Home Artists Posts Import Register

Content

3  看守のひとりが標準囚人服を用意しながら、もうひとりが拘束を解いていく。  まずは脚。足首、太ももの順で拘束が解かれたところで、ニーハイのブーツを手にした看守が、入れ替わるように実紗の前に立った。  そのブーツの形は、搾乳映像を見せられたときと同じ印象。  外見は牛の蹄を模した、踵のない超ハイヒールブーツ。ストレッチブーツのように、ファスナーはない。代わりに、履き口の部分には革ベルトが設えられている。  材質は、足首から下以外、ブーツの筒の部分は薄く伸縮性がありそうだ。最初ニーハイストッキングと勘違いしたのは、そのせいだろう。 (それにしても……)  素材はなんなのだろう。  布ではない。革でもない。伸縮性はありつつ、独特の光沢を持つ、表も裏も同じような光沢を放つ奇妙な素材。  そのことを考えていると、佐間医官が口を開いた。 「生体由来のタンパク質から作られた、特殊合成ラバーです。通常のラバーとの違いは、最低限の通気性と透湿性を有していること。その機能により、長期間の連続着用を可能にしています」  その言葉のあいだに、看守が医療用の薄いゴム手袋を嵌めた手で、ブーツの内側になにかを塗り込めていく。 「それは、生体接着剤です。動物性タンパク質どうしは接着しますが、それ以外のものには効果がありません。相応の粘度があり、かつ遅乾性なので、標準囚人服着用時の潤滑剤としても使用しています」 「えっ、でも……それじゃ?」 「はい、標準囚人服の素材は、生体由来のタンパク質。当然、着用後は皮膚と接着されます。これは、囚人の脱走を防ぐための措置でもあります」  だとすれば、その効果は絶大だろう。  実際に第2矯正収容所からの脱走が可能なのかは別にして、破廉恥きわまりない標準囚人服姿で、外に出ることははばかられる。  それに加えて、排泄管理器具とセットになればなおさらだ。たとえ脱走に成功しても、小も大も鍵がなければ排泄できないなら、泣きながら戻ってくるしかない。  とはいえ、肌と接着されてしまえば、2度と標準囚人服を脱げなくなるのではないか。その下に着けられた、排泄管理器具も取れないんじゃないか。 「ですが、専用の剥離剤がありますので、出所時には脱ぐことができます」  その心配にも、佐間医官は答えを用意していた。 「標準囚人服を脱げば、その下の器具も外せます」 (なら、いいか……)  その答えに、実紗は納得させられてしまった。  実紗は折れかけた心を奮い立たせたところで、減点を恐れ、抵抗も抗議も諦めるよう仕向けられた。それで心を砕かれたうえで、繰り返し恐れ諦めさせられた。恐れ諦め、受け入れることに馴らされた。  調教ではなく馴致で、実紗の精神は従順にさせられかけていた。  このたびも生体接着剤を使用しての標準囚人服着用を受け入れさせられたところで、上半身を縛られたままブーツを履かされる。  ローションより粘度の高い接着剤の、ヌルリとした感触。  ストッキングを履くときのように、まずは靴の部分の突き当たりに足を嵌め込まれる。  すると予想どおり、牛の蹄を模した部分の内部は、超ハイヒールの靴の形になっていた。  こんな靴で、歩けるのだろうか。  もともとハイヒールの靴をあまり履いたことのない実紗は不安に囚われるが、もはや装着を拒むという選択肢はない。  靴の部分に足が収められ、ストレッチ部分をぐいぐい引き上げられる。  特殊合成ラバーがピッチリと脚に貼りつき、上端のベルトが締められる。  その作業がもう一方の脚でも行われ、佐間医官が椅子のリモコンを操作した。  左右に大きく開いていた座面が閉じられる。連動して、全体が起こされながら、高さが低くなっていく。  そして完全に元の椅子に戻ったところで、上半身の拘束も解かれた。 「立ってください」  そう言って、佐間医官が手を引く。  踵のない超ハイヒールの靴底で床を踏みしめ立ち上がる。  