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子供は親の背を見て育つ、なんていうが……思えば息子には背中ばかり見せてきた。

平和の為、人々の為、滅私奉公することがヒーローにとって必要だと言い聞かせて、背中ばかり見せてきた。

玄関まで見送りに来る幼い息子をわかっていながら、背中を向けた。

だがそれでも、今でも………、間違ったことをしてきたとは思わない。そんな幾人もの犠牲のもとに、平和や社会は守られてきたんだ。

これが俺の生き方だ。

背中を見せるのが俺の生き方だ。すまない許してくれ。

だから頼む。振り向かないでくれ。

俺の背中の記憶だけを覚えていてくれ。

こんな、俺の無様なツラを最後に見ないでくれ。

ああ……ああ……頼む。頼む。

ヨダレが、とまれねえんだ………。父ちゃんは。

「最初の報告は今から19時間前だ。第一発見者は現場の作業員。建てた覚えのない巨大な建造物が一夜にして出現、会社の規定に則って即座にヒーローに報告、調査能力持ちを中心に三名が派遣された」

二階から降りてきたばかりの息子は、目を見開いて俺を見ていた。

それはそうだろう。野球部の朝練に備える忙しない早朝に、親父がリビングでどっかりと座っている待ち構えていたのだ。それだけでも珍しいのに、真っ赤なヴァンキッシャースーツを身に着け、臨戦態勢で腕を組んでいる始末だ。

短い黒髪、チクチクと生い茂った髭、太い眉。リビングのテーブルよりも居間で胡座をかいているほうが似合う芋臭い顔は、爽やかな朝にはさぞ暑苦しいだろう。

「………」

息子の返事はなかった。無理もない。数ヶ月前の口論以来まともに会話もしてこなかったのだ。

それが今日になって突然、父親ではなくヒーローとして話しかけてきたのだ。そりゃあイイ気はしないだろう。

だが今は一介の高校球児といえど、元はヒーローとして英才教育を尽くされてきた息子だ。どんな感情があったにせよ、息子は自分を抑えて俺の正面に座った。うんざりとした表情をしっかり俺に向けながら。

「三名のヒーローが現場に到着後、建造物が起動。塔の最上部が開口し、眼のような模様のついた石が出現、そして――」

俺は手元のリモコンを操作し、リビングのテレビの電源を入れた。スーツに覆われた指で操作する自宅のリモコンというのはなんだか奇妙な押し心地だった。

「頭頂部から光線を発射。ここまでは、各ヒーローの視点で鮮明にデータが残っている」

「………」

「ヒーローといえど、この速度と量じゃあ、目視で回避しつつ接近するのは、ほぼ不可能だな」

映像の中のヒーローは身体能力と飛行能力を活かし、巧みに攻撃を回避している。しかし体力と集中力は、いかなヒーローと言えど有限だ。

一発、二発と、水色に輝くスーツに攻撃が直撃する。

『な、なんだこれは、攻撃なのか!』

スーツから異音を発し、胸のコアが危機を示す色に変わる。

そこで映像は停まった。

「本来ならば、どのような窮地であってもスーツ内蔵の記録装置が止まることはない。強力な電磁パルス攻撃か、スーツにハッキングが行われたか。エナジーの急速な枯渇か。基地のコンピューターは数少ないデータから答えを出そうとした。だが結論が出る前に、ヒーロー基地がハッキングを受けた」

「で、どうしろってんだよ俺に。そもそも俺はもうヒーローでもなんでもねえぞ」

結論を急くように、息子はついに口を開いた。

「言えよ、親父。朝練行かなきゃならねえんだ」

俺は語った。

作戦の成功率を高めるためにお前の協力が必要なこと。

電磁パルスに対しては、稲妻の力を持つ俺たちの能力が耐性を持つこと。

ハッキングに対しては、旧式のスーツのままヒーローを辞め、アップデートしてないお前のヴァンキッシャーJrのスーツが有効に働くということ。

エナジーの枯渇に対しては、エナジーの受け渡しが円滑に行える親子が適任であること。

「すべての条件が、お前に言っているんだ。もう一度世界を救ってくれと」

「勝手な話だな」

「そうだ。お前個人の意志や感情は無視し、能力を見ての依頼だ」

「そりゃあ、正義のヒーローヴァンキッシャーとしてか」

「――ああ、そうだ」

俺は迷わず答えた。

坊主頭の息子が睨みつけるように俺を見ている。

「ヒーローの息子として、受け入れてくれ。お前が必要なんだ」

これまで語ってきたのは、すべて真実だ。

誰かに頼まれたからではない。世界のためにそうするのがいいと、俺自身が判断して息子に語った。

だが、俺自身の耳にさえ、この言葉は寒々しいものとして響いていた。

こんな情報不足の戦地に息子と出撃したいなど、子を想う親が言う言葉ではない。やはり俺は、一人のヒーローとしてはともかく、親父としては失格なのだ。

それでも、伝えないという選択肢はなかった。正義と平和の為にできることを、我欲と家族のために我慢するという道は選べなかった。

「どうする」

俺は息子をまっすぐ見つめていった。

真紅のスーツに包まれた肉体が、僅かに熱を帯びていた。

元ヒーローとして、もう一度世界のために戦うと言ってくれ。

俺の息子として、そんなの御免だ俺は嫌だと断ってくれ。

二つの感情が同時に渦巻いていた。

「やりゃあいいんだろ」

久しぶりに見つめる息子の顔は、すっかり男の厳ついものになっていた。

あの時の息子の顔は男そのものだった。

あんなに小さかったのに。

将来はパパのようなヒーローになる、なんて、そう言ってポーズをとって見せてくれた時、ああ、あれは今でも人生最良の日だと思い出せる。

「お前の位置は俺のすぐ後方だ、距離300までは攻撃を回避しつつ目標に接近。その後は攻撃が激しくなると予想される、ここから先は俺が電磁バリアを張り先行する、お前は俺を盾にして接近し、出来得る限り消耗を抑え、最後は単独で突撃してもらうことになる」

