Content
イラスト版はこちら https://masamibdsm.fanbox.cc/posts/1932452
序
偉大なる王国には、他国に類を見ない部隊がある。
それは近衛師団第15儀仗隊、通称ポニーガール部隊。
もともとポニーガールは、奴隷の職業だった。現在でも王国以外では、奴隷がポニーガールとして馬車を引いている。
それが変わったのは、王国中興の祖とも称される先々代女王の若き日。王族のひとりとして、まだ軍に籍を置いていた頃。
王国に叛旗を翻した地方領主の討伐に向かった際、伏兵に遭い窮地に陥った女王を、2頭のポニーガールが護衛し、見事撤退してみせた。
その後軍を立て直した女王は叛乱を制圧、2頭のポニーガールは士官待遇で軍籍を与えられ、凱旋式で彼女の式典用戦闘馬車を引くという栄誉を得た。
以来、王国近衛師団には、ポニーガール儀仗隊が存在している。
隊員の身分は、正式の軍人。それゆえ、出自は市民以上の階級。
その編成は、1等から3等に分類される。
式典において行進するのは、主に下級市民から選ばれる2等3等のポニーガール。
3等はほぼ馬車を引くことはなく、集団で隊列を組んで行進するのが役目。そこから選抜された2等ポニーガールが、功労ある偉人を乗せた馬車を引く。
対して上級市民や下級貴族の志願者で編成される1等ポニーガールは、式典の展示用、あるいは式典後の饗宴における接待係を務める。
高額の税金を納める資産家たる上級市民や、下級とはいえ貴族の娘が、自ら望んでポニーガールになるのは、饗宴に参加するのが主に王族と上級貴族だから。
彼らの目に止まり、側室、場合によっては正室の地位を得る機会を作れるからである。
2等3等のあいだには流動性があり、地位は常に入れ替わる。訓練の成果が認められ、3等から2等に昇格するポニーガールもいれば、逆に降格する者もいる。
しかし、2等から1等に昇格したものは、部隊の歴史でも数えるほどしかいない。1等から2等以下に降格することも、きわめて稀だ。
それは、1等と2等以下では、役目の性質がまったく異なるから。
歩行訓練を受けていない1等ポニーガールは、2等3等のように行進できない。逆に下級市民出身の2等3等では、王族や上級貴族の接待係は務まらない。
そんな近衛師団第15儀仗隊、通称ポニーガール部隊に、今年も新しく隊員が入ってきた。
ある者は徴用されて、ある者は自ら志願して。それぞれの制服に身を包んで入隊式に参列したあと、新人ポニーガールたちは、厳しい訓練を受けるのだった――。
前編
居並ぶ新人3等ポニーガールを前に、私は毅然と立っていた。
真新しいポニーガール部隊制服に身を包んだ彼女たちの誇り、高揚と緊張を、背中にひしひしと感じながら。
とはいえ、下級市民出身の彼女たちが、3等ポニーガールになった誇りを抱いていられるのは今日までだ。明日からは厳しい訓練に、高揚と緊張を感じる余裕もなくなるだろう。
偉大なる王国には先々代女王の逸話があるため、ポニーガール部隊の地位は高い。
おもに下級市民出身者で編成される3等でも、満期除隊後は生涯、下級役人の給与並みの年金が支給される。2等に昇格して退役すれば、年金が上級役人級に加算されるうえ、税金免除で上級市民の身分を得られる。
だが、もともとポニーガールは奴隷なのだ。
いや王国以外では、今でも奴隷の職業だ。
本来は奴隷の務めであるゆえ、2等3等ポニーガールの訓練は、奴隷調教と同じ内容で行なわれる。
とはいえ、私がその訓練内容を、詳細に知っているわけではない。ただ1等ポニーガール専用官舎の窓から、彼女たちの訓練風景をかいま見ただけだ。
