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「や、やめてくださいぃ~っ!!ちがっいまっっすぅぅぅ~!!敵じゃありませ~~~~ん!!」

 周囲の土や木々が吹き飛んでいく中をセドリックは駆け抜けていく。

 遠くから打ち込まれている破裂魔法に当たれば、セドリック自身が土や木同様爆ぜてしまう。

 セドリックが敵でないのは事実で、正しい道を辿ってくればしっかりと無断侵入禁止の立て札を目にしていたはずだった。

 尤も、屋敷の屋根の上から侵入者に向けて魔法を打ち込んでいるミルドレッドに用があるわけではない。純粋に道に迷って侵入してしまっただけだ。

「・・・なにしてんのあれ?どういう侵入者?わざと外さないとすぐ当たっちゃうけど」

 侵入警報を聞いた瞬間に、ミルドレッドはヘザーがやってきたものと考え、すぐに臨戦態勢を整えた。

 しかし蓋を開けてみれば敷地の境界線辺りを逃げ惑うさえない男だった。

 ミルドレッドはふわりと屋敷の屋根を離れ、男に近づく。

「ち、ちがうんです!道に迷ってここに入ってきてしまっただけで、何の悪意もないんです!!」

 近づいたミルドレッドにセドリックは土下座しながら許しを請う。ミルドレッドに用はなくとも、この地方で5本の指に入る魔法使いの容姿を知らない同業者はいない。

「ほんとうにすいませんっ!すぐに立ち去りますから、見逃してくださいっ!!」

 頭あげてミルドレッドを一別することもなく、セドリックは命乞いをする。

一方ミルドレッドは早々に目の前の男を消してしまうことに決めていた。自宅で寛ぐためのゆったりとしたローブから、強敵である女戦士を迎え撃つために窮屈な戦闘装束に着替え、呪符を纏い、物理攻撃を自動で受け流す魔法を何重にも自身に掛けたあげく、現れたのはただの何の変哲もない男。

 許して見逃してやる理由が一つもない。

 ミルドレッドは指先でくいくいと中空に陣をなぞり、目の前の男を破裂させるための力を放り投げた。

 破裂は起こらない。

 代わりに男に向けて伸ばしていたミルドレッドの右腕が宙を舞っている。

 呆然と自分の腕を目で追うミルドレッドの視界の隅で何かが動き、反射的かつ瞬間的ににその場から移動する。

「魔法使いにしては反応が良いな。えぇ?ミルドレッド」

「・・・仲間だったのか、女戦士の割には頭を使ったな」

 ミルドレッドは左手で陣を描き、ヘザーに対して力を放った。

 セドリックはヘザーの仲間ではない。

 ミルドレッドが予め入手していた、賞金稼ぎの女戦士ヘザーが次に高額の賞金首ミルドレッドに狙いを定めたという情報は正しく、ヘザーは敷地外で数日間じっと機を伺っていた。

 そしてつい先ほど哀れな名もなき男がフラフラと敷地内に侵入し、格好の囮になってくれた。

 ミルドレッドが対物理攻撃用魔法を纏ったのと同様に、対魔法攻撃用防具を身につけたヘザーが放たれた力をはじき飛ばし、そのまま一気に距離を詰める。

 賞金首は大抵生死を問わないが、ミルドレッドの場合生け捕りの方が死体の提出よりも3倍以上の報償が得られる。

 殺す気ならば腕を切り落とした際に文字通り返す刀で首を撥ねることも出来たが、ヘザーは金額を優先した。

 恐る恐る顔を上げたセドリックの眼前で、有名な魔法使いと有名な賞金稼ぎの戦闘が繰り広げられる。

 何も考えず、セドリックはこの場から逃げることにした。

 四つん這いのセドリックが10メートル進む間に勝敗は決した。

 ミルドレッドにしてみれば接近に気付かずに腕を切り落とされた時点で勝敗は決していた。

 血が出るほど唇をかみしめながら、腕を放置して逃走した。

 賞金を目的とするヘザーにとっても、逃げられた時点で負けに等しかった。いくら優勢とは言え、逃走を選択した魔法使いを追う術を戦士は有していない。

 少しは金に換えられるかもしれないと残されたミルドレッドの腕を拾い上げると、少し先を這いつくばりながら進む芋虫が目に入った。

「で、結局お前は何なんだ?」

 芋虫の進行方向に立ちはだかり、見下ろす。

「はっ!?・・・ぼくは、本当にどっちの敵でもありません~~~!」

「そんなことは分かってる。なんでこんな辺鄙なところを彷徨いてたんだ?」

 芋虫ことセドリックはここが辺鄙なところであることすら把握していなかった。

 小さな村で村長から回復魔法を学んでいたが、村長が死に、農村に初心者の回復魔法使いがいても意味がないと考え、都市に出て働き口を探す途中だったと言うことを、歯を鳴らしながら説明する。