「おい聞いてねえぞ、親父」

現場の目前にした最終ブリーフィングの最中、息子は再び俺に食って掛かってきた。

俺と全く同じ造形の紺色のスーツに身を包んだ、ヴァンキッシャーJrと登録されたヒーローは坊主に丸めた頭を俺の髭面のすぐ前までずいと突きつけて吠えた。

「どういうことだ、なんだよ盾にって」

「今は、俺のことはヴァンキッシャーと呼べ、Jr」

「Jrって歳じゃねえよ。クソ、そんなことはいいんだよ。なんだよその作戦、盾にしてって……俺はともかく親父はどうするってんだよ」

「お前が無事目標を破壊すりゃあ、連絡が取れない先遣隊共々救出されるってわけだ」

「………クソ、聞いてねえ……聞いてねえぞ」

「ああ、言ってなかったからな」

「………」

「俺がお前の壁になり、同時に外付けの電池になるってことだ。それが最も、作戦の成功率を高める」

「なんで伝えなかったんだよ」

「そりゃあ――」

そんなもの決まっている。こんな言い方をしたら、お前はきっと断れなかっただろう。口は悪いが、優しい子だとわかっているからだ。

「ったく、後味最悪だ。ヒーローが嘘つきやがって」

「嘘はついてねえ。詳細は現場で伝えると言ったときに、お前が尋ねなかったのが悪い。ま、年相応に賢くなったってことが、こんなゴリラ親父でもよ」

そう言って俺は真紅に輝く胸板をドンと叩いてみせた。誤魔化すように、わざと豪快にそう見せた。

「覚悟決めてもらうぞ、よし、行くぞ」

「お、おい!」

もはやこれ以上考える時間を与えるわけにはいかない。

今回の作戦に必要なのは頭脳やテクニックではない。

ひたすら前へと邁進する、覚悟とヤケだ。

なるほどそういう意味でも俺のような親父より、若造のほうが適任だろう。ハッキングされながらも、基地のコンピューターってのは色々と賢いらしい。

工事の最中に投げ出された現場は、荒々しい岩肌がむき出しになっていた。

風に吹かれて砂塵が舞う。俺たちはその中をゆっくりと、縦に並び、雄々しく行進でもするように進んでいた。

映像ではわからなかったが、常に風が吹いている。

距離が近づいていく。600、550、500……、前触れ無くソレは俺たちを襲った。

「避けるぞ!」

声が息子に届いた頃には、俺たち親子は既に一発目の光線を回避していた。

着地と同時に二発め、間髪を入れず三発目。スピード自慢の下半身が、赤と紺の二色の帯を描く。

距離450、400……。攻撃は苛烈になってくる。300までは温存していたかったが、このペースではむしろエナジーよりも集中力が持たない。俺はともかく、息子が直撃を食らっては作戦が完璧に瓦解する。

「仕方がない、現場においては臨機応変! 少し早いがシールドを展開するぞ、ここからは俺の後ろにぴったりついて離れるな! いいな!」

俺は叫ぶと同時に俺は腰を落とし、ガニ股にして両足をパイルのように大地に突き立てた。

「ぐ――ヌゥッ、ヴァンキッシュシールドォォッ!!!!」

世界のため、平和のため、そして息子の活躍のため。

俺は両腕を限界までパンプアップして、前腕をクロスさせた。赤と黄色で∨の字の描かれたエネルギーシールドが正面に展開される。

「ク……す、進むぞォッ!!」

光線が俺の正面、ど真ん中を射抜くように突き刺さる。

5発までは問題なかった。しかし六発、七発と攻撃を受けるうち、スーツに表示されるメッセージにノイズが混じり始めた。

「まだだ――おとなしくしてやがれ……!」

俺は自分のスーツに言い聞かせながら、ガニ股中腰の姿勢でズリズリと前進した。

俺の後ろには息子がいる。

俺の背中には息子がいる。

いつも置いていってばかりだった息子が、今は俺のすぐ後ろにピッチリとついている。

背中ばっかり見せてきたんだ。

親父の背中を、今日はせめて格好いいものとして最期まで見せてやる。

「親父ッ」

耳の後ろで小さな声が聞こえた。

右側25メートルほど先に、先遣隊のヒーローが見えた。

仰向けに倒れた彼は、緑色のスーツに身を包んだままビクビクと痙攣していた。どうやらまだ生きているようだ。良い知らせだ。

「ああ、問題ねえ、大丈夫だ、なんせお前が助けてくれるからな」

「………いや、あれって」

「集中しろ、馬鹿になれ! とにかく前だ、前に進むんだッ!」

とんでもない教えだ。だが、時にはそれくらい割り切ることが必要なのだ。

そうだ、馬鹿だ。今の俺は正義馬鹿そのものだ。

エナジーをギンギンに滾らせて、筋肉を盛り上がらせて、ただひたすらに前へと進む。目標を破壊し、平和を取り戻すため。とにかく一歩、一歩と前進する。

髭面を限界まで歪め、汗だくになって、とにかく前へ、前へ前へ。馬鹿になって突き進め。

俺は盾だ。上等だ。この生命を使い捨てるつもりでとにかく進め。

スーツに筋肉食い込ませ、腰を振って、腋見せて、息子にケツを突き出す姿勢で、とにかく全身、エナジーをどばどば吐き出して気持ちよくなって全身だ。

「おい、親父ッ!」

「ハッ、ヌゥ―――!?」

俺はもう何発目かもわからない光線を弾きながら、息子の声に我に返った。

待て、腰を振る、だと? な、なに考えてやがる。

エナジーを吐き出すだと。そんなもん以ての外だ。こいつをギリギリまで温存するための作戦だぞ。

「待て、いったい、なにが起きてやがる――」

俺はスーツのデータを網膜に展開させた。

………

計器はまだ正常に作動している。ように見えた。

気がつけば、俺の体をピッチリと覆っていたスーツが、ギュウギュウと俺の筋肉を締め付けている。

似ているようだがこれはまるで違う。筋肉の動きを全く妨げないからこそ、俺のような髭ゴリラの親父が全身タイツ型のスーツなんてものを身に着けているのだ。それが、なんだ。

ケツに食い込み、股間が擦れ、胸板の乳首までツンと突き出るくらいにまでピッチリ張り付いてやがるじゃねえか。

「く、クソ、ハッキング型――で、間違いなかった、ようだなッ」

体が動かしにくい。

いや、違う、正確には妙な動きだけが楽だ。

前へ進むだとか、まっすぐ立つだとかができねえ。その代わりに腰を振ったり、ケツを突き出したりのポーズが妙に楽で、気持ちがよくなっちまっている。

ああ、気がついたら、意識したら、途端に全身がむず痒くなってきやがった。スーツが俺の体をシゴいてやがる。よりにもよって息子の前で!

