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異世界の奴隷性女 第2部 序  ――ホライゾンタル《水平世界》が邪悪なる者に支配されんとするとき、聖女顕われ、衆生を救わん。其は文字は読めども書けぬ教養なき者ども、卑しき身分の者どもの中より生まれ、暗き路を照らすともしびとならん――。  かつて水平世界唯一の大陸、エルデ東方に存在した、小国ジンバラの言い伝えである。  それはもともと、ジンバラ建国の母とも呼ばれる、ひとりの女王の英雄譚。それがのちに聖女伝説となり、人々のあいだで語り継がれた。  それから幾年月、エルデ北方に興った帝国の侵攻により、千年続いたジンバラ王朝は滅亡。人々のあいだに聖女復活待望論が広がった。  そんな人々に、聖女の再来と崇められたのが、当時見習い騎士だったカトー・アーサだった。  出身はエルデ東方のジンバラのさらに東端の港町。その田舎町で生まれ育ったアーサが地元の駐留軍で騎士を目指したのは、貧しさゆえである。  ジンバラでは――というよりエルデ全体で、騎士は貴族階級と平民階級の中間のような身分だった。  志願し、見習いの修行期間を全うすれば、平民でもなることができる。騎士として格段の働きを示せば、貴族の称号を得ることもできる。そこまで活躍できなくても、現代ふうにいえば職業軍人として、相応の給金を得られる。  しかし、希望に燃えて騎士を目指したアーサが実戦を経験する前に、ジンバラは滅亡した。  ジンバラ北方および西方の国境から、圧倒的大軍で侵攻した帝国は、わずか数日で首都を制圧。アーサが所属していた駐留軍は一戦も交えないまま、終戦を迎えた。  駐留軍上層部は逃亡、あるいは投降。軍は実質解体した。  しかし、それで収まらない者たちもいた。  駐留軍の隊長たちは互いに謀ってレジスタンスを結成、その名目上のリーダーに、アーサが祭り上げられる。  もちろんそれは、聖女伝説ありきのこと。見目麗しい少女だったアーサの容姿。さらに貧しい平民出身で、それゆえ文字は読めても書けない無学さは、伝説の聖女になぞらえるのに適任だった。  そうして祭り上げられた聖女の役目に、アーサ自身乗り気になった。  それは、ある意味当然。立身出世を夢見て騎士になった彼女にとって、聖女としてジンバラ復興に寄与することは、千載一遇のチャンスでもあった。  そんな彼女に率いられたレジスタンスは、全体の士気の高さもあり、当初連戦連勝だった。  しかしその勢いを無視できなくなった帝国が大軍を送り込むと、レジスタンスはあっけなく敗れた。  実質的指導部の隊長たちは全員討死、あるいは囚われて処刑されたが、同じように虜囚となったアーサだけは、処刑を免れた。  それは、帝国の温情ではなかった。  聖女のままアーサを処刑すれば、聖女伝説は生き続ける。生き続けて、いつかまた次の聖女が現われる。  そう考えた帝国は、アーサを生かしたまま、聖女から性奴隷の身分に堕とすことを決めたのである。  そしてその思惑どおり、聖女伝説ごとアーサの評判は地に落ちた――かに見えた。  ごく一部のジンバラ人、今は野盗の類に身を落としている、アーサに率いられたレジスタンスの生き残りを除いては――。 1話 レジスタンスの盗賊団  ホライゾンタル唯一の大陸エルデの、実に9割を支配する帝国。その首都は、いまだ北方にある。  とはいえ、そこはあくまで政治の中心であり、経済的には大陸中央部の交通の要衝、コナベートが重要な地位を占めていた。  ちなみに、かつての砦を改造した魔法調教師ラウラ・コペンハーデの屋敷も、コナベート近郊にある。経済都市であるゆえ、そこに帝国最大の奴隷市場があるからだ。  とはいえ、帝国随一の魔法調教師であるラウラの顧客は、貴族と富豪。彼女が調教した奴隷を奴隷市場で売ることもなければ、調教前の奴隷を仕入れることもない。  それでもラウラがコナベート近郊に居を構えているのは、そこが交通の要衝であるから。コナベートからなら、帝国各地へ直接最短で調教済み奴隷を出荷できる。  そんなコナベートから東に荷馬車で街道を3日ほど走ったところに、イキーラの町がある。  