小説 矯正牧場の豚奴隷 後編 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-11-13 11:46:09
Edited:
2023-01-04 23:39:14
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後編
背中の金具にリード代わりの鎖をつながれて、ヒトブタ姿のまま、豚奴隷として通路を歩かされる。
これから連れて行かれるのは、晒し牢獄。その名からして、晒し刑的なことが行われる場所に違いない。
出所の日がいつなのか明言されなかったが、木戸夏海の刑期より大幅に短いということはないだろう。その日まで、蜜紀は顔写真つきのプレートを首にぶら下げて、ヒトブタとしてそこで晒される。
しかし晒し牢獄送りを宣告されたとき、いっさい抗議できなかった。
抗議する方策も、しようとする気力も、蜜紀は奪われていた。
そして今も、背中につながれた鎖を引かれるまま、短い手足を動かして岩埼特別看守についていくことしかできない。
蜜紀には木戸夏海――馬奴隷188番のような、自分自身の実力に裏打ちされた、強い精神力を持っていない。
新宮実紗――牛奴隷226番のように、高い理想を抱いて努力し、地位を得たわけでもない。
ただ、古流院家の令嬢という生まれつき与えられていた立場に胡座をかき、その高みから漫然と人々を見下していただけである。
そのため、与えられた力を剥奪されたとき、彼女の精神は脆かった。
古流院家令嬢の立場に合わせ、高慢かつ高飛車に振る舞っていた蜜紀は、新たに与えられた豚奴隷の身分にも合わせて行動することしかできなかった。
背中につながれた鎖を引かれるまま、短くなった手足を必死で動かして歩く。
低くなった視界で、岩埼特別看守の靴を近い高さから見ながら、肘と膝を使った四つん這いで。
その速度は、ふだん歩く速さの半分程度。それでも、今の蜜紀には精一杯。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
呼吸を荒げながら、鎖を引かれてヨチヨチと歩く。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
口を塞がれ、豚のように吊られた鼻でしか呼吸できない。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
息が苦しい。体温が上がり、その熱が特殊合成ラバーのスーツとマスクの中にこもる。
つらい、つらい。身も心も苦しくてつらい。
それには女肉にあてがわれた異物と、お尻の肛門栓も関係していた。
自分は肛門で感じる体質なのだと巧妙に信じさせられ、知らず知らずのうちに肛門性感を開発されたうえで、蜜紀は中途半端に高められた。
しかし本格的に高まる前に、女肉に異物をあてがわれ、お尻に肛門栓を挿入されてファスナーを閉じられた。
その異物と肛門栓は、キツキツのスーツに押さえつけられて動かない。
対して蜜紀の柔らかい肉は、折りたたまれて拘束された手足を使って歩くたび動く。
動くたび押しつけられた異物に女肉が、挿入された肛門栓に肛門が、ユルユルと擦られる。
それが、肉の火照りを生んでいた。肉が火照り疼き、いっそう体温を上げていた。
とはいえ、その刺激は弱い。そのうえ今の蜜紀は、歩くことで精一杯。
そのため、官能を高めるほどには、肉は昂ぶらない。わずかな肉の昂ぶりを、意識することもできない。
そして引かれる鎖に、抗うことはできなかった。
折りたたまれて拘束された手足では、強く踏ん張ることができない。踏ん張ったつもりでも、軽く鎖を引かれるだけで歩かされてしまう。
暑い、熱い、苦しい、つらい。
だが疲れはて、力つきても、倒れることはできない。泣いても喚いても休憩することは許されず、鎖で引きずってでも、晒し牢獄に連行されるだろう。
