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「あの、荷物……ホントもう大丈夫ですんで」

「いやいや任せてくれたまえ! このホテルはロビーまで随分距離があるんだよ? せっかく初めての一人旅なのに、こんなところで体力を使ってしまってはもったいないだろう? おじさんと、おじさんの二の腕に任せおけば心配ナシだよ」

初対面の男はそう言って、白い歯を見せて笑いかけてきた。グイと二の腕を伸展させて、俺の手荷物をダンベルのように持ち上げてみせる。軽々と。

いかにもリゾート気分丸出しなアロハシャツから、立派な丸みを帯びた力こぶが見えた。

「いやあなかなか重いねえ。まあ七泊八日だからこれくらいにはなるのかな」

「はあ、まあ……そうですね……」

俺は強引なお節介に困惑しながら、適当な相槌をうった。妙な事になってしまった。

伊須温泉湯~とぴあリゾートホテル。

元々は老舗旅館だったものを地域開発などの影響でバブル期に改装され、温泉施設特化のホテルとして生まれ変わった。当時は地下5階まで広がる大浴場施設などが話題となり随分繁盛したようだ…………というのが、俺が聞いていた情報の全てだ。

まさかここまで広大とは。

正面入口以外でバスから降りると、ロビーまでとんでもない距離を歩かされますよ……と、パンフレットに書いていてほしかった。

重くしすぎた手荷物にひぃひぃ言いながら歩いていると、突然このアロハシャツの巨人(まだ名前も聞いていない)に呼び止められてしまった。困っている人を見ると放ってはおけない性分なんだ。

父くらいの年齢のその男は、そういって俺が苦戦している荷物を軽々と持ってしまった。「ロビーの方向なんだけれどね、こっちの道のほうが早く着くのだよ」そう言ってスタスタと歩き出したのが、今から二分ほど前。まだロビーには着いていない。

「私は若い頃から何度かここに宿泊しているのだが、ここにキミみたいな若者が来るのは随分久しぶりだよ」

「ああ、父が当たったんです。商店街のふくびきで。それが、どうしてもこれなくなって……代わりに俺が」

「なるほどなるほど」

変わった招待券だった。

ペア券ではなく一名用だったうえに、プラン名も『おひとりさま大歓迎! 元気イッパイびんびんプラン7泊8日』。これでは親戚に譲り渡すわけにもいかず、予定が合わなかった父は最後まで「俺が味わってみてえんだがなあ」とボヤいていた。

「やっぱり皆、カップルとか家族で来るものなんですか?」

「ああ、いや……そうとも限らないというか、なんというか……ああ、ほらロビーについたよ」

男が説明しようとしていたタイミングで、ようやく開けた場所にたどり着いた。

どうやら歩いて迷って困惑しているうちに、俺が乗ったものより後のバスが到着していたらしい。今到着したばかりであろう男たちは、一服したり、新聞を広げたり、肩の筋肉をほぐしたりしたり、思い思いのリラックスをしていた。みんなガッシリとしたいい体をしている。日焼けした肌。服を押し上げる筋肉。むわりと汗臭そうな顔。まるでスポーツマンの団体のようだが、それぞれの距離感を見るとみな個人客のようだ。

「さ、コッチだよ、コッチがカウンターだ」

男に声をかけられなければ、じっくり観察を続けてしまいそうな光景だった。

俺は慌てて視線を戻すと、既に先を行っていたアロハシャツの背中を追いかけた。

改めて見ると、この人も凄まじい体だ。日本人離れした広背筋に、ハーフパンツから露出した脚も筋肉の塊のようなゴツさだ。

『おひとりさま大歓迎! 元気イッパイびんびんプラン7泊8日』

来る前には胡散臭さしかなかったプラン名が、今はなにか、妙な響きになって思考の中心に残っていた。


「お節介失礼したね、ハイ、キミの荷物だ。チェックインを済ませてくると良い、では良い休暇を!」

男は最後にそう言って、ウインクして白い歯を輝かせた。随分、かっこつけらしい。

通された部屋は403号室。

目的地がはっきりしていると、今度は荷物の重みもそれほど苦にはならなかった。部屋へと向かう道すがら、ようやくできた心のゆとりで廊下やロビーをじっくりと眺める。随分古い絨毯や照明で、ホテル中がなんともノスタルジックな雰囲気だった。もちろん経験があるわけではないのだけれど、この空気感のレトロさは嫌いじゃなかった。

それにしても、すれ違うのは皆男性だ。誰もが自分より体格の良い大男で、そのたびについ目を向けてしまう。あちらからしても自分のような男が珍しいのか、毎度ちらりと目を向けられるのも心臓に悪い。いきなり荷物持ちを志願してくるような男はさすがにもういなかったが、地図を見ていたり、エレベーターのボタンを押そうとする度、髭面の男や短髪の中年に低く渋い声で話しかけられた。

ようやく到着した403号室は、隣室の扉が開いていた。

ちらりと様子を見ると、青色のアロハシャツの大男がボタンに手をかけているのが見えた。

「あ……君は」

部屋の男がこちらを見て、目が合った。

あ、と声が出た。

「あれ、もしかして 隣ですか? 部屋」

「いやぁなかなか奇遇だね。ハッハッハ、これなら部屋まで荷物を持ってあげればよかったなあ」

男は部屋から出てくると、嬉しそうに手を差し伸ばして「キミとはなにかと不思議な縁があるみたいだね」と言ってきた。

ガッシリと大きな手で握手を交わし、妙に嬉しそうに笑っている。その手の指にキラリと結婚指輪がなければ、勘違いしてしまうような態度だ。

「よかったらこの後、どうかな」

「え、どうって……?」

「ここはなにせ地下五階まである巨大なプールと温泉施設だから、おすすめの場所でもお教えしようと思うんだけれど、またお節介かな?」

男はそう言った。

お節介には違いなかった。汗臭く、強引だ。だが断る理由はまるでなかった。俺はアロハシャツの中で大きく呼吸している大胸筋に向かって、コクリと頷いた。

「失礼、まだ名乗っていなかったね、おじさんは大山英勝というものです。ははは、どうぞよろしく」


Yu-Topia Chapter 1 Introduction

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