イキーラの手前、あと半日も進めば町に着くというところの峠に、カトー・エレナはいた。  その名が示すように、エレナはアーサの末の妹である。  帝国によるジンバラ侵攻の折には年端もいかぬ子どもだったエレナも、すでに成人となり、元レジスタンスの盗賊数十人を束ねる女頭目になっていた。  どことなく姉の面影があると人に言われる顔立ち。髪や瞳の色はアーサと同じ。平均より大きな乳房と、歩兵用軽装甲冑の日焼け跡のある肌の色も、かつての聖女を彷彿とさせる。  エレナが若い女の身で盗賊団の頭目になれたのは、その容姿も少なからず影響していた。  ただし、性格は少々違う。いつも朗らかだったアーサを太陽とするならば、常に冷静沈着なエレナは月。  それゆえ、数的に有利な状況でも、彼女は常に確実な戦術を採る。 「イリア、隊の半数を率い、奴らの前方に展開して。それで足止めしたところで、あたしの隊が一気に斜面を駆け下り、側面から攻める」  魔法師でもある副官イリアに指示を出し、エレナは急峻な斜面の下を進む荷馬車を見下ろした。  その荷馬車には、イキーラの町を支配する貴族、ベルンハルト卿の旗。騎士を含む十数人の兵に護られた荷馬車は、よほど貴重な品を運んでいるのだろう。 「それは財宝か、はたまたコナベートで買い込んだ贅沢品か。いずれにせよ……」  そうつぶやいて眉ひとつ動かさず、エレナは部下に命じた。 「者ども、かかれ!」  守備隊を蹴散らし、荷馬車を奪取してアジトに引き上げたエレナは、戦利品――元レジスタンスの盗賊は、略奪した品をこう呼ぶ――を検分する部下をよそに、部屋着に着替えてひとり居室でグラスを傾けていた。 「あれから……」  レジスタンスが敗北し、姉アーサが囚われてから、何年経っただろう。  指折り数えることもできるが、そうすることでつらい思い出も蘇る。  思えば、凄絶な日々だった。  囚われたアーサが裸に剥かれて市中を引き回される光景を、エレナは見ていない。その後奴隷に堕とされ、売られたことも、人づてに聞いただけだ。  その話を聞かされたときも、エレナに大した感慨はなかった。そもそも、彼女は姉アーサに対する思い入れがなかった。その顔すら、よく憶えていないほどだ。  とはいえ、それは仕方のないこと。帝国によるジンバラ侵攻は、エレナがわずか5歳のときのできごとなのだ。  だから本来彼女には、レジスタンスの残党と行動を共にする理由はなかった。ひとりの娘として、ひっそりと暮らせるはずだった。  しかし彼女の名前が、それを許さなかった。  カトー・エレナ。  エルデ全体では名のあとに姓を表記するのが一般的だが、ジンバラでは姓を先に表記する。そして人に名前を問われたとき、姓を答えるのが一般的だ。フルネームで答える者はいても、名のみで答えることはない。お互いを名で呼び合うのは家族か、家族並みに親しい間柄の者のみ。  そんなジンバラで、『カトー』という名前は、レジスタンスを率いて帝国に叛逆した聖女の名前として有名すぎた。帝国支配下のジンバラでは、禁忌の名前だった。  同時に『カトー』は、いわゆる珍名ではないが、ありふれた名前でもなかった。  それゆえ、エレナはひとつところで長く暮らせなかった。親しくなりかけた人も、彼女の名前を知ると、離れていった。  エレナの姓を知ったうえで、いや知ったからこそ歓迎してくれたのは、レジスタンス残党の盗賊団だけだった。彼らのなかでは、いまだカトー・アーサは聖女だったのだ。  以来、彼女はアーサの妹であることを、ことさらに強調して生きてきた。  顔すらよく憶えていない姉との、ありもしない思い出を捏造して語り、盗賊団――彼ら自身はいまだレジスタンスを名乗っていたが――の面々の、心をつかんでいった。  そして、アーサが聖女と呼ばれるようになった年齢に達する頃には、聖女の妹として盗賊団の頭目となり――。  そこでドアを乱暴に開ける音が、エレナの思索を遮った。 「エレナ、ちょっと来て!」  血相を変えて飛び込んできたのは、イリアだった。  エレナ同様、いつもは冷静な彼女の狼狽ぶりにただならぬ気配を感じ、一気に酔いも冷める。 「なにごと!?」  そして返ってきたイリアの言葉に、エレナも冷静さを失った。  ひとすじの光すら差し込まない狭い箱のなかで、灯里は厳重拘束された身を、ただじっと横たえていた。 