それは私、コレット・ヴァレリーが、1等ポニーガールだからである。
実家は王都の上級市民。とある舞踏会で第9王子に見染められ、婚約にまで至ることができた。
だが、身分の違いは大きい。上級市民と貴族、貴族と王族の婚姻の例は多いが、王国の長い歴史のなかでも、上級市民と王族が正式の婚姻関係になった例はほとんどない。
そこで王室から打診されたのが、1等ポニーガールになることだった。
式典の接待係を主な務めとする1等ポニーガールが、王族に見染められ正式の婚姻に至った例はいくつかある。なにごとにおいても習わしを重視する王室が、その前例を踏襲することを求めたのだ。
それから1年。2等3等のような奴隷調教じみた訓練を受けることもなく、貴族社会で通用する行儀作法とポニーガール装備に慣れる1等の躾だけを受けてきた。
そしていよいよ、今日である。新人ポニーガールの入隊式後の饗宴に、第9王子がやって来る。そこで私を見染めたという体裁を整えたのち、除隊して正式に婚姻――のはずだった。
その騒動が起こるまでは。
それは、入隊式の直後。饗宴までのしばしの時間、休憩を取るため個室の控室の間に戻ったときのできごとだった。
「お嬢さま、失礼いたします」
1等ポニーガールにのみ許されたお付きの女中《メイド》が声をかけ、軍帽を模したヘッドハーネスから、口に噛まされたり馬銜《はみ》を外そうとした刹那である。
「お待ちなさい!」
ポニーガール部隊を指揮する司令官が、近衛師団の憲兵を引き連れて部屋に踏み込んできた。
弾かれたように、女中が私から離れ、頭を垂れて傍らに控える。
私も蹄のグローブを嵌めた手を体側に揃え、ポニーガール正式の待機姿勢で司令官を迎える。
そこで階級では司令官よりひとつ下の、憲兵が私の前に進み出た。
「1等ポニーガール、コレット・ヴァレリー、おまえの父が重大な犯罪に加担していたことが発覚した。よってヴァレリー家の上級市民資格は剥奪され、下級市民への降格が決定した」
「ぅえ(えっ)……?」
驚きのあまりあげた声は、噛まされたままの馬銜に阻まれ、言葉にならなかった。
身体が固まったように動けず、ただその場にたたずむことしかできなかった。
もっとも、展示用礼装の巻きスカートの下に装着された歩行制限装具《クリノリン》のせいで、今の私はヨチヨチ歩きしかできないのだが。
そんな私にも、処分が下される。
「本来、おまえも連行し拷問にかけるべきところ、格段の慈悲をもって部隊預けとすることが決定された」
憲兵に続いて、司令官からも。
「1等ポニーガールの条件は、上級市民以上の身分。その資格を失ったコレット・ヴァレリーは、3等ポニーガールに降格とする。以後3等の徴発ポニーガールとして、本年度採用の新人と一緒に訓練を受けることを命じる」
無慈悲に宣告され、1等ポニーガールの肩章を剥ぎ取られた。
胸の頂にあたる位置に取りつけられた、黄金の飾りも外された。
1等にしか許されない展示用礼装の巻きスカートも、むしり取られた。
歩行制限装具が外されなかったのは、それが直接階級を示すものではないゆえ。加えて、逃亡を防ぐための拘束具としても使えるからだろう。
3等ポニーガール装備の上に歩行制限装具だけの姿にされた私の両手を、部隊付き衛兵がつかむ。
「ぅえぃぉう(無礼者)!」
言葉にならない声をあげて抗おうとしても、無駄なあがき。
つかまれた腕を背中に回され、蹄のグローブの手に、革の手錠を嵌められてしまった。
「ぉうぃえ(どうして)……?」
こんなことをするのか。
馬銜の端に設えられた金具につながれた手綱を引かれ、控えの間から引き出されたところで、私はその理由に気づいた。