すると予想に反し、とくに支えがなくても立っていられた。  それは、牛の蹄を模した靴底部分が、通常のハイヒールブーツより広いからだろうか。あるいはその部分が、踵部分に体重がかからないよう、若干前屈みの姿勢を取らせる形状になっているからかもしれない。  おそらくその両方で、踵がなくても立てるのだ。  とはいえ、ふだんと同じように歩き回ることは難しいだろう。仮に慣れたとしても、実紗の運動神経では、走ることまでは不可能だと思われる。  つまり、このニーハイブーツは、靴の形をした拘束具。 『これは、囚人の脱走を防ぐための措置でもあります』  ブーツを含めた標準囚人服着用に生体接着剤を使用することは、精神的な抑止効果だけではなく、物理的に脱走をさせなくするためでもあったのだ。  そのことを認識させられた実紗の身体に、佐間医官が生体接着剤を塗り込める。  手、腕、肩、背中。露出させられる胸は避け、お腹。股間周りにも塗られないのは、そこに金属プレートが当たるからか。  ブーツと違って囚人服側に塗られないのは、一般的なレオタードと同じくように、足から通して着るからだろう。  絶頂寸前まで追い上げられたときの火照りが残る肌に、佐間医官が接着剤を塗り終えると、看守のひとりが実紗に告げた。 「私の肩につかまれ」  それはレオタードに足を通すとき、バランスを崩して転倒させないためだろう。  そうと理解し看守の肩に手を置いたところで、背中のファスナーを開いたレオタードを持ち、もうひとりの看守が足元に膝をついた。 「右足を上げろ」  言われたとおり足を浮かすと、レオタードに足を通された。 「次は左足だ」  続いて、もう一方の足。 「よし、足を肩幅程度に開け」  それから、レオタードをぐいっと引き上げられる。  そこで、肉壺の入り口に、なにか硬いものが触れた。 「……ふぁ」  火照りと疼きが残るそこが不意に刺激され、思わず吐息を漏らしてしまう。 「性感開発に使った3号ディルドと同じサイズの金属製ディルドが、そこに取りつけられているのです」  佐間医官に告げられ。 「そ、そんな……」  口を開きかけたところで、金属プレートを持ち上げられた。 「ハッひぃいッ!?」  プレートに固定されたディルドが一気に挿入され、襲いきた快感に目を剥いて喘ぐ。  カチッ。  聞こえた金属音は、尿道の排泄管理器具の金具が、プレートのノズルに接続された音だ。  カチッ。  もう1度聞こえたのは、肛門の排泄管理器具が、プレートの開口部と噛み合った音だ。  少しずつ肉壺の快感が引いていくなか、そのことを感じ取りながら、レオタードを着付けられていく。  特殊合成ラバーをぐいぐい引き上げられ、背中の開口部から腕を通される。  ブーツのつま先同様、牛の蹄を模したグローブ部分に手が収められると、自然とグーを握るような形を取らされた。  それから腕と肩をレオタードに押し込められ、背中のファスナーを閉じられていく。  両手は軽く握った状態で、蹄のグローブの中。ファスナーを閉じられてしまうと、自力では開けられない。もし開けられても、接着剤が固まってしまうと、脱ぐことができなくなる。  そのことがわかっていながら、恐れ諦めた実紗は着付けを拒めない。  やがてファスナーが閉じきられ、ブーツとレオタードの着付けが終わった。  とはいえ、標準囚人服の装具すべてが着けられたわけではない。  続いて、実紗の肛門用排泄管理器具のノズルに、牛の尻尾のような飾りが接続された。 「その尻尾は、一級管理装具を装着された囚人にしか着けられません。いわば、より厳しい管理措置を受けていることの証でもあります」  それもまた、残酷な仕打ちだ。事情を知っている者ならば、実紗が排泄管理を受ける身であることがひと目でわかる。  そのことも恐れ諦めて受け入れたところで、看守が手にしたのは、革の手枷。  2連のベルトが設えられたそれを、ふたりの看守が左右同時に手首に巻きつける。  