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 ヴィレメインの屋敷の一室。

 そこに王と王子、そして大家令が集まり膝をつき合わせていた。

 本来の護衛団はおらず、オリアンヌ達聖女騎士僅か三名が直接付き従っているのみで、その彼女たちも外で待たされておらず、部屋の中で異例尽くめの談合に参加していた。

「信じられんな、私に相談もなく協力を求めただけでなく、そのイングリッドまで消えてしまうとは」

「お怒りはご尤も。しかしもう時間がありません。ここからは私の一存では事を進められません」

 ベシーナ地方で最強の大魔法使いイングリッドと行動を共にしていた2人の聖女騎士からの定期報告が途絶えて2ヶ月が経過し、3名の行方は杳として知れない。残りの3名の聖女騎士達も呼び戻されたが、これ以上事態を悪化させないためにも捜索に駆り出すわけにはいかない。

 事ここに至っては国内に触れを出し、国民の協力を得つつ正規兵達も動かす必要があるとヴィレメインは考えたが、大家令の肩書きでは正規兵を動かすことは出来ず、王室院を通す必要がある。その際の諸々の面倒を省くために予め王に事情を伝え、味方に引き入れておくことにした。

「イングリッドが掛けた聖女への麻酔魔法がもうじき切れてしまいます。お二人はご覧になったことはないのでお分かりにならないでしょうが、あの苦しみ様はとても見ていられません」

 ヴィレメインがイングリッドに協力を仰いだのはもちろんイングリッドが魔法使いの頂点であるからだが、それは即ちシャンタルの秘密を明かすのが1人で済むと言うことだった。

 麻酔術自体は大して高度な魔法ではないのでマジャリ内にも少数いる加療魔法士達でも使えるが、何か別の魔法が必要になった際、また別の魔法使いを探さなければいけなくなる。

 その点イングリッドなら1人であらゆる事態に対応できる。また、不遜ではあるが格が違うため、マジャリに対して他の魔法使い達のように悪感情を持ってもいない。

「もちろん、その点はお前に任せる。これ以上シャンタルを苦しませるわけにはいかない、必要とあらば別の魔法士を王宮に入れてもいい。

 触れを出すのもかまわん・・・しかし…どう出す?その…なんと言ったか?鍛冶屋の息子に希代の魔法使いと我が国の象徴たる聖女を守護する騎士3名が攫われたと告げるのか?…そしてそれを告げれば国民達もシャンタルがただ病で伏せっているだけではないと察するだろう。

 国民達はまだいい。聖女に好意的だからな。しかし貴族の中には聖女を不要とする者達も増えてきている。彼らを黙らせて兵を駆り出すのは骨が折れるぞ」

 王の言うとおり聖女の出現頻度が時代が進む事に下がっていく中で、王室院を構成する上級貴族達の中には聖女、延いては神聖力を特別視せず、他国のように自由に魔法従事者に魔法を解放すべきだと論ずる者達も増えてきていた。ヴィレメインもそれが分かっているからこそ院の頂点たる国王に予め話を通しておこうと考えた。

「仰るとおり、ありのままの触れを出すわけには参りません。

 ・・・やはり、その少年には何らかの罪を背負って貰うほか無いでしょう。まだ証拠はありませんが、その少年を追って4名が消えた以上、実際に彼が何かをしているのは間違い無いはずですから」

「・・・それも信じられんのだよ。鍛冶屋の息子であることは間違い無いんだろう?そんな子供が聖女騎士3人と、あのイングリッドをどうにか出来るとはとても思えん。触れを出し兵を動かした後で間違いだったでは済まんぞ」

「それは…確かに私もそう思います。しかし少年が直接手を下していなくても、何か知っていることは間違いありません。そもそもその少年は父親とヨドークスの繋がりに関して何か知っているのではと言うことから追い始めましたが、追跡者4名が悉く消えたとなるとシャンタルの…欠片の所有者と直接繋がっている可能性まで出て来ます。なんとしても彼は捕らえる必要があります」


 パトリス、ギャエル、キトリーの3名とは別に、ヨドークスに協力しシャンタルに術を施した魔法使いを追っていたオリアンヌ達3名も未だ手がかりを掴めずにいた。

 イングリッドによってシャンタルに掛けられた術自体はほぼ解明できている。

 シャンタルの口と下腹部を奪った魔法は封印と召喚を掛け合わせた術者独自の魔法で、封印はともかく召喚は数ある魔法の中でも超高度な部類に入るため使用できる魔法士の数は限られており、オリアンヌ達はイングリッドが名前を上げた魔法使い数名を追っていた。

 術が解明できた時点で施術者がいなくてもイングリッドがシャンタルに掛けられた呪いとも呼べる特殊魔法を解呪することが出来た。しかし生物的な本体はあくまで王宮の地下で横たわっているシャンタル自身だが、魔術的な本体は持ち去られた各部位とそれを収めている器であるため、それらを回収しない限りいくらイングリッドと言えどシャンタルを解放することは出来なかった。

 そのためオリアンヌ達は術を解かせるためでなく、欠片の所有者の手がかりとして召喚術を使用可能な魔法使い達を探していた。しかしそれらの高名な魔法使いは大抵マジャリ以外の周辺4国で要職に就いており、会うこともままならない上に危険を冒してヨドークスに協力するとも思えなかった。

 唯一それらの条件からはずれている上級魔法士は居所が知れず、その人物を探している最中に3人はヴィレメインによって呼び戻された。


 オリアンヌの報告も加味し、王は決断した。もとよりヴィレメイン以上にシャンタルの現状に心を痛めていたのは王であり王子だった。

 現状では少年以外にシャンタル解放の手がかりがない以上、捕らえてみるほか無い。

 ただし議会を通過させるとなると聖女反対派貴族の抱き込みに時間が掛かるだけでなく、シャンタルの現状を彼らに知られてしまい、聖女を権威を貶める噂を流布されてしまう可能性がある。そのため院の承認が必要な兵を動員しての大規模な捜索は行わず、各都市の治安院支部に少年を犯罪者として手配するに留めた。

 イングリッドが期限内に見つからなかった場合、シャンタルを沈静化する施術の為の魔法士に対する助力要請は改めてヴィレメインに一任され、オリアンヌ達は引き続き召喚魔法士の捜索に戻ることになった。


 同日。

「・・・サビーナ、今シャンタル様動かなかった?」

 マガリーはシャンタルの身体を拭いていた手を止め、側のサビーナを振り返る。

「え?・・・気のせいじゃないですか?まだ1ヶ月くらいはイングリッド様の魔法が効いてるはずですから」

「そうよねぇ…気のせいよね。何かあってもどうにか出来る人今誰もいないから、不安になっちゃって」

 シャンタルの世話をしながら王宮のメイド達を束ねることなど出来るはずもなく、秘密を知る者を必要以上に増やせないという制限により役職を解かれた元メイド長マガリーは改めて裸のシャンタルの甘い香りを放つ腋を拭いてやる。

 イングリッドの麻酔術に因って意識は失っているものの身体は苦痛を感じているのか、シャンタルは常に全身に脂汗を浮かべている。

 口は奪われているので呻き声自体は聞こえないが、時折喉が苦しそうな音を立てる。

 未だにシャンタルに起こっている現象を知る者は2人と典医、ヴィレメインと王と王子、そして聖女騎士達しかいない。

 国民には病で伏せているということにしてあるが、王室関係者であっても与えられている情報に大差は無く、感染する病であるため面会は出来ないと言うことになっている。

 身体を横にし、白い尻の谷間の汗も拭う。本来あるはずの肛門は白い何かに置き換わっているが、膨らんだままの腹が苦しいのか、中身を出そうとして白い部分ごとひっきりなしに盛り上がっている。

 そこから更に前、大陰唇自体は残っているため一見すると何も奪われていないように見える性器の割れ目も丁寧に拭いてやる。

 サビーナもマガリーも気づいているがお互いに言葉にして確認し合っていないことがあった。腹部の膨張の様に見ただけでは分からないが、性器に触れていると必ず激しい振動が伝わって来る。

 クリトリスや尿道からのものとは考えにくいので、膣に絶えず振動を起こすような何かが行われているのだろうと予想し、2人ともシャンタルが眠っていて本当に良かったと思っていた。



 分裂後歴333年、バーマ南西の森。

 ゲルルフが木々に覆われた小さな家を見つけた時、目的の老人は既に死亡していた。

 しばらく前に警報術が作動したことにゲルルフは気づいており、その地点から老人が隠れ住んでいた家までかなり距離があったため、ずいぶん慎重だなとは考えていた。

 しかし、いざ到着してみると老人は事切れていた。遺体に触れてみるとまだ体温が残っている。

 ゲルルフが依頼されたのは老人の処刑と、その老人に盗まれた超凝縮魔力の回収。

 既に死んでいるため処刑は必要なくなり、もう一つ、超凝縮魔力も殆ど使用され、僅かに残滓を残すのみの深海石が同じ室内に残されていた。

 凝縮魔力は魔法使いが自分が一度に生成出来る総魔力を補うため、或いは販売する目的などで魔力を蓄積する性質を持った鉱物や、外に漏れないように術を施した器などに籠められる。鉱石は研磨され宝石として装飾品に使われることも多いので、大抵安価な硝子玉に術を施した物が販売されている。

 深海石は魔力の凝縮に使用される鉱石の中で飛び抜けて蓄積率が高く、老魔法士が盗み出した凝縮魔力は魔法使い150人分に相当した。

 ベシーナ地方に於いて魔法使いはそれほど珍しい人種とは見なされていないが、それはある程度の規模の都市には必ずといっていいほど魔法使い自身が営む魔法店があり、目にする機会も触れる機会も多いためであって、魔法の才能を持った人間の出現率はベシーナの総人口の10万分の1程度でしかない。

 150人分の凝縮魔力は全魔法使いの20分の一ほどにあたる。

 死亡したばかりの遺体と使用された超凝縮魔力を鑑みて、ゲルルフには警報術が作動し自分が家に着くまでの僅かな間に老魔法士が何をしたのか大凡察しがついた。

 しかし、依頼とは関係ないため追求はしない。ゲルルフには仮に老人を自分自身が殺害したとしてもその遺体をわざわざ依頼主の元に持ち帰る気は端から無く、空になったとは言え深海石自体が稀少なので、依頼主にはそれを渡し納得させることにした。

 ゲルルフは凝縮台から深海石だけを取り上げ、懐にしまう。更にその横に並べられていた11個の小箱の1つを手に取り、何の気なしに蓋を開けてみた。

「ん?」

 知名度以外はイングリッドに匹敵する魔法使いのゲルルフでも、中身が何であるかに気づくと面食らった。

 俯せに倒れている老魔法士の遺体に目をやる。

 老人は殺害の依頼主にとっては裏切り者であり脱走者ではあるが、魔法使いとしてはかなり優秀であるとゲルルフは聞いていた。その老魔法士が陰核だけを外に出した状態で女を封印した小箱を収集している理由がゲルルフには分からない。

 解析してみると確かに優秀であることが分かった。幾重にも偽装構造が張り巡らされており、解呪符牒を知らなければ並の魔法使いでは解くことが出来ない。また、通常何らかの咒器を用いた封印の場合、その咒器を破壊すれば中に封じられたモノは外に出ることが出来るが、発見した箱には対象がこの世という空間内で占有している個別の領域そのものを圧縮する、言わば封印される対象自体が封印器になる様なゲルルフでも他に見たことの無い、老魔法士が独自に開発したと思われる封印術が施されていた。

 最もゲルルフであれば容易く中の女達を外に出してやることも出来たが、そうしてやる義理がない。

 女を玩具にして逃亡中の性を満たすだけならこれほど高度な魔法を使用する必要は無く、怪訝に思いながらゲルルフは深海石と同様に11個の小箱を懐にしまった。

 依頼主の元に戻る前に、ゲルルフは闇商人のヴィボの商店に立ち寄った。

 各地に闇商人はいるが、ヴィボの一党は扱う商品も多様で規模も大きく、何よりゲルルフの素性を知っているため話が早い。

「これはこれはゲルルフ様、今日はどの用なご用で?」

「面白いものを見つけてな」

 ゲルルフは懐から箱を取りだし、ヴィボの前の机に1つずつ並べていく。

「これは・・・これは!?・・・生きた、本物の・・・?」

「女が閉じ込められてる。性魔法士の家で見つけたんでな。俺には無用だが、お前なら扱えるだろう?」

「確かに面白い・・・これは…封印?出そうと思えば出せますか?」

「私ならな。中々よく出来てる。並の魔法士では解けないだろう。それに出してしまえばただの女だが、この状態なら珍しい品だろう?」

「仰るとおり…このまま売り物にした方がいいですね。何がご入り用です?ゲルルフ様に代金でお支払いするというのは…」

「必要ない。お前の所には面白いものは入荷してないのか?」

「そうですね、ゲルルフ様がお気に召すようなものは・・・西の頭が変わったことはご存じで?」

「いや、知らないな。いつのことだ?」

「2ヶ月ほど前です」

 東から逃亡した老魔法士が大森林とベシーナを横断しバーマの山裾に隠れ住んでいたことと、その東の集団と対を成す西の集団の長が変わったことにゲルルフは何らかの動きを感じた。

「誰に変わった?デイメクか?」

「いえ、驚かれますよ。クーネンフェルスです」

「クーネンフェルス?という事はデイメクは殺されたか」

「お察しの通り。我々にとってはあまり嬉しくない人物でして…何か揉め事が起きましたらどうぞお力添えを」

 放浪魔法士のゲルルフは自分がベシーナにいない間に起きていた変化に興味を持った。

 東へ戻り依頼主に深海石を返却した後、今度は西に足を伸ばしてみるのも面白いと考え始めた。


 分裂後歴357年、ムラドハナ。

 深夜、ヨドークスは不意に目を覚ました。

「・・・・・!?」

 寝室の中央に人影を見つけ、背筋が凍る。

「だ、誰だ!どこから…」

「私だ、宰相」

 男が指先に灯りを点した。ヨドークスはそのおかげで質問の答えを知る。以前一度、取引相手の使いとして顔を合わせたことがある男だった。しかし相手が誰なのかが分かったところで深夜自室に侵入されたことには変わりが無く、動悸は治まらない。

「お、お前か…いったい何の用だ。なぜこんなまねを…」

 ヨドークスは寝具の上で上体を起こす。

「夜分に済まないが、クーネンフェルスからの依頼だ。聖女の残りが欲しいそうだ」

「な!?・・・何を、彼にはもう渡しただろう!他にあるはずがない」

「一国の宰相の割には認識が甘いな。僻地に籠もっていても彼奴等はベシーナの情報に明るいぞ。例えば聖女が今本当はどういう状態か・・・とかな」

「・・・し、知らん。奪えたのは彼に渡した1カ所だけだ」

「そうか?・・・ところで、私のことは知らないらしいな。イングリッドほど有名じゃないから、マジャリの人間なら無理もないが…ただの使いだと思ってるだろう?」

「・・・ど、どういう意味だ?」

 ゲルルフは外套の下から装飾の施された黄色い器を取り出し蓋を開ける。ヨドークスの目が大きく開かれる。

「屋敷の中から神聖力の出所を見つけられる程度には出来る魔法士と言うことだ。

 ・・・口だけは手元に残したかった様だな。気持ちは分かるが、それが失敗だ」

「ぐ・・・だ、だが、神聖力を関知出来るなら、この屋敷にそれ以外に何もないことももう分かってるだろ?」

「確かに。しかし残りの3つをどこの誰に渡したのか言うことは出来るな?」

「な、なぜ…シャンタルの秘密はヴィレメインが厳重に管理しているはずだ。なぜクーネンフェルスに情報が漏れている?・・・間者がいるのか?」

「さあな。言っただろう、私はあの男の使いではないと。どうやって情報を得ているかなど知らんよ。・・・他の3つの贈り先は?」

「・・・い、言わなければ?」

「クーネンフェルスが何の集団を束ねているか知った上で贈り物をしたんだろ?その男が私に依頼したんだ、死ぬほかない」

「ば、バカな…約束したものは確かに渡したんだ!他の部位を誰に渡そうがとやかく言われる筋合いはないぞ!!」

 ヨドークスは癇癪を起こして寝具を叩く。安定して供給されることのない神聖力を頼りに聖女を信奉するマジャリの国力は近いうちに衰退するだろうと考え、シャンタルに変わり娘を王子に嫁がせ、孫を通して国を操ろうと画策していたヨドークスは、その時強力な後ろ盾が必要になるだろうと考え、貴重な神聖力を得ることが出来る聖女の欠片を影の権力者に取り入るため既に贈っていた。

 西のクーネンフェルスはその中の1人で、シャンタルの膣を所有している。

「フ、フフフフフ、宰相、あなたは大きな勘違いをしている。あの男は最初から全ての欠片を渡していても、仮に本当に奪えた箇所が1つだったとしても、あなたを殺すように部下に命じるか、私に依頼していたよ。

 いずれあなたの裏切りがばれて、聖女の欠片が自分の手元にあると知られてしまう可能性を潰すために」

「な、そ、そんな無茶な…」

「何を計画して彼らに近づこうとしたのか知らないが、関わるべきでない連中に関わってしまったな。身から出た錆だ」

「・・・・・そ、その口はくれてやる。それで何とかならないか?」

「贈り先を言えば考えてやろう。いくら私でもベシーナ全域から僅かな神聖力のみを頼りに残りを探し出すのは骨が折れる」

 目の前の男、ただのクーネンフェルスの使者だと思っていたゲルルフの力量は未だに分からないが、自分が聖女の膣を送ったのが暗殺集団の長であることは分かっているため、ヨドークスはやむなく口を割った。何とかこの状況を切り抜けたところで自分のしたことを誰かに話せるはずもなく、宰相の地位を使って誰かに助力を求めることも出来ず、1人で対処するしかない。

「なるほど・・・クーネンフェルスに近づこうとしただけあって中々面倒な連中に贈ってくれてるな」

「これでいいだろ?もう私には何も残って無いんだ」

 ゲルルフはヨドークスに背を向け寝室の入り口に向かう。指に点した灯りを消すと、部屋は再び闇に包まれる。

 ほ、とヨドークスが息を漏らす音だけが聞こえた。

 ゲルルフは去り際、クーネンフェルスからの依頼を遂行しヨドークスの心臓を停止させた。僅かに呻いて前のめりに倒れ込んだヨドークスを一瞥することもなく、ゲルルフは屋敷から立ち去った。


 分裂後歴360年、現在。

 境界を越えるとゲルルフですら身体に倦怠感を感じ始める。境界周辺はまだましだが、中心部に向かうに連れ並の人間、或いは魔法使いであっても魔力の生成量が少ない者なら生存すら危ぶまれるほど強制的にエネルギーを消費していく。

 ゲルルフはベシーナ地方に住まう人々からしてみれば境界の外にある、クーネンフェルスが率いる集団クーナの本部に向かっていた。

 超高度な魔術に当たる長距離移動魔法はゲルルフも使用可能だが、イングリッドであっても予め指定しておいた場所にしか移動することは出来ず、それはゲルルフも変わらない。

 何もしなくても常にあらゆるエネルギーが奪われていく境界外に到着地点を指定する術を掛け、それを維持し続ける事は不可能であり、仮に可能でもクーネンフェルスがその処置を認めるはずもない。そのためゲルルフであっても歩いて目的地へ向かわなければならない。

 ゲルルフは対価と引き替えならどんな仕事でもこなす放浪魔法士であるため、暗殺集団であるクーナとは一部重複する部分があり、かつては一方的に商売敵としてみられていた。

 しかし首領がクーネンフェルスに変わるとゲルフフはそのクーナからも依頼を受けるようになり、今回も呼び出されて本部に訪れていた。

「まさか催促のために呼びだしたわけじゃないだろうな?」

 黒檀の机の向こうでクーネンフェルスが椅子に腰を下ろしたまま振り向く。ゲルルフに敬意を払い且つ何も隠していないことを示すため両手をその机の上に乗せる。

「むしろ捜索の手伝いが出来るかも知れんよ、ゲルルフ君」

 ゲルルフは未だに残り”4つ”のシャンタルパーツの捜索と回収というクーネンフェルスからの依頼を受けたままだった。その内3つはヨドークスの自白により贈り先が判明しているが、いずれもクーナと言えど軽々に事を起こせない集団の長にばかり贈られていたため、現時点では保留されている。

 ゲルルフが引き続き行っているのはヨドークスが各地の権力者にそれぞれの部位を贈り始める前に盗まれたため所在不明になっているシャンタルの口の捜索のみだった。

「手伝いとは?」

「イングリッドが消えた事は知っているか?」

「イングリッド?元々そう見かけるヤツじゃないが、消えたとはどういう意味だ?」

「これを見てくれるかな」

 クーネンフェルスは机の引き出しの中から黒く、円柱型の器を取りだし天板に乗せた。

 クーネンフェルスの使いとしてゲルルフが直接受け取っているため、聞くまでもなくそれがシャンタルの膣が封じられている器であることが分かる。

 イングリッドと遜色ない能力を持つゲルルフも当然それに掛けられている術を解析しておりその解呪方法も分かっているが、元々シャンタルの肉体の近くで発動するように召喚術を組み込まれているため、もしもムラドハナの王宮から遠く離れたこの場所で膣を解放すると、戻るべき本体を見つけられず魔法言語と共に霧散してしまう可能性が高かった。何よりゲルルフにはシャンタルを解放してやる義理がない。

 魔法使いでないクーネンフェルスは凝縮魔力を使って器に外付けした装置を起動させる。

 魔力を贈られた装置はゆっくりと蓋を持ち上げ始めた。

 蓋に隙間が出来るとすぐに内側から光が漏れてくる。

 蓋の裏には外側とは別の装置が取り付けられており、それを駆動させ続けるための小さな深海石製の魔力球が発光している。

 蓋の裏には歪に曲がった長い金属の棒が同心円状に8本並んだ張り型が取り付けられており、それが魔力を動力源に高速で回転しながら膣の中に埋め込まれていた。

 膣壁は張り型の形に合わせて激しく波打っている。その刺激に因って本体は眠っているが膣液は絶えず、自分を守るために大量に分泌され続け、かき回されてる。

 張り型は回転しながら引き抜かれ、中で白く泡立った聖女の膣液を入り口まで持ち上げる。

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 外の装置が蓋を高く持ち上げ、箱の厚みより長い器具がずるずると引き抜かれていく様は手品のように見える。

 クーネンフェルスはそれを指ですくい、糸を引く膣液を口に運び、舐める。

「聖女の神聖力が増えている。麻酔術が切れかけているんだよ」

 聖女の身体の部位を手に入れた以上、当然クーネンフェルスは大規模に神聖力を使うつもりでいるが、シャンタルが眠らされているため現時点では体液、膣の場合は膣液に混ざる少量の神聖力を元に本体の状態を推測するくらいしか出来ないでいた。

 神聖力を関知出来るゲルルフはクーネンフェルスを同じまねをする必要は無く、確かに以前より放出される力の量が増えていることが分かった。

「確かに切れかかってはいるが、そんなことでイングリッドが消えたと思っているのか?」

「いやいや、確かにこの程度の事は以前も何度かあった。結局は切れる前にかけ直されてしまったがね」

 クーネンフェルスはゆっくりと椅子から腰を上げた。

「見せたい物は他にもある」

 クーネンフェルスは張り型を膣の中に戻し、ゲルルフを伴って自室から出た。

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 クーナの本部は1階だけが地上に出ており、それ以外の敷地は地下方向に伸びている。

 本部を隠しているわけでなく、特殊な状況の地域で生活するためには建物自体に防護措置を施す必要があり、そのためには上に建物を伸ばすより地下に向かった方が都合が良かった。

「ところで、ヴィレメインが子供を手配した話は聞いてるかな?」

「色々と耳が早いな、こんな僻地いる割には」

 目的の部屋に向かって廊下を進む。時折男達とすれ違うが、女の姿は全く無い。

「妙だと思わないか?情報は確かだが、理由が分からなくてね」

「回りくどいな。察しは付いているんだろう?いったい何を見せたい?」

 クーネンフェルスは地上から2階下におりた拷問部屋にゲルルフを案内した。

 室内は広いが頻繁に使われている様子はなく、その一画からくぐもった女の悲鳴と打ち付けられる鞭の音が聞こえてくる。


 拷問部屋では銀髪の女が2人、暗がりの中で打擲されていた。

 全裸の2人は錬金術によって鉄と土瀝青を掛け合わせた拘束具で両手を天井に、両足を床に、双方に引っ張られながらそれぞれ少し離れた場所で固定されていた。

 その状態で無防備な背中から尻、腿に向かって立て続けに鞭が振り降ろされている。

 口には枷がはめられ自害が防止されている。そのため喋ることは出来ないが、尋問は既に終わっているためその必要は無い。

「ほごぉっ!!・・・んごっっ!!・・・こぉぉぉ~~~っ!!!ほぉぉぉぉ~~~っ!!」

 2人の身体には平等におびただしい鞭の痕が残っていた。売られてから数日間で有益なな情報を聞き出してからは尋問でも懲罰でもなく、ただ苦痛を与えられるためだけに毎日、痕が消える間も与えられず激しく打たれ続けていた。

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「うぼっ!んごっ!・・・くぅおぉぉぉ~~~っ!!!かぁぁぁx~~~~っ!!」

 2人を売りに来た盗族の予想とは違い、クーナに奴隷も性奴隷も必要なく、買い取られた女は皆駒として再教育される。盗賊が連れてきた女が元騎士だったため取引が成立したが、攫ってきただけのただの女だった場合は追い返されていた。

 クーナの駒として使用するに当たって必要なのはその優れた身体能力のみで、人格は必要ない。鞭打ちが始まってから1ヶ月間、2人は同じ姿勢のまま横になることなく、睡眠の代わりに失神だけを許され、意識がある間は絶えず泣き叫ばされていた。

「ほごぉぉぉ~~~っ!!ぉおぉぉ~~~あえぇぇ~~~~っ!!!あうえぇぇ~~~~っ!!!」

 水や栄養は天井に繋がっている拘束具の溝を伝って開いたままの口の中に落とされる。排泄も同じ体勢で垂れ流すことになるが、その最中でも鞭は止めて貰えない。

 2人は泣き叫びながらもまだ懇願している。

 家畜以下に扱い、徹底的に虐待しながら完全に自尊心を壊し、苦痛を止めて欲しいと懇願すらしなくなり、ただ黙って与えられる痛みを受け入れるようになるまで何ヶ月でも鞭打ちが続き、その後漸くクーナの駒としての仕事を仕込むための再教育が始まる。

 万が一いつまで経っても人格が崩壊しない様な強固な精神の持ち主だった場合、単に処分される。

 離れた場所からクーネンフェルスはゲルルフにその様子を見せる。鞭を打っている男達がそのまま世話も行っていはいるが、あまり近づくと床に垂れ流された排泄物が残した臭いが鼻に届く。

「分からないな。あの2人がなんだ?」

「これに関しては全くの偶然なんだがね、最近手に入れたあの女達がイングリッドが封印されるところを見たと言うんだよ。しかも、少年に」

「イングリッドが封印?少年に?その少年が手配された子供と同一人物だと言いたいのか?」

「子供が手配されたのはあの2人がここに売られた後なので知らないようだが、そもそも彼女たちはヴィレメインの命で1人の少年を追っていたらしい。聖女の欠片の手がかりとして」

「そもそも誰なんだ?あの女達は。イングリッドを封印など私にも出来ないことなんだがな」

 クーネンフェルスはゲルルフに泣き叫んでいる女達の素性を告げる。

「この状態で嘘をついているとも思えないんでね。気になるんだよ、その少年が」

「イングリッドを心配しているわけではないよな?・・・その少年がシャンタルの口を持っていると言いたいのか?」

「その可能性があると思ってね。今の所手がかりはないんだろう?追ってみてもいいのでは?」

 ゲルルフは逡巡した。シャンタルの口は自分自身の手元にあるためクーネンフェルスの推測は完全に的外れだが、本当にイングリッドが封印されたのだとしたら、その少年の正体と能力には興味がある。

「確かに、追うだけ追ってみてもいいかもしれない。ただしその前に少し確かめさせて貰おう」


 再び自室に戻るとゲルルフはクーネンフェルスに器の蓋を開けさせた。

 ゲルルフは露わになった膣に手を伸ばす。脳に信号が届かないだけで膣自体は常に苦痛を感じており、それは近づけただけで指先に感じる穴からの熱気でも感じ取ることが出来た。

「何をする気かな?確かめるとは?」

「シャンタルの麻酔術を解く。王宮が不測の事態に備えているかどうか知らないが、イングリッドが封印されているなら別の魔法使いに再施術を依頼するしかないだろう。そうなればここからでも術者の違いが分かる」

「どういうことかな?ここから…その膣から本体に掛かっている術を解くことが出来るのか?」

「そういうことだ」

「なぜ今まで黙ってた?そんなことが出来るならイングリッド対策を練る必要は無かったんだが」

「その対策とやらが整った後なら教えてやってたさ。イングリッドがヴィレメインに協力している間は解いたところですぐにまたかけ直されるだけだ。それにそんなことが出来る魔法士など数えるほどしかいないからな。私が協力していることがイングリッドに知られる」

 クーネンフェルスは口を閉じるしかなかった。ゲルルフはかき回され蕩けている膣の中に2本の指を差し込み、遠く離れた本体を探る。触れて無くとも感じるほどの熱は直接触れるとその柔らかさと潤いも相まって湯の中に指を入れたように感じる。

