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ベアセス:おいおい、よく見りゃこのスライム洞窟の救援要請、随分と古いもんも混ざってるじゃねえか。最初の報酬がよほど渋かったのか、こんなに経つまで達成されてなかったのか……。

いずれにせよ、被害規模が一番でかいのはこいつだな。

人を救うとなれば、いざというときは神聖魔法もつかえるオスリックが適任、か。

アイツのガタイでも、たしかあの装備は……まあ、俺でも着れるんだからギリギリなんとかなりそうだな。

よし、頼むとするか!



クエスト依頼

オスリック(E:耐スライム法衣)


テケリー洞 通称:スライム洞窟


Lv1 入り口

「ここが……テケリー洞か」

今となってはその名を呼ぶものがいなくなって久しい『スライム洞窟』にたどり着いたオスリックは、鼻を利かせて周囲を警戒した。


スライムの匂いがすでにプンプンしている。あの何かを消化するときに生ずる酸っぱい匂いだ。オスリックは激しい戦いの予感に、顔と筋肉をグッと引き締めた。


「装備の準備は問題ないな、うむ」


着慣れた白い鎧と、着慣れぬ緑色の法衣を見下ろし、オスリックは入念なストレッチを行った。


ギュム……とごく薄生地の法衣と肌の間で、スライム避けの油が音を立てた。依頼達成のために渡された高級品の装備だが、如何ともし難い着心地である。


スライム避けの油を表裏に満たし、スライムと同じ成分を生地に織り込んだ緑の法衣。はっきり言って、オスリックが思い浮かべる誇り高き騎士の姿とは程遠い装備だ。

しかし、これもまた人助けのため。ひいては王子と国のため。である。


「さあ、騎士オスリック堂々出陣である!」

自らを奮い立たせるように叫ぶと、オスリックは洞窟の中へと入っていった。

時刻は早朝。まだ魔物も静かな時間であった。



Lv2 洞窟浅部


薄暗い洞窟を松明の明かりを頼りに進んでいくと、程なくしてスライムの姿を発見した。

だがそれは、オスリックの想像とは少し違っていた。

まるで血管だ。

スライムが洞窟の壁を、岩肌の隙間に沿うようにして網目のように埋め尽くしている。

洞窟の広さといい、生暖かさといい、巨大な生物の体内に入ったようだ。これを頼りに進めば迷わずに大本へとたどり着くことが出来るだろう。しかし……。


「これは……討伐は不可能であるな」


オスリックは洞窟深くに進みながら、同時に目標を下方修正した。

視認可能なスライムは、あくまでこの壁の奥にあるスライムの一部が滲み出たに過ぎない。どれほどの規模がこの岩肌の奥に潜んでいるのか、魔物の専門家でもないオスリックには検討もつかない。

奥へ、奥へ、進んでも進んでもスライム柄の岩肌は続いている。

これらがすべて暴れ出したら……それこそ、討伐大隊を結成しなければいけないものだろう。



「まさかこれほどのものとは……囚われた者の数も、パーティ一つや二つでは済まぬものであろう……」


オスリックはスライムたちを刺激せぬように、息を殺して進んでいく。

そうしてある一定まで進んだところで、一つの結論にたどり着いた。


「――これ以上、スライム以外の魔物を警戒する必要はなさそうであるな」


この洞窟には他の魔物はいない。

いたとしても、とっくにスライムの餌食だ。

ここは言うなればスライムの腹の中。すなわち、スライム対策の装備以外は不要……。


「ぬぅ……で、あれば……吾輩の鎧も、うむ……今日だけは不要ということである、な……むぅ」

オスリックは自分に言い訳でもするように呟きながら、鎧の留め具に手をかけた。

正直なところ、誰に見せるというわけでもないが、ここで聖騎士の鎧をぬぎ「あの姿」になるのは抵抗がある。だが、そんな事を言ってもたつくような男は、それこそオスリックが理想とする聖騎士とは程遠い。


オスリックは一つ一つ、装備を取り外し洞窟の床にそっと置いていった。


「う、うむ、進むとするか」


そうして出来上がったのは、歩くためのレガースだけを残した法衣一枚だけのオスリックだった。

鍛え抜かれた筋肉は歓楽街の踊り子のように艶めかしく光り、尻も股間もギチギチに密着している。あまつさえ、隠している聖印までもが透けて見えるほどだ。こうなってくると、レガースだけが残っているのがことさらに卑猥に見える。


