小説 矯正牧場の馬奴隷 7章 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-09-04 08:51:38
Edited:
2023-01-04 23:33:20
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7.新しい馬奴隷189番
馬車を引く調教が始まって1週間ほどが過ぎたある日、三原班長ではなく、収容初日以来の看守が、馬小屋に現われた。
ショートボブ、というよりおかっぱ頭に近い髪型の、ガッチリした体格の看守に手綱を取られ、馬小屋を出る。
「三原班長はすでに、新しい囚人の身柄を引き取りに裁判所に行っておられる。昼前には戻ってこられるだろうが、午前中の調教は、私が代わって行なう」
そう言いながら夏海を馬車につないだ看守の態度は、初日よりずいぶん柔らかい。
三原班長の調教に素直に従ってきたことが功を奏し、第八看守班全体からの信頼をかち得つつあるのだろう。
そう考えて胸を撫で下ろした夏海は、すぐに従順に調教を受けてきたことの副作用を思い知らされた。
それは、三原班長よりひとまわり大きい体格の看守を、馬車に乗せて歩き始め、しばらく経ったときのこと。
特に信用しているわけでもない、好意も持っていない、むしろ敵意のほうが強い看守に手綱を取られているときでも、アナルプラグの刺激で肛門性感が高まり始めた。
とはいえ、それも当然。
馬車に乗る者の体重が重いということは、発進と停止により大きな力が必要ということ。
いつもより脚に力を込めることで、連動する括約筋にも力が入る。ふだんよりきつくプラグを食い締めてしまうことで、肛門の性感帯への刺激も強くなる。
相手が変わり、三原班長のときより性的に高まることへの忌避感は増大していても、そこに生まれる快感は、補って余りあるほど大きくなっていた。
お尻の快感に襲われながら、大柄な看守を乗せた馬車を引く。
嫌いな相手に操られながら、肛門性感で高まってしまう。
そのことに忸怩たる思いを抱きながらも、調教で反抗的な態度を示すわけにもいかず、淡々と手綱の指示に従って歩く。
「ククク……すっかり変わっちまったな。従順なものだ」
そのことを、手綱を操る看守が揶揄した。
「この調子なら刑期満了を待たず、おまえも身も心も馬奴隷に堕ち、2度と真人間に戻ることはなかろう」
揶揄して、恐るべき言葉を口にした。
自分以外の、彼女がこれまで関わってきた馬奴隷は、皆そうなってしまったのだろうか。
たしかに、自分が変わってしまった自覚はある。
以前と違い、性の悦びを教え込まれてしまった。
教え込まれた悦びを欲し、羞恥も屈辱も飲み込み、ご褒美を求めるようになってしまった。
それどころか、最近では羞恥も屈辱を感じなくなっている。
きっとこれは、あまりよくない兆候だ。
羞恥や屈辱に制約されず、本能の赴くまま性の悦びだけを求めるようなオンナになってしまったら、看守が言うとおりまっとうな社会生活を送れなくなるだろう。
ましてや、格闘家として再起するなど夢のまた夢。
そしてもっとも怖ろしかったのは、そんな危惧すら、あっさり快感に押し流されてしまったこと。
「あっ、あふ、あぅ……」
艶めく吐息を漏らしながら。
「あぅ、ぁう、ぁあ……」
馬銜を噛まされた口から、涎をこぼしながら。
「ぁあ、あっ、ああっ……」
股間プレートの小水排泄孔から、汗混じりの蜜を垂らしながら。
危惧や恐怖ごと快楽の大波に飲み込まれ、夏海は恍惚の状態で馬車を引く。
そのときである。
前方から、ひとりの馬奴隷が引かれてやってきた。
夏海と同じ、芦毛のスーツ。お揃いの拘束具で、その身を縛(いまし)められて。
その手綱を取るのは、三原班長。スーツの胸とヘッドハーネスの番号は、189番。
つまり、三原班長が担当する、第8看守班の新しい囚人だ。
三原班長に手綱を引かれ、後方から警備の看守に監視された新囚人、189番が近づいてくる。
そういえば、自分よりあとに来た囚人を見るのは初めてだ。
