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五十嵐家ー。


その家では、長年”悪夢”のような時間が続いていたー。


父親である五十嵐 昭雄(いがらし あきお)は、

平気で家族に暴力を振るい、怒鳴り声を上げる父親で、

妻の佳恵(よしえ)も、長女の冬香(ふゆか)も、その弟の雄太(ゆうた)も

長年苦しみ続けて来たー。


無類の楽器好きで、部屋には色々な楽器が置かれていて、

休日には、自分の部屋に籠り、音楽を楽しんだり、

自由気ままに生活しているー。

家族に対する愛情はー

”仕事をしてお金を稼いでくる”という点以外では、

微塵も感じられないー。


そんな、父親だったー。


”離婚”という選択肢も当然あったー。

しかし、母・佳恵は病弱な体質で、頼る人間も他にはおらず、

夫・昭雄の元から逃げられないー、そんな状況が続いていたのだー


「ーーー大丈夫だよ…」

姉の冬香は、大人しい性格の母の影響かー、

それとも父の暴力の影響かー

とても大人しい性格であったものの、

弟の雄太のことだけは、身を挺して守ってくれるー。

そんな、姉だったー。


いつも、父親の暴力や怒鳴り声に驚き、

泣いていた雄太に”大丈夫だよ”と、声を掛けながら

優しく頭を撫でてくれたー。


何年も、何年もそんな状況は続きー

雄太も高校生になったー。

高校生になった雄太は、流石に昔のように泣いたりすることは

無くなっていたものの、

五十嵐家は父である昭雄に”恐怖”で縛られた状態であることには

変わりはなかったー。


姉の冬香は高校3年生になっていて、

来年、大学生になったタイミングで一人暮らしを始めることを

決めていたー。


当初、冬香は、”お母さんを置いてはいけないよ”と、

一人暮らしを始めることを否定していたものの、

母・佳恵は”この人と一緒になったのはわたしの責任”と、譲らずー

”これ以上、ここにいたら、冬香の未来まで奪ってしまう”と、

冬香をとにかく、夫である昭雄から引きはがそうとしたー。


冬香もようやく、母の強い思いを受け取り、

家族のことが無ければ、とにかくここから出たいというのは

確かに本音だったため、

一人暮らしを始めることを決意したー。


そしてー

冬香は、”来年になったら、わたしと一緒に行く?”と、

弟の雄太のことも誘っていたー。


そうと決まれば、冬香は、雄太の高校から

”遠すぎない場所”を一人暮らしの場所に選びー、

雄太のことも招き入れるつもりでいたー。


長女の冬香と、その弟である雄太ー。

二人の”悪夢”のような日々は、

もうすぐ、終わりを告げようとしていたー。


がーーー…


その”終わり”は唐突にやってきたー。


「ーーーうっ……」

食事中ー

いつものように、妻の佳恵に文句を言い始めてー

”また”暴力や暴言が始まると、

姉の冬香と、弟の雄太が覚悟したその時だったー。


突然、父の昭雄が苦しみだして、

机の上に乗っていた味噌汁の食器と、グラスを倒しながら

そのまま床に崩れ落ちたー


散々な目に遭わされた身でありながらも、

ここで”放置”すれば、後々色々問題になるのは間違いないー

そういう判断かー、

それとも、こんな夫であっても愛情はあったのかー、

母・佳恵は泣きながら救急車を呼びー、

すぐに昭雄は救急搬送されたー。


しかし、昭雄が目を覚ますことは二度となくー、

そのまま病院で死亡が確認された。


死因は”心不全”ー。


実の父親の死ー。

雄太は、それを悲しいとは思わなかったー。


普通は、悲しいと思うのだろうー。

けれど、雄太にはどうしてもそう思えなかったー。


昭雄がいなければ、雄太は生まれてこなかったー

それは、事実だー。


しかし、その一方で、父・昭雄のせいで、

高校生になるこれまで、”悪夢のような”毎日を送ってきたことー

これもまた、事実であり、

雄太は、実の父親が相手であっても、悲しいと思うことは

できなかったー。


突然の死はー

神様の”天罰なんだ”と、

そうとさえ、思えたー。


「ーーーー…」

父の死亡が確認されてから少ししてー。

病院に残っていた姉・冬香と弟の雄太は、

これからのことを話していたー。


「実家を出る理由がー無くなっちゃったねー」

冬香が少し寂しそうに言うー。


”父の死”を姉はどんな風に感じているのだろうかー。


”安心感”

それとも、”寂しい”ー?