レオタードと一体の蹄形グローブのせいで、牛の前足に変えられた手に、無骨で頑丈そうな手枷が装着される。  そして最後に看守が取り出したのは、革と金属が組み合わされた装具だった。  搾乳映像のなかでは、首輪と轡、革はちまきがそれぞれ別だと思っていたが、実は頭の後ろ部分でつながっていたのだ。 「頭部ハーネスです。これで当面の装備は最後になります」 「当面……って?」 「それは、懲罰用装具のことです。人として取り返しがつかなくなるような残酷なものですが、今226番が知る必要はありません。反抗的な態度を繰り返さない限り、それらを着けられることはないのですから」  佐間医官が告げたところで、看守が角のような金属飾りがついた、革はちまきを頭に巻きつけた。 「その角は、ただの飾りではありません。バッテリーが内蔵された発信器になっており、2年間、226番の位置情報を発信し続けます」  それもまた、標準囚人服の装具と同じく、脱走を防止するためのものなのだろう。  そのことで脱走は絶対不可能なのだと思い知らされながら、次は首輪。いや、それは首輪などどいう、生やさしい拘束具ではなかった。  首の下端、鎖骨に近い位置から下顎までを覆いつくし、頸椎用コルセットのように首を固定する首枷。  それを首が絞まる寸前まできつく締め込まれてから、最後に複雑に湾曲した金属製の轡。  下顎までを捕らえる首枷のせいで、口は轡をギリギリ受け入れられる程度にしか開けない。  歯を傷めないようにとの配慮だろう。ビニールコーティングが施され、口への当たりが柔らかいそれが、その口の中に押し込まれる。  すると中央の湾曲した部分は、舌を押さえるような形状になっていた。  そのせいで、自由に舌を動かして喋れなくなった。  首枷で下顎を固定されて口を大きく開けなくされ、がっちりかまされた金属棒のせいで、口を閉じることもできない。  そのうえで舌の動きまで制限された実紗は、もう意味のある言葉を吐き出せなくなった。  とはいえ、連行時に嵌められていた猿轡のように、発声を完全に防ぐものではない。  声の大きさ自体は制限せず、言葉を「あいうえお」いずれとも取れない音声に変換されるだけ。 「聞きようによっては、牛の鳴き声みたいでしょう?」  そこで佐間医官が、薄く嗤って口を開いた。  そうだ。骨伝導で伝わる自分の声が何に一番近いかと問われれば、牛の鳴き声と答えるしかない。  踵のない超ハイヒールブーツで足を牛の後ろ足に、レオタードと一体のグローブで手を牛の前足にされた実紗は、声までも牛の鳴き声に変えられた。 (今の私は、まさに……) 「矯正牧場の牛奴隷といったところですね」  実紗が思ったけれど言えなかった言葉を、佐間医官が躊躇なく口にした。  手枷どうしを金具でつながれ、廊下を連行される。  首枷につながれたリードをひとりの看守に引かれ、もうひとりの看守に背後を護衛され、長く薄暗い廊下をヨチヨチ歩かされる。  はじめ、轡を噛まさせた口から溢れる涎を、なんとか飲み込もうとした。  しかし、口中に押し込められた湾曲部分に舌を押さえられてうまくいかず、次第に垂れ流し放題になった。  そのことが恥ずかしくて屈辱的で耐えられないと思っていたのはしばらくのあいだ。  首枷のリードを引く看守は、涎についてなにも言わないし、すれ違う職員も奇異な目で見たりしない。  そのことで次第に羞恥と屈辱を忘れ、涎を垂らすことに馴らされていった。  そう、馴らされる。  第1矯正収容所のように調教で囚人を躾けるのではなく、ここ第2矯正収容所の目的は馴致なのだ。  そのためのしかけは、巧妙で狡猾、なおかつ周到である。 「標準囚人服と一級管理装具が外される出所の日まで、私と会うことはないでしょう」  看守に連れられて処置室を出る前、佐間医官がそう告げた。 「懲罰用装具を着ける場合は別ですが」  実紗の心に、恐れと諦めの気持ちをより強く刷り込むことも忘れずに。  