 同じように本体から各部位の場所を探ろうとしても、それらが封じられている器の素材のせいで叶わない。また、膣や肛門、口など体内に通じている部位ならば差し込まれたゲルルフの指はクーナの本部にありながら同時にマジャリ王宮の地下にも同時に存在することになるが、陰核のように外に出ている部位の場合は同じく抵抗石に邪魔をされで本体を探ることは出来ない。

 ゲルルフは差し込んだ指先から子宮口方向へ魔力を贈り、イングリッドが施していた強力な麻酔術を少しずつ消滅させていった。


 同時刻、シャンタルの安置室。

「ぐ・・・ぐぐ・・・・」

 シャンタルの喉が鳴る。サビーナもマガリーも一旦はびくりと反応する。イングリッドの魔法で意識を奪われる前、身体の部位を奪われてから特にヨドークスの死の少し前辺りのシャンタルの苦しみ様を知っているだけに喉からであっても苦しそうな声が聞こえると2人はその頃を思い出し怯えてしまう。

 イングリッドに助力を要請してからずいぶん世話は楽になったが、少なくともどちらか1人は何かあった時のために常にシャンタルと同じ部屋で寝食を共にしている。家に帰ることも許可されていないので、食事の用意や自分自身の身体を洗う時ぐらいしか部屋を出ることはない。

「ぐく・・・う・・・うぅ・・・」

 またシャンタルが喉を鳴らしたが、つい先ほど聞いたばかりだったため2人はそれほど気に留めない。

 最も側でシャンタルの世話をしている2人だが詳しいことは殆ど教えて貰えず、近々新しい魔法使いが世話に加わると言うことだけ大まかに聞かされていた。イングリッド級の魔法士の変わりなど見つかるはずもないため並の魔法士で我慢するしか無く、どの道秘密を知らせなければならないならサビーナやマガリーのように常駐させることで力の不足分を補わせようとヴィレメインは考えていた。

「うっ・うぅぅっ・・・んぐっ…」

 今度は聞き逃せず、サビーナもマガリーもシャンタルの側に近寄る。

「…きゃっ!?」

 サビーナが小さく悲鳴を上げた。

「マ、マガリーさん、シャンタル様が…」

 マガリーも当然気づいていた。シャンタルの手の指が動いている。

「き、効き目が…切れたんじゃ…?」

「まだ時間はあるはずなのに・・・ど、どうしましょう」

 シャンタルの突然の変化に2人が戸惑っている間にもその変化は広がり、指だけでなくヒジやヒザ、胴体までもがくねくねと蠢き出す。

 先ほど奇麗にしたばかりの肌からふつふつと玉の汗が沸き上がって来る。

「あっ!?あぁぁっ!!??」

 そしてとうとう、シャンタルは目を開いた。

「うっ!?うぐぅぅぅ~~~~っ!!!んぐぅぅぅっ~~~~っ!!!」

 目を開いた直後からシャンタルはベッドの上でかつての一時期のようにのたうち回り始めた。2人はとっさに暴れ始めたシャンタルの上に覆い被さり、手足を押さえる。既に回復魔法で完治しているものの、動きを封じなければシャンタルは自分の指で股間を掻きむしり傷だらけにしてしまうことを2人は知っていた。

「さ、サビーナ、縄を…早くっ!」

「で、でも・・・」

 突然シャンタルが目覚めてしまったため手元に拘束に使えるものがない。同じ室内にイングリッドが関わる前に使用していた縄や拘束具があることはあるが、とっさに覆い被さってしまったため取りに行けない。

「い、いいから取ってきて!!1人で押さえておくから!!」

 足を押さえていたサビーナは意を決して放し、壁の箪笥から縄を探す。解放された足はバタバタと暴れるが、腕の方がより危険なためマガリーは上半身を押さえ続ける。

 しかし目を覚ましたと同時に局部に感じ始めた苛烈な苦痛はシャンタルに思わぬ力を与え、マガリーは身体を押しのけられてしまった。更に不運なことに姿勢を崩した所を暴れるシャンタルの足で蹴られ、床に倒れる。

「マ、マガリーさんっ!?」

「だ、大丈夫だから、早く・・・・・!?」

 寝台に捕まり起き上がろうとしたマガリーは、シャンタルの身体に何かの紋様が浮かび上がっていくのを目にした。サビーナも同じ光景を目にし、縄を探す手が止まっている。

「な、なんですか???これぇぇぇっ!?」

 更に良くない何かが起ころうとしていると考えたサビーナは狼狽し始める。

 しかしそれはサビーナが心配するような事態ではなかった。

「お、落ち着いてサビーナ、これ・・・」

 紋様はシャンタルの腕や足に広がり、浮かび上がる面積が増えるに連れシャンタルが大人しくなっていく。

「ま、魔法ですか?これ?誰が???」

 やがてシャンタルは緊縛術によって両手と両足を四方に広げて拘束された。

 イングリッドは2人には勿論、ヴィレメインにも言わずにシャンタルに不測の事態が起こった際自動的に発動する緊縛術を施していた。シャンタルの身体が一定以上寝台から離れると紋様が浮かび上がり、全身を寝台に縛り付ける。

 不測の事態は想定していたがそれは麻酔術が切れた場合ではなく、シャンタルの各部位を所有している何者かが本体まで手に入れようと侵入してきた場合だったが、結果的に役に立った。

「たぶん…というかイングリッド様しか考えられないけど、おかげで助かったわ…」

 マガリーは蹴られた腰をさすりながら起き上がる。

「うぐっ!うごぉぉぉぉっ!!くぉぉぉぉ~~~~~っ!!」

 シャンタルの身体はまだビクビクとは動いているものの、自分で自分を傷つけられてしまうほどの動きは封じられた。かつて縄などで暴れるシャンタルの自由を奪っていた際は手首や足首に拘束による傷が出来てしまっていたが、魔法での拘束ならその心配は無い。

「ごぉぉぉ~~~っっっ!!ぐごっ!ごっ!!んごぉぉぉ~~~っ!!!」

 ただし動きが封じられたとしても苦痛が無くなったわけではなく、シャンタルは各部位に与えられている刺激によってぐねぐねと蠢きながら苦しみの音を喉に響かせている。

 目を覚ます前から腹は膨張と収縮を繰り返している。

 見ても触れても分からないが、クリトリスや尿道、そこから繋がる膀胱にも、シャンタルの意識の有無に関わらず絶えず激しい責めが行われていた。

「んんん~~~~~っごぉぉぉぉ~~~~~!!!ほごごごぉぉx~~~~っ!!!」

 あっという間にシャンタルの全身は汗まみれになり、顔も涙や涎、鼻水でぐしゃぐしゃになる。

 目が覚めてもシャンタルが感じるのは苦痛のみで、側にサビーナとマガリーがいる事に気づいてもいない。

 クーネンフェルス同様、他の部位所有者も聖女の神聖力を利用しようと考えているが、所持している部位に拷問とも言える責めを与え続けているのは体液に含まれる少量の神聖力を採取するためではない。

 仮に神聖力の供給を要求するため膣にだけ拷問を加え他が手つかずだった場合、本体はその苦痛から逃れるため膣にのみ力を送ると考えられる。

 シャンタルの部位を所有している者達にとって供給は平等か、無かでなければ困る。1カ所に強大な神聖力が与えられるのを防ぐという牽制のために、所有者達はシャンタルに苦痛を与え続けていた。

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「ぐっ!ぐぅるっ!んごげっ!!!げごぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~っ!!!!」

 魔法により動きが封じられたという安心と、しばらくぶりに目にしたシャンタルの苦しみようにしばらく呆然と見つめるだけだった2人は一際大きなシャンタルの呻きに我に返った。

 2人には分からないが、何処か遠くで歪な張り型が膣深くに戻され、高速で回転を始めてしまっていた。

 すぐにヴィレメインを呼びに行きたいが、どちらとも自分が部屋を出たいと考えている。この状態のシャンタルと二人っきりで部屋に残されるのが恐ろしい。

「わ、私が呼びに行って・・・」

「・・・そ、そうね・・・急いで、とにかく急いで!ねっ?」

 結局元上司であるマガリーが我慢し、サビーナは慌てて部屋を飛び出していった。しかし、ヴィレメインを見つけたところでまだ新しい魔法使いの手配が整っておらず、シャンタルはしばらくこのまま、クリトリス、尿道、膣、肛門で無慈悲な拷問を受けながら聖女の威厳など一切無い惨めな姿で苦しみ続けるしかたかった。

 マガリーはその音に耐えかね、耳を塞いで目を閉じた。


 ゲルルフは膣内から指を引き抜いた。泡立った膣液が指にまとわりついているが、クーネンフェルスのように舐め取ることはしない。

 向こう側で別の術が発動したことには気づいたが、そのことを特に口にすることもない。

「術は解いた。この後数日でイングリッドが戻らなければ本当に封印されたか、少なくともその子供…俄には信じられないがとにかく手配された子供によって何らかの事態に巻き込まれている可能性はある。そうなれば追ってみる価値はある」

「それは結構。イングリッドが本当に消えたならこちらにとってはありがたい限り。本格的に神聖力を得る準備に入れる」

 ゲルルフは結果が分かるまでクーナの本部に留まることにした。

 本当にイングリッドが封印、少なくとも消失したシャンタルへの麻酔術を掛け直すことな出来ない状態に陥っていることが確認出来た場合、地下で鞭打たれている2人の聖女騎士が追っていた少年を、今度はゲルルフが追うことになる。



 ビラチーナは自身の内側にある異物を、同じく内側に生え揃っている繊毛で調べていた。数百本の細く短い繊毛がさわさわとそれぞれ単独で動き回りながら異物、クリトリス表面下で起こっている神経の発火を感知しているが、その走査する動き自体が刺激となり新たな発火を生み出している。そしてそれら繊毛自体も胴体の伸縮や捻りによって絶えず位置を変えている。

 繊毛と繊毛の間から分泌される弛緩液によってクリトリスは硬直することもビクビクと震えることも出来ず、全ての刺激を無抵抗で受け入れている。

 柔らかくなったクリトリスは胴体と全く同じように伸び縮みし、素早く上下に一往復している間に左右にもきゅっきゅと絞られる。胴体は細かく振動もし続けているが、先端に向かうほどにそれらは他の動きに因って分散してしまい、やや弱まっていく。しかし封印器にしっかりと吸着している8本の足の周辺、クリトリスの根元部分の振動は安定しており、封印内、且つ恥丘内の二層に渡って隠れているクリトリスの根に向かって振動を送り込む。

 ビラチーナは外も中もクリトリスに休むことを許さず、自身が与えられる最大限の刺激を与え続けている。

 繊毛よりも遙かに太い、8本の触手はぐるりと根元を取り囲み、先端を使って包皮の隙間や窪みを掻き出すようにほじくり続けている。根元にあるため振動も伝わり、ブルブルと波打つようにくねりながら繊毛や胴体とはまた違う種類の刺激を与える。

 クリトリスを悶えさせるためだけに存在するビラチーナは本来弛緩液の前に鋭敏薬を分泌する。感度を上げながら神経の発火だけでなく刺激を与えた時のクリトリス自体の動きも記憶し、自分が咥え込んでいるクリトリスに適した責めを方を見いだしていく。クリトリスが嫌がって逃げようと藻掻く責めがビラチーナにとっては良い責めだった。

 今、自身が悶えさせているクリトリスは僅か2回の鋭敏化で上限に達した。本来は定期的に鋭敏液を分泌しながら数時間から一日掛けて徐々に感度が上がり、前回の発火量と差がなくなると上限に達したと判断される。

 しかしこのクリトリスは一度目の分泌時と二度目に全く差がなく、最初からビラチーナの鋭敏液で上げることの出来る感度の上限を超えていた。

 大魔法使いに改造され責め方を工夫できる程度の知能を与えられてはいるが、そのことをおかしいと考えられるほどではない。同様に強い快楽を常に感じている反応は見られるが、絶頂の反応が一度も起こらないないこともおかしいとは思わず、健気にもビラチーナは絶頂を封じられているクリトリスを徹底的に責め続ける。


「んおぉぉぉぉ~~~~っっ!!ほぉぉぉ~~~~~っっ!!」

 ビラチーナによる責めが始まって半月が経過し、ヘザーは既に言葉を失っていた。正確には半月も時間は必要なく、一日後には既に全身から体液を溢れさせながら白目を剥いて痙攣するだけの生き物になっていた。

 ヘザーはビラチーナに因る連続絶頂と絶頂阻害の両方の責めを経験しているが、どちらの方がより辛いか考える余裕は既になかった。連続絶頂は20年間続いたため期間的には圧倒的に長いが、その際クリトリスを責めていたのはイングリッドに改造される前の個体で、現在絶頂の直前状態を維持されたままのクリトリスを責めている新ビラチーナとは精度にも動きの多様性にもかなり差がある。しかもダナによって遊び半分で感度を通常の20倍近くまで引き上げられているため、耐えがたくはあってもくすぐったさを感じる程度のはずの繊毛の動きでさえ十分に絶頂に至らしめるだけの強さの快楽として知覚出来てしまう。

 しかし、数百本の繊毛それぞれから絶頂出来てしまうほどの快楽を受け取っていてもヘザーはイくことは出来ない。

「おぉぉぉ~~~っっっ!!んおっ!おっ!おほぉぉぉ~~~っっっ!っくあぁぁっ、きひぃぃぃぃ~~~~っっ!!!」

 封印空間に外の重力は直接及ばないが、外に出ているクリトリスの向きによって間接的に自分が向いているであろう方向が脳内に思い描かれる。

 封印器が正しく置かれていれば中の人間は自分が仰向けになっていると感じ、鞄の中などに放り込まれ蓋が下を向いていると四つん這いになっているように感じる。

 腰を反らせて汗だくの尻を振りながら突き出し、絶頂を求めて何とかビラチーナの隙を突こうとするが、イくことを封じてヘザーを苦しめているのはビラチーナではなく箱に組み込まれた魔法であるためどうにもならない。むしろビラチーナは必死にヘザーをイかせようとしていた。

「きぃぃぃ~~~~っ!!!んにぃぃぃ~~~っっっかせてぇぇぇ~~~っっっ!!!」

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 ヘザーもまたパトリスやイングリッド同様、弛緩液で抵抗を奪われたクリトリスの代わりに膣や肛門を収縮させ、ぱくぱくと開閉を繰り返す穴から膣液や腸液を垂れ流している。

 クリトリスの全表面を縦横無尽に這い回る繊毛の無数の刺激でも、先端で根元の至る所をほじくる触手の刺激でも、胴体の動きに因ってそれらに更に全体的な動きが加わり、且つ全ての刺激を快感として漏らすことなく受け止められるほどに感覚が高まっていてもヘザーは決してイくことが出来ず、全ての運命を握っている所有者の気が変わるのを待ちながら苦悶の中に留まるしかなかった。

 かつてはバーマの首都周辺で一二を争う剣士兼冒険者だった面影は陰核酷使用生物によって奪い去られ、辛さから逃れようと暴れ回る反動で鼻水や涎をまき散らしながら、ヘザーは鞄の中で哀れに悶え続けていた。


「んひぃぃぃぃっ!!いっ、いひっ!イっイっイっ、いひぃぃぃぃぃ~~~~っ!!!」

 そのすぐ隣、数センチしか離れていないところで、かつてのヘザーの敵対者もほぼ同様に苦しみ続けていた。

 ビラチーナによる責めが始まって一月が経過し、ミルドレッドは既に5万回以上イかされ続けていた。ただし新ビラチーナの責めはある時点を越えると周期的ではなく常時絶頂を与えたままになる為あまり回数に意味は無い。

 特に無数の繊毛一つ一つがヘザー同様20倍近くまで高められたクリトリスに独立して快感を与えてくるため、繊毛1でイっている最中に12でもイかされ、34と76にイかされている間にも5と9でもイかされる。

 弛緩したクリトリスはその持ち主がどんなに泣き喚いても大人しくビラチーナに身を任せ、容赦のない責めを全て受け入てしまう。

 更に、本来なら繊毛によって与えられるおびただしい量の快感と絶頂に紛れてしまうはずの触手による刺激も、感度を高められているクリトリスは別の快感として感知してしまう。

 繊毛より動きが遅いためこちらはある程度周期を感じられ、包皮の隙間や裏筋の窪みをぐりぐりとほじられながら繊毛で常時イかされながらびくんびんくと違う絶頂をクリトリスに与える。

「んあぁぁぁっ!!!んぁっ!あっ!ひっ・・・っくっ!んおぉぉぉ~~~~んっ!!」

 ミルドレッドはビクビクと腰を振りながらイキ続けている。20年間封印されていた時は痒みに因って責められていたが、所有者が変わってから何度か旧ビラチーナを被せられたことはある。

 かつてのビラチーナには何度となく失禁を伴いながらイかされ続けていたが、この1ヶ月間ミルドレッドは一度も中で漏らしていない。

 被せられてから一日ほどで尿意は最大になり、腹痛を覚えるほど膀胱は満杯になっていた。

 しかし生命維持用の繊毛で尿道を塞がれているため溜まった尿が外に漏れることは無く、限りがないため苦痛ではあってもあくまで快感である絶頂とは別の苦痛を感じ続けている。

 恥丘に埋もれたクリトリスの根を振るわせる振動は膀胱にも届き、たっぷりと溜まった尿を泡立たせる。

「んんんん~~~~~~っ!!ん~~~~~~っっっ!!!」

 弛緩液は封印内にまでは影響しないのでミルドレッドは何とか放尿しようと下腹部に力を込めるが、どうやっても出口を越えることはない。それどころか栓が尿道の膀胱側でなく出口側にあるため僅かな距離でも尿が移動し、単に排尿できなくなっているのではなく排尿しようとした瞬間を止められているような、より苦痛が増す状態を引き起こしてしまう。

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 アルドリッジやダナはパトリスからの情報により改造されたビラチーナの何らかの作用により中の人間の放尿が封じられていることを知っているが、ミルドレッドもヘザーもなぜ自分が排尿することが出来ないのか分からず、苦痛が増すだけなのにも関わらず何度となく放尿を試みてしまう。しかし出すことが出来るのは白と黄色の体液だけだった。

 持って生まれた魔法の才能を使い好き勝手に生きてきたミルドレッドはその反動であるかのように一切の自由を奪われ、陰核酷使用生物に因って好き勝手に弄ばれていた。敵対者に向けられていた冷酷な笑みは顔中をドロドロにしながらだらしない笑みに変わり、鼻水まで膨らませている。

 最も安くぞんざいに扱われる娼婦よりも遙かに惨めな姿でミルドレッドはイキ狂わせ続けられていた。


「お、産んでる産んでる♫」

 ダナは3つの箱を開け、中からビラチーナの卵を取りだしていく。

 何となくではあるが封印術とビラチーナの関係性が分かってきているアルドリッジは、ビラチーナ本体までならエネルギーが再利用されているとしても、卵は明らかに本体から切り離されているため、あまり産みすぎると中の人間に悪い影響が出るのではないのかと心配し始めていた。

 アルドリッジとダナがアパタタを発ってから1ヶ月が経過していたが、未だに首都には入っていなかった。

 とはいえまたも不測の事態に見舞われたわけではなく、アルドリッジの意志でムラドハナから最も近い町サンプラティに宿を取り滞在していた。

 首都と隣接しており、宿の窓から王宮がうっすらと見えるほどに近い。

 ダナは首都に何の用もなくただアルドリッジに同行しているだけなのでどこに滞在しようが文句はなかったが、目的は商売、正確にはアルドリッジの力を利用して盗族家業よりも楽に多く儲けることなので、宿に籠もって考え事ばかりしている点は大いに不満だった。

 女を封印して売り物にするのが最も手っ取り早いと考えていたがアルドリッジは頑として首を縦に振らず、それでもダナはしつこくせっつき何とか余っているビラチーナの卵を売るという譲歩は引き出した。

 販売先は魔法商か闇商になるが、盗族団パサパシはマジャリとバーマを行き来しながら仕事をしているものの、主にマジャリからせしめたものをバーマに流していたため首都周辺の闇商には伝手がなく、また首都とその近辺は警備が厳しく上手く隠れているのでどこに、或いは何の店に偽装しているのか分からず場所を見つけることすら出来ていなかった。

 そのためダナはサンプラティの魔法商に卵を持ち込んだ。神聖力重視のマジャリ、しかも首都近郊だけあって魔法店は可哀想なほど小さい。

 しかしその実国の方針とは裏腹に魔法関連商品の需要自体はかなりあるため、売り上げは店構えからは判断できない。

 店主は最初卵から孵ったものがどのような形状でどのような役割を果たすか説明されても気味悪がって買い取ろうとはしなかったが、ダナがイングリッドの名を出し、更に卵の状態で構造を解析してみるとその複雑さに驚き、手の平を返して商品と言うより研究材料として高額で引き取ってくれた。

 ビラチーナは3日から5日で卵を1つ産み、現在はそれが3人分のクリトリスに被さっているため定期的にある程度の量を売る事が出来る。ダナが求めている稼ぎからはほど遠いが喰うには困らず、その間に闇商に接触出来れば魔法屋の様に研究対象としてではなく、本来の用途で使われる商品として取引できるかも知れない。

 ダナは封印された女の売買を諦めたわけではなかったが、ひとまずは満足していた。


 目的地を目の前にしてアルドリッジは考えを巡らせていた。

 かつて家族で住んでいた工房が今どうなっているのかなど気になることはいくつもあるが、何よりもまず第一に父の遺骨を探さなければならない。

 パトリスに因ればアルドリッジの父はあろう事か無縁墓地に葬られているという。

 11歳の時に母と共にムラドハナを出たアルドリッジはムラドハナの無縁墓地の場所など覚えていないどころかそもそも知りもしなかったが、墓の場所を見つけること自体はそれほど難しくはない。

 問題はその墓地のどこに父が眠っているかだった。

 どの遺体をどの墓に埋葬したかという書類が存在していたとしてもアルドリッジにそれらを手に入れられるはずもなく、一つ一つ墓標を調べていくしかない。そうなれば当然夜中に忍び込むことになる。

 ムラドハナとサンプラティは馬を使えば十分に日が暮れている間だけで往復できる為、不可能では無い。

 いざ目的を果たせる段になり緊張しやや尻込みをしていたアルドリッジだったが、いつまでも頭で考えているだけでは何も進まないため、ひとまず墓地の場所だけでも見つけるため一度ムラドハナに向かう事にした。

「お、おいアル!お前、これ見ろよ!」

 ダナが宿の部屋に飛び込んで来た。握りしめてくしゃくしゃになった紙を広げてアルドリッジに見せつける。

「・・・え?・・・え?これ…なに???どこにあったの?」

「ムラドハナに決まってんだろ!ちょうど張られ始めた所を見かけたたんだよ!広場の掲示板にな。たぶん今頃はもっと張られてるぞ、山ほど抱えてたから」

 魔法屋にビラチーナの卵を売った帰り、ダナは憲兵達が手配書を張り出しているとこを目撃した。

 手配書には似顔絵とまでは行かないが特徴をわかりやすく伝えるための絵が添えられており、それがご丁寧にも色つきだったため名前を見るまでも無く遠目からでもダナにはそれがアルドリッジだと分かった。

「見ろよこれ、赤い癖毛で赤い目の少年なんてどう考えてもお前だろ。覚え安すぎるんだよお前の見た目。

 ・・・ところで、これはホントなのか?お前抵抗石盗んで逃げてたのか?」

 アルドリッジの本名は既にヴィレメイン達にも知られていたので手配書にはしっかりとアレクシス・アルドリッジ・ジュニアと記載され、その罪状は窃盗となっていた。たいした罪では無いためそれだけでは各地の憲兵も大して注意を払わないが、盗み出されたものが抵抗石となると話が変わってくる。

 ヴィレメインはアルドリッジ手配に当たり、王に虚偽の申告をし持ち出していた拳大のの抵抗石を実際には協力の報酬としてイングリッドに渡していたことを告白した。そして王の叱責を受け流しながら更にその事を少年に被せる偽の罪状に使う事も提案した。イングリッドが姿を消した原因が本当に少年にあるなら抵抗石もその少年の手元にある可能性があるので、完全に虚偽というわけでも無い。

 更にヴィレメインはアルドリッジに賞金も掛け、憲兵だけで無く一般市民も逃亡犯に注視するよう仕向けていた。

「抵抗石・・・」

 アルドリッジは勘違いをし、怒りを募らせた。手配書に盗み出された経緯までは書かれていないためイングリッドが所有していた抵抗石のことだと思うはずも無く、アルドリッジはかつて器を作る為に父の元に持ち込まれた抵抗石の事だと考えた。

 父だけで無く自分にまで罪を着せようとしている、この手配を命じた人物に対し、アルドリッジは激しい怒りを感じた。

「…全部嘘だよこんなの。たぶんパトリス達が俺を捕まえるのを失敗したから、こうやって人手を増やすことにしたんだと思う」

「だろうなぁ、お前ちょっとおかしなとこはあるけど、基本的に真面目そうだもんな。なんて言ったっけ?アイツ。パトリス達の親玉、どうせそいつの仕業だろ。・・・それにしてもお前、ここまでされるなんてホントに重要な情報を持ってると思われてるんだな」

「たぶん、君が助けたあの2人が報告したんじゃ無いかな。直接は見られてないけど、あの場でイングリッド達を消せるのは俺しかいなかったし」

「・・・とりあえず、細かいことは後で話すとして、すぐ宿を出るぞ。お前宿に籠もってばっかりでそんなに町の奴らに見られては無いと思うけど、宿の連中が張り紙見たらすぐに気づくぞ?ただでさえわかりやすい見た目なのにどうせバカ正直に宿帳に本名書いてるんだろ?」

 アルドリッジは馬の操縦以外で始めてダナがいてくれて良かったと感じた。もたもたしているとすぐに通報されてしまう。

「そうだよね、出よう。・・・ちょうど俺はムラドハナに行くって決めたところだったけど、君はどうする?たぶんかなり面倒な事になるよ?」

「は?・・・ここで手配書が出回り始めたってオレ言ったよな?なのにまだムラドハナに行こうとしてんのか?あっちはもう手配され終わってるぞ?」

 ダナもある程度アルドリッジの目的を知っていたが、手配されたからにはマジャリ国内から出るか、少なくとも首都周辺からは離れようとすると考えていた。盗族のダナにとってはアルドリッジが本当に犯罪者であるかどうかなど気にもならないが、この後に及んで首都に向かう気でいるとなると、これ以上付き合うべきか否か考えなければならない。

「何だっけ…親父さんの墓を探したいんだったよな?そのために首都に行きたいのか?」

「うん」

「・・・ここで長いこと色々考えてたみたいだけど、すぐ見つかりそうなのか?」

「分からない、運が良ければ」

「・・・・・計画があるんだよな?一応」

「探すだけだよ、それ以外に方法はないし」

 ダナの方が計画を立てなければならなくなった。

 アルドリッジを追っている側が何を考えているのかはさっぱり分からないが、元々アルドリッジの父親に降りかかった火の粉が本格的に息子にまで飛び火してきたのだという事は分かった。

 またパトリスから得た情報でアルドリッジを追うよう命じているのが大家令というかなり高い地位にある人物らしいことも分かっており、そんな人物が偽の罪を作り上げてまでアルドリッジを捕らえようしているとなると、本当に抵抗石を盗んで逃げている方がましと思えるほどやっかいな状態に陥りかけている。本当の盗人なら捕まった後法廷に立つことが出来るが、作られた罪人は闇から闇に処理されかねない。

 そんな相手と行動を共にし、もし捕まった場合自分も多大なとばっちりを被ることは明白なので本来ならここで縁を切りたいところだが、ダナはまだアルドリッジで儲けていない。

 ビラチーナの卵を売る許可を得たのは最近なので、到底稼いだとは言えない。

 ダナはしばらく考えた後、やはりアルドリッジについていくことにした。アルドリッジが上手く事を進め、墓を見つけた後国を出ようとしてくれればそれで良し、もし捕まりそうになったら先に自分が捕まえ、憲兵に突き出せば良い。そうなれば賞金だけで無く、既にアルドリッジが所有している5人の女達も手に入れることが出来、十分儲けになる。

「…分かったよ、もうしばらく付き合ってやる。でもお前は親父さんの復讐もしたいみたいだけど、墓を見つけられたら骨を持って流石に一旦マジャリから出ようぜ?いいだろ?」

「・・・そうだね。うん、そうするよ」

 アルドリッジは思いも寄らぬ邪魔が入ったからこそダナとは逆に今すぐ行動し、素早く事を終わらせた方がいいと考えた。

 宿を後にし、その足で厩舎に向かう。大きな馬車では無いがより目立たなくするため1頭だけを引き取り、操縦するダナの後ろにアルドリッジが跨がる。

「良いのか?ホントにあっけなく道中で捕まるかも知れないぞ?」

「分かってる。もし俺が捕まりそうになったら君は馬で逃げて良いから」

「・・・そ、そうか?・・・じゃあ、行くぞ!」

 アルドリッジはダナの腰に捕まり、目視できる距離の首都に向かい始めた。



「おいおい、さっそくあったぞ!?」

 ムラドハナの中心部が見え始めた頃、ダナは街道の奥に墓地を見つけ道を外れた。

 マジャリ王宮はムラドハナの中にあり白い城壁に囲まれているが、ムラドハナ自体は囲郭都市ではない。

 そのため極近い位置にある南のサンプラティ、北のボガとを結ぶ街道沿いには密度は低いものの民家や畜舎、大小の集荷場などが並んでおり、日がある内はバーマの田舎道のように人の姿が途切れる瞬間が殆ど無かった。

