近所のカフェには変なテーブルがあります 後編(イラストつき) (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-04-30 22:35:32
Edited:
2023-12-31 23:27:16
Imported:
Content
後編
拘束の身を涼子さんに誘われ、奥の部屋からカフェの店内に向かう。
ついにこれから、人間家具にされるのだ。
その前段階として、私はすでにラバースーツとコルセット、全頭マスクを着けられ、アームバインダーで拘束されているのだ。
ラバースーツのゴムの膜は、私の全身にみっちりと貼りつき、軽く締めつけている。
コルセットは私の胴体をきつく絞り、ふだんよりずっと細くウエストメイクした状態で、背すじを伸ばした姿勢を強制している。
見た目上まったく開口部がない全頭マスクを被された私は、口の部分に設えられた金属製の筒により、言葉をも失っている。
さらにアームバインダーにより左右の肘がくっつくほど厳しく腕を拘束され、上半身は固められたように動かせない。拘束が厳しすぎて、すでに肩と腕に怠さを感じ始めている。
そんな状態で奥の部屋を出て、カフェの店内に向かう短い廊下。
その突き当たりに黒光りするラバー人形の姿を見て、私は息を呑んだ。
(いえ、違う……)
あのラバー人形は、私だ。
ラバースーツを着せられ、コルセットでウエストを締められ、全頭マスクを被され、アームバインダーで拘束された私が、そこにある鏡に映っているのだ。
(な、なんて……)
憐れで、惨めで、残酷な姿なのだろう。
そんな状態に貶められているのは、間違いなく私。
無惨なラバー人形と化した私が、人間家具にされるため、廊下を連行されているのだ。
そう実感して、ズクンときた。
一瞬で頭が蕩けた。肉の奥に生まれていた熱が蜜と化し、女の子の場所からジュンと溢れた。
だが、鏡の中のラバー人形は、なにも変わらない。
表情も変えず――いやもともと表情もなく、テカテカと光沢を放ちながら、ただヨチヨチと歩くのみ。
そのことに衝撃を覚えると同時に、ますます昂ぶりながら、涼子さんに引き立てられてカフェの店内へ。
「正座には慣れていますか?」
前の来店時に人間テーブルがあった場所に私を立たせ、涼子さんが訊ねた。
その問いにコクンとうなずいたのは、私は高校時代茶道部だったからだ。
「どれくらい時間、正座し続けられますか? 1時間?」
その質問にも、もう1度。
「2時間なら?」
さらに問われてもうなずいたのは、それくらいの時間、正座を続けていた経験があるから。
「そう、よかったわ。ふつうの子は、まず正座に馴らすところから始めないといけないから……貴女が正座に慣れていらっしゃるなら助かります」
そう言いながら、涼子さんが人間テーブルの部材を運んできた。
まずは上3/4くらいの位置に、中央に切り欠きのある半円状の板が取りつけられた、太さ10センチほどの柱。
床に設えられていた蓋を開け、その位置に柱を立て、涼子さんが私に声をかける。
「この柱を背負うように、正座してください」
言われて涼子さんの手を借りて正座し、アームバインダーごしに腕を柱にくっつけると、首が半円板の切り欠きにピッタリと嵌った。
「身体を固定していきますね」
そして、上半身を柱に縫いつけられていく。
胸。乳房の上下をベルトでギッチリ締めあげられると、肉塊が絞り出され、ラバーの膜がいっそうミッチリ貼りついた。
お腹。コルセットの上からきつく柱に縛りつけられ、苦しさが増すとともに、その場所からまったく動けなくなった。
太ももと脛。正座を崩せないよう、2箇所でキッチリ拘束された。
半円板の切り欠きに嵌り込んだ首でも、首輪を着けるようにベルトを締められた。
頭も後頭部の板に固定され、その上に円形の板を取りつけられた。
さらにすべてのベルトのバックルに、南京錠がかけられていく。
カチリ。カチリ。
小さな金属とともに施錠されるほどに、もう逃げられないんだけどいう絶望感に囚われていく。
ラバースーツとアームバインダーに施錠されたときは、人間テーブルの中身に気づいたお客が、戯れにマスクを脱がそうとするのを防ぐためと考えた。