みじめきわまりない標準囚人服と、残酷このうえない一級管理装具以上に厳しい装具とは、いったい何なのだろう。  とはいえその正体を、佐間医官は教えてくれなかった。  そしてそれが何なのか知らないほうが、自分にとっていいに決まっている。出所の日まで、佐間医官に会わないに越したことはない。  実紗は減点に加え、懲罰の装具も恐れる。  減点と懲罰の装具を恐れ、諦めて従順に従おうと心に決める。いや、決めさせられる。  実紗があっさりそう考えさせられたのは、標準囚人服と一級管理装具の巧妙なしかけも関係していた。  標準囚人服の金属股間プレートの内側には、性感開発に使われたものと同サイズのディルドが仕込まれている。加えて、尿道と肛門の排泄管理器具も接続固定されている。  尿道の周囲には、それを取り囲むように陰核の根っこが存在する。肛門にも性感帯があるうえに、肛門用ディルドでそれを開発されてしまった。  そして性感開発で絶頂寸前まで追い上げられた肉体は、いまだ火照りと疼きを宿している。  そのせいで、実紗が長いあいだ隠してきたオンナの本能は、快感を求めていた。  そんな実紗の性的に敏感な場所を、ふたつの排泄管理器具とディルドが占拠している。  硬い金属プレートに固定されたそれらは、特殊合成ラバーが肌に接着されたこととあいまって、けっして動かない。  対して実紗の柔らかい肉は、身体を動かすたびに連動して動く。  1歩1歩、ヨチヨチと足を運ぶたび、連動して動いた肉が、ふたつの排泄管理器具とディルドに擦りつけられる。  それで緩い快感が生まれ続け、火照りと疼きは一向に冷めない。  冷めないどころか、歩き始めてから再び強くなってきた。  とはいえ、肉がユルユルと擦られる程度の刺激では、本格的に高まることもできない。  冷めない火照りと疼き、酔えるほどは高まらない性感に苛まれる実紗は、ものごとを考えようとすることはできるが、深く思考することはできなくされていた。  逆らったり抵抗したりすれば減点や懲罰を受けることは理解できても、それで恐れ諦めることに馴らされた結果、自分がどうなってしまうかまでは考えられなかった。  標準囚人服と管理装具を考案した者、それらの装着を決めた佐間医官の思惑どおり、矯正収容所にとってもっとも都合のいい状態に貶められたまま、実紗はひとつの部屋の前まで連れてこられた。  2班第2牛舎。  部屋の入り口に書かれた文字に、あらためて矯正牧場の牛奴隷という身分を痛感させられる。  その鉄扉が鍵を使って開かれると、中は両側に4つずつ、合計8枚の木製の扉が並ぶ通路だった。  右手前の扉が、221。左側手前が222。  それぞれの扉には、下部に高さ20センチほどの隙間。真ん中より少し下の位置には、下部のものと同程度の隙間。そして顔の高さあたりに、覗き窓がある。  覗き窓と上側の隙間のあいだには閂があるが、鍵はかけられていない。  覗き窓か隙間から手を伸ばせば閂に届きそうな気はするが、牛の蹄に変えられた手では開けられないだろう。  それぞれの扉の向こうには、人の気配がある。牛の鳴き声にも似たうめき声も聞こえる。  頭くらいは通りそうな覗き窓から中のようすが見られるが、今はそこから覗き見る気にはなれなかった。  そんな扉の前をふたつ過ぎ、左側の3つめ。226と書かれた扉を、看守が開けた。  実紗の囚人番号と同じ番号が振られた小部屋の奥行きは2メートル程度。幅は1メートルを少し超える程度か。  隣の小部屋との仕切りは、木の板1枚。突き当たりに鉄格子がはめ込まれた小さい窓があるが、そこから見えるのは収容所のコンクリート壁のみ。  家具調度の類はいっさいなく、床に干し草が敷き詰められているだけ。 「特に注意することはない。搾乳の準備ができあがるまでは、研修期間のようなものだ」  その部屋に実紗を連れ込むと、看守が首枷のリードを外しながら告げた。 「朝起床し、餌を食べ、決められた時間に排泄するだけの生活だ。