デッサンで絵は上手くならない (Pixiv Fanbox)
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絵を描いたことのある人なら経験あると思います。
「デッサンがおかしい」
「デッサンが狂っている」
上手い人にこう言われた経験が…
そして貴方はこう考えたはずです。
「絵をうまくなるためにデッサンをしよう!」
「デッサンをすれば絵がうまくなる!」
しかし残念ながら、デッサンで絵が上手くなることはありません。
「騙したのか!?」
「嘘だ!」
様々な意見があると思いますが、私の経験上、デッサンでは絵は上手くなりません。
それでは何故デッサンが必要なのか?
デッサンは自分の絵描きとしての目を養うためにあります。
大前提として人間は見たことないものは描けません。
例えば「火星人を描いてみろ」と言われて描きますが、貴方の描くか火星人は「貴方の記憶、イメージの中にある火星人」であり、本物の火星人ではありません。
じゃあ本物の火星人は描けるのか?と言えば、だれも描けないでしょう。
それは見たことがないからです。
じゃあ人間を描くとなるとある程度皆さんは描けると思います。
それは日常的に人間と出会い、喋り、共に生活をしているからです。
しかしそれでもある程度しか描けない。
何故ならそれはある程度しか見ていない、記憶に残っていないからです。
描きたい対象を記憶に残るまでじっくり見ていれば描けるわけです。
それらの訓練がデッサンというわけです。
記憶に残るまでじっくり見て、描いた経験があればあるほど、少しの関節の狂いとか服のしわの違和感とかに気が付くようになっていきます。
冒頭の
「デッサンがおかしい」
「デッサンが狂っている」
という上手い人の言葉は
「貴方の記憶の中にある人間はすごくあやふやだよ。全然見えていないよ。」
という意味なのです。
全開の時に私が
「自分自身の能力を見つめ直すためにデッサンをやる」
と言ってたのはそういうことで、まだまだ自分には見えていない部分があるからそこが何なのかをデッサンを通して明らかにしているということなのです。
しかしデッサンで絵は上手くなりません。
デッサンはあくまで上記のように自分の目を鍛える手法に他ならないからです。
逆説的に言えば、常に穴が開くまで様々なものを観察、人間で言えばそれこそ髪の一本一本までくわしくじっくり観察出来るような人であれば、デッサンはやる必要がありません。
そしてデッサンは見たものを詳細に描くという作業の繰り返しなので、頭の中にある対象物を描くというのはまた別の訓練が必要です。目だけを鍛えても、紙の上で正しい線を引くことが出来なければ絵は上手くはならないのです。
勘違いしないで頂きたいのは、あくまでデッサンは基礎訓練であるということです。
言うなれば筋トレ。
筋トレだけではボクシングの試合に勝てないのと同じで、試合に勝つにはまた別の訓練が必要です。
それはまた次の章でお話していこうと思います。