圧倒的な権勢を誇っていた頃、自分が満足するまで被害者を許さなかった蜜紀は、疑うことなくそう考えてしまう。
とはいえ、体力精神力ともに限界は近い。あと少し歩かされたら倒れてしまう。
そこまで消耗したところで、岩埼特別看守が、鋼鉄の扉の前で歩みを止めた。
(ここが……)
晒し牢獄。
そう考えて息を飲むなか、岩埼特別看守が鍵を取り出す。
ガチャリ、ガチャリ。
2箇所の鍵を開錠し、扉を開ける。
するとそこは、まだ晒し牢獄ではなかった。
今までの通路の半分ほどの幅の、狭い廊下。その左側に、岩埼特別看守の腰ほどの高さの頑丈そうな鉄扉と、幅は同じくらいで高さは倍程度のアルミ製扉が、短い間隔で交互に並んでいる。
おそらく低い鉄扉の向こうが、晒し牢獄なのだ。
そうと理解し、あらためて息を飲んだところで、岩埼特別看守が鎖を引いた。
左側に並ぶ低い鉄扉には、数字が記されている。手前から351、奥に向かって1番ずつ番号が大きくなる。
4つめ、蜜紀の豚奴隷番号が記された扉を、岩埼看守が鍵を使って開けた。
するとそこは、奥行きと高さが1メートル、幅は70センチほどの、きわめて狭い部屋だった。
床と左右の壁、それに鉄扉の裏には、表面がビニールレザーのクッション材が貼られている。左の壁の突き当たり手前には、鉄製の扉が設えられた、縦横30センチほどの小窓。
そして正面は、全面がガラス張り。
「うっ(ひっ)……」
ガラスの向こうの光景を見て、蜜紀は短く悲鳴をあげた。
そこには、街の景色があった。
繁華街というほどではない。蜜紀が知っている場所でもない。だが幅1メートルほどの植え込みを隔てた歩道には、人が歩いていた。その向こうの車道には、車の往来があった。
「どうしたのですか? さっさとお入りなさい」
ガラスの向こうの風景に尻込みする蜜紀に、岩埼特別看守が部屋に入るよう促す。
だが、動けなかった。
「安心なさい、正面のガラスは、防弾仕様の特殊強化ガラスです。けっして破れることはありません」
違う、そうじゃない。透明なガラスであること自体が、問題なのだ。
実のところ、正面のガラスは完全な透明ではない。
岩埼特別看守が『特殊』強化ガラスだと言ったとおり、それは特殊なマジックミラーだった。
つまり外が明るい日中は、中から外は見えるが、外からは見えない。中にいる蜜紀の代わりに、合わせガラスのあいだに仕込まれたシート状のディスプレイにより、さまざまな映像が映し出されている。
夜になって外が暗くなり、かつディスプレイの電源が落とされれば、中のようすが透けて見えるが、その際には防犯を名目にシャッターが下される。
とはいえ、蜜紀はそのことを知らない。
知らないから、ヒトブタ姿を衆人環視のもとに晒すことを怖れてしまう。
だがこのたびも、抗うことは許されなかった。
「仕方ありませんね」
そう言って、岩埼特別看守が蜜紀の尻尾つき肛門栓を、手にした警棒で小突いた。
「んんッ!?」
その行為で挿入されたプラグに肛門を抉られ、くぐもった悲鳴をあげて数歩前に進ませられる。
頭が部屋に入ったところで、もう1度。
「んんうッ!」
お尻にゾワリと妖しい感覚を生みながら、さらに繰り返し。
「んむうッ!?」
蜜紀の顔がガラスの直前まで迫ったところで、お尻の向こうから声がかけられた。
「先ほども申し上げましたが、出所の日まで、354番がこの晒し牢獄から出されることはありません」
あらためて告げながら手を伸ばし、天井のフックにリード代わりの鎖をつないだ。
それでもう、扉が開いていても、蜜紀は牢獄から出られない。鎖の長さは1メートルほどのあるから、あとずさりすれば下半身くらいは出せるだろうが、逃げ出すことは不可能。
そうと思い知りながら、岩埼特別看守の言葉を聞く。
「食餌と水分補給は左側の小窓を開け、隣の世話用小部屋から。排泄処理は決められた時間に、この扉から私が行ないます。その時間以外は、なにをしても自由です」