「回復魔法?そんなもんが使えるようには見えないけどな・・・」

 ヘザーは身体を見回し、ミルドレッドの魔法で僅かに焦げた膝をセドリックに向ける。

「これを治してみろ」

「え?・・・あ、は、はい。これくらいなら…」

 セドリックが魔法を使うと、ヘザーの火傷はすぐに消え去った。幸いなことに、鎌や鍬で怪我をする老人達の怪我よりもヘザーの火傷は軽かった。

「おお、なんだ。一端に使えるじゃないか」

 ヘザーは治った膝を撫でながらしばし思案する。

「…よし、私が使ってやろう。仕事を探してるんだろ?」

「・・・え?…戦士様…が?」

「とりあえず荷物持ちに使ってやる。丘の向こうに荷物があるから取ってこい。」

 三流魔法使いセドリックが一級戦士ヘザーに命を救われ、そのまま従者となったのが今から3年前。

 その間にミルドレッドは自力で切り落とされた腕を再生させ、ヘザーに仮を返す準備を整え始めていた。

「おいセディ。やっぱり蜜付肉が食いたくなった買ってこい」

「え?・・・でも、着いたばかりで…」

「だからこそ今行ってこい。時間が経てばお前道順忘れるだろ」

「・・・はい」

「なんだ?文句ありそうだな」

「いえ!言ってきます」

 職探し中のセドリックが女戦士ヘザーに拾われて3年が経過していた。

 その3年間、実質セドリックは無職のままといって差し支えず、一度たりとも給金は支払われていない。

 ヘザーの共をしているため食事と寝床には困らないが、自分のために使える金は全く稼げていない。

 回復魔法使いとして雇われたのかと思いきや、都市部に滞在中は使用人の如く身の回りの雑用を全て任され、狩りの旅に出れば荷物持ちとして追従させられる。そもそも一級戦士のヘザーは並の賞金首と対峙してもかすり傷一つ負わない。

 今もまた、次の獲物を追って移動中麓で素通りしたこの辺りの名物蜜付肉の屋台を思い出し、山の道を上りきりよを越す準備を始めたところで、買ってくるように命じられた。

 最初の一ヶ月こそミルドレッドから命を救って貰ったことと仕事を与えてくれたことに感謝していたが、それ以降は不満を募らせるばかりだった。

 しかし報復が恐ろしいため、逃げ出すことも出来ずにずるずると鬱憤を溜めながら3年が経過していた。

「・・・なんだこれ、うまそうな気がしたのに甘いだけじゃないか」

 汗だくになって戻って来たセドリックから名物を受け取り、一口かじっただけで放り投げたヘザーはそのまま昼寝を始めた。

 セドリックは休む間もなく、ヘザーが目覚めたときのために荷物の整理を済ませておかねばならなかった。

「ヘザー様、あそこみたいです。」

 山を越えて反対側の斜面をセドリックが指さす。建物は見えないが、煙が立ち上っているのが見える。依頼者が書いた手書きの地図とも位置的に符合する。

 ヘザーは今回行方不明の女達を探し出す仕事を引き受けていた。

 本来こういった仕事をヘザーが受けることはないが、この案件に関しては首謀者と思われている男が同一で、且つ救出できた女の人数に応じて報奨金が増える。女達は計12名行方不明になっているので、全員見つけることが出来れば12倍の報奨金を得ることが出来る。

