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 魔王城第第1門を護る四天王のひとりを倒し、私たち騎士団から選抜された精鋭部隊は、第2の門にたどり着いた。 「先ほど倒した者は四天王の中でも最弱の男。これからますます強い敵が出てくる。気を引き締めてかかろう」  騎士団長様の言葉にうなずきあって入った第2の門。通称百合の門とも呼ばれるそこで、私たちは全滅の危機に瀕していた。  そこを護る四天王――百合の魔女ルイーズは、私たちがかつて戦ったことのない強敵だったのである。  ほとんどの騎士は傷つき倒れ、私以外で立っているのは騎士団長のみ。騎士団付き魔法師も、回復役の賢者も魔力はすでに枯渇し、これ以上の支援攻撃も回復も期待できなかった。  そんななか、討伐隊唯一の女騎士の私だけは、まったく傷を負っていなかった。傷どころか、女騎士用の白い軽量甲冑に、汚れひとつついていなかった。  もちろん、私が怠けているわけでも、決戦に備え温存されていたわけでもない。  騎士としての務めを果たすべく、私は率先して斬りかかるのだが、その斬撃を魔女はことごとく躱した。  躱すだけで反撃せず、代わりに魔法攻撃の矛先を、私以外の騎士に向けた。  そして、ついに騎士団長様が膝をついたときである。 「騎士団長よ、その程度の力で魔王様を討ちにきたのか?」  魔女ルイーズが、勝ち誇ったように口を開いた。 「私ごときに苦戦しているようでは、魔王様討伐など夢のまた夢……と、言いたいところじゃが」  そう言って、唇の端を吊り上げた。 「実のところ、そなたらの実力は我より上じゃ。ただ、相性が決定的に悪いゆえ、我に勝てぬのじゃ」 「あ、相性……だと?」 「そうじゃ。この第2の門を抜ければ、第3第4の門も容易に討ち破れよう。魔王様とも、互角以上の戦いができよう」 「さ、されど……ここを破らねば……」 「さよう。そなたら騎士団も、人類の未来も潰える。そこで……取引せぬか?」 「取引……だと?」  嘘だ。  私は直感した。  魔女ルイーズは、狡猾な女である。その取引とやらが、まともなものであるはずがない。  もちろん騎士団長様も、そのことは知っているはずだった。だからきっと取引を断って、騎士らしく潔い最期を――。 「これで……」  そこで魔女ルイーズが、ひざまずく騎士団長様の前に、木の棒と縄の束を投げた。 「これで、かの女騎士を縛りあげ、轡を噛ませよ。そのうえで、我に引き渡すのじゃ。女騎士ひとりの身と騎士団、ひいては全人類の命運、どちらが重いかは自明であろう?」 「な、なにゆえ、そのような取引を……?」 「簡単なことじゃ。我はかの女騎士が気に入った。それにそなたらが首尾よく残りの四天王と魔王を討てば、我が魔界の女王。そして我と相性の悪いそなたらでは、我は倒せぬ。我は労せず世界の半分と、好みの女を手に入れられるというわけじゃ」 「そうなれば、おまえが魔王にとって代わり、人間界への侵攻を続けるのではないのか?」 「今、世界の半分と言ったであろう? 我は魔界を支配するだけで充分じゃ。わざわざ苦労して、人間界には手を出さぬわ」  言われた騎士団長様が、しばしの逡巡のあと意を決して立ち上がり、縄と轡を用の木の棒を手に私の前に立つ。 「すまない、こんなことになって……」 「おやめください、騎士団長様。騎士らしく戦い、倒れた仲間のあとを追って華々しく散りましょう。私もお供を……ぁぐッ!?」  翻意を促そうとした私の口に、木の棒が噛まされた。 「おまえは魔王討伐のための、尊い犠牲となるのだ。許せ」  噛ませた棒を吐き出せないよう、顔をぐるぐる巻きに縛られた。 「ぉうぃえ(どうして)……」  訊ねた声は、もはや言葉にならなかった。  力ずくで抗おうとする気力も、もはや湧いてこなかった。  抵抗できないまま、両手を背中に回され、手首をひとつに縛られた。さらに腕、胸、上半身をきつく縄目を打たれた。  私は敬愛する――いや今しがたまで敬愛していた騎士団長の手で、言葉と身体の自由を奪われ、魔女ルイーズに引き渡された。 「ククク……むごたらしく縛られていても、いや縛られているからこそ、よけいに愛らしいのう」  私だけに聞こえるようにつぶやくと、魔女は私を押し倒し、ぐるぐる巻きに縛られた顔に唇を寄せた。 「き奴に告げたとおり、首尾よく魔王を倒せば重畳。怖気づいて引き返しても、討伐の騎士団を返り討ちにしたことで、魔王軍での我の評価も上がる。いずれにせよ、我に損はない」  ささやいて妖しく嗤い、それから両脚のあいだの床に私の剣を突き立てた。 「どうれ、き奴らがいずれの道を選ぶか、確かめてくるとしよう。その間、おとなしく我の帰りを待つもよし、剣で縄を切って逃亡を図るもよし、好きなようにするがよい……じゃがもし逃亡を企て捕らわれれば、厳しい折檻が待っていることを、ゆめゆめ忘れるな」  そして魔女ルイーズは、縛《いまし》めの身の私をひとり残し、ふらりと出ていった。 「騎士団に見捨てられたそなたはもう、我に飼われて生きるしか道はないのじゃからな」  そう言い残して。

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