自由。なにが自由だというのか。
奥行き1メートル、幅70センチしかない晒し牢獄のなかでは、身体の向きを変えることもできない。
身体を倒して横たわることはできるだろう。膝をついた状態から正座するような体勢なら取れるかもしれない。
床や左右の壁、鉄扉の裏にはクッション材が貼られているから、ガラス面以外はその際ぶつけても怪我をしたりしない。
だが、いったん横になったり正座したりすれば、そこから元の四つん這いに戻る自信はない。
事実上蜜紀に認められているのは、目を開けて窓の外を見るか、目を閉じて見ないかを決めることだけ。
はたしてそれを、自由と呼べるのか。
これではほんとうに、養豚場の豚と同じ――。
そうと気づき、自分はまさに豚奴隷に堕とされたのだと身をもって実感したところで、お尻の向こうで扉が閉じられた。
そして扉にガチャリと鍵をかけられ、蜜紀は、いや豚奴隷354番は、晒し牢獄に放置された。
それから、どれほど時間が経過しただろう。
1時間以上経ったような気がするし、10分も経過していないようにも思う。
正面のガラスの向こうは、昼間の街。混雑しているというわけではないが、通行人が絶えることもない。
その多くが、ヒトブタ姿の蜜紀をチラリと見ていく。そのうちの一部は、ジロジロと注視する。
それは、合わせガラスの中間に仕込まれたシート状のディスプレイに、映像が映し出されているからだ。
晒し牢獄に視線を送る通行人は、ヒトブタ姿の蜜紀ではなく、その映像を見ているのだ。
とはいえ、そのことを蜜紀は知らない。
彼女の側からは外が丸見えだから、同じように外からも中が見えると思い込んでいる。
おまけに、晒し牢獄は奥行きわずか1メートルときわめて小さい。ガラス面から蜜紀の顔までの距離は、わずか20センチ弱しかない。
そのため蜜紀には、ガラス面のディスプレイを見る通行人の視線の焦点が、自分に合っているように見えていた。
通りがかった学生服姿の男子学生が、蜜紀を繰り返しチラ見する。
それはディスプレイに水着の女性が映っていたからだが、蜜紀は自分に興味津々で見ているように思えた。
次に通った中年女性は、眉間に皺を寄せ、嫌悪感も露わな視線を向けてきた。
そのときディスプレイには不倫が報じられたタレントが映っていたのだか、蜜紀はヒトブタ姿を軽蔑されているように感じた。
そのしばしあとに通ったのは親子連れ。母親が幼い息子の視線を遮りながらそそくさと立ち去ったのは、少しばかりエロティックな映像が流れていたから。
だが蜜紀は、今の自分は幼い子どもに見せてはいけない姿をさせられているんだと受け取った。
みじめだ、みじめだ。
同じ姿勢を取り続けているせいで、感じ始めた節々の痛みなど些細なことだと思えるほど、今の自分はみじめだ。
だが、どうすることもできない。
通行人の視線から逃れることも、この晒し牢獄から脱出することも、拘束を解くことも、すべて不可能。
首輪にぶら下げられた金属プレートにプリントされた、自身の顔写真を隠すことすらできない。
そんな蜜紀を、さらなる試練が襲う。
「……ッ!?」
はじめ晒し牢獄に入れられたときのように、肛門栓を小突かれたのかと思った。
それでヒトブタ拘束の身をビクンと跳ねさせたところで、ここには自分以外誰もいないことを思い出した。
(こ、これは……)
肛門栓そのものが振動しているのだ。
そうと気づいた直後、女肉に押しつけられていた異物も振動し始めた。
「んぅんん(どうして)?」
それは肛門栓がただのプラグではなく、リモコンバイブ機能を有していたからである。
女肉に押し当てられた異物が、リモコンローターだったからである。
扉の向こうで、岩埼特別看守がスイッチを入れたのか。あるいは、あらかじめタイマーが設定されていたのか。それはわからない。
わかっているのは、女肉と肛門に仕込まれた淫具が、猛烈に振動しているということ。
