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「やあこれはどうも、お世話になってます」 老若男女が行き交う街中、梶原洋蔵に投げかけられた挨拶は実にこやかなものだった。 振り返るとそこには、威圧感や嫌味など一切ない日本人らしい笑顔をした青年がいた。 さて、どこかで見た顔だが、誰だっただろうか。梶原洋蔵は浅黒く筋肉質な顔に出さぬよう考えた。店で見た顔だろうか、自衛官時代の知り合いだろうか。失礼のない対応は、小さな会社といえど社員数名を抱える人間として必要なスキルだ。 必要なスキル、だった。 「今日も大変お似合いですね」 至極当然といったふうに、青年は洋蔵の姿を褒めてきた。 お世辞の態度ではない。 男が男を、それも往来の場で真っ先に評価するというのは少々奇妙である。ましてや洋蔵は今どき流行らぬ細い目の無骨な中年男である。無精髭が昼間のうちから目立ち始め、眉も繋がりそうなほどに濃い。元自衛官の肉体は太陽と海に照らされてこんがりと黒くなっている。 しかし、青年が同性愛者なのかといえばそれも違う。 彼は洋蔵の姿形が、とても仕事熱心なものだから褒めているに過ぎないのだ。 「………」 洋蔵は返答に窮し、もごもごと口ごもった。 似合っている。言葉が耳に入ると同時に、洋蔵のむくつけき肉体には文字通りの緊張が走っていた。全身の神経が過敏になった気がした。青年のネクタイがたなびいている。風が吹いているのだ。 「ぬ、うう」 洋蔵は身体を震わせた。 自覚した途端に肌が敏感になった気がした。鍛え上げた肉の奥まで、昼の日差しが貫いていくのを再認識する。ほぼ全身に光が通っている。風があたっている。 全身ではない。ごく僅かな面積を除く全てだ。その『当たる』『当たらない』の差異が裸以上に奇妙で居心地が悪い。 毛の生い茂ったケツの奥と、二つ膨らんだ玉と玉の間、丸く収まった肉棒の中心、肩と、足と、背中の極一部。そこ以外が全て、温い風にくすぐられている。 「ハァ……ハァッ……」 洋蔵の太ましい首の中にが流れる。唾液と一緒に逡巡も飲み込んだ。洋蔵は股を開いた。大通りの硬い土を靴底で舐めながら、ゆっくりとすり足で。 「うぅ……くぅ……」 出来上がるのは、雄臭さと下品さが渾然となったガニ股の下半身だ。尻と肩と、そしてチンポにぞくぞくとした快感が走った。 「お、褒めに預かり……ぃ」 声を溜めながら洋蔵は俯いた。羞恥に肉が震えた。汗が垂れた。それらを跳ね飛ばすかのように、洋蔵はバネのように反り返った。 「お、お褒めに預かり光栄であります! マッスル! マッスルッ!」 自棄さえ伺えるような大声を轟かせ、洋蔵は満面の笑みで両腕で力こぶをつくった。 「マンキニマッスル人間梶原洋蔵は、今日もピチピチマンキニ身につけ、ガニ股ポーズで皆様に元気をお届けします! マッスルマッスルッ!」 そうして今度は両腕を下ろし、手を股関に添えて素早く∨の字を描くように動かした。いわゆるコマネチのポーズで、自身が身につける変態的衣装と、自衛隊とトレーニングで鍛え上げた肉体を強調している。それも昼間の街中で。 俊敏な動作が尚の事∨字のポーズの間抜けさを際立たせているのは言うまでもない。あまりに下品で、犯罪的な行為だ。 「う、うぅぅ……ハァ……いかがでしょうか! 私のマッスルポーズは! お楽しみいただけているでしょうかぁ!」 洋蔵の顔には無理やり作られた笑顔があった。親父臭い面を羞恥で真っ赤にしながらも、白い歯を見せ、口角を上げ、必死になって笑っていた。目には涙さえ浮かんでいる。 「マンキニもっこり! マンキニもっこり!!」 洋蔵は声に合わせるように腰を突き出した。主張の通り、その股間の膨らみは実に卑猥で際立っていた。 ビキニより面積だけは大きいが、問題なのはデザインである。両端が腰に代わりに肩へと伸びている形状では、陰毛はぼうぼうとはみ出し、尻は強烈に食い込みTバック、ガタイの良さを強調したがっているとしか思えない 全裸以上に恥ずかしい、まさに変態と、そう呼ぶのが相応しい格好だ。 堅物で規律を重んじる洋蔵が身に付けるとは、到底思えない服である。ラガーマン仕込みの分厚い肉体が、今にもはちきれんそうだった。 「いやあ、ほんとにご立派な体だ。