 探すのに手間がかかるかと思われていた墓地はその街道をから少し逸れた、サダサシャ畑の一角にあった。首都の周辺はリビューヤ湖に続く川が近くにあり肥沃な土壌が広がっているため農耕も盛んだった。むしろそのために人が集まり、今や首都にまで発展したとも言える。

 2人は馬を降り、墓地の中に入っていく。

「幸先良いな、今のうちに見つけておこうぜ。掘り返すのは夜中じゃないと無理だろうけど」

「この辺は個人のお墓だよ。父さんは無縁墓地に埋葬されてるらしいから」

「ここにだってその区画があるかも知れないだろ・・・アイツに聞いてみようぜ」

 ダナは掃き掃除をしている墓守を見つけ駆け寄っていく。

 ダナに指摘されアルドリッジは念のためサンプラティの宿を出る前から肩掛け外套のフードで目立つ頭を隠しているが、アルドリッジの容姿を気に掛けたダナが真っ先に気を遣う事無く中心部の目と鼻の先で見ず知らずの人間に声を掛ける。

「無縁墓地?そりゃここじゃないよ、西の方の墓地にある。遺骨を引き取りに来たのか?あんたら。だったら墓に行く前に市民院に行かなきゃダメだ」

 元々1つの国だったベシーナ地方の各国は埋葬方法も皆一様に火葬で、遺骨は代々続く家筋の墓に葬られる。だからこそアルドリッジは父の遺骨を母と共に埋葬したいと考え、ムラドハナまで戻って来た。代々鍛冶屋を営んできたアルドリッジ家の墓も何処かにあるはずだが、マジャリのことは嫌っているためウポレにある母の墓の方に移動させたい。

 大抵は民院と略されるが各都市には市民院、マジャリ全体では人民院と言う一般市民による行政機関があり、無縁物故者の遺骨の管理も業務の1つだった。

「そこで聞けば簡単に引き取れるのか?」

「そりゃそうだ。無縁墓地の空きは限られてるんだから、引き取って貰えるなら大喜びさ。身元を証明できる物だけあれば簡単に引き取れる。管理に掛かった費用も国が負担してくれてるしな」

「・・・」

 つい数時間前にサンプラティに手配書が張られ始めたアルドリッジは少なくとも前日には既にムラドハナでも手配されており、役所で身分を明かせるはずも無くサンプラティでぐずぐずしていた事を後悔した。ただし仮に手配前だったとしても父親に関連して自分が追われていることは分かっていたため、正規の手続きをして遺骨を引き取ったかどうかは定かでは無い。

「じゃあ直接墓を探しても見つからないか?墓碑に名前とか刻まれてないのか?」

「あのなぁ、お嬢ちゃん。無縁者の骨は1カ所にまとめて保管されてるんだよ。10年経ったら保管期間も終わって散骨されるから、いちいち名前を刻んだりしないんだよ」

 2人は馬に戻り、1カ所目の墓地を後にした。

「どうする?まさかもう10年経ってたりしないよな?」

「それはまだ大丈夫だけど・・・名前も書いてないんじゃ忍び込んでも探せないな…」

 ダナは街道に戻らず、墓地の裏手を回って墓守に聞いた西の墓地に方向に馬を走らせる。

「諦めた方がいいんじゃないか?こっちで手配されても他の国なら関係ないし、さっさとよそへ…」

「いや、やっぱり忍び込むよ」

 父が投獄され、母と共にマジャリを出た当時11歳だったアルドリッジは埋葬に関する法律など知る由もなかったが、引き取り手が無いまま10年経過すると散骨されると知った以上、より一層諦めるわけにはいかなかった。無実の罪で父を死に追いやったマジャリの土に父を還すわけにはいかない。

 しばらく中心部の外縁を回りながら馬を走らせやがて西の墓地は見つけたが、今立ち寄ったところで何も出来ないため通り過ぎる。そのまま北に向かい、野宿できる場所を探す。

 宿に泊まれるはずも無く、かといってすぐに目的が果たせられるとも思えないためしばらくムラドハナの近くで身を隠しておける場所が必要だった。

 アルドリッジは北の林の中を選んだ。墓地が近いと言うこともあるが、他の方角はまばらではあっても人の目があるため、選択の余地は無い。

「だから忍び込んだところで見つけられないって。どこにあるのか分からないんだぞ?」

「分かってる。だから忍び込むのは墓じゃ無いよ」

 馬は木に繋ぎ、アルドリッジは鞄から5つある内唯一形状の違う箱を取りだし、蓋を開けた。

 中のクリトリスはもう拷問を受けていなかった。

 拷問器は未だクリトリスを取り囲むように存在しているが、動きは止まっている。

 しかし放置されているわけでも無く新しい駆動器が追加されており、それがイングリッドのクリトリスの表面に沿ってゆっくりと動き続けていた。

 アルドリッジが受心器を耳に掛けるとすぐに中の声が聞こえてくる。

「イングリッドちゃん、そろそろ約束通り仕事して貰いたいんだけど、良い?」

「あぁんっ♫アル様ぁ、するぅ♫いうこときくぅ♫」


 サンプラティ到着から数日後。

「お、おぉぉい、なんだよこれ」

 機械仕掛けで蓋が開いていく様に驚いていたダナは、その中から現れたモノを見て更に驚き、顔が引き攣る。

 かなり当初の予定とは違ってきているが、ダナは漸く本来の目的だったイングリッドを確認させて貰えることになった。

「な、何でイングリッドにだけこんな事してんだ?恨みでもあるのか?」

 反ったクリトリスの裏側を回転する歯で、その左右を鉄の棘で、それ以外の三方を小さな鞭で、それぞれ激しい痛みを与えられ続け、真っ赤に染まったクリトリスは前後左右に翻弄されていた。

 てっきり他のクリトリス達と同様にビラチーナを被せられているものだとばかり思っていたがイングリッドのクリトリスだけは拷問をされており、ダナはアルドリッジが見せるのを渋った理由を察した。

 バパナでの生活が安定して以降、何度となく拷問器の可動を止めてやる機会はあったが、結局アルドリッジは一度も蓋を開けることすらせず、抵抗石製の封印器に閉じ込めてから2ヶ月近く放置していた。

 十分に耐えがたい苦痛は感じているはずなのでイングリッドが自分の力で出てこられないと言うことは確信していたが、何度かクリトリスだけで魔法を使っているところを目撃しているので、どうしてもという用がない限り接触する気になれなかった。

 しかしダナが同行することになり、そのダナ自身がイングリッドが本当に封印されているのかたしかめがっているので、そろそろ確認を兼ねて任せてみても良いと考えた。イングリッドが何か抵抗したとしても最初に被害を受けるのはダナなので、その隙に蓋を閉じる事が出来る。

 アルドリッジはイングリッドを拷問している理由を伝える。

「はぁ、まぁ、そういうことなら分からなくも無いけど、いくら何でも可哀想じゃ無いか?」

 自分や仲間が攫って売った女達がその後どうなったかなどと言うことは想像したことも無いダナだったが、目の前で拷問されているクリトリスには流石に同情した。自分にも同じ部位があるだけに充血し膨れあがったクリトリスに食い込んでいる鉄の先端や、一定の間隔で小さな乾いた音だけを響かせている鞭がどれほどクリトリスに苦痛を与えているか想像が出来てしまう。

「可哀想と言えば可哀想なんだけど。ほんとに油断できないんだからイングリッドだけは」

 アルドリッジはダナに受心器を手渡す。

『んぎっ!ぐっ…ぐひっ!いっ!いぎぃぃぃっ…!!』

 ダナが耳に受信器を掛けるとすぐにイングリッドの呻き声が聞こえて来た。イングリッドの封印器だけには送心術が組み込まれているためリングは必要ない。送心術は常にイングリッドの声を受心器に向けて送り続けているのだが、蓋を閉じた状態だと抵抗石が遮り外に漏れることは無い。

 拷問開始直後は激痛とアルドリッジに呼びかけるために絶叫していたイングリッドだったが、今ではただ歯を食い縛って絶えている。閉じられた口の代わりにに肛門がぱくぱくと開閉する。

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 我慢するより思い切り叫び声を上げた方が苦痛が多少は紛れ、実際時折絶えきれずに大声を上げてしまってはいたが、あまり叫び続けているとクリトリスからの直接的な痛み以上に、手も足も出ず拷問され続けているという状況が浮き彫りになり、より一層絶望感が増してしまった。

 封印内では口から耳へ音が伝わることは無いが、声帯の振動が骨を経由して耳に届く。

 何度となく自分自身に麻酔術を掛けようと試みたが、状態の変化が起こらない封印内の肉体にはイングリッドといえど魔法を掛けることは出来ず、外に出ているクリトリスには一旦魔法は掛かるのだが、抵抗石製の拷問器が接触する度に魔法の効果が打ち消されてしまうため意味が無かった。

『うっ、ぐっ、んぐぐぐっ・・・ぎ…』

「お~い、イングリッド、聞こえてるぅ?かなり痛いだろうけど返事してよ」

『!?…はっ…はぐっ…だっ…んぐぐぐっ…だれだっ!?』

「説明したいんだけど、この状態だと色々面倒そうだから質問に答えてくれるかなぁ?

 そしたら拷問止めてあげるけど?」

『えっ!?…ぐっ、こっ、答えるっ!!答えるから止めてぇぇおねがいぃぃぃ~~~っ!!』

「あんたがクリトリスだけでも魔法使えるのちゃんと知ってんだからな?ちょっとでもおかしな事したらすぐ再開するぞ?」

『わっ、わかったからぁぁぁっ!!何もしないからとめてぇぇっ!!はやくぅぅぅっ!!』

 ダナに促され、アルドリッジは動き続けている各拷問器を一つ一つ停止させていく。

 バパナの宝物庫で古い機巧術士の箱に触れた後だからこそアルドリッジは自分が作った拷問器や回転刷毛が何の動力も無く動く事が出来るのか理解していたが、それ以前は動くように作っているのだから動いて当然と疑問すら抱いていなかった。

 機能を停止させていく毎に、仮に箱を分解しても目には見えないが実は存在している動力が、機巧術士の箱に触れた後にアルドリッジが全快したのと同じ原理でアルドリッジの中に戻っていく。拷問器を稼働させていたエネルギーは微々たる量なのでアルドリッジに自覚できるほどの変化は無いが、おかげで消耗することは無い。かといって戻って来たエネルギーは作成時に使用したエネルギーの一部なので増えているわけでも無く、差し引きはない。

『はっ・・・はぁぁぁぁ~~~~~っ・・・・・』

 果てしなく、実際には2ヶ月続いた耐えがたい痛みが無くなり、中のイングリッドは急激に弛緩する。無意識に力み続けていた身体から力が抜け、途端に失禁を始める。

 イングリッドのクリトリスは至る所が内出血を起こしており痛みはまだ残っているはずだが、それまでの苦痛に比べれば無いも同然で、自分のクリトリスが傷ついていることに気づいてもいない。

「痛かったか?オレのおかげで拷問止めて貰えたんだからな?」

『はぁ、はぁ、はぁ…だ・・・誰ぇ?アル…様はぁ?』

「アル様ぁ?じゃあオレはダナ様だ。アルドリッジも隣にいるぞ。俺は止め方知らないし」

「最近知り合ったんだよ。どうしても封印されてるのが本物のイングリッドかどうか確かめたいんだってさ」

『あっ!?アル様ぁぁ~~~っ!!酷いぃぃぃっ拷問長すぎるぅぅぅ!!』

 外からの声は2人分イングリッドに届くが、受心器は一つしか無いためアルドリッジには聞こえない。極力機巧術の使用を避けていたアルドリッジだったが、今後のことを考えやむなくもう一つ、自分用の受心器を作った。ただしエネルギーの消費を抑えるため一つ目のように耳に掛けやすい形に金属を造形することはせず、安宿の室内から服を掛けるための曲がった金属を拝借し、受心術の転写だけを行う。傍で見ていたダナにはアルドリッジが何をしているのか分からない。

「だよなぁ?いくら伝説の魔法使いでもクリトリスにあんな拷問されたらきついよな?俺が可哀想だって言ったから止めて貰えたんだぞ?感謝しろよ」

『うぅぅぅ~、ありがとぅ…ダナ様ぁ~』

「・・・なんかやたら素直だな?ホントにイングリッドなのか?これ。・・・なぁ、お前クリトリスだけでも魔法使えるんだろ?ちゃんとイングリッドだって分かるようになんか使って見せてくれよ」

『え?魔法?・・・でもこれ、抵抗っぎゃっっ!?んぎゃぁぁぁぁ~~~っ!!』

 アルドリッジは拷問器を再起動させた。内出血の痕にぴったりと収まるように尖った器具の先端が突き刺さり、打たれ、血流が戻りつつあったクリトリスに直前以上の痛みを与える。

「イングリッド、余計なことは言わずに魔法だけ見せてあげて、危なくないヤツを。いつでも拷問を再開できるって事忘れないでね」

『いぎぃぃぃぃ~~~っ!まっ、魔法みせるぅぅぅ~~~っ!!黙ってみせるからぁぁぁアルさまぁぁぁ~~~っ!!』

「な、何だ?何でまた拷問始めた?」

 アルドリッジは抵抗石を所有している事はダナに伏せておきたかった。存在自体の希少性以外、商品として売買される場合の価値までは知らなかったが、クリトリスだけを出して封印されている女達でさえ商品として扱おうとするダナなので、これ以上鞄の中に金目のものがあることは知られたくない。

 アルドリッジは改めて拷問器を止めてやる。

『うぅぅ~~~もうクリトリス虐めるのやめてぇぇ~・・・』

「痛いよなぁ?ちゃんとオレの言うとおりにしたらもう拷問しないように言ってやるから。ほれ、なんか魔法使ってみろ』

『うぅ…じゃ、じゃあこれは?』

 イングリッドはクリトリスの表面に監視紋を浮かび上がらせる。目の前に自分のクリトリスの裏側を責め続けていた円形の薄い歯があり、その向こうに始めて見る顔がある。

『これで外が見えるのよ。ダナ様が金髪なのも見えてるよ』

「お~・・・まぁ凄いんだろうけど…このくらいなら伝説の魔法使いじゃなくても出来るんじゃないか?もっとちゃんとしたの見せないとまた拷問だぞ?」

『いっ、いやだぁっ!ま、待って!何か他の…』

 イングリッドはクリトリスからダナに向かって魔力を送る。ダナは気づかないが、その額に紋が浮かび上がる。イングリッドはアルドリッジが危惧したようにその気になればもっと強力な魔法をクリトリスから放出し目の前の相手を殺すことも出来た。しかしダナを殺したところでアルドリッジに拷問を再開されるだけで、アルドリッジを殺したところで自力脱出が出来ない抵抗石製の封印器からの脱出手段を失うだけなので、言うとおりに従うしか無かった。

『これであなた…ダナ様の頭の中読めるわよ。えっと…ダナ様は17歳で盗…』

「お!おいアル!!もっかい拷問しろ!!」

 理由が分からないまま、アルドリッジはダナに言われたとおり拷問器を動かす。

『いぎょぇぇ~~~っ!?ンぎぎぎぎ~~っ!!なっ、なんでぇぇぇ~~~っっっ!!??』

「あ、頭の中なんか勝手に覗くな!ま、まったく…。だいたいそんなんじゃ凄さがわかんないって言ってるだろ。イングリッドだって分からせられないならもうこのままにしておくぞ?」

『や、やだぁぁぁっ!拷問やぁぁぁっっっ!!!うぎぃぃぃっ、ほ、ほかの魔法にするからゆるしてぇぇぇっ!!』

 イングリッドがダナに使った魔法は農家の小屋で使った送受心器の元となる魔法と似ているが、相手の意志に関係なく情報を引き出せるより高度なものだった。しかし魔法の知識がないダナには分かって貰えない。

 アルドリッジはまた拷問器を止める。駆動に使用されるエネルギーが身体に戻ってくるからこそダナの言うとおりにしてやることが出来ているが、そうで無ければ何度も責めを切り替えることは出来ない。

 イングリッドは痛むクリトリスを振るわせながらしばらく考え、紋が浮かび上がったままのダナの額に向けてもう一度魔法を送る。

「おっ!?おおおおっ!?」

 ただし今度は逆だった。イングリッドが持つ情報をダナに送る。最初は分裂戦争の頃から、そして時代が移り変わっていっても姿が変わらない自分自身の記憶を見せていく。ダナが300年前のマジャリ、延いてはベシーナ地方の様子など知るはずも無いが、少なくとも映像の景色が変化していく中でイングリッドだけが年を取らず少女の姿のままなのは分かった。尤もあくまで魔法を介して送られてくる映像なのでそれが正しい記憶である保証は無くただの幻像である可能性も大いにあったが、今回はダナの魔法に関する知識のなさがイングリッドに幸いした。

 やがて見覚えのある2人の銀髪の女騎士と赤毛の少年が現れると映像は終わり、ダナの額から紋も消えた。

「す、すげぇ、お前そんなに長く生きてんのか。絶対本物だな!」

 ダナが漸く信じてくれたため、緊張で硬直していたイングリッドのクリトリスはふにゃりと緩む。ダナはその先端に指を乗せ撫でる。

「よしよし、お前ホントにイングリッドだったんだな」

 2ヶ月ぶりに痛み以外の刺激を与えられ、ぴくりと反応する。

「おいアル、本物なのは分かったけど、だったら拷問しっぱなしになんかするなよ、もったいない」

 ダナはクリトリスの、特に内出血を起こしている部分を摩ってやる。すると徐々に怪我が治っていく。ダナは驚いたが、拷問が止まり、魔法をかき消してしまう抵抗石の接触がなくなった為イングリッドが自身の魔法で治癒させているに過ぎない。

 外に出ているクリトリスで魔法を使ってしまうと循環することが出来ず魔力は消費されたままになってしまうが、イングリッドは生成出来る魔力量が並の魔法使いと比べ2桁ほど多く、その上封印される前から肉体の代謝維持に使用する魔力を蓄えていたため、ダナに対して使用した分も含めて少々魔力を消費したところで何の影響も無い。

「よ~しよし、なんか痛そうだったところ治ってきたな。自分でやってんのか?ちゃんと言うこときけばもう拷問させないからな?」

『あぅ~ん、ダナ様ぁ♫』

 イングリッドはクリトリスを動かし、味方になってくれそうなダナの指に自らすり寄る。

「なぁなぁ、これってお前じゃ無いと動かせないのか?オレにも出来る様にしてくれよ。そしたらオレがイングリッド仕込んでやるから」

「仕込むって、何を?」

「芸だよ芸。売っても良い金にはなると思うけど、やっぱ伝説の魔法使いなんだから手元にあった方がいいだろ?オレに任せろよ、お前だってイングリッドが何するか分からないから拷問しっぱなしにしてたんだろ?ちゃんと何でも言うこと聞くように仕込んでやるから」

「う~~~ん・・・」

 アルドリッジは悩んだ。任せるかどうかではなく、ダナでも拷問器の駆動を自由に切り替えられるように出来るかどうかを。イングリッドが完全に2人の言いなりに、言わば最強の生きた咒器になるのならダナに仕込みとやらを任せてみることに何の異論も無い。

 ただの金属の封印器なら試してみても良いが、格段にエネルギーの消費が多い抵抗石の加工は極力控えたいと考えていた。駆動の方式を変えるために機巧術を使うなら1度で確実に成功させたい。

 かつては名前も知らず出来て当然だと考えていた勝手動き続ける機構が、今では絶抵抗無限機関術という機巧術のために作り出された機巧術士しか使えない特殊な術であることをアルドリッジは知っていた。

 本来動作によって、拷問器の場合は刃の回転や鞭をしならせる事によって消費される熱エネルギーを回収し再び動力として再利用させる絶無術は、鉄塊を箱に変えるような見た目の変化だけで無く、術を発動させるために分子の並びまで変える必要があるため、物質に新たな特性を加える転写術が必要不可欠で、箱に封印術や送心術を組み込むのと同じ要領でしか使う事が出来ない。

 そのため当然拷問器の駆動機構を根本的に変えない限りダナに使えるはずも無い。

「何だよ、出来ないのか?簡単だろ?イングリッドが言うことを聞かなかった時にボタン押すだけで拷問できるようにしてくれればいいだけなんだよ。このややこしそうな箱もお前が作ったんだろ?」

 気軽に言うダナに多少苛ついたが、正しく言い得ている部分もあることにアルドリッジは気づいた。元はといえばイングリッドのへの恐怖から魔法を使う気力をなくす為に延々拷問を続けられるように箱を作ったが、懲罰の際のみ拷問器を使用するなら動き続けている必要は無い。

 アルドリッジは薄々、イングリッドを筆頭に魔法使いを安全に封印する為に抵抗石が有用なのはともかく、何もあらゆる部分を全て抵抗石で作る必要は無かったと気づいていた。今更作り直すのにもエネルギーを必要とするため試す気は無いが、恐らくクリトリスの周辺だけに抵抗石を使えば事足りる。

「言うこと聞くように躾けるのは賛成だけど、ホントに出来るの?無茶してイングリッドにやり返されても知らないよ?」

「任せとけって。あ~…でも、鞭ばっかりじゃダメだな、飴もいる。痛いのだけじゃ無くてご褒美用の仕掛けも作ってくれよ」

『い、言いなり?・・・躾ける・・・?・・・・・ぬふ♫』

 2人の会話は全てイングリッドにも聞こえていた。いつの間にか増えていたダナという少女は拷問こそ止めるようアルドリッジに進言してくれたが、単に自分がイングリッドであることを確認するだけで済ますつもりは無いらしい。

 ダナは女を売り買いしたことはあっても仕込んだことなど一度も無く、イングリッドを躾けられるという自信に一切根拠は無い。アルドリッジが直接行うよりもましな点と言えば同性であることと、野犬を手名付けた経験があることぐらいだった。

 アルドリッジは最も基本的な動力である発条を使う事にした。定期的にネジを巻く必要はあるが、最大まで巻けば4,5時間は動かしたままに出来る。躾の懲罰として時々使うだけなら十分事足り、構造が単純なので造形に必要なエネルギーも少なくてすむ。

 更に消費を抑えるため、アルドリッジは拷問器の撥条仕掛けとダナの要望による飴用の仕掛けはただの鉄で作ることにした。

 方針を決めてしまえば改造には大して時間は掛からない。目の前で箱の内側の空いた場所に新たな器具が作られていく様を目の前で見ても、アルドリッジのことをイングリッドを封印出来るほどの魔法使いだと思っているダナは特に不思議がることも無い。

「はい、出来たよ。こことこの穴にこのネジ巻き入れて自分で巻いてね。こっちが拷問でこっちが刷毛。動かす時はこの後ろの穴にネジ巻きを入れて、右に回すと拷問が始まるし、左に回すと刷毛が動くから」

 箱とネジ巻きを手渡されたダナは早速両方のゼンマイを巻いていく。きちきちと小気味良い音がダナとアルドリッジ、そしてイングリッドの耳にも届く。

 撥条を巻き終えたダナは同じネジ巻きを飴と鞭を切り替える穴に差し込む。

「イングリッド~、聞こえてただろうし、その目の模様で見えてるらしいから自分のクリトリスの周りがどうなってるか分かってるよなぁ?

 これからオレがしっかりお前を躾けてやるからな?言うこと聞かなかったら拷問するし、良く出来たらご褒美やる。良いな?』

『は、はぁ~い・・・♫』

 長く続いた拷問が終わり痛みも引いてきた為、イングリッドの癖が先ほどから既に顔を覗かせ始めていた。

「よしよし、けっこう素直だな。じゃあまず最初に・・・アル、あれ貸してくれ」

 ダナは差し出された鞄の中から薄く青みがかった薬液の入った小瓶を取りだし、吸引管のついた蓋で中身を少量吸い取る。

「いいかぁ?これからお前のクリトリスに・・・ってあれ?これってお前が作ったんだっけ?だったら説明しなくても分かってるか。これでお前のクリトリス敏感にしてやるからな」

『えっ!あっ、そ、それはっ…』

 自分が作成した鋭敏薬が一滴、クリトリスの先端に落とされたのをイングリッドは感じ取る。

 目の、目の紋の前をつつと液体が滑り落ちていく。

『あっ、やだぁ♫その薬あんまり使わないでぇ♫』

 使用されている度に効果が強まることを知っているイングリッドはふるふるとクリトリスを振るわせて抗議する。そのクリトリスに更に2滴薬が落とされる。

 ダナは滴のまま薬が流れ落ちているクリトリスを摘み、周囲の邪魔な器具の間を縫って全体に広がるように揉み込んでいく。

『あっ!あっ、あひゃっ♫…ん~~~・・・♫』

 即効性の鋭敏薬はすぐにクリトリスの感度を高めていき、痛みから一転して2ヶ月ぶりに快感を与えられたイングリッドは一瞬で抗議を忘れ、ダナの指を受け入れる。

『はぁぁぁ~っ♫んっ、んっ、イクぅぅぅ~~~ぅうっ??』

 ダナはクリトリスからすっと指を放す。ダナは3滴だけ鋭敏薬を使用し、蓋を閉じた。ヘザーやミルドレッドには何の用もないため何も考えずに感度を上げたが、イングリッドには色々と用があるため、責めている最中に会話が出来なくなってしまうほどを感度を上げてしまうのは控えた。

「ダメダメ、気持ち良くなるのはご褒美の時だけ。いいな?」

『うぅ~…はぁい♫』

「言っておくけどクリトリスが敏感になったってっことは気持ち良くなれるだけじゃなくて痛みも感じ易くなってるって事だからな?同じ拷問をされても前より痛いんだぞ?」

『は、はい…』

「ちょっと試してやろうか、ほれ♫」

『えっ!?やっ、んぎっっっ!!??んぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁ~~~~っ!!!』

 ダナが切り替え用の穴に差し込まれているネジ巻きを右に回すと、すぐさま拷問器がつい数十分前までの位置に戻り、クリトリスを責め始めた。

『ふぎぃぃぃぃっ!!いいいだいぃぃぃぃぃ~~~っっっ!!どめでぇぇぇ~~~っ!!』

「分かったか?オレはいつでも好きな時にお前を拷問できるんだからな?分かったら拷問されながら返事してみろ」

『いぎぃぃぃ~~~!わ、わがりまじだぁぁぁ~~~~っ!!』

「お、ちゃんと痛くても口聞けるな、いいぞ。止めて欲しいか?じゃあ次はそのまま止めてくださいってお願いしてみろ」

『あぎゃっ!いっ!んぎっ!と、止めてくださいおねがいじまずぅぅぅ~~~っ!!』

 ダナはネジ巻きの位置を戻し、拷問器を止めてやる。循環し元に戻っていたイングリッドの顔は僅かな間にまた涙と涎と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

「わかったか?これからお前はこうやって躾けられるんだ。ちゃんとオレの言うことを聞けば痛い目に遭わなくて済むからな」

『は、はぁ、はぁ、わ、わかりましたぁ、アタシダナ様に躾けられるぅ♫』

「なんだ、アルドリッジがびびってた割には素直じゃ無いか、イングリッドって」

 イングリッドが言うことを聞くべき相手が2人ではなくダナのみになっていることを指摘することも無く、アルドリッジは後は全て任せることにした。イングリッドが言うことを聞くようになればそれで良く、アルドリッジはアルドリッジで今後の事を考えなければならない。

 ダナは宿の部屋でならイングリッドの箱を好きにすることを許された。ダナは外にも持って行きたがったが、元々イングリッドを追っていたことはアルドリッジにも分かっているため、お目当てのものを手に入れたまま消えかねず、許可されなかった。

 ミルドレッドやイングリッドのような魔法使いは外に出ているクリトリスから魔法を使う事が出来ても、消費した魔力を新たに作り出すことは出来ず、封印された時点で蓄えていた魔力を使い果たしてしまうとただのの人間と変わらない。いくらイングリッドと言えど新しく魔力が生成されないまま何度も魔法を使わされるといずれは空になってしまう。

 そのためダナは錬金術を使わせて何かを金に変えさせ手っ取り早く稼ぐという案を捨てざるを得なかった。尤もダナ自身はイングリッドの魔力の消費など気にも留めていなかったが、アルドリッジに止められた。イングリッドの躾けに賛成したのはあくまでも今後その力を借りなければならなくなった時のためで、その時魔力が尽きていたのでは話にならない。

「なんだよ~、せっかく稼げると思ったのに。じゃあやっぱりあの卵売らせてくれよ」

『んぎぃぃぃぃ~~~っ!!だっ、ダナさまぁぁ~~~っいだいぃぃぃ~~~っ!!』

「うるさいぞ、イングリッド。しばらく痛がってろ」

 ダナは思い通りに行かない憂さを晴らすために拷問器を動かしている。

 正しくは失った魔力をイングリッドは外部から補うことも出来るが、そのために大量の凝縮魔力を手に入れたり、魔法使いに協力を求めるか捕らえて強制的に奪ったりするのは現実的では無かった。