「ハァ……ハァ………ぜ、前進だァ、い、急ぐ、ぞ、ヴァンキッシャーJrよォォ……!! ンオォォ!!」

俺は雑念を振り切るように吠えて、再び一歩脚を動かした。

ほとんど震脚だ。だが、それぐらいの決意がないと体が動かなかった。

スーツがビービーと音を立てている。

撤退。解除。敗北。危険。

そんな音だ。

「グゥウゥゥ、だ、黙ってやがれッ、俺は正義のヒーローヴァンキッシャーだぞッ、お、親父の胆力舐めんじゃねェぞォォ……!!!」

左、右、左、右。

俺はどんどん不格好になりながら、とにかく盾を前へと持っていった。

息子は何も言わない。

黙って俺の背中を見つめている。見つめてくれている。

せめてもう少し格好いいスマートな親父だったら、この場も鮮やかに切り抜けれたかもしれねえな。

だが、ないものねだりをしてもしょうがねえ。

俺は息子のミルクを作るのだって四苦八苦したし、息子の精通をデリカシーなく慰めたようなこともしたし、息子の授業参観もほとんど出席せずにヒーローをしてきた、そんな親父だ。

だが、正義のため、平和のため、お前の為に戦ってきたつもりだ。

そんな背中がこれなんだ。最期まで俺はそうあるんだ。

「グ……オォォオオッッ、オホォ!?」

だがそんな決意を捻じ曲げるような、とてつもない快感が股ぐらからこみ上げてきた。

体が痺れる。全身が電気になっちまったみたいだ。俺の正義と一心同体のハズのスーツが、俺の股間とケツを小刻みに振動させて弄ってやがる。

すでにスーツは狂わされ、完全に悪に堕ちていた。今ここにいるのは、丸裸の正義の親父と、悪に堕ちたスーツ。そして無傷の息子ってわけだ。嗚呼クソ、とんでもねえ事態になったもんだ。

「オォォ……ま、前だけ、み、見てろォ……も、目標、だけェをォォッ!!」

俺はたまらず、後ろの息子にそう言った。

背後からでは見えないだろうが、既に俺の肉棒はビンビンに勃起し、プレエナジーがたらたら溢れていた。

息子の前でこんな無様を晒すなんて。

とんでもない屈辱感だ。

だが、だからこそ息子をこんな無様な姿にするわけにはいかないという決意もあった。

ああ、そうだ、俺の大事な息子を、こんな恥ずかしい目に合わせるもんかよ。俺だけだ、俺だけで十分だ。

光線が容赦なく俺のシールドに突き刺さる。

だいぶ光が薄くなってきやがった。

ああ、あちこちに仰向けになっているヒーローたちは、みんなこの直撃を受けて、エナジーを吐き出されて、あんな姿になっているのだ。どうりで連絡が取れないわけだ。

ああ、シールドが消えちまう。

股間にエナジーが集まって。腕の筋肉に力が入らねえ。

まずい。まずい。俺まで直撃受けちまう。

息子の前で、息子の前で息子の前で―――

駄目だ、進め、耐えろ、進め。

「親父、限界だろッ! 一旦下がれよ、交代だ! 俺にだってシールドくらいつくれんだ」

何言ってやがる、お前を無事に届けるための作戦だぞ。

そんなもん却下に決まってる。

「現場においては臨機応変だろッ! 親父がここで崩れちまったら――」

息子の声の最中にも、光線は容赦なく俺を狙い撃つ。

盾にヒビが入る。汗が吹き出す。雄汁が飛び出しそうだ。スーツの中で蒸れた体がぐるぐると蒸発しちまいそうだ。

俺は――

・限界まで耐えた

・息子の提案を受け入れた

俺は息子の提案を受け入れ、フロントを任せることにした。

実際のところ、消耗は事実だが余力がないわけではない。目標が目視圏外である現状から逆算し、ここで息子のエネルギーを大量に消耗させるのはどうあっても避けたかった。

プロのヒーロー同士であれば、俺は最後まで力を尽くし……そして無様にエナジーを吐き出し、力尽きただろう。たとえ無様だろうと、屈辱だろうと、それが最も作戦の成功率が高いからだ。

だがしかし、息子は技術や能力があるとはいえ、まだ学生だ。

実の父親が目の前で倒れれば、精神的な消耗が必ず生じるだろう。

「………」

胸中にこみ上げてくる感情は複雑だった。しかし、俺はそれらを飲み干して、ただ一言だけ息子に返した。

「わかった」

親父として無念ではある。しかし、そのプライドの為に作戦を台無しにするわけにはいかない。

「大丈夫か。シールドの面積は広げなくても構わんが、反射の為にはある程度の角度が必要だぞ」

「うるせえな、そういう小ワザができるから俺が呼ばれたんだろ」

もっともな指摘に俺はただ口を閉じた。ヒーローらしからぬ、冷静ではない態度だった。どうしても『父親』が出てきてしまう。ヒーローとしては長く深いものだが、父でありながらヒーローをするというのは初めての経験なのだ。

しかしこれだけのヒーローの技術を、小ワザ呼ばわりとは。息子がヒーローを続けていれば、必ず大成したに違いない。

「それじゃあ、任せたぞ」

「――ああ」

俺はシールドを収めると同時に、後ろに引いた。

背中越しに息子がオレンジ色の光を前面に展開するのが見えた。

正面から光線が突き刺さるのがわかった。

怪しげな光線は直撃することなく、息子のシールドに弾かれて霧散した。

ああ、俺によく似たシールドだ。

角度は良好。エネルギーも均等に行き渡っている。しかしやや厚みが過剰だ。これでは消耗が俺以上に激しい。

「――よし、もう大丈夫だ、前進しろ」

「わかってる、ついて来いよ親父」

だが今は息子を信じ、進むしかない。

目標に近づき、破壊する。そのために親子二人の力を尽くし、光線の嵐を突き進むのだ。

嵐の中を突き進んでいるようだ。

雨のように降り注ぐ光線をしてそのように感じたものだが、前進を続けるに従っていよいよ俺たち親子は黒風の中でもがいているように思えてきた。

常に向かい風が吹き、砂嵐が巻き上がっている。

体を低くかがめ、盾を掲げながらゆっくりと歩行しなければならない姿は、雨の中で傘に身を任せる姿によく似ていた。

「ハァ……クっ、ぬぅ………」

機能を失っていくスーツは本来の通気性を失い、サウナスーツのように俺の体を蒸している。

本来スムーズに収縮するはずのスーツが、プログラムによる制御を失い俺の肉体を責め続けている。エナジーを放出させ、無力化させようと、常に快感を与えようとしている。

それらが合わさって、一歩歩くごとに不快感と快感が同時に襲いかかってくる。汗だくのケツが揉まれるような快感。股間が収まった部分が時折振動すやがる。全身の熱で頭がボーッとしてきちまう。

