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伊須温泉湯~とぴあリゾートホテル、1階。

ロビーと同階に位置する室内プールは、この巨大ホテルに併設された施設の中でも一二を争う人気施設だ。

種類は豊富で、眺めも良い、水は温水になっていて、ホテルの人気が落ちてからもこのプールだけは利用客が大勢いた、とのことだ。壁は大きなガラス張りになっているため、隣接した加多藻湖がよく見える。

「どうだい、立派なもんだろう?」

「………わぁ、いやあこれはなかなか見事なものですね」


美しく広がる湖とまるで繋がっているかのような巨大プールに、つい感嘆の声を上げてしまった。少しばかり恥ずかしくなって照れると、大山さんは嬉しそうにウンウンと頷いていた。

少しはしゃぎすぎだろうか、大山さんが子供相手に話すような口調で喋るものだから、ついつい乗せられてしまった。

「よし、それじゃあ着替えてこようか、こっちだよ転ばないようにするんだよ」

またしても丁寧すぎる案内を受けながら、プールへと繋がる通路を歩く。こっちだよ、と言われても背中があまりに大きすぎて、何処を指差したかは見えなかった。

まるで引率の先生と生徒のようだ。

そんな事を考えていると、前をゆく大山さんの体が突然止まってしまった。


「ん……おいおい、てめえ大山。また時期かぶりかよ」

「………隈谷。そんなことを言われてもだな、こちらも自分の休暇を有意義に使っているだけなんだぞ」

突然正面から、絡むような声が聞こえた。

随分な言い方だ。しかし、それに返す大山さんの声も、自分に向けられた柔和な低音とはまた違う、轟くような男の声になっていた。

一触即発、というほどではないが、明らかに双方に棘がある。

「大山さん、あの、お知り合いですか?」

「ああ、す、すまない。この方は私と地元が一緒でね。よくジムなんかで会う、隈谷さんという方だ」

「な、なんだよ、連れがいたのか。お前そういうことは先に言えよ」

大山さんの巨体に隠れて見えなかったのだろう。こちらの姿を認識した男、隈谷さんは明らかにさっきまでとは声のトーンを変えた。

「ふゥー……大声聞かせて悪かったなキミ。――それにしてもまったく、毎度毎度のお得意のお節介か。キミな、大山さんが厄介だと思ったら普通に断ったっていいからな、コイツは際限ってものがないんだ」

「な、何を言うか。善き行いというものを働くというのに、際限もなにもないだろうが」

声のトーンや口調はいくらか落ち着いたが、それでも競い合う姿勢は残っていた。

「だからその価値観がお節介だっつってんだ」

「遠慮を優先してばかりでは、伝わる善意も伝わらないだろう」

紳士で朗らかな印象の大山さんだったが、この隈谷という人とは余程の因縁が有るのだろうか。そうこうしていると、また雲行きが怪しくなってきた。一度は矛を収めたように見えたのだが、今はまた熊のように逞しい中年男性二人がごつい鼻先を近づけて睨み合っている。

別に手を出しているわけではないが、こうも見事な体格の男が二人、唇が付きそうなほど顔を近づけていると、色んな意味でハラハラさせられる。

――しかし、いくらなんでも近すぎる。

反りが合わない人間というのは誰にでもいるだろうが、それにしてもここまで急に熱くなるものなのだろうか。

初対面の人間が横にいるというのに。

「だいたいお前な、案内するとか言っておいて、どうせご自慢の筋肉を見せつけようって魂胆だろうが」

「ば、バカな事を言うんじゃない! 私はただ純粋に彼に楽しんでもらおうとしているだけだ!」

「どうだかな。それによ、こんな暑苦しい親父よりも、おっちゃんのレスリングで鍛え上げた現役ボディのほうがよっぽど目の保養になるんじゃあねえか」

「なにを、現役具合なら私も負けていないぞ。エチケットを気にしながらも、日々このように――」

二人は言い合いながら更衣室までたどり着き、ロッカーを開き、服を脱ぎ、下着を脱いでいる間もずっと互いをにらみ合い、競い合い、時おりこちらに自慢の筋肉を見せつけてきた。