 ダナは拷問器を止める。

「イングリッド~、全然役立たずじゃないかよぉ。躾けるって言ってもクリトリスに本当の芸仕込んだってしょうが無いだろ?」

『う、うぅぅ~~っ、ごめんなさぁい』

「・・・でも仕込んでやる♫クリトリスで芸が出来る伝説の魔法使いにしてやるよ」


 その後しばらく、アルドリッジは目的地を目の前にして考え事に耽り、まだビラチーナの卵を売る許可を得られないダナはイングリッドに芸を仕込んでいった。

「ほ~れほれほれ、そこでもっとぴくぴくさせて。そうそう、はははっ♫面白い♫

 ・・・よ~し、覚えたか?じゃあ最初からやってみろ。ちゃんと出来たらご褒美やるからな」

 イングリッドは呼吸を整えて待ち、ダナの手拍子が聞こえて来ると根元の筋肉を必死に使ってクリトリスを動かし始める。表面に監視紋は無く、代わりに誰かを題材にした絵が浮かび上がっている。ただの絵なので中のイングリッドが外を見ることは出来ないが、クリトリスに絵を映し出すこと自体に結局僅かではあるが魔力を使ってしまっている。

『んっ、んふっ、ふっ、ほっ・・・』

 イングリッドがクリトリスを動かすと、その絵が踊り始める。

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「はっはっはっ♫そうそう、踊ってる踊ってる♫・・・クリトリスで小さい自分を踊らせるなんて可愛いヤツだな、イングリッド♫」

 苦痛も快楽も与えられていないクリトリスが恥ずかしさで赤く染まっていく。

 言いなりになるように躾けられるとは聞いていたが、まさか自分より300歳以上年の離れた少女を楽しませるためにクリトリスで踊りを踊らされるとは想像もしていなかった。

『はぅ~んっダナ様ぁ、アタシ恥ずかしぃぃ~っっっ♫』

 が、拷問で脅されながらみっともない芸を仕込まれたことによってイングリッドはまたも囚われの魔法少女役に浸っていた。今回は役でもごっこ遊びでも無く実際に脱出出来ずに捕らわれてしまっているが、本当に嫌なことを命じられても従うしか無く、拒めば拷問が待っているという状況が一層イングリッドを興奮させている。

「これなら見世物にしても金取れるな。アルも見てみろよ、面白いぞ、イングリッドのクリトリス踊り」

『やだぁ♫アタシ凄い魔法使いなのにぃ…見世物にされるのやぁぁ~~~っ♫』

 クリトリスに出来る動きに限度があるため覚えた踊りは大して複雑では無いが、勝手に止めてしまうとまた拷問されるため、クリトリスの根元が疲れ引き攣ってきても踊り続けなければならない。

『んっ、んっ…ダナ様ぁ、疲れたぁ♫』

「ひひっ♫ダメダメ、もっと踊れ♫・・・あれぇ?なんか動きが鈍くなってるかぁ?こりゃまた拷問かな・・・』

 ダナは躾けに使っていた鉄串の先端でクリトリスをつつく。ダナの腸内にある小道具入れの中の串が今現在一本減っている。

『ひ~~~っ♫拷問やぁぁっ、もっと踊るぅぅぅ♫』

 きゅっきゅと、ぴくぴくと、くねくねとクリトリスが蠢き、イングリッド自身を模した絵を踊らせる。

 躾の過程で飴が与えられるか鞭が与えられるかはダナの気分でしか無く、拷問したければイングリッドがクリトリスを動かせなくなるまで眺め続けていればいい。

 ただし今回は虐める気分では無かった。

「よーしもういいぞ、ちゃんと間違えず踊れたな、よしよし」ダナは串でクリトリスの先端を撫でてやる「踊り終わったらお辞儀して、観客に礼を言え」

 アルドリッジは背を向けているため観客はダナしかいない。イングリッドはクリトリスの絵を消し、殆ど新しい所有者と言っていいいダナの様子を伺うために監視紋を浮かび上がらせる。監視紋は歴とした魔法なので施す際に使用される分以外の魔力が消費されることは無いが、踊りに使う絵は術でも何でも無くただ魔力を使って描いているだけなので、微々たる物であっても表示している間常に魔力を消費し続けてしまっている。

 イングリッドはクリトリスをぺこりと前に傾ける。 

『アタシのクリトリス踊り見てくれてありがとうございましたぁ♫』

 ダナは拍手をしてやる。

「ちゃんと覚えておけよ?次からは踊れって言われたらすぐ踊るんだぞ?間違ったらすぐ拷問だからな?」

『はぁい、わかりましたぁ♫』

「でもまぁ…良く出来たし面白かったからご褒美やるか。欲しいか?ご褒美」

『ほっほしいっ!ごほうびくださぁい、ダナ様ぁ♫』

「じゃあおねだりしてみろ。前に教えただろ?」

『はぁい♫』イングリッドはお辞儀とは逆向きに、裏側をダナに見せつけるようにぐっとクリトリスを逸らせる『がんばったクリトリスにご褒美くださぁい♫アタシのクリトリスぴかぴかにしてぇ♫』

 ダナはにやりと笑みだけ浮かべ、ねじ回しを左へ向ける。

 箱の内部で撥条を動力に新しい仕掛けが動き出す音が、最も近くにいるイングリッドだけに聞こえる。

 クリトリスを突くための拷問器の横に新たに加えられた可動器は、左右の半円状の枠をクリトリスの先端まで持ち上げて合わせ、一つの円に戻す。

 半円の内側にはクリトリスの方を向いた円形の小さな刷毛が備えられている。その刷毛が回転を始めると同時に枠自体もクリトリスの根元に向かって下がっていく。更に刷毛も枠の内側を滑るように前後に往復し始める。

『んひゃっ!?あひゃひゃひゃひゃぁぁぁ~~~っ♫♫』

 2つの刷毛が同時にクリトリスに触れる。

 回転する刷毛はクリトリスの左右を磨きながら枠に沿って裏筋へ向かい、半円の端に達すると折り返し今度は背中に向かう。

 その間枠もゆっくりと根元に向かって下がり、根元に達するとこちらも折り返し先端に向かう。

it02

『はひゃっ、はひゃっ、はひゃっ♫んにっ、んにっ、んにぃぃっ♫』

 柔らかい刷毛がクリトリスの表面を磨いていく。感度を異常に上げられていればビラチーナの繊毛同様毛の一本一本の刺激で会話できないほどイキ狂ってしまうところだが、イングリッドは鋭敏薬3滴分の感度しか上げられていないため、くすぐったさも残ったままムズムズと余すこと無く表面を這っていく刺激にビクビクと小刻みにクリトリスを振るわせている。

『んひぃ~~~っ♫はふっ、はふっ、はうぅぅぅ~~~っっっ♫』

「気持ちいいか?イングリッド」

『きっ、きもちいいぃぃぃ~~~っ♫ごほうびきもちいいですぅぅぅ~っ♫♫」

「そっかそっか♫ご褒美なんだから好きなだけイっていいからな。ネジが止まるまでこのままにしといてやる」

「はふぅぅ~っ♫ありがとぉございますぅぅぅ♫アタシいっぱいイクぅぅぅ~~~っ♫

 …あっ♫あっ♫あ・・・あひぃぃぃぃ~~~~~っっっ♫」

 ダナは定期的に絶頂を向かえているクリトリスを眺めながら、次は何を仕込もうか考える。

 実際には見世物になど出来るはずも無いので金にはならないものの、多くの魔力を使えないためやむなく始めた芸の仕込みがいざやってみると楽しくなっていた。

 アルドリッジが行動を始めるか、卵を売らせてくれるまで他にすることの無いダナは、イングリッド使って暇を潰そうとしていた。



 アルドリッジはダナの目を見る。

「一応確認しておきたいんだけど、君も手伝ってくれるんだよね?」

 数時間前、手配書を持ったダナが宿の部屋に駆け込んでくる直前、そろそろ行動を起こそうと決意していたアルドリッジはイングリッドにはこれから何度か封印されたまま魔法を使って貰う事になるかも知れないと伝え、了承を得ていた。そのご褒美に撥条を最大限巻いた状態でクリトリスを研磨したままにしておいてやっていた。

 しかし、ダナはアルドリッジと組んで商売をしたいと明言し同行してはいるが、それ以外の事も手伝ってくれる気があるのかどうか定かでは無く、アルドリッジも正式には馬の操縦以外を頼んでいない。

「墓探しのこと言ってんのか?そりゃ手伝ってやるよ、さっさと見つけて安全なとこまで逃げたいしな」

「・・・墓探しはしない…というか出来ないよ。さっき墓守の人に話を聞けたおかげで先にしなきゃいけないことが出来た」

 無縁物故者の遺骨を民院が管理していると言うことは聞かなくても想像が付いていたが、無縁墓地には被葬者の表記が無いという事は予想外だった。だとすればいくら時間を掛けても見つかるはずは無く、仮に無縁墓地に保管されている全ての遺骨を盗み出せたとしてもどれが父なのかわからない。

「…だから先に民院に忍び込んで、たぶん番号で管理されてると思うんだけど、その書類を盗み出さないと」

「はぁぁっ?民院から書類を盗むぅ?あんなとこ夜でも警備がいるんだぞ?夜中誰もいない墓を回るのとは難しさが全然違うぞ?」

「うん、だから君に手伝って欲しいんだよ」

「・・・な、何でオレにそんなこと手伝えると思うんだよ」

「だってダナ、君ホントは盗族なんでしょ?」

「ぐっ?!…な、何を言って…そんなわけ・・・ハッ!?イングリッドぉぉぉっ!」

『あぁぁ~っごめんなさぁぁぁいぃぃ~っ。拷問されたからしゃべっちゃったのぉ♫』

 ダナが宿の部屋にいない間、アルドリッジはイングリッドからダナの頭を覗いた際に得た情報を聞き出していた。無論、拷問しながら。

 そのため本当は商人では無く盗賊の首領の娘であり、アルドリッジを追っていた2人の聖女騎士も助けたのでは無く売り払ってしまっていることも既に分かっている。

「イングリッドぉぉぉ~、余計なよとを言うなってオレいったよなぁ?後でオレも拷問するからな?覚悟しろよ?」

『ひぃぃぃ~っ♫拷問やだぁぁぁっ♫」』

「最初に聞いてたらどうなってたか分からないけど、今はむしろ盗族の方がありがたいよ。手伝ってくれる?」

「手伝うって言ってもなぁ…ばれてるならはっきり言うけど、オレ盗族だぜ?空き巣じゃ無いんだ。別に忍び込むのは得意じゃ無いぞ?」

「でも俺よりは得意でしょ?俺も一緒に忍び込むし。ただその前に他にやって欲しいことがあるんだよ」


 民院舎の場所は探すまでも無い。どの都市でも大抵中央通りに面しており、どうしても見つからなければ広場の地図に必ず記載されている。

「まったく…盗族なんて事ばらして俺がいないうちに逃げられでもしたらどうしてくれるんだよ」

『ごめんダナ様ぁ、許してぇ』

「今は用があるからしないけど、後で絶対拷問だからな。限界までネジ巻いてぴぃぴぃ泣かせてやる」

『やだぁ♫がんばるから拷問許してぇ♫』

 ダナは1人で、イングリッドのクリトリスを持って町の中に入っていた。市民院を中心に円を描くように歩いている。

 少し歩いては院舎を向いている壁や、商店の看板、街路樹などの前で立ち止まり、それらに対してイングリッドに魔法を掛けさせる。

 掛けているのは監視術だった。

 忍び込むのは深夜になるが、たとえ遅い時間でも中には警備はおり、外にも首都の中心部である以上少なからず人目があるだろうと考え、侵入、逃走経路の確保とその機会を見定めるために全方向から院舎を監視できる位置に紋を施している。

 いつどこから現れるか分からないアルドリッジを見つけるためにイングリッドはシャンニでは使役術を使用したが、今回は特定の1カ所を監視するだけで事足りるため、目が動き回れる必要ない。また今のイングリッドには町全体を覆うような魔力の無駄遣いもさせられない。

 日が暮れる前に院舎を囲む監視網が完成した。

「よし、これで一週したかな。ちゃんと見えてるのか?イングリッド」

『見えてるわよ、これであなた達が悪さしてる間アタシが監視してあげることも出来るし、直接あなた達が紋が見てるモノを見えるようにも出来るわよ』

「…おい、ちょっと魔法使いらしいことしたからって何偉そうになってんだ?この後たっぷり拷問されること忘れてるんじゃ無いか?」

『あっ、あぁぁ~ごめんなさいぃ♫わすれてましたぁ、拷問いやですぅ♫』

「ホントならしっかり役に立ったんだからご褒美も貰えたのになぁ。…チャラにしてやってもいいぞ?拷問しないかわりにご褒美も無し」

『えぇ~、ご褒美ほしぃ♫ごほうびほしいからアタシ拷問されまぁす♫』

 ダナは半ば呆れた笑みを浮かべ、ねじ回しを右に向けた。


 野営地に戻ると、西の墓地の下見に行っていたアルドリッジも戻っていた。野営と言っても人目を引くことを避ける必要があるため火すら焚くことが出来ない。

 ダナが近づくにつれ、既に受心器を掛けていたアルドリッジの耳にイングリッドの苦痛の呻き声が聞こえて来る。

「ホントに拷問してるんだ。・・・ちゃんと準備できたんでしょ?」

「出来た出来た。だから後でご褒美もやるよ」

『うぎぎぎぃぃぃ~~~っっ、あ、アル様ぁぁぁいだいぃぃぃ~~~~っ!!』

「君の躾はダナに任せてあるから俺に言ってもダメだよ。ちょうどこの後どうするか打ち合わせしないといけないから、そのまま泣いてて」

 アルドリッジはイングリッドを受け取り、蓋を閉じる。

「で、どうするんだ?もしかして今夜中に全部終わらせる気か?」

「そうできれば一番いいけど、まずは夜の様子を確認しないと。上手く中に入れても欲しい書類がどこにあるのか分からないから、一旦は外と同じように中にも監視術を掛けて貰う事になると思うよ」

 2人が打ち合わせをしている内に完全に日が暮れ、イングリッドを責めていた拷問器のゼンマイが切れた。

 未だに他人事だと感じているダナは途中から気も漫ろで空腹を訴え始めた。

「なんでさっき買って来なかったんだよ。俺だって我慢してるのに」

「しょうが無いだろ、忘れてたんだから。いいから行こうぜ、大丈夫だよ、頭隠してりゃ気づかれないって。それに手配したばっかりのヤツがいきなりお膝元に現れるとは誰も思ってないって」

「う~ん・・・じゃあとりあえず行こうか。確認したい場所があるから」


 5年ぶりにかつて住んでいた町の中に入ってもアルドリッジには何の感慨も沸いてこなかった。当時11歳だったアルドリッジの行動範囲はそれほど広くなく、記憶に無い場所はシャンニでもアパタタでもムラドハナでも同じだった。

 しかしそれでも町の西から中央の通りを越えて東の住宅街を抜けて行くと徐々に懐かしさが込み上げてきた。

 どちらかと言えば外で元気よく遊ぶよりも家の中で何かを作ることに没頭している子供だったが、それでも工房が近づくにつれ町並みの記憶が蘇ってくる。

 サンプラティに到着してから一段とかつての家を見てみたいという思いが募っていたが、同時に見るのが怖くもあった。無くなっていたり人に渡っているならまだしも、ボロボロに朽ちてでもいたらマジャリに、今では更に具体的に分かっている相手への怒りが爆発してしまうかも知れない。

 完全に道筋を思い出すほど近づくと、逆に歩みは遅くなっていった。

「おい、どこ行こうとしてるんだ?こんな所に飯屋なんかあるわけないだろ」

「いや…無くもないよ。小さいけど美味しいところが。まだ畳んでなければだけど。…あ、でもそこに行くつもりじゃないよ」

 最後の角を曲がる。家はまだ見えない。しかしまず何より先に、半年間抵抗石を熱し続ける事が出来る炉の、長く重厚な煙突が目に飛び込んで来た。

「まだあった・・・」

 アルドリッジは煙突から目を離すことが出来ないまま歩いて行く。そして門の前までたどり着いた。

「・・・なんなんだここ?・・・・・あ…もしかしてお前の…」

「うん、俺が住んでた家」

 アルドリッジは感慨深さと疑問を同時に抱きながら門の外から家を眺める。万が一の際に火が周囲の家に飛ばないように広めの敷地に建てられている母屋と工房はどちらも朽ちること無く残っていた。かといってまだ深夜でも無いのに灯りは点っておらず、一見すると誰も住んでいないように見える。

「空き家か?どのくらい前に出て行ったんだ?…5年?それにしては荒れてないな。ちょっと見てくるか」

「・・・えっ!?ちょ、ちょっと待って。誰かいたらどうするんだよ」

「だから誰かいるかどうかを見に行くんだろ。バカ丁寧にベル鳴らして呼び出すのか?」

 人が出て来た場合逃げなければならない現状を考えればダナの方が正しく、アルドリッジは周囲を確認して門を越えていくダナを離れた場所から見守る。

 しばらくすると門が内側からゆっくりと、僅かに開いた。そこから手首から先だけが現れ、手招きする。

 人目が無いか気にしながら近づくと、手招きする手はそのままアルドリッジを掴み中に引き込んだ。

「誰もいないぞ、住んでない。外は奇麗にされてるけど、中は埃被ってる」

「え、ホント?・・・・・じゃあなんで手入れされてるんだろ?」

 建物が朽ちてないだけで無く、門の内側に入ってみると庭の雑草さえ伸びていなかった。

「近所の奴らがやってくれてたんじゃないのか?この家だけ草伸び放題だったら気味悪いだろ。いいから中入ろうぜ」

「え、もう中に入ったの?」

「中見ないと人がいるかどうか分からないだろ。寝てるだけだったらどうすんだ」

 玄関の扉は既に開いていた。2人は中に入る。廊下は真っ暗だが灯りを点すことは出来ない。

「やっぱり鍵とか開けられるんだね」

「そりゃぁ…この程度のならな。・・・で、何しに戻って来たんだ?」

「何しにって…見に戻っただけだよ。どうなってるかなって思って。ぐいぐい中にまで入っていったのは君でしょ」

「何だよ、こんな時に思い出巡りかよ。何かあると持って中入ったのに」

「いや・・・入れたなら入れたで役に立つよ。ここで深夜まで待とう。馬を繋いでる場所よりずっと院舎に近いから、監視しながら侵入できそうな機会が来たらすぐに向かえる」

 アルドリッジ家の工房は中央の通りから住宅街を東へ抜けた、織物や陶器の工房、酒蔵などが集まっている一角にあるため夜なら人目には付きにくい。

 一旦ダナだけが工房を出て、そろそろ閉まり始めている商店街の店から食料を買って戻ってくる。

「もう結構もぐもぐ、通りも人減ってたぞもぐ。そろそろ監視もぐもぐ始めた方がもぐじゃ無いか?」

「もぐ、もぐしようか」

 アルドリッジはパンを口に咥えたまま鞄からイングリッドの箱を取りだし、蓋を開ける。

 既に拷問は終わり、約束通り監視術のご褒美としてクリトリスを研磨されている。

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「イングリッド、君を介さなくても直接俺たちにも監視紋からの映像が見えるらしいけど、俺にやってみて貰える?」

『あひっ、んふっ、はぁい♫アル様にぃ?じゃあおでこ出してぇ♫』

 アルドリッジは手で額の髪を退け、クリトリスの前に差し出す。しばらく前なら何をされるか分からず恐ろしくて出来なかったが、今ではかなりダナの躾の成果を信頼しているので言われたとおりにすることが出来る。

 イングリッドは磨かれ続けているクリトリスから魔法を放つ。額の中心を狙ったはずだがぷるぷると震えているためやや左に逸れて当たる。

『できましたぁ♫あっ♫イキましたぁ♫』

「で、どうすれば・・・うわっ!?」

 瞬きをした僅かな間だけ目の前が外の景色に変わった。それだけでアルドリッジはどうすれば監視紋の映像を見ることが出来るのか察し、目を閉じた。

「・・・うわぁ、ホントに見えてる。普通に目で見てるみたい。・・・でもこれ…瞬きの度に切り替わっちゃうのどうにかならないのかな…」

 術士本人は自由に映像を切り替えられるが、それを共有して貰っている者は額の紋から目蓋の裏に投影された映像を見ているため、慣れるしか無かった。同様に監視紋は院舎取り囲むように複数施しているが、どの紋からの映像を見るかもイングリッドに因ってしか変えることは出来ない。

「なるほど、じゃあとりあえず一周全部見せてみて」

 映像の中心にある院舎の角度が次々に変わっていく。時々人の姿も映り、まだ人通りが絶えていないことが分かる。

「オレも見たい!イングリッド、オレにも!」

 ダナも同じ処置を施して貰い、アルドリッジと同じ光景を見る。

「お~!見える!・・・人通りあるって言ってもこのくらいなら時々途切れそうだな。娼館街とは離れてるし。

 それよりも警備だよ警備、問題は。正面見せてみろ、イングリッド」

 市民院の業務はとっくに終わっており、灯は消えている。正面だけで無くもう一周、ゆっくりと院舎の周りを観察してみたが、外に警備が立っている様子は無い。

「・・・あ~、これだな。中に居やがる。ランプ持ってうろうろしてるの見えるか?」

 アルドリッジはこの日の侵入を諦めた。

 一晩監視を続け、夜間の警備に宛がわれている人数と、どの範囲までを見回っているのかを確認しておく必要があった。

 ダナは早々に眠ってしまったが、昼間は行動できないアルドリッジは1人で朝まで、通りに人が増え出し、民院の職員達が出勤してくるまで監視を続けた。


 ダナがソファで目を覚ますとアルドリッジは床に座ってテーブルに突っ伏したまま眠っていた。窓から差し込んでいる光りが宙を舞う埃に影を落とし、やはり建物内は手入れされていないことが分かる。

 眠るために昨夜イングリッドに術を解かせたため瞬きをしても外の様子が見えることは無い。

 ダナはアルドリッジが上半身を預けているテーブルの上に、蓋が開いたままのイングリッドが出しっ放しにされていることに気づいた。

 ダナはそれを懐に仕舞い、慎重に工房の敷地から出ていった。

 ダナは1人ならムラドハナ市内を歩き回っても何の問題も無いため、工房に籠もっている必要は無かった。アルドリッジの分の食料はまだ残っているため、自身は外で暇を潰す。

「実際どうなんだよ。アルはダメって言うけど時々使ってるだろ?昨日なんか結構使ったし、あれで疲れたりするのか?」

『あれくらいなら全然大丈夫よ。蓄えてる量がその辺の魔法使いとは違うのよ』

「だよなぁ?なんたってあのイングリッドなんだもんな。ちょっと思ったんだけどさ、アイツわざわざ自分で忍び込むつもりだけど、民院の職員を操るか何かして書類持って来させるような魔法はないのか?」

『勿論あるわよ、洗脳術が。誰にでも出来る魔法じゃ無いけど。・・・でもアタシも今は出来ないわね、これじゃあ』

 魔法の種類に応じて必要となる魔力の量は異なるが、大きくなっているとは言え今のイングリッドには人差し指の先ほどでしかないクリトリスから放出できる魔力で足りる魔法しか使う事が出来なかった。かつて使用した長距離移動術などは全身から多量の魔力を放出する必要があるため不可能で、当初ダナが目論んでいた錬金術での稼ぎ方も1度に大量の金を生成することは出来ず、小さな金を何度も作らせる必要があるため効率的には行えない。

 人を操る魔法の中でも最も高度な洗脳術もクリトリス分の魔力では全く足りないため、ダナが考えたような安全策を実行することは出来ない。

「なんだよ、じゃあやっぱり忍び込むしか無いのか。めんどくさいなぁ」

『言っておくけどアタシだから出来るのよ?普通はこんな小さな所からじゃ読心術だって使えないんだから』

「・・・な~んか魔法の話すると偉そうになるな、イングリッド」

『う…だってぇ・・・あっ!?』

 いやな予感がしたイングリッドにきちきちとゼンマイを巻く音が聞こえてくる。

『やだやだ!拷問しないでぇダナ様ぁ♫』

「拷問するとは言ってないだろ?どっちのネジ巻いたと思う?」

 ダナはネジ巻きを切り替え用の穴に差し替え、左に回す。

 研磨機が位置を合わせ、イングリッドのクリトリスを磨き始める。

『あひゃぁぁぁ~っ♫ごうほうびぃ?これならいいぃ~っ♫』

「うん、やっぱおまえはきゃんきゃん泣いてるかひぃひぃ鳴いてる方が似合ってる。拷問はうるさいからしばらく磨いててやるよ」

『んひぃぃん♫やったぁぁ♫アタシぴぃぴぃ鳴くぅ♫ぴぃぃぃ~~~っ♫』

 ダナは耳から受心器を外すことなく、イングリッドの囀りを聞きながら町を散策する。首都に長居はしないはずだが念のため町の地理を頭に入れておいた方がいいと考えた。

 金を持っていそうな人間を見かけるとつい手を出してしまいそうになるが、アパタタでの大失敗を思い出して踏みとどまる。

「なぁイングリッド、誰が魔法の防犯道具持ってるか見抜けたりしないか?」

『あひっ♫ン~っ、出来るぅ♫クリトリスで見ればわかるぅイクぅ♫』

「お、やっとオレにとって役に立つ使い方が見つかったな。魔法が使えなくても魔法が掛かってるかどうか確認する道具としてなら使えるな」

『はひぃ♫道具あつかいやだぁ♫そんなのアタシでなくても出来るぅ』

 自身の今後に関して独立のためにアルドリッジと共に商売することにこだわるか見限るかまだ決めかねているダナは少なくともムラドハナではイングリッドを使った盗みを自重することにした。

 万が一の際の逃走経路の下見のために地元民でなければ使わなそうな狭い路地にも入り、どの道を通れば少なくとも自分だけは馬を駐めてある町の西方面に抜けられるか確認しておく。

「ねぇお姉ちゃん、誰と喋ってるの?」

「ん?」

 振り返ったダナはいつの間にかすぐ後ろに3人の少年が付いてきていることに気づいた。歩きながらねちねちと言葉でイングリッドを虐めていたため付けられていることに気づかず、周りからは独り言にしか聞こえない会話も聞かれてしまっていた。

「なんだお前等?なんか用か」

「用はないけど…何してるのかなって思って」

 今では住民達ですら誰も使わないが、王室関係者、特に家柄の古い貴族達の中には首都ムラドハナを聖都と呼び、未だに分裂以前の神秘性を保とうとする者達が一定数居る。ヴィレメインを始め彼らは懐古主義者でありながら同時に権力者でもあるため闇商や盗品商は少なくとも表面上は閉め出され、娼館なども町の端の極狭い一角でしか営業を許可されていなかった。

 そんな首都の、顔見知りしか居ない住宅街の路地を昼前から半分尻を出した若い女がぶつぶつと独り言をつぶや気ながら歩いていれば、暇をもてあましている少年達の興味を引いても無理はなかった。

「ちょうどいいや、こっちを進んで行けば町の外に出られるのか?」

「迷子なの?お姉ちゃん。そっちは行き止まりになってるから通りに戻るのはこっちだよ」

「戻りたいんじゃない。抜けたいんだよ。・・・お前等西に抜ける道を案内してくれよ。そうしたら面白いもの見せてやる」

 ダナは少年達に先導させ、実際に迷子になりかけていた路地を進んで行く。尻を眺めながら後に付いてきていた少年達はつまらなそうにダナを案内する。

 中心部から離れるに従い民家は新しくなり、道も広くなっていく。そうなるともう案内は必要ない。

「よし、お前等もういいぞ。だいたい分かった」

「やっぱり迷子だったんじゃないの」

「何見せてくれるの?面白いんでしょ?」

「ふふ♫見たいか?よし・・・」ダナは路地の散策中動き続けていた研磨機を止める「イングリッド、聞こえてただろ?ガキが3人居るから、踊り見せてやれ」

『あぁん…イキそうだったのにぃ♫・・・え?踊りぃ?』

「まさか忘れてるわけじゃないよな?」

『覚えてるけど…恥ずかしぃ♫』

「ねぇ、だから誰と喋ってるの?」

「そこをいちいち気にするな。それよりほれ、これ見せてやる」

「・・・何これ?面白いものってこれ?」

 ダナは少年達を近寄らせ、手の平にのせたイングリッドを見せる。イングリッドの封印器は蓋が開いた状態では箱どころか器にも見えず、少年達は何を見せられているのか分からない。

「まあ見てろって♫・・・よしイングリッド、親切な少年達にクリトリス踊り見せて差し上げなさい♫」

『ひぃぃ♫見世物やだって言ったのにぃ♫』

 そう言いつつも逆らえば後ろに拷問が控えているイングリッドはクリトリスに絵を浮かび上がらせ、教わったとおりの動きを始める。複雑な魔法言語を幾つも記憶しているイングリッドに取ってはただの振り付けを暗記することなど容易く、きわめて馬鹿馬鹿しいがしっかりと覚えてしまっている。ダナの方はイングリッドが間違えたところで気づきもしない。

 少年達は面白いものを期待して差し出された手の上の、用途不明な小さい器具に囲まれた赤色のの何かを食い入るように見る。

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 監視紋の代わりに自分を模した絵を浮かび上がらせているため周囲の様子は見えないものの、ダナの言うとおり確かに少年と思しき声が複数聞こえるため、本当に惨めなクリトリス踊りを見知らぬ他人に見られていることが分かる。

