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後編  その日ボクは、奇妙な椅子に座らされた。  ビニールレザーの背もたれと座面。座面側面のやや前方に設えられたのは、肘かけではなく膝乗せ。  その膝乗せに脚を乗せ、大股開きの姿勢を取らされたうえで人形の関節をロックされたボクに、美華が薄く嗤って告げる。 「これは、産婦人科の診察台よ。なぜこれに、あなたを座らせたかというと……」  そして、届いたばかりの物体を見せた。 「……?」  届いたのは新しい股間パネルだと聞かされていたのに、見せられたそれは、とうてい股間に装着するものとは思えない代物だった。  従来のものは前側に三次元の曲面でペニスと睾丸を収める膨らみがあったのに、新しいものではほぼ平ら。その代わり、ペニスの位置に先端にノズルが設えられた半球状のドームがある。そのドーム自体が平常時のペニスよりひとまわり小さいうえ、睾丸の収納スペースがまったくないように見えた。  それは本来、ボクにとって由々しき事態。  しかし、そのことが些細な問題と思えるほどの異形の物体が、後ろ部分に取り付けられていた。  ひとことで例えるなら、丈を切り詰めた消防ホース先端のノズル。  途中と根元付近に黒いゴムの部分がある。長さは10センチ以上、直径は最大で7、8センチはあろうかという巨大な金属製の異物。  その丸くなった先端は開口しており、内部は筒状になっているのだろう。パネルの外側、嵌めてからも見える部分は、蓋で閉じられている。  そして、黒いゴムの少し上あたりのペニス側には、複数の小さな半球状の突起。 (もし、これが……)  ほんとうに新しい股間パネルなのだとしたら、その異物は肛門の位置。 (だとすれば……)  その異物を肛門に挿入されてしまうのか。 「もう、わかったかしら?」  そう考えておののいていると、パネルを手にした美華が、唇の端を吊り上げた。 「これは、肛門に挿入し、大きいほうの排泄を管理するための器具……」  そしてそう言うと、黒いゴムの部分を指差した。 「真ん中付近にあるゴムは、バルーンになっているの。ここに空気を注入して肛門内で膨らませることにより、根元のパッキンとともに括約筋を挟み込んで固定。さらに隙間をなくすことで、いっさい漏れなくする……」  そこまで告げて、美華はパネルの外側の蓋を見せた。 「排泄はこの蓋の部分を、専用の機械につないで行なうの。装置内部で蓋が自動的に開かれ、浣腸も洗腸もすべての処置は全自動で行なえるから、もう眠らせて排泄させる必要もなくなるわ」  その言葉に戦慄を覚えたところで、再び裏側に戻って、ペニス側の複数の小さな突起。 「そしてこれが、前立腺刺激装置……」  そこで、美華が再び妖しく嗤った。 「前立腺って、知ってる」  知っていた。それを使ったプレイの経験はもちろんないが、どういう器官かという知識は持っていた。 「前立腺の開発をされていたことには、気づいていた?」 「シュー(えっ)……?」 「性欲処理の際、肛門内を刺激され、射精衝動を覚えなかった?」 「シュシュー(まさか、それが)……?」 「ペニスを刺激しながらだから、そちらで射精していたと思っていたでしょうが……知らず知らずのうち、あなたは前立腺を開発されていたのよ」  そのことに驚いていると、美華があらためて器具全体を見せつけた。  大きい。大きすぎる。  その器具が恐るべき機能を有していること以前に、あまりにも巨大すぎる。 「うふふ……こんなに大きいものは、お尻に入らないと思ってる?」  あたりまえだ。これほど巨大な異物が、ボクの、いや人間の肛門に入るわけがない。 「それが、入っちゃうんだなぁ」  そしてそう言うと、パネルをメイドさんに手わたした。 