「大丈夫か、常に……スーツの状態は確認しろ……気がつけば、かなり侵食……ハッキングが」

「ま、まだ大丈夫だ」

そう返答する息子の顔は見えないが、背中越しにも既に『始まって』いることは伝わった。

息子のスーツはアップデートが行われていないぶん、おそらく俺ほど深刻に侵食されたり、蠢き出すようなことはないだろう。だが、まるで影響を受けないわけではないのだ。実の父親の視線を浴びながら、屈辱的な刺激を受けるというのがどれほど若いプライドを傷つけているかは……想像しきれない。

息子の紺色の背中を見つめながら、俺達は二人だけの進軍を再開した。

一歩、また一歩と進む。俺譲りの骨格はガッシリと逞しく、見ようによっては頼もしく思う人もいるだろう。野球部ではリミッターをつけてキャッチャーを任されているらしい。なるほど、シールドを展開しながら前進するという負担の強い動きでも、下半身はまったくブレていない。チームの大黒柱として、一本立派に務めているだろう。

……しかし、懸念していた通り消耗が早い。

脈拍、息遣い、どれも明らかに正常ではない。本来はもっと後に行いたかったが、これはもう仕方がない。俺は息子に一つの提案、いや、命令にも近い語気で語りかけた。

「もう一度、俺が前に立つ」

「おい、なんだよ、それじゃ意味がねえだろ」

「いや、休憩は十分だ。頭は冷えたってことだ」

自分自身の限界がわかった。

そして、息子の力量も見えた。

目的地までの距離も頭に入っている。

熊みたいな親父の俺だが、このヴァンキッシャーはベテランのヒーローだ。これだけの材料があれば、勝利のための方程式ってものは頭の中で十分計算できる。

「今からお前に、俺のエナジーを送り込む。その後、残ったエナジーのすべてを使って俺がシールドを展開し……お前に託す」

「おいそれって」

「お前が振り返らずにまっすぐ進めば、目的地まで足りる計算だ。多少のトラブルがあっても、な。無事解決すりゃあ、その後で……ここでヘロヘロになってる親父を迎えに来てくれりゃあいい」

結果として出した答えはスマートとは言い難い。

だが、息子の精神的消耗を避けつつ、作戦の成功率を上げるにはこれが一番。これしかないと、そう思った。

「悪いな、お前に託すことになっちまって」

「………」

息子は答えなかった。その無言の回答を良しとして、俺は息子の背中に手を伸ばした。

紺色のスーツと赤色のスーツが重なり合う。侵食は目測通り進んでいた。じっとりと汗ばんでいるのが薄いスーツ越しに伝わってくる。

「少しばかり違和感あると思うが――」

「わかってる、我慢してやる」

生意気な口を聞けるだけの余力はあるようだ。

頼もしい限りだ。

問題は俺のエナジーが潤滑に受け渡せるか、だ。

実際のところ、俺でさえこの経験はほとんどない。

ヒーロー同士、エナジーの譲渡が可能というのは皆知っていたが、しかし実際行われることは極めて稀だからだ。

そもそもヒーローがここまで消耗する事態が少なく、親子や兄弟でもなければ、エナジーの種類が大きく違っている。二つの条件を満たす状態、というのがめったにないのだ。

俺は息子の背に置いた手をグッと突き出した。

目を閉じ、意識を集中する。

ヒーローとヒーローの魂を通じ合わせるように、エナジーと心を一つにして右手一本に集め、そして注ぎ込んだ。

繋がる。

繋がる。

力が届く。

「ぬぅ………!」

急速に俺の全身を疲労感が襲う。抜けていく。全身の細胞から、力が抜けていく。

「ぐ、おぉお………!!」

閉じているはずの視界が瞬き、頭の中で整理不能の情報が弾けるのが分かった。

息子の力からも、力や情報が流れ込んでしまっているのだ。

なるほど一方的な譲渡が困難な理由はこれか。俺の方で出力を調整し、息子にだけ力を与える量を……それでいて苦しめないような出力にしなくてはいけない。

強く、それでいて穏やかに……。そんな調整が終わるより早く、数多くの光の粒のような感情が流れ込んできた。

不安。そして恐れ。

いろいろなものが見えた。

今の感情だけではない。もっとずっといろいろなものが流れ込んでくる。息子の根幹。ここに至るまでの経緯。そんなものが断片的に見えてくる。

あれは……あの姿は。

俺の背中だ。

息子の記憶の中の自分だと、気がつくのに時間はいらなかった。

『よし、父さん行ってくるから、夕飯は用意してあるけど、足りなかったら――』

俺が去っていくのが見えた。

何度も何度も、優しげな言葉だけを残して玄関から戦場へと飛び立っていく。

しかし、息子の胸にあるのは決して寂しさだけではなかった。誇り、憧れ、いろいろなものが混じっていた。父の背は遠いが、それでも大きく頼もしかった。

そんな父に倣って、ヒーローになるのは当然だと思った。

幼い頃から野球を続けていたので、競い合うことや体を動かすことも好きだった。

ヒーローを尊敬もしていたし、体格やエナジーも恵まれた物を持っていた。

立派な教官にの元で教えられ、幾つものテストを合格した。

だからずっと気が付かなかった。

目の前の敵を打ち倒すというのが……、力で以て敵を征するというのが、性に合っていないなどとは考えもしなかった。自分自身も気がついていなかった。

親父譲りの強面に、恵まれた骨格、鍛えた肉体。ヒーローとしての血筋。

だが、本来は戦い向きの性格ではなかったのだ。

「…………」

息子の感情が止めどなく流れ込んでくる。

父に頼られ、この場にまでやってきてしまったが、本当は今も緊張と恐怖ですくみそうだった。戦う力を持っていることと、戦い向きであることは違う。不安と恐怖、そして緊張。あの静かな顔のうちに、幾つもの感情が隠れていた。

「お前……」

閉じきっていたまぶたを開くと、すぐ目の前には紺色のスーツが変わらず輝いていた。

だが大きく成長した息子の背中の震えが、今度ははっきり見て取れた。

「……すまん。すまない。お前をこんな場所に呼んじまって」

俺は後悔に身を焼かれながら、それでも右手からエナジーを送り続けた。

それでもなお先に進んでもらわなきゃならんのだ。

人々が救われるために、今はお前が必要なんだ。

「頑張ってくれ……」

俺は込み上げたものが抑えきれず、涙声になってそう呼びかけた。

「え、親父……」

突然の父親の変化に、息子は驚き振り返った。

「馬鹿野郎振り返るんじゃねえ! 前だ、俺達はとにかく前に進まなきゃならねえんだ」

熊のような俺のツラは、一体どんな顔をしていたのだろうか。一瞬だけ見えた息子の顔は、ゴツさと幼さが混じり合っていた。

俺はそれを頭に刻み込んだ。これが終わったら、改めて一度話し合おう。どうしてリミッターをつけてまで野球を続けたのか。将来はどうしたいのか。いやそんな大仰なものじゃなくてもいい。いま食いたいものの話だけでもいい。男同士、親父と息子になって話をしよう。