『んっ、ほっ、ン~…ほっ!』

「・・・ねぇ、全然面白くないんだけど、この後面白くなるの?」

「な、なにっ!?面白いだろう?よく見ろ、こんな恥ずかしい踊り人に見られてるんだぞ?面白いに決まってる」

「何が恥ずかしいの?なんか動いてるけど…そもそもこれ何?」

「あ…ははは、そうか、これが何か分からないと面白くないよな。悪い悪い、これはな、ク・リ・ト・リ・ス♫」

「・・・クリトリスって何?」

「・・・」

 ダナはイングリッドに踊りを止めるように命じることもせず、何事もなかったかのように懐に箱を仕舞い立ち去った。

 今夜、夕食の席で少年達の両親が予期せぬ質問にたじろぐことになるが、ダナの知ったことではない。

 ダナは路地を引き返さず、町の外を回って再び中心部に戻ることにした。建物もまばらになり、遠くに馬を隠してある林も見える。馬は毎日かなりの量の水を飲むので、ただ隠せるだけでなく水を確保出来る場所を探す必要があった。幸い林の中に小川が流れていたので長めの縄で木に縛っている。

 工房に泊まる予定は無かったので馬の体調よりも盗まれていないかどうかが気になったが、アルドリッジが何らかの予防措置を講じているらしいので立ち寄ることはしない。

 中心部の広場まで戻ると、掲示板の前に数人の若い男女がが集まっていた。

 もしやと思ったダナはその後ろに近づき、聞き耳を立てる。

「信じられないよな…あのアレクシスが」

「ああ・・・いや、でも、それなら納得出来るというか」

「何も言わずに家族で消えたもんね・・・ねぇ、もしかしてこれ間違ってるんじゃない?アルとお父さん、同じ名前だし」

「そうかも知れない!その方がもっと納得出来る。親父さんがマルクラードを盗んで、アル達が後を追ったとか?」

「親父さんがそんなことするとも思えないんだけど…」

「どうする?この手配書間違いかも知れないって言いに行くか?」

「そうだよな、アルがこんなことするはず無いもんな。ところでアルの親父ってもう死んでるんじゃ無かったか?」

「いや…?そんな話は聞いたことないよな。お前等聞いてるか?」

「聞いてないどころか、ウチの親父達なんかアルドリッジ家のみんながいつ帰ってきてもいいように勝手に家の手入れまでしてるぜ」

「ウチの親も。このこと知ったら気落ちするだろうなぁ」

「あ~そういう…。じゃあ今の今までお前等はアルの一家が何でムラドハナを出ていったのか知らなかったのか」

「知らないよ、俺らまだガキだったし」

「心配はしてたけど・・・ん?あなた誰?」

「いや~…、俺もちょっとした知り合いだよ。じゃ、じゃあな」

 話に紛れ込んでいた金髪の少女はそそくさとその場を離れていった。


「そうだったんだ…だいたい誰なのか分かるよ、ダナが見かけた奴ら」

 目を覚ましたアルドリッジはダナとイングリッドの箱が消えているにも関わらず不用意に外を出歩けないため、やきもきしながら探しに行くか戻ってくるのを待つか逡巡していた。

 昼過ぎになって漸く戻って来たダナを叱ろうかと思った矢先、手配書を見ていた旧友達の話を聞き、怒りは萎んだ。

「家が奇麗な理由は分かったけど、みんな父さんが死んだ事を知らなかったなんて…」

「たぶん捕まった事すら知らなかったみたいだったぞ。お前の手配書見て動揺してた」

「なんて言うか…その方がよかったと言えばよかったけど・・・オレが手配されちゃったから台無しだけど」

「出て行く時なんて聞いてたんだ?お前は」

「町を出るようにっていう父さんの伝言をかあさんが受け取って・・・近所の人に何て言って町を出たのかは知らないな、そういえば」

「町を出た後どこにいたのか知らないけど、なんでお前は親父さんが死んだ事知ったんだ?」

「それもかあさん宛てに連絡が来て・・・」

 両親共に亡くなっている今、アルドリッジに当時の事を知る術は亡かった。

 父、アルドリッジ・シニアだけでなく、今では事実上跡継ぎを失ったに等しいアルドリッジ家自体がムラドハナでは名うての鍛冶屋の家系だったため、抵抗石による5つの器作成以外にも王室や貴族個人からの依頼も多かった。

 そのため王室関係者の知人も少なくなく、詳しい理由を告げられる前に連行され、そのまま投獄された後に聖女と抵抗石に関連した何らかの不穏な動きに関わりがあるか、少なくとも情報を持っていると疑われていることを知ったアルドリッジ・シニアはその知人の中の誰かを頼り、妻に嫌疑が晴れるまでムラドハナ、出来ればマジャリからも出てるよう伝えていた。近隣の住民は気のいい者達ばかりなので自分が捕らえられたことが知れ渡った後でも妻や息子が白い目で見られるようなことは無いと思っていたが、国石と聖女というマジャリにとって最重要事項に絡んだ何らかの異変に関わっていると疑われている以上、懐古権威主義者達に何をされるか分からない。

 妻はその仲介者にのみ自分達が身を寄せる予定のウポレの村を伝えていたため、夫の死を知らせて貰う事が出来た。

「とにかく、あいつ等がガキの頃のお前の友達ってことはこの辺に住んでるんだろ?いつ気づかれるか分からないからそう長くはここに隠れてられないぞ」


 侵入自体は予想より遙かに簡単だった。夜間の警備兵が少なくとも2名いる事は昨夜の監視で分かっており、彼らが出入りする建物の裏手にある入り口は施錠されていなかった。

 アルドリッジがまずしなければならないことは警備を眠らせることだった。中に入れても定期的に建物内を見回る警備を気にしながら時間が掛かる探し物など出来るはずもなく、且つこの日のみで見つけ出せる保証はなく、数日かかることを想定すれば、目を覚ました後警備兵が誰かに眠らされたと感じることのないように眠らせる必要があった。

 当然イングリッドを頼ることになる。

「なんでオレが率先してって気もするけど、呼ぶまでお前は外で待ってろよ」

 ダナがまず1人、と1人の陰核と共に院舎内に忍び込む。職員しか立ち入ることの出来ない廊下や部屋はともかく、今夜忍び込むと決めた後ダナは日中一市民として院舎に足を運び、大まかな間取りだけは確認していた。

 警備の休憩室は唯一灯りが点っているため容易く判別が付く。監視紋からの映像で建物内を動き回るランプの明かりがないことを確認すると、ダナは休憩室の扉の鍵穴の前にイングリッドのクリトリスをかざした。

 自身のクリトリスにも監視紋を浮かび上がらせたイングリッドは鍵穴に向かって細く魔法を放ち始める。

「どのくらい掛かる?」

『そうねぇ、10分くらいかしら。穴からずれないようにしっかり持ってて』

 何度躾けられても自分の領分である魔法に関する会話ではイングリッドは上から目線になるが、今は仕置きすることは出来ない。

 麻酔術ならクリトリスから放出できるだけの魔力でももっと短時間で人を昏倒させることが出来たが、それには対象者に直接当てる必要がある上に、目覚めた後意識を失っていたという自覚がある。

 イングリッドが今使用しているのは麻酔術よりも高度で多くの魔力を必要とする幻術だった。対象者個人ではなく一定の領域、この場合休憩室内だけに作用する。1度に放出できる量に制限がある上に小さな鍵穴を通さなければならないため室内を幻覚で満たすのに時間が掛かる。

 中に居る2人の警備兵は会話をしながら、やがて時間が来るとランプを持って部屋を出、院舎内を見回り始めた。

 という幻覚を見ている。

 既に幻術に掛かった2人は椅子に座ったまま意識を失っており、頭の中で本来行うべき行動を想像している。

 魔法が切れ目が覚めた時に多少違和感はあるはずだが、しっかり仕事をこなした記憶はあるため、意識を失っていたことすら気づかない。

 ダナが休憩室の扉を開けると1人は机に伏せ、1人は頭を後ろに大きく傾けて椅子の背もたれに背中を預けていた。

 イングリッドの魔法がしっかりと掛かっていることを確かめると院舎の裏庭に身を潜めていたアルドリッジを呼び入れる。

「うまく言ったぞ。後はお前の仕事だからな。・・・ちょっとは手伝ってやるけど」

 アルドリッジはダナに後日必要になるかも知れない建物内用の監視術の施術を頼み、無縁物故者の遺骨に関する書類を探し始めた。


 1階の大半は訪れる住民達の待合室とそれに対応する各課の受付が締めており、アルドリッジはまずその中から葬祭管理課を探す。天井から各課の案内板が吊られているため見つけるのに時間は掛からない。

 後は手当たり次第書類に目を通すしかない。

 既に深夜を過ぎており、捜索は日が昇る直前までと決めているため後3、4時間しかない。

「探すのはこの辺で合ってるんだよな?」

「たぶん間違い無いと思うよ。葬祭管理って言ってるくらいだから。ただ・・・」

 警備に幻術を使ったのと同じ理由で、探し物のために一角を荒らしたまま放置するわけには行かなかった。書類の束を見つけては並びを変えないように目を通し、きちんと元に戻さなければならない。

 室内への施術を終えたダナも一応手伝うが文字を追うような細かい作業は性に合わず、どうせ忍び込んだならもっと金になりそうな物はないかと気も漫ろで、捜索には殆ど役に立たない。

 結局懸念していたとおり初日では目当ての物を見つけることは出来ず、2人は夜明け前に市民院から撤退した。

 馬を駐めてある野営地ではなく工房に戻り眠る。

 目が覚めるとアルドリッジはダナに再び市民のふりをして院舎に行くよう頼んだ。架空の遺骨を引き取りに来た架空の人物として用件を伝えれば、職員は存在しないため見つけることの出来ない故人を探すため、少なくとも名簿を取りには向かうはずだと考えた。

 内部の至る所に施した監視術を通してその職員を追い、今夜もう一度忍び込む前に書類の保管場所を確認しておく。

 ダナは頼まれ事を引き受けはしたが、かなりうんざりし始めていた。間怠っこしい手順もそうだが、親から離れて独立したいダナは親の遺骨を同じ墓に埋葬したいというアルドリッジの気持ちにそもそも共感できていないため、万が一捕まった場合法規的な手順を超えた措置をとられる危険性を省みずに固執するほどの事に思えなかった。

 ダナに用件を伝えられた職員は1階の大部屋から奥の部屋へ引っ込んだため、昨夜アルドリッジが捜索した周辺にはお目当ての書類はなかったことになる。ダナからは見えないが監視紋は施してあるため工房のアルドリッジにはどの部屋のどこから名簿を取りだしているのか見えている。

 職員は名簿の中から伝えられた人物を探そうとするが、当然見つけることは出来ない。アルドリッジが正規の手続きを踏めない理由と同様に、治安院と市民院がどこまで連携できているか分からなかったためアルドリッジ・シニアの名前を言うことは出来ない。

 名前が見つからないと告げられたダナはさっさと院舎から引き上げた。


「この金庫だったけど、開けられる?」

「なんだよ、鍵の場所は見てないのか?」

 侵入2日目。ダナのおかげで書類が保管されている場所は目星が付いていた。書類はそれほど大層な代物ではないが一応記号並立式の金庫に保管されており、機巧術を使えば容易く開けることが出来る。しかし機巧術ではこじ開けるのと変わりないため、侵入の形跡を残したくなく、先日1度力を使ったばかりのアルドリッジはエネルギーの節約も含めてダナに頼んだ。盗族の技術で開けられるならばそれに越したことはない。

「鍵はこれの何処かだし…」アルドリッジは壁に掛けられた鍵束を目で示す「それに鍵が分かってもイングリッドを通してじゃ記号の組み合わせまでは見えなかったから」

「ったく…空き巣じゃないって言ってるだろ、オレ。やってみるけど出来なかったら後はお前が何とかしろよ」

 ダナは金庫に耳を押し当て、摘みを回してみる。かちかちという音がアルドリッジにも聞こえる。

 ダナは空き巣ではないと言い張るが、盗族団で過ごしていた期間に行ったことは強奪よりも侵入の方が圧倒的に多く、鍵の解錠もしっかり教え込まれていた。

「う~ん・・・ま、いけるな。・・・おい、ちょっとずらしてくれ」

「え?何を?」

「パンツだよ。今ちょうどのところで止まってるから耳離したくない」

「…それとパンツずらすことになんの関係があるの?」

「いちいちうるさいな!ずらせば分かるからずらせ!誰のためにやってるとおもってんだ」

 アルドリッジは理解出来ないまま、金庫に耳を押し当て後ろに突き出されたダナの尻を覆っているパンツをずらしていく」

「…どのくらいずらせばいいの?」

「尻の穴が出るくらいまで。全部はずらすなよ」

「…見えちゃっていいの?」

「良くはないけどしょうがないんだよ!」

 ダナの肛門がしっかりと見えるまでアルドリッジはパンツをずらす。ダナが下腹部に力を込めると、アルドリッジの目の前でその肛門が盛り上がり、開いていく。

「え、いやいや、な、何出す気?」

「お前が思ってるような物じゃない。落ちないように受け取れよ」

 ダナが更に腹に力を込めると肛門から細い何かの先端が顔を覗かせる。

「何これ?そんなとこに何入れてるの?」

「その中に鍵開ける道具が入ってんだよ。全部出すぞ?」

 なぜ腸内に仕舞っているのかはともかく何を出そうとしているのか理解出来たアルドリッジは安心して肛門から出てくる細い筒を摘み、ダナが自ら出し切る前に引き抜く。

「うっ♫」

 隠し道具を仕舞っておくための筒を出し終えた肛門がきゅっとすぼまる。自分の意志以外の力で始めて肛門から抜かれたため、思いも寄らぬ感覚を味わう。

「ふぅ、それ開けて一番短い串を出してくれ」

 便は付いていないが腸液で滑る筒をぎゅっと掴み、アルドリッジは切れ込みを境に蓋と思われる側を引き抜く。

「あ~なるほど、やっぱりこう言うの持ってるんだね、盗族って」

 アルドリッジは言われたとおり中から短い串を取りだし、金庫に耳を当てたままのダナに手渡す。

 棚は受け取った串を鍵穴に差し込み、改めて摘みを回し始める。

「で、開きそう?」

「開くな、このくらいの鍵なら。ちょっと待ってろ・・・」

 鍵穴を弄りながら摘みを回すかちゃかちゃかちかちと言う音が室内に響く。

 アルドリッジは筒の蓋を鼻に近づける。

「くんくん・・・お尻の匂い付いちゃってるけど、これ」

「んなっ!?…あ、当たり前だろ尻に隠してるんだから…というか嗅がなきゃいいだろ!」

「いつも入れてたの?これ」

「うるさいなぁ…集中させろよ」

 筒の長さのせいもあるが、何よりダナの膣はまだ開通していないので体内に何かを隠すなら腸という選択肢しかない。

 アルドリッジは筒を介して間接的にダナの肛門の臭いを嗅ぎながら金庫が開くのを待つ。ついウッラの匂いと比べてしまうが、ダナの方が鼻の奥を突く様な刺激は少ない。

 やがて尋ねるまでもなく解錠が成功したことを示すカチリと言う音が響いた。

「すごい、今開いたでしょ?」

「開くに決まってるだろ、この程度の鍵。後はお前が探せよ?」

「ありがとう。それかして、戻してあげるから」

「え・・・お前が?」

 用を済まし振り返りかけたダナは解錠に使った鉄串だけをアルドリッジに手渡し、尻を突き出す。

 アルドリッジは受け取った串を筒に仕舞い、ダナの肛門の中に戻してやる。

「はぅ♫」

 人差し指の第一関節までついでに肛門の中に押し込んで筒を腸内に戻し、パンツも上げてやる。

 アルドリッジは何事もなかったかのように金庫の中から書類の束を取り出し、今夜には見つかるだろうという期待を込めて目を通し始める。

 腸内に隠している以上排便の度に出し入れすることになる為自分で扱うことには慣れていたが、他人に異物を挿入された違和感が消えない尻を撫でながらダナはその様子を見守る。

 それほど時間を掛けることなく、アルドリッジは”無縁物故者管理名簿”を見つけ出した。

「あ、あった!」

「お!見つけたか?じゃあ早く親父さん探せよ。まだ朝まで時間あるからこのまま墓を探しに行けるかも知れないぞ」

 保管場所の目星が付いていただけあって侵入から2時間足らずしか経っておらず、さっさとこのつまらない用件を終わらせたいダナはアルドリッジを急かす。


「本当に父さんは無縁墓地に埋葬されたの?」

『はぁ、はぁ、はぁ…ほっ、うひっ♫・・・本当だ、資料に…あひっ、そう書かれて…』

 予想以上に多かった名簿全てに目を通し終えたが、アルドリッジは父の名前を見つけることが出来なかった。

 父親が無縁墓地に埋葬されたという情報はパトリスからもたらされていたため、アルドリッジは以前ダナがしたようにクリトリスをイかせ続けているビラチーナをぎゅっと握り、改めて問いただす。サンプラティの宿に滞在中最終確認はしており、パトリスはアルドリッジを追跡する前に目を通した資料にそう書かれていたことを既に伝えてはいたが、見つからない以上情報の出所であるパトリスを問いただす以外に方法がない。

「でもないんだよ。・・・怒らないから他にどんな可能性があるか言ってみてよ。もしそれが当たってたらビラチーナ取ってあげる」

「うっ…ひっ♫」強く握られてはいても所々動いている繊毛が極端に鋭敏化されたパトリスのクリトリスをくすぐり続けている「ほ、ホントかっ?か、考えるっ・・・ほぁっっ」

 クリドリスを悶えさせるという目的を阻害されぴちぴちと細かく動き続ける繊毛や触手の先端からの刺激に邪魔されがなら、パトリスは常時絶頂状態から解放されるために必死で頭を働かせる。

 アルドリッジに伝えた内容に嘘はないため、資料の方が間違い、或いは虚偽だったことになる。

 パトリスはすぐに1つの可能性に思い立った。しかしそれをアルドリッジに提示するのは躊躇われた。

 聖女騎士ではあっても特に民法に詳しいわけではないパトリスだが、無縁墓地が2種類あることは一般的な知識として知っていた。

 無縁墓地には単に身寄りがない市民や旅行者などが葬られる市民院が管理する墓地と、治安院が管理する罪人墓地とがある。

 アルドリッジ・シニアがマジャリ市民だった為パトリスは通常の無縁墓地に葬られたものだと思い込んでいたが、非公式にとはいえ捕らえられ、獄中で死亡した以上アルドリッジの父親が罪人として処理された可能性も十分にあった。

 自分のクリトリスの命運を握るアルドリッジは怒らないとは言っているが、とてもそうは思えない。何しろ罪人墓地の埋葬方法は一般市民の様に個別に保管されるのではなく、合葬なのだから。

「・・・どう?何か思いついた?」

『はっ…あっ…ほ、本当に怒らないか?・・・私は資料を…みっ、見ただけで…』

「怒らないよ。別に君が主導したんじゃないって事くらいわかってるから。…なんか思いついたんだね?言ってみて」

 パトリスは迷ったが、もうイキたくないという欲求に抗いきれずもう一つの可能性をアルドリッジに伝えた。

「・・・罪人墓地?」

 それっきりアルドリッジは口を開かず、手は緩められパトリスは再び常時絶頂へと引き戻された。

「・・・どうすんだ?まさか治安院の方まで探すなんて言わないよな?」

「・・・・・分からない、ちょっと考えるよ」

 アルドリッジが落胆と共に怒りに震えていることはダナにも分かった。

 ダナは出されたままの名簿と開いた金庫を元に戻し、呆然と市民院を出て行くアルドリッジを追った。


 工房に戻ったダナはアルドリッジと口論になりそうになるのをぐっと堪えた。

 院舎内でパトリスに示唆された可能性によってアルドリッジは落胆と混乱に捕らわれていたが、徐々にそれらが冷めてくると代わりに激しい怒りが込み上がって来ていた。

 罪人として処理されたという話はあくまでパトリスの推測でしかなく確たる証拠は何もないが、名簿に父の名を見つけられなかったアルドリッジは疑うことなく受け入れた。

 旧友達や近隣の住民がアルドリッジ・シニアの死亡すら知らなかったこともその推察が間違っているという可能性を否定した。結局父は連れて行かれた日から死亡した後まで一度も正規の法で扱われることなく、全て王宮内の誰か、恐らく大家令とその周辺の者達のみの間で処理されていたのだと、アルドリッジは考えた。それならば市民による行政機関が関わっておらず、知人達が5年間何も知らないままでいる事も納得出来る。

 アルドリッジはそれでもそれだけなら我慢することが出来た。罪人として秘密裏に葬られていたとしても、遺骨さえ取り戻せれば良いと思い込むことも出来た。

 しかし、その埋葬方法が合葬だと知ったアルドリッジはとうとう怒りを堪えることが出来なくなった。

 罪人として火葬された父の遺骨はマジャリの法に於いての合葬、即ち個別に保管されることなく複数の罪人と一緒に灰だけを葬られている事になる。

 死亡した罪人の処遇に関する法が制定され、ムラドハナの何処かに罪人墓地が設けられて依頼、獄中で死亡したり処刑されて来た数多くの罪人達の違背と混じり合ってしまった父を探し出すのは、最早不可能だった。

 ダナは怒りにまかせて大家令に復讐すると言いだしたアルドリッジを宥めながら口論になりかけた。歳の割には落ち着いていて利口だと思っていたアルドリッジが父親の骨如きの恨みで王宮の中でも高い地位にある大家令に対し復讐すると癇癪を起こしている様は既に退屈な仕事に数日付き合わされうんざりしていたダナを心底呆れさせた。

 バカな真似は止めるよう諫めかけたダナは考えを変え適当に同調し、アルドリッジが疲れて眠るのを待った。


 ここ数日そうしていたように、ダナはソファで目を覚ました。まだ外は明るい。

 興奮していたアルドリッジは中々眠ろうとせず、ダナは相手にするのを止めて先に休んでいた。

 そのアルドリッジも同じ部屋で眠っている。

 ダナは静かに起き上がり、室内を見回す。今朝戻って来てからはイングリッドを出すこと無くアルドリッジは息巻いていたため、鞄は無造作に床に放り出されたままになっている。

 まだ興奮が冷めず、横になっているだけで眠っていないのではと言う可能性も考慮し、ダナは慎重にアルドリッジの様子をうかがいながら床から鞄を拾い上げ、中を確認する。

 見慣れたイングリッドの箱、1つだけ銀製のウッラの箱、ほとんど外見は同じヘザー、ミルドレッド、パトリスの箱、5つ全てが中に入っていることを確認すると、ダナは鞄を肩に掛け旧アルドリッジ邸を後にした。

 知り合っておよそ1ヶ月半でダナはアルドリッジを見限り、女達が封じられた箱を盗んで立ち去ることにした。当初の思惑とは全く違う結果になったが、5人分の箱が手に入ればただ働きにはならないどころか十分におつりが来る。

 盗むだけならかなり前からダナに対するアルドリッジの警戒は緩んでいたためいくらでも機会があったが、今朝まではまだ共同で商売をするという構想が頭に残っていたため実行はしなかった。

 しかし、これ以上はもうつきあえない。

 ダナはアルドリッジが怒りにまかせて本当になりふり構わない行動に出るとは思ってはいなかったが、少なくともこれ以上行動を共にしていても得になりそうな点は思いつかない。

 いつか説得に応じて封印術を使った商売を始める気になるのを待つよりも、既に封印されている5人の女を頂いて逃げた方が得だと判断した。

「・・・悪いな、アル。後はまぁ・・・死なない程度にがんばれよ」

 眉間に皺を寄せながら眠っているアルドリッジを振り返り、音を発さず別れを告げると、ダナは工房の敷地を出てムラドハナの西に向かった。


 3日間放置していたが、馬は何事もなかったかのように草を食んでいた。心なし縄の届く範囲の地面だけ露出している土が多いように見える。

 鞄ごと盗んで来たのは多少気が引けた。アルドリッジに他の荷物はないため、箱を差し引いても鞄とその中身が全財産と言うことになる。しかし、憲兵につきだして懸賞金までせしめるという考えは流石に可哀想に思い破棄したので、全財産くらいは諦めて貰うことにした。むしろ無一文になった方が諦めがつき、無謀な行動を起こさずに済むのではと都合よく自分を納得させ、無一文になった方が無謀な行動は起こしやすいという考えは思いつかなかったことにした。

 ダナはダナで今後どうするか考えなければならない。

 パサパシの根城には出来るなら戻りたくはないが、売り払った聖女騎士の分け前を手に入れるなら一旦戻るしかない。

 後から追いついて合流するという当初の予定は無かったことになっている上に気の向くままに行動したダナを追えるはずもないので、ヒューバートとバーナビーは既に根城に戻っているはずだった。

 高く売れるはずの箱を手に入れたため、ただの女を2人売った分の売り上げなら無視してもよかったが、聖女騎士2人となるとかなりの値で取引できたはずなので、諦めるには惜しい。

 どの道勝手知ったるシャンニ周辺に戻らなければ箱の買い手も見つけられないため、ダナは一旦西へ戻ることにした。

 馬を括り付けていた縄を木の幹から外す。

 もう目を覚ましていたとしても迂闊に出歩けないアルドリッジが追ってきている心配はほとんど無かったが、ダナはさっさと出発することにした。

 手綱とたてがみを掴み、鐙に足を掛けて一気に身体を跳ね上げる。大きく足を広げ、半分割れ目が覗いている尻で鞍に跨がる。

 跨がっていなかった。

 鐙に足を掛けてから鞍に跨がるまでの一瞬の間にダナの姿は消え、着ていた服と盗んだ鞄が地面に落ちた。

 馬は今まさに自分に乗ろうとしていた人物が消えた事に戸惑い、縄を解かれ自由となっている身で辺りをふらふらと彷徨い始めた。

 ダナは真っ暗な闇の中にいた。



 ムラドハナに到着するとすぐに、ゲルルフは異変に気づいた。

 他国、或いはマジャリ内でも地方都市なら町の中で使用されている魔法の気配を感じる事はそれほど珍しくもないが、神聖力信奉の総本山である首都ムラドハナで露骨に施された魔法を感じることなどこれまでほとんど無かった。尤も、何ものにも縛られない放浪魔術師のゲルルフでも他の魔法使い同様、魔法や魔法従事者に対する規制の厳しいムラドハナは基本的に用がなく、そもそも訪れる機会は少ない。

 それでもベシーナ地方に於いては主要都市の1つであるため、長距離移動魔法の到着点の1つとして目的地として認識させる術は施してある。

 ムラドハナでアルドリッジの手配が正式に始まる以前にクーネンフェルスがヴィレメインの意向を知っていたと言うことは、王室内、それも大家令に近しい所に情報源がいる事になるが、ゲルルフが気にする様なことではなかった。

 解除したシャンタルの麻酔術は当然、以外に早くかけ直されたが、イングリッドによる施術ではなかったため情報通り本当に不足の事態に陥っている可能性がある。ゲルルフとイングリッドは面識があり敵対しているわけでもないが、イングリッドの安否に関してもゲルルフは気に掛けていない。

 ゲルルフは本当に自分と同等かそれ以上の力を持つ魔法士が手配された少年によって封印されたのか、そしてそれが事実ならどんな方法を使ったのかと言うことにのみ興味があった。

 クーネンフェルスはその少年が所在の分からないシャンタルの口を所有しているか、少なくとも所有者と繋がっているのではと考えていたが、その所有者とはゲルルフ自身であるためそれはあり得なかった。

 イングリッドがシャンタルへ再施術をしなかったことからゲルルフは少年を探してみる事にし、まず手配書を確認するためにムラドハナに訪れた。

 クーネンフェルスでもバーマとマジャリの国境を越えてからの少年の足取りは掴めておらず、ゲルルフもまさか少年が首都にいるとは考えていなかった。

 異変の発生源はすぐに見つかった。

 町の中心部にある市民院を取り囲むように無数の監視術が張り巡らされている。

 監視術自体は麻酔術よりも遙かに単純な魔法なので探ってみたところで施術者の特徴が現れるようなことはないが、ゲルルフなら監視紋から視覚情報が送られている先を追うことが出来る。

 誰かが市民院を監視しているのは間違い無いなく、ゲルルフはそれを確かめてみることにした。

 壁や街路樹に無造作に施されている紋の1つに、死角から触れてみる。誰が施したにせよ今まさに紋を通して周囲を見ている可能性がある。魔法の種類にもよるが、何の隠蔽措置も為されていない監視術は紋から常に微量の魔力を受信者に向けて発信しているため、少なからずムラドハナに住んでいるはずの魔法使いなら側を通れば監視紋の存在に気づくはずだが、監視の目的が分からない以上面倒事を避けるために見て無ぬふりをしているか、まだ監視網が張り巡らされて間もないかのどちらかだろうとゲルルフは考えた。

 可視光線の情報を魔法言語に変換し術者に送信し続けている監視紋の魔力に混ぜて、ゲルルフは自身の魔力を無数の視覚情報が1点に集まっている場所に向かわせる。

 が、探査していた魔力は受信者に辿り着く前に途切れてしまった。

 本来なら術者にまで到達するはずだが、その直前で何かにかき消された。

 施術者に至らなかっただけでほぼ収束点は分かって仕舞っているため、術の中に探査防止処置が組み込まれていたとも思えず、ゲルルフはその収束点に向かってみることにした。

 到着早々あまりにも顕著に目についたため興味を引かれたが、この時点ではまだゲルルフは首都中心に張られている魔法の監視網がお目当ての少年によるものだとは想像すらしていなかった。

