近所のカフェには変なテーブルがあります 前編 (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-04-30 22:31:15
Imported:
2021-10
Content
前編
大学生の私が、通学路にあるマンションの1階にそのカフェを見つけたのは、ある晴れた日のことだった。
(そういえば……)
数日前から、内装工事が行なわれていた気がする。
前はどんな店だったかは思い出せないが、それでこんな小洒落たカフェができたのだろう。
とはいえ私がいつも利用している通学路は、けっして人通りは多くない。カフェが大々的に開店を宣伝していたということもない。そのせいか、真新しい店内は閑散としている。
(この店、大丈夫かな……)
そんなことを考えながら、ぼうっと見ていると、私に気づいた美人の店員さんがにっこり笑った。
「いらっしゃいませ、休憩していきませんか?」
白いシャツに黒のタイトスカート、アースカラーのエプロンを着けた女性が、扉を開けて声をかけてくる。
「オープン記念キャンペーンで、特別にサービスさせてもらってますので」
そう言われ、特に断る理由もなかったので、誘われるまま店内に入る。
そこで、私は違和感を覚えた。
シンプルなデザインだが、座り心地のよさそうな椅子。
それの木部と同色同素材のテーブル。しかし、その形はいっぷう変わっている。
丸い天板の中央には、柱のような筒。その下の脚部は、上部の筒よりふた周りほど太い。
さらに台座部分からは、光沢ある黒い物体がはみ出している。
(まるで、正座した人の膝のような……)
そう感じながらも、口にすることははばかられ、黙って席に着いたときである。
「……?」
なんとなく、テーブルから温もりを感じた。
(天然の木を使っているから……?)
いや、違う。元の素材は木だが、テーブルは合板製だ。
それに私が感じているのは、比喩的な『木の温もり』などではなく、実際の温度としての温もりだ。
それを感じる理由がわからずにいると、店員さんがメニューを持ってきた。
「うちは紅茶が自慢なんですよ。あと、このテーブルもね」
「えっ、この変な形の?」
思わず答えてしまい、少し後悔。
「あっ、いえ……ちょっと変わってるなぁって思ったので……」
慌てて言い訳し。
「その、あの……有名デザイナーの作品とか?」
照れ隠しに訊ねると、店員さんが唇の端を吊り上げた。
「いいえ、そうではありませんが……イタリア製のモビリ・ウマーニですわ」
「も、モビリ……?」
それは、家具メーカーの名前だろうか。一瞬そう思ったところで聞かされた言葉は、私にとって衝撃的なものだった。
「ええ、モビリ・ウマーニ……日本語なら人間家具ですね」
人間家具。それはフェティッシュプレイのいちジャンル、あるいはそのプレイによって、人の肉体を材料に作られた家具の呼称だ。
「お客さま、どうされましたか?」
その言葉を聞き、一瞬呆気にとられた私の顔を、店員さんが覗き込んだ。
「い、いえ……なんでも……」
「なんでもない、ことはありませんよね?」
「そ、そんなことは……」
「うふふ……そうですか?」
そして彼女は意味ありげに笑い、注文を取ると、そこから先はふつうのカフェの店員としての対応に徹した。
その夜は、なかなか眠れなかった。
ベッドに潜り込み、灯りを消して目を閉じると、目蓋の裏にあのカフェの光景が目に浮かぶ。
人間家具。
きわめてニッチなフェティッシュプレイのなかでも、私は厳重な拘束をともなうものに惹かれていた。
ネットを徘徊していて偶然見つけた、厳重拘束人間家具画像に、なぜか魅入られていた。
とはいえ、昨日までは、ただ興味を持っていただけだった。
誰かに人間家具にされたいとか、誰かを人間家具にしたいとか、具体的にイメージしていたわけではなかった。
それが今、実物の人間家具を見た。
あのカフェのいっぷう変わったテーブルの中には人が――おそらく妙齢の女性が――閉じ込められていたのだ。
そのテーブルの前に座り、私はお茶を飲んだのだ。
もし、立場が逆だったら――。
初めて自分が人間家具にされることをイメージしてしまい、お茶の味も香りも愉しむ余裕はなかった。
人間テーブルにされた彼女に感情移入してしまい、それどころではなかった。
