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7章 そして夏が来る  それから、ひと月あまりが過ぎた。  愛美先輩とコンプリッツェになり、深いところでつながり合えてからも、私には貞操帯を着けて暮らすうえで不安がひとつあった。  それは、28日ごとにやってくる女の子の日、生理。  とはいえ、愛美先輩とほんとうのコンプリッツェになった私は、恥ずかしくても訊ねることができた。 「私もほかの子たちも、タンポンを使ってるわ。タンポンなら、生理中でも貞操帯を着け続けられるからね」  すると愛美先輩そう言って、ずっとナプキン派だった私に、タンポンの使いかたを教えてくれた。  そのうえでタンポン交換の都合上、生理期間中の特別措置として、自分の貞操帯の鍵を預かった。  とはいえ、私は愛美先輩に管理してもらうことを悦びとしている。愛美先輩も、私の管理を望んでいる。そんな私たちにとって、数日のあいだでも管理してもらえないのは淋しいこと。  そこで、私は閃いたアイデアを、愛美先輩に提案した。 「貞操帯本体と、自慰防止板の鍵を違うものにしませんか?」  そうすれば、タンポンの交換だけはできる。貞操帯本体の鍵は管理してもらったまま、生理期間中は自慰防止板の鍵だけ預かれる。  完全ではないにせよ、生理のあいだも相互管理し続けられる。 「それ、いいわ。そうしましょう!」  私の提案を、愛美先輩はふたつ返事で了承してくれた。  愛美先輩だけでなく、豊岡先輩と小海、双子の芽衣先輩と瑠衣先輩も、そのやりかたを採用した。  そして愛美先輩を通し、私の提案はOGの皆さんのあいだにも広がっているという。  提案者である私の名前を取り、その鍵の管理方法が裕香式と呼ばれることにちょっと誇らしい気持ちになったある日。  南のほうから梅雨明けの便りが聞こえ始めた頃、部員一同の前で愛美先輩が切りだした。 「恒例の夏合宿のことだけど……」 「えっ、夏合宿ですか……?」 「あれ、裕香には言ってなかったっけ?」 「はい」 「あら、そうだったかしら。ごめんね……」  つまり、私にだけ伝え忘れていたというわけだ  とはいえ、私をないがしろにしているわけではない。それは私と愛美先輩が、ほんとうのコンプリッツェになったから。  現役部長として部外の人やほかの部員にはけっして見せない隙を、コンプリッツェの私にだけは見せてくれているのだ。  そのことが、かえって嬉しい。 「貞操帯倶楽部では、毎年夏休み中に合宿を行うの。場所は芦屋先生所有の、高原の別荘。時期は芦屋先生のご都合と、部員の予定に合わせて」  そして愛美先輩は、忘れていたことに気づけば、そのことを詫び、きちんと説明してくれる。  ほんとうのコンプリッツェであるゆえ隙を見せてくれて、隙ゆえの小さな過ちがあれば、迷わず正してくれる。  そのことも、また嬉しい。  ともあれ、今は合宿のことだ。  芦屋先生の別荘を使わせていただく以上、先生のご都合が最優先だとして、次に考えなくてはいけないのが、陸上部とかけもちの小海の予定。 「この日とこの日なら大丈夫やわ」  芦屋先生の都合がいい日を書き込んだスケジュール帳の日を、小梅が指さした。 「あたしは、それでいいぜ」 「「私たちもその日でいいですー」」  豊岡先輩に続いて芽衣先輩と瑠衣先輩、もちろん私も同意して、貞操帯倶楽部夏合宿の日どりが決まった。  その日家に帰ると、私に貞節女子学園進学を勧めた叔母さんが来ていた。 「おかえり、裕香ちゃん」  そう言って、叔母さんはにっこり笑う。  はじめ、部活必須の校則を教えてくれなかったことを、ちょっとだけ恨んだ。  でも今は、感謝している。  愛美先輩に出逢えたのも、貞操帯倶楽部に入部して、先輩とコンプリッツェになれたのも、叔母さんのおかげなのだから。 「ありがとう、叔母さん」  その意味を込めてお礼を言うと、叔母さんはほほ笑んだまま私に訊ねた。 「ところで裕香ちゃん、あなたのコンプリッツェは?」 「えっ……」  問われて、一瞬凍りついた。  なんと叔母さんは、貞操帯倶楽部のOGだったのだ。 「た、高砂……愛美先輩……」  絞りだすように答えて、ふと愛美先輩の言葉を思いだす。 『お互いをコンプリッツェと呼び合っていいのは、貞操帯倶楽部のなかだけ。部員やOG以外の前では、けっしてコンプリッツェという言葉を口にしてはいけない』  にもかかわらず、私の家で、キッチンにお母さんがいるとき、その言葉を口にするということは――。 「お、叔母さんの、コンプリッツェは?」  震える声で訊ねると、お母さんがキッチンから出てきて、叔母さんの隣に座った。 「えっえっ? じゃあ、裕香の叔母さんとお母さんが倶楽部OGで、しかもコンプリッツェだったの?」  昨日のできごとを愛美先輩に話すと、いつも冷静な愛美先輩が声を裏返して驚いた。  その気持ちはわかる。私自身、事実を知ったときは、一瞬言葉を失った。 「で、でも、裕香のお母さんって……?」 「はい、実は……」  その事情は、こういうことだ。  コンプリッツェだった叔母さんと母は、校外でもいつも一緒にいた。そして、倶楽部の外では、ふたりがコンプリッツェだとは明かせない。  そのため、妹に母のことを仲のいい友だちと紹介された父が、母にひとめ惚れ。  猛烈にアタックされた母は、学園生のあいだは貞操を守り抜いたが、卒業を機についに折れ、叔母とのコンプリッツェを解消して父と付き合い、すぐに結婚を決めた。  そして若いふたりの短い交際期間での結婚を周囲に認めさせるため、学生時代から付き合っていたことにして、叔母さんも積極的に協力した。 「だから、私もてっきり両親は同じ学校に通ってたんだと思い込んでて……」 「うーん、それはそう思うのも仕方ないわね。でも……」  これで、私は家でも貞操帯装着を隠さなくてもよくなった。  愛美先輩がコンプリッツェだと、堂々と言えるようになった。  そうして私は、晴れやかな気持ちで、夏を迎えた。  小説『貞操帯倶楽部』の前半部分の終了になります。しばしの休憩をいただきまして、引き続き後半、夏の合宿編を、8/10頃より再開させていただきますので、よろしくお願いいたします。

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