あるいは、両方だろうかー。


当初の予定では、”父・昭雄”から逃げる意味もあって、

冬香は来年、大学生になったら実家を出て、

弟の雄太も、希望をすればそっちに連れて行く予定だったー


けれどー

父・昭雄が死んだ今、その目的は失われたー


もちろん、自立のためにそのまま一人暮らしを始めるのも

将来のためにはなるー。


けどー、

”父がいなくなった”以上ー、

今度は”病弱な母・佳恵”を一人残していくことには

違う意味での不安が生まれるー。


それに、大学の学費も、用意できるか分からないー。


「ーーー…姉さんー

 母さんのことは、俺がしっかり守るからー

 だからー 姉さんは

 姉さんの思う様にしたらいいと思うー。


 これまで、ずっと我慢してきたんだからー」


雄太がそう言うと、冬香は「雄太…」と呟きながら

少しだけ微笑むと「ありがとう」と、優しく言葉を吐きだしたー。


「ーーまだ、少し時間があるから、

 来年までに色々考えてみるね」


冬香の言葉に、雄太は「あぁ」と呟くと、

「そうだ!ちょっと喉乾いちゃったから飲み物買ってくるよ」と、

立ち上がるー


「姉さんも何かいる?」

「ーあ、じゃあ、何かジュースをお願いしていい?」


そんな会話を終えると、

「ついでにトイレも行ってくるー」と、

雄太が少し離れた場所にあるトイレの方に向かって歩き始めるー。


「ーーーーふぅー」

一人残された冬香はため息をつくー。


父・昭雄に散々な目に遭わされたー

それは、冬香も同じだー。


だが、こうしてあまりにも急に死んでしまうとー、

何とも言えない、喪失感があったー。


安心と喪失ー。


それが、同時にやってきた、

そんな、不思議な感覚ー。


”父”は何を望んでいたのかー


”父”の本当の姿は何だったのかー。

そこに、”愛情”はあったのかー。


今となっては、全てが分からないー。


けれどー…

父の本心がどうであったにせよ、

冬香も、弟の雄太も、”父”に苦しめられたことは

紛れもない事実ー。


「ーーーーー」

遺体が置かれている部屋に足を踏み入れて、

父を見つめる冬香ー。


「ーーーー…」

色々な感情が湧き上がってくるー。


何て、言葉をかけて良いのかも分からないー。

怒り、恨み、憎しみー。

そういったものが”ない”と言えばうそになるー。


散々暴力を振るってきた父に、怒りはあるー。

恨みも0ではない。憎しみだってあるー。


けれどー…


「ーーーーー…お父さんー」

冬香は、父・昭雄の遺体に向かって

そんな言葉を口にしたー。


その時だったー


「ーーうっ」

冬香が突然ビクンと震えてー

一瞬、その目が赤く染まったー


「ーーーーーーー」

数秒ー、だっただろうかー。

やがて、冬香の目の色が元の色に戻りー、

そして、冬香は遺体が置かれている部屋の外に

向かって歩き出したー。


その口元に少しだけ笑みを浮かべてー。


「ーーあ、姉さんー

 はい、ジュース」


トイレに行って、飲み物を買い終えた雄太が合流して、

ジュースを手渡すと、

冬香は「ジュース?」と、だけ一瞬不機嫌そうに

雄太のほうを見つめたもののー、

「ーーいや、いいよこれで」と、そのままジュースを

受け取って、それを飲み始めたー。


「ーーー姉さん?」

姉・冬香の”少しおかしな態度”に、雄太は違和感を感じながらも、

それ以上は特に何も考えなかったー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一旦帰宅した雄太・冬香、そして母親の佳恵は