「んっ、あっ……」  荷馬車が揺れるたび、灯里が真の暗闇の中で艶のある吐息を漏らすのは、両の乳首に嵌められたピアスと、そこに吊るされた金属球のせい。  その残酷な装具には、どんな責め苦も性的な快楽に変換する、淫らな魔力が込められている。多少の傷であれば、すぐに治癒してしまう回復魔法の力も込められている。  荷馬車が揺れるたび、彼女が艶声をあげるのは、そのせいだ。  永遠とも思えるほど長い時間、同じ姿勢でいるにもかかわらず、耐えられないほどの痛みを感じないのも、その効果だ。  それは輸送中、灯里の心身に重篤なダメージを負わせないための配慮か。  いや、それだけではないだろう。 『性奴隷に堕ちた灯里を買ったお客が、わたくしのような性感を高める責めをしてくれるとはかぎらない。なかには、買った性奴隷を徹底的に痛めつけることを愉しみにしているお客もいる』  乳首ピアスを嵌められたときの、ラウラの言葉。  つまり、そういうことだ。  灯里を買った客は、そういう責めを好む者なのだ。その客が長く凄絶な責めを愉しめるよう、施された処置なのだ。  とはいえ、そのことに気づいてからも、灯里が箱の中で暴れることはなかった。泣きわめくことすらなかった。  それは、彼女が奴隷堕ちの運命を、完全に受け入れていたから。  帝国随一とも言われる熟練の魔法調教師の手練手管に絡め取られ、畳みかけるように調教を繰り返され、心を折られていたから。折られた心を、粉々に砕かれていたから。  灯里はもう、運命に逆らう気力を失っていた。 「んぁ、あぅん……」  そんな灯里が、箱の中で艶めいて喘ぐ。  運命を受け入れ、自らを待ち受ける凄絶な責め苦から現実逃避するかのように、今そこにある快感にのめり込む。  ガタン。  また、荷馬車が揺れた。  その振動で、乳首ピアスに吊られた金属球も揺れた。 「あふぁ、あぅうんっ」  硬い金属に感じやすい肉豆を内側から刺激されて、ひときわ艶めいて喘ぐ。  身体に受ける刺激すべてを快感に変換される状態で、乳首に生まれた純粋な快感に酔わされる。  こうなると、もう止まらない。  割れめに食い込むほどきつく締め込まれた拘束衣の革ベルトの刺激も相まって、絶頂まで一直線に駆け上がるだけ。 「あぅあぅあッ、ふヒッグッ!」  箱の中で嬌声をあげ、拘束衣で締め上げられた身を硬直させ、震わせる。  そして訪れる、恍惚の刻《とき》。精神と身体を包む、不思議な幸福感。  魔法の乳首ピアスの治癒効果は、灯里の肉体の健康を保つことに寄与している。同時に常に感じる快楽と、ときおり得られる絶頂、そのあとの恍惚は、彼女の精神の健全な部分を維持し続けている。  そう、灯里はまだ、堕ちきってはいなかった。  熟練の魔法調教師ラウラによる、巧妙かつ凄絶な調教と残酷な処置により、奴隷堕ちの運命を受け入れてはいたが、精神まで奴隷に染まりきってはいなかった。  とはいえ、それは精神の深い部分でのこと。  このまま新たな飼い主の元に送られ、そこで凄惨な責め苦を与え続けられれば、精神の健全な部分が顔を出すことは、二度とないだろう。  そんな灯里を厳重拘束のまま閉じ込めた箱を載せた荷馬車が、峠道にさしかかる。そこを越えれば、いよいよ彼女を買った地方貴族、ベルンハルト卿の領地だ。  とはいえ真の暗闇に包まれて、運ばれるだけの灯里には、そのことはわからない。わからないまま、ますます強くなる荷馬車の揺れに、快感を煽り続けられる。 「あっあっああッ、うィッグうッ!」  またイッた。 「あふぁあッ、あぅあああぅアッ!」  またイカされた。  荷馬車の揺れと魔法の乳首ピアスに、恍惚感に酔う暇もなく、休む間もなくイカされ続け――。  どこかで、鬨《とき》の声があがった気がする。男女の怒声と、剣戟の音が聴こえていたようにも思える。  でも、そんなことはどうでもいい。  今ここにある快感さえあれば、それで――。  そこでひときわ大きな快感に襲われ、飲み込まれ、灯里は意識を失った。 「荷馬車を盗賊に奪われですって……それでおめおめと逃げ帰ってきたのですか!?」  イキーラの町を支配する地方貴族夫人、カルラ・ベルンハルトは、荷馬車の警護を任されていた騎士を、厳しく叱責した。  