 ヘザーとセドリックは山を下り、依頼者である行方不明の女達の親族達が首謀者と見なす老魔法使いの小さな屋敷に向かって進んだ。

 三流回復魔法使いであるセドリックは言うまでもなく、戦士であるヘザーも魔法のトラップを発見することは出来ないが、活動した後で反射的に買わすことが出来る。

 そして何より、ヘザーを一級の戦士たらしめている要因として、生まれつき魔法を無効化する遺伝子を持ち合わせている。

 ミルドレッド様な一級の魔法使いの力ですら半減させ、並の魔力であれば皮膚表面でかき消える。

 そうなるとセドリックは足手まといでしかないため、毎回目的地が近くなると離れて荷物番をしながら待たされる。

 ヘザーは剣を抜いて1人悠々と屋敷に近づき、中に消えていった。

 セドリックは毎回この瞬間に一息つくことにしている。喉を鳴らして水を飲み、地べたに座り込む。眠り込むわけにはいかないが、可能な限り身体を休める。

 しかし今回はそれも許されなかった。

「ちくしょーーーっ!!セディ!!来いっ!!」

 10分も経たないうちに屋敷からヘザーの怒鳴り声が聞こえ、セドリックは慌てて荷物を持って屋敷内へ駆け込んだ。

 ヘザーは地下の一室で佇んでいた。屋敷内には争った形跡が全く無い。

「ヘザー様、何が…あっ!!」

 ヘザーの足下には俯せに倒れた人間がいた。

「あ、もう、倒したんですか。流石ヘザー様です」

「最初っからくたばってたんだよ、こいつ。」

 ヘザーに足蹴にされた遺体が裏返る。かなり高齢の老人なのか、それとも死んで日数が経ちミイラ化が進んでいるのか判別が難しかったが、生きていないことは明白だった。

「死んで…え?じゃあ女達は」

「ここに来るまでに1人でも見たか?」

 人の気配どころか、物音一つ聞こえなかった。1階に入った時点で怒りで荒くなったヘザーの鼻息が聞こえたほどだ。

「一応…探してきます」

 1円にもならない可能性に怒るヘザーのそばにいたくなかったため、セドリックは地下室を出て屋敷内をくまなく調べる。

 しかし女達はどこにも見つからなかった。

 手ぶらで1階に戻ると、ヘザーは既に1階に上がり屋敷を出ようとしていた。

「ヘザー様、あの死体はどうしますか?」

「知るか!あんなもんほっとけ!」

「でも、一応持って行けば首謀者としていくらかになるかもしれませんよ」

「お前は魔法だけじゃなくて目も節穴か?この屋敷のどこに女を12人も監禁したり生活させてた痕跡があるんだよ。

あそこで死んでるのはただの年寄りの魔法使いだ。依頼者達の見込み違いだよ。誘拐犯じゃない。」

 言われてみてセドリックも屋敷に老人以外の生活の痕跡がないことに気付いた。

「あ、そ、それならなおさら埋めるくらいはしてあげます」

「勝手にしろ!」

 ヘザーは屋敷を後にして1人で帰路につき始めた。

 セドリックは地下に下り、老人の死体を運ぼうとする。

 ゴトリと何かが床に落ち、続いてバサリと何かがそこに被さった。

「?」

 セドリックは老人の遺体を下ろし、落ちた物を落ちた。

 持ち上げた拍子に老人のローブから落ちた物は、一冊のノートと片手に収まるほどの小さな箱だった。

 急いで老人を埋葬しヘザーに追いつきたかったセドリックは確認することなくその二つを荷物の中に押し込み、老人の遺体と共に屋敷を後にした。  

 結局報酬を得られなかったヘザーの期限は長い間治らず、セドリックは八つ当たりまがいにこれまで以上にこき使われた。

 しかしこの日、この屋敷を訪れたことによりある考えに支えられ、セドリックは耐え抜くことにした。

 1年後。

 セドリックは箱の解錠に成功した。箱に掛かっていた鍵は物理的な物でなく魔術による物だったため、ノートを見ながら老魔法使いの書式の癖を見つけ出すしかなかった。

 老魔法使いのノートを忙しい合間に研究するにつれ、セドリックは自分が埋葬した老人がいわゆる性魔法使いであることが分かっていた。

 性魔法使いという正式な職はないが、性を売り物にする全ての業種の人間が蔑まれるのと同様に、本来畏敬の念を抱かれる魔術職にあって、魔法を性に使う者だけが侮蔑を込めて性魔法使いと呼ばれていた。

 ヘザーは老魔法使いは誘拐犯ではないと結論づけていたが、セドリックは間違いなくあの老人が犯人であると確信していた。

 老人のノートは、人間を小箱に封印する魔法の研究書だった。

 セドリックは誘拐された女達があの日拾った小箱に封印されていると考え、ヘザーに内密で解錠に取り組んでいた。

 女達を箱から救い出せば1年前に失敗したと思われていた仕事の報奨金を回収でき、ヘザーに見直して貰えると考えたためだ。

 魔法の封印を解き、箱の蓋を開ける。

 しかし、そこから女達が飛び出してくることはない。12人全員が一つの箱に封印されているとは考えていなかったが、1人すら出てこない。

 箱の中には赤く小さな豆粒が一つ収められているだった。

 セドリックは一気に気力が萎えていくのを感じた。ヘザーに自分への待遇を改めて貰おうと考えて、1年がかりで苦労しながら研究を進めた結果、出てきたのは女達ではなく豆一粒。