そのたびごとに指示を与えるから、黙ってそれに従っていれば減点もされないし懲罰も受けない」  そして手枷どうしをつないでいた金具を外し、小部屋を出ていく。  カチャリ。  聞こえた金属音は、小部屋の扉に閂をかける音だ。  ガチャ、ガチャリ。  数秒後の音は、鉄扉を閉めて施錠する音。  そうして牛舎の小部屋に閉じ込められて放置され、実紗の矯正牧場暮らしが始まった。 「ぅう……」  ひとつ息を吐き、干し草の上に膝をつく。  その際、顔を下に向けたせいで、口中に溜まっていた涎がゴポリとこぼれ、糸を引いて干し草の上に落ちた。  とはいえ、涎を垂らすことに馴らされた実紗は、もう羞恥や屈辱を感じない。  実紗にとって、轡を噛まされた口から涎を垂らすことは、息をするのと同じような行為になっていた。  加えて、実紗は大きな胸を曝け出していることにも、羞恥心を持てなくなっていた。  どちらかというと、お尻に着けられた尻尾を見られることのほうが恥ずかしい。  それは、尻尾が肛門にも排泄管理器具を着けられていることの証でもあるから。  常識的に考えると、どちらも恥ずかしいはず。だが、ここでどちらが特殊なことかというと、尻尾を着けられていることだ。  第2矯正収容所――いや矯正牧場に連れてこられてわずか半日、実紗の精神は、少しずつ作り変えられようとしていた。  とはいえ、実紗にはこの先も、羞恥と屈辱の試練が待っている。  その試練すべてに馴らし、元女弁護士を従順な牛奴隷に仕立てあげることが、この矯正牧場の目的なのだ。  そして次なる羞恥と屈辱の試練は、すぐにやってきた。  ガチャ、ガチャリ。  鉄の扉が開錠され、開かれる。 「小便の時間だ!」  看守が告げる声。隣と正面の小部屋で、人が動く気配。  それで実紗も立ち上がると、目の高さの覗き窓越しに、225番の囚人と目が合った。  額のはちまき状の革ベルト。そこに取り付けられた、発信器を兼ねた角飾り。耳に着けられた囚人番号のタグピアス。口を緩く開いて噛まされた轡。首を固定する首枷。  それらみじめで残酷な装具は、実紗と同じもの。真ん中の隙間から見える股間プレートも――。  そこで、ハッとした。  それらがよく見えるのは、225番が扉の間際に立っているから。  詳細な指示は聞かされていないが、おそらくそれが、小水を排泄するときの作法なのだ。  そうと気づいて扉の際に立つと、覗き窓から斜め右、223の部屋のようすが見えた。  作業服姿の女性が扉の真ん中の隙間から、囚人の股間プレートのノズルにチューブを接続し、小水を回収している。 (これが……)  ここの小水排泄のやり方なのだ。  とうてい人の排泄とは思えない屈辱的な作業を見て愕然としていると、看守が扉の前に立った。 「ほう」  牛舎に連行されてきたときと同じ看守が、感心したように声をあげた。 「小便の作法は教えてなかったはずだが……225番を真似してそうしたか?」  問われて肯定すればいいのかどうか迷っていると、看守が薄く嗤った。 「それはとてもよいことだ。加点要素として、上に報告しておこう」  その言葉で思い出した。 (そうだ……)  人としての尊厳と信念を持ち、看守の指示に逆らえば減点される。  牛奴隷として羞恥心と屈辱感を飲み込み、率先して従えば加点される。  それが、第2矯正収容所、いや矯正牧場の仕組み。  あらためてそうと思い知らされ、恐れ諦め、屈辱的な小水回収作業を受け入れる。  そこで、看守と作業服の女性が入れ替わった。  カチリ。  股間プレートのノズルに、チューブが接続される。  直後、膀胱が軽くなる感覚。それで小水が回収されているんだとわかるが、スッキリする感じはない。  人としての排泄の実感を感じない、まさに回収作業。  やがて、チューブが外される。  しゃがんで作業していた女性が立ち上がり、言葉もなく立ち去っていく。 「この調子で、せいぜい励め」  そしてそう告げると、看守も牛舎から去っていった。  