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「僕…この力、嫌いなんだー。

 本当に、どうしてもの時…そういうとき以外使わないって

 決めて、これまで使ってきたけど、

 もうーー

 もう、使うの、やめようと思うんだー」


「--使いたくないなら、使わなくていいと思うー」

「--彼氏の苦しんでるところー

 わたしだって見たくないもんー」


佐奈はーー分かってくれた。

”他人に変身する力”を持つが故に、苦しんできた自分ー。


けれどー

それを、もう終わりにしたいー

3日前、佐奈に対してそう打ち明けた涼平ー。


今まで”涼平の力”を知った人間のほとんどは、

最初はそうでなくても、涼平を”道具”として

扱うようになっていった。


涼平の両親もそうだったし、

知り合った当初は心優しかった佐奈ですら、

変わってしまったー。


”過ぎたる力”は人を狂わせるー。

涼平はイヤと言うほど、それを理解していたー。


「---で、そのあとは、どうよ?」

親友の勝之が、食堂で、ラーメンを食べながら呟くー


「ん~、なんか付き合い始めたころの佐奈が

 戻って来た感じ、かな」

涼平は、定食を食べながらそう答えるー。


「--こんなことなら、悩んでないで、

 もっと早く打ち明ければよかったよ」

涼平の言葉に、勝之は「ま、でも、お前の気持ちも分かるよ」と

頷きながら言う。


涼平は、今まで、「変身の力を使いたくない」と

伝えたことで、多くの人から罵倒されてきたー。


佐奈も、”そう”だったかもしれないー。


だからー

涼平がなかなか言い出せなかったのも無理はない、と

勝之は笑ったー


「でもほんと、良かったよ…佐奈に分かってもらえて」

涼平は安堵の笑みを浮かべながら、そう呟いたー。


・・・・・・・・・・・・


佐奈はー

あの日から、涼平に対して”変身”のことは

一切口にしないようになったー。


付き合い始めのような、穏やかな日常が戻って来たー


「--今日も楽しかった!」

佐奈が微笑むー


この日は、涼平の家に、佐奈が遊びに来ていたー。


けれどー

「----……」

涼平は、”気づいて”しまったー。


”もう、変身したくない”

涼平がそう告げたあの日から、佐奈は優しくなったー。

最初に親しくなった頃の佐奈が戻ってきたような感じだー


”もう変身はしたくない”

そう伝えたとき、佐奈の表情が一瞬、険しく歪んだのを

涼平は見逃さなかったー。


伝えたあの瞬間の

佐奈の一瞬のゆがみが忘れられないー。


そして、涼平は今、気づいてしまったー。


佐奈がーー

あの日以降、涼平の家にやってくるたびにー

”少しずつ”