だがもしかすると、被拘束者に絶望感を与えることが、ほんとうの目的なのかもしれない。
とはいえその絶望感すら、厳重拘束をともなう人間家具に魅入られた私には心地いい。
同時に、アームバインダーに閉じ込められた手に握らされたスイッチを押せば、いつでも助けてくれるという安心感もある。
安全安心のなかで、愉しめる絶望感。まったく動けない、絶対的な拘束感。
それが、私を酔わせていく。
酔わせられながら、完全なる人間家具に変えられていく。
続いて涼子さんが手にしたのは、単体の半円形の板。
おそらく、切り欠きに首を嵌めた板と、対になるものだろう。ふたつを組み合わせることで、テーブルの丸い天板になるのだ。
その予想どおりに、顎の下に半円板があてがわれた。
カチッ、と金具が噛み合う音。ふたつの半円板が合体し、円形の天板ができあがる。
同時に首が天板の中央に嵌り込み、頸椎コルセットを着けられたように、頭がガッチリ固定された。
だがそれで、テーブルとして完成したわけではない。取りつけられる部材は、まだ残っている。
それは、大小ふたつの筒。そのうちのひとつ、下部に6箇所穴が穿たれた、小さいほうの筒を涼子さんが手にした。
その側面の1箇所――穴が穿たれた場所を正面だと仮定して――に涼子さんが小さなピンを差し込むと、筒がふたつに分かれた。
「これを嵌めると、貴女はなにも見えなくなります」
そう言いながら、涼子さんが筒の半分が後頭部にあてがう。
カチリ、と音がしたのは、頭に乗せられた板と噛み合ったのだろうか。
「ですが、呼吸は確保されますので、ご安心ください」
それは、6つの穴があるからだろう。
その半分の筒が、視界の大半を占拠した。
呼吸孔から光が漏れ、真っ暗闇になるわけではなさそうだ。
とはいえ、その位置は口の筒の前あたり。筒が完成すれば、涼子さんの言葉どおり、なにも見えなくなるだろう。
だが、怖くない。
涼子さんがあらかじめ、そうなることを予告してくれたから。
それになにより、完全な人間家具に、テーブルになれることへの期待感が大きいから。
カチリ。
筒が固定された。
続いて、ゴトゴトと音。
なにも見えないが、身体を覆うための大きいほうの筒が取りつけられているのだと理解する。
カチリ、カチリ。
その筒も固定され、頭の上の板をコンコンと軽く叩かれて。
「完成しました。これで貴女は完全なる人間家具に、ただのテーブルになりはてました」
「んふぅ……」
その言葉に蕩け、顔を覆う筒の中で熱い吐息を漏らしたところで、涼子さんが宣告した。
「それでは、開店します。せいぜいテーブルとしての務めをはたしてくださいね」
ウィンドウに下ろされていたロールスクリーンが開けられる。
扉のロックが解除され、カフェが開店する。
(いよいよ……)
私は人ではなく、カフェのテーブルとして使用される。
とはいえ、裏通りでけっして流行っているとはいえないカフェに、すぐお客さんが訪れることはなかった。
でも、私にはそれで充分。
ここで、こうして人間家具としてあれることだけで、私の肉は昂ぶり、精神は高揚している。
「んふぅ、んふぅ……」
全頭マスクの鼻の呼吸孔から、熱くて甘い吐息を漏らす。
「んふぅ、んふぅ……」
息を吸い込むために胸郭を膨らませるたび、胸のベルトがギチッと食い込む。
とはいえ、漏らす吐息の音は、頭を覆う筒の外には届いていないだろう。呼吸に合わせて胸が膨らむさまも、身体を包む大きい筒の外からは見えていない。
初めて来店したときの私のように、誰もテーブルの中身が人だとは思わないに違いない。
今の私は、カフェの備品。店内に設置された、変わった形のテーブル。それ以上でもそれ以下でもない、完全なる人間家具。
その事実がさらに、私の肉を昂ぶらせる。
昂ぶらせ、官能の焔で炙る。
熱い、熱い。炙られ火照る肉が熱い。
暑い、暑い。ラバーの膜に覆いつくされ、家具の部材に包まれて暑い。
だが、きつく縛《いまし》められた身体は、ピクリとも動かせない。
すべての拘束具と部材を施錠され、厳重拘束から逃れる術《すべ》はない。
誰かに助けを求めようにも、口を支配されて言葉も奪われた。