振動する淫具に刺激される肛門と女肉に、ゾワゾワと妖しい感覚が生まれていること。
豚奴隷として晒し牢獄に入れられている状態は、蜜紀にとって極限状態。ヒトブタ拘束の苦痛とその姿を衆目に晒される屈辱で、本来なら性感を高められる状況ではない。
だが蜜紀の肉体は、岩埼特別看守の手で肛門性感を開発されていた。
その際、肉を中途半端に昂らされたまま、バイブ機能つき肛門栓とローターを仕込まれ、股間を封印されていた。
四つ足歩行させられることで、ふたつの異物に肛門と女肉をユルユルと刺激し続けられた。
そのせいで、肉の火照りと疼きは冷めていない。
精神的な極限状態のため意識することはなかったが、オンナの本能がそこへの刺激を求めてやまない状態に貶められている。
そこへ、淫具の振動という刺激が与えられた。
もっと刺激が欲しい。気持ちよくなりたい。
蜜紀の本能は、快楽を求めて刺激を貪ろうとする。
いやだ、いやだ。こんなみじめな状況で、性的に高められたくない。
対して理性は、快楽をもたらす刺激を拒もうとする。
精神の部分で本能と理性が葛藤するなか、肉体は淫具の刺激に反応していく。
肛門と女肉に生まれる妖しい感覚は、実体験のない蜜紀でも、性の快感なのだと認識できるほど大きくなってきた。
気持ちいい、気持ちいい。
快感を覚え始めた肉体がますます火照る。
「んう、んぅう……」
塞がれた口でくぐもって喘ぎながら、隙間から涎を噴き出す。
「ぅう、んむぅ……」
特殊ラバースーツの奥で、女肉から熱い蜜を吐き出す。
もはや、高まる性感を制御することはできない。
そもそも性体験のない蜜紀は、己の性感を制御する術《すべ》を知らない。
「んムぅうう……」
押し寄せる快楽に、口枷の金属リングを噛みしめて耐えたときである。
ガラスの向こうを歩いていた通行人が、蜜紀を見て足を止めた。
「う(ひ)……ッ!?」
ガラスごしに目が合い、驚愕しおののいたところで、もうひとり立ち止まった。
もちろんふたりの通行人が、蜜紀を見て足を止めたわけではない。外からしか見えないディスプレイに、興味を引く映像が映し出されただけだ。
だがそのことを知らない蜜紀は、ヒトブタ姿で淫らに高まる自分を見て、足を止めたと思い込んだ。
(いや……見ないで……)
しかし、ふたりは視線を外さない。
あまつさえ、ひとりが携帯電話を取り出し、撮影まで始めた。
つられるように、もうひとりも携帯電話をかざした。
(やめて、撮らないで……)
しかし、ふたりは撮影をやめない。
せめて首輪に吊られたプレートの顔写真だけは隠そうと、狭い晒し牢獄のなかで身体の向きを変えようとする。
それで手足を動かそうとしたとき、肛門の括約筋にも力を込めて決まった。
振動する肛門栓を食い締めてしまい、さらに大きい快感が襲いきた。
「んぅうムむむッ!?」
それでヒトブタマスクの奥で目を剥き、くぐもった嬌声をあげてしまう。
「……ッ!」
直後、3人めが足を止めた。
その人は、ディスプレイを撮影するふたりを見て興味を引かれただけである。
しかし蜜紀は、あられもない声を聞いて立ち止まったのだと勘違いした。
実のところ、シート状ディスプレイを挟んだ防弾仕様の合わせガラスを通し、声が聞こえることはない。
口を塞がれていない状態で絶叫すれば、かすかに音が漏れるかもしれないが、外には街の喧騒もある。人の耳に、蜜紀の声が届くことはけっしてない。
実際は見られていないのに視線を怖れ、ほんとうは聞かれていないのに声を抑えながら、ふたつの淫具の玩弄を受ける。
いやだ、いやだ。ヒトブタ姿で、豚奴隷として、衆人環視のもと淫具で高められるのはいやだ。
(でも……)
快楽を求めてやまない自分もいる。
いやだ、いやだ。淫らに高まる自分を、プレートの顔写真とともに見られ撮影されるのはいやだ。
(だけど……)
心のどこかで、もっと高まりたいと思ってしまう。