今後の予定について話し合っていたー。


葬儀などについても話し合う。

これまで散々な目に遭わされてきた以上、

気持ちの整理はそう簡単にはつかなかったものの、

父・昭雄の会社の関係者や友人、親族など、

色々な人の目がある以上”実施しない”という選択肢は

少なくとも五十嵐家にはなかったー。


「ーーーーー」

冬香は、病院から帰宅して以降、

どこか不機嫌そうに、”睨むような視線”を家族に向けているー。


そんな冬香には気づかず、話し合いを続ける

佳恵と雄太ー。


「ー母さんの前で言うことかは分からないけどー…

 でも、やっぱ俺、少し安心した部分もあるかなー…


 …だってー、これまで親父に散々な目に遭わされて来たしー…」


雄太がそう言うと、

佳恵は複雑そうな表情で頷くー。


佳恵も、”安心した気持ち”がないと言えば嘘になるー

”暴力親父”であった昭雄から一番暴力を受け続けたのは

ほかならぬ、この佳恵だー。


「ーー辛いことは色々あったけどー…

 でも、わたしは後悔してないー」


佳恵は、色々考えた末に、そう言葉を絞り出したー


「ーだって、あの人と結婚してなければ、

 雄太と、冬香には会えなかったからー」


他の人と結婚していればー

雄太と冬香は生まれないー。

例え同じ名前をつけたとしても、それは違う人間だー。

結婚しなければ、当然子供は生まれないー。


だからー


「辛いことはあったけど、今は幸せー」


佳恵は、悲しそうにそう呟くと、

突然、冬香が立ち上がったー


「ー姉さん?」

雄太が不思議そうに首を傾げると、

冬香は「部屋に戻る」とだけ、呟いて、

そのまま2階へと上がって行ったー


「ーー姉さん、なんかさっきから少し変だなぁ」

雄太がそう呟くと、母・佳恵は

「ーあんな人でも、やっぱりお父さんが死んだからー」と、

冬香も、なんだかんだでショックを受けているんじゃないかな?と

説明したー



だがーーー

”そう”ではなかったー


部屋に戻った冬香は、目を一瞬、赤く光らせて笑みを浮かべたー


「くくく…はははははははは!

 俺が死んでたまるか!」


冬香は大人しい顔立ちを歪めながら笑うー


「まさか…まさか、こんなことが起きるなんてー…!

 そうだー 俺の精子から生まれた娘を俺のものにして

 何が悪い!


 冬香!俺のために身体を捧げるなんて

 お前は…へへ!最高の娘だ!」


冬香は、顔を歪めながら両手で胸を揉み始めるー。


「ーーははっ!ははははは!気持ちいいなぁ!なんだこれ!

 はははははっ!」


冬香はー

”死んだ”父・昭雄に憑依されてしまっていたー。


昭雄は、死の間際、”死にたくない”と、

恐ろしいほどまでに強い執念を抱いたー。


その結果、だろうかー。

遺体の近くにやってきた冬香に、

強い執念で成仏できずにいた昭雄が、憑依してしまったー


何故、そうなったのかは、昭雄自身にも明確には分からないー


だがー

昭雄は”第2の人生”を手に入れたー、と

”娘の身体”も”人生”も、奪うことに何の引け目も感じていなかったー


「ーーーや……め……て」

ビクッと身体が震えて、わずかに残っていた冬香の意識が

言葉を口にするー


「ーー…へへへへ…冬香ー

 お前の身体は俺のもんだぜ?」

冬香の口で、冬香にそう返事をする昭雄ー。


「ーーお…とうさ…やめ…て」

冬香の口から、冬香本人の言葉も漏れだすー。


「ーーーうるせぇ!!この身体は俺のもんだ!

 少しぐらい親孝行しやがれってんだ!」


冬香の口でそう叫ぶと、

昭雄は、強い執念で、冬香の身体を完全に支配しようとするー。


冬香本人の苦しそうな声が心の中に響き渡るー


「ーーこの身体は……俺の……ものだぁ…!」


あまりにも強い執念にー

冬香の意識は完全に抑え込まれてー

父・昭雄に、冬香はその肉体も心も、完全に支配されてしまったー


「くく…ふふふふ…ははははははははっ!」

冬香を完全に支配した昭雄は、冬香の身体で嬉しそうに笑い始めたー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数日後ー


「まさかー俺が”自分の葬式”に出るなんてなー」

喪服姿の冬香は、”自分”の遺体を見つめながら、

静かに笑みを浮かべたー


”自分のために”悲しんでいる知り合いたちを見つめるー。

こんな感覚を味わうことができるなんてー。


「ーーーーーー」

”自分の葬式に出る”

そんな、普通の人間では絶対できない経験をしてー

冬香は”これから始まる新たな人生”を思い浮かべー

悪意に満ちた笑みを浮かべたー


そしてーーー


”自分の葬式”を見たいがゆえに、

”それまで”は、冬香として大人しく振る舞っていた

昭雄はー

葬式関連が一通り終わると、ついに”本性”を現したー


父・昭雄の部屋に入って、冬香は

”父が大好きだった楽器”の演奏や、音楽に入り浸り始めるー。


「ーーね、姉さんー?」

不思議そうに首を傾げる弟の雄太ー


「ーーーくく…」

ギターを手に、笑みを浮かべる冬香ー。


”五十嵐家”の、

悪夢は終わっていなかったー


いやー

”味方”だったはずの姉さんが、

”暴力親父”そのものになってしまうという、

更なる悪夢が、今、始まろうとしていたー…



②へ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


家族に暴力を振るっていた父親が、死後に自分の娘を

乗っ取り…、というお話デス~!

ダークな雰囲気が今の時点から既に漂っていますネ~…!


次回以降もぜひ楽しんでください~!☆

今日もありがとうございました~!

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