「―――!?」

そんな甘ったるい未来図を描いている俺を叱責するように、ヒーローとしての俺が覚醒した。

塔が見える。砂嵐の向こう側、光線を放つ巨大な塔の影がぼんやりと見えた。

光り輝いている。光が強くなっている。唸る音が変わっている。

来る。

若い頃から親父になるまで、ヒーローを続けていた俺の勘が嫌なものを感じった。

スーツは何も答えない。息子も気がついていない。

だが俺にはわかる。長年戦ってきたヒーローとしての勘が、おぞましいものを感じ取った。

「出力を上げろ、備えろ!」

俺の声に息子はとっさにシールドの範囲を広げた。

俺も振り返り、背中と背中を合わせた。

鍛え上げられた男同士の背筋が、盛り上がった部分を中心にぴったりと重なり合う。

180度展開したシールド同士を重なり合わせて、360度の防御を作り上げる。

完成の瞬間、光が降り注いだ。

直進するはずの光線が、どういうわけか俺たちを取り囲むように全方位から照射された。

「う、ウォオオオオ!!!」

「な、なんだよこれ、どうなってんだ、突然ッ!!」

「落ち着け、落ち着け!!」

俺は息子を宥めながら現状を必死に分析した。

おそらくはこいつは奥の手だ。それだけ追い詰めれている、ということだ。

問題はこの包囲網を抜ける手段だ。

俺はいい。どうなってもいい。

狂っちまおうが、無様を晒そうが、もうそんなものはいい。

どうにかして息子だけでも。送り届けられないか。

頼む、俺の脳みそ。なんとか思いついてくれ。息子のために、正義のために、平和のために、冴えたやり方を思いつけ。

背中から伝わる息子の熱が震えている。怯えている。限界だ。体力以上に精神が保たない。シールドがもう続かない。俺は……俺は息子を――

・俺は息子を抱きしめた

・俺は息子を突き飛ばした

俺は息子を突き飛ばした。

力の限り、出来得る限り俺から遠ざけるように。

深い青色のスーツを身に着けた息子の体は、狙い通りの地点に突き刺さるように吹き飛んだ。大丈夫だ。ヒーロースーツを身に着けた肉体は、たとえ機能が落ちていたとしても衝撃には強い。肉体に怪我は殆ど無いだろう。

しかし、見開かれた息子の目は、正直堪えた。

『また勝手に全部決めやがって』

『オレ一人に背負わせるのかよ』

『どうしてこんなことするんだよ父ちゃん』

いったいどんなことを考えていただろう。それがわからないのが苦々しかった。

ただ俺は、なにもかも全部を無視して、ただすべてをヒーローとして託してしまった。

結局また、声も出さずに、玄関に息子を置き去りにして現場に向かうように。

「頼むッ!」

俺が叫べたのは、ただ一言だけだった。

息子の瞳に、俺の全身に降り注ぐ光線が写る。正義のヒーローヴァンキッシャーの真っ赤なスーツを光線が取り囲んでいる。もう避けることも耐えることもできない。息子が瞼が閉じ、目を背けた。

――ああ、ありがとうな。

俺はソレを確認してから、口をギュッと引き結んだ。決して開いてなるものか、最期になるかもしれないのだ、負けるにしても男らしく勇ましい親父でありたい。そう思ってツバを飲み込んだ。

「ングッ――オッ、ヌホォォォオッォォォオッッ!!」

その覚悟とツバは、一瞬で吐き出されてしまった。スーツが異音を発して狂い、俺の全身を余すところなく締め上げ、くすぐり、震えて、扱く。気持ちよすぎる。なんだこれは。声が抑えられねえ。止まらねえ。

ブルブルガタガタ揺れる俺の視界の中で、息子の背中が見えた。俺の覚悟が通じたのか、はたまた無様な親父の姿なんぞ見たくないからか、すごい勢いで走り去っていくのが見えた。

ああ、よかった。助かった。光線は俺にばかり夢中で、息子の存在に気がついていない。これならきっと大丈夫だ。

あとは、俺の意思を継いだアイツが解決してくれる。

俺の正気が残っていようと、壊れていようと、世界は守られ救われるんだ。

「あぁ~……はぁ……ンォァァッ!!」

その安堵を感じちまったからか、俺の脚はガタガタと快感の前に崩れ落ちた。

肉棒がスーツの中でギュンギュンと雄汁を吐き出している。ケツの食い込みがグリグリ俺の奥を刺激している。顔が戻らねえ。仰向けに崩れたまま、まるで立ち上がらねえ。

気持ちいい。気持ちよすぎる。頭がバカになっちまう。

ああ、俺が、俺が崩れちまう。

だが、もし息子が帰って来たときに、まだ息子を息子とわかるていどの正気が残っていたら……息子が、親父を親父と認めてくれる優しさがあったら……。

これが終わったら、今度こそ……。

「あぁぁぁ゛ァァ!! スゲッ、スゴッ、すぎッ、ぁぁあぁッ!!!」

俺はそんなことを願いながら、大地に大の字に寝っ転がったまま快感の嵐の中に沈んでいった。

誰もいない空間で、一人の髭面のヒーローがよがり狂っている。

もう何度イッたかもわからねえ股間はベトベトで、汗と鼻水とヨダレで顔面はグッチョグチョだ。

この青空の下で、なんて情けねえ姿を晒しているんだ。

これが正義のヒーローヴァンキッシャーの姿か。髭面の熊みたいな男でも、頼もしく格好いいヒーローになれるんだって世間の評価を覆したあの男か。

――俺は、自分がそんな事を考えていることに『気がついた』。

思考がある。恥ずかしいと思えるだけの倫理観が戻ってきている。

頭ン中にあった気持ちいいの声がさっきより収まっている。

快感に腰ふるだけだったガタイが、今は止まっている。

青空。そうだ、青空の下で……って今考えたな。あれだけ俟っていた砂嵐はどこに行った?