(わたくしは、もう……)
身体と身分のみならず、精神まで豚奴隷に堕ちてしまったのか。
それで、求めてはならない快楽を欲してしまうのか。
わからない。わからないが――。
そこで、なにかが来た。
いや、蜜紀がたどり着いたというべきか。
「んう、んムむぅんッ!」
抑えようとしても、くぐもった嬌声をあげてしまう。
そうしようとしていないのに、折りたたまれて拘束された手足がこわばる。
醜く吊り上げられたブタっ鼻を見物人に見せつけるように、首をのけ反らせてしまう。
「んぅう、んッグ(イク)ぅううッ!」
くぐもって悦びを叫び、蜜紀は絶頂に達した。
ビクン、と身体が跳ねる。
ガクン、と膝から力が抜ける。
バランスを崩し、横に倒れた。
倒れた身体をクッション材が貼られた壁に受け止められ、それからズルズルと床にずり落ちる。
だが、ふたつの淫具は止まらなかった。
絶頂の余韻に浸る暇《いとま》も与えられず、横倒しになったまま再び高められる。
初めての絶頂直後に、すぐさま2度めの絶頂に追い上げられる。
複数の視線に晒されている――実際は違うのだが、蜜紀は見られていると思い込んでいる――状況は同じ。
それどころか、見物人はさらに増えている。
「んムぅんむむむッ!」
そんななか、またイカされた。
そして、このたびも淫具は止まらない。
「んう(もう)、んぅんんん(止めてえ)ッ!」
くぐもって叫び、懇願しても同じこと。
憐れでみじめな豚奴隷は、あっけなく3度めの絶頂に追い上げられた。
「ぅんうんムんんッ!」
さらにイカされた。
「ンむンむぅんんッ!」
重ねてイカされた。
何度も何度も、繰り返しイカされた。
「んぅうぅぅうぅぅ……」
そして豚奴隷354番が低くうめきながら塞がれた口から涎を、封印された股間から温かい液体を垂れ流すだけになった頃、ようやく淫具の振動が止まった。
それからしばらくして、岩埼特別看守が現われた。
晒し牢獄の扉を開け、倒れたままの豚奴隷354番の身体を起こし、ファスナーを開けて汚れた股間を拭き清めると、バイブ機能つき肛門栓とローターを交換して去っていった。
暗くなりかけた頃、窓にシャッターが下された。
直後側面の小窓が開けられ、口中にねじ込まれたシリコンゴム棒が抜き取られ、流動食と水が与えられた。
その後すぐシリコンゴム棒が口に戻されてまた放置。
しばらくしたあとお尻の側から小水の排泄をさせられ、もう1度水分補給をされてから消灯。
それらすべての処置を豚奴隷として素直に受け入れ、眠りに落ちて迎えた2日めの朝。
現われた岩埼特別看守の手で、豚奴隷354番は古流院蜜紀に戻された。
もちろん、あらかじめそうすると決められていたわけではない。
この日の朝、高まる世論に押される形で、強制収容所制度の廃止と囚人の即時釈放が決定されたのだ。
古流院梧桐をはじめとする、古き家系の当主たちが、インターネット・SNSという新しい媒体に敗れた形になる。
だが、彼らがすべての力を失ったわけではない。
この国の裏側に張り巡らせた彼らの支配構造は、そう簡単には崩れない。
とはいえこのたびの一件が、支配階級の人々に少なからず影響を与えたことも事実である。
第3矯正収容所から解放され、元の暮らしに戻った蜜紀の前に、若いメイドが淹れたての紅茶を置いた。
些細なことで叱責を繰り返されてきたメイドが、今朝はなにを言われるのかとおののきながら控えていると、蜜紀がにっこり笑って口を開いた。
「ありがとう」
そして紅茶に口をつけ、もう1度ほほ笑む。
「美味しいわ」
いつものように些事を見つけて叱責されず、お礼まで言われてとまどうメイドは知らなかった。
蜜紀が第3強制収容所で豚奴隷に堕とされていたことを。
その凄絶な体験を経て、蜜紀が支配される側の痛みを知ったことを。
身勝手でわがままのかぎりをつくしてきた令嬢の心にも、少なからず変化をもたらしていたことを。
(了)