 自身が送った探索用の魔力を辿って東に向かい、鍛冶屋の工房が併設されている民家に辿り着いた。しかし、人が住んでいる気配はない。

 中の様子を伺うためゲルルフ自身も監視術を使おうとした時、辺りを警戒しながら工房の敷地に忍び込もうとしている、少年の様な少女に気づいた。

 ゲルルフはとっさに監視術を盗聴術に切り替え、少女の背に向けて放った。

 イングリッド同様ゲルルフも見れば相手が魔法使いか否か判断できるため、中に少なくとももう1人、魔法を使える何者かがいるはずだと考えた。1人でないなら、覗き見るより為されるはずの会話を聞いた方がいい。

 そしてゲルルフは探し始めた初日にお目当ての少年を見つけることになった。


 少年がすぐに見つかったことよりも手配中の首都に潜伏していることに驚いたゲルルフだったが、2人の会話を聞いている内にだいたいの事情は飲み込めた。

 元々少年はムラドハナの出身で、一時国外で生活していたが死亡した父親の遺骨を回収するために帰国した様だった。少女の方は協力者のようだが、売られた聖女騎士の情報には出てこなかったためここ最近知り合った人物だと思われる。

 何よりゲルルフが驚いたのは、少年が本当にイングリッドを所有しているらしいと言うことだった。

 聞こえて来る会話に少年と少女以外の声は混ざっていないが、声を発していない3人目がいる事は間違い無く、その相手は2人からイングリッドと呼ばれている。

 イングリッドが封印状態で少年に所有されているという情報が事実だった事だけでも驚くのに十分だったが、その封印形式がかつて老魔法士の逃亡先で見つけた箱と同じだと分かるとゲルルフは更に驚いた。

 11人の女達が陰核だけを外に出した状態で封印された箱を見つけ闇商に売り払ったのが30年ほど前の事なので、その間にそれらが流通し、解明された特殊な封印術が違法に出回っていたとしても不思議ではない。陰核だけを外に出す封印術に限らず、通常の封印術や洗脳術などは容易く人身売買等に使用できるため、マジャリに限らず他国でも禁止されている。

 しかし、あの程度の封印術からイングリッドが抜け出せないでいる事は不可解だった。

 完全な封印術、出口のない孤立した空間に閉じ込められたのならイングリッドやゲルルフでも脱出は難しいが、幸か不幸か老魔法士の封印術は陰核が外に出ており、言わば出口が常に開いた状態なのでイングリッドあれば容易く自力で脱出出来るはずだった。そのイングリッドが使用したと思われる監視術がまだ効力を発揮しているにもかかわらず、魔力での追跡が直前でかき消されてしまった理由もまだ分からない。

 ゲルルフはそのまま2人を監視することにした。


 ロイクは長い間憂えていた。

 マジャリの少年少女達の一定数がそうなるようにロイクも子供の頃から聖女に憧れていたが、当の聖女は出現率が低下の一途を辿り、ロイクの幼少期は空位のまま昔話の中だけの存在だった。

 その数年後候補者としてシャンタルが見いだされ、国中が戴冠の日を心待ちにするようになった。

 マジャリ国民の一定数がそうなるように、懐古主義者となったロイクも大いに喜び何とか聖女に近づける職業に就こうとしたが、男であるため聖女騎士にはどう足掻いても成れず、せめて宮廷を警護する近衛兵になれればと騎士団の試験を受けたが、単純に能力が足りずこちらも叶うことはなかった。。

 魔法使いと一般人ほどではないが、騎士と兵士の間にも越え様のない隔たりがあり、兵士がどれだけ出世しても騎士になることはない。騎士とは役職であると同時に称号でもあるため、遺伝的な身体能力の高さが必要だった。

 残念ながらロイクにその才能はなく、最終的に憲兵の1人となった。市内を見回ったり特定の場所の警備をするのが主な業務で聖女と関わることなどほとんど無いが、数十年ぶりの聖別式の前後人々で溢れかえることが容易に予想できる首都を警備することは少なからず聖女の為になることだと思い込み、理想と現実に折り合いを付けた。

 しかし待ち望んでいたシャンタルの聖別式は直前で中止となってしまった。

 5年たった今でもシャンタルが病気になったためという以外の詳しい理由を市民が知ることはなく、その事に関してはロイクでなくとも釈然としないままでいる者も多かった。

 あまりに直前で中止になったため当時の首都は一目聖女を見ようと集まった人々でごった返しており、その熱が正しく発散されないまま無理矢理鎮火されたため、その反動でロランには中止以降のムラドハナが中止以前よりも遙かに活気がない町になったように感じられた。

 実際は中止ではなく式は延期とされており、ロランもいずれ聖女が回復すれば改めて執り行われるものと考え憲兵の仕事を続けていたが、進展がないまま5年も経つとシャンタルは不治の病なのではと考えるようになった。

 先代の聖女を直に見たことがある老人達から話を聞くにつれ、自分は聖女を見ること無く一生を終えるのではと恐怖すら感じ、憂鬱なまま5年間を過ごしていた。

 そして数日前、ロイクは更に気が滅入る仕事を与えられた。

 単に公共広場の掲示板に逃亡犯の手配書を張るだけの雑用だが、その内容がロイクを苛立たせた。

 聖別式が中止になり首都の喧噪が収まりだした頃、有名な鍛冶屋の一家が姿を消したという話は曲がりなりにも治安院に属するロイクの耳にも入っていたが、5年を経てその家族の息子が手配されている。

 しかも国石であるマルクラードの盗難という重罪を犯したとして。

 懐古主義者は神聖力を信奉しているため、正道でない力と見なしている魔力を頼らないという点に於いて聖女も抵抗石も同列に崇めている。

 消えた一家の長でなくその息子が手配されている理由はロイクには分からなかったが、若くして国を裏切った少年がいると知っただけで十分陰鬱な気分になった。

 その手配書を張りだしてからここ数日の内に不快な出来事は重なり、観光客なのか新参者の娼婦なのか半分尻を出した若い女が街中をうろつき、堂々と魔法使いの出で立ちで聖なる首都を闊歩する男を見かけ、息子は夕食の席を凍り付かせる質問を投げかけてきた。

 そしてとうとう、手配書にある赤毛の少年が目の前を横切り、走り去っていった。

 ロイクはため息をつきながら見回りを続け、数歩進んだ後、立ち止まった。


 マジャリ王宮にも宮廷魔道士は存在した。

 分裂戦争が終結以降、徐々に神聖力を行使出来る聖女の出現率が低下していくのと反比例するように、周辺4カ国のみならずマジャリ国内でも魔法使いが幅をきかせるようになっていった。

 マジャリの法に従おうとしない魔法使い達に対処するために、王室はマジャリの法に従う魔法使いを取り入れる必要に迫られた。

 ヤスペルの家系はマジャリ王室が宮廷魔道士の職を置き始めた当初から代々その役目を担ってきた。

 そのためマジャリの魔法使いとしては唯一公的にその地位を認められており貴族の称号も与えられているが、魔法を忌避する王室から与えられた権力で他の魔法使いを取り締まる立場にいるためマジャリの、特に首都周辺の魔法従事者達からは白い目で見られている。

 ヤスペルはシャンタルの聖別式が中止になって以降、父の後を継いで正式に宮廷魔道士となったためまだ30歳を超えていない。法に従わない魔法使いへの対処を一手に担うだけあって、若くとも宮廷魔道士の家系であるフドヘドラーフ家の魔法使いのとしての能力は高い。

 この日はヤスペルの弟が家を出る日だった。家どころか、国をも出る気でいるらしい。

 しかしヤスペルは見送りに行くことも出来ず、そしてその事を気に掛ける余裕もないほど憔悴していた。

 数日前、ヤスペルは大家令から直々に呼び出された。

 そしてその場でシャンタルの秘密を知らされた。

 王室に召し抱えられているとは言え魔法使いである以上フドヘドラーフ家の人間は長年、聖女不要論者の貴族達と立場を同じくしてきた。

 そのため能力も地位も申し分ないが、ヴィレメインに取っては居ないに等しい存在であり、シャンタルが悲劇に見舞われても助力を求めることなど考えもしなかった。

 しかし、頼みの綱であるイングリッドが消え、シャンタルが再び激しく苦しみ始めたためそうも言っていられなくなった。

 明らかに不要論者であるヤスペルの父親が引退していなければヴィレメインは在野の魔法使いからめぼしい人物を選び、軟禁状態でシャンタルを介抱させたはずだが、その息子は不要論者ではなくむしろ聖女派だという噂が耳に入っていた。そのため一刻でも早く再びシャンタルを楽にしてやりたいと考えたヴィレメインは、新たな魔法使いを外部から探し、思想を精査する手間を省くため、ヤスペルを呼び出した。

 判断が間違っていれば5年間隠してきたシャンタルの秘密は一気に不要論者達の間に広まることになったが、ヤスペルが聖女派であるという噂は間違っていなかった。

 ただし思想とは関係なく、更に聖女とも関係なく、ヤスペルが個人的にシャンタルに好意を抱いているに過ぎない。

 そのシャンタルの現状を知らされたヤスペルは、弟がマジャリもフドヘドラーフ家も見限って家を出て行くことなど気にしていられないほど衝撃を受けていた。

 そして動揺しながらも裸で苦しむシャンタルに麻酔術は施した。

 ヴィレメインには決して口外しないよう脅迫同様に釘を刺されたが、そんなことをされなくても誰にも言う気にはなれなかった。

 それどころが弟の代わりに自分が国を出て、いずこかに持ち去られたというシャンタルの欠片を探したいとまで考えた。

 しかし、ある日を境に急に性格が変わってしまった弟と違い、家系の名誉を一身に背負うヤスペルに勝手な振る舞いをすることは出来ず、消えたイングリッドに変わりシャンタルを眠らせ続けるという密命を新たに背負わされた。


 ゲルルフは工房から出て行った少女の後を追っていた。

 少年がシャンタルの口の所有者でも、その他の部位の所有者の関係者でもないことを知っているゲルルフは事を荒立てる気はなかった。

 その気になれば工房に乗り込み箱を奪うことも容易く出来たが、彼らが何をするつもりなのか興味もあり手を出すこと無く様子を見ていた。

 2人は監視中の市民院に忍び込み、少年の父親の遺骨を探すための書類を探していたが、それが不可能であることを知った少年は酷く荒れ始めた。

 少女はそんな少年を見限ったらしく、鞄を持って工房から出て行ってしまった。

 クーネンフェルスの依頼と少年が無関係であるため、ゲルルフは純粋に自身の興味のみで動いており、知りたいのは魔法使いでもない少年がイングリッドを封印した方法と、その封印を維持できている理由だった。

 その答えでもあるイングリッドの箱を少女が鞄ごと持ち出したため、ゲルルフは少年を放置しその後を追うことにした。

 監視中、少女が箱を持って街中をうろついている所も遠目から見かけてはいたが、なぜ自分の魔力が途中で途切れてしまったのかは分かっていなかった。代わりにあのイングリッドがゲルルフでも思わず憐れに感じて仕舞うような仕打ちを少女から受けていることだけは分かっていた。

 2人がいつからムラドハナに潜伏していたのかゲルルフは知らないが、市内を横断した少女はやがて林の中に隠していた馬の元にたどり着いた。

 離れた位置からでも、地面を蹴って馬に飛び乗ろうとした少女が鞍に跨がることなく消える様がゲルルフには見えた。

 少女に縄を外された馬がおずおずと森の奥に歩き去っていったが、ゲルルフは気にも留めなかった。

 地面に落ちている鞄からイングリッドが封印されていると思しき赤と黒の紋様の入った箱を取り出すと、ゲルルフの疑問は1度にほぼ解消された。

 封印器として使用されている箱の素材が抵抗石であることは触れた瞬間に分かった。少年の罪状を手配書では抵抗石の盗難としていたが、そんなものはでっち上げだろうとゲルルフは考えていた。

 封印器が抵抗石で出来ているのなら、追跡に使用した魔力が箱に接触した瞬間にかき消されてもなんの不思議もない。そして抵抗石をここまで精緻に加工出来、且つ魔法使いでもないに関わらずその箱に封印術を施せていると言うことは、赤毛の少年が機巧術者であることはほぼ間違い無い。

 鞄の近くには少女が着ていた服も落ちていた。

 魔法を使った罠自体は珍しくなく、少年は魔法の代わりに機巧術を使って馬の何処かに罠を仕掛け、少女がそれに捕らわれてしまったのだということも容易に推測できた。服の中を漁れば少女を閉じ込めている箱が見つかったはずだが、ゲルルフは既に少女には用がない。

 少年の素性を察したゲルルフの驚きは、イングリッドほどではなかった。

 ゲルルフはイングリッド以上に長く生きている。

 イングリッドが持って生まれた才能のみで短期間に魔法士の頂点に立ったのに対し、ゲルルフは何度となく若返りを繰り返しながら、長い時間を掛けて魔法の技術を高めてきた。ある程度の水準以上の能力を持つに至った魔法使いがが老いた後若返り、人間の寿命以上に生き続けるのは珍しい話ではなくむしろ当然で、イングリッドのように常に一定の若さを保ち続けている方が希有だった。

 見識を広げるために各地を放浪してきたが、今ではベシーナ地方全域は言うに及ばず、その東西を挟む不浄地帯すら越えて外遊しているため、魔法以外の知識はイングリッドよりも多い。

 長く広く生きてきた中では失われたはずの機巧術を使う者にも出会ったことがあった。

 蓋を開けて中身を確認使用としてみたが鍵が掛かっているらしく、抵抗石製の箱は魔法はもとより力でもこじ開けることは出来ず、イングリッドのクリトリスを確認することは出来なかった。アルドリッジは転写術を介して読心術を箱に組み込んでいるので蓋が閉じた状態でも中の人物と会話することが出来るが、魔法使いであるゲルルフには抵抗石に術を施すこと自体が出来ない。

 ヴィレメインは少年だけでなくシャンタルのためにイングリッドも探しているはずだが、ゲルルフには封印状態から助け出してやる義理もその気もなく、どういう手段でイングリッドほどの魔法使いが封印されるに至り、また脱出出来ずにいるのかを確認できれば十分だった。

 そしてそれはあっさりと分かった。

 そのためもう立ち去ってもよかったが、少年が機巧術士となれば話が変わってくる。

 機巧術を構成する2つの大きな要素の内、物質に情報を転写するする術は、封印術や読心術を扱うのと同じ要領で、機巧術自体も転写できることをゲルルフは知っていた。

 それにより機巧術を作り出したツワグ種は遺伝的には遙か昔に絶えてしまっているものの、術を介して術そのものと関連する情報が細々とではあるが現在まで持ち越されていた。

 それならば自分も機巧術を使えるようになるのではと、ゲルルフはかつて1度試してみたことがあった。

 その時は失敗し、機巧術の情報も機巧術士も失ってしまった。以来改めて試してみる機会はなかったが、数百年ぶりにまた機巧術士を発見することが出来た。

 今回は迂闊に試すことは出来ない。

 機巧術と術者は文字通り一心同体で、転写のために術を情報化した術者は、自身も情報となり消滅してしまうという事を、ゲルルフは知っていた。



「あいつ・・・くそぉ、ちゃっかり何か仕掛けてたのかよぉ」

 イングリッドを始め5人の女達が箱の中で弄ばれているのを見て来たダナは、一瞬動転した後すぐに自分も同じ状態で封印されたことを理解した。ただし何がどうなってどの時点で封印されたのかは分からなかった。アルドリッジが逃亡した自分にすぐに気づいて後ろからこっそりついて来ていたとも思えない。

 何度となく外側から女達のクリトリスをオモチャにしたりはしたが、外に出ているクリトリス以外の身体が中でどうなっているのかを聞いたことはなく、仰向けになった身体の正面にあるような気がする蓋を手と足を使って持ち上げてみようとしてしまう。

 しかし勿論その先に蓋などなく、頭では手足を動かす命令を出しているつもりだが、実際に手足が動いているような感覚もなかった。

「まずいな…イングリッドでも出られないんだからオレに出られるわけないし、鞄ごと全部盗んで逃げたから何をされるか…」

 既にダナには気になって仕方がないことがあった。封印されている側の身体には感覚が一切無く、唯一表面に出ているはずのクリトリスにだけしっかりと感覚があるが、その感覚はクリトリスに既に何かが触れている事により実感出来ている。

 ダナのクリトリスは鋭敏化も肥大化もされておらず自然なままだが、その小さいクリトリスをぴくぴくと動かしてみると、周囲をぐるりと何かに取り囲まれているのが分かる。

 どういう物なのかは正確な形は分からないが、それが封印された被害者、今回は自分自身のクリトリスを責める何かだと言うことはアルドリッジが他の女達に施している責めを知っているダナには察しが付いてしまう。

 アルドリッジに追いつかれ、発見されてしまうとまず間違い無くその得体の知れない責め具を動かされ、他の女達同様酷い目に遭わされてしまうことはわかりきっていたが、かといって見つけて貰えなければ外に出る術もない。


 息を切らしながらアルドリッジは3日前に野営するつもりで馬を駐めた林に駆けつけた。念のため鐙に罠式封印術を仕掛けておいたため、少なくとも馬を使って逃げられることはないと、自分ではそれほど慌てているつもりもなかったが、昼間にも関わらずフードで髪を隠さないまま街中を横断してしまう程度には焦っていた。

 ダナの事は信用しきっていなかったとはいえ、いざ実際に逃げられてしまうとアルドリッジは多少なりとも傷ついていた。

 馬の姿が遠目から見えなかったため罠が発動せずに逃げられてしまったのではと背筋が凍ったが、本来馬が繋がれていた場所にはしっかりとダナが着ていた服と盗まれた鞄が落ちており、服の中に自分が頭で設計し金属の鐙に組み込んでおいた8角形の箱がくるまれていた。

 見える範囲に馬はおらず逃げてしまっているようだったが、扱えるダナが封印されてしまっているので探そうとは思わなかった。

 アルドリッジは耳に受心器を掛け、箱を拾い上げる。罠式封印術は不特定の馬泥棒の為に仕掛けたのではなく、最初からダナの裏切りを警戒し、市民院の周囲に監視術を施して貰うため二手に分かれている際に仕掛けておいた。封印術は女性に対してしか効力を発揮せず、イングリッドに改良を頼んでもいないのでもしも男の馬泥棒が現れていたら容易く馬を盗まれていた。

「聞こえる?ダナ?」

 蓋をしたままアルドリッジはダナに声を掛けた。なんの気配もなく突然声が聞こえてきたため、ダナのクリトリスは驚いてぴくりと反応する。

「う・・・あ、アル…分かってるよ、悪かったって。悪かったから許してくれよ」

 アルドリッジの声が聞こえ、ダナは少なくとも見つからないまま長い時間を過ごすかも知れないという心配からは解放された。しかし自分がそうしてきた様に、封印された人間がどれほど無防備で無抵抗かを良く分かっているため、すぐに別の心配に苛まれ、何とか解放して貰えないか説得を試みる。

「逃げるのはともかく、荷物まで盗んでいくことは無いんじゃない?」

「う・・・だ、だから悪かったって。・・・でもお前がバカみたいなことを言い出すからしょうがないだろ」

「まぁたしかに…その点に関しては、逃げ出してくれたおかげでちょっと落ち着いたけど」

「だ、だろ?…大家令とか言うお偉いさんに復讐なんて出来るわけないだろ?」

「・・・するしないはともかく、怒りにまかせて今すぐ無茶する気はなくなったよ、おかげさまで。だからといって…」

「わ、分かってるよ。で、でも別に本気で荷物を盗んで逃げる気じゃなかったんだぜ?…しばらくしてお前が落ち着いたら戻ってこようと…」

「ふ~ん?そういうことならあんまりきついお仕置きはしないであげた方がいいかなぁ?」

「う・・・と、というかさ、しなくていいんじゃないか?そんなの。ホントに悪気はなかったし…」

「くふっ♫よくいうよ嘘ばっかり」

 アルドリッジは左右に開く仕組みの箱の蓋を開ける。音は聞こえなかったが、明らかにクリトリスの周囲の温度が変わったため、ダナも蓋が開いたことに気づく。

「ま、待てって、ホントに悪かったから…。な、なんかもう既に周りにあるよな?ちょっと当たるから気になってるんだよ」

 ダナとしては何とかアルドリッジに許しを請い、すぐには出して貰えないまでもお仕置きだけは回避したい。それも叶わないならせめて何をされるのか事前に知っておきたかった。

「罠が発動するとしたらどうせダナだろうと思って予めお仕置き用の仕掛けを組み込んでおいたからね。形になってるところは初めて見たけど、問題無く動きそう」

 ダナのクリトリスは左右に開く部分と上に移動する部分からなる蓋を持った箱に封印されており、仕置き用の仕掛け腕は土台ではなく上側の蓋に取り付けられていた。アルドリッジは左右しか広げていないため、ダナのクリトリスは16本の小さな金属の腕に、全方位を取り囲まれている。

「ど、どうしても動かすのか?そ、それどうなっちゃうヤツ?オレどんなお仕置きされるんだ?」

 既に何かが用意されている以上、何種類か有る責めの中でも一番きつそうなビラチーナを使われてしまうことはなさそうだが、もしもイングリッドと同じような拷問をされるくらいなら、自らビラチーナをねだろうと考えた。

「い、痛いのだけはホントに・・・な、なぁ許してくれよぉ、アルぅ」

「何を心配してるのか知らないけど、別にそんなきついお仕置きをするつもりはないよ?準備した時には鞄を盗まれるとは思ってなかったたから。黙って逃げ出すか、イングリッドの箱だけ盗むくらいだろうって」

「え、そ、そうなのか?じゃ、じゃあこれで良い!・・・ど、どうしてもするならだけど…」

「ふふっ♫自分からお仕置きされる気になったの?」

「う・・・うぅ~~~っ!!わかったよ!していいよ!どうせこうなっちゃったら逃げられないんだし!」

 アルドリッジの目の前で小さなダナのクリトリスがぴくんと跳ねる。これから辛い目に遭う愛らしい芽を撫でてやりたくなったが、クリトリスを取り囲んだ仕掛けは指を通す隙間もない。

「覚悟できた?ま、色々手伝ってくれたことには感謝してるから、薬は使わずにそのままのクリトリスにお仕置きしてあげるよ。じゃあ動か…」

「ま、まってまって!ど、どのくらい?あんまり長いのは…やだ」

「う~ん…それは…どうしようかな。とりあえず父さんの骨は見つけられそうにないからここに居ても仕方がないけど、責任者を許す気もないからムラドハナを出るのもなぁ…でも手配されてるからうろうろもできないし…」

 工房で目を覚ましダナが鞄ごと消えていることに気づくまでアルドリッジは成否に関わらず大家令とやらを何処かで待ち伏せし、何とか一矢報いようと考えていたため長期的な予定は白紙だった。

「・・・何処かは今すぐには決められないけど、いったん他の町か村に移動するしかないかな・・・そこに着いたら許してあげるよ」

「…ホントか?絶対だぞ?」

「まったく、他のクリトリスのことは好きにしてたくせに、自分がされるとなると臆病だなぁ。もう動かすからね」

「うぅ~~~っ!!くそぉぉ~~~っ!」

 アルドリッジが箱に絶抵抗無限機関術を使うと、覚悟を決めてキュッと締まったダナのクリトリスに向かって、蓋の上部から伸びる16本の機械腕が更に近づき始めた。

「・・・はっ!?」

 腕の先端達がクリトリスの根元の全周囲に触れた。ダナの予想に反して触れた先端は金属ではなく、何か弾力のある柔らかい物だった。

 その柔らかい先端がゆっくりと先端に向かって移動を始めた。が、根元にもまだ感触が残っているため、ダナは2つ重なった輪のような物をクリトリスに嵌められ、その一方が先端に向かっている様を思い浮かべた。

 実際は16本の内、裏筋から数えて奇数の腕が根元に残り、偶数の腕がだけ先端に向かっていた。

 アルドリッジもその様子を見ている。思い描いた仕掛けが正しく機能しなかったことはこれまでないが、実際に見てみないことには成功しているかどうか分からない。機巧術を使えばどんな出鱈目な機構でも正しく駆動するわけではなく、複雑な仕掛けを動かすには正しい設計図を頭に描ける能力も必要だった。

「も、もう始まってるか?もうオレお仕置きされてる?」

 クリトリスの表面を何かが動いている感触はしっかり感じているが、ムズムズする程度で全く辛くなかった。

「ふふふっ♫緊張してるねぇ、ダナ。クリトリスがぷるぷるしてる。もう少ししたらちゃんと動き出すはずだよ」

 既に肛門を見られている上に何をされるのかという心配が圧倒的に勝っていたため気にならなかったが、改めてクリトリスの様子を伝えられると急に恥ずかしさが込み上げてきた。

「う、うるさいなぁ!何されるか分からないんだから緊張くらんひゃぁっ!?」

 偶数と奇数で分かれた8本ずつの腕が入れ替わりながら上下に動き始めたことは既に気づいており、このくらいの責めで済んでくれればと思っていたダナだったが、触れていた先端が上下運動とは別に細かく動き始めた。

「なっっっ、なんだこひゃっっ!なにがどうなはははははははっっ!くすぐったぁぁぁあひひひぃぃぃっ!!」

 ただでさえ小さいクリトリスを取り囲んでいる16本の機械腕自体もそもそもが小さく、その先端にある機械指の存在は感度を上げられていないダナのクリトリスでは気づきようがなかった。

 腕の先には2本の指が生えており、それが素早く動きながらクリトリスの表面をくすぐりはじめていた。ダナが柔らかいと感じたのはこの指の先端の僅かな部分で、高速で動いてもクリトリスを傷つけないように柔らかく丈夫なシリカナを使用していた。

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「あひひひひっっっ!こっ、これかぁぁぁぁ~~~っ!!これやだぁぁぁっっっ!!」

 17年間自慰くらいにしか使っていなかった新品同様のクリトリスは、16本の先端に2本ずつ備わっている、計32本の極小の指から与えられる細かく素早い動きを快感と認識出来るほど開発されておらず、くすぐったさしか感じない。

 そのくすぐったさがどういう形状の物のどういう動きで与えられているのかもよく分からないため、ダナは無数の小さく元気な虫がクリトリスの上を縦横無尽に這い回っているように感じていた。

「きひひひひぃぃぃっ!!や、やめっ、これムリっっ!おっ、オレこしょ…ばゆっの、よわいぃぃぃっひひひひぃっ!」

 アルドリッジの言うとおり他の5人への責めに比べればダナのクリトリスが感じている辛さはそれほどでもないが、他の責めを体験したことがないダナにとっては関係なく、くねくねと腰を揺らしてクリトリスをくすぐる想像上のの虫たちから逃れようとする。

 封印される際、着ていた物は全てその場に残されるが、体内に入っている物はそのまま封印されてしまうらしく、腸内に隠している筒はダナがくすぐったさから逃れようと下腹部に力を込める度にひょこひょこと肛門から顔を覗かせる。

 老魔法士が開発した封印法は未知の空間に対象者を送り込む封印ではなく、対象者の体積分の空間を圧縮する方式であるため、肛門から飛び出した筒は完全に外に出てしまうことはなく、ある程度出てくると空間自体の圧力で腸の中に押し戻される。

「クリトリスくすぐったい?ダナ」

「くぅぅぅしゅぐったいっひひひぃぃぃ~っ!!やっぱもうゆるしてぇっへへへへぇぇぇ~~~っっ!!」

「くすぐったいだけなんだから他よりましな方だって分かるでしょ?俺の持ち物全部盗もうとしたのにこのくらいのお仕置きで許してあげてるんだから素直に反省してよ」

 アルドリッジはダナの様子を確認し終えるとそっと両側に開いていた蓋を閉じた。

 ダナのクリトリスは結果的にくすぐったさを感じているわけではなく、既に5人の女達に様々な種類の責めを与えているアルドリッジは、次はこそばゆさを与えてみようと考えて鐙に罠を仕掛けたので、ダナがしっかりとくすぐったがっているのなら成功だった。

 更に老魔法士の封印法の副次的効果として被封印者の状態は変化することがないため、この先どれだけくすぐり続けられても慣れることがない。

「とめてぇぇっっへへへへぇぇぇっ!も、もう反省してるふふふふぅぅぅ~~~っ!もれるぅぅぅっふふふふぅぅぅ~~~っ!!」

 受心器は耳に掛けたままなのでダナの哀願は聞こえるが、蓋を閉じたのでもうダナには外の音は聞こえない。

 アルドリッジは服の脇に落ちたままの鞄を拾い上て肩に掛け、他の女達と同じようにダナもその中にしまった。

 何はともあれ鞄を盗まれた上での逃亡は防げたため、アルドリッジは胸をなで下ろした。そんなことは起こらないだろうと頭から閉め出していたが、もしもダナが馬を使わずに逃げていたり、ダナの前に女の馬泥棒が罠に掛かっていたりすれば、そのまま逃げられてしまっていた。

 気が削がれたため多少怒りは収まったものの、ダナに告げたとおり報復を断念する気はなないためすぐにマジャリから出るわけにはいかない。

 林から出てとぼとぼと歩きながら、アルドリッジはどこに身を隠して機会を伺うべきか考え始めた。

「くひひひひっ!ちょ、ちょっとまてっアルっ!ふひひひぃぃフタとじてるなぁっっははははっ、い、いぃぃきそぉなんだよぉぉぉ!!イったらまずいぃぃっひひひひぃぃぃつ!」

 細かく強い刺激はダナのクリトリスにほとんど快感として認識されていないが、それでも積み重なるとやがて絶頂に達せられてしまう。

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「びっ、びんかんになるからぁぁぁおれぇぇぇっっへへへへへっ!イったらぁぁぁぁっ!!くひひひぃっイクぅぅぅ~~~っ!!」