その剣幕に、夫であり騎士の主君でもあるはずの、ベルンハルト卿もすくみ上る。  そのことでわかるとおり、ベルンハルト領の実質的支配者はベルンハルト卿ではなく、カルラであった。  元は皇帝と姻戚関係にある、コナベートの大貴族の令嬢。それがベルンハルトのような地方貴族に嫁いだのは、彼の領内に埋蔵量豊富な鉱山があったから。要するに、経済的理由による政略結婚である。  とはいえその結婚は、カルラにとっては好都合なものであった。  貴族としての地位は低くとも、鉱山のおかげでベルンハルトは裕福。おまけに鉱山経営の手腕はあっても、小心者でいつもオドオドしているベルンハルト卿は、大貴族令嬢のカルラの言いなり。だから、有り余る金を使って好き放題できる。  その好き放題のひとつが、気に入った若い女性を思うさまに責め苛むことだった。  凡庸な夫がカルラの実家に気兼ねし、諌めることができないのをいいことに、彼女は領内の娘をさらって欲望を満たすようになった。  しかし、悪行がたび重なれば、領民に不満が溜まる。溜まった不満は、いつか爆発する。  そして溜まった不満が爆発しかけたとき、ようやく夫のベルンハルト卿が動いた。  とはいえ、皇帝すら動かせるほどの権力を持つカルラの実家に、弓を引くようなことはできない。  そこでベルンハルト卿が目をつけたのが、帝国随一とも言われる魔法調教師、ラウラ・コペンハーデだった。  ラウラの顧客は、貴族や富豪ばかり。値段は高いが、そのぶん顧客のリクエストに沿った奴隷を、必ず提供してくれる。  その奴隷の質に、カルラも満足した。以来、カルラは有り余る夫の金を使い、ラウラに奴隷を発注するようになった。  今回奪われた荷馬車には、そんなカルラが長く待たされた末に、ようやく手に入れることができた奴隷が積み込まれていたのだ。  わずかな手勢を率いて帝国に叛逆した東方の聖女、カトー・アーサに、心身ともによく似た奴隷が。  帝国のジンバラ侵攻当時、思春期の少女であったカルラを加虐性癖に目覚めさせたのは、アーサだった。  彼女が東方から連行され、裸に剥かれて鎖につながれ、コナベート市中を引き回された末に晒し者にされる光景を見て、カルラの性癖が覚醒した。  以来、いつかは東方の聖女を。それが無理なら、聖女に似た女を、心ゆくまで責め苛みたいと願い続けてきた。  その夢が、あと少しで叶うはずだったのに――。 「おのれ、けっして許しませぬぞ!」  その言葉は、荷馬車を奪った盗賊に対するものである。  しかし自分に向けられたものだと思い込み、震えあがって縮こまる騎士に、カルラが厳命を下した。 「急ぎ捜索隊を組織し、盗賊団を捜索しなさい! 積荷を無事取り返し、き奴らをひっ捕らえてわたくしの前に突き出すのです!」 「見て、エレナ」  人払いをした医務室、革の拘束衣に囚われたまま、寝台《ベッド》に横たえられた少女を見下ろして、イリアが口を開いた。 「荷馬車の一番奥に、木箱に詰められて積み込まれていたの。きっと奴隷、それもコナベートの魔法調教師が出荷した、性奴隷よ」  拘束衣から露出した乳房の先端、乳首を横に貫いて穿つピアスに、イリアが触れる。 「んぁあぅ……」  それが性的な刺激になるのか、気を失っている少女が、艶めいてうめいた。 「このピアスには、身体に受ける刺激すべてを、性的な快感に変換する魔法がかけられている。おそらくピアス本体が魔法回路で、吊り下げられた金属球が魔力の増幅装置ね。しかも魔力的に封印され、施術者以外には外せないようになってるわ」  自身魔法師でもあるイリアが、ピアスを分析して告げる。 「こんな小さなピアスに、複雑な魔法回路を仕込む。私にはとうていできない高度な技術よ。そんな技術を持つ、コナベートの魔法調教師といえば……」 「ラウラ・コペンハーデ」  イリアの言葉に応え、間髪入れずにエレナがつぶやいた。  それほどまでにラウラの名は、エルデ全体では帝国随一の魔法調教師として。ジンバラ人のあいだでは聖女を奴隷に堕とした憎き悪女として、有名であった。 「ともあれ、ここまで言ってエレナが気づかないのは、やはりデレクの思い違いなのかしらね」  そこで、イリアがため息混じりにつぶやいた。  