ドキドキしつつ、平静を装ってお茶を飲み、そそくさと立ち去る。
「またのご来店をお待ちしております」
客を送り出す際の定型文にすぎない店員さんの言葉も、意味深に感じてしまった。
そしてそのドキドキは、今も続いている。
ドキドキだけじゃなく、肉の奥に生まれた火照りも自覚している。
(私は……)
興味があるという程度ではなく、もっと深く人間家具に惹かれていたのだ。
心の奥底で、自分も人間家具にされてみたいと思っていたのだ。
その日、ようやく自らのきわめて特殊な性癖を自覚し、眠れない夜を過ごして、次の日の朝を迎えた。
起きてからも、あのカフェのこと、カフェの人間テーブルのことが頭から離れなかった。
朝、いつもの通学路を通って大学に向かう。
午前の早い時間だからか、カフェはまだ開店していなかった。大きなウィンドウにはロールスクリーンが下されていて、中のようすを見ることはできなかった。
午後、すでに開店していたカフェを横目で見ると、昨日と同じ店員さんがいた。
だが、今日もお客さんはいない。
それはそうだろう、裏通りと言っても差し支えない通学路には、私しか歩いていない。夕方になれば人通りは増えるが、買い物の主婦が頻繁にオシャレなカフェに立ち寄るとも思えない。
ともあれ店員さんと目を合わせないように、それでも気になって人間テーブルをチラチラ見ながら、早足で通りすぎる。
そんなことを繰り返して数日、カフェと人間テーブルのことが頭から離れるどころか、ますます強く意識するようになった頃。
いつものように店の前を通りすぎようとしたとき、店頭の1枚の貼り紙が目に止まった。
『アルバイト募集、ホール係、委細面談』
ホール係というのは、美人の店員さんのような仕事だろうか。
とはいえ、カフェはまったく流行っていない。昨日は二人連れの女性客がいたが、今日は客の姿はない。新たに人を雇う必要はないように思われる。
(だったら、なぜアルバイト募集を……?)
気になって店内を覗くと、今日は人間テーブルが設置されていなかった。
中身になる女性が、いないのだろうか――。
漠然と考えて、ハッとした。
(つまり……まさか……!?)
アルバイト募集とは、人間テーブルの中身のことなのか。
そうと気づいた刹那、心臓の鼓動が速くなった。
肉の奥に、熱の塊が生まれた気がした。
それで店内から目が離せなくなったとき、店員さんと目が合った。
にっこり笑った彼女に誘《いざな》われ、私はフラフラと店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
店内に招き入れた私を、店員さんが席に案内する。
「こちらのお席でよろしいですか? それとも……」
そして妖しい光を宿した瞳で、私を見て訊ねた。
「それとも、テーブルになりますか?」
その言葉に、一瞬固まる。
かろうじてできたのは、ぎこちない笑顔を作って首を横に振ることだけだった。
「遠慮しなくていいんですよ。それとも、まだ家具になることにためらいがおありですか?」
「えっ……?」
「わかっております。貴女は、こちら側の人ですわ」
「こ、こちら側って?」
「フェティッシュなプレイとして人を家具にする、あるいはされることで、ある種の欲求を満たす人間ということです」
言い当てられて、ドキリとする。
ドキリとして、心臓の鼓動が速くなる。
「そ、そんなことは……」
「ありませんか?」
「も、もちろんです」
「うふふ……」
そこで、店員さんが目を細めた。
「貴女が、初めて来店されたときのことです……」
そのとき店員さんは、人間テーブルについてこう言った。
『イタリア製のモビリ・ウマーニですわ』
その言葉の意味がわからなかった私に、さらに告げた。
『モビリ・ウマーニ……日本語なら人間家具ですね』
それで、もともと人間家具に魅入られていた私は、心を激しく揺さぶられた。
「もし『こちら側の人』でないなら、単なる和訳だと思うはずです。にもかかわらず、貴女は『人間家具』という言葉を聞き、あきらかに動揺していました」
言われて、ハッとした。
あのときの彼女の言葉は、『こちら側の人』を見つけるための、リトマス試験紙のようなものだったのだろうか。
これまで大半の人は『人間家具』というワードを聞かされても、単なる和訳の言葉だと受け流していたのではあるまいか。