「人の肛門ってね、括約筋が完全に弛緩したら、直径10センチくらいに拡がるのよ」 「シュー(嘘だ)……」  思わず吐息でつぶやいたとき、お腹の上あたりに設えられていたカーテンが閉じられた。  もう、股間パネルを外された状態の下半身を見ることはできない。 「百聞は一見に如かず。実際に嵌めてみればわかるわ」  妖しく輝く瞳でボクを見つめ、美華が告げた。  直後、従来の股間パネルが外された。 「シュー(ひいッ)!?」  ペニスの中から導尿チューブが引きずり出され、人形の顔パネルの中で目を剥いてうめく。  だがその声は、誰にも聞こえていないのだろう。人形の顔は、穏やかに笑ったままなのだろう。  そう思って人形の身分を再確認したところで、美華が再び口を開いた。 「まず、肛門に塗布式麻酔剤を……」  直後、肛門周辺にヒヤリと冷たい感触。それが塗布式麻酔剤なのだと感じながら、液体を塗り込められる。 「それから、括約筋に弛緩剤を注射……」  美華が告げた直後、肛門の肉に注射針が刺さった。  そこは身体のほかの場所より敏感なはずなのに、あらかじめ塗布された麻酔剤の効果で鋭い痛みはない。  もちろんそれには、看護師の資格を持っているというメイドさんの技術も関係しているのだろう。  ともあれ痛みもなくそこに注射された弛緩剤が効き始めるのを待って、メイドさんがローションをまぶした手を、ボクの肛門に挿入した。  塗り込められた麻酔剤のせいか、肛門表面の快感はいつもより薄い。  だが注射された弛緩剤は感覚に影響を及ぼさないのか、中の快感はいつもと変わらない。 「ねえ、お尻気持ちいい?」  美華に問われて。 「シュー(はい)……」  反射的に吐息で快感を認めてしまう。  そこで美華が、お腹のカーテンの向こうをチラリと見た。 「すごいよ、今メイドの手首まで入ってる」 「シュー(嘘)……」 「ねえ、信じられない?」  あたりまえだ。ボクはいつものように指1本挿入された程度の圧迫感しか感じていない。 「うふふ……私言ったよね?」  それは、異形の器具が設えられた、新しい股間パネルを見せられたときの言葉。 『人の肛門ってね、括約筋が完全に弛緩したら、直径10センチくらいに拡がるのよ』  そして、弛緩剤を注射されたボクの肛門は今、弛緩しきっているはず。 「だから、手首まで挿入されても、苦しくないのはあたりまえ。それどころか、もっと太い排泄管理の器具を挿入されても……」  そこで、衝撃的な快感が肛門を襲った。 「シュシュー(あひぃいいッ)!」  吐息の喘ぎを漏らしたあと、それが手を抜き取られたときの刺激によるものだと気づく。  直後、肛門になにかを押し当てられた。  メイドさんの手より硬い。そして、はるかに大きい。  その異物――股間パネルの排泄管理器具が、肛門に侵入してくる。  括約筋が弛緩しきっているからだろう、痛みはいっさい感じない。だがこのサイズになると、さすがに圧迫感は凄まじい。 「シュシュー(ぅあぁうぅ)……」  苦しい、苦しい。しかし苦悶の声は、空気が漏れる音にしかならない。 「シュシュー(いや、お願いぃ)……」  拒絶も懇願も、誰の耳にも届かない。 「シュシュー(やめてぇえ)……」  逃れようとしても、身体は固められたように――いや実際に固められて――ピクリとも動かせない。  ゆっくりと侵入してくる器具の圧迫感に否応なく耐えていると、ペニスの尿道口になにかを挿入された。 「シュー(これは)……」  導尿用のチューブだ。  肛門用の巨大な器具と違い、こちらは挿入されることに馴らされてしまっていた。  ペニス内部を刺激するチューブをあっさりと尿道に動け入れながら、肛門に器具を挿入されていく。  睾丸の袋が、股間パネルの樹脂板に触れた。  そのまま、チューブが尿道に、器具が肛門に挿入される。樹脂板に、睾丸が押し上げられる。  そして密着するパネルに睾丸を押し上げられ、それを体内に押し込まれきったとき――。  カチリ。  