鉄扉に施錠する金属音を残して。  次なる試練は、鉄格子がはめられた小窓の外が、暗くなりかけた頃に訪れた。 「餌の時間だ!」  看守の声の直後、再び囚人たちが動く気配。  彼女たちを真似して、実紗も小水排泄のときと同じように、扉の前に立つ。  しばし225番と顔を突き合わせて待っていると、小水排泄のときと違い、囚人ごとにひとりずつ作業服姿の女性がついた。  その女性が持っていたのは、半透明の樹脂製ボトル。  緑色の液体が入れられたそのボトルの太めの吸い口が、口中に押し込まれた。  そしてボトルを逆さにすると、粘度の高い液体が、少しずつ流れ込み始める。  わずかに青臭い。その匂いと色は、緑黄色野菜のものだろう。味は薄く、塩けはあまり感じない。  けっして美味ではない液体を、不自由な口で必死に飲み下すと、次は白い液体。  これは、ふつうの牛乳だった。  そして、最後に水。 「全部飲み干す前に、口をゆすいでおけ」  看守にそう言われたが、轡を噛まされた口でうまくできるわけもなく、口中に流し込まれた水を少しこぼして、味気ない食事が終わった。  違う。看守が告げたように、これは餌なのだ。食事の時間ではなく、食餌の時間なのだ。  そのことがわかっても、どうすることもできない。  実紗に許された選択は、餌を食べるか食べないか。  いや、実際は食べないという選択肢も認められられない。  もし緑色流動食の餌を拒んでも、電気警棒の懲罰のうえ、無理やり飲まされる。そして、減点が与えられる。場合によっては、懲罰用装具を着けられる。 (このみじめな境遇から1日も早く抜け出すためには、従順になるしかない……)  恐れ諦めそう考えさせられて、実紗はこのたびも羞恥と屈辱を飲み込んだ。  餌が片づけられたあと、就寝前の小水排泄と水分補給。  スポーツドリンク的に栄養成分が混ぜられているのだろうか。わずかに甘みを感じる水を口中に流し込まれてからは、牛舎を訪れる者はなかった。  小部屋には照明がないから、通路の明かりが落とされると、中も暗くなる。  常夜灯の弱い光が漏れてくるので、真っ暗というわけではないが、そうなるともうなにもすることがない。  立っていることもつらく、肛門の器具に繋がれた尻尾のせいで座ることもできず、干し草の上に身を横たえる。  正直、疲れていた。肉体的にも、それ以上に、精神的に疲労困憊だった。  そのうち、ほかの囚人が動く物音も聞こえてこなくなった。ひとり、またひとりと眠りに落ちていったのだ。 (私も……)  早く寝よう。  しかし、そう思って目を閉じても、すぐには寝つけなかった。  それは、精神的な緊張のせい。  加えて、肉の火照りと疼きも残っていたから。  性感開発で絶頂寸前まで追い上げられたあと、標準囚人服を着付けられる過程で、火照りと疼きはいくぶん冷めた。  だが、消えたわけではなかった。  そして肉の奥で残っていた火照りと疼きは、実紗の身体に施されたしかけによって、少しずつ大きくなっていた。  とはいえ、尿道と肛門の排泄管理器具も肉壺のディルドも、常に存在を主張しながら、挿入された穴を緩く刺激しているだけ。  実紗を酔わせるほどには、性の快楽は大きくならない。  消えることのない肉の火照りと疼き、緩い快感に苛まれながら、じっと耐えるしかない。 (いっそ、自分で慰めて……)  自慰の経験がある実紗は一瞬考えるが、隣の小部屋との境は木の壁1枚。ドアにも大きな隙間が3箇所あるから、声はおろか物音まで筒抜けになる。 (いえ、もし声や物音が聞こえなくても、きっと……)  自慰はできないだろう。  股間周りはすべて、硬い金属プレートに覆われている。  そのうえ標準囚人服の特殊合成ラバーは、塗り込められた生体接着剤により、完全に肌に接着されてしまった。  挿入された排泄管理器具もディルドも、数ミリ程度にしか動かない。  それでは性感を高めるほどの刺激は得られない。  