しかし、私は反応してしまった。
「加えて、今しがたの貴女の態度ですわ」
それは、私を席に案内したときの言葉。
『こちらのお席でよろしいですか? それとも、テーブルになりますか?』
その言葉にも、私は動揺してしまった。
「それで、確信したのです。貴女はこちら側の人なのだと」
もはや、否定することはできなかった。
いや、否定する必要はなかった。
もともと、私は人間家具の世界に惹かれていた。実際にテーブルにされた人を見て、人間家具になりたい自分の性癖を自覚した。
「あぁ……」
小さく嘆息し、あらためて店員さんを見る。
「テーブルになりますか?」
もう、断ることはできなかった。
人間家具に、テーブルになりたいという衝動を、抑えることはできなかった。
気づくと店員さんの問いかけに、私は熱に浮かされたような状態で、首を縦に振っていた。
「こちらへ」
カフェをCLOSEDにし、ウィンドウにもロールスクリーンを下ろして、店員さんが私を店の奥に誘(いざな)う。
「あの……勝手に閉店しちゃっていいんですか?」
私がそう訊ねたのは、心の中にわずかばかりのためらいがあるからだ。
私は心のどこかで、おそらく理性の部分が、引き返したいと思っているのだろう。
しかし、そんな私の逃げ道を、店員さんは意外な言葉で塞いだ。
「いいんですよ、この店は人間家具の趣味を愉しむついでにやってるようなものなので」
「そ、それって……?」
「はい、私が経営者です。というより、上のマンションも、私が所有しています」
つまり、こういうことだ。
店員さん――いや、カフェの女主人《ミストレス》は、遺産相続でこのマンションを引き継いだ。
裏通りで店舗経営には向かないが、住宅街ということもあり、賃貸のマンションはほぼ満室。
だから、女主人は収入を気にしなくていいし、カフェは暇でもいい。というより、本来の目的からすれば、むしろ暇なくらいが都合がいい。
「そう、なんですか……」
意外な事実を知らされた私が呆然とつぶやくと、彼女は穏やかにほほ笑んだ。
「ところで、その……なんとお呼びすれば?」
「そうですね……この国ではミストレスという呼称は定着していないですし、そう呼びにくければ、『涼子』と名前で呼んでくれたらいいですよ」
「じゃあ『涼子さん』、で」
「うふふ……」
すると涼子さんは細めた目に妖しい光を灯し、私をじっと見た。
「服を脱いでください」
「えっ……?」
「先日の人間テーブル、憶えていませんか?」
もちろん憶えている。テーブルの脚部からはみ出した正座したような女性の脚は、黒光りするゴムのようなものに覆われていた。
「うちではテーブルになるにあたり、ラバーのスーツを着用してもらっています」
「な、なぜ……?」
「私が、そうしたい……いえ、そうさせたいからですわ。
言われて、思い出した。
人間家具は、フェティッシュプレイのいちジャンル。あるいはそのプレイによって、人の肉体を材料に作られた家具の呼称。
そうすることで、涼子さんのフェティシズムは満たされるのだろう。
そしてたぶん、厳重に拘束されて人間家具にされることで満たされるであろう私のフェティシズムは、ラバースーツ着用で妨げられることはない。
だとすれば、ラバースーツを拒む理由はない。
それに、涼子さんは同じ女性。ここに彼女以外の人はいないし、服を脱ぐことへの抵抗は、それほど強くない。
「わかりました」
そう答えて服を脱ぎ、下着姿になったところで、涼子さんがメジャーを取り出した。
「寸法を測らせてもらいますね」
そして私の身体各所のサイズを測定し。
「測定させていただいたサイズに合わせ、ラバースーツとそのほかの装具を取ってまいります。そのあいだに下着も脱いでおいてください」
そう言うと、さらに奥へと消えていった。
「ふう……」
と、ひとつため息。
両手を後ろに回し、ブラのホックを外しかけて、その手を止める。
(ほんとうに……)
このまま進んでもいいのだろうか。
涼子さんに誘われるまま、本能のおもむくままここまで来たが、ここで踏みとどまるべきではないのか。
(でないと、もうふつうの女の子に戻れなくなってしまうかもしれない……)
とはいえ、そう考えることこそ、私が人間家具の世界に強く惹かれている証。