「う……あぁぁ……こ、こいつァ……」

俺は快感の浴びすぎで力の入らねえ腕で、なんとか上体を起こした。静かだ。辺りに見えるのは静かな荒野だけだ。

あの塔がなくなっている。異音もしない。

つまり、息子はやり遂げたのだ。

「はぁ……ははっ……は………」

俺は再び大の字になって大地に転がった。気持ちがいい。

体がじゃない。心が爽やかなに気持ちが良かった。

なんて嫌味な青空だ。これでスーツが狂ってさえいなけりゃあ、今かいている汗も心と一緒に爽やかなもんになっていただろうに。

まだ腰が動いている。気持ちよさを勝手に反芻しようとして、気合を抜くとすぐに手が自分のガタイを触ろうとする。

駄目だ。もうすぐきっと息子が戻ってくるんだ。そのときに、親父がヒーロースーツを着たままセンズリを扱いていた……なんて、笑い話にもなりやしない。

我慢だ。今は我慢だ。

俺のこの腕は、任務を達成してきた息子を抱きしめるためにとっておくんだ。俺の中にこんなバカでかい感情と欲望があるなんてな。

俺はすっかり満足と安心の錨を胸にどっしり降ろしていた。耳を地面につけて、息子の足音を静かに待った。

そのうち、一人分の足音が聞こえてきた。がっしりした肉付きの男の足音だ。間違いない、息子のもんだ。消耗はそれほどでもないようだ、ゆっくりとだが確かな足取りで一歩づつ近づいてきている。

―――。

―――なんだ。

どうした、この動きは。右に、左に、向きを変えるように動いているぞ。今度は跳躍だ。

俺は一度目をつぶり、ギュッと視線のピントを合わせた。ぼやけた青空がくっきりと見える。白い雲。黒い影。空を舞う奇っ怪な翼。俺は目を見開いた。

「しまっ……たッ……!」

俺はよがり過ぎて涸れてしまった声で、自分の甘さを罵った。

空を覆っているのは、あの塔とは全く関係ない別組織の雑魚戦闘員共だ。飛行能力を持っているということは、ここ数ヶ月動きを見せなかった黒羽根団の野郎どもだろう。ヒーローたちが消耗するのを待って、漁夫の利を狙ってやがったのだ。

こんなもの悪の組織常套手段だってのに、すっかり失念しちまっていた。

「に、逃げ……ろッ…………!」

俺は声を張り上げて息子に伝えた。

だが既に息子は四方八方から……ドームのように戦闘員に囲まれていた。戦闘員共の腕には、道中で倒れていたヒーローが何人もぶら下がっている。このまま連れ去って、実験体や怪人に洗脳するつもりだ。

才能こそあれど、実戦経験のない息子は突然の事態に対応できていない。このままでは、息子にはあのヒーローたちと同じ末路が待っている。

「は、離しやが……れッ……!」

俺はマトモに力が入らない体を持ち上げるために、腕と膝すべてを使って四つん這いになった。

俺の大事な息子に手を出すんじゃねえ。卑怯な真似をするんじゃねえ。

体の中で今も燻っている欲望を、正義と使命感で燃焼させる。口の中で溜まったヨダ

レをツバと一緒に思い切り吐き出した。

汗で全身はベトベト。先走りで股間にはシミ。とても人様には見せられねえ情けない姿だ。だが、それでも戦えねえわけじゃない。

「親父……」

戦闘員に囲まれていた息子が、確かにそういった。

その瞬間、俺の中に残っていた躊躇いは吹き飛んだ。

「うぉぉおおッぅううッッ!!! ヴァンキッシュボルトォォォオッ!!!」

スーツの補助はいらん。この後がどうなろうと知らん。ただ一撃。この瞬間だけ俺の体が動けばいい。

俺は真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、天から降り注ぐ稲妻のように息子に向かって突撃した。

肩で戦闘員共を吹き飛ばし、息子を抱きかかえ、真っ直ぐ、真っ直ぐ、知恵も外聞も捨て、停止することも考えず突き進む。

意識が薄らぐ。体はもう反射だけで動いている。呼吸もマトモにできないまま、俺はただ息子への想いだけで雷となった。

「――じ、親父ッ、おい、おいッ、返事しろよッ!!」

息子の声に目を覚ました俺は、自分がバカでかいクレーターを作って突っ伏していることに気がついた。

止まることもできないまま、崖にぶち当たってようやく収まったらしい。

「――あぁ……無事、か。頭は、ぶつけ……て……な………いか」

かすれた声で俺は呼びかけた。一言しゃべるごとに全身を虚脱感が襲う。

エナジーは一滴も残っていない。ガス欠、いやタンクの底から空っぽだ。

「に、にげ、ろ……」

それでも、俺は伝えるべきことを口にした。

「これだけ、……派手な跡………残って……る。じき……追ってく……る………ッ」

他のヒーローであったら、準備を整え返り討ちするほうが生存率が高いだろう。だが、息子はとことん戦闘向きじゃない。戦闘員に囲まれているときのあの表情でわかった。顔とガタイじゃわからないが、心根が優しい男なのだ。

「逃げ……ろ、俺は……だいじょう……だッ……」

俺はまた嘘を伝えた。ずっとそうしてきたように。

しかし今日の嘘はヒーローとしてではない。父親としての嘘だった。

「………」

だが、今日の息子は弱気な子供の顔はしていなかった。

ただまっすぐの眼差しで、俺の方を見ていた。

「親父に運ばれる途中、空にすげえ数の戦闘員がいるのが見えた。とてもじゃねえけど、逃げ切れる数じゃねえ」

「そん……なこと、は」

「かといって返り討ちにもできねえ。一瞬だけ交戦したけどよ、まるで駄目だ。俺はやっぱり向いてない。どうしても竦んじまう。他のヒーローたちを助けながら、あの数を倒すなんて……ベテランのヒーローじゃなきゃあ無理だ」

「………」

息子は弱気になっていない。絶望もしていない。ムッとした球児の面だが、頭の中はどこまでも冷静な……ヒーローだった。

「親父にやってもらうしかねえ」

「ああ」

やっぱりお前は、俺の自慢だ。誇りだ。

情けねえようなことまで伝えて、俺を奮い立たせようとしてくれている。

「俺の残りエナジーを、親父に託す。返すってことだ。それなら、まだ戦えるだろ、なあ親父」

「あ……あぁ……そうだ、俺は、ヒーロー活動しか脳がねえ、親父だか、ら……な」

「わかってるよ」

「ハハ、そりゃあ……そう、だ、な……」

「よし、早速やるぞ、距離は随分離れたけど、きっとすぐ……」

「ま、待て」

俺は息子を止めた。

「俺は、見ての通り……今……カラッカラだ……。これ以上、す、少しの……ムダも、できねえ」

「ああ」

「――だから、その、無駄……に、できねえんだ……」

俺は汗でじっとり湿った体を息子のスーツに擦りつけた。息子は恥を忍んで伝えてくれた。ならば俺も、それに応える義務がある。

「一滴も、だ」

俺は、息子の青いスーツの股間を触って、静かに伝えた。

「い、今から、俺の言う通りに、できるか?」

「生き残るためだからな」

「ああ、そうだ、我慢してもらわなきゃならねえ、また」

「ン……お、こ、こうか……?」

「よし、いいぞ……そのまま……ガッチリ掴めッ……よし、いい、ぞ……」

「おい、親父は動くんじゃねえ。そんな……体で動かれたら、余計時間がかかるだろ……」

「わ、わかった、こっから先は、任せる……ぞ」

俺は目を閉じて、息子にすべてを預けた。

青いスーツが俺の全身に覆いかぶさっているのが、目をつぶっていても分かる。汗臭い男の体だ。あんなに小さかった息子はもういない。俺と同じかそれ以上にでかくなったガタイが、ヒーローとして俺に伸し掛かっている。