ただひとつ、アームバインダーに閉じ込められた手に握らせられたスイッチ以外、意思を伝える方法はない。
身も心も人間家具に貶められた私が、肉の奥に生まれラバースーツと家具の部材の中にこもる熱もあいまって、いっそう蕩け始めたときである。
いよいよ、私が正真正銘のテーブルとして使用される機会が訪れた。
扉が開く音。
「いらっしゃいませ」
涼子さんの声。
ふたりぶんの足音が近づいてくる。
涼子さんが、お客を案内しているのだ。私を閉じ込める、人間テーブルの席へと。
「うちは紅茶が自慢なんですよ。あと、このテーブルもね」
私にしたように、涼子さんが誰ともしれないお客に声をかける。
「変わった形のテーブルですね」
「ええ、イタリア製のモビリ・ウマーニですわ」
「モビリ、ウマーニ?」
「はい、日本語に訳すと人間家具ですね」
私のときと、ほぼ同じ会話を交わす。
しかし、その先は違った。
「へえ……だから、正座した人の脚みたいなパーツがついているんですね」
人間テーブルの前に座った女性客の返答は、私とはまったく違うものだった。
それに対し、涼子さんがどんな表情をしているのかはわからない。
完全なるテーブルにされた私にわかったのは、やはり涼子さんの言葉は、『こちら側の人』を見つけるためのリトマス試験紙のようなものだったということ。
それに私は、反応してしまった。
対して私の前に座る彼女は、反応しなかった。
それで、あらためて自分が特殊な性癖を持つ特別な人間なのだと思い知らされながら、私はテーブルとしてあり続ける。
人としては認識されることなく、ただのテーブルとして使用される。
そのことが、今は嬉しい。
そう思えるだけで、ますます蕩ける。
肉の芯がさらに熱くなり、そこから染みだす蜜の量も増える。
「んふぅ、んふ、んふん……」
鼻の呼吸孔から漏らす吐息に甘みが増す。
「んぅ、んふぅん……!?」
思わず嬌声をあげそうになり、必死で声を飲み込んだ。
さすがに声をあげてしまえば、女性客に気づかれてしまうだろう。
そう考えて、筒のマウスピースを噛みしめて声を抑える。
そのあいだも、どんどん肉は昂ぶっていく。
私の性感は、高められていく。
「んふん、んんっ……!?」
そのとき、なにかが来た。
いや違う。私がたどり着いたのだ。
低い低い性の頂。小さな絶頂。いわゆる『軽くイッた』という状態。
ビクン、と身体が跳ねる。
しかし厳重に拘束された身は、微動だにしない。
私が軽くイッたことは、誰にも伝わっていない。
人間家具のまま、ただのテーブルとして使用されながら、私は恍惚に押し上げられた。
なんて幸せなのだろう。
ふつうの行為でたどり着いた恍惚より、ずっと幸福感が大きい。
小さな絶頂なのに、とてもとても深く酔ってしまう。
(それは、きっと……)
人間家具のまま、イッたから。
『貴女は、こちら側の人ですわ』
涼子さんに言われたとおりだ。
『こちら側の人』だから、私はこうなってしまうのだ。
あらためてそのことを自覚しながら、いやさせられながら、私は恍惚の世界を漂った。
それから、どれほどの時間が経過したろう。
はじめの女性客は、すでに退店した。しばらくして来店したふたりめのお客も、今はもういない。
ここにテーブルとして置かれてから1時間か、あるいは2時間か。身体の自由を奪われ、言葉も視界も失った私には、正確な時間経過はわからない。
何度も何度も小さな絶頂に達し、恍惚に酔わされ、時間の感覚は失われた。
とはいえ、いかに正座に慣れた私でも、ふだんなら耐えられなくなっていただろう。
しかしなぜか、今は脚に痛みを感じない。脚だけじゃなく、早々に怠さを覚えていた肩も腕も、それほどつらくない。
それはきっと、悦びが苦痛に勝っているからに違いない。
完全なる人間家具にされ、ただのテーブルとして使用される悦びで、苦痛を感じなくなっているのだ。
それほどまでに、私は厳重拘束のうえでの人間家具状態に酔っている。
酔いながら、性的に感じている。
そして、自分を待ち受ける未来も悟っている。
このあと、涼子さんに人間家具であり続けるよう、誘われるのだろうと。
そしてそのとき、どう答えるかも、私はすでに心に決めていた。
(了)