本能の求めは、再び警鐘を警鐘を鳴らし始めた理性をあっさり凌駕し、私は再び手を動かし始める。
プラを外し、ショーツも脱ぎ、重ねた服の間に隠すように置いたとき、涼子さんが戻ってきた。
「それじゃ、着付けを始めましょうか」
黒いゴムのスーツといくつもの装具をテーブルの上に置き、涼子さんが私に向き直る。
「恥ずかしいと思うけど、手で隠さないでくださいね」
穏やかにそう言いながら、手にした樹脂製のボトルから、透明な液体を手に出す。
「まずはラバースーツ。ピッチリでキツキツだから、着用に際して潤滑剤が必要です。パウダーを使用する人もいますが、私はローションを使います。そのほうが気持ちいいですからね」
「えっ、気持ちいいって……?」
私の問いかけに答える代わりに妖艶にほほ笑み、涼子さんがローションをまぶした手で私に触れた。
「ひッ……!?」
思わず声をあげたのは、冷たかったからではない。ボトルから取ったローションは、涼子さんの手で充分に温められていた。
にもかかわず私が短く悲鳴をあげたのは、肌にローションまみれの手を置かれた瞬間、ゾクッとした感覚が駆け抜けたからだ。
「うふふ……」
私の反応を愉しんでいるかのように薄く嗤い、涼子さんが私の身体にローションを塗り込める。
肩、腕。ヌルヌルのローションまみれの手が肌の上を這い回る。
後ろにまわって背中。ゾワゾワと、妖しい感覚が駆け抜ける。
再び前側。鎖骨のあたりから、デコルテライン。
そこから少し下。胸の膨らみに手を這わされて、妖しい感覚が大きくなった。
「んっ、ふぅん……」
甘みを帯びた吐息が鼻に抜け、身体をピクンと震わせてしまった。
(わ、私は……)
性的に昂ぶりつつある。
いや、すでに昂ぶっている。
とはいえ、それは今に始まったことではない。
アルバイト募集の張り紙を見、人間家具になれると思ったときから。いや初めてカフェに入り、変な形のテーブルが人間家具だと気づいたときから、私の精神は昂ぶっていた。
そして今、ローションを塗り込められながら、肉体までもが昂ぶってきている。
そのことを自覚しながら、涼子さんは胸からお腹、さらにその下へ。下腹部から、女の子の一番感じやすい場所――。
そこに触れられると予測し、身構えたところで、涼子さんの手は太ももへと移動した。
肩すかしを食らったような、少し残念な気持ち。
しかし、そうと口にすることもできないまま、涼子さんの手は太ももから下へ。
膝、ふくらはぎ。ローションの効果もあってか、その手つきの妖しさは変わらない。
そのせいで残念な感じを抱きながらも、性感の昂ぶりが冷めることもない。
そして、それが生む火照りを肉に宿したまま、ローションの塗り込めが終わった。
どこか、頭が蕩けたような感じ。
身体が、肉が熱い。
「はふ、はふ……」
口を緩く開き、熱を帯びた吐息を漏らしてしまう。
そんな私の状態を知ってから知らずか、おそらく知ったうえで、涼子さんがラバースーツを手に取る。
真っ黒のそれがテカテカと独特の光沢を放っているそれを手に、涼子さんが私に迫る。
私に見せつけるかのように、涼子さんが背中側のファスナーを開いた。
そこにスライダーが3つあるのは、任意の場所に開口を作るためだろう。その意味するところは、ファスナーが背中から股間前側まで回り込んでいることと併せて考えると明らか。
「うふふ……」
そうと察したことを感じ取ったのか、涼子さんが薄く嗤い、私の足元にしゃがみ込んだ。
「足を上げてください。転ぶといけませんから、私の肩に手を置いて」
その言葉に甘え、涼子さんの肩を借りて足を上げる。
まずは右。ラバースーツの脚部分が通された。
ひんやりと冷たさを感じながら、続いて左足。
私の足首から下が下端から出たところで、涼子さんがスーツ全体を持ち上げる。
「少しのあいだ、自分で持っていてください」
そう言って私に腰のあたりで自分のスーツを持たせ、涼子さんが脚を撫でさすり始めた。
いや、ただ撫でているわけではない。下から上へ、撫でるように擦りながら、スーツを引き上げているのだ。
ローションを塗り込めていてなお、そうしなければならないほど、ラバースーツはピッチリでキツキツなのだ。
そうと気づくと同時に、ローションを塗り込められているときの、妖しい感覚が蘇ってきた。