ズン、とスーツ同士、筋肉同士が重力のままに重なり合う。

腕は俺の背中に回り、胸板は重なり、脚と脚は絡み合う。赤と青のスーツを身につけたヒーロー同士、親子同士が、少しも余すところなく重なり合う。

「あ、っっぁぁ……きた、ぞ……ッ!」

体が熱い。息子からエナジーが伝わってくる。

よほどの緊急時にしか使わない最後の手段。ヒーロー同士の全身を密着させた、少しのムダもないエナジーの譲渡。長いヒーロー人生で、まさか初めてが自分の息子になるとは思いもしなかった。

「ハァハァ……ッ」

息子の荒い息遣いが耳元で聞こえてくる。

汗ばんだ肌が俺の上で揺れている。

「う……!!」

勃起したまま収まっていない俺の竿が、息子の下半身にゴリゴリとこすれちまう。息子は気がついていないわけがない。だが、それでもやめることなくスーツをこすり続けている。真面目で、使命感が強い。そんな息子に、俺は自分の……これ以上ない雄の部分を知られている。

なんてこっ恥ずかしい感覚だ。だが、文字通り腰が引けていてはいけない。密着だ。しっかり受け取るんだ。余すところなく受け入れろ。

俺は脚で絡みつくように息子を捉えた。

「よ、よし……いいぞ、このまま、だ……辛いと思う、が……」

だが、その言葉の途中で俺は腹に何かが当たるのを感じた。俺の腹筋を覆う赤いスーツの向こう側、青いスーツのさらに先に、なにかがある。

固くて、ゴツゴツした、デカくて熱いもんがある。

「………」

息子もまた消耗して、少しの刺激で勃起するようになっちまっているのだ。

ああ、俺とそっくり、いやもしかしたら俺以上のデカさだ。立派に、生意気になりやがって。オヤジ臭くそんなことを考えながら、俺はぎゅっと自分の腹を押し当てた。エナジーは無駄にできねえ、特にここからデてくるものは。

「こいつが、必要なんだろ」

「あ、ああ、そうだ……ヒーローっもんの、最後の手段、だ」

俺たちは頭皮から数ミリしかない短い髪の毛同士を重ね合わせて、照れくささを誤魔化すように喋った。

「よ、よし、いいぞ、そのま、ま、うぉおぉおお……!!」

俺の指示など聞くまでもなく、息子はギチギチと俺の体を抱きしめた。なんて力強さだ。掌から、腿から、そして股間から、すごい勢いでエナジーが送り込まれてくる。

若くて溌剌とした、熱っぽいエナジーだ。俺と同じ雷を思わせる。鋭さはないが、だが俺より熱く量が多い。

「――うッハァ………ハァ」

息子が荒く吠える。

まるで、本能が知っているように、腰が揺れる。いいぞ、気持ちよくなっちまっているなら仕方ねえ。何も恥ずかしいことじゃねえ。親父の俺のほうがよっぽど不甲斐ない姿を晒したんだ。お前は何も気にせず、雄の本能のまま、ヒーローとして俺にぶつかるんだ。

そう伝えるように、俺は自分から少し腰を揺らした。

その刺激に、息子は更に強く熱く俺に潜り込んできた。

俺のケツに向けて、竿の塊がグイと突き進んできちまった。

「ハァハァ……!!」

でけえ、でけえのが俺のケツに入ろうとしてきている。

俺の息子のデケえのが……親父であるこの俺に、正義のヒーローに。

待てそこはまずい。

そう伝えれば、おそらく息子も冷静になって腰を止めただろう。

だが、ほんの少しのムダもなく自分を注ごうとしての動きだ。一秒でも早く、俺を復活させてやろうと考えているからこそ、こんなことになっちまってるんだ。

それを諌めるなどとは、ヒーローのすることじゃねえ。親父の態度じゃねえ。

今、俺がやるべきことは……、そんなことじゃねえ。

「はぁ……はぁッ、うッ……」

「よ、よし、いいぞ……だいぶ回復、してきた、その調子だ」

「わ、わかった」

受け入れるんだ。全部なにもかも。

息子の事実も。息子の恐怖も。不満も怒りも、そしてこの熱もエナジーも。

全部全部、俺の中に入れちまうんだ。

それが親父として、ヒーローとして、ずっと怠慢にしてきた俺の、やるべきことだ。

「―――ッン!!!」

ズンと、息子の腰が動いて、俺のケツに分厚い圧迫感が襲った。

入っちまった。

スーツ越しでもはっきり分かる。息子の……チンポが。俺のケツに、伸縮自在のスーツをグリグリ伸ばして、びっちり入ってきちまっている。

「あぁ……はいッ………て……きちまッう……!!」

突き進んできやがる。少しづつ、だが確実にだ。スーツの中で伸びて固くなってデカくなって、俺の体の奥に潜り込もうとしてきている。

その激しさに、俺の体は屈するように開いていく。

乾いた体にエナジーが染み渡る。それと同時に俺のガタイも息子の肉を受け入れるものだとして咥え込もうと変わっていく。

ゴリ、と。感覚があった。

「―――!!!!」

奥を突かれた。

息子に、俺の……男のやばい場所を突かれちまった。

気持ちいい。

今日、もう何度頭に浮かべたかもわからないその言葉が、再び頭の中で弾ける。気持ちいい。気持ちいい。息子に突かれて気持ちいい。気持ちよくなっちまう。これで気持ちよくなっちまう。体が満たされちまう。