かすかな振動とともに、パネルが嵌め込まれた。  半球状の小さなドームに閉じ込められ、縮こめられたペニスが窮屈だ。  巨大な器具を挿入された、肛門の圧迫感が凄まじい。  その圧迫感がさらに強くなっていくのは、肛門の奥でバルーンを膨らまされているからだろう。  それと根元のパッキンで括約筋を挟み込まれ、器具を完全に固定、肛門を密封されているのだ。  その苦痛に苛まれ、ボクは生涯人形の身分に堕とされたことを、まだ実感できずにいた。  自分の肉体がとんでもない状況に貶められたことを実感したのは、産婦人科の診察台から下され、いつもの椅子に座らされた頃だった。  肛門に注射された、弛緩剤の効果が切れてきたのだ。  ボクの肛門は、本格的に拡張されていたわけではない。前立腺開発のために毎日挿入されていた指も、たった1本。けっして巨大な異物を受け入れる準備ができていたわけではない。  そんなボクの肛門括約筋が、本来の状態に戻ろうとする。  しかし、そこには巨大な排泄管理器具が固定されている。  中でバルーンを膨らまされ、取りつけられたパネルも人形の身体本体に嵌め込まれて、それは微動だにしない。  そうしようと意識していないのに、けっして動かない金属塊を、力を取り戻した括約筋が締めつける。  それで、さらに大きい圧迫感を感じでしまう。  けっして痛いわけではない。括約筋を弛緩させられた状態で、たっぷりローションを使って挿入されたから、肛門はまったく傷ついていない。  ただ、器具が大きすぎるのだ。  大きすぎるうえに、膨らまされたバルーンと根元のパッキンで括約筋を挟み込まれ、ボクの肛門は完全に密封されているのだ。 「シュー(くぅう)……」  ものすごい圧迫感に、くるおしくうめく。 「シュー(くうッ)!」  反射的によりきつく器具を喰い締めてしまい、圧迫感がいっそう強くなる。  そこで、圧迫感とは違う感覚が、肛門に生まれた。 「シュー(えっ)……?)  肛門周りにゾワリと広がった妖しい感覚に戸惑ったところで、もう一度。 「シュー(これは)……?」  知っている。メイドさんが肛門に指を挿入したとき、覚えたものと同じ感覚だ。  つまり、性の快感。 「シュー(どうして)……?」  それは、ボクの肛門が開発済みだからである。  ボクはメイドさんの手によって前立腺のみならず、肛門性感も開発されていた。  毎日の性欲処理の際、肛門を弄られ続けたせいで、自分で気づけないままお尻で感じる身体にされていた。  禁断の悦びを覚えた肛門で、ボクは器具を喰い締める。その無意識の行為が、お尻の性感帯を刺激する。  とはいえ、パネルとバルーンで固定された器具は、けっして動かない。  もし歩いたりしたら柔らかい肛門の肉が硬い金属に擦られ、刺激はもっと大きくなっていただろう。それで、肛門性感はもっと大きくなっていたに違いない。  だが、人形に閉じ込められ固められたボクは、いっさい動けない。  人形の身体に閉じ込められたまま、椅子に腰かけ、両手を膝の上に置き、背すじをまっすぐ伸ばした姿勢で、括約筋に力を入れたり抜いたりすることしかできない。  猛烈な圧迫感に苛まれながら、肛門に緩い快感を甘受することしかできない。  それははじめ、無意識の行為だった。  それが次第に、意識して行なうようになっていった。 「シュー、シュー(んっ、んっ)……」  暗闇と静寂のなか、巨大な器具を喰い締める。 「シュー、シュー(んっ、んっ)……」  喰い締めて、緩い快感を貪ってしまう。  大きい窓から陽光差し込む昼間の部屋。すぐ傍には美華やメイドさんがいる。  そんな状況で、ボクがはしたない行為に没頭してしまうのは、人形に閉じ込められているからだ。  長きにわたる人形暮らしのなかで、ボクが外のようすがわからないように、外の人にもボクのようすを知る由がないことを、知ってしまったからだ。  