 大して開発されていないダナのクリトリスは絶頂で充血し、薬の力を借りることなく敏感になってしまった。

 しかしその表面を這い続ける小さな指はより一層びくびくと跳ね回り始めたクリトリスに逃げる余地を与えず、絶頂前と何ら変わらずくすぐり続ける。

「きゃあぁぁぁっはははははぁぁぁっっっ!!!きぃぃぃ~~とっ、とめてぇぇぇぇっ!!きいてるだろぉアルぅぅぅ!!しぬぅぅぅっふふふぅぅぅっ!!ほんとにわるかったからゆるしてぇぇぇぇっへへへへへぇぇぇっ!!」

 確かにアルドリッジは笑いながらの哀願を聞いていたが、当分止める気はなかった。他の女達、特にヘザーやミルドレッドはアルドリッジには何ら害を及ぼしていないのにも関わらずくすぐりよりも遙かに辛い責めを受け続けているので、全財産を持って逃げようとしたダナをそう簡単に許してやるわけにはいかなかった。

 アルドリッジは考え事に集中するため耳から受心器も外し、鞄に仕舞った。

 サンプラティでダナに手配書が張られていると告げられてから現在まで、アルドリッジには追われているという実感がなかった。

 情報としては理解しているので素性を明かさなければならない場面では気をつけなければならないと分かってはいるものの、本当に罪を犯したわけではなく作られた罪状で手配されているため、自分が犯罪者だという自覚などあるはずもなかった。

 そのため今後どうするか落落ち着いて考えるため、平然と工房に戻ろうとしてしまった。

 そのため前から歩いて来る兵士達が、自分を追って来ているとという警戒が頭をよぎることもなかった。

 ダナと一緒の時はダナが警戒してくれたが、1人になると途端にフードを被ることすら怠ってしまっていた。

 ダナの笑い声を聞きながら市内に向かって歩いていた時には5人居た兵士が、受心器をしまいふと気づくと3人になり、しかも向きを変えて市内に戻ろうとしていることを漸くアルドリッジは気づいた。



 少年が自分達を気にすることなく近づいてくるため、ロイクは自分の勘違いだったのではと不安になってきた。

 元々まさかという思いがあったため正式に上司に報告して大事にすることは避け、同じ班の4名にだけ少年を見かけたことを告げて共に追いかけてきた。

 ロイク以上に仲間は半信半疑だった。手配された数日後にのこのこ首都にやって来た少年を見つけられるというのは運が良すぎる、或いは悪すぎる。

 しかしロイクが見かけたのが本物の抵抗石盗難犯ならかなりの手柄になる為、市内の巡回を中断して同行した。

 少年が向かった西の街道を小走りで進んでいると先ほど見かけた少年が林の方から現れ、自分達とは逆に市内へ向かって戻ってくる。その事もロイクを不安にさせた。市民全員の顔と名前を覚えているわけではないが、さっきの少年は間違い無くこれまで首都で一度も見かけたことはない。手配書には名前と外見の特徴が文字で記載されているのみで似顔絵はなく、はっきりと確証がある訳ではない。

「あの子供か?確かに年格好は合ってるな」

「にしては堂々と歩いてるな。髪も隠してない」

「見覚えあるか?オレはないんだけど」

「・・・ないな」

「オレもない。市民ではないな。ただの観光客の子供かも知れないから、身分証の確認だけでいいんじゃないか?」

 少年の姿を確認できたため、一行は小走りを止め歩き始めた。

「・・・一応お前達2人は後ろに回ってくれないか?念のため、もしかしたら、な?」

 ロイクに頼まれた2人は東西に奔る街道の南北に別れて逸れ、、そのまま歩き続ける。逆に残りの3人は少年に背を向け、来た道を引き返し始めた。


 ウッラを解放してバパナの集落で匿って貰おうかとアルドリッジは考えていた。1ヶ月以上痒みで責め続けているが、ウッラなら謝れば許してくれそうな気がする。

 パトリスなら大家令の行動範囲や警備状況も知っているはずなので、イングリッドに協力させれば1人でも狙うことが出来ような気はする。

 ふと我に返ると、先ほど目に入った兵士達の背中が見えた。正確な人数を覚えていないほど気に留めていなかったが、少し減っている気がする。

 何気なく周囲を見回すと離れてはいるものの道の南を歩いている、今まさに自分とすれ違おうとしている兵士と目が合った、気がした。その兵士がふっと顔を逸らす。

 その時になって漸く、アルドリッジの背中に冷たい物が流れた。

 今度はゆっくりと道の北側を見てみる。そこにももう1人兵士がいた。急に足を止めるわけにもいかずそのまま歩き続けたため、自分を南北に挟んでいる兵士2人は背後に回ってしまった。

 1つの違和感に気づくともう一つの違和感にも気づいた。

 同じ方向に向かって歩いている3人の兵士の背中がいつの間にか大きくなっている。

 という事は考え事をしながらとぼとぼと歩いていた自分よりも遅い速度で屈強な兵士達が歩いていることになる。

 アルドリッジこれ以上近づいてしまわないように3人に合わせて歩みを遅くした。

 考え過ぎならそれで良し。もし過ぎていないのなら相手が行動を起こす前に逃げ出さなければならない。

 進むことが出来るのは4方向だが、選べるのは3方向しかない。

 前を行く3人と同じ方向に進み続けるのは論外、北か南か西をすぐに選ばなければならない。

 アルドリッジは北を選んだ。街道の北を歩いていた兵士が鈍く見えたわけではなく、彼らが本当に自分を追ってきているなら隠れたり巻けたりしやすい木立の中に逃げ込んだ方がいいと考えた。位置が逆なら迷うことなく市内に逃げ込んだが、危険性を感じた今3人を追い抜くのは無謀すぎる。

 ロイク同様アルドリッジにも確信がある訳ではなく、急に嫌な予感に襲われたに過ぎない。そのためももしただの杞憂だった場合兵士達に無用な不信感を与えないため、そのままの速度で街道を北に逸れ、ゆっくりと反転していく。

 元来た方向に向き直ると、離れてすれ違った2人の騎士も既に振り返り、街道に向かって戻り始めていた。

 アルドリッジはとうとう彼らが自分を追ってきていることを確信し、一気に走り始めた。


 おい、という仲間の怒声が聞こえる前に、ロイクは砂利を蹴る音で振り返った。

 徐々に少年を自分達に追いつかせ、別れた2人に背後を取らせた上で声を掛ける気だったが、その前に気づかれたらしい。

 ただしロイクは慌てておらず、むしろその事を喜んだ。逃げ出すと言うことは少年に後ろめたい点があることはほぼ間違い無い。

 ロイクが駆け出すと、背後に回り込むために別れた2人も含め、5人の兵士が一斉に少年を追いかけ始めた。

 少年は北の林に向かって走っていた。ロイクは自分でもそうするだろうなと考える。

 自分達が前にいる以上市内には戻れず、西や南に向かっても隠れる場所がない。

 ロイク達衛兵は騎士とは違い身体的には特別に秀でいない。それでも定期的な訓練によって運動能力は並の人間よりは優れている。同様に騎士と違って鎧は支給されず、帯刀しかしていないため走りを妨げるものも無い。


 ちらりと後ろを振り返る。

 走り出した瞬間道の北にいた兵士が一瞬驚いて身体を硬直させた後、自分に向かって何か叫びながら走り始めたのは視界の端で捕らえていた。そしてやはり他4人も自分を追い始めている。

 アルドリッジは走って5人の兵士を振り切れるとは思っていなかった。

 約半年、ウポレからバーマを経由しムラドハナまでほぼ徒歩で旅をしては来たものの、元々体力に自信がある方ではない。

 それでも逃げ切るには先手を取るしかなく、何とか遮蔽物の多い林まで捕まることなくたどり着けば対処の仕様はあると必死に足を動かし続けた。

 止まるようにと命じる怒鳴り声が近づいてくるが、2度は振り返らなかった。

 既にアルドリッジは窮地を脱するには機巧術を使うしかないと考えていた。

 偶然にも封印術と出会ったため自分よりも屈強な女戦士達や、本来なら手も足も出ない魔法使い達を手玉に取ることが出来ているが、本来機巧術は戦闘には全く向かない。封印術を使おうにも残念ながら兵士は全員男だった。

 走りながら兵士のいでたちを思い出す。

 機巧術を使って兵士から逃れるには聖女騎士2人と同じように拘束するしかないとアルドリッジは考えた。

 しかし、聖女騎士は元々鎧を纏っていたので苦もなく拘束できたが、兵士達が身に帯びている金属は剣くらいしかなかった。

 機巧術は金属でなくとも布でも木材でも形状を変えられる。しかし兵士の服を変化させたところで長く拘束は出来ず、林に大量にある生きた木は変化させられない。

 一瞬服をただの布に変えれば裸になった兵士達は林から出てこられない上に消費も抑えられるのではという考えが頭をよぎったが、すぐに捨てた。機巧術では瞬間的に物質の形状を変化させられるわけではないので、1人を裸にしている間に他の兵士達に取り押さえられてしまう。確実に逃げ切るために力の出し惜しみをしている場合でも無い。

 やがてアルドリッジは追いつかれる前に林に戻って来た。

 ただ馬を隠していただけなので林の中がどうなっているのかは知らないが、とにかく奥に進んでいく。

 まだ呼び止めようとする兵士の怒声が聞こえる。特に北側に逸れていた1人は最もアルドリッジに近かったため、彼も林にまでたどり着いている。パキパキと小枝が折れ続ける音が足下からのみでなく、背後からも聞こえていた。


 林に逃げ込まれる前に少年に追いつくことは出来なかったが、ロイクは未だ特に慌ててはいなかった。

 仲間が1人先行している上に、ムラドハナ北の名も無き林は北東に長く延びていはいるが奥行きはさほどなく、最深部までたどり着いたとしてもそこはクハンジャカ山の裾野が塞いでいるため、通り抜けることは出来ない。

 今まさにそうであるように、逃げられて時に1人では不安だったため仲間に声を掛けたが、ロイクは出来ることなら自分自身で少年を捕らえたかった。ただの盗難犯ならたかが知れているが、国石の盗難犯ともなればかなりの手形になる。少年がまだ所持しているかどうか知らないが、もしも抵抗石を取り戻すことまで出来れば間違い無く昇進することが出来るはずだと皮算用していた。

 王宮内は騎士の管轄だが、城門の警備は治安院の管轄であるため、毎日市内をぷらぷらと見回る現在の任務よりも、遙かに聖女に近い場所で仕事が出来る。

 林に入る前にロイク達3人は距離を取った。四散して探すわけではないが、一塊になったままでいる意味は無い。

 少年が隠れて息を潜めているなら自分達も音を立てずに忍びながら探した方がいいが、少年は隠れるよりも距離を置きたいだろうと考え、声を出しお互いの位置関係を把握しながら追い詰めていく。

 街道から林に至るまでのような全力疾走こそしてはいないが、素早く周囲を確認しながら奥へと向かって進んで行く。昼間でも薄暗くなるほど木々は鬱そうとはしておらず、離れて進む仲間達の姿もはっきりと見える。少年が幹に隠れながら進んでとしても、暗がりを味方にすることは難しい。

 ロイクは林の中の小川沿いを進んでいた。

 クハンジャカ山から三角湖へと流れ込む川のおこぼれのような小さな支流だが、奥へと迷わず進む為の道代わりには十分になる。

 やがてその小川の先から声が聞こえてきた。が、あまり喜ばしい声ではない。少年を捕まえたという報告でもなければお互いの位置を確認する声でもなく、呻きながら叫んでいるようなくぐもった声だった。

「!?・・・お、お前、どうしたんだこれは???」

 ロイクは小川の先の岩に埋め込まれた仲間を見つけた。自分達より数分早く林に入った男の右手首が完全に岩の中に、右足首が岩が手を伸ばして掴んだかのように固定されていた。更に顔も岩肌に引き付けられ、口を塞ぎながら半分埋まっている。

 岩がそのような形状になるわけがないという固定観念のせいで、ロイクにはそれが大きな粘土に見えた。利き腕を封じられたためかその間もなかったのか、剣は鞘から抜かれていない。

「ふごぉ!ふごふごぉ!」

 仲間は助けを求めていると言うより、目を動かして少年が逃げた方向を示しているようだった。ロイクには知る由もないが、封じられている部分は特に痛むわけでも一体化しているわけでもないため、岩を崩しさえすれば怪我すらなく解放される。ただしノミと槌が必須になる為、現時点では目の前の仲間は戦力ではなくなってしまっている。

 取り込まれた兵士は怒っているのか早く追うよう伝えたがっているようだったが、目の前の有様を見てしまってはそういうわけにはいかなかった。

 ロイクは離れていた2人を呼び寄せ、更に遅れていた1人が追いつくのも待った。3人ともロイク同様仲間の惨状に驚いている。

 手配書にはなんの記載もなく、ロイク達は少年が魔法使いであることをこの時始めて知った。実際は魔法ではないが、機巧術など存在することすら誰も知らない。

 魔法使いであると言う情報はなかったが、逮捕に際しては必ず生きたまま捕らえるようにとの条目はあった。更に生きたまま捕らえられないようなら手を出すなといった意味の異例の追記までが加えられていた。

 そのためどんな犯罪者であっても元々子供に対して剣など使う気が無かったロイク達は一層逮捕の際に間違いが起こらないよう気を使っていたが、少年が人を、しかもある程度鍛えているという自負もある自分達衛兵を岩の中に封じられてしまうほどの魔法使いなら話が変わってくる。

 動ける4人は鞘から剣を抜き、岩の中の仲間が目で示す方向に走り始めた。

 少年を傷つける気は未だにないが、何の準備もしないまま迂闊に近寄ることが出来ないことは分かった


 走りながらアルドリッジは目眩を覚えていた。

 上手く5分の1を追跡不能には出来たが、選んだ方法が良くなかった。

 周りにいくらでも生えている木が使えれば簡単に5人を拘束することもできたが、細胞が生きている木は物質ではないため加工出来ず、逃げながら代わりになるものを見つける必要があった。

 小川沿いに大きな岩を見つけた時には幸運だと思い、自分を追い詰めたと思っている相手を難無く拘束することが出来た。

 しかし直後に激しい立ちくらみに襲われた。

 アルドリッジはこれまで、自分の力の名称を知る以前から何度となく様々な素材に対して機巧術を使ってきたが、全て手の平に収まる程度の大きさで、最も大きかったものでさえ聖女騎士2人が纏っていた鎧ぐらいのものだった。

 そのため力加減が分からず、追っ手を封じるために大きな岩全体に力を加えてしまった。慣れた機巧術者なら岩の中から顔と手足を封じるに足りる部分だけに力を加えて消費を節約することが出来たが、アルドリッジは岩全体に加工力を送り込んだ上で3カ所を変化させてしまった。

 直後に酷い目眩に襲われたためすぐに自分が失敗してしまったことには気づいたが今更どうにもならず、回復するまでその場で休んでいるわけにもいかないため、地面に付いたヒザを無理矢理立たせて歩き去った。

 加工機巧術での消費は質量に比例するため、ダナのクリトリスをくすぐっている精緻な仕掛けの作成よりも、岩で人間を捕らえるだけの単純な加工の方が圧倒的に消耗してしまう。

 敵1人分とでは釣り合わないほど消費してしまい、アルドリッジは急遽立てた計画を急遽変更せざるをえなくなった。

 木立に紛れながら1人1人処理していこうと考えていたが、残り4人をまとめて拘束するしかない。

 バパナの集落で機巧術に関する知識を得たアルドリッジは急激な消費が命取りになることを知ってはいたが、それは捕まったとしても同じだった。

 ふらふらと彷徨いながら、使えそうな岩や倒木がないか探す。

 それほど離れていない場所から男達の大声が聞こえる。一応口も塞いだつもりだったが、見つかってしまったらしい。そうなれば残りの4人は警戒してしまい、一人目のように油断を利用して拘束することは難しいかも知れない。

 アルドリッジは頭の中で次に行う方法を考えながら進む。

 出来れば倒木を見つけたかった。4人まとめてとなるとどうしてもある程度の大きさの物体が必要になり、どの道また激しく消耗してしまうなら少しでも負担が減るよう、岩よりも密度が低い木の方が好ましかった。

 今アルドリッジ達がいる林はクハンジャカ山で大規模な土砂崩れが起こった際にムラドハナへの到達を防ぐ防砂林であるため、奥に進むと大きな岩は探すのに苦労しないほど所々に転がっていた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 走った疲れとはまるで違う、馴染みのある倦怠感にアルドリッジは苛まれていた。

 最早自分が歩いてしまっていることも自覚しており、倒木を探すのを諦め岩を使うしかなかった。

 使う事に決めた岩の影に倒れ込むように隠れる。

 息を整えながら、一人目と同じように予め岩に力を送り込んでおく。相手が近づいて来てから物質の変形を始めたのでは間に合わず、ましてや自分が何らかの術を使えることを知ってしまった後の4人を同時に相手で尚更下準備が必要だった。

 岩の背が少しずつ低くなっていく。

 アルドリッジは岩の底部を地面に沿って放射状に、ビラチーナの足のように伸ばしていった。

 油断していた一人目のように岩にぴったりと寄り添ってくれるとは思えないため、岩と接触する範囲を広げておく。

 罠式封印術のように相手が触れた瞬間自動的に発動せせることが出来れば良かったが、罠式はあくまでミルドレッドが作成した術を転写しているに過ぎないので、応用が利かない。

 岩が枯葉に隠れながら足を伸ばした後もアルドリッジは力を送り続ける。こうなったからには逆に早く見つけて貰った方がありがたい。

 肩で息をしながら岩に背を預け、追っ手が見つけやすいように脇から足を投げ出した。


「そこにいるのは分かってるぞ・・・アレクシス君」

 岩の影から見えている足に気づいた4人はそこを取り囲むように広がり、慎重に距離を詰めていった。

 アルドリッジが逃走以外の理由で疲弊していることを知らないため、逃げずに岩に隠れていること自体を怪しんでいる。

 恐らく捕まった仲間と同じように岩を魔法で変形させ動きを封じようとしているのだろうと、声に出さずに仲間と目で確認し合う。

 仲間の惨状から推測すると、全くそうは見えないが恐らく岩は柔らかくなっており、不用意に触れるとそこに沈んでしまいそのまま固められてしまうのだろうとロイク達は考えていた。

 そのため岩と少年を取り囲みながら近づいては行くが5,6歩ほど離れた地点からは決して近づかない。

「立って姿を見せるんだ。手配されてることは知ってるんだろ?大人しく捕まれば悪いようにはしない」

 一兵卒でしかないロイクにアルドリッジの処遇を決める権限などないが、自分達が近づくことなく少年を岩から離したいため適当な文言を並べる。

「はぁ…はぁ…悪いけど、立てないんだよね、疲れちゃって。捕まえたいなら起こしてくれる?」

「・・・君が魔法使いだと言うことはもう分かってる。我々を罠に嵌めようとしてるんだろ?諦めて出て来なさい」

「ああそう…近寄れないならそこでそうしててよ。俺は疲れが取れるまでゆっくり休んでるから」

 機巧術による疲れは僅かな休息では回復しないことは嫌と言うほど分かっているが、兵士達を挑発するためにアルドリッジも適当な文言を並べる。走って逃げることはもう出来そうにないため、4人のうち1人でもこの場を離れて応援を呼びにでも行かれてしまうと、もう対処の仕様がなくなる。

 アルドリッジはもう少し兵士達に近づいて貰いたかった。そうすれば全員が伸ばした岩の足の範囲に収まる。

 疲れて立てないから休んでいたいというのは本心だった。しかしアルドリッジは岩に背を預けたままずるずると立ち上がった。

 既に鞘から剣を抜いている兵士達が身構える。

 アルドリッジは身体を前方に傾け、逃げ出すそぶりを見せた。それに吊られるように、兵士達は一歩踏み出した。

 その瞬間アルドリッジは伸ばしておいた岩の足を一斉に変形させた。どの兵士がどの足に近いかなど把握できないため、全てを一斉に変形させる。これも無駄な消費だがやむを得ない。

「!!??」

 足に違和感を感じた兵士達が息をのむ。一人目のように手や口まで封じる必要はなく、この場からゆっくりと歩いて逃げても追えないように足を掴むだけで良かった。

 一人、二人、三人と、確実に岩の手が足首を掴んだのが分かった。岩の感触がアルドリッジに伝わるわけではないが、岩に足を掴まれるという状態を気味悪がった兵士達は一様に持っていた剣で伸びた岩を叩き始めている。そのまま続ければいずれ岩は割られてしまうかもしれないが、逃げる時間が稼げさえすればいい。

 しかし、四人目が飛び跳ねて後退するのをアルドリッジは見ていた。

 アルドリッジが逃げるそぶりを見せた時、ロイクだけはその場を動いていなかった。応援を呼んで確実に少年を捕らえるか、あくまで自分が捕らえて手柄をものにするかという考え事をしていたため、反応が遅れた。

 5分の4の動きを封じることが出来たため、本来ならアルドリッジの勝ちといって良かった。後は剣でも鞘でも場合によって衣類でも、相手が取り押さえようとしてきたら身につけているものを拘束具に変えてしまえば良い。

 しかしアルドリッジにはその力が残っていない。

 短時間に急速に大量の力を大きな質量の物資に送り込んだため、バパナの女達に助けられた時の様に気を失わないようにするのが精一杯だった。一人を捕まえ損ねてしまったからこそ辛うじて気を張っていられているが、4人同時の捕縛が成功していれば、その場で昏倒していたかも知れない。

 その上、自力で脱出したのか、逃した男の背後からもう1人の影が近づいて来ている。

 アルドリッジは一瞬諦め掛け、腰から力が抜けそうになった。

 が、兵士の背後にいたのは兵士ではなかった。人ですらない。

 視界もぼやけはじめていたので見間違えたが、それは馬だった。

 縄を外した後にダナが封印されたため自由になり、姿を消した馬がこちらへ向かって歩いてきていた。人の声に反応して寄ってきたのか、ただ好きな味の草を辿って偶然やって来たのか定かでは無い。

 自分では操れないためいなくなったことを気にも留めていなかったが、今現れてくれたことには感謝するしかなかった。

 いつ意識を失ってしまうか分からないため、アルドリッジには上手く行くかどうか先を読む余裕も時間もなかった。

 逃してしまった兵士の後ろから近づいてくる影が馬だと分かった瞬間、アルドリッジは残りの力を使って駆け出した。

 ロイクは少年が自分に向かってきたのだと思った。

 しかし最早歩みは定まっておらず、本人は走ってきた勢いで組み伏せるつもりなのかも知れないが、いなして側面に回り込み腕を背中で捻り上げるのは容易に思えた。。

 ロイクは身構えた。しかし少年の足は自分に向いておらず、視線も斜め後ろに向かっている。

 その視線を追って振り返ったロイクはそこに馬がいることに気づき、一瞬混乱した。少年が何処かからムラドハナまで馬でやって来ており、林の中に隠していたなら何も魔法を使って自分達の動きを封じるような真似をせず、さっさと乗って逃げれば良かったのではという考えが頭をよぎる。

 とぼとぼと歩いていた馬はアルドリッジに顔を向けた。

 しばらく行動を共にしていたその顔に見覚えがあったのか、それとも単に向いた方向に逃げようとしたのか、馬はアルドリッジに向かって駆け寄り始めた。

 ふらふら進む少年が馬に辿り着く前に捕まえるのは容易いと思いながら後を追っていたロイクは慌てた。

 残念がら馬はアルドリッジを覚えていて駆け寄っているわけではなさそうだった。接触直前になっても速度を落とす気配がない。

 アルドリッジに取ってはその方が良かった。

 一旦止まってしまうと改めて走り出すまでの間に間違い無く兵士に捕まってしまう。馬には駆けだしたままの速度で自分の脇を通り過ぎて貰いたかった。

 走りながらロイクには、ふらふらな少年が大きく立派な、しかも走ったままの馬に飛び乗れるようにはとても思えなかった。よく見ると鐙も片方しかない。

 馬は明らかにこの場から去ろうとしているようで、少年のことなど気にすることなく速度をあげていく。そのためロイクが少年に追いつく前に少年と馬との距離があっという間に縮まった。

 アルドリッジはさっと横に身を翻し、通り過ぎようとする馬の手綱を掴んだ。

 握っていられるのは長くても5秒ほどだと考えていた。

 その5秒を無駄にしないように、アルドリッジは馬に駆け寄りながら右手で機巧術を使う準備をし、頭でどう変化させるか考え終わっていた。

 掴んだ手を放さないアルドリッジはすぐに馬の勢いに身体を持って行かれた。どれほど疲れていても術を使い終える前に手綱を放すことは出来ない。

 鉄や岩より圧倒的に密度は低いが、軽いアルドリッジの身体を繋ぎ止めるには十分に丈夫な革がアルドリッジの手首に絡まり、繋ぎ目がなくなっていく。

 その革とは違い自分の体重を繋ぐ限界に達した指から力が抜けても形を変えた手綱は外れることなく、そのまま足を地面に引きずりながら馬と共にアルドリッジは走り去っていった。

 後は手首が擦り切れようが肘が伸びようが肩が外れようが問題ではなかった。追っ手から逃げ出すことには成功したのだから。

 ロイクはまだ諦めていなかった。

 死にものぐるいで疾走し、足を後ろに放り出して引きずられたまま目の前を通り過ぎようとする少年に向かって剣を振り上げながら飛びかかる。

 少年を傷つける事なかれというお達しはあったが、馬はそうではない。

 首を切るには僅かに間に合わなかったが、後ろ脚なら切りつけられる。

 ロイクは飛びかかりながら剣を振り下ろした。

 アルドリッジにも兵士が何をしようとしているのか分かった。せっかく現れた助けを傷つけさせるわけにはいかない。

 地面の凹凸でバタバタと跳ね上がり続けている、自分のものとは思えない足を振り下ろされる剣に向かって蹴り上げる。

 馬の脚は守られた。代わりにアルドリッジの脹ら脛が切られてしまった。しかし疲弊で痛みを感じる余裕もない。

 今度こそアルドリッジは追っ手を振り切り、窮地を脱することが出来た。

 思いもよらず差し出された少年の脚を切り落としてしまわないように無理矢理刃の軌道を変えたロイクは飛びかかった勢いのまま2度3度地面を転がった後、上体を起こした。

 馬は速度を落とすことなく林の中を走り去っていき、取り残されたロイクは仮に体力が万全でも追いつけなくなってしまった。




 少し休息を取っている間に少年がサンプラティ方面に移動を始めていることに気づいたゲルルフは、すぐに後を追い始めた。

 上手く行くとは全く思っていなかったが、今朝方の少年の怒りは子供じみていながらも本物だと感じたため、大家令に報復すべくしばらく首都での潜伏を続けるものだとゲルルフは考えていた。

 盗聴術を仕掛けていた少女の服は封印されると共に脱げ落ちていたため、改めて鞄の裏に仕掛けて直しておいた。

 やがて少年が現れ鞄を回収するのを見届けると、ゲルルフは市内で休息を取ることにした。

 そろそろ工房に戻っているかどうか確認すると、少年は工房に戻っているどころかムラドハナ自体におらず、サンプラティ方面に向かっていた。鞄に施しているのはただの監視術だが、聞こうとした瞬間から実際に音が聞こえるまでの誤差で対象との距離が、一旦魔力に変換されて送られてくる音声情報の方向から大まかな位置が、ゲルルフには分かる。

 少年の現在地は分かっても肝心の声は聞こえず、ガチャガチャと硬い物がぶつかり合う音だけが聞こえる。

 少年と如何に接触を図るかを考えながら、しばらく首都に滞在することになるだろうと考えていたゲルルフはすぐさま少年を追わざるを得なくなった。

 ゲルルフの魔法はムラドハナ、サンプラティ間程度の距離では効果が消えてしまうことはない。何かの用でサンプラティに向かいまた戻ってくることが分かっているなら放っておいても良かったが、どこに何をしに向かっているのか分からないため、あまり距離が離れるとゲルルフの魔法と言えど追跡できなくなる。

 急いで町外れまで移動し、懐から筒を取り出す。そしてその筒から更に馬を取り出す。

 ゲルルフを始めベシーナの魔法使い達に取って、封印術と言えばこちらを指す。生物用と無機物用という種類はあるが、クリトリスだけを表面に出して女性を箱に閉じ込める術をそこに含めている魔法使いなどいない。そもそもほとんど知られてすらいない。

 ベシーナ地方の外を移動する時以外使わない馬だが、今はやむを得ない。少年が徒歩で移動しているならゲルルフも徒歩で後を追っても良かったが、一時間ほどの休息中に少年が移動した距離を考えると明らかに馬、恐らく少女が乗ろうとしていた馬で移動していると考えられるため、ゲルルフも同等の速度で移動できる乗り物を使うほかない。

 魔法には、少なくともベシーナ地方の魔法には短距離、中距離を移動する魔法は存在しない。厳密には長距離移動魔法というものも存在していない。

 ごく一部の才能に恵まれた魔法使いが、大本となるスタニカビクリティという空間歪曲術を移動に転用しているに過ぎない。

 もし発動の開始から終了まで数分かかり、移動先の下準備と発動に大量の魔力を必要になる移動魔法を、走って10秒ほどの距離に使用したいという奇特な魔法使いがいれば、短距離移動も出来なくはない。