さすがマッスル人間に選ばれるだけの方は違いますね。こう暑いと、その格好も少しばかり羨ましいですね、この暑いのにきっちりネクタイ締めて歩くのは結構キツイですよ」 だが、そんな姿を眼にしていながら、青年はごくあたりまえのように洋蔵を褒め、そして自然に日常会話を始めた。とりともめない世間話だ。 穏やかな空気であった。人の波は絶えず動き、子供は笑い。疲れた顔の営業が歩いている。通りは平日の活気で満ちていた。誰もこの変態親父の行為を咎めない。 「は、はい、私は、マンキニマッスル人間にしていただきましたので、毎日この姿で鍛え抜いた体を見せつけております! ラグビー部時代と自衛官時代で鍛え上げた筋肉ボディを更にマッスルに鍛え上げております! 飯の食い過ぎて腹がなかなか引っ込みませんが、マンキニがそこにも食い込んで男らしいと自負しております! マッスル! マッスル!」 洋蔵は空を仰ぎながら一息に言った。 羞恥と情けなさで汗が顔中から滲み、目の前の景色が歪んでいた。 こんな発言を淀みなく言えるようになってしまった。 この変態的姿で、もう何度街中を歩いたことだろうか。ああ、体が熱い。気持ちがいい。ポーズを取ると、腰から雄の快感が容赦なく襲ってくる。雄というのは、どうしてこうも愚かなのだ。こんなにも惨めであるというのに、肉棒が次第に熱を帯びて、段々と硬く盛り上がってしまう。 「ああ、すいません、生意気に愚痴ったりして。マッスル人間さんは運動もしないといけないし、仕事しながら活動しないといけないし、私なんかよりよっぽど大変ですよね、いやはやお恥ずかしい」 青年は頭をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうに頭を下げた。 恥ずかしい、などと、今の洋蔵の前で言うのはあまりに的はずれである。 「あぁ……あぁ、いえ……その、はぁぁ……」 洋蔵は尚更羞恥を煽られ、落とした腰をブルブルと震わせた。腰が勝手に前後に揺れ、より強い刺激を肉棒に与えようとしてくる。 浅ましい。恥ずかしい。だのに肉棒が勃起してしまう。マンキニの股間部分に皮付きマラが引っかかり、先走り汁と交じり合ってぬるぬるとした快感を亀頭に与えてくる。 「はぁあ……ぼ、勃起、勃起ッ、してしまいます。雄マラが引っかかって、ますます締め付けが強くなって、大変気持ちよくなってまいりました! マッスル人間梶原洋蔵、街中で完全勃起してしまいます!」 「うわあ、ほんとだ、すごいガチガチだ。マンキニがすごい前に引っ張られてますね」 「はい! マッスル人間梶原洋蔵のチンポは平常時はさほど大きくありませんが、汁をだらだら垂らして勃起すると立派な太さの自慢の一物であります!」 ずっしりと血の通った魔羅が飛び出し、汁を垂らしながら地面から120度の向きで揺れた。 身体が焼けるようだ。だが躊躇ってはいけない。マッスル人間として相応しい態度を維持し無くてはならない。勃起をしたら自慢をしろ。性生活はすべてを話せ。腰を振れ、ガニ股になれ、顔にスケベな笑み作れ。 洋蔵は必死だった。 必死の表情でポージングを固めていた。 「どれ、ちょっと失礼」 青年は一歩近づき、洋蔵のマンキニに手をかけた。弦を弾くかのように紐の一端を引っ張ると、勃起を抑えつけていた股間のマンキニがブルンと弾んだ。 「んぉ!? やめ……あ、あ……ありがとうございます!」 洋蔵は言いかけた言葉を止め、心からの感謝を叫んだ。 勃起した肉棒はマンキニから完全にはみ出して、ついに既に服としての機能は尻穴をかろうじて隠す程度にまでなった。あとはただただ逞しい中年の肉体を強調し、尻と股間に刺激を与える卑猥な玩具だ。 気持ちいい。 くそ、ああ、畜生、なんて気持ちが良いんだ。 やめてくれ、もう見ないでくれ、俺を変態にしないでくれ。 洋蔵は心のなかでのたうち回った。笑顔が痙攣し、ヨダレと鼻水が溢れていた。 そんな洋蔵の耳に突然人々の歓声が聞こえた。それに混じって聞き慣れた声も流れてきた。 洋蔵は振り返った。 「んほ! んほ! 納税者の皆様ァ! ワタクシ、グンチンマッスル人間草尾清治、皆様のご声援でチンポコがボッキンキンになっておりまぁあっす!!」 やはり、そこにはよく知る「先輩」の姿があった。 