目の保養だが、相手によっては完全なセクハラ行為だ。

そうこうしているうちに、いつの間にやらこのプールをどちらがより良く紹介できるかの勝負……といったような話になってしまった。

筋骨隆々の男が二人いながら、まるで子供の喧嘩だった。


予定より随分手間取ったが、案内されたプールは本当に豪華だった。

競泳用のシンプルな50メートルプールから、子供たちが遊べるような浅いプール、温泉のような水温をしたリラックス用、アトラクション的なものも随分と揃っている。

しかし時期的にファミリー層が皆無だからか、利用者の姿はほとんどなく閑散としていた。

所々にいる客といえば、競泳に汗を流す人、ゆったりと陽に当たる人、水中ウオーキングで体を鍛えているような、体格の良い男たちばかりだ。

本来一番の目玉であろう、天井を覆うようなウォータースライダーなど誰もやっていない。こうなると、巨大なスライダー側が異物のようにさえ思えてくる。

「ん? ウォータースライダーに乗りたいのかな? よしよし、有料チケットをおじさんがおごってあげよう」

見上げた視線に勘違いした大山さんが、なぜか嬉しそうに提案してきた。

とんだ勘違いをさせてしまった。

「いえ違うんです、どちらかと言うとちょっと苦手というか……昔にも色々ありまして」

「そうかそうか、大山の奢りじゃ楽しめないもんな、どらこの俺が――」

「いえだから違うんです、えーっとですね」

このまま勘違いさせてスライダーチケットを買わせるのも申し訳ない。結局観念して、正直に詳細を話すこととなった。

それは昔、まだ幼い頃に父に地元の市民プールに連れられた時のことだった。

大はしゃぎで巨大ウォータースライダーを滑った際に、擦れた衝撃で運悪く治りかけのカサブタが剥がれて血が出てしまった。カサブタから出てくる血なのだから実際はたいしたことはないのだが、プールの水温と運動直後の影響で血流が良く、随分大量の出血をした――というような印象で記憶に残ってしまっている。

今でも怖いかと言われればまた違うのだが、ウォータースライダーや滑り台が苦手な存在のまま残っているのは確かだった。

「子供のころのトラウマってやつか」

「え、……ああ……まぁ、そういうかんじですね」

人生においてウォータースライダーを滑らなくてはいけないという状況が来るはずもなく、克服する必要もないと思っていた。まさかこうして、ほぼ他人の中年男性二人に語ることなど想像さえしなかった。

「そりゃあ不幸なことだが、よくねえな。過去にあったことから逃げてばっかじゃ強い男にはなれねえぞ」

隈谷さんはそう言って、「怖いもんじゃねえ、どれこの親父が手本を一つ見せてやる」とスライダーの方に向かっていってしまった。

「粗野な言い方だな。そんな考えでなく、楽しい記憶で上書きしてあげると考えたほうがいいだろう!」

大山さんは隈谷さんを否定しつつも、結局同じようにスライダーに向かっていってしまった。

それぞれ理想は違うが、結局やっていることは我先にとスライダーに向かうことだ。

また競争のようになっている。

一体どうしたというのだろうか。

そもそも恐れを克服したいだとか、滑りたいとも言っていないのだが、二人はまるで闘争の理由をわざわざ探しているようにも思えた。

しかし放っておくわけにもいかず、ゆっくりと歩いてスライダーの階段を登って追いかけた。少し遅れて到着すると、ウォータースライダーのてっぺんではなにやら言い争う声が聞こえた。