「はふ、はふ、はふ……」
熱い吐息を漏らしながら、キュッキュッと音をたて、擦るようにスーツを引き上げられる。
ヌルヌルのローションとラバーの薄い皮膜ごしに脚を撫であげられ、ますます火照りが強くなる。
『着用に際して潤滑剤が必要です。パウダーを使用する人もいますが、私はローションを使います。そのほうが気持ちいいですからね』
先ほどの、涼子さんの言葉。
まさにそのとおりだ。ローションを塗り込められていたときも、塗り込められたローションを潤滑剤にして着付けられているときも、緩く柔肌を刺激されて気持ちいい。
やがてラバーの膜が、脚にみっちりと貼りついた。同時に股間部分が、火照るお股に密着した。
「んっ、ひっ……」
それもまた気持ちよく、思わず短く声をあげたところで、涼子さんが上半身の着付けも進めていく。
作業用のツナギ服を着せるように、その密着度も妖艶さもまるで違うラバースーツの袖に腕を通す。
脚と同じように、腕もピッチリでキツキツ。そして脚より視点に近いぶん、わが身が異質な素材に包まれていく実感が強い。
肩がスーツに収められた。
グイグイと後ろに引かれながら、背中側のファスナーが閉じられていく。
その作業が進むほどに、私の肉がラバースーツに閉じ込められていく。
お尻から背中へ。
手足を閉じ込められたときからキツさを感じていたが、ファスナーが閉じられていくほどに、その感覚が強くなる。
肩甲骨のあいだ、首のすぐ下。やがてファスナーが閉じきられる。
膜がみっちりと全身の肌に貼りつき、軽く締めつけている感じ。ラバースーツの寸法が身体各所の実寸より少しずつ小さくて、とても窮屈だ。
だが、なぜか不快ではなかった。それどころか、私は不思議な心地よさを覚えていた。
「身体が閉じ込められた感じが、すごいでしょう?」
そうだ、そう言われて気づいた。
厳重に拘束されての人間家具に惹かれていた私は、身体を閉じ込められる感じも好きなのだ。
「もっときつく厳しく、ラバーで閉じ込めて差しあげますね」
そう言って涼子さんが手にしたのは、同色同素材のコルセット。
十数本のボーンが仕込まれた、幅広のラバーの帯が、私のお腹に巻きつけられる。
バスクと呼ばれる前側の金属製の留め具が閉じられ、上端がアンダーバストの位置に合わされる。
それから始まる、背中側の編み上げ紐の締めつけ。
ギュッと引き絞られて、コルセットが軽くお腹を締めつけた。
もう1度絞られて、締めつけがきつくなった。
「本格的なコルセットトレーニングを行なう女性のひとまずの目標が、フルクローズ18インチ(約45センチ)と言われます。まぁここの目的はそれではありませんが、できることなら、通常サイズより10センチダウンを目指したいところです……とはいえ初めてなので、今日のところは5センチダウンに留めておきましょう」
そう言いながら、弛んだ部分を調整してもうひと締め。私が苦しさを覚え始めたところで、涼子さんが編み上げ紐をキュッと結んだ。
「うふふ……スタイルだけじゃなく、姿勢もずいぶんよくなりましたね」
「そ、そう……ですか?」
「はい。コルセットにはウェストを引き締めるだけではなく、背すじをピンと伸ばした姿勢を保つ効果もあるんですよ」
私と言い合いながら涼子さんが次に手にしたのは、底辺の開口部にベルトが取りつけられ、そこから頂点付近にかけて編み上げが設えられた、二等辺三角形の革袋だった。
「アームバインダーという拘束具です。これで今から、貴女を拘束していきます」
ついに始まる。
ラバーのスーツもコルセットも、ただの衣装だ。きわめてフェティッシュなアイテムではあるが、身体の自由までは奪わない。
しかし、アームバインダーは拘束具である。身体の自由を奪い、逆らうことができなくするために作られた装具である。
そのことがわかっていながら、私は装着を拒もうとしなかった。
あまつさえ自ら両手を背中に回し、まっすぐ揃えていた。
「うふふ……アームバインダーのこと、ご存知なんですね」
「えっ……?」
「私が拘束しやすいようにしてくれましたから……アームバインダーによる拘束方法を知らなければ、こういう姿勢を取ったりしません」
言われて、ハッとした。
たしかに私は、アームバインダーを知っていた。