自分の私物をさりげなく持ち帰っていることにー。


涼平と佐奈はそれぞれ一人暮らしで、

お互いの家を行き来することも多いため、

相手の家に自分の私物を置いている。


佐奈も、涼平の家に、佐奈自身の私物を

色々と持ち込んでいたー


だが、それを”少しずつ”持ち帰っているのだー。


「----佐奈」

涼平が、佐奈の名前を呼ぶー


「ん?なぁに?」

佐奈が優しく微笑むー。

いつものようにー

”以前のような”優しい、笑みー。


「---…なんでもない」

涼平は、私物を持ち帰っていることを聞いてみようと思ったが

聞くことはできなかったー。


・・・・・・・・・・・・


「---」

自虐的な笑みを浮かべながら、

大学の施設の屋上で、景色を見つめている涼平ー。


佐奈はー

やっぱり怒っているんだー。

変身能力をもう使わない、と宣言したことでー

嫌われてしまったー。


「--最初から、使わなきゃいいのにな…」

涼平は、自分の力を呪うと同時にー

”変身能力を使えば人を助けることが出来る”場面に

直面した時に、その力を使ってしまう自分に、

嫌気が刺していたー。


「---」

頭を抱える涼平ー。


ふと、屋上から、下を歩いている

学生たちの姿が見えたー。


佐奈が、知らない男子の腕にしがみついて

満面の笑みを浮かべながら

一緒に歩いているー


”浮気”だろうかー。


「----…佐奈…ごめんな」

涼平は、そんな佐奈の姿を屋上から見つめながら

悲しそうに呟いたー。


涼平は、佐奈を憎まなかったー。

佐奈を変えてしまったのは、自分自身だー。

仮に佐奈が本当に浮気しているのだとしたら、それはー

自分のせいだ、


とー。


一度力に溺れた人間は、

そう簡単に、元には戻らないー。

佐奈も、やっぱり、そうなのだろうー


その日以降も、佐奈は、涼平の部屋から

私物を少しずつ持ち帰りー

ついに、佐奈は、最後の私物を手にしたー


「------」

涼平は、ついに意を決したー


「----今までありがとう」

涼平はそう呟いたー。

私物の回収を終えた佐奈は、もうこの家には来ないだろう、

と、そう判断したのだー


佐奈が涼平のほうを見つめるー。


「--私物、今日で全部だよな。

 言ってくれれば全部、送ったのに」


涼平が悲しそうに呟くと、

佐奈は「…やっぱ、気づいてたんだ」と呟いたー。


「----佐奈の彼氏でいることのできた1年半ー

 本当に楽しかった…。

 佐奈の期待に応えられなくて、ごめんな…」


涼平は申し訳なさそうに佐奈のほうを見つめるー。


「----」

佐奈が涼平のほうを複雑そうに見つめているー。


「--僕さ…でも、ホントに、この変身の力で、

 小さいころからずっとずっと苦しんできてさ…


 ……それなのに、

 最初に佐奈を助けた時みたいなことがあると、

 自分でも嫌いなはずの力を、使ってしまう…


 結局僕もさ、この力に憑りつかれてるんだよな…たぶん」


涼平は涙ぐみながら呟くー。


変身能力が嫌いー

変身能力のせいで、多くの人間関係を失ってきたー


なのにー

結局、その力を使えば、何かを解決できる場面に直面すると

その力を使ってしまうー


そんな自分を殴り飛ばしたい気持ちになるー


「--ごめん…僕のせいで…佐奈にも

 変な期待をさせちゃって…

 本当に、ごめん…」


涼平が謝罪の言葉を口にするー。


佐奈が我儘になってしまったのもー

佐奈にこんな思いをさせているのもー

全部、自分のせいだー。


涼平は、自分で自分を責めたー。


涼平の言葉を聞き終えると、佐奈は

涼平の方に近づいてきたー。


「涼平…」

佐奈が悲しそうに口を開くー。


「---佐奈…」

涼平が佐奈のほうを見つめるー。


「-----ふふっ」

佐奈が微笑んだー。


「-----」

佐奈は、笑っていたー


「--わたしが私物を持ち帰っていたのはーーー

 涼平と別れるためじゃないよー。」


佐奈の優しい言葉ー


「え…」

涼平が驚くー


「--わたしは、涼平のことが好きなの。

 好きなのは、涼平の変身の力じゃないー。


 涼平に言われて気づいたの。

 わたし、確かに最近、涼平の変身の力を便利だと感じて

 有頂天になってたー…


 …そんな自分が恥ずかしくて…

 一度、ここで気持ちを新たに切り替えようかなって」


佐奈の言葉に、涼平は

「じゃあ、私物を持ち帰っていたのは…?」

と、首を傾げるー


「---全部新しいモノに変えて、

 心機一転しよっかな!って!」

佐奈がイタズラっぽく笑ったー


「佐奈…」

心の霧が一気に晴れたような気がしたー。


佐奈が私物を持ち帰っていたのはー

涼平に愛想を尽かしたからではなくー

涼平と新たな未来を歩むためー


「---------なんて」

佐奈の表情から笑みが消えるー


「なんて、理想の彼女みたいなこと、言うとでも思った?」

佐奈の口調が一点してきつくなるー


「---え…」

涼平は、地獄から天国に引き上げられて、

天国に到着した瞬間に、崖から突き落とされたような気分になったー


「---私物持ち帰ってるのは、あんたと別れるため。

 決まってるでしょ。


 変身の力を持ってるのに、使わないとか、ホントありえない。

 あんたみたいな男を”役立たず”って言うんだよね。


 わたし、”わたしの彼氏は他人に変身できちゃう”って

 友達にも教えたばっかりなのに、

 もう変身しないとかさ、ホントあり得ない。


 わたし恥をかいたのよ!?あんたのせいで!」


佐奈が涼平を罵倒し始めたー


涼平は、震えるー。

これが、現実ー。


「--言っとくけど、変身しないアンタになんて

 なんの魅力もないから!