興味本位で視線を向けたい気持ちはあるが、顔を正面に向けたポニーの基本姿勢を崩すわけにはいかない。
肛門性感に蕩ける頭でそう考え、かろうじて自重し、できるだけ189番を見ないようにしながら馬車を引く。
そこで189番が、自分を凝視していることに気づいた。
アームバインダーで両腕を拘束されているせいで、胸を張り、背すじを伸ばした姿勢を強制されて。馬銜をまされた口から涎をこぼさないよう、顔を上に向けて。
でも基本姿勢の調教はまだ受けていないから、顔はしっかりと夏海のほうに向けて。
(これは……)
入所初日、167番を見た夏海自身と同じだ。
そう気づくと同時に、あのとき自分が考えていたことを思い出す。
囚人どうしが、たとえ視線だけであっても勝手に交流してはいけないのか。
そうだ。交流そのものを禁じる規則はないが、自分以外の馬奴隷を見る機会は、調教中にしかない。そして調教中、基本姿勢を崩すことはけっして許されない。
矯正教育という名の調教中は、看守班長に指示されたこと以外をしてはいけないのか。
それもそのとおりだ。調教中は、手綱の指示が絶対だ。
囚人どうしの交流はもちろん、涎を恥じて顔を伏せることすら禁じられているのか。
そういう決まりを忠実に守っているからこそ、167番は模範囚だったのか。
あるいは――。
違う。
もちろん基本姿勢を崩してはならないという決まりはあるが、夏海は人前で涎を垂らすことに馴らされてしまっていた。
馴らされ、それを恥ずかしいと思えなくなっていたから、気に留めていなかった。
しかし、189番は違う。
まだ矯正牧場に馴らされていない彼女は、夏海が恥じるようすもなく涎を垂れ流すさまを見て、驚き凝視した。
入所初日、167番を見たときの夏海自身のように。
(わ、私は……)
1カ月半に及ぶ調教で変わってしまった。変えられてしまった。
(そして、たぶん……)
この先も、自分は変えられていく。
夏海に凝視されても、まったく反応しなかった167番のようにされてしまう。
『この調子なら、刑期満了を待たずに身も心も馬奴隷に堕ち、2度と真人間に戻ることもなかろう』
大柄な看守にかけられた言葉が、いっそう現実味を増してくる。
そうなってしまうことへの怖れが、ますます強くなる。
一方で、肛門性感もどんどん大きくなってきた。
そして、肛門の快感はやがて、強くなった怖れすらも凌駕する。
心のどこかに、この悦びさえあれば、戻れなくなってもいいという思いが生まれる。
(それじゃ……ダメ……)
理性でそう考え、気を引き締めようとできたのは一瞬。
「はふ、あっ、んぁあ……」
高まる性感に艶めいた吐息を漏らすたび、肉が融ける。頭が蕩ける。
しかし、絶頂に達するほどには高まれない。
(イキたい……)
恍惚の世界への渇望。
(イカせてほしい……)
尻尾の裏にアナルプラグが取りつけられた肛門カバーを装着されて以来、調教中の夏海を捕らえ続ける思いが、心の大半を占拠するようになった。
もし今、たった1度の絶頂と引き換えに完全なる馬奴隷堕ちを求められたら、迷いなく受けてしまうかもしれない。
それほどの渇望を覚えながら、やがて馬小屋の前に戻ってきた。
手綱で停止が命じられ、馬車の接続が外される。
そのまま馬小屋に連れ込まれ、壁の金属リングに手綱を結ばれる。
そして肛門性感の官能の焔に身を炙られる夏海を放置して、大柄な看守は去っていった。
以前と違い、干し草の上に腰を下ろして座ることはできない。そうしてしまうと、アナルプラグに体重がかかり、硬い金属塊に肛門を抉られてしまう。
横たわる気持ちにもなれず、またこの頃になるとポニーブーツで立っていることがまったく苦にならなくなっていたので、立ったまま冷たい壁に寄りかかってたたずむ。
そのうち、少しずつ昂ぶりが冷めてきた。
肉の火照りと疼きがいくぶん治り、蕩けていた頭の思考能力も戻ってきた。
それにつれて蘇ってくる、戻れなくなるほど変えられることへの怖れ。
その怖れを抱きながらも、先ほどは肛門性感に高められてしまった。高められ、怖れを失念しまっていた。