部隊が隊列を組んで後進できそうなほど広い廊下には、騒ぎを聞きつけて出てきた関係者。
彼ら彼女らが固唾を呑んで見守るなか、私は手綱を引かれて連行される。
(こ、これは……)
要するに、見せしめなのだ。
1等ポニーガールだった私が3等の身分に落とされ、拘束されて連行されるさまを、部隊関係者に見せつける晒し刑なのだ。
そうと気づいた私の手綱を、憲兵のひとりが引く。
もうひとりが、後手の革手錠につないだ革紐を握る。
1等としてはもちろん、ポニーガールが受ける仕打ちではない。
2等3等なら手綱を引かれることはあるが、後手に縛られることはない。
おまけに歩行制限装具のせいで、ポニーガールの歩法を守って歩くこともできない。
そもそも1等ポニーガールとして入隊した私は、歩法の訓練を受けていない。
3等ポニーガール以下の、完全に罪人としての引き回し。
(私はかつて一度……)
これと同じ仕打ちを受けたポニーガールを見たことがある。
彼女は自ら志願したのではなく、徴発されて連れてこられた地方出身者だった。
それが厳しいポニーガールの訓練に耐えかね、隙をついて部隊を脱走。だがほどなく囚われた。
そして、今の私のように拘束され、市中を引き回されて連れ戻された。
そのとき私が彼女に向けた軽蔑の視線を、今は私が向けられている。
彼女にかけられた侮辱の言葉を、今は私が浴びせられている。
悔しい。つらい。悲しい。
耐えかねてうつむくと、馬銜を噛まされた口の端から、ゴポリと涎が溢れた。
それを飲み込む術《すべ》もなく、溢れた涎は光沢ある伸縮素材の制服に包まれた胸に落ち、球となってすべり落ちる。
そのことも揶揄されながら、広い廊下を引かれていく。
たぶん、いやきっと、事件そのものが仕組まれたものだ。
私と第九王子との婚姻が成立すれば、放っておいても王女の父としての特権が手に入る。そんな時期に、父が危険な犯罪に手を染める理由がない。
一方で私が王子と結婚したら、特権を失なう者もいるだろう。その者どもが、父と私を罠に嵌めたに違いない。
とはいえ、馬銜を噛まされたままの私には、そうと訴える術はなかった。
いやもし喋れても、3等ポニーガールの身分に落とされた私の言葉など、誰も聞く耳を持たないだろう。
みじめな拘束引き回しで心を折られ、すべてを諦めて連行されていく。
豪奢な造りの1等専用官舎を出て、頑丈さだけがとりえの質素な3等官舎へ。
過去ほとんど例のない1等からの降格を命じられ、拘束されて連行される3等ポニーガールに対する好奇の視線と侮蔑の言葉を浴びながら。
乱暴に扱われて連れ込まれた3等官舎――いやそれは官舎というより馬小屋、あるいは馬房と呼ぶべき代物だった――で、私は後手の拘束を解かれ、歩行制限装具も外された。
「ここで待機せよ」
そしてそう告げられ、壁に設えられた金具に手綱を結びつけられて、私は放置された。
「ぅ、うぅ……」
低くうめき、私は涎と涙をこぼした。
悲しい。
王族にかかわる権力闘争に巻き込まれ、第九王子との婚姻が立ち消えたことが。上級市民から下級市民へ、1等ポニーガールガールから3等ポニーガールへ転落したことが。
怖ろしい。
実質的には奴隷調教とも言える、3等ポニーガールのきつい訓練が。これから自分を待ち受ける、徴発3等落ちの過酷な運命が。
そして、つらい。
私の顔の高さほどの位置に設えられた金具に手綱を結びつけられ、放置されていることが。
ポニーガールの装備のひとつ、馬の蹄を模したブーツは、踵のないきわめて不安定な超ハイヒールである。