デレクというのは、エレナが率いる元レジスタンスの盗賊団の長老格の男である。  アーサが聖女として立った時点で、ジンバラ軍のベテラン下士官。常にアーサの傍らに在り、共に戦った戦士で、散り散りになった元レジスタンスをまとめ上げ、盗賊団を結成した人物だ。  とはいえ、現在は老齢の域に達し、掠奪行為に出ることはない。それどころか、最近は老人ならではの物忘れも増えてきた。 「そのデレクがね、この子を見て『聖女さま』と言って泣きだしたの。たぶん、聖女に似ていると感じたのね」  それで、イリアの思惑を理解した。  デレクは盗賊団の面々のなかで、もっとも近くで聖女アーサを見てきた。それゆえ、一番はっきりと彼女の顔を憶えているはず。とはいえ十数年の時を経ると、人の記憶は曖昧になる。特に老齢のデレクには、その傾向が顕著だ。この奴隷がほんとうに聖女に似ているのか、イリアには判断がつかなかったのだ。  そこで、イリアはエレナに予備知識なく少女を見せることで、その反応で聖女に似ているかどうか判断しようとした。  それはいかにも、イリアらしい手法。  魔法師という属性によるものか、はたまた彼女本来の性質なのか。感情の影響を受けやすい人の思考に、全幅の信頼を寄せることがない。  それゆえ常に冷静で客観的な判断をすることができるが、人を惹きつける魅力には欠ける。エレナより年長で、かつ盗賊団に在籍した経験も長いにもかかわらず、常に彼女の後塵を拝していたのもそのせいだ。 (とはいえ……)  イリアの自分を試すような行動を、今さら咎めだてする気はないが、エレナにも事情がある。  そもそも、彼女は姉アーサの顔を憶えていない。盗賊団内での地位を上げるため、姉との思い出を捏造して語っていただけだ。  だから実のところ、少女がアーサに似ているかどうか、エレナにも判断できない。 (でも、ここで似てないと言えば、長老デレクの記憶と対立することになる……)  それは、彼女にとってあまりよろしくない。  レジスタンス、いやその前の軍隊時代からのつながりで、今でもデレクを慕う者は多い。そもそもエレナにアーサの面影があると言って、女頭目に登り詰めるきっかけを作ってくれたのは、ほかならぬデレクなのだ。 (それに……)  エレナには、別の思惑もあった。  十数年の時を経て、デレクのみならず、盗賊団は高齢化しつつある。このままでは彼のように掠奪行為に参加することができない者が増えていくだろう。  かといって、いまだレジスタンスを自称する盗賊団は、帝国貴族や富豪からのみ奪うことを信条としている。さらにその一部を貧しい庶民に配ることを心がけている。  それゆえ、レジスタンスとゆかりのない若い荒くれ者を、盗賊団に加入させるわけにはいかない。  それでも、この先数年はやっていけるだろうが、いずれジリ貧になっていく。盗賊団の面々がどう考えているかはわからないが、エレナはその危機感を持っている。 (でも……)  そこでエレナは、あらためて奴隷の少女を見た。  この少女は、デレクが聖女と見紛うほど、姉アーサに似ている。  もちろん彼が耄碌《もうろく》している可能性は否定できないが、それでもデレクは長老として、盗賊団の面々から尊敬を集めている。  だから、ここでエレナが『アーサにそっくりだ』と宣言すれば、誰も疑う者はいない。  そのうえ、少女を調教したのは、アーサを奴隷に堕とした魔法調教師ラウラ・コペンハーデ。  姉との思い出を捏造したときのように、上手くストーリーをつなげられれば、少女を聖女の再来とし、盗賊団の勢力拡大に利用することもできる。  そう考えて、おそらく自分と同じ危機感を持っているであろうイリアに向かって、エレナは口を開いた。 「イリア、折り入って相談があるの……」  その言葉にしばし黙考し、思いきったようにエレナを見て、イリアは答えた。 「わかったわ、その話、乗りましょう。そのためには……」  そして、かつてエレナに見せたことのない表情で、妖しく嗤った。 「まずはこの子を再調教し、私たちの支配下においたうえで、正気に戻さなきゃね」

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