「あぁ………あぁぁ……!!」

今日何度も抗ってきた快感に、俺は自分から絡みついた。

ためらうな、受け入れろ。このエナジーを飲み込んだ。そう頭に命じた。それがどんな姿であろうと、今ヒーローに必要なのはコレなんだ。

「あ、スーツ……がッ……!」

その意志をスーツが読み取った。狂っていたはずのスーツは確かに俺の意思とリンクした。息子が潜り込んだケツの中で、俺のスーツはドロドロに解除されていた。

息子の青いスーツだけがギリギリ残っていた。熱い。さっきより感じちまう。息子のブツが近い。

「だいじょ、ぶか……、お、親父……や、めるの……かッ……」

「…………」

俺は迷った。だが答えは一つしかなかった。

「大丈夫、だ。そのまま、こい……俺に……全部……よこせ、お前を……ッ」

そう伝えた。その瞬間だった。

「――う、おぉぉッ!?!?」

俺のケツの奥で、とびきりの熱とエナジーを感じた。

ナマだ。

息子のチンポがナマに入ってやがる。

ああ、奥に、奥に入ってる。息子のチンポが、直に俺のケツに入っている。動いている。

解除しちまったんだ。息子も。

俺の言葉を聞いて、自然にスーツが解除されたんだ。

俺たちは赤と青のスーツのまま、だが結合部だけを剥き出しにしてナマで繋がってるんだ。

「あ、やべっ、お、親父……俺」

「や、やめるな、そのまま、で……イイッ、やめるんじゃ、ねえッ、大丈夫だ、おれは、だ、大丈夫、あぁ……ナマで……来いッ……!!」

エナジーが膨れ上がっていくのを感じる。

このままあと少し、ほんの少し息子が腰を振れば。

俺の奥に……エナジーだけじゃない。息子の本汁までも入ってきちまうだろう。

オヤジの俺が実の息子に種付けされちまう。

だが、ああ、止められねえ。止めちゃならねえ。このままだ。このままガッツリ奥の奥にまで注ぐんだ。

一滴の無駄もなく、戦うためにそれが必要なんだ。

「お、お前のが、必要なんだッ……!」

「――ハァッ! ヤベッ、ぇ…………く、ハァァァ……!!」

息子は俺の声に突き動かされるように、激しく腰を前後に動かした。

ギュム、ギュム、とスーツ同士が激しく擦れる音がする。

ズン、と俺の脳天にまで快感がこみ上げる。

揺れる。体が、頭が激しく揺れる。

貫かれた。ついに息子のチンポが、俺の体を奥の奥まで貫いている。

「ああ、すげえッ!!」

俺は恥も外聞もなく叫び息子を抱きしめた。

「出るッ……ぞッ、もうでるッ親父ッ!!」

「来い、来いッ……来いッ!!!!」

俺は真っ青なスーツを強く抱きしめた。息子も負けじと真っ赤な俺のスーツを激しく抱きしめた。

「う………ぁぁぁぁあああッ!!!!」

息子は俺のヒゲ面に顔を添わせながら叫んだ。

ああ、入ってくる。熱い。本当に入ってきちまっている。

息子の本気が、パワーが、エナジーが、なにもかも全部俺の中に…………。

「親父――」

「大丈夫、大丈夫、だ……あぁぁ……スゲ……ぇ………」

俺はすべてを味わい尽くしながらギュムと息子のスーツを抱きしめた。

「朝練、もう復帰することにしたのか」

「ン……。まあとりあえず見学だけ。朝に寝てると色々考えすぎちまって駄目なんだよ」

二階から降りてきたばかりの息子は、こちらにちらりと視線を向けてそう答えた。

俺がヴァンキッシャーとしてこの食卓に座った、あの日から四日。

野球部のユニフォームに着替えた息子と、シャツにネクタイ姿の『スーツ』を身に着けた父親。ガタイがデカすぎることを除けば、随分普通の朝の食卓だった。

「………」

息子は用意された朝食を齧り、スマートフォンに視線を落としている。口だけで息子は続けた。

「普通さ」

「ン?」

「こういうのって若い俺のほうが先に復帰するもんだろ、もう現場復帰したんだって?……これ、教官から送られてきたぞ、親父」

息子はそう言ってスマホ画面を俺に向けた。赤いスーツに身を包んだ俺の背中が写真に収まっていた。自分で見ることのあまりない、盛り上がった大殿筋がくっきりはっきりよく見えた。

「ン……まあ、その」

「まあ、親父の勝手だけどよ」

息子はそれだけ言って、無表情にプロテインシェーカーの中のドリンクを飲み干した。

「無理はすんなよな、親父」

「おう、わかってる、俺ぁベテラン中のベテランだぞ」

「ごちそうさん」

俺の返事を聞いているのかいないのか、よくわからないタイミングで息子はテーブルから立ち上がった。

今日の会話は随分と続いたほうだ。

親子として、普通に会話するのが自然なのだろうか。それとも……。

今だに答えの出ない中で、俺は考えあぐねていた。息子は食器を片付けようとしている。俺はそんな背中に向けて、やや上ずった声で話しかけた。

「こ、今度、だな! 考えていることが、その、あってだな」

「………」

「戦闘能力が高いヒーローであっても、人命救助や、災害支援にのみ特化した部署を……志望者を中心に作ろうと思ってだな! 本人の才能ばかりを見るのではなく、希望と……性格を考慮して、再配置を行う、というまあまあデカイ改革なんだが。――まあ、先の戦闘で大活躍をしたヴァンキッシャーの口から言えば、随分進むと思ってな」

「ふぅん」

この四日間考えづつけていたことを早口で伝えたのだが、息子の返事はそっけないものだった。

「まあ、それだけだ。うむ。そのためにも早い現場復帰が必要だった、というわけだ。別に強制するつもりはないんだが、伝えておきたくってな、お前に」

「………」

冷蔵庫に牛乳を締まった息子は、そのままの脚で玄関へと向かっていった。

俺は追いかけるように立ち上がった。靴を履き、扉を開けた息子は、俺に背中を向けながら言った。

「――考え中、俺は」

「そうか」

「部活は好きだし、今でも」

「ああ、そうだな」

「……親父も」

「ン」

息子は振り返った。

ガッチリと視線が合った。

日に焼けたポーカーフェイスな息子の顔は、随分赤く見えた。

「いってくる」

「お、おう、そう……だな」

結局お互い、なにも言わずに会話は終わった。

赤い息子の顔に、ちょっとばかり俺に似た髭が生えているのが妙に可笑しかった。

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Comments

ミラー

とても良かったです!ちゃんと自我がありつつ快楽に負けてしまうシチュや、してはいけないことだけどやるしかない状況でのシチュとか、父親が受け入れる感じとか大好きなのでまた父子モノで書いていただけると嬉しいです!

dukekatu

ありがとうございますー。快感負けするたくましい男ってのはいいですよねー。禁欲が敗れる瞬間、下半身の快感に負ける瞬間、父だからこそよりエロいと思います、今後も書くと思いますので応援よろしくおねがいしますー

Anonymous

バッドエンドも含めどれも最高のハッピーエンドでございました💗🤗