実のところ、ボクの状態は美華とメイドさんに常に把握されていた。  精神状態や考えていることまでは伝わっていなくても、体温や血圧と脈拍、呼吸数や酸素濃度に至るまで、人形のパネルに仕込まれたセンサーにより、ふたりにリアルタイムで知られていた。  とはいえ、ボクはそのことを聞かされていない。聞かされていないから、気づくわけがない。  しかし美華とメイドさんは、各種数値から、類推することができる。  類推し、それに合わせた処置を行なうことができる。  その処置が、今行なわれた。  肛門内の一箇所に、ピリッとした刺激。 「シュー(ひうっ)!?」  ペニスのつけ根の裏を、肛門側からなにかで突かれたような感覚に、人形の中で身体をピクンと震わせてしまう。 「シュシュー(なにコレ)!?」  思わずとまどいの声、いや吐息を漏らしたところでもう一度。 「シュー(ぃうッ)!」  ペニスのつけ根がキュンキュンするような感覚を覚え、ようやく思い出した。  股間パネルの排泄管理器具に設えられた、ペニス側の複数の小さな突起と、それを見せながら美華が告げた言葉。 『そしてこれが、前立腺刺激装置……』  そうだ、前立腺刺激装置が稼働しているのだ。  筋肉をマッサージする低周波パルスと同じ刺激が、そこに与えられているのだ。  そしてボクは、知らず知らずのあいだに、前立腺を開発されている。 「シュー(ひいッ)!」  開発済みの前立腺を刺激され、射精直前のような感覚が生まれる。  同じく開発済みの肛門で器具を喰い締め、快感がゾワリとそこに広がる。 「シュシュー(なにコレえッ)!?」  声にならない叫びをあげてしまったが、もうわかっていた。  ボクは肛門に快感を覚えながら、前立腺の刺激だけで射精させられようとしているのだ。 「シュシュー(ひぅうぅんッ)!?」  3回めの刺激。 「シュシュー(ふひゃああッ)!」  4回めの刺激。 「シュシュー(ひぁあぁんッ)!」  5回めで、ペニスの奥をなにかがドロリと通過した感覚。  ついに射精させられたのだ。  しかし、スッキリした感じはない。  ペニスの中を精液が通過する感覚も、先端の鈴口から気持ちよく放出した感じもない。  射精させられたのだろうとわかっただけで、独特の爽快感はない。  残念。  そう、残念さが残るだけの、わびしい射精。  そしてそれで、前立腺への刺激は終わった。  射精した、いやさせられたという事実だけを残し、ボクは放置された。  いっさいの自由と五感を奪われた、暗闇と静寂の中で。  それからは、昨日までと同じ日常――ボクにとってはすでに、美華の人形であることが日常だった――が続いた。  1日何度かの流動食と水の注入、おしっこの採取。  黙々と作業するメイドさんは、どうして美華の指示に忠実に従うのだろう。彼女が命じられているのは、紛れもなく法に触れる行為なのに。  時間とともに、器具がもたらす圧迫感にも馴らされてきたボクは、漠然と考える。  まず思ったのは、メイドさんに同性愛《レズビアン》の指向があるのではないかということ。美華を愛しているがゆえに、盲目的に従っているのだと考えて、すぐ否定した。  それは、はじめての性欲処理のとき、彼女がつぶやいた言葉。 『てっきり、あなたはお嬢さまに恋心を抱いていると思っていましたが……』  もし彼女に同性愛の指向があり、美華を愛しているのなら、僕の恋心を容易に認めたりしないだろう。  次に閃いたのは、彼女がメイドとしてほんとうのプロだからということ。  それなら、納得できる。  このご時世、メイドを雇える家は、相当な資産家に限られるだろう。  そんな家には、ボクたち庶民の家にはない秘密がある。経営者の家なら経営上の秘密に触れることもあるだろうし、それが法的にギリギリなことだったり、ときには一線を超えることだってあるかもしれない。  それを外部に軽々しく口にするようでは、メイドの仕事は務まらない。