それはいきなり履かされたら立ち上がることすら困難な代物なのだが、1等ポニーガールの躾の成果で、私は姿勢を正して起立できるようになっていた。
とはいえそれは、あくまで式典や饗宴の時間内のこと。おまけに、そのあいだ歩行制限装具を装着していることも相まって、歩きまわることはない。
巻きスカートを着けた状態が展示用礼装と呼ばれているように、1等ポニーガールの務めは展示されることにより、賓客の目を愉しませることなのだから。
しかし今日は、ポニーガールのブーツのまま、長い距離を連行された。ただでも負担がかかりがちな足には、かつてない疲労が蓄積している。
ほんとうならブーツを脱いで寛ぎたいところだが、今は脱がしてくれる女中はいない。1等ポニーガールと違い、3等に専属女中は付かない。ブーツと同じく蹄を模したグローブのせいで、自分で脱ぐこともできない。
ブーツを脱げなくても、せめて腰を下ろして足を休めたいが、手綱を短く金具に結びつけられたせいで、それも叶わない。
せいぜいできるのは、鼻先が擦りそうなほど壁に近づいたうえで、床に膝をつくことのみ。
だがそれで足はいくぶん楽になるが、すぐに膝が痛くなってくる。
じきにその痛みに耐えられなくなり、再び立ち上がる。すると再び足がつらくなり、また膝を落とす。
そんなことを何度か繰り返すうち、身体が熱くなってきた。
考えてみれば、それはあたりまえのこと。きわめて不安定なブーツを履いたまま、屈伸運動を繰り返しているようなものなのだから。通気に乏しいポニーガール制服のなかに、運動で生まれた熱がこもり――。
実のところ、それだけではなかった。
それは私の肉体が、性的に昂ぶり始めているせいでもあった。
私のウエストを締めあげるポニーガール制服のコルセット。その一番くびれた部分に留められた金属ベルトから下に伸びる革ベルトは、きつく股間に食い込んでいる。
立ったり膝をついたり、屈伸運動を繰り返すことで、そのベルトが伸縮素材のスーツごしに、女肉を擦るのだ。
その刺激で、私のオンナの本能が煽られ、肉の奥に熱が生まれているのだ。
だが私には、性の体験がなかった。体験どころか、知識すらほとんどなかった。
だから、経験と知識のあるオトナのオンナなら理解していたであろう事実に、私は気づいていなかった。
自分の肉体が変化し始めていると知らないまま、立ったり膝をついたり。
何度も何度も繰り返すうち、その間隔が短くなっていく。それにつれ、肉にこもる熱も大きくなっていく。
「はふ、はふ……」
次第に、呼吸が荒くなってきた。
「はふ、はふ……」
馬銜の端から、涎を吹き出す。身体から、顔から、汗が噴き出す。
もはや顔を濡らす液体が、涙か涎か汗か判別できない状態。
そのときである。
木製の扉が乱暴に開け放たれ、ひとりの女が入ってきた。
軍用ではない薄汚れた作業着。3等ポニーガールの指導教官などではなく、雑用係の民間人なのだろうか。
「水の時間です」
1等ポニーガールだった頃には存在を意識すらしなかった女が、ぞんざいに告げて歩み寄る。
「顔を上げてください」
言われても意味がわからず、呆然とたたずんでいると、ヘッドハーネスの軍帽部分をつかんで、顔を上に向けられた。
「こうしないと、馬銜を噛んだまま水を飲めません」
そして、桶から柄杓ですくった水を、馬銜の隙間から流し込まれる。
いや正確には、顔に水をかけられたと言うべきだろう。その一部が、口に流れ込んでくる感じ。
当然、そのあいだ息はできない。
「んぅ、んっ……」
口中に流れ込んでくる水を必死で飲み下し。
「んあッ……」
息を継いだところで、もう一度。
「んっ、んッ……んあッ!?」
流れ込む水を飲み下し、息を継ぐ。
苦しい、苦しい。