そしてもし今夜三原班長のご褒美をもらえば、大いなる悦びに追い出され、怖れは心から消えてしまうかもしれない。
三原班長にそのつもりはなくても――調略された夏海は、いまだ彼女の悪意に気づけていない――嬉々として快楽をむさぼり、再び怖れを忘れ、少しずつ変えられてしまう。
(それは、絶対に嫌)
実のところ、そう思えることこそ、夏海が強靭な精神力を持っていることの証であった。
騎手を乗せた馬車を問題なく引けるほど調教が進んだポニーガールは、通常精神を変えられることに疑問すら抱けなくなっている。
そんな夏海の状態とは関わりなく、調教そのものにはいっさい感知しない牧童が、昼の餌を運んできた。
餌と水のボウルを載せたトレイを干し草の上に置き、手綱ごと夏海の口から馬銜を外して、餌を食べられるようにして無言のまま去っていく。
朝からの調教で、お腹は空いている。怖れを抱いてはいても、餌がたいして美味いものでなくても、生きるために迷わず食べられることも、また夏海の強さ。
膝を折り、状態をかがめ、床に敷かれた干し草の上に置かれた餌に口をつけようとしたときである。
「あぅ……おぃ、ぁんあ(おい、あんた)!」
壁の向こうから、不明瞭な声が聞こえた。
「ぉえ(これ)、(ほぉぃてくれよ)ほどいてくれよ!」
その発音が、次第にはっきりとしてきた。
おそらく最初の声は、馬銜を外された直後のものだったのだろう。
口の動きが回復してきて、声を聞き取れるようになったのだろう。
新しく壁の向こう、馬小屋の隣の馬房に収容されたのは、おそらく189番だ。
夏海と同じ入所前処置を受けて打ちひしがれた精神が、一時的に回復してきたところに、牧童が餌を運んできたのだ。
入所すぐの頃の夏海は、その時点で従順を装って刑期短縮を狙う道を選んでいたが、189番はあくまで反抗する道を選んだのかもしれない。
「おい、ダンマリかよ、クソ野郎!」
牧童が馬奴隷と口を聞くことはないと知らないのか、189番が牧童に悪態をつく。
そのうち、牧童が餌を置いて出ていこうとしたのだろう。
「おい、待てよ! 縛られたままで、どうやってメシを食えというんだ!?」
そうだ、ここでは拘束されたまま、這いつくばって口だけで餌を――。
そこで、ハッとした。気づかないうちに、食事のことを餌と認識していた。
それで自分が変えられていることを再認識したところで、さらに189番の声。
「ふざけるな、この野郎! この収容所のことは、今社会問題になりつつあるんだ! ナントカって女弁護士が運動を起こし、この収容所を潰そうとしているんだ! 見ていろ、半年のうちには、お前ら全員失業だ!」
それは、自分を相手にしない牧童に対する捨てゼリフのようなものだったのだろう。
だがそれだけに、感情が爆発しての言葉だけに、かえって信憑性がある。
(あの先生が……)
『でも、きっと助けるから』
判決の前、強い意志を込めてそう言った若い女弁護士が、ほんとうに動いてくれていたのだ。
その動きが、少しずつにしても、実を結びつつあるのだ。
『今はおとなしく判決を受け入れて』
とはいえ、そのあとの女弁護士の言葉には、これ以上従えそうにない。
いや、今は従うしかないのだが、1カ月半の調教で夏海は身も心もここまで変えられてしまったのだ。あと半年も調教を受け続けたら、ほんとうに2度と真人間に戻れなくされてしまう。
(ここから、逃げることができれば……)
調教により、身体と精神を変えられることを、一時的にせよ防げる。
(それに……)
わが身のみじめな状態を知らせることで、強制牧場の非人道的な実態が、白日の下に晒される。女弁護士の活動を助けることにもなる。
(でも……)
とうてい逃げられるとは思えない。
そのときである。
「きさまッ!」
怒声とともに、隣の馬房の扉が乱暴に開けられた。
「不用意な発言を!?」
「いい加減にしろ!」
看守が怒鳴った直後、電気警棒がスパークする音。
「ひギィいいッ!」
断末魔のような、189番の悲鳴。
喧騒が落ち着いてから、失神した189番が馬房から引きずり出される物音。