 シャンタルの口を所有しているゲルルフは魔力の消耗を気にする必要がないため、下準備さえしていればアルドリッジに追いつくために移動魔法を使用することも出来た。しかし少年の唐突な移動を予測していなかったため、鞄には盗聴術しか施していなかった。

 男の目の前に突然馬が現れる光景を目撃し驚く何人かを尻目にマントを翻しながら飛び乗ると、ゲルルフはサンプラティに向かって馬を走らせた。


 アルドリッジは自分がどこに向かっているのか分かっていなかった。そもそも意識がない。

 その代わりもう引きずられてもいない。少しずつ少しずつ手綱を縮めて身体を引き上げ、馬の身体と交差するように俯せに腹を鞍に乗せるとそこでとうとう力尽き、意識を失った。

 アルドリッジを乗せたままの馬は走りにくい林の中を嫌い、すぐに外に出た。そのままムラドハナの北側を回り込むように走り続ける。

 気を失っているアルドリッジが自分の行き先を知らないのと同様に、馬も自分がどこに向かっているのか分かっていなかった。

 縄を解かれ好きなだけ草を食んで水を飲み、体力も十分な状態で気の向くままに走り続けている。

 そのまま林とムラドハナの間を走り続けていると、やがて前方に川が見えた。

 左に曲がると林に戻ってしまうため、馬は必然的に右に曲がった。

 あとは心地よい川風を感じながら、自分の能力を確認するように川沿いを南へと疾走していった。


 元々聖女騎士2人が移動に使っていた馬車を引いていた白馬の脚は早かったが、ゲルルフの黒馬は更に早かった。

 一時間以上先行していた白馬との距離を確実に詰めていく。

 やがて人を乗せず失踪している白い馬を前方に捕らえた。

 あれがそうだろうとゲルルフは思ったが、荷物を積んでいるだけで乗り手の姿がない。

 まさか盗聴に気づき、鞄だけを馬に乗せて走らせたのではとさすがのゲルルフも焦り、目をこらす。

 馬が乗せているのは荷物ではなく、腹ばいの人間だった。黒馬が更に近づくにつれ赤毛が揺れているのも見えた。

 少年は明らかに気を失っている。

 移動を始めたのは少年の意志ではなく、何らかの不測の事態の結果だとゲルルフはすぐに気づいた。

 更に黒馬を飛ばし白馬の背後に付けると、ぴちょりと何かがゲルルフの頬に跳ねた。

 拭った指に血が付いていた。。

 少年は右足から出血していた。血は止まっていないが、意識を失うほどの怪我とも思えない。

 ある程度機巧術に関する知識のあるゲルルフは、少年が術を使用した事による消耗で気を失っているのではと推測した。不測の事態、恐らくは衛兵に発見され、そこから脱出するために使用したのではとも考えたが、消耗するに至った原因はどうでも良かった。


 現在残っている機巧術士はその起源であるツワグ族との直接的な繋がりはない。

 ツワグが絶えた原因やその時期を知る者は最早ただ1人として存在しておらず、曖昧な神話で推測するしかない。

 ツワグは自分達の遺伝情報の代わりに、その技術を後世に残した。

 機巧術によって機巧術を他者に受け渡すのは、ただの人間を魔法使いに変えることに等しい。

 魔法使いの遺伝子を持たない人間を魔法使いに変えることは魔法では不可能だが、機巧術はそれを可能にした。

 それがどんな形で残されたのかも不明だが、絶滅から数百、或いは数千年後、何処かに隠されていた”機巧術という物質”に何者かが触れ、現在にまで続く機巧術士の祖となったと思われる。

 1+1=1という図式であるため、機巧術士が増えることは決してなく、その存在を確信していたとしても探そうと思って探せる数ではない。

 ゲルルフが数百年前機巧術士に出会えたのも偶然だった。

 まだイングリッドの誕生以前でもあり、当時の時点でゲルルフは第一級の魔法使いだった。それでも今と変わらず名を売る気はなく、知識の探求という魔法使いとしての理念に忠実に、既に各地を放浪していた。

 機巧術士の女に話を聞くだけでも十分ゲルフフの知的好奇心は満たされた。

 しかし話を聞き、機巧術が遺伝ではなく、術そのものによって他者に継承されることを知ると、是が非でもその力を自分のものにしたくなった。

 ゲルルフは知識の探求という崇高な理念に従い、女を監禁し拷問してみた。

 機巧術の物質化は術士の意志がなくては行えない。拷問の前に洗脳術も試してみたが、魔法と機巧術では系統が違う為か上手く行かなかった。

 機巧術を物質化するのは自分自身を物質化すると言うことで、言わば自殺に等しい。

 老いた術士にとっては人格は残らないものの自身の命を次の人間へ直接繋げる希望になるため自主的に行う気になるかも知れないが、若い女が自身をを物質化機巧術に変換することは当分なさそうだった。

 そこでゲルルフは捕らえた女が死にたくなるような責めを加えてみた。

 しかし、女はゲルルフを恨みながらただ死んだ。術を残すことなく。

 ゲルルフは自身の失敗を悔やみはしたが、他に学ぶべき知識は世界にいくらでもあるため他の機巧術士を積極的に探そうとはしなかった。

 ただし、また偶然で会うことがあれば、今度は別の方法を取ろうとだけ心に刻んだ。


 この少年は機巧術を物質化させる方法を知っているだろうかと、白馬に追走しながらゲルルフは考えた。

 機巧術は学ぶようなもではなく転写されるものなので、術を使えている以上関連する知識も有しているはずではある。しかし少年の現状を見る限り、人間用の術ではない機巧術の乱用はそのまま死に繋がるという事を知っているようにも見えない。

 もし少年が物質化の方法を知っているのなら、このままただ付いて行くというのも1つの手だった。少年の消耗がどの程度なのかは力の源が魔力ではなく、関知出来る神聖力ともかけ離れているためゲルルフにも分からなかったが、致命的な消耗であれば死を悟った少年が自らの意志で自らを物質化しようとするかも知れない。そうなってくれれば労せずこの日の内にも物質化機巧術を手に入れることが出来る。

 もし致命的にも関わらず少年が物質化の方法を知らないようなら、今度はかつての女機巧術士とは逆に少年を生かす必要がある。

 致命的でないなら、ゲルルフが死に向かわせることも出来る。

 いずれにせよ意識がないまま死なれては元も子もないため、1度少年が機巧術を物質化できるかどうか確認する必要があった。


 白馬はまたも選択を迫られていた。そしていつの間にか追いついてきた見知らぬ黒い馬にも抜かれたくないと思っていた。

 白馬はアルドリッジを乗せたままサンプラティに戻って来た。行きは街道を走ったが、帰りは気の向くままに川沿いを走ってきたため町の入り口ではなく、町と三角湖との間に至りつつあった。

 右に曲がればサンプラティへ向かい左に曲がれば橋を使って川を渡ることになる。

 白馬は迷うことなく右に向かうことを良しとしなかった。大きく角張った人間達の巣が密集した視界の悪い場所を好き好んで走りたいとは思わない。

 そんな白馬の気持ちなどゲルルフが考慮するはずもなく、手綱を掴んで強制的に停止させるために黒馬を白馬に並ばせようとした。

 が、そうはならなかった。

 ゲルルフが白馬を考慮しなくても、白馬は黒馬を気にしていた。

 後方から追いつかれただけでも誇りを傷つけられているのに、この上横にまで並ばせるのは自尊心が許さなかった。

 もうじき左に、しかも右に比べて急激に曲がらなければならないにも関わらず、白馬は更に速度を上げた。

 少年に絡まり短くなっている手綱を掴み損ね、その上馬は何を思ってか分岐の直前でも速度を落とさない。

 ゲルルフは舌打ちをし、仕方なく馬ごと少年を持ち上げて回収するべく、もう一度白馬の後ろに付けた。

 すると白馬も速度を落とし、重心を左に傾け始めた。

 漸くゲルルフは他の馬に抜かれたくないという白馬の意地を察した。そういうことなら魔法を使わずとも停止させるのは橋を渡り追えてからでも良い。

 ゲルルフは更に2頭身ほど後ろに下がった。

 白馬は重心を傾けたまま更に川に寄っていく。


 やあアルドリッジ君。

 ・・・え~と、誰だっけ?

 君とは初めて会うよ。自分がどうなってるか分かるか?

 どうなってるって…あれ?工房?いつの間に帰ってきたかな…。

 足の怪我は痛まないか?

 怪我?怪我なんてしてないけど?

 本当に?その血は?

 ・・・あれ?さっきまでは…はぁ…はぁ…はぁ…そういえば…はぁはぁ…そうか、衛兵から逃げて…。

 具合も悪そうだ。どのくらい機巧術を使ったんだ?

 ・・・ホントにだれ?はぁ…はぁ…機巧術なんて俺自身この間まで知らなかったのに。

 この間まで?君は最近その力を身につけたのか?

 はぁ…はぁ…名前を最近知ったんだよ。力は子供の頃から・・・ねぇ、確か馬で逃げた気がするんだけど、あなたがここまで運んでくれたの?

 …ある意味そういうことになる。君は自分が死にかけていることを分かっているか?

 死にかけ?確かに…はぁはぁ…気分は死ぬほど悪いけど、死にはしないんじゃない?

 残念だが君の密度は本来の3分の1ほどになっている。最早手の施し様はない。

 そんなに?はぁはぁ…まずいなぁ、まだやり残したことがあるんだけど。はぁはぁ…おじさん魔法使いでしょ?何とかならない?

 機巧術の消耗は加療魔法では回復させられない。

 はぁ…はぁ…そうかぁ…そう言われるとホントに死んじゃうような気がしてきたなぁ…はぁ…はぁ…まぁ、いいか。父さんも母さんも向こうにいるし。

 君のやり残しとは大家令への報復だな?

 うわぁ、ホントになんでもはぁ…はぁ…知ってるね。

 私が引き継いでやってもいい。

 え?・・・・・なんで?

 代わりに君から貰いたい物がある。それを貰えれば君が消えた後大家令への報復を遂行してやることも出来る。

 はぁはぁはぁ…俺から?…あげられるものは特に…もしかして、箱っぽいもの?

 …それではないよ。君は機巧術の物質化の方法を知っているか?

 機巧術の物質化?はぁ…はぁ…さぁ?知らないかも。

 君はどうやって機巧術を身につけた?誰かに貰ったんじゃ無いのか?

 貰ったよ。俺みたいな赤毛の、小さいおじさんに。はぁ…はぁ…髭も生えてたかな。

 その男は君に力を渡したあとどうなった?消えたんじゃないか?

 あんまり覚えてないんだよね、それも最近思い出したから…でも消えたりはしなかったと思うよ。貰ったオモチャは消え・・・そうか、あの合わせ絵のオモチャ、解いたら消えたんだった。だから忘れてたのか…。

 君もそうやって機巧術を物質化し、人に渡すことが出来るはずなんだ。その方法を?

 ああ、そういうことか、何となくわかるかな。はぁ…はぁ…当分用がなさそうだったからあんまり考えたこともなかったけど。

 君が君自身と共に機巧術を物質化できるなら、それを譲って貰いたい。代わりに大家令を始末することを約束しよう。

 始末って…そこまでしようとは思ってなかったけど…はぁ…はぁ…ホントに俺死んじゃうと思う?

 残念だが、長くは保たないだろう。

 そっかぁ…はぁはぁはぁ…じゃあしょうが…


 白馬は橋の欄干を飛び越えた。

 左に重心を傾けたため白馬が橋を渡る気でいるというのはゲルルフや、白黒の二頭が疾走する様を眺めていた人々の勝手な思い込みでしかなかった。

 リビューヤ湖は観光名所であり、首都にも近いため隣接するサンプラティは時期によっては住民より滞在者の方が多くなる時もある。

 今の時期は湖水浴目当てに、冬になれば巨大な氷面滑り場として多くの人で賑わう。

 川と湖に架かる橋もただの通行用ではなく、湖を眺める場所としても使われていた。

 そんな人々が驚きの表情を浮かべる中、アルドリッジを乗せた白馬は軽々と欄干を飛び越えていった。

 確かに白馬は少しずつ左に逸れてはいたが、それはただ都市部を避けているに過ぎなかった。白馬は最初から直進する気だった。1メートルほどの柵など障害物としては取るに足らなかった。

 その障害物を越えた先が、越える前と同じ高さにないとは考えもしなかった。キラキラと反射する湖面のせいで遠くがよく見えず、柵の先にも大地が続いているものと思い込んでいた。

 橋の高さと飛び越えた欄干を合わせて、4メートルほどの高さを白馬は落下していった。

 ゲルルフはやむなく空中で白馬を掴まざるを得なかった。

 魔法使いが魔法を使うと決めてから発動までに掛かる時間は2つの要素の合計で決まる。

 1つは詠唱。特定の現象を起こす魔法言語に魔力を行き渡らせる行為を、少なくともベシーナの魔法体系では詠唱と呼んでいるが、必ずしも発声する必要はない。

 もう一つは魔力の生成。魔力は魔法使いの細胞内だけに存在する魔力体によって生み出される。魔力体は1つの細胞内に1つしか存在せず、魔力の生成力は魔力体の質によって決まる。

 詠唱速度は修練によって後天的に上げることが出来るが、生成力は魔法使いとして生まれた時点で決まってしまっている。

 そのためイングリッドのように尋常でない才能に恵まれた特別な魔法使いではなく、しかし平均以上には恵まれた魔法使い達は、発動時間を短縮させるため特定の魔法を使う用がない時でも常時ある程度の魔力を身体に溜めておいている。

 そのため馬が湖に落ちてしまう一秒ほどの間に、ゲルルフは馬を掴むための魔法を間に合わせることが出来た。正確には走ってきたままの体勢で落下していた白馬の4本の脚は水に沈んでいたが、アルドリッジは濡れずに済んだ。

 空中に持ち上げられた馬の脚からぽたぽたと滴が落ちている。

 かつては名を売らなくてもいいと考えていたゲルルフは、裏で動く事が多くなるに連れ名を売りたくないと考えるようになっていた。川添いを走って要る時ならまだしも、三角湖に架かる橋の袂などと言う人目の多い場所で馬を浮かせるという行為は出来ることなら避けたかった。

 現に他国ならまだしも、派手な魔法を見る機会など滅多にないマジャリの人々は、湖に落ちかけた馬からその馬を手を触れず浮かせている黒馬に跨がった男に既に視線を移している。中には偶然居合わせた魔法使いが機転を利かせ馬を助けたと思い、拍手をし出す者までいる。

 それはその通りだったが、善意で助けたわけではなく必要に迫られただけだった。馬はどうでも良かったが、その馬に繋がっている息も絶え絶えな少年が、高所からの落水に絶えられる保証はなかった。

 極めて不本意ではあるものの少年を確保したゲルルフは、そのまま知識の有無を確認することにした。

 この状況で目を覚まさせても面倒なだけなので、洗脳術や読心術に代表される操心系の魔法を使い、浮遊術で繋がっている意識のない少年の頭の中に入り込む。

 名称こそはっきりとは知らないようだったが、機巧術を物質化する方法自体は知っているようだった。今この場で機巧術を手に入れられるなら、不用意に目立ってしまった分を差し引いても利としては余り有る。

 確認は出来たが意識がないままでは術を使えないため、ゲルルフは馬と少年を橋に下ろし、目を覚まさせようとした。

 その瞬間、ゲルルフは無数の何かに身体を貫かれた。

 前方からの衝撃を感じた時点では何が起きたのか分からなかったが、痛みよりも先に出血を確認したことにより何かが自分に向けて放たれたことを理解した。

 とっさに少年を疑ったが、とてもそんな真似が出来る状態ではない。

 更に視界が半分になっている。頭から垂れた血が目に入ったのではなく、目そのものが貫かれている。

 小さく無数の何かは無造作に放たれたらしく、ゲルルフだけではなく黒馬の身体の至る所にも穴を開けていた。

 何度となく主と共に窮地をくぐり抜けてきた黒馬も冷静ではいられず、大きくいななきながら高く前足を掲げ、そのまま野次馬をはじき飛ばしながら橋の上を進み始めた。

 今度はゲルルフが振り落とされないようにきつく手綱を掴む番だった。

 両手で綱を掴むと白馬と少年との繋がりは断たれてしまったが、機巧術の入手を惜しんでいる場合ではなかった。

 この何者かによる突然の攻撃は間違い無く致命傷で、すぐに治癒に専念しなければ少年より先に死ぬことになる。

 黒馬に任せてその場から逃走する間際、浮遊術が途切れて改めて落下していく馬の4本の脚が凍っているのを、ゲルルフは見た。


アルドリッジは目を覚ました。

 しかし見知らぬ男との会話が頭の中で為されていたことを知らないため、突然別の場所に移動したように感じた。

 そしてその場所は呼吸が出来ない。

 既に白馬とアルドリッジは水中に沈んでいた。

 混乱に陥っても消耗した身体が藻掻くことを許さず、代わりに白馬がバタバタと足を動かして暴れていた。

 突然冷たくなった脚と、運悪く頭から落水したことと、屈強な筋肉質の身体が災いし、白馬は浮かび上がることが出来ずアルドリッジと共にゆっくりと沈んで行った。

 ごぼりと、2つの口から同時に大きな気泡が漏れた。

 すぐに苦しくなってきたが、アルドリッジにはしなければならないことがあった。

 会話の途中だった見知らぬ男は消えてしまったが、今の状態が彼の仕業とも思えなかった。

 彼が約束を守ってくれるかどうか分からなかったが、繋ぎ目のない手綱から自分の身体を解放する力も残って無い今、アルドリッジに残っているのはただ死んでしまう前に自分自身と機巧術を物質化することだけだった。

 バパナに残されていた箱から得た知識を思い出す。

 機巧術の物質化も基本的にはこれまで何度となく繰り返してきたことと変わらない。情報を読み取り、それを転写する。この場合アルドリッジという少年を形成している、機巧術を含んだ情報を物質に変換する。必要なのは高度な技術や知識ではなく、覚悟だった。

 情報はエネルギーであり、エネルギーは物質と同等であるため、変化したモノの本質はアルドリッジであるとも言える。ただし思考することがないため、アルドリッジの情報を有したそれは、自身をアルドリッジだと認識することは出来ない。

 アルドリッジは思い出して行った。情報とは、思い出に他ならない。

 最初に肩に掛けている鞄の中の6人の女達に思い至った。解放してやるどころか続いている責めを止めてやる力すら残っていないことを申し訳なく思う。

 自分がヘザーやミルドレッドを発見したように、いつか誰かが彼女たちを発見してやってくれることを祈るのみだった。

 記憶を遡っていく内に、呼吸が出来ない苦しさを感じなくなっていったが、最早アルドリッジはその事にすら気づかない。

 ウポレの村を発ち、母が死に、母と共にウポレで暮らし始め、父の知らせが届き、父が囚われ、聖別式が中止になり、聖別式のために父と共に5つの器を作り・・・。

 かつて赤毛の小男に貰ったパズルが消え、2ヶ月前バパナで自身の力に関する知識を与え消耗した力を回復してくれた箱も消え、この日アルドリッジも消えた。

 16年の人生は終わったが、何も残らないわけではない。

 動かなくなった馬と、肩から外れた鞄と、新たに出現した小さな箱はゆっくりと沈んで行き、やがて湖底に達した。



 分裂戦争以前、現在のマジャリ、バーマ、ウポレ、ニチェ、オティカの5カ国がサマンビータという1つの国だった頃には既に、ベシーナ地方は東西をバロフ=ルカナと呼ばれる不浄地帯によって分断され、孤立していた。

 西のバロフルカナはバーマとニチェに直接に隣接しているが、東のバロフルカナとベシーナ地方との間には広大な大森林が広がっている。

 遠く離れた東西の不浄地帯は、長い間同じ現象によって並の人間が出ることも入ることも拒んでいる。

 シーメンはその東のバロフルカナから娘と共に逃亡した。

 並の人間は生活はおろか立ち入ることすら出来ないという特性を利用し、西にはクーナという暗殺集団、東にはパラソナという古術者集団がそれぞれ拠点を置き、人目を避けながら活動している。

 ベシーナの魔法使いの中に入れば上位に位置するシーメンもパラソナでは一介の魔法使いに過ぎず、年老い死が迫るとパラソナに奉仕するべく残り全ての魔力を凝縮増幅器に提供する運命が待っていた。

 シーメンはそれを拒んだ。

 集団に属するたいていの研究者達は自ら進んでパラソナの一部になることを望むが、拒んだところで回避できるものではない。

 回避するにはパラソナ、そして不浄地帯を出るしかなかった。

 逃げる方向の選択肢は二つあったが、シーメンは東、ベシーナ地方を選んだ。間に大森林があるためパラソナの刺客も簡単には追って来られないだろうと考えた。

 まだ魔法使いとして未熟な娘が足手まといにならないよう小さな箱に封印して懐に隠し、数十年パラソナに奉仕した分を取り戻すためにいくつか保管されている深海石の内の一つを盗み、ベシーナへ向かった。

 大森林を越えたことが功を奏したのか、すぐに放たれたはずの追っ手に見つかることなく、出来るだけ東から離れるためバーマの山中に隠れ住んだ。

 

 同じ机の上に11個の、蓋が閉じられた箱があった。

 シーメンは12個目の、蓋が開いた箱から生えている珊瑚に筆で魔法薬を塗っている。

「これはどうだね?前のより良くなってるんじゃないか?」

『よ、よくなってます♫ちょ、ちょうどよくぅぅぅ・・・イ、イキますぅぅぅっ♫』

 目的を知らない他者が見れば、珊瑚筺と名付けた封印術も今マルルースのクリトリスに塗られている鋭敏薬も性魔法として一括りにされるかも知れないが、シーメンにとっては違った。

 鋭敏薬は紛うことなく性魔法だが、珊瑚箱には別の目的があり、独自の鋭敏薬を開発したのはついででしかなかった。

 単に感度を上げるだけの調合なら容易く、11個の箱に収められているクリトリスの内いくつかは毛先で少し触れられただけで快感を越えて激痛を感じるほど感覚を引き上げられてしまっている。

 しかし娘のクリトリスにそれらの失敗作を使うわけにはいかず、効果が永続せず、且つ快感が苦痛に変わる直前まで感度を高められるような魔法薬を作り出していた。

「そうか、丁度いいか。・・・これに何か…勝手に責め続ける魔法生物でも被せておけば長く封印されても退屈しないで済むな」

『へぅぅぅ~っ♫またイきますぅぅ♫長く封印されるのはイヤですぅぅぅ~っ♫』

 シーメンは自分の娘のクリトリスを筆で撫でながら会話を続ける。長く封印されることになるのはマルルースではなく、他の11人の娘達だった。マルルース以外の娘達は珊瑚筺の最終的な目的とは関係なく、開発の実験に使うために為に攫われて来ており、用が済めば永遠に責め続けたまま何処かに保管するつもりでいた。

 また、封印と解放を繰り返すマルルースに使用している簡易な珊瑚筺型封印術とは違い、実験の段階を経ているため一様ではないが、11個目の封印術はかなり強固になっており、並の魔法士はもとよりかなり上位の魔法使いでもそう簡単に封印は解けないはずだった。.

『おおお父様、そ、それより、もうそろそろあの村で女の子達をあぁん♫調達するのは止めた方がいいかとぉぉぉん♫』

「うむ…それは私も気になっていた。村人の警戒もそうだが、別の意味でも同じ所に長く留まるのは得策じゃないな。そろそろ移るか…」

 マルルースのクリトリスはムズムズと表面を這い回る無数の毛先から逃れようとビクビクと跳ね回るが、シーメンはそのまま考え事を始めてしまった。

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 クリトリスの感度上げる手段としてシーメンは神経の伝導率を上げるのではなく単に量を増やすことを選択したため、鋭敏薬を塗られたクリトリスはどうしても肥大してしまった。

 何度も無理矢理絶頂を与えられ、赤く充血した大きなクリトリスが宝石として研磨された珊瑚の様だったためシーメンは珊瑚筺と呼んでいるが、女達を封印して弄ぶ為に作り出した魔法ではなかった。しかし、封印したい対象が女であることは確かでもある。

 実験に使う女達は皆シーメンが隠れ住んでいる山荘に近いグラナ村から攫われて来ていた。封印術で攫うのではなく、攫った後に主に自動的にクリトリスの位置を認識するための実験に使うため、マルルースは普段はただの移転者として1人で村に住み、父親に命じられると自分とさほど年の変わらない女達を誘い出し、山荘に連れ去っていた。そのためシーメンが隠れ家を移すと、グラナ村では12人の若い女達が消えることになる。

『あふぅぅぅぅ♫もういいですおとぉ様ぁ、イクぅぅぅぅぅっ♫』

 マルルースが何度目かの絶頂に達すると同時に、警報術が耳障りな音を立て始めた。

 この時点ではシーメンは慌てることなく音を止める。強力な集団から身を隠している以上警戒は怠っておらず、山荘を中心に何段階かに分けて警報術を張り巡らせてあった。そのため木こりや山菜採り、そして消えた娘達を探す家族達も時折感知され、警報術が鳴ることは珍しくなかった。

 警報術と共に施術されている、領域内への侵入が確認された地点の監視術を使い、何者がやって来たのか目で確認する。

 シーメンは慌てなければならないことを知った。

 そこにいたのはごく一部では名の知られている放浪魔術師だった。

 パラソナの一員ではないが魔法の探求という理念が一致しているため定期的に出入りしており、シーメンもその存在と能力を知っていた。

 刺客としてその男が雇われ、2キロほど先に現れたという事は既にシーメンに逃げ道はなく、何か手はないかと無駄な思案に時間使うことなく、直ちに準備しておいた術を発動させるしかなかった。

「マルルース、追っ手が来た。済まんが今すぐ私は転生術を使う」

『え、えぇぇっ!?今すぐ?でもまだ相手が…』

「あの男が来た。お前も知ってるだろう。逃げる手段はない。

 ・・・お前はそのままにして隠しておく。何年かかかってしまうが自力で旅が出来る歳になったら回収に来る」

『で、でもお父様!私このままなんて…』

 娘の懇願を聞く事なくシーメンはマルルースの箱の蓋を閉じ、施錠術を掛けた上で山荘の床下に放り込んだ。自身が逃げられないのに未熟な娘が逃げられるはずもなく、捕まれば何をされるか分からないため封印したまま隠すしかなかった。

 そしてすぐに転生術を自身に対して発動した。

 魔法使いが長く生きるために代謝術を使う事はあっても、転生術を使う事は本来ほぼなかった。知識を持って生まれ変わったとしても、肉体が魔法使いとしての才能を持っていなければ何の意味も無い。

 そのため転生術は権力者が魔法使いに依頼し、自身に対して使用させることがほとんどだった。

 転生先として身籠もったばかりの妊婦が用意される。権力者の場合その妊婦が宿しているのは自身の子であることが多い。

 パラソナでは若返りが禁止されていたが、そこを逃げ出したシーメンは構わず代謝術を使えるはずだった。

 しかし魔力の質の違いから個体を識別できる技術を持った魔術師集団から逃げ切るには元々の身体を若返らせるのではなく、全く別の身体を手に入れるしかなかった。

 必要となる大量の魔力は盗み出した深海石に蓄えられている分で事足りるため、後は転生先として今のシーメン以上に素晴らしい魔法の才能を持った家系の妊婦を探すだけだった。

 しかしその前に居場所を見つけられてしまった。

 転生術は問題無く発動し、深海石は空になり、シーメンは死亡した。

 転生先を用意できなかったシーメンは、魔力が消えてしまう前に幽体のまま次の身体を探すしかない。

 山荘にやって来た放浪魔術師は老魔法士の死体を見つけ、残された11個の箱を回収し、その場を立ち去った。


 イタチは餌を見つけた。正しくは中に餌が入っていそうな箱を。微かに肉の匂いがする。

 しかし、顎の力には自信があったがどうしても硬い殻を割ることが出来ない。

 どうしたものかと箱を咥え、いつものように床下から隙間を通って建物の中に忍び込む。

 今日は人の気配がなく、気ままに室内を物色できる。

 何か代わりの食べ物がないかとうろついていると、まだ温かい肉の塊を見つけた。箱から漂ってくる美味しそうな雌の肉の匂いに比べまずそうな匂いだが、イタチにとっては食べられない美味しい肉より、食べられる不味い肉の方が重要だった。

 イタチは箱をその場に落とし、死んだばかりの肉を頂くことにした。

 筋張ったその肉は少し囓られただけで他の小動物からも放置され、やがて賞金稼ぎとその従者に発見される。

 その脇に転がった箱と共に。


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Comments

xg.do70d

シャンタルのキャラデザがツボです笑 応援してます!

atsbox

ありがとう御座います。 縦軸キャラなので章が変わってもしばらく出ます。

Keade

日本語が読めないので翻訳ツールが必要なのですが しかし、あなたは非常に良い話を持ってきました クリトリスを弄るというのもなかなかのアイデアですね。 近いうちに更新したいと思います その他のアニメーション アニメにセリフのダビングを追加してくれたら最高なんだけどな 最後になりましたが、作成していただきありがとうございました いつか全編アニメ化されますように

atsbox

Thank you for reading. 翻訳ツールを使って呼んでくれている海外の方も少なからずいるようなので、いったいどのくらい内容が伝わっているのか結構気になっています。 アニメ化はないと思いますが、余裕が出来ればいつか翻訳者は探してみたいですね。