言葉遣いは丁寧だが、扱いは手荒だ。
とはいえ、私がむせかえったりしないのは、雑用係がこの手の作業に慣れているからだろう。おそらく彼女は毎日、何十人もの3等ポニーガールに、こうして水を飲ませているのだ。
やがて作業が終わり、女が出ていく。
水分を補給できたことと、顔がずぶ濡れになったおかげで、肉の熱がいくぶん冷めた気がする。
それで少しばかり落ち着きを取り戻し、今しがたの雑な作業を思い出すと同時に、あらためて自分がそういう扱いを受ける身分に落とされたのだと痛感させられた。
そのことに打ちひしがれていたのもわずかのあいだ、足のつらさに立ったりひざまずいたりを繰り返すうち、また肉の奥が熱くなってきた。
「はふ、はふ、はふ……」
呼吸が荒くなるにつれ、頭がぼうっとしてきた。
それは、通気性に乏しいポニーガール制服の中に熱がこもっているからか、それとも別に理由があるのか。
わからない。私にはわからない。
わからないが、もうどうでもいい。
私がものごとを深く考えられない状態に陥り、ただ屈伸運動を繰り返すだけの存在になりはてたところで、次なる試練の刻《とき》が訪れた。
ポニーガール部隊の正式名称は、王国近衛師団第15儀仗隊という、軍の正式部隊である。
軍の組織である以上、上下関係はすべて階級で決まる。
ポニーガールに軍人としての階級はないが、1等2等3等は肩章に違いがあり、それぞれ少尉・伍長・一兵卒と共通のものとなる。
要するに、1等ポニーガールは少尉待遇。2等3等はそれぞれ、伍長や一兵卒と同じ地位にあたるということだ。
1等と2等3等の差がきわめて大きいように思えるが、もともとの身分に差があるうえ、双方にほとんど流動性はないので、まったく問題はない。
作業着姿の雑用係が去ってしばらくして私の前に現われたのは、軍曹の階級章をつけた下士官だった。
つまり、今日の昼までは私よりずっと下だった者。1等から3等に落とされた今は、2階級上の上官。
「3等ポニーガール、コレット・ヴァレリーだな。私がきさまの訓練を担当する、アラベル軍曹である」
右手に乗馬鞭を構えた女下士官が、尊大な態度で私の前に立つ。
「これより除隊の日まで、きさまが本名で呼ばれることはない。第45期の3等ポニーガール39番。これが今日からきさまを表わす記号だ」
そして無慈悲な事実を告げ、愕然とする私のようすを気にも留めず、言葉を続ける。
「便宜上、訓練中は単に39番と呼ぶので、そう呼ばれたら正しいポニーの姿勢で答えるように。わかったか、39番!」
「ぅおんあ(そんな)……」
あまりの仕打ちにうめき声でつぶやいた直後、アラベル軍曹が鞭を振るった。
ヒュン、と空気を切り裂く音。
ピシッ、と鞭が私の肩口に炸裂する。
「ぅグッ!?」
鋭い痛み。ポニーガール制服ごしの打擲に、鞭本来の威力はないのだろうが、それでも私には衝撃的だった。
「私の言ったことが、わからなかったか!? わかるまで、鞭で打ち続けられたいか!?」
そう言われると、もうためらってはいられなかった。
「もう一度問う、わかったか、39番!」
「ぅあ(は)ッ!」
繰り返された問いかけに、背すじを伸ばし、蹄を模したグローブの手を体側に揃えて前方に突き出したポニーガールの姿勢で答える。
するとアラベル軍曹が、満足したようにうなずいた。
同時に、再度の鞭打ちを回避できたことに、胸を撫で下ろす。
実のところ、それはポニーガール訓練――実質的には奴隷調教――に卓越した技能を持つ、アラベル軍曹の手練手管だった。
はじめに鞭の痛みを教えておくことで、痛みに慣れていない初心者は痛みを怖れて従順になる。