もちろん装着された経験はないが、厳重拘束をともなう人間家具を求めるうち、拘束具の知識も身につけていた。
そのことを見透かされた気がして、いや実際見透かされて。
「い、いや……」
拒絶の言葉を吐きだすが、もちろんそれは口先だけのこと。恥ずかしさが言わせただけで、本気で拘束を拒むつもりはない。
「それでは拘束しますね。でも、その前に……」
涼子さんが、私の手になにかを握らせた。
「発信器のスイッチボックスです。拘束状態に耐えられなくなったら、これを2回カチカチと押してください。お店のカウンター内の受信器にランプが灯りますので、私に伝わります」
つまり、安全面への配慮もできているというわけだ。
それで安心感を深めたところで、拘束が開始された。
背中側でまっすぐ揃えた両腕が、革袋に収められる。スイッチボックスを握った手の甲が、革袋の先端に当たる。
そこで涼子さんが、革袋の縁に設えられた革ベルトを、腋の下から身体の前側に引き出した。
そして右腋から左肩にかけて、ベルトを斜めに這わせ、再び背中へ。バックルを仮留めしてからもう1本のベルトを左から右、最初のものと交差させて、こちらも背中で仮留め。
実のところその時点で、私の腕の自由は奪われていた。
両手は皮の袋に閉じ込められ、手の届かない位置でベルトを留められ、アームバインダーから逃れることはできなくされていた。
にもかかわらず、さらに拘束は厳しさを増していく。
革袋に設えられた編み上げ紐が、涼子さんの手で締められていく。
キュッキュッと締められていくほどに、腕の自由が奪われていく。
やがて、それまでは袋の中でわずかに動かせていた腕が、ガッチリと固められてしまった。
左右の肘がくっつくほど両腕を後方に引き絞られて、胸をそらせ、両肩を背中側にすぼめる姿勢を強要される。
背すじを伸ばした状態を強制するコルセットと合わせ、ふだんでは考えられないほど、姿勢がよくなった気がする。
そんな状態に私を貶め、涼子さんが最後の装具を手に取った。
「全頭マスクです」
そう言って見せられたラバーの装具には、内側に金属製の筒が設えられていた。
「この筒を口中に押し込めたうえで、マスクを被ってもらいます。なお筒の歯にあたる部分にはマウスピースが設えられていますので、歯や歯茎を傷める心配はありません」
それは、被装着者のための配慮。同時に、長時間放置できるようにするための仕組み。
そのときはまだ、そのことに気づけなかった私の顔に、涼子さんがマスクを近づけた。
「マスクを被ると、貴女は喋れなくなります。なにか言い残すことは?」
その言葉に、コクンとうなずく。
「口を開けてください。あーん……」
言われて素直に開けた口に、金属製の筒が侵入してきた。
目の開口はなく、被せられるとなにも見えなくなるのだろうと思っていたが、なぜかその向こうが透けていた。
「この全頭マスクは、マイクロホール使用です。離れていたら確認できませんが、目の部分には針で突いたより小さな穴が無数に開けられ、視界は確保されています」
その説明で納得したところで、筒のマウスピースが私の歯を捕らえた。
「噛み合わせは問題ありませんか?」
言われて小さくうなずくと、後頭部までマスクに覆われた。
顔にラバーが触れる。
鼻の呼吸孔のおかげで、鼻呼吸はできる。目のマイクロホールのおかげて、視界は確保されている。
しかし、舌を下顎側に押しつけるように口中を占拠する筒のせいで、まともに喋れそうにない。
やがて、後頭部のファスナーが閉じられ始めた。
ジジジとスライダーが下されるにつれ、顔にラバーが密着していく。
そして、全頭マスクのファスナーが閉じきられたところで、首の後ろでカチリと小さな金属音が聞こえた。
「スーツとマスクのファスナーのつまみを、南京錠で接続、施錠しました」
それはおそらく、人間テーブルの中身に気づいたお客が、戯れにマスクを脱がそうとするのを防ぐためだろう。
きっと万が一にも、私の素顔が見られないようにとの、涼子さんの配慮なのだ。
自力で外せないようにするという目的なら、アームバインダーで拘束した時点で、すでに達成されているのだから。
そうと気づいたところで、後ろから私を抱くような体勢で、涼子さんが耳元でささやいた。
「さあ、店に行きましょう……貴女をテーブルとして、人間家具として展示するために」