「彼とは私のほうが先に知り合ったのだから、まず私が先に滑る権利があるだろう!」

「関係ねえだろうが! それに、度胸を示すってのは一番じゃなきゃあ意味がねえんだ、俺が先だ」

二人は半裸の体同士を擦り付けるようにして、そう広くないウォータースライダーの入り口に潜り込もうとしていた。

腋と腋が擦れ合って、足と足がぶつかり合っている。お互い絶対に引こうとしない。

「俺こそが男のホンモノってものを見せてやれるんだ!」

「優しさこそが人間にとって必要なことなんだ!」

そう叫ぶのが最後に聞こえた。

まるで同時に、二人はスライダーの中にズルリと飲み込まれてしまった。

怒声とプラスチックの管のゴトゴトという音がチューブの中を下っていく。

あの巨体が二つ密着したまま、激しい水に揉まれているようだ。

……いかにも頑丈そうな二人だが、あの状況はさすがに少し不安だった。

小走りで向かったウォータースライダーの終着地点は、コの字状のそこは熱帯植物などが植えられており目隠しがされていた。

そこではまだ言い争うような声が聞こえた。

二人は無事だった。

傷一つなかった。

だがとんでもなく大きな問題が出来ていた。

…………。

プールの中に本来あるはずの水着の色がまったくない。

上半身の肌の色と全く同じだ。

逞しく分厚い体は、それぞれの肌のいろ一色。

つまり二人は丸裸の状態でプールに浸かっていた。


「あ、これはその、スライダーの中で揉み合って水着が脱げてしまったようで……ああ、み、見ないでくれ!」

「く、クソォ! こんな情けねえ! おい大山! てめぇ俺の水着に手を掛けやがったな!」

「なっ、言いがかりだ、私がそんな卑怯な真似をするわけがないだろう! そっちが引かないからこんなことになるんだ!」

「なにぃ、てめぇ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい……」

お互いに股間を手で隠しながら、なおも言い争う二人の親父は、正直かなり滑稽だった。

その言い争いをなだめながらスライダーから脱げた水着が流れてこないか待っていたが、いくら待っても水れてくるのは水ばかりだ。

「――あの、多分売店に行けば水着売ってると思うんで、買ってきますね。代わりのやつ」

「ああ、すまないね、こんなことになってしまって……」

股間に手を当てて大山さんが申し訳無さそうに笑っている。

恥ずかしい場所を隠しているのはわかるが、大袈裟に肩をすくめているせいで余計目立っている。まるで見られたがっているような姿だ。

「くそ、なんでこんなことに……。悪いな、なるべく早く頼む」

隈谷さんも股間を手にあて、中腰で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

恥ずかしそうに眉をひそめているが、その顔の赤らみはどことなくいやらしくも見えた。

とはいえ本人たちがどう思っているかは関係ない。男ばかりのプールだが、それでもここは公共の場だ。すぐに代えの水着を持っていってあげなければ。

売店はプールを出てすぐ、お土産コーナーと併設された場所にあった。

「あの、すみません 大人用の水着とかってありますか?」

「準備はございますが……申し訳ありません、オフシーズンなもので、種類がとても少なくなっております」

男性店員はそう言ってケースを掌で指した。少ない、などというものじゃない。色こそ何種類かあったが、飾られている形はただ一つ。ピシリと引き締まった六尺ふんどしただ一つだった。

選択肢はない。背に腹は代えられない。いや、正確にはある。タオルを持っていけばいい。

だが、この褌はたいそう二人に似合うことだろう。正直そんな気持ちもあった。

「では、白を二つ……」

プールに戻ると、壁代わりの熱帯植物の茂みからまだ二人の争う声が聞こえていた。目立たないようにしなくてはいけないのに、一体何をしているのだろう。

大山さんはそもそも温和な人柄だと感じていたし、隈谷さんも一見して社会的成功を収めている男性に思える。そんな二人が、どうして顔を突き合わせると言い合ってばかり、競い合ってばかりいるのだろうか。