雄臭い褐色肌の殆どを晒し、現役自衛官らしくボコボコに割れた腹筋や胸板がよく見える。まるで処理されていない腋毛や陰毛、そして全身の体毛がゴリラのように雄臭い。 草尾清治。洋蔵が学生時代から世話になっていた、元先輩だ。 「はぁぁマッスル! マッスル! マッチョボディに軍手身につけ、裸の大将大行進っとぉお!」 グンチン、などという聞き慣れぬ単語は、彼の股間を見ればわかる。彼は洋蔵が股間をマンキニ一枚で隠しているように、その太い肉棒に軍手を一枚だけ被せて隠している。 ぐん、て。ならぬ、ぐん、ちん。 そんな阿呆らしい言葉を、まるで生涯守ってきた誇りのように掲げて、草尾は大声で叫んでた。 草尾の顔は絵に描いたように厳しい軍人面だ。糸のように細い一重瞼。ボサボサにつながった太い眉。顎は二つに割れ、剃りきれてない髭がチクチクと伸びている。 だが全ては表情と格好で台無しだった。 眼尻をデレデレと下げ、顔のパーツは何もかも下に下にと垂れている。 全裸以上に情けない姿だ。局部と両手両足だけを軍手と軍足で隠している。 「素晴らしき平日にぃっぃぃん、敬礼ぃ!」 草尾、否、グンチンマッスル人間草尾は敬礼の言葉通り、少しも乱れぬ動きで右手を額に添えた。敬礼は完璧だ。軍手を付けた肉棒までもが、鋭く上へと起き上がり二重の敬礼となっている。五本に別れた先端が動き、まるで手を振るかのようであった。 マヌケな姿だ。だが人々は笑わない。マッスル人間『らしい』姿を見れば、湧き上がるのは称賛や感動ばかりなのだ。 「先輩」 洋蔵はつぶやいた。 別人のように変わってしまった男だが、その屈強な肉体や雄々しい号令はかつてよく知るものである。鬱陶しくこそあったが、手厚い世話をずっとしてくれた恩師の姿だ。だからこそ胸が傷んだ。あんなにも鍛え上げ、国のために尽くした男が、あんな顔で……スケベに踊り狂っている。 「ムッ、くぅ、い、イカン、フンッ!」 洋蔵はハッと気がつくと、腰をグリグリと回しだした。肉棒が萎え始めている。腰を四股踏みのように低くし、かつて見た女体を頭に浮かべて必死に興奮を誘った。 マッスル人間が一度勃起しておきながら、射精せずに萎えるなどありえない。「不適合者」とみなされてしまう。こんな大勢の前でそんな醜態をさらせば、即座に『通報』されてしまう。 そうなっては……。これまでの努力が水の泡だ。 「せ、先輩!」 洋蔵は必死の形相で、助けを呼ぶように草尾に声をかけた。 「おうマンキニ人間梶原洋蔵ぉ、奇遇だなあ! どうだ、マッスル人間どうし、仲良く肩を組んで歩かんかあ、でへでへへへ」 草尾の反応は洋蔵の予想と希望通りであった。同族を見つけた喜びで顔を垂らし、グンチンでパタパタと「手」を振っている。洋蔵は暗い絶望を胸に感じつつ、同時に厚い胸板を撫で下ろした。 チンポに軍手をつけた変態が、これまた軍手付きの手をスケベそうにうごめいている。男の裸体を触りたくて触りたくって仕方がない。変態ホモおやじと化した元先輩が近づいてくる。 「おうおう、今日も元気だなあ、マッスルマッスル♪」 「あぅう!」 草尾はマンキニからはみ出た洋蔵の股間を掴むと、ぬるぬると上下に扱いた。どこか粉っぽい軍手が肉棒をもどかしい刺激し、洋蔵のチンポはあっという間に固さを取り戻した。 ズリネタ人間のチンポはもっぱらセンズリ専門だ。こうして他人に触られる事など稀である。男の手、先輩の手、だが雄の肉は正直だ。痒みにも似た快感にすぐさまゴチンゴチンに固くなった。 「お、中身がお天道様に向かって丸出しだなあ、マンキニマッスル人間は先っちょ丸出しで羨ましいもんだなあ」 「ああ、あ、はい、センズリ専門マンキニチンポは、いつでもどこでもボッキしますッ!」 「んほ、ワシもおんなじだぞお、グンチンチンポコムズムズして、おほっ♪ そら、いっしょにポージングだあ! 腰つきだせぇ♪」 「も、勿論です……!」 「マッスル! マッスル!」 「マッスル! マッスル!」 国と人々を守ってきた逞しい男達は二人揃って肩を並べると、両手を股間で交差させ叫んだ。がっぷりと開いた股の間で勃起チンポが上下に揺れる。 草尾の軍手が暴れ、洋蔵のマンキニゴムが伸びた。軍隊仕込みの統率力で、二人は完全な調和で変態コマネチとポージングを見せつける。 