新人3等ポニーガールたちはもちろんそうだし、あくまで躾の域を出ない1等ポニーガールの訓練しか受けていない私もそうだ。
そして、奴隷調教の勘所は飴と鞭。熟練の調教師たるアラベル軍曹は、飴の味を覚えさせることも忘れない。
とはいえ、それが飴だと私が理解するのは、しばしのちのこと。そのときはただ、鞭の恐怖に震え、なすがままでいるだけだった。
「ふむ……」
意味深な表情で、アラベル軍曹が私の顔を覗き込む。
私が踵のない超ハイヒールのブーツを履いていてなお、その顔は同じくらいの高さ。お互い裸足なら、彼女のほうがずっと長身だろう。
そして、目の力が強い。
まるで獰猛な肉食動物に睨まれたか弱い小動物のように、私はすくみあがって動けなくなってしまう。
そんな私に、アラベル軍曹が声をかけた。
「ずいぶんお楽しみだったようだな?」
「ぅえ(えっ)?」
「顔に官能の名残りがあるぞ?」
はじめ、官能という言葉の意味がわからなかった。
わずかのあいだ考え、それが性の悦びを表わす言葉だと気づいた。
「ぅおんあ(そんな)……」
反射的にあげかけた声を、アラベル軍曹は聞き逃さなかった。
「私の言葉が間違っているというのか?」
鞭を見せつけて問い詰められ、震えあがって首を横に振る。
するとアラベル軍曹は唇の端を吊り上げ、股間の縦ベルトをつかんで軽く引き上げた。
「んグ、んぅうッ!?」
ビリビリと痺れるような感覚が股間に走り、変な声を漏らしてしまった。
「おぇあ(これは)……?」
駆け抜けた感覚がなんなのかわからず、とまどいの声をあげると、アラベル軍曹が妖しく嗤った。
「おまえ、もしかして自分が感じていることもわからないのか?」
「ぅえ(えっ)……?」
「おまえは感じている。おまえの肉体は、性の快感を覚えているんだよ」
そして、もう一度。
引き上げられたベルトが、制服ごしに女肉を擦りながら食い込む。
食い込んで、そこに痺れるような感覚を生む。
「ぅグッ、んぅああッ!?」
そうしようと意図せず、声が漏れていた。
「んぁあ、ぅあぁあッ!」
つかんだベルトをくいっくいっと繰り返し引かれ、あられもなく喘いでしまった。
「ずいぶん、気持ちよさそうに啼くねえ」
声を抑えられない私に、アラベル軍曹がいやらしくささやく。
「淫部にベルトを食い込ませただけで、こんなに大きな矯正をあげるとは……今朝まではお上品に取りすましていたくせに、淫らな本性を隠していたんだな?」
違う。私は淫らじゃない。
しかし、そう言い返すことはできなかった。
噛まされた馬銜のせいで、声は言葉にならないから。それ以上に、口答えを反抗と捉えられ、鞭の罰を受けるのが怖ろしかったから。
実のところ、それは立ったり跪いたり、屈伸運動を繰り返していたせいである。
それで女肉がベルトで擦られ、知らず知らずのうちに肉が昂ぶっていたからである。
性の経験も知識もないゆえ気づかなかった肉の火照りが、いまだ冷めきらずくすぶり続けてていたため、ベルトで強く擦られ食い込まされて一気に燃え上がってしまったのだ。
それは健康な女性なら誰にでもある生理現象。特別淫らな者だけに起こることではない。
だがその事実を、私は知らない。
アラベル軍曹は知っているが、教えてくれない。
「おまえの肉体はいやらしいんだ。おまえは淫らなんだ」
事実を知らず教えられないまま、アラベル軍曹がベルトを繰り返し引く。
「あぅ、あぅあぅあッ!」
その行為が、性の快感を生み続ける。
そこに生まれた快感が、ゾクゾクと駆け抜ける。
気持ちいい。気持ちいい。
私はもう、はっきりと性の快楽を認識していた。させられていた。
(ど、どうして……?)