そもそも蹄のグローブを嵌められた手、いや牛の前足では、なにも持つことはできない。  自慰を諦め、それをしたいという気持ちを追い出し、あらためて目を閉じる。  するとほどなく強い睡魔に襲われ、実紗は眠りに落ちた。 「ぅ、ん……」  低くうめいて、実紗は目覚めた。  目を開けると、そこには木製の壁。身体の下には干し草。  昨夜寝りに落ちたときと同じ、牛舎の小部屋の中。すでに陽は昇り、鉄格子がはめ込まれた小窓から、外の光が差し込んでいる。  轡を噛まされたままの口がだるい。涎は垂れ流しっ放しだが、干し草に吸い込まれてベタつく感じはなかった。  だが、不快なことには変わりない。それに、口を閉じることができないため、口と喉が乾いている。  そして、3つの穴に挿入された排泄管理器具とディルドの存在感は、相変わらずすごい。  それらはただ存在感があるだけじゃなく、今も肉の火照りと疼きを生み続けている。  そのせいで、ディルドを挿入された肉壺は、絶えず潤っている。そこから溢れた蜜で、股間の金属プレートの裏側全体がベトベトだ。  だが、実紗にはどうすることもできない。  標準囚人服の特殊合成ラバーを肌に接着され、排泄管理器具とディルドを固定する金属プレートも微動だにしない。  3つの穴の異物を抜くことはできないし、プレートの裏を拭き清めることもできない。  そもそも、標準囚人服のレオタードと一体の蹄のグローブのせいで、手を使うことができない。 「うぁう……」  くるおしくうめき、上半身を起こす。  隣や向かいの小部屋でも、すでに目覚めた囚人が動く気配。  そこで、牛舎入口の鉄扉が開かれた。 「朝だ! 起きろ牛奴隷ども!」  昨夜との者とは違う看守の声。  シフトを組んで、法定労働時間を守っているのか。囚人に対しては牛奴隷呼ばわりし、人権を蹂躙する対応をしているのに――。  そう考えて、自分にまだ弁護士としての知識だけは残っていることを知った。  だが、わずか1日で恐れ諦めることに馴らされた実紗は、矜恃を思い出すことまではできなかった。  隣や向かいの囚人に合わせ、実紗も立ち上がる。  立ち上がり、扉の前に立つ。  減点を避け、少しでも加点を得ることが。そうすることで、刑期短縮を勝ち取り、1日も早く出所することが。自分にとって最善の選択だと思い込まされたまま。  矯正牧場の評価制度は相対的なものだから、自分が刑期短縮されるということは、別の囚人が刑期延長されることなのだと気づけずに。  そのことが実紗が守るべき弱い人を、さらなる苦境に立たせることになるのだと考えられずに。  弁護士として大切なものを失って、実紗は矯正牧場の罠に囚われる。  昨夜と同じように、囚人ひとりにひとりずつ、作業服の女性がついた。  昨夜同様、口中に流動食と牛乳、それにうすら甘い水が流し込まれた。  それらを苦労しながら飲み下すと、小の排泄。  一晩溜まっていた小水を排泄管理器具のノズルから回収されてから、作業服の女性がなにやら手で合図した。  その合図の意味がわからずにいると、向かいの225番が扉に背を向けた。  合図は身体の向きを変えろという意味だったのだと気づき、慌てて実紗も扉に背を向ける。  すると、肛門用排泄管理器具に接続されていた牛の尻尾が外され、代わりになにかをつなぎ直された。  ひとりだけ違うことをするのが恐ろしく、振り向いてその正体を確認できずにいると、看守の声。 「浣腸開始!」 (えっ……?)  直後、肛門内に液体が流し込まれた。  反射的に括約筋を引き締めても、できたのは器具を食い締めることのみ。 「んっ、うっ……」  それでゾクリと快感が駆け抜け、甘い吐息を漏らしてしまいハッとする。  その吐息を苦悶と受け取ったのか、はたまた囚人には興味がないのか。作業服の女性は、特に反応を見せず浣腸を続ける。  少しずつ、苦しくなってきた。  通常の――といっても、実紗は薬局で売っているような簡易なものしか知らないが――浣腸なら、とっくに注入を終えているはずだ。  