 この…役立たず!」


佐奈は、それだけ言うと、不機嫌そうに、

そのまま部屋から立ち去って行こうとするー。


「---佐奈…」

涼平が佐奈を呼び止めるー


立ち止まる佐奈ー


涼平は、両親や色々な人たちの姿を佐奈に重ねたー。


「---本当に、ごめん…」

涼平が頭を下げるー。


「---ーーー自分に何の魅力もないって自覚したほうがいいよ?

 マジであんた、きもいから」

佐奈は、涼平に、過酷な言葉を投げ付けると、

そのまま立ち去ってしまったー。


涼平は、一人部屋で、涙をこぼしたー


「---他者に変身する力なんて使った、僕が、悪いんだよな…」


涼平は、天井を見つめるー。


涼平は、生まれてから一度も他者変身の力を悪用したことはないー

自慢したこともないー

ここぞという場面で大切な人を助けるためだけに使ってきたー


なのにー

”常識では考えられない力”を目にすると

みんな、変わってしまうー


「---ぜんぶ…僕のせいだー」


佐奈に対しても怒りは全く湧かなかったー


涼平が、変身能力を佐奈に対して使ったりしなければー

佐奈はきっと、今も優しいままだったのだからー


と、涼平は自分で自分を責め続けたー。


・・・・・・・・・・・・・・


「---」


翌日ー

大学では、変な噂が広まり始めたー


”涼平が他人に変身できる”

という噂だー。


佐奈がばらまいたに違いないー


佐奈は、すぐに本性を現して

お金持ちの男と付き合い始めたー。


屋上から、涼平が見かけた男子学生で、

親が企業の社長らしいー


佐奈は変わってしまったー。



1週間後ー

涼平の元に、周囲の人間たちが

「お前、他人に変身できるの?」と

群がって来るようになったー


今日、何回目だろうかー。


”見せてよ”

”俺の代わりにバイトしてくれよ”

”便利”だなぁー


「----」

涼平はすっかり口を閉ざしたー。


偶然、佐奈と目が合うー。


佐奈は笑っていたー

人食いサメだらけの水槽に、放り込んだ人間をもがくのを見て

笑うかのようにー


佐奈は、笑っていたー。


・・・・・・・・・・・・


「---涼平」

親友の勝之が心配そうに呟くー


「--決めたよ」

涼平は呟くー。


「----僕は…死ぬよ」


「---おい」

勝之が、涼平の肩を掴むー。


「--退学届けも出してきたー。」

涼平はそれだけ呟くと、夕日を見上げるー。


「---死ぬなんて、言うなよ」

勝之が、心配そうに、涼平のほうを見るー。


「----……」

涼平が勝之のほうを見たー。


「--はは、自殺はしないよ」

とー。


「--あ?」

勝之の言葉に、涼平は笑うー


「-”須永 涼平”としての人生を終えようと思うんだ」

涼平がそう言うと、勝之は表情を歪めたー。


「---顔も、姿も、名前も、全部変えてー

 生きていくー」


「----涼平」

勝之は、呟くー


「--勝之…今まで、ありがとな」

涼平は、勝之のほうを見つめながら、

穏やかな口調で、そう呟いたー。


・・・・・・・・・・・・・


翌日ー


涼平は、姿を消したー。

誰にも、告げることなくー


”他の姿に変身”してー

二度と、元の自分の姿に戻ることもー

それ以降、変身能力を使うこともなかったー。


佐奈の姿に変身して、佐奈に復讐することもできたー

でも、そんな気は全く起きなかったし、

佐奈をああいう女にしてしまったのは、自分のせいだと、

涼平は深く責任を感じていたー。


だからー

それはしなかったー。


偽名を使いー

顔もー

姿もー

声もー


何もかも変えた涼平はー

今日もどこかでー

生きているー



過ぎたる力は、人を変えてしまうー。


もう、2度と

そんな、悲しい思いをしないようにー。



おわり


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


他人に変身できる力を持ったことによる苦悩を

描いた作品でした~!


もし、主人公が、変身能力を悪用するタイプの学生だったら

全然違う物語になっていたかもしれませんネ…!

(ただ、ゾクゾク系はよく書いてる(?)ので、今回は

 苦悩するほうを中心にしてみました~!)


お読み下さりありがとうございました!


明日は「揺れるトライアングル⑥」の予定デス~

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