これほど気持ちよくさせられるのか。
わからない。事実を知らず、教えられていない私は、襲いくる快楽に翻弄されるばかり。
「あっ、あぅぁああッ!」
少しずつ、快楽が大きくなる。
「あぅあッ、ぅあぁあッ!」
大きくなった快楽が、私を酔わせる。
「いやらしい肉体の39番……淫らな39番……そんなおまえだからこそ、自分が感じていると気づかないまま、官能を高めていたんだ」
快楽に酔い蕩け始めた頭に、アラベル軍曹の言葉が沁み込む。
その言葉を、私は否定できなかった。
馬銜のせいで声が言葉にならないからでも、否定を反抗と捉えられて鞭打たれるのが怖かったからでもなく、否定しようとすることができなかった。
それは、自分が性の快楽を覚えていると認識させられていたせい。
否定できない私は、沁み込んでくる言葉に染められていく。
(私の肉体はいやらしい……私は淫ら……)
心のどこかで、そう思わせられていく。
そしてその思いが、私のなかではっきりとした形となったときである。
「そろそろ、頃合いだな」
アラベル軍曹が妖しく輝く目を細め。
「一度、イッとくか?」
「ぅえ(えっ)……?」
イクという言葉の意味がわからず、言葉にならない声をあげた直後、今までより強くベルトを引かれた。
とたんに襲いくる、快楽の大波。
「んぅんムぅううッ!?」
大きな快楽に飲み込まれ、目を剥いて喘ぐ。
「ぅンぅンむむむッ!?」
飲み込まれて押し流され、前後不覚に陥っていく。
踵のない超ハイヒールブーツで、つま先立ちを矯正された脚が震える。
体側に揃えて肘を曲げ、蹄のグローブを前方に突き出した腕がこわばる。
「あぃぉええ(なにコレえ)ッ!?」
かつてない肉体の変化にとまどったところで、アラベル軍曹が股間ベルトを女肉に食い込ませながら、小刻みに振るわせた。
快楽がさらに大きくなる。
もう、抗えない。抗おうと思うことすらできない。
脚がガクガクする。膝が崩れそうになる。
「ポニーガールの姿勢を保て! さもなくば罰だぞ!」
ベルトを振るわす手は止めず、もう一方の手で鞭を見せつけて恫喝され、体勢を立て直そうと――。
そこで、なにかが来た。
いや、私がたどり着いたのか。
大いなる快楽に飲み込まれ、押し流された果て。
身体がふわふわと浮いているような。浮きながら、どこまでも落ちていくような。落ちながら、際限なく昇っていくような。
己の肉体が自分で制御できていないような、不思議な状態に陥ってしまった。
「ンぅンぁあぁああッ!」
馬銜を噛みしめ、口の端から涎を吹き出し、あられもない嬌声をあげながら――。
かぎりなく不幸でみじめな境遇なのに、なぜか奇妙な幸福感に囚われながら、私は恍惚の世界にたどり着いた。
「姿勢を保てなかったな、39番?」
そう言われてハッとすると、抱きしめられるような体勢で、アラベル軍曹に支えられていた。
「ぁう……ぁあぃ(私)……」
「今のがイクということ。オンナが味わえる、至上の快楽、絶頂だ」
言われて、得心した。
あれが至上の快楽だから、みじめな状況のなかでも、幸福感を覚えたのだ。
理屈ではなく本能でそうと理解したところで、少しずつ醒めてきた。
同時に、とてつもない痴態を晒したことへの後悔と、ポニーガールの姿勢を保てなかったことに対する罰への恐怖に囚われた。
「ぁあ……ぉうぃあえ(もうしわけ)……」
喋れない口で失態を詫び、自立しようとしたところで、よろめいてしまった。
「ククク……いまだ力が入らないようだな。いいだろう、姿勢を保てなかった罰は保留にしてやる」
すると思いがけず寛大な言葉をかけ、アラベル軍曹は片手で私を支えたまま、もう一方の手で手綱の結びめを解いた。
そして、ぐったりした私を床に座らせると。
「のちほどまた来る。しばし休息せよ」
そう言って、私の官舎――というより馬小屋のような小さな部屋――を出ていった。