場合によっては、結果的に違法行為に加担することになっても、主人の指示には従わなくてはならない。  つまり、彼女はプロのメイドとして、主人たる美華の指示に淡々と従っているだけなのだ。  そう考えると、メイドさんの感情のこもらない口調や、きわめて事務的な手つきも自然なものに思えてくる。  だとすれば、ボクが人形の運命から逃れることは絶望的。  メイドさんがボクに同情して助けてくれることはありえないし、彼女の口からことが露見することはけっしてない。  生殺与奪の全権を美華に握られたまま、ボクは美しき女主人《ドミナ》の人形として暮らすしかない。  そうと思い知らされながら、その日最後の流動食とともに睡眠薬を飲まされ、眠らされる。  そして、朝――。 「シュシューッ(ヒギィいいッ)!?!?」  肛門が爆発したかと思うほどの衝撃に目を剥いて叫び、僕は目覚めた。  同時に目のシャッターを開けられ、視界が回復する。 「シュー(ひいッ)!?」  朝の陽光に目を刺され、もう一度吐息の悲鳴をあげたところで、イヤホンつき耳栓から美華の声が聞こえた。 「おはよう。肛門に電撃を与えて起こしたの。排泄管理器具は、こういう使いかたもできるのよ」 「シュー(そんな)……」  その言葉に愕然としながら、明るさに慣れてきた目を開けると、視界いっぱいに美華の笑顔。 「……!」  妖しくほほ笑む美しい顔に、ドキリとする。  どんなひどい仕打ちをされても、僕はやはり美華が好きなんだと実感した。  実のところ、それがほんとうの『好き』という気持ちなのかはわからない。  もともとボクは彼女にほのかな恋愛感情を抱いていたが、今の気持ちはその延長線上のものではない。  それは、美華に生殺与奪の全権を握られているボクが、ストックホルム症候群と呼ばれる精神状態に陥っていたからかもしれない。  あるいは、美華しか頼る者がいない状況で、彼女に強く依存するようになったのかもしれない。  とはいえ、そのときのボクは、自分の感情の正体に気づけなかった。  気づけないどころか、その本質について考えることすらできなかった。  そんなボクの関節のロックを解除し、美華が手を取って立たせる。  稼働範囲の狭い人形の関節をカシャカシャ鳴らし、ヨチヨチ歩かされ、メイドさんが運んできた台の上に載せられる。  そこには、頑丈そうな金属パイプが取りつけられた箱が設えられていた。 『排泄はこの蓋の部分を、専用の機械につないで行なうの。装置内部で蓋が自動的に開かれ、浣腸も洗腸もすべての処置は全自動で行なえるから、もう眠らせて排泄させる必要もなくなるわ』  新しい股間パネルを見せられたときの、美華の言葉。  この箱が、その装置なのだ。装置のパイプを肛門の器具に接続されて、ボクは否応なく排泄させられるのだ。  昨日までと違い、意識がある状態で、美華に監視されながら。  左右の足をわずかに前後にずらした状態で立たされ、背すじをピンと伸ばし、お腹の前で両手を軽く組んだ姿勢で、各関節がロックされる。 (まるで入学案内パンフレットの、制服紹介のようなポーズ……)  再び動けなくされ、倒れないよう美華に支えられながら、視線だけで部屋の隅の姿見を見て漠然と思う。  そこで、メイドさんが背後からスカートをめくり上げた。  そしその裾をクリップで上衣の襟に留めてから、装置の金属パイプの長さを調整し、肛門の排泄管理器具に接続する。  カチリ、と金属音を振動で感じたあと。  ウィーン、とモーターの低い唸り。  パイプが接続され、器具の蓋が開かれたことを実感していると、美華の手がボクの身体から離れた。  おそらく、もう支えていなくても倒れないからだろう。  それはとりもなおさず、パイプにも接続部にも、ボクの体重を支えられるだけの強度があるということ。  つまりボクは今、装置とパイプを介し、肛門に挿入された器具で台に固定されているのだ。  