 根を詰めていたセドリックは腰から力が抜け、その場に倒れ込んだ。そして茫然自失のまま眠り込んでしまった。

「おい!セディ!起きろ!!」

 ヘザーに足蹴にされながらセドリックは目を覚ました。

「・・・あ!す、すいません!!居眠りを…」

「とりあえずそれはいい。これは何だ?」

 目を擦りながら差し出されたヘザーの手を見ると、そこに解錠した小箱が握られていた。

「ああ…それは…」

 一気に無駄な1年間の徒労が思い出され、再び力が抜ける。本当なら今頃はヘザーに足蹴にされて起こされるどころか、見直され誉められていたはずだった。

「すいません、何でもないですそれ…」

「何でもないわけないだろう。どこで手に入れたんだお前はこれを!」

「どこでといわれましても…」

 寝ぼけた頭でどう説明するか考える。1年前に老魔法使いの屋敷で見つけた物を鏡まで隠していたと告白すると叱られるだろうか。そもそもヘザーがその小箱を気にしている理由が分からない。

 結局セドリックは老人の家で見つけた物であることを告白する。

「じゃあお前は1年もこれを隠してたのか?」

「隠してたというか、鍵が開かなかったので開けてからお渡ししようと・・・」

「じゃあこの蓋はお前が開けたのか?」

「そうです」

「中を見て何も思わなかったのか?」

「思う…特には」

 正確にはひどい落胆を覚えたが、わざわざそこまで素直に白状することはしない。

「…よく見てみろ」

 小箱を手渡され、中を確認する。居眠りする前と同様、中には赤い豆が一粒収められてるだけだ。

「…あの、すいません。これ、僕は分からないんですけど、もしかして貴重な物ですか?」

 セドリックは少し希望を感じた。自分が知らないだけで、何らかの貴重なアイテムだったのかもしれない。

「これはクリトリスだ」

「・・・・・え?なんて仰いました?」

「クリトリスだ。女のな」

 一瞬ヘザーが何を言っているのか分からなかった。セドリックが知っているクリトリスという言葉が示す物は一つしかない。

「どういうことかちょっと…クリトリス?」

「お前は女のクリトリスを見たことが無いのか?この中に女が閉じ込められてるんだよ!クリトリスだけ出して。あのくたばってた爺さんが女達の誘拐犯だったってことだ!!」

 ヘザーは箱の中身に気付いた時点でセドリックと同じ結論に達していた。

 漸くセドリックの頭が回り出す。女が小箱に閉じ込められているという予測は間違っていなかったのだ。ただし全身ではなく、ごく一部、つまりクリトリスだけを外に出した状態で封印されている。

 確かに改めてその赤い粒を観察すると時折ぴくぴくと動いているし、箱の中に収められているのではなく、生えている。ヘザーはセドリックに向けて箱を突きだしているが、豆は床に落ちてこない。

「分かったか?とりあえず1人は救出できてたって事だ。ただ働きではなくなる。まあまあお手柄だったな」

 思いがけずヘザーに誉められ、セドリックは一気に気分を良くする。

「で、この箱自体の魔法は解除できるのか?」

「それは…もう少し時間があれば」

「よし、それからあの爺さんの家に他に箱はなかったのか?」

「たぶん…でも隠し部屋があるかもしれません」

「よし、次の仕事の帰りにお前が探してこい」

 セドリックは研究ノートの存在は明かさなかった。

 小箱は封印を解くために預けられたが、セドリックにはとても解くことが出来るとは思えなかった。

 箱の蓋の封印は普及した封印魔法の一つだったためパスワードに当たる書式さえ判明すれば解くことが出来たが、箱に人を封印する魔法は老人のオリジナルか少なくとも未知の術であるため、根本から解析する必要がある。何の変哲もないただの田舎者の回復魔法使いにそんな芸当は出来ない。

 改めてクリトリスだと判明した赤い豆をつついてみると、クリトリスはぴくぴくと震える。どのくらいの期間封印されているのか定かではないが、中の女が生きていることは確かだった。

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