そして再び静寂が訪れ、まともに顔を見ないまま、新しい馬奴隷189番はいなくなった。
その日は昼すぎから、天候が崩れた。
ときたま行われる午後の調教もなく、馬銜を外されたまま馬小屋の中ですごす。
189番が起こした騒ぎの後始末に慌ただしいのか、三原班長も看守も姿を見せないまま夕方。餌を食べ、水を飲み、空いた食器を牧童が片づけにくる頃には、雨は土砂降りになっていた。
雨音だけが聞こえる真っ暗な馬小屋の通気孔から、定期的に監視塔のサーチライトの光が差し込む。それとは別にときおり見える閃光は、遠くの稲光りだろう。
その閃光が少しずつ強くなってきた。雷鳴もはっきり聞こえるようになってきた。
そんななか、干し草の上に横たわり、アナルプラグがもたらす緩い肛門性感に身を灼かれながら考えを巡らせる。
これ以上、もう戻れなくなるほど、身も心も変わりたくない。変えられたくない。
あの女弁護士が運動を起こしてくれているのは、間違いないだろう。喚き散らす189番を、看守が慌てて制圧し、何処ともなく連れていったのがその証拠。
しかし189番の言葉によると、女弁護士の活動が実を結ぶのは、もう少し先になるようだ。
それまで、自分は真人間でい続けられるだろうか。
(逃げたい……)
でも逃げられない。
現在、馬銜は外されている。手綱もつながれていない。
アームバインダーで拘束されっ放しの腕は、もはやあるのかないのかわからないような状態だが、その代わりポニーブーツの足でも自由に動き回れるようになった。
だが、馬小屋の扉は、外から閂をかけられている。
もし外に出られても、芦毛の馬になぞられえた、白いスーツは夜でも目立つ。すぐに監視塔のサーチライトに捕らえられてしまうに違いない。
腕を拘束されていてはフェンスをよじ登れないし、仮に登れても、最上部の電気柵までは越えられない。
外に通じるふたつの通路、本部棟の扉も、フェンスの途中のゲートも、電子錠で施錠されている。
「ふう……」
いくら考えてもいい考えは浮かばず、大きく息を吐いたときである。
ひときわ明るく、稲光りが見えた。
間髪入れず、なにかが爆発したかのような轟音。
「ひいッ!?」
一瞬悲鳴をあげ、どこか近くに落雷したのだと悟る。
その驚きが落ち着き、しばらく経った頃、異変に気づいた。
(サーチライトが……)
回っていない。定期的に通気孔から差し込んでいた光が消えている。
(停電……?)
それは、落雷のせいなのだろうか。
漠然と考えていると、馬小屋の扉が乱暴に開かれた。
「188番、いるか!?」
大柄な看守の声。
答えようと顔を上げると、強力な懐中電灯の光を当てられた。
「……ッ!?」
光が目を刺し、思わず目を閉じたところで、再び声が聞こえた。
「188番、以上なし!」
その声に被せるように、別の看守の声。
「誰か来てくれ! 早く! 非常電源まで落ちて、緊急の排水ポンプが動かないんだ!」
「わかった、すぐ行く!」
開けられたときと同じように乱暴に扉が閉められる音。
そこで目を開けると――。
「……!?」
その光景に、目を疑った。
(扉が……)
わずかに開いている。
緊急事態で動転しているうえに、急に呼び出され、扉に閂をかけるのを忘れたのか。
それほどまでに、矯正牧場全体が混乱しているのか。
(今なら……)
逃げられるかもしれない。
その思いが、頭のなかに生まれた。
(いえ、きっと……)
逃げられる。
少しだけ開いた扉を見るうち、その思いが強くなっていった。
脱走への第1の関門は、馬小屋の扉の閂。
しかしそれは今、かけられていない。かけられていないどころか、扉そのものが少し開いている。
第2の関門は、監視塔のサーチライト。
だが停電し、非常電源までに落ちた今、それは消えている。白いスーツは夜目にも目立つだろうが、激しい雨音は多少の物音をかき消す。植え込みに身を隠しながら進めば、見つかる可能性は低いだろう。
第3の関門は、ゲートと本部棟入り口の電子錠。
サーチライトが消えているのと同じ理由で、それも機能していないに違いない。
(いける!)