にもかかわらず、いまだ浣腸液の注入は続いている。  いったいどれほどの量を、注入しようとしているのか。  あまりの苦痛に、喋れない口で声にしてしまったときである。 「1リットルだ」  いつのまにか作業服の女性の背後に立っていた看守が、恐るべき言葉を吐き出した。 「うぇ(えっ)……?」 「多すぎると思うか?」  あたりまえだ、そんな大量の浣腸液が、人の腸内に注入できるとは思えない。 「だがそれは、標準注入量の半分だぞ。矯正収容所制度そのものに盾ついた、おまえのような社会の敵には、ほんとうなら初日から懲罰浣腸並みの量をぶち込んでやりたいが……浣腸に慣れるまでは、これが医官の指示だ、仕方ない」  その言葉を聞き、震えあがった。  1リットルでも多すぎるのに、いずれは日常的に2リットルも注入されるのだということに。浣腸が懲罰として行われる際は、それ以上注入されるのだということに。  加えて実紗が――牛奴隷226番が第2矯正牧場に収容された理由は、末端の看守にまで知らされている。  それでも昨夜の看守は職務として淡々と接していたが、今朝の看守は違う。自分たちと対立した者として、実紗に敵意をむき出してくる。  はたして、昨夜のような看守が多数派なのか。それとも、今朝のような看守が、大勢を占めているのか。  前者なら、実紗の矯正牧場暮らしは地獄。後者なら、地獄の中の地獄。いずれにせよ、ここでの暮らしは地獄。  暗澹たる気持ちに囚われながらも、浣腸液の注入は続く。  苦しい、苦しい。  しかし、拒むことはできない。  どれほど括約筋に力を込めようと、できるのは硬い金属の器具を食い締めることのみ。  苦しい、苦しすぎる。  あまりに苦しすぎて、器具を食い締めても快感を覚えない。  いや、快感を覚えても、それをはるかに凌駕する苦痛に襲われる状態。  やがて注入が終わり、ノズルから浣腸器が外された。  しかし、苦痛は終わらない。  終わらないどころか、薬液の効果で腸が内容物を押し出し始め、いっそう苦しさが増す。  とはいえ、ほかの囚人は、注入そのものが終わっていなかった。 「ぅあぅ……」 「ぁうぅ……」  めいめいに苦悶の声を漏らしながら、2リットルの大量注入に耐えている。 (早く……)  排泄させてほしい。  その一心で、耐えがたい苦痛に耐える。  本来排泄は、女性にとってもっとも秘しておきたい行為。以前の実紗なら、最後の最後まで排泄を見られたくないと思っていただろう。  だが今は、一刻も早く苦痛から解放されたいという気持ちが先に立っていた。  1日も早く出所したいと願い、弁護士として大事ななにかを失ったように、女性として大切にすべきものも捨ててしまっていた。  やがて、ほかの囚人の注入も終わる。  だが、苦痛の刻は終わらない。  それから永遠とも思えるほど長いあいだ――実際は5分程度だったが――苦悶させられたあと、看守が口を開いた。 「排泄を許可する!」  お尻に容器があてがわれた。  直後、複数の破裂音。  肛門の排泄管理を受けていない囚人が、許可と同時に排泄したのだ。  そのふくいくたる匂いが漂ってきた頃、排泄管理器具の蓋の鍵が解錠された。  直後、お尻に当てられた容器の底を、器具から吐き出された液体が叩いた。  とはいえ、肛門を排泄物が通過する感覚はなかった。排泄している実感はなかった。  ただ、お腹の苦痛が和らいでいくのみ。  それは、小水の排泄と同じ。小も大も、実紗の排泄は実感のないものにさせられてしまった。  実紗が排泄の恥じらいを失ってしまったのは、そのことも影響したのかもしれない。  ともあれ、実感のない排泄はすぐ終わり、器具の出口付近を拭き清められたあと、蓋が閉められた。  カチリ。  そして蓋を施錠する金属音とともに、実紗の肛門は再封印された。

Files

Comments

No comments found for this post.