「これで吾輩は、スライムに遅れを取るようなことはないぞ――ぬぅん!」


オスリックは洞窟入り口でしたように、再び己を鼓舞する叫びを上げるとずんずんと深くまで進んでいった。



Lv3 洞窟深部



「ここが……大本というところ、か」

装備の変更から暫く進むと、オスリックはついにスライムたちの根城にたどり着いた。


「スライム共は……活性化はしていないようだな、助かった」


時刻は早朝を少し過ぎたばかり。魔物の動きが鈍い時間を狙ってきたのだが、それにしてもスライムの動きは緩慢だった。

どうやら『食事中』というのは、魔物でも人でも油断をするらしい。


「待っていろ、この我輩がすぐに助けてやるからな」


オスリックは松明を頭上に掲げた。暖かな明かりに照らされて、大量の男が浮かび上がった。

頭上、壁面、そして地面。

あらゆる場所にスライムに取り込まれた冒険者がいる。装備は溶かされ、服もなし、逞しい肉体だけを曝け出して、呆然とした表情で痙攣している。

これはすべて、スライムに返り討ちにあった男たちだ。


「さあゆくぞお!!」


戦闘前の準備とばかりに、オスリックは聖なる号令を掲げた。

全身に力が漲り聖なる魔力を循環させる儀式のようなものだ。


だが……。


「おおっと……っと!!」


洞窟中にいるスライムがビリビリと振動し、活性化の兆しをみせる。

あまりの大声に、目を覚ましたのだろうか。

オスリックは口元を抑えて、大きな肉体をギュッと屈めた。


「さ、さあ……ゆくぞお……!」


オスリックは巨体をできるだけ小さく屈めて、改めて控えめに叫んだ。



――持ってきていた剣は三本。


使い慣れた聖剣。研いだばかりの直剣。そして、敢えて切れ味を鈍らせた大剣。

戦闘、裁断、粉砕。それぞれに特化した三振りの剣。スライムの対策は十分といえる。


オスリックはまず第一歩。スライムの蔦に囚われ宙ぶらりんになっている男へと目を向けた。

オスリックという男は口調や態度から誤解されるが、断じて軽率な男ではない。焦って引きはがすようなことはせず、慎重に、まず見極める。


「ぬぅぅぅ………!!」


右手に聖剣を持ち、左腕をまっすぐに伸ばす。力を溜める。位置を調整。


ここだ、という角度を見抜いた。


「ハァ――――!!」


一閃。聖なる輝きの込められた剣がスライムの蔓を数本いっぺんに分断する。

スライムが音もなく、そして衝撃もなく千切れると、囚われてた男の体が自由になる。


「むんっ、よしまず一人ッ!」

オスリックは片腕で落下した冒険者を受け止め、額に浮かんだ汗を拭った。


これでいい。スライムを刺激せず、これを繰り返せば良い。

制圧するばかりが戦いではない。

聖騎士として、誇りある勝利は人々の安全を護ることだ。


「これを……繰り返せば良い、か」


自分の頭のなかで考えたことを、オスリックは自嘲気味に繰り返した。

この仕草の関係で両手持ちは不可能な上、かなりの魔力を消耗する。連発はできない。失敗すればすべてが台無しだ。集中力も相当必要だろう。

休息を取りつつ、何度も何度もこれを繰り返す。


「まあ……やってみるしかあるまいっ……!」

オスリックは次なる活躍のため、剣を握りしめなおした。




「動くんでないぞぉ……よし……!」


オスリックは叫び、冒険者のすぐ横に大剣をずぶりと深く突き立てた。

スライムの海にプカプカと浮かぶ男が、わずかに左右に揺れる。そのまま慎重に、それでいて大胆に、上半身の筋力すべてを使って男をスライムの海から横に……ズルズルと移動させる。


「ふぅ……ふぅ……ぬう!」


最後だけ勢いをつけて、男をまた一人スライムから抜き出した。

スライムまみれだった肉体から丹念に断片を引き剥がし、倒れ伏す男たちの横になれべてやる。そうしてまた一人救い出したオスリックだったが、彼の限界が近いことは明らかだった。


片腕で助け出せる冒険者全てと、スライムの海に飲み込まれた冒険者数人。朝から休憩をはさみながらも、一人孤独な戦いを続けている。どれだけこの作業をどれだけ繰り返しただろうか。時間の感覚も摩耗し、疲労の感覚もぼやけている。

彼の法衣の中では、すでに汗がスライム避けの油以上に溜まっていた。体液を通さないために通気性は最悪だ。男臭い香りが、わずかに露出した首元からだけでもプンプンしている。


もう一人。

あと一人。


限界を見極めながらも、オスリックは囚われた彼らを見捨てることが出来ずにずっと戦っていた。

その勇猛さと優しさが、仇となった。

「ぬぅ……!!」

それまで静かだったスライムが、突如オスリックの尻に絡みついた。


「馬鹿な……吾輩の動きはこれまでとおなじであったはず――まさか」


オスリックはそこで、己の失敗に気がついた。


月は見えないが、既に外は………夜になっていた。

魔力の時間だ。

スライムの蠢きがわずかに高まり、そして……オスリックの下半身でも魔力の塊が輝いていた。


「い、イカン…………!!」


下半身に刻印された聖印。時としてオスリックにに力を与える強い味方。時として下半身を苛む忌々しい呪い。そして今、オスリックを窮地に陥れようとしている、魔力の塊だ。

「ハァハァ……あぁぁ……締め付けが……ぬぅぅ」

法衣のなかでオスリックの逞しい肉棒が瞬く間に勃起した。聖印が彼の体に強い疼きを与える。強制的な発情。聖なるものの真反対となる戒めが発動している。

このように卑猥な姿――と、オスリック自身が自覚しているのがさらに悪かった。

オスリックの全身は、いやらしい娼婦のように敏感になり、そして法衣の刺激に咽び泣いていた。


そしてなにより――

「スライムが、いかん……おのれ……!!」

ずる……ずる……と、壁から、床から、天井から、スライムが一斉に垂れて伸びて、オスリックを囲む。

魔力に反応したのだ。オスリックは全身これ、スライムにとって最高の獲物。

今までは法衣によって隠していたものが、ついに抑えきれなくなった。

雄臭さ、魔力、そして肉体。

すべてが法衣を貫き、スライムを魅了している。


「このままでは……ぬぅぅ……っ!!」


だいぶ救ったとはいえ、まだいくらかの冒険者が囚われている。

それに気を失った彼らを逃がす算段も出来ていない。


オスリックもまた、クエストに失敗した男の一人としてこのスライムたちの永遠の虜へとなろうとしている。

誰も救えず。なにも果たせず。


「………」


オスリックは無言のなかで考えた。

時間はなかった。

結論は一つだった。

あとは覚悟を決めるだけだった。


「仕方あるまい……。……王子……申し訳有りませぬ……!」


オスリックは一言、ここにはいない第二王子へ叫んだ。

そして、両手を拳を祈るように絡ませた。


――聖印の輝きが、強く波打つように激しくなった。



【後編に続く】

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