夏海が即断したのは、持ち前の正義感が、まだ失われていないからである。
ひとり自分のためなら、もっと慎重に脱走の可否を検討していたかもしれない。
しかし夏海は、不良グループに連れ去られようとしていた同級生を助けにいったときと同じ種類の正義感を抱き、義憤に駆られていた。
思えば、それが夏海の欠点、未熟さ。
己の正義を貫くためには、多少の無茶もかまわず、飛び出してしまう。
脱走し、特殊ラバースーツを着せられ、異様な装具を身につけられて拘束された身を晒すことにより、矯正牧場で行われている非人道的な行為をあきらかにする。
わが身が完全に馬奴隷に堕ちてしまうことへの怖れに加え、その目的を達成するという正義感を胸に、少し開いた扉の前に立つ。
隙間から覗くと、外は暗闇。土砂降りの雨のなか、あたりに人の気配はない。
コクリ。
喉を鳴らして、ドアの隙間から外に出る。
扉が開いていることを怪しまれないよう、足で閉めてから、いったん近くの植え込みに身を隠した。
数秒外にいただけで、唯一露出した顔がびしょ濡れになるほどの激しい雨。おそらく、周回通路を歩いても、蹄がアスファルトを叩く音はかき消されるだろう。
とはいえ、周回通路は見通しがいい。おまけに、芦毛の白いスーツは目立つ。
そう判断し、フェンスに沿って、植え込みに身を隠しながら移動する。
肛門にねじ込まれたプラグは、相変わらず緩い快感を生み続けているが、いつもよりは気にならない。
それは、脱走の緊張がゆえか。あるいは、激しい雨に打たれているせいか。
ともあれ、目指すはフェンスの途中に設えられた、物資搬入用のゲート。
停電で電子錠が無効化されているとはいえ、本部棟内には、看守をはじめ多くの職員がいるだろう。
もちろんゲートにも、見張りの看守はいる。だが、この雨だ。おそらく制服の上に、レインウェアの類を着ている。そのぶん動きは鈍る。武器を取り出すにも時間がかかる。隙を突けば、3人くらいまでなら足技だけで倒せる。
そう考えてたどり着いたゲートのすぐ横。
植え込みに身を隠し、ようすをうかがうと、ゲートの前にポンチョ形のレインウェアを着た看守がふたりいた。
(警備はふたり……これならいける!)
そう考えて植え込みの陰から踊り出ようとしたとき、あらぬ方向から声が聞こえた。
「おまえたちも、本部棟の復旧作業を手伝ってくれ」
「いや、ここを離れるわけにはいかない。停電で電子錠が解錠されているんだ」
「問題ない。囚人はすべて、馬小屋に閉じ込められていると確認されている。今は一刻も早く、電源を復旧することが先決だ」
そう言われ、警備の看守がゲートを離れた。
天啓だ。
看守を足技で打ち倒す手間が省けた。脱走が露見するリスクも減った。
心のなかでほくそ笑み、看守が持つ懐中電灯の光が遠ざかってから、ゲートに歩み寄る。
形だけ閉じられたゲートと隙間にポニーブーツの蹄鉄をねじ込み、足の力で身体を滑り込ませられる程度に開ける。
そこからは、速度が勝負だ。
暗闇なので全力で駆けることはできないが、できるだけ速足でゲートから遠ざかる。
先に見える樹木線を目指し、急いで、でも慎重に進む。
ピッ。
そこで、電子音が鳴った気がした。
(どこから?)
一瞬気になったが、今はそれどころではない。
ピッ。
何秒かおきに鳴る電子音を無視して。
ピッ……ピッ……。
フェンスから離れるにつれ、電子音の感覚が短くなってきた。
ピッ、ピッ、ピッ……。
(もしや、これは?)
なにかの警告音なのか。
ピッピッピッピッ……。
だとしても、今さら止まるわけにはいかない。
フェンスの外に出たら、警告音が鳴るしかけが施されているのだとしても――。
ピーッ!
そして、ひときわ長く、電子音が鳴ったときである。
「ン……がッ!?」
巨大な棍棒でお尻を殴られたかのような衝撃を感じた直後。
全身が麻痺したように動かなくなり、夏海はその場にどうと倒れた。