小走りで近づくと、ぎょっとするような会話が聞こえてきた。


「まあ、お前のはよくて『チンコ』ってもんだな、ホンモノの男の『チンポ』ってのは、こういうもののことを言うんだ」

「わけのわからない理論を語るんじゃない。なんと下品な血管だ。それに比べたら私のほうは『ペニス』と呼んだ方が良いかも知れないな」

二人はプールの中から出て、股間を隠すこともやめ、互いの性器を丸出しにして、あろうことかそれを比べあっていた。

腰に手を当て、胸を張り、ぐっと筋肉を盛り上げて股間の一物をぶるんと激しく振っている。

……完全に変質者だ。それも二人組の。

だが、大山さんと隈谷さんはまったくそのことに気がついてない様子で、なおも互いを威嚇しあった。

「全く話にならないな、これならやはり使用時の……膨張状態で比べるしかないな!」

「いい度胸じゃねえか、おら、この状況で勃たせられるのか?」

「ハハハ、そんなものまったく苦でもないな。そちらこそ縮こまってしまうんじゃないですか」

「なにぃ……? こんなもん、どんと来いってもんだ!」

二人は胸を張った姿で向かい合い、性器をしごきだしてしまった。

ハァハァと息を荒げて、互いを睨みつけながら、音が出るほど激しく竿を擦る。おぉぉお……という低い喘ぎ声が二つ混じって聞こえた。


「おら、どうだ! ビンビンだ、この野郎ぉぉ!」

「むんっ、こちらも、どうだ! どうだ……!!」

完全に勃起した竿。持ち上がった亀頭同士をぶつかるほど近づけながら、息を荒げた親父が二人、本人たちの話を信じるならば子持ちの父親同士が二人、ダラダラと先走りを垂らしながら大声で叫ぶ。

すべてはお互いの肉棒の大きさを比較し、優劣をつけるためにだ。

「どら、長さは……ム、俺のほうが……いや、同じくらい、だと……?」

「太さも、ぬっ、ほぼ互角、亀頭までほぼ同じ……!」

ここまでやっておきながら、今回も勝負はつかなかったようだ。――そう思っていると、やおら二人勃起チンポに手を向け、シコシコと激しく上下に擦り始めた。


「どうだ、おら、パンプアップだ、俺はまだまだこんなもんじゃねえッ! しこって、しこって、限界まで……クゥッ!」

「負けられないな、私は男として、父として、負ける、わけにはっ! ハァハァ……! あぁぁ~……!」

カリ首の部分を激しく攻める大山。幹を激しくゴシゴシとこする隈谷。互いに自分のチンポの感じる場所を刺激しながら、より固くよりデカくよりいやらしくなるように競い合っている。いや、もう競い合う……という名目もほとんどなくなっている。

二人は半分以上自分の世界に浸って、この巨大なプールでチンポを扱いているというシチュエーションに酔いしれている。堂々とした男らしさか、相手に勝っているという妄想か、いずれにせよ変態的な世界に脳を溶かされながらチンポの虜となっている。

腰の動きが出てきた。喘ぎ声が、おっ、おっ、と悲鳴のようになってきた。

まずい。

これはもう限界にいってしまう。

「ちょ、ちょっとそれ以上は!」

「な、なにっ、キミ、い、いつからぁッ! あぁああぁ、しまッ、ぬああぁぁあ!!」

「ハァァァ、や、やべえ、俺のデケえの見られッ、あ、ん、オオオ………!!」


制止は却って逆効果だった。

突然の声に二人は同時に反応し、羞恥を感じ、快感に変化し、そして射精に至ってしまった。

二人は盛大に、お互いの体へと精液をぶちまけてしまった。


「いや、その、自分もちょっと遅れてしまいましたけど、あんなこと、もし人がきてたら……」

「いや、その、なんだか冷静でいられずに……、申し訳ない……どうしても負けたくなくなってしまって」

「なんかこう、体の芯に熱が灯るっていうか、言い訳になっちまうけど、なんていうか……俺ァ……いったい」

射精した二人は互いの精液を掬って排水溝に流しながら、何度も何度も謝罪してきた。

どうやら本当に、変なヒートアップ、とやらのせいだったようだ。

見ていただけなのでよくわからなかったが、とにかく今は収まったようだ。

とにもかくにも、まずはこの格好だ。精液は水で洗い流したが、臭いはまだそこいらじゅうに漂っている。そのうえ全裸となれば、言い訳不要の変質者だ。

「とりあえずこれを」

「おう、すまないな」

「ああキミがいてくれて本当に良かったよ」

二人は感謝し手を伸ばし、……それが水着ではなく褌であることになんの文句も言わずに受け取った。


「どうかな、似合うかな?」

「どうだ、様になってんだろ」

やがて、ギュッと六尺を締めた二人は、どうだと言わんばかりにポーズをとってこちらに向かった。

「――俺のほうが男臭いだろう、こんなプールで六尺締めて変態っぽくならねえのは、やっぱり男らしさがあってこそだからな」

「褌はやはり日本男児の嗜みだな、つまり日本の父親であるこの私に相応しいということだ」

二人は見事な体を見せつけながら、またお互いを睨み合いはじめてしまった。

…………。

体はしっかり洗い流したはずだというのに、締めた六尺からはツンと青臭い精液の臭いが漂ってきた。


湯~とぴあ2話f
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