まるで、スタンドに立てられて展示されたフィギュアのように――。 (つまり、ボクは……)  完全に美華の1/1フィギュアになり果てたのだ。  そう考えて、ゾッとした。 (もしかして、このまま……)  背中の穴にスタンドの凸を差し込まれて展示されるフィギュアのように、ボクは肛門に挿入された器具で固定され、ここで一生動くことなく過ごすのか。  そう思って、再び戦慄を覚えた。  とはいえ、ボクにはその事実に打ちのめされていることすら許されなかった。 「お嬢さま、装置のセッティングはどうしましょう?」  スカートの裾を直したメイドさんの声を美華のマイクが拾い。 「そうね……初めてだし、パネルでお腹が膨らまないから、今朝は1の5で赦してあげましょう」  尿道先端のノズルを、装置から伸びるチューブに接続しながら、美華が答える。  1の5という言葉の意味はわからなかったが、それを考えている時間は与えられなかった。  姿見の中で、メイドさんがスカートの裾を直す。  すると、装置から伸びる肛門用のパイプも尿道用のチューブも、膝丈のプリーツスカートに隠れて見えなくなった。 (これは、つまり……)  装置につながれていても、周りにはただ立っているだけの人形としか見えないということ。  ボクという人形がどんな状態に貶められているか、誰にも気づいてもらえないということ。  そうと気づいて愕然としていると、メイドさんが装置を操作した。  直後、モーターが低く唸りをあげ始める。 (ついに……!)  装置が稼働したのだ。 「……!?」  排泄管理器具に接続されたパイプがブルリと震えた直後、生温かい液体がお腹の中に流れ込んできた。 『浣腸も洗腸もすべての処置は全自動で……』  つまりこの液体は、温められた浣腸液なのだ。  そうと理解しても、流入を拒むことはできない。  いくら括約筋に力を入れても、できるのは硬い金属の器具を喰い締めることだけ。  それどころか浣腸液の流入に合わせ、小刻みに振動する器具を強く締めることで、そこに緩く快感が生まれてしまう。 「シュー(いや)……」  拒絶の吐息が、聞き入れられるわけがない。 「シュー(やめて)……」  懇願の声は、誰にも届かない。 「シュシュー(お願いぃ)……」  振動が生む緩い快感を甘受しながら、流入する浣腸液を受け入れるしかない。 「シュー(ぅうぅ)……」  少しずつ、お腹が苦しくなってきた。 「シュシュー(うぅううう)……」  浣腸液の注入は、いつまで続くのだろうか。どれだけの量、浣腸液を注入されるのか。  そう考えて、ハッとした。 『そうね……初めてだし、パネルでお腹が膨らまないから、今朝は1の5で赦してあげましょう』  注入の直前、メイドに答えた美華の言葉。  おそらくその『1』が、浣腸液の量を示している。  1ccということはありえない。パイプの太さからして、100ccならもう終わっているだろう。  つまり、『1』とは1リットル。 (無理!)  理屈ではなく、本能で思った。 (無理無理ムリムリ!」  口ではなく、心で叫んだ。  500ccの飲料すら一気飲みできないボクのお腹に、1リットルの浣腸液を一気に注入できるわけがない。  おまけに今、肛門から注入されているのは、ただの微温湯ではなく浣腸液だ。  いまだ注入中であるにもかかわらず、その薬液が効果を発揮し始める。腸のぜん動運動を促し、猛烈な排泄欲求を生み出す。 「シュー(つらい)、シュー(つらい)……」  しかしボクの言葉は、声にすらならない。 (シュー(苦しい)、シュー(苦しい)……」  お腹に注入される浣腸液を、拒む術もない。  ボクにできるのは、ただ苦悶しながら浣腸されることのみ。  いや、苦悶の声すら、誰にも聞かれることはないだろう。  ボクがどれほど苦しんでいても、人形の顔は穏やかにほほ笑んだままだろう。  どれほどつらくても、苦しくても、ボクの苦痛は誰にも理解してもらえない。  そう考えた直後、人形の瞳のレンズごしに、美華の顔が見えた。  薄く嗤った口が、短い言葉を吐き出した。 「つらいよね。苦しいよね」  それだけで、心が癒された。  美華がボクのつらさ苦しさを理解してくれているだけで、充分だった。  彼女だけがわかってくれると思えるだけで、満足だった。  たとえその苦痛を与えているのが、美華自身だったとしても。 「シュー(あぁ)……」  その悦びに、吐息を漏らした。 「シュー(ぁあ)……」  悦びに恍惚とし、苦痛がいくぶん和らいだ気がした。  そこで、浣腸液の注入が止まった。  とはいえ、強制浣腸の苦痛が終わるわけではない。  1の5、その『5』という数字はきっと、排泄を許されるまでの時間だ。もちろん5秒ではなく5分、お腹のつらさと猛烈な排泄欲求の苦しさに、耐えなくてはならないのだ。  そして、その苦痛に耐えるための方策も、美華は用意してくれていた。 「うふふ……」  視界の中で美華が妖しく嗤った直後、口中に液体が注入された。  舌に広がる、えもいわれぬ味。鼻に抜ける、ふくいくたる匂い。美華の聖水だ。 「シュー(ああ)……」  それがさらに、ボクを酔わせる。  瞳のレンズごしの人形の視界で美華の顔を見、イヤホンつき耳栓という人形の耳で美華の声を聞き、聖水で美華の味と匂いを感じながら、身も心もすべて美華に満たされる。  酔わされ、満たされ、排泄欲求に耐える苦痛が和らぐ。  そこで、半球状の小さいドームに押し込められたペニスが、ムズムズするのを感じた。  それは、股間パネルを交換されるまでの毎日の性欲処理の際、必ず聖水を口中に注入されていたせい。  ボクの精神には、聖水の味と匂いがペニスの快感と直結するよう刷り込まれていたのだ。 (このままじゃ……)  平常時でも窮屈なドームの中で、ペニスが勃起してしまう。そうなると、さらなる苦痛に襲われる。  そう考えて、新たな恐怖に襲われたときである。 「シュー(ひうっ)!?」  ペニスのつけ根の裏を、肛門側からなにかで突かれたような感覚。 「シュー(これは)……!」  前立腺刺激装置だ。  そうと気づいたところで、もう一度。 「シュシュー(ひぃいいッ)!」  ペニスのつけ根の奥がキュンキュンと締められるような感じ。  知っている、二度めだからわかっている。  これは、前立腺による爽快感のない射精――。  その瞬間、美華のマイクがピーという電子音を拾った。  直後、勢いよく排泄が始まる。  しかし、お腹の中にあった物体が、肛門を通過する感覚はない。  前立腺への刺激がなければ器具の振動を感じていただろうが、今はそれどころでない。 「シュシュー(ひぃいいいッ)」  パイプを通して勢いよく排泄しながら、チューブの中に射精する。 「シュー(ひぃいッ)!」  排泄の実感も射精の爽快感もないまま、出したものを、おしっこともに装置に回収される。 「シュシュー(ふひぃいいッ)!」  あられもない喘ぎは、人形の外には漏れていないだろう。  ビクンビクンと跳ねているつもりでも、人形の身体は微動だにしていないはず。  これが、この先一生続く、ボクの排泄なのだ。射精なのだ。  こうして食事も、水分補給も、呼吸も、排泄も、射精も、すべてを支配され管理され、ボクは美華の人形として生きていくのだ。  そのことを実感しながら、浣腸に続いて洗腸も行われ、その間も射精させられ続け――。 「うふふ……」  瞳のレンズごしに美華が目を細めた直後、目のシャッターを閉じられ、マイクの電源を切られ、ボクは暗闇と静寂の中に放置された。  次また美華の姿を見、声を聞き、味と匂いを感じ、つらく苦しくも甘美な処置を施してくれる刻《とき》を心待ちにしながら。 (了)

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