「マンキニ! マンキニ!」 「グンチン! グンチン!」 繰り返し手を動かしていると、玉の中から精液がこみ上げるような快感がやってきた。人前でみっともない姿を晒していながら、洋蔵の肉体は肉欲に蝕まれていった。草尾も全く同じようだ。声がどんどん甘ったるくなり。顔が笑みを通り越し「スケベ」一色に変わっていく。おへおへと笑いながら、よだれを口中から溢れさしている。 体に刻まれてしまった「本能」が、快感を通じて男の脳を支配してくる。肉欲で体が火照り、羞恥がそれを後押しする。人々の目線と、すぐ隣の雄の匂いが現実感を希釈し、ひたすらに性欲だけが暴れ始めた。 並ぶ二人の体は同じく逞しく、ポーズは筋肉強調、そしてコマネチ。ほとんど同一だ。 だが細部が違っていた。 草尾が心からスケベ一色の下品顔なのに対し、洋蔵は快感と羞恥でまだ引き締まっていた。 あへんあへんと腰を回し、ケツを突き出す情けない変態そのものな草尾に比べ、洋蔵はセックスのように腰を前後し、快感を追い求める雄である。 どちらも異常だが、どちらがよりマトモかは一目瞭然だ。 だが人々は口々に、やはりグンチンマッスル人間さんのグンチンは一級だなあと、草尾ばかりを褒めていた。 「はぁ~、マッスルマッスルゥ♪」 草尾が陽気な音頭をつくり、それに合わせて魔羅をブルンブルンと振り回す。今や軍手の生地を突き破らんばかりに勃起した竿は、白い生地に肉色を浮かび上がらせていた。 ツンと鼻をつく雄の臭いが、その先端からこみ上げていた。 ああ、こんな有り様。見たくはなかった。 そしてそれ以上に、なりたくなかった。 だからこそ、洋蔵は腰を突き出し「マッスル」と叫んだ。 人の波はいつしか囲いとなり、二人はケツもチンポも、腰も腋も、何もかもを見つめられていた。最初に話していた青年は正面の特等席だ。洋蔵のチンポの先走りまで見える距離。なにかを納得しているような顔で頷いている。 「マンキニ! マンキニィイイ!」 見たことのない顔に囲まれ、洋蔵は必死に両手を動かす。深く沈め、高く引き上げ、同時に腰を前後させる。肉棒が上下に動き、玉が揉まれ、ケツの谷間に鋭く喰い込む。 雄臭い老け顔が二人、快感にグチョグチョに歪んでいく。 「マンキニ! マンキニぃ!!」 「グンチィィン❤ グぃンチンンッ❤」 ああ、イク。イクイク。イッてしまう。チンポから、こんな大勢の人の前で射精してしまう。先輩と同時に、マンキニしながら、がに股のままで、ああ、あああ。 「い、イキます! 皆様ァ、マンキニ人間ン、か、梶原洋蔵はぁぁあ、マンキニポォオズでえ、射精して、しま、あぁぁあッ!!」 「おぉおおマッスル人間のお射精! どうぞ皆様ごらんくださいぃい!! グンチンチンポォォォオ、最大勃起ィィッ! んほぉおお、おっほぉおんンン!!!」 興奮が極に達したのは、二人同時だった。 二人の屈強な男は、日に焼けた肉体を見せつけながら、見事さらけ出した肉棒から同時に濃い雄汁を噴き上げた。 ああ……。 一瞬、全てを忘れてしまいそうになるほどの快感に襲われ、洋蔵は目を閉じた。ひたすらに気持ちが良かった。羞恥も屈辱もすべて快感に置き換えられて、頭がおかしくなりそうだった。 「あぁぁ~ン、たまらぁぁあン」 すぐ隣では、同じかそれ以上の気持ちよさを味わった同族が崩れ落ちていくのが見えた。 ひらひらと軍手をつけた竿を突き上げながら、腰を残して全身がじべだにへばりつくのが見えた。 最後の瞬間まで無様で、だからこそ気持ちよさそうだった。 ――どうしてこんなことに。 幸せそうな草尾とは正反対に、洋蔵はヨダレ混じりに涙を流した。息が荒い。腰が揺れる。雄汁がとくとくと垂れていく。 こうして射精するのも慣れてしまった。ポージングの快感が全身に染み付いている。 マッスル人間。 俺もいつか、この先輩のようになってしまうのか……。 洋蔵は思い出していた。 既に『そうなった』男の記憶が、今も鮮明に残っていた。 つづく

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hikarumochi

徐々に頭が溶けていくような段階的な変化が変態チックですごく